[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い 作:ハラダ
「ウム、ならばお前達の荷物を置いてってくれ」
その言葉に、ウコンの笑顔は消えた。
「……ハァ?」
「お前達の荷物を置いてってくれ」
ノスリが確認のようにもう一度繰り返すと、荷にかぶせていた布が勢いよく舞い上がり、そこから幾人もの者達が飛び出してきた。
そして、荷車を溝から押し出そうと近づいていた男達を、あっというまに組み伏せる。
「むぉーー!?」
わざとらしいなおい。
「動くな」
ウコンの間抜けた悲鳴と共に、少女はさっと片手をあげる。
すると周囲の木々や草の陰からも、幾人もの者達が姿を現し、こちらに向け一斉に弓を構えた。
「ひょえ!?な……な……んぶっ!?」
「大丈夫だ」
そう言って、マロの口を塞ぐ。
ここで騒ぐのは得策じゃない。どんなにノスリが抑えても、盗賊の気が変わるかもしれないんだ。
「……さて、変わってくれるなよ」
自分達は取り囲まれた。相手の数はこちらの半分より多いくらい。しかし弓はいつでも放てるように引き絞られている。
ここまでは記憶通りだ。
「へぇ……やるじゃねえの」
「安心しろ。我々の目的はその積荷だけだ。大人しくしていれば手荒な真似はしないと約束する……それとも、無駄な抵抗をして、その娘達を危険に晒すか?」
ノスリに言われ、ウコンがこちらを一瞥する。
「あ……う……」
後ろでは、ルルティエの怯えた息遣いが聞こえる。
しかしルルティエの近くにはクオンがいる。いざとなれば、矢くらいは大丈夫だろう。
「……しゃあねえ」
ウコンは腰の刀を外し、ノスリの方へ放り出す。それに倣うように、仲間達も武器を次々と捨てていく。
「いいか、余計な真似はするな。大人しくしてりゃ何もしねェって言ってんだ。言われた通りにしてやろうや」
ウコンに従い、自分も鉄扇を置こうとした時。
「そこの二人、お前達もだ」
ノスリがこちらに近寄りながら、眉根を寄せていた。
さっきのが相当堪えたんだろうな……特にマロへの眼光は凄まじい。
とにかく自分は鉄扇を置く。
「……おい、お前もだ」
「マ、マ……マママ……マロは……マロは……」
ああ、怯えきってるよ。
仕方ない、助け舟を出すか。
「コイツは何も持っていない。それに、戦えるように見えるか?」
「おぉ……ハク殿……!」
ノスリは自分の言葉に、一瞬ムッとした顔になる。
「……いいだろう、お前達!」
「ハッ!」
あれは……ノスリ旅団の連中か。ということは、まだあの馬鹿共は来ていない。
手荒な真似はされないだろう。コイツらはそういうことをするような輩じゃないからな。
「そら、両手を後ろに回せ」
「分かった。ほら、マロもだ」
大人しく、男に縄で腕を縛られ、体に固定される。
「いんや〜、さすがノスリ。見事な手際じゃねえの」
……来たか。
自分はゆっくりと、察知されないように少しずつクオンとルルティエとの前に移動する。
今来た男はパチパチと手を叩きながら、下卑た笑みを浮かべノスリに近づいた。
「……」
ノスリの冷えきった目。
しかし男……モズヌは気にした素振りもなく、こちらを見る。
……正確には、自分の後ろにいるクオンとルルティエだが。
「うほほっ、こりゃ上玉じゃねぇの。帝都だって、こんな上玉は滅多にいねぇじゃんよ」
そうして、こちらにもう一歩にじみ寄る。
「決まりじゃん、この女は俺様のモンに決定な」
「……」
クオンとルルティエを背に庇い、モズヌを睨む。
「オイ、テメェら。縛り上げた連中の身ぐるみ剥がすのを忘れんなよ!」
モズヌが声を上げると、木々の中からノスリ旅団とは違う荒っぽい男達が現れた。
「……せっかくだけど、遠慮しとくね。どう見ても好みじゃないから」
「おいクオン……!」
突然、クオンが相手の男を挑発する。
自分は声量を抑えてクオンに注意するが、流されてしまった。
モズヌにあの目の笑っていない微笑みを浮かべたままである。
「へぇ……」
「ふふん……」
「……いいじゃん!いいじゃんいいじゃん、ますます気に入ったぜ!お前達は今から俺様の女だぜ。たっぷり可愛がってやるから楽しみにするじゃんよ」
「頭ぁ、少しは俺達にも分けてくださいよ」
「っ……」
……ああ、自分はこんなにも単純な人間だったか。
下らないコイツらに怒りを感じるなんて、前は無かった。
クソっ、腸が煮えくり返りそうだ。
「バカヤロウ!こんな上玉、指一本だって分けてやらねえよ」
「クオンさま……」
ルルティエ、もう少しだ。
怖いだろうが、もう少しだけ我慢してくれ。
もし前と変わってしまった時は、自分が……。
「大丈夫。そんなに恐がらなくても大丈夫だから」
……クオン?
「きっと、ハクが何とかしてくれるから」
「ハクさまが?」
……そうだな、なんとかするさ。
「あァ?」
「ん?」
突然、モズヌがこちらを睨む。
こんな展開、あったか……?
「……ハクッ!」
突然、クオンの声が聞こえた瞬間。
「がっ……!!?」
自分の顔が、モズヌによって蹴り飛ばされた。
モズヌは確かに間抜けだが、こんな奴でも盗賊だ。
力もあるし、何より残忍。
蹴り飛ばされた自分は、そのまま横に吹っ飛ぶ。
「アンちゃんッ!」
「ハクさまっ!?」
「ハク殿ォッ!!」
……クッソ、痛い。
視界が揺れる。土煙が目に染みる。というか、土と血の味がする。
なぜ、自分が蹴られた……?
言葉は交していない。睨んでたのが気に障ったのか……だが、その時はこちらを見てなかったはずだ。
「おい、モズヌ」
ノスリがモズヌに睨みをきかせる。
「我等ノスリ旅団と行動を共にするからには、我らの流儀に従ってもらうと言ったはずだ。そして我々の目的は積荷だけで、それ以外には決して手を出さない、ヒトに危害を加えない……違うか?」
ノスリの殺気にモズヌは一瞬怯むが、すぐにニタッと下卑た笑みを浮かべた。
「……いいじゃんいいじゃんよ〜。ンな堅苦しいこと言いっこナシにして、やりたいようにやっちまおうぜ……?」
そう言いながら、ノスリへと近づく。
「ぜ〜んぶ、俺様に任せとけってよォ。な?」
そしてモズヌはノスリの元まで戻ると、馴れ馴れしくその肩に手を回す。
「それに、ちゃんと判ってるぜ。ノスリが妬いてるってことによ。いい加減素直になって、俺様の情婦になっちゃいなヨ?……せっかく、こ〜んないいもん持ってんだからーー」
手をゆっくりとノスリの胸元に伸ばすモズヌ。そして、指先が触れそうになる瞬間、ノスリがその指先を摘んでクイッと普通は曲がらない方向へ捻った。
ボキッ……いい音がした。
「ほぎゃーーーー!!?」
モズヌはかつてない方向へ曲がった指先を抑えて、痛みでその場を転げ回る。
ああ……なんか、イラッとしたのが阿呆らしくなってきたな……。
「うふふ……おいたはダメよ、ボ・ウ・ヤ」
パチッ、ではなくギチッ……と音がするようなウインクと共に、気が抜けるほどの棒読み。
ああ、いつものノスリだ。
「どうだオウギ?今のは中々良い女っぷりじゃなかったか?」
「ええ、さすがは姉上。その魅力に思わず目眩を起こすところでした」
「ッ!?」
相変わらずいつの間に……ノスリの隣には、影が立っていた。
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オウギ。
ノスリの弟であり、彼女を支えるエヴェンクルガの影。
奴には何度、助けられおちょくられたことか。
諜報や腹芸が得意で、常にノスリ第一。
しかし、手際良く仕事を終わらせるその姿には惚れ惚れしたもんだ。
初めてあった時も……
『姉上』
皇女さんを攫った時も……
『さすが姉上』
…………姉上しか言ってないのか?
