[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い 作:ハラダ
集落の人間が、大量のギギリに襲われた。
飯の最中に運ばれてきたのは、身体中が紫色に腫れ上がり、苦しそうな呻き声を上げる男達だ。
なんでもここ半年、ギギリによる被害が急に頻発しており、薬の量が追いつかないほどらしい。そして何より、そのギギリ達は集団で襲ってくる。ギギリは人を襲わないはずなのに、だ。
その男達は、クオンの薬によってなんとかなった……副作用が凄まじかったが。
「クオン」
治療を終えたクオンに、自分は声をかける。
「ん?どうしたのかな?」
「ギギリ……いや、ボロギギリだ」
「え……?」
クオンには予め報告していた。自分を助けてくれたあの日、ボロギギリに襲われた事についてを。ついでにそいつがタタリに喰われたこともだ。
「ハク、でもボロギギリはタタリに……」
「違う。自分が襲われたのとは違うボロギギリだ」
「……ハク?」
自分はクオンから離れ、集落の人間から話を聞いているウコンに声をかける。
「ウコン、少しいいか?」
「あん?」
「今回のギギリについて、知ってる事がある」
「……詳しく頼む」
そしてクオンとウコンと共に、旅籠屋の外へと出る。
「さて、アンちゃん。知ってるってのは?」
「繁殖期だ」
「あ?」
「ギギリは繁殖期になると、一部の個体が極端に成長し親になる。そして自分は先日、その親に襲われた」
「親っていうと……ハク、まさか」
「ああ、ボロギギリだ。」
「なんだと?」
ウコンとクオンの表情が険しくなる。
このボロギギリの繁殖期については、以前……いや、昔マロロに教えてもらったことだ。
その時は、ボロギギリについては全く警戒していなかった。自分はギギリのことをボロギギリだと思っていたし、ウコン達はただのギギリだと思っていた。
そのすれ違いから、死人が出た。
「つまりなんだ、そのボロギギリがいるから、ここ最近人間を襲うようになったってのかい?」
「ああ。親になった個体は子供の餌のために、手当り次第獲物に遅いかかるんだと。そして親は番、二匹いるんだ。その内の一匹はタタリに食われたが……」
「ちょっと待って、ハク」
クオンが自分の袖を引く。
「どうして、そんなことを知ってるのかな」
やっぱり、あまりにも怪しすぎる……か。
だが、マロロは酒に酔っている。もう少し早くこの繁殖期について思い出せていれば、取れる手段も変わった。
だが、伝えるには今日しかない。ウコンの耳に入れておかなければ、直前に言われても困惑するだけだ、
そして、明日になればすぐにウコン達は討伐に向かうだろう。自分とクオンも一緒に。
「……すまん、それは言えない」
「そう……」
自分がクオンの手を取り、袖から離す。すると、クオンは悲しそうに俯き、身を引いた。
「それは俺にも言えねえのか?アンちゃんよ」
「言えない、だか事実だ。せめてマロロが起きてくれれば、証明になるんだが……」
「いや、別に疑ってるわけじゃねえ。ボロギギリがいるかいねえか、それが分かるだけでも大助かりよ」
「……いいのか?」
ウコンは自分の胸に拳を軽く当て、にっと笑った。
「おうよ。これで色々と考えるこたぁ増えたが、警戒するもんは分かったからな。ありがとよ、アンちゃん」
そして、早足で旅籠屋へと戻った。
「……」
「……」
沈黙が気まずい。
拾ってもらったクオンに対して、やはり嘘をつくのは……。
「ねえ、ハク」
先に口を開いたのは、クオンだった。
「……ううん、なんでもないかな」
しかし、首を振って微笑むと、旅籠屋へと戻っていった。
「…………すまない、クオン」
微かに漏れ出た謝罪の言葉は、誰の耳にも入らず月夜へ消えていった。
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「おう、アンちゃん。早ぇな」
翌日の朝。
