[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い 作:ハラダ
アマムの粉挽き。その絡繰を修理したことについて、自分は女将さんに報告した。後ろにはクオンが心配そうにこちらを見ている。
一応仕事のことは説明して、泣き喚いたのは記憶によるものとは言ったんだがな。
「ありがとうねぇ、臼を挽く手間も結構馬鹿にならなかったから、みんな喜ぶよ。それに、あの水車は帝様から授かった、ありがたい水車だからねぇ」
帝……兄貴。
兄貴は今も自分を探しているんだろうか。もしそうなら、出来るだけ早く合流して、色々と話しておきたいことがある。
「このまま使えないなんてことになったら、申し訳ない気持ちで胸が張り裂けるとこだったよ。今回のお手当ては、水車を直してくれた分も上乗せしとくよ」
「それはありがたい……と、言いたいところですが」
そう言って、後ろをちらりと見る。
案の定、歯車を交換しただけで直した訳では無い事を理解しているんだろう。クオンがじとりとした目でこちらを見ている。受け取ってしまえば、即座に説教ルート間違いなしだろう。
「正確には直した訳じゃないのでいりません」
自分は首を横に振った。
もったいない精神が体中をぐるぐる回っているが、それとクオンの説教を天秤にかければ……な。
「そうは言ってもねぇ……」
「いえ!大丈夫!大丈夫です!」
「でも……」
「そ、その金はちゃんと直してくれた技師に払ってください!それでいいだろ?クオン?」
自分だけでは説得力が足りないので、クオンにも助力を求めよう。
「うん、それがいいかな」
「ほら、クオンもこう言ってますし……」
「……そうかい? そこまで言うのなら、お言葉に甘えようかねぇ。その代わりと言っては何だけど、晩を楽しみにしておくれ。さらに腕をふるって、ご馳走にしとくから」
「ありがとうございます」
よし、これでクオンの説教も無くなっただろう。ちらりと様子を見てみる……か……あ、満面の笑みだ。尻尾が恐ろしい速度で振れてる。
今日の朝は何も食えてなかったからな。クオンも腹が減ってたんだろう。
「いよう、少し遅くなっちまって悪かった」
「ッ……!」
クオンの喜び様を見ていると、外から入ってきた一人の男が女将に声を掛けた。
爽やかな水の色の外套を羽織り、顎髭をたくわえながらも年はまだ若く見え、しかしその姿は豪胆な漢と言わんばかりのソイツは……。
「連絡が行ってたとは思うが、部屋を人数分用意しといてくれたかい。二、三日だと思うが、荷が届くまでしばらく厄介になるぜい」
ウコン。
女将さんと二人で話しているのを見ながら、自分は考える。
もしここで突然、ウコンに親しく接しても怪しまれるだけだろう。
それなら記憶通り、あっちが話しかけてくるまでは何もしない……か?
「んお? もしかしてアンちゃん達もここの客かい?」
「はひっ!?」
「うおっ!?」
まずい。動揺して変な声を出した。
あぁ……ウコンも動揺してしちゃってるよ……クオンにチラチラと『この男どうした』視線を送っちゃってるよ。
とにかく。ここは何事も無かったかのように……。
「んん!あ、ああ……なん、だ?」
ダメだ!話しかけられた衝撃が大きすぎて、上手く返答が出来ない。
だってコイツとはあの時以来全く話してないんだぞ。しかしこれじゃ更に怪しまれるだけだ。どうする自分……
「貴方の言う通りかな。よろしくお願いね。」
自分があたふたとしていると、クオンが自分の前に立って、ウコンにそう言った。
クオン……!!ありがとう……!!
