[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い 作:ハラダ
「何だか不気味でおじゃるのぅ……」
マロの怯えた声が、生い茂った木々によって暗い森の中に溶る。
早朝、露営地を撤収し予定通り帝都へと向かう途中だった。
ウコンが昨晩言っていたように、地面は成長した木々の根が古くなった石畳を押し上げデコボコ。それに雪融け水と湿気のせいか、土はぬかるんでいる。
ちなみに自分は、昨夜遅くまで色々してたせいで寝不足気味だ。
「こうも不気味だと、昔読んだ絵巻物を思い出すでおじゃるよ」
「絵巻物?」
キョロキョロと辺りを見回しながら、気味が悪そうにマロは語った。
「昔々、とある貴人が旅の途中、森の中でそれは美しい女と出会うという話なのでおじゃるが……実は女の正体は、森に迷い込んだヒトを拐かして喰らう、世にも恐ろしい禍日神だったのでおじゃるよ……ヌヒィィ、恐ろしや恐ろしや」
……マロ、すごいぞ。
これから起きるであろう事態を、見事に突いている。
こういうのを死亡フラグ、とでも言うんだろうな。まだ地下に住んでいた時代にそういう物語をよく見たが、マロなんて即座に襲われそうだ。
「ふむ……」
「ハ、ハク殿は怖くないでおじゃるか?」
「いや、特に」
「そ、そうでおじゃるか……ハク殿は肝が座ってるでおじゃるな」
「そういう話をするから怖くなるんだ。適当なことでも考えてれば、すぐに森を抜けるさ」
なんて、慰めにもならないか。
というかすまん。これから起きるんだ。
心の中でマロへ合掌した瞬間、遠くで何かが見えた。
よく目を凝らしてみると、道の先でアイツがこっちに向かって両手を大きく振っていた。
「ノスリ……」
ノスリの隣には、大きく傾いた荷車が、道を塞ぐような形で止められていた。
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ノスリ。
義を尊ぶエヴェンクルガ族の出身であり、イズルハの元族長で元八柱将ゲンホウの娘。
色々と抜けた部分もあるが、正義感が強く、皇女さんを一番に支えていたと言っても過言じゃない。
そして自分にとっても、彼女には救われた場面も多い。
ノスリが暗い空気を変えてくれる。
ノスリがそばに居ると安心する。
そう思わせてくれた。
『襤褸を纏えど心は錦!』
……これじゃない。思い出すのは全裸じゃないぞ。
『こう見えても、昔はお転婆でな……』
……昔だけじゃないだろうに。なんでノスリとはこういう思い出ばかりなんだ?
『お前は……必要としている者を置いて、行ってしまうのか!!』
…………。
『私は……もっといい女になるのだからな……!』
……お前は、いい女だよ。
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「ハ、ハク殿……あ、あれは」
マロの怯えた声に、ふと意識を戻す。
いかん。感傷に浸りすぎたようだ。
「……ああ、いるな」
荷車に気づいたウコンが隊列を止め、ノスリへと近づく。
以前は、まさかこの二人が協力関係だとは思いもしなかったな。
「すまない、助けてくれないか」
しかし今見ると……貼り付けたような笑顔、そして少々棒読み感のある言い方。
共に戦い過ごしてきたから分かる、のだろう。
「どうした?」
「荷車が溝に填って、抜け出せなくなってしまったんだ。今、仲間が助けを呼びに行っているんだが、それを待っていたら日が暮れてしまう……」
うわぁ……なんだあの猫撫で声は。
「すまないが、荷車を押し出すのを手伝って貰えないか?」
「ありゃま、そいつァ災難だったな。よしテメェら、荷車押し出すから何人か手伝え」
そう言って、ウコンと数人の男達が荷車へと近寄る。
……なんかいつもよりやる気がすごいな。やはり綺麗なノスリの頼みだからか?
「ハク殿……ま、まままさか」
「……禍日神かもな」
「ヒィィィッ!!」
冗談で言ったつもりだが、マロの肝は持たなかったようだ。涙を吹き出しながらこちらへ抱きついてくる。
「なっ!冗談だ冗談!離れろっ!」
ひっぺがそうとするも、必死にしがみつくマロは離れない。
やがて自分は諦めた。体力をここで使いたくない。
「ぐすっ……オェッ……」
「おい、吐くなよ」
「ハク殿……あ、あれは本物……」
「待て待て。マロが話した絵巻物には絶世の美女が禍日神なんだろう?だが、よく見てみろ。確かに美しいが、絶世の美女という訳でもない」
自分はノスリを指さす。
すまんノスリ、マロを落ち着かせるためなんだ。
「確かに……そう言われればそうでおじゃるな」
先程までのビビり様はなんだったのか、ケロっと立ち上がるマロ。
「ちょっと可愛いくらいで、全然美女とは違うでおじゃる!いやいやホント、美女でなくてよかったでおじゃるよ!」
「ちょっ、マロ……!」
それは言い過ぎだ。
そして今の声量は、多分ノスリにもーー
「ぐっ……ぐぐぐ……」
ああ、聞こえちゃってるよ……恐ろしい形相でこっちを睨んでるよ……。
「ん?どうしたぃ、ネェちゃん」
「いや、別に……ふふ、ふふふ……」
完全に怒ってらっしゃる。
自分は知らないからな。
「……いや、本当に助かる。厚かましくて申し訳ないが、もう一つだけ頼んでもいいだろうか?」
「ッ……!」
……来た。
自分は急いでクオンとルルティエの近くに寄る。マロも一応連れて。
「ハク殿?」
「ハクさま?」
「……ハク?」
三人共、首を傾げている。
しかし自分はそれに反応せず、ウコンとノスリを見続ける。
「おう、言ってみな」
ノスリの頼みとやらに、ニカッと笑いながら返すウコン。
「ウム、ならばお前達の荷物を置いてってくれ」
冷たいノスリの声が、暗い森に響き渡った。