昨日あれほど酒をかっくらっていたのに、ウコンはすっきりとした顔で声を掛けてきた。
まだ早朝だというのに、スゴいもんだ。
「ああ、ウコンも早いな」
「どうも目が冴えちまってよ……アンちゃん。昨日の話、マロロに確認を取った」
「あんなに酔い潰れてたのによく確認が取れたな?」
「叩き起してやったよ。流石に確認だけ取って、あとは寝かしてやったが」
「それじゃあ……」
「ああ、ここの長にギギリの駆除を頼まれた。報酬も払うし、ここの連中にも世話になってるからな」
「大丈夫なのか?」
「ん?」
「ウコンとマロロ、そしてアイツらだけで、やれるのか?」
「ほう……?」
ウコンの眼差しが、鋭い物へと変わる。
「そりゃ、どういう意味だ」
「別にお前らが弱いって言ってるわけじゃない。ただ、相手はあのボロギギリだ……死人が出るだろう」
「……じゃあなんでい、アンちゃんも手伝ってくれんのかい?」
そう言って、自分の身体を見回すウコン。
「って言っても、アンちゃんじゃちょい厳しいと思うがな」
「そりゃそうだ。自分なんか逃げることしか出来なかったからな。それに、今の自分に戦いなんて出来る力はない」
「……じゃあ、どうする気だ?」
「クオンにも援軍を頼む」
「ほう……?」
「彼女は薬師だ。昨日聞いたが、ギギリには毒があるんだろう?クオンならきっと助けになるはずだ。治療も……そして戦闘も」
「戦闘って、アンちゃんよ……」
「別に前に出して戦わせるわけじゃない。だが、自分がボロギギリに襲われた時、助けてくれたのはクオンだ。彼女が支援してくれれば、ウコン達の役に立つだろうさ」
本当は戦闘能力もずば抜けてるんだが、これは言うべきじゃないな。
「……後で食堂に連れてきてくれ。俺から話す」
「ああ」
ウコンの表情は、まるで面白いものを見るようなものへと変わっていた。
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「で?それで勝手に引き受けたってことかな?」
ああ、やらかした。
現在、自分とクオンはウコンに言われた通り、食堂に来ていた。
そしてウコンがクオンに依頼をした……所まではいい。
クオンは訝しげにこちらへと視線を向け、ウコンに聞いたのだ。
『それは……ハクから言われたのかな?』と。
ウコンは誤魔化していたが、やがて自分に向く視線が怖すぎて、つい吐いてしまった。
そして、正座している。何故かウコンも一緒に。
「別に、私も手伝おうと思ってたし、受けることに問題はないけど……ハクが勝手に引き受けるのは違うと思うかな」
「おっしゃる通りです」
結局、マロロがその後気持ち悪そうな顔で起きてくるまで、説教は続いた。
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それから少しして、ギギリ……いや、ボロギギリ討伐の山道途中。
山の奥深くまでやってきた時、それは起こった。
「やっ、やめろ!ここで……ギャァァァ!」
「ハク……」
「アンちゃん……」
自分の悲鳴。それから……可哀想な目で見るクオンとウコン。
「申し訳ないでおじゃ……おぅえええッ!!!」
貴人であるマロロが、荷車の上から盛大にぶちまけていた。その飛び散ったブツが、自分の足元にもかかったのである。
「お、おいウコン!大丈夫なのかコイツ!!」
「悪ぃなアンちゃん。介抱してやってくれ」
「なっ……クオン!クオンなら何か……」
「が、頑張って〜……」
ウコンもクオンも助けてくれん。クオンなんて水筒と二日酔いの薬をこちらに投げ、ススス……と距離を離している。
「くっ……ああ、ここまで来たらもうヤケだ!吐け!全部吐けマロロ!!」
自分は未だに吐き続けているマロロの背を摩り、とにかく叫んだ。
「ハク殿……かたじけなーーオエェェェェ!!ハク殿は優し……オロロロロェ!!」
ベチャベチャと、荷車から道標を残すように伸びていくブツ。