「お、おう。こっちこそ、よろしく頼むぜ。騒がしくなって悪ィとは思うが、勘弁してやってくんな」
ウコンは未だ自分に視線を向けていたが、やがてクオンに向き直って、にっと笑った。
「それじゃあ、これを」
女将さんが、幾つか木で出来た部屋の鍵を男に渡す。ウコンがそれを受け取ると、また自分の後ろの扉がガラリと開いた。
「ウコン殿、荷解きが終わったでおじゃるよ」
「ッ……!」
入ってきたのは、痩せた体付きに派手な着物。そして顔には白塗りの上から化粧が塗りたくられている。もしこれを初見で見れば、吹き出すこと間違いなしだろう。
「……」
自分は下唇を噛み、視線を地面へと落とす。
それは自分の罪。アイツが死んだのは、自分の……。
「おう、ご苦労さん」
「それにしても疲れたでおじゃる。早く横になって休みたいでおじゃるよ」
かつて、マロはオシュトルを怨んだ。自分を殺したのはオシュトルだと、予測でしかないが、ライコウの手によってそう思わされていた。
「……ハク?」
ウコンとマロが話している中、クオンがそっと自分の傍に寄って、耳元で聞いてきた。
「あのヒト達が……?」
「……そうだ」
「そっ……か」
すると、肩を落とし、ため息を吐いていたマロロの視線がこちらに向き、表情を輝かせた。
正確には、クオンに。
「……お、おお、これは何と美しい」
「……え?」
「まるで花開く前の溢れんばかりの蕾。大輪と花開いた折には、きっと誰もが目を止める美しき女子となるに違いないでおじゃる」
「ほほぅ? オメェが女に見惚れるなんざ、珍しいこともあるもんだ」
「いやいや、美しいものは美しい。このような美しい御仁、帝都でも滅多にお目にかかれぬでおじゃるよ」
マロロは満面の笑みで、クオンを褒めている。まるで口説いているみたいに聞こえるんだが、本人はそんな気で言ったつもりじゃないんだろうな。
「……これってもしかして、口説かれてるのかな?」
「むひょ!? ち、違うでおじゃるよ。思わず口走ってしまっただけで、他意はないのでおじゃる。その……何と言うか突然失礼したでおじゃるよ。マロは、マロロと言う者でおじゃる」
苦笑しながらマロロはそう言って、自分とクオンに視線を合わせる。
「少々荒くれ者揃いでうるさくなってしまうでおじゃるが、なるべく迷惑を掛けぬようにするので大目に見て欲しいでおじゃるよ」
「うん、余程のことが無い限り構わないかな。男達の景気づけに水を差すほど無粋じゃないつもりだよ」
「ああ、自分も気にしないさ」
「ほぅ……そう言ってくれるとありがてぇ。なぁに、女将や他の客人には迷惑かけねえ。若い奴らにゃはめ外しすぎねえように言っておくから、安心してくんな。」
そう言って、ウコンとマロロはまだ準備があるようで、女将に一言言うと、旅籠屋を出ていった。
自分とクオンも特にやることは決まっていないので、自室へと戻る。
そして自室に戻ると、クオンがこちらに心配そうな視線を向けた。
「ハク、大丈夫?」
「……すまんなクオン、助かった」
自分がそう言って頭を下げると、それ以上クオンがあの二人について聞くことは無かった。
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時間は過ぎて、日が沈み切った。
食堂には、ウコンやマロロ、その仲間達が盛大に騒ぎながら酒や飯を楽しんでいる。
そんな中、自分とクオンはその光景を見ながら食事を進めていた。
「ねぇ、ハク。都に行ってみようかなと思うんだけど、どうかな?」
「都?」
「うん。ここでの暮らしは仕事に狩りに、何もするにも体力を使うから、力の無いハクにとっては致命的なくらい住みにくいと思うんだ」
「そうだな」
都……帝都、だよな。
白楼閣や、仲間達。皇女さんや兄貴達。そして……敵もいる。
「ハクは知恵があるから、都に行けばそれを活かせる仕事も見つかるんじゃないかな。」
「あ、ああ。自分の為にすまんな」
「ふふん、あまり気にしないで。私もそろそろ都に向かおうかなって思ってたところだから」
「そうか、ありがとうな」
クオンと酒を飲みながら話していると、前の席に座っていた男が振り返り、声を掛けてきた。
「ほほぅ?オメェさん達、帝都へ行く気なのかい?」
「……ああ」
「おっと、話している所を悪いね。別に盗み聞きしてたわけじゃねえんだが、帝都へ向かって話が聞こえたんで、そこから来たモンとしてつい反応しちまってな」
ウコンはバツが悪そうに頭を搔きながらそう言うと、クオンが興味深そうに返答した。
「帝都から?」
「おうよ、ちょいとばかり野暮用でな……おっと、まだ名乗っていなかったな。俺は此奴らの番を張らしてもらってるウコンってもんだ」
「私はクオン、彼は……」
「ハクだ。クオンと共にしている」
クオンが少し気まずそうな視線をこちらに向けたので、無難な返事を返しておく。
「クオンにハク、な。此処で会ったのも何かの縁、よろしく頼むぜ」
何かの縁、か。
本当に、ここでウコン達と出会わなければどうなっていたことか。
ウコン、もといオシュトルのおかげで自分やクオンは仲間達に会うことが出来た。これも……大いなる意思ってことなのか?
