[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い   作:ハラダ

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20 茶湯

夕餉の片付けも終わり、自分の天幕に戻ろうとした時ーー

 

「きゃっ」

 

後ろから小さな悲鳴。すぐに振り返ると、ルルティエが地面に跪いていた。

 

「どうした、大丈夫か?」

 

そう言って、自分は手を差し出す。

 

「い、いえ……ありがとう……ございます」

 

ルルティエはそっと自分の手を取り、立ち上がる。

周りを見てみれば、地面に麻袋が転がっていた。運んでいる時に躓いてしまったのだろう。

 

「これをルルティエが?」

 

「は、はい……」

 

「手伝おう、一人じゃ大変だろう」

 

「いえ……だ、大丈夫です……このくらい……一人で……」

 

「しかしそれで転んだんだろう?それに女の子なら、こういうのは男に任せとくもんだ」

 

「あっ……」

 

その袋に手をかけ、一気に持ち上げる。

 

「よっ……とおっ!!?」

 

お、重い……!

 

「ハクさま?」

 

そういえばルルティエは女の子だが、自分よりも遥かに力があるのを忘れていた。

こんな重い物、自分がちゃんと運べるのか……?

 

「あの……どうかしましたか?」

 

「い、いや?ははは……ふんっ!」

 

こんな所でルルティエにかっこ悪い所を見せるわけにもいかん。

気合いを入れろ、自分!!

 

「ありがとうございます……なんだかご迷惑を……」

 

「いやいや、これくっ……らい!ど、どこまで運べば……?」

 

「あ、あの、わたしの天幕まで……運んでいただければ」

 

「判った……あ、案内してくれ」

 

「はい」

 

そうして、自分の天幕へと向かうルルティエの後ろを、一歩ずつ気合を入れながら着いていった。

そしてルルティエの天幕に着き、指定された場所に麻袋を置く。

 

「は……ひぃ……」

 

「あ、あの……ありがとうございます」

 

「ん!?い、いや……軽かったからな、はは」

 

何とか笑顔を見せ虚勢を張るも……足はまるで子鹿のように震えている。

しかしルルティエは自分と目を合わせているため、気づかないでくれているようだ。

 

「あ、汗が……」

 

ルルティエは手にした布で、自分の額だけではなく頬や首筋にダラダラと溢れる汗を拭ってくれる。

しかし……近いな。仄かに甘い香りがする。服に焚き込まれているのか、それとも女性特有の甘い香りなのか。

だが気づいてないのか?背伸びしてくれているから、いつもよりもめちゃくちゃ近いぞ。

 

「……終わりました」

 

「ああ、何かすまない」

 

ん?顔が赤い?

 

「大丈夫か?」

 

「えっ?」

 

「いや、なんか顔が……」

 

「な……なんでも……ありません」

 

プイッと顔を逸らす。

 

「そうか?ならいいが……それじゃあ、自分はここでーー」

 

「あ、あの!よろしければお茶を……」

 

ルルティエにクイッと袖を引かれる。

しかしそんなことも気にせず、自分は目を見開いた。

 

……ルルティエのお茶……だって!?

 

「ぜひ頼む!!」

 

「へっ……?は、はい……」

 

ああ、久しぶりだ。

自分はルルティエに用意された座布団に座り、手馴れた手つきで茶を立てるルルティエをじっと眺める。

 

「どうぞ、粗茶ですが……」

 

渡された湯呑からは、花と乳と蜜の濃厚な香りがする。

自分はお礼を言ってそれを受け取り、口へと運んだ。

 

「……うん、美味い。茶の甘みと苦みが丁度いい塩梅で、とても気持ちが落ち着くよ」

 

「よ、良かったです……その茶葉は、一番上のお兄様が好きな茶葉で……疲れが取れると言われるお茶なんです」

 

「へぇ……優しいルルティエにピッタリな茶葉だな」

 

「えっ!?」

 

「……あぁ、美味いな。懐かしい……」

 

このお茶は、よくルルティエが出してくれたな。それにこの子は、それぞれの菓子や果物に合ったお茶、疲れた時や眠れない時に効くお茶と、色々な種類を分けて出してくれていた。

うん……ルルティエの優しさが染み渡るな……。

 

「……ん、ルルティエ?」

 

すぐに茶を飲みきり、ルルティエにお代わりを貰おうと視線を向ける。

しかし、ルルティエはこちらを見て惚けたような表情を浮かべていた。

 

「あの、ルルティエ?おーい」

 

目の前で手を振ってみるが、反応無し。

さて、どうするか……そうだ。

 

「ルルティエ、さん」

 

ポン、と頭の上に手を置いてみる。

 

「……へっ」

 

ボン、と顔が真っ赤になった。

 

「ルルティエ!?」

 

「ひゃ、ひゃ……ひゃくさま……??」

 

「ひゃく……?自分はハクだ。その、すまん!急に触って驚かせてしまったな」

 

流石に気安すぎたか……気をつけよう。

ルルティエは暫く真っ赤になっていたが、やがて自分の湯呑みが空になっていることに気づくと、すぐに新しいお茶を入れてくれた。

 

……というか、ルルティエの天幕には色々揃っていた。すごいなルルティエ。布団が変わると寝られないというのも、中々可愛らしかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

この野営という思い出について、一つだけ色濃く残されたものが某にはある。

ルルティエの飯やココポの突進よりも、深く刻み込まれているものが。

 

しかし、同じ事を繰り返す訳にも行かぬ。

 

某の口調が少し変かもしれぬが、それほど気合を入れているのだ。

逃げる……そのただ一択のみッ!!

 

「ハク、手伝って」

 

まあ、逃げられる訳もなかったんだが。

どうして自分が逃げようとしたのか。それは、クオンの習性によるものだ。

 

彼女は……風呂が好きすぎる。

 

いや別に、趣味を否定する訳じゃない。風呂はいいものだ。疲れた体に湯が染み渡り、毎日のように入りたい……野営で汚れた身体を綺麗にしたい……という気持ちはよく分かる。

 

だがな。

 

「クオン、流石に無防備過ぎやしないか?」

 

強制労働の後、クオンの天幕に置かれた大きな盥には、ホカホカと湯気か立った湯が満たされた。

そしてクオンはその手前に仕切りを作り、早速と言わんばかりに服を脱ぎ始める。

 

「ふんふんふふ〜ん……」

 

自分の言葉はどうやら届いていらっしゃらないようだ。

やがてチャプ……と水音が聞こえ、クオンが気持ちよさそうに溜息を吐いた。

 

「はぁ……心に染みるな……」

 

「……なあ、クオン?」

 

「何かな?」

 

「自分はもう、出ていってもいいよな?」

 

このままじゃ、色々とヤバいことが起きるんだ……!

 

「……クオン?」

 

しかし反応が無い。

いや、水の音は絶え間なく響いているので、動きはあるようだが……。

しばらくすると、小さくクオンが呟いた。

 

「今日はありがとうかな、ハク」

 

「ん?」

 

「ハクのおかげで、ルルティエとも仲良くなれたし、湯浴みも出来たから」

 

「……別に自分のおかげじゃない。いや、湯浴みは自分のおかげだが」

 

「どっちも、かな」

 

ふふっ、とクオンが笑った。

自分はヤレヤレ、と近くに積んであった荷物にもたれ掛かる。

 

「あっ」

 

すると荷物で挟むようにして止めて居た仕切りの布が外れ、そこから連鎖的に……

仕切りの布が落ちた。

 

「ッ……!!」

 

かつてないほど大きな危険信号が身体に走る。

自分はこれを警戒していたはずだ。今回のはシャレにならんほどのお仕置を食らわされるからな。なのに結局こうなるのか!?

 

「うん?ハク、どうしたの?」

 

し、しかし幸か不幸か、クオンは目元を湯で温めた布で覆い、仕切りがズリ落ちたことには気付いていない。

これはチャンス……!

 

「いや、なんでもないぞ」

 

平然を装いながら、落ちた仕切りの端を探す。

そして端を見つけ、すぐさま積んであった荷物に挟み直す。

 

「……よし」

 

変えられた!自分は遂に……運命を変えられたぞッ!!

心の中でガッツポーズ、そして舞踊る。

前の自分ならここで布を落とし、更に悪化させ最終的にバレていたが、今回はそれを回避出来たんだ。万々歳じゃないか!

 

「……あ、そうだ」

 

そのクオンの声にビクリと身体が震えたが、仕切りはちゃんと張ってある。

クオンもただ香油を取りたかったのだろう。ポチャンと垂らした音が聞こえ、やがて甘い香りが天幕内に充満した。

 

「……さて、と」

 

せっかく上手くいったんだ。これ以上、こんな危険な猛獣地帯にいる必要も無い。

すぐさま出よう……そう一歩進めた瞬間。

 

ズルズルズルーーー

 

「あっ」

 

仕切りの布を思い切り踏み付け、一気にそれが落ちた。

先程よりも悪化している。

まずい、これはーー

 

「ハク……?」

 

回れ右をして即座にダッシュ……しようとした矢先、まるで地獄の底から響くような声が聞こえた。

恐る恐る振り返ると……そこには……。

 

満面の笑み、しかし目の奥は深淵。

禍日神がそこにいた。

 

「……ははっ」

 

白い尻尾には、熱々に煮えたぎる湯の入った壺を掴んで。

 

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

その男の壮絶な悲鳴は、露営地内だけでなく森中にまで響き渡った。

 

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