そして涙を浮かべ、ぐっと手を握ってくるマロロ。
ああ、なんで自分が……って待て、これって。
「前と一緒じゃないか……」
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集落の人間が襲われたという場所まで到着。すぐさまマロロから離れ、自分の服に水筒の水をかけ手ぬぐいで拭った。
そしてウコンが、仲間達に号令をかける。
「いいかテメェら!これからやるのはいつものギギリだけじゃねえ。このアンちゃんが言うには、あのボロギギリが出やがるかもしれねえんだ」
その言葉に、着いてきた集落の人間だけではなく、仲間達の顔にも不安が見える。
「だが俺たちは先にソイツの情報を知ってらぁ。対策も練ってきた。忘れてねえよな?」
全員が首を縦に振る。
そう、この作戦はこの山道に入る前、旅籠屋で計画したものだ。
これが上手く行けば、事故でもない限り死人が出るようなことにはならない……と思いたい。
だが、何も知らなかった前よりは、少しでも結果が良くなるはずだ。
「よし。怪我したヤツはあのネェちゃんに頼め!……ちなみに、ネェちゃんの手厚い看護を受けたいからって、ワザと怪我するような真似はすんなよ?ンなことしたら、報酬を差っ引くからな!」
ウコンの冗談に、小さな笑いが生まれ、場の空気が少しだけ柔らかくなる。
「それじゃあテメェら!帰ったら美味い酒と飯が待ってるぜ!やるぞッ!!」
「「「オウ!!!!」」」
森の中、響くような掛け声に、ウコンの仲間達も気合を入れたようだ。
しかし、自分は……。
「頼むから、上手くいってくれよ……」
手に力を入れようとも、上手く力が入らない。震えているのだ。人の命がかかった戦い。それは自分にとって、皇女さんの願いを聞いた時以来だ。
それに今、自分に誰かを守る力はない。オシュトルの時に鍛えた力も、大神となって得た力もないのだ。
これは……不安にもなるだろう。
「ハク」
そんな自分に、クオンが微笑みかけてくる。
「な、なんだ?」
「他人は他人、ハクはハク……だよ。ハクには立派な才能がある。それに、ハクのおかげでボロギギリの事も知れたんだから、誇って良いと思うな」
「クオン……」
安心、させてくれているんだろうか。
自分にはもう力はない。だがそれでも、クオンは認めてくれる。
それなら、自分は……。
「そうか……ありがとう」
「それに、ハクみたいなヒトは悪運だけは強いもの。野垂れ死にはしても、こういった荒事はしぶとく生き延びるかな」
「なんだそりゃ……」
「あはは……でも、何だかスッキリしたみたいかな。悪くない顔だよ」
「……ああ」
「そうだハク、これを渡しておくね」
そう言って、クオンは腰元からソレを手渡してきた。
「これ、は……」
「それを使って。武器が必要だから貸してあげる」
鉄扇。
幾度となく自分の命を救ってきた、クオンから借りた武器。
金属なのに握りの部分が磨り減っている。しかし表面はサビ一つなく丹念に磨きこまれており、とても大事に使われてきたものだとすぐに分かる。
「……」
「ハク?」
よく、手に馴染む。
自分はこれで、今まで戦えてきた。
また、クオンから渡されるというのは……。
「……最高、だな」
「え?」
「ありがとう、クオン。大事に、使わせてもらうよ」
「……ふふ、貸すだけかな。後でちゃんと返してね」
「判った」
『後で』……か。
受け取った扇をグッと握りしめ、気合を入れる。
絶対に……生き残らなきゃな。
「アンちゃん、ここにいたか」
「……ウコンか」
どうやら作戦の準備は整ったようだ。全員が配置についており、腐肉などの罠も仕掛けられている。
ウコンはこちらの表情を見て、一瞬目を見開き、挑戦的に笑った。
「ほぅ……いい顔してやがる。頼んだぜ、アンちゃん」
そして、こちらに拳を突き出した。
自分はその拳に軽く拳をぶつける。
「ああ、こちらこそ頼むぜ……ウコン」
そして、蟲の悲鳴と共に、作戦は開始された。