「こちらこそ、かな」
「ウコン殿、しゃっきから誰と話し込んでいるでおしゃるか〜……にょほ!?こりぇはしゃっきの麗しの乙女ではおじゃらんか!?」
そしてマロ……酔いすぎだ。
「もう酔っ払ってやがるな。酒の席だ、酔うのは構わねえが、迷惑はかけるもんじゃねえぜ?」
「そうだな、ウコンの言う通りだ」
そう言って、自分は盃の酒を喉に流し込む。
……しかし、自分が反応したことに驚いたのか、ウコンは目を少し見開いてこちらを見ていた。
「……ほら。アンちゃんもこう言ってるぜ、マロ」
「にゃにを言うでおじゃる。マロはこの通り……ヒック……酔ってにゃいでおじゃるよ」
「やれやれ、それの何処が酔っ払ってないってんだか。相変わらず酒に弱えなぁ……アンちゃんも、気にしないでくれ」
「ああ、大丈夫だ。慣れてるからな」
ウコンの言葉に手を振りながら返していると、マロロはクオンへと身体を向けた。
「麗しの乙女よ、マロはマロロという者でおじゃる。これでも、帝より拝命した学士でおじゃるよ」
「学士?へぇ、スゴイ……何年かに一人受かるかどうかの最高試問なのに……」
「にょほほほほ、もっと褒めてくれてもいいでおじゃるよ?」
「でも、そんなスゴイ殿学士がどうしてこんな辺境に来たのかな?」
「にょほほ、人手が足りないからと友人であるウコン殿に頼まれたのでおじゃる。マロが居れば百人力でおじゃるからなぁ」
そう言って、マロロは大きく笑った。いつもは自信が無いくせして、酒を飲むとこうなるからな。クオンも苦笑している。
「まぁ、見てくれはこんなんだが、強力な術師であるのは間違いねえからなぁ」
「にょほほほほほ……ほ……ほはぁ……」
おっと、これは。
あんなにも嬉しそうに高笑いをしていたのに、しばらくしてガックリと肩を落とし始めた。
これは、始まるな。
「何が学士でおじゃるか……マロなんて……マロなんて……」
始まった……マロロのネガティブモードが。
コイツは自己評価が低い。そして家庭環境も悪い。それでもコイツは努力して、学士になり術も極め采配の腕もある。
だが、周りの人間はコイツをあまり認めていない。正確には、デコポンポや家族とかな。
「やれやれ、またかい。まぁ、その辺りは色々あるのさ。あまり追求しないでやってくんな」
ウコンは落ち込んだマロロの背をポンポンと叩く。
その光景に懐かしさを感じながら、酒を注いでいると……
「……それにしても、帝都からこんな辺境の奥地へ。しかも殿学士まで同伴なんて、どんなお役目……」
クオンのその言葉で、自分の手は止まった。
「あ、何でも無いから。今のは聞かなかったことにしてほしいな」
「……そうかい。いやまぁ、秘密にしなけりゃ行けないって程でもねぇんだがな。それよりオメェさん達、ここらじゃ見掛けねぇ衣装だが、もしかして海を渡ってきたんかい?」
「ご名答。ちょっと隣の方から、物見遊山の旅ってとこかな」
「ほほぅ、行商人には見えねぇと思ったが、物見遊山の旅たぁ羨ましいねぇ……しかし、いくらこのヤマトが安泰たぁいえ、いいとこの嬢ちゃんが供と二人だけで旅とは、ずいぶんと無茶というか大胆というか……思い切った真似をするもんだ」
「……あはは。お嬢さまとか、別にそんなのじゃないから」
「んお? もしかして隠していたのか?すまねぇな、悪気は無かったんだが」
「……どうして、そう思ったのかな?」
「どうしても何も。一見、粗野っぽい言葉遣いと振る舞いをしているように見えるが……仕草に気品っていうのか、育ちの良さが隠しきれてねぇっていうのかね。下手すりゃどこかの豪族の姫君って感じがしてなぁ」
「姫君とか口が上手いんだね。もしかして口説かれているのかな?」
「いんや、感じたことを言った迄さ」
「「……」」
ウコンとクオンは沈黙し、互いに精査するように見つめ合う。
「褒め言葉として、受け取っておくね。つまり、貴方がただの荒くれ者の纏め役に見えないのと同じ……ということかな?」
「「…………」」
互いにまた睨み合い……と思いきや、ウコンが豪快に笑い始める。
それに続いてクオンも笑い始める……互いに牽制しあっているのだろう。
「……って、ハク?」
その会話を耳で聴きながらも、自分は思い出した記憶の衝撃で動けなくなっていた。
何も反応しない自分に疑問を持ったのだろう。クオンが自分の膝をポンポンと叩く。
「あ、ああ。どうした?」
「大丈夫?何かボーッとしてるみたいかな」
「アンちゃんも酒に酔ったのかい?」
「……そう、かもな。すまんクオン、自分はーー」
席を立とうとした時。
『てぇへんだ、女将さん!』
蟲の鳴き声が、騒ぎ始めた。