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視界に入っていても気づかない。
それがオウギの技だ。
自分が視線を向けると、それに気づいたようにオウギが笑い、しかしすぐにノスリへと視線を戻す。
「ふふふ、そうだろう!これでまた一歩、良い女に近づいたな」
ノスリはオウギに褒められて、とても嬉しそうだ。
大きな胸をドンと張っている。
「いぎ……が……ぎぎ……ッ!何しやがるッ!」
そこに、痛みで転げ回っていたモズヌが立ち上がって食いかかった。
「やれやれ、だからお前はいい男になれないんだ。女との戯れを笑ってサラリと受け流すのが、いい男というものだぞ」
はぁ……とわざとらしく溜め息をつくと、ノスリは語り始めた。
「かつて異国に、良い男と歌われた皇が存在した。彼は嫉妬に狂った奥方から腕を噛まれようが、箸を突き刺されようが、微笑んでされるがまま受け入れたらしいぞ。それが良い男の義務だ」
ん?
その話、どこかで……確かそう、力を受け取った時……。
「あ」
ハクオロさんかよ。
いや、それはちょっと違うんじゃないか?
「それに引き換え、お前は駄目男だな。」
「んぎぎ……ンだとォ!?」
モズヌはノスリの言葉に激昂し、拳を振りかぶる……が、ピタッとその動きを止めた。
首元に冷たい銀光が見えたからだ。
「どうしました、続きをしないのですか?」
「……じょ、じょじょ、冗談じゃんよ。何、ムキなってんの?」
「オウギ、構わんぞ。こういう時、男のヤンチャを許してやるのが良い女というものだ」
「姉上がそう言うなら……仕方ないですね」
オウギは刃を収める。
「グ……ヘッ……ヘヘッ、まあいいさ。もともと俺は、デカ乳なんて好きじゃなかったからな……ババアになったら、シオシオに萎んで垂れちまうからなッ!!」
捨て台詞を残して去っていくモズヌ。
「…………」
あ、今のは効いたみたいだ。
ノスリの笑みがヒクヒクと引き攣っている。
「姉上」
「ハッ!? 何でもないぞ、何でも……よし、運べ」
そう言って、ノスリ達は荷車と共に森の奥へと消えていった。
「…………」
自分は蹴られた頬の痛みに耐えながら、身体を起こす。
「ハク、大丈夫?」
少し離れた所で、クオンが心配そうに見つめながら、足だけで立ち上がり、こちらに駆け寄った。
「ああ、大丈夫だ。怪我も軽いもんだしな」
「そっか……はぁ、こんなことになるとは思ってなかったかな」
溜め息を吐きながら、クオンはモゾモゾと身体をを動かす。そして少しすると、クオンを縛っていた縄がハラリと落ちた。
「すぐに解くから、ちょっと待ってて」
先に自分の縄を解き、その後にルルティエとマロの縄を解く。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうでおじゃるよ、クオン殿」
すると、ウコンがクオンに向けて声を上げた。
「おーい、ネェちゃん。俺のも解いてくれ」
しかしクオンは動こうとしない。
「……あれ、そっちは解く必要なんてないんじゃないかな?」
「……なんの事だい?」
ウコンとクオンは互いに睨み合う。そしてウコンが折れたように、ため息を吐いた。
「やれやれ降参だ。ホント、おっかねぇネェちゃんだ……」
ウコンは苦笑いを浮かべながら立ち上がる。すると、ウコンの両手を縛っていたはずの縄がパラりと解けて落ちた。
「……それじゃあ、説明……して貰えるよね?」
クオンが底の冷えるような声を出し、ウコンは顔を引き攣らせながら手で抑える。
「……あ、ああ。ちょっと待ってくれ」
そう言って、ウコンが後ろを振り返る。
「首尾はどうだい、お二人さん」
「なっ……!?」
そこには、黒いローブで身を包んだ二人が立っていた。
自分に一切接触してこなかったーー
ーーウルゥルと、サラァナが。