[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い 作:ハラダ
26 風呂
白楼閣。
ヤマトとは違う異国情緒ある旅籠屋。そこらの旅籠屋より少し割高だが、出される飯も酒も美味い。
そして特徴的なのが、大量の湯を張った風呂である。
……風呂、である。
オシュトルの屋敷を出て、ウコンの案内でしばらく歩いていると、やがて緑豊かな一角に抜けた。
「着いたぜ、ここが旅籠屋『白楼閣』だ。この都では、かなり有名なんだぜ」
ウコンが手で指し示す方向に、自分達は目を向ける。
ヤマトで一般的な建物とは違い、群青色の丸瓦に白い提灯。
とても広く、贅を凝らした作りであるのに、嫌味を感じさせない。
「この一風変わった旅籠屋は、ここの女将の趣味らしい。ここだけの話な、女将はめっぽう色気があって腕っ節もすげぇらしいぞ?」
そう言って、ウコンは豪快に笑った。
色っぽくて腕っ節……カルラさんのことだよな。
あの妖艶さは確かに、自分も惹き付けられてしまった。
……あと、カルラさんの出してくれる酒や飯は美味いんだ。
「そういえば……」
誰にも聞こえないように呟きながら、後ろを振り返る。
……クオンは、まだこの時カルラさんがいるとは知らなかったんだよな。
早めに言うべきか?クオンにとってカルラさんは母親……っと、何だか寒気がしたぞ……。
「お〜い、みんなが待ちくたびれてんだ、もう行くぜ」
ウコンがドカドカと入っていくので、自分たちも急いで中に入る。
相変わらず中の装飾も素晴らしいことで。
それに何故か騒がしい。女子衆が急ぎ足で動き回っているし、客人の通りも多い。
「よっ、そこの女子衆さん。ウチの連中はもう集まってるかい?」
ウコンが目の前を通った女子衆さんに声を掛ける。
って、あれはトウカさん!?
「えっ?ええと……あ、ハイ。お連れの方なら野菊の間でもう始めておりますが」
「そうかい、ありがとよ」
トウカさん……は、ウコンの礼も聞き終えず、慌てた様子で奥へと入っていった。
「えらく忙しそうだな……ったくアイツら、主賓も待たねぇで勝手に始めやがったか?」
ボリボリと頭を掻きながら、ウコンはこちらに振り返る。
「悪ぃな、こっちから誘っときながら勝手によ」
「いや、待たせるのも悪いし、先にやっててくれた方が気が楽だ」
そこに、クオンとルルティエが中に入ってきた。
「いい雰囲気の旅籠屋だね。廊下は磨き上げられていて、感じのいい装飾にも手入れが行き届いているみたいだし、ちゃんと見えないところにも気を配っているのも、感じがいいな」
「ほほぅ、さすがネェちゃんだ。判ってるねぇ」
顎髭を撫でながらそう言ったウコンは、目をパチパチとさせながら周りを見回しているルルティエに視線を向ける。
「ンなワケで、ルルティエ様。この旅籠屋であれば申し分ないと思うんですが、どうですかい?」
「……えっ?」
突然話しかけられたルルティエは、驚いたのか間の抜けた声を出した。
「ここ……ですか?」
「あー……気に入らなければ別んトコに案内しやすが、どうです?」
「い、いえ……気に入らないとかは……」
不満、というよりは……不安なのか?
「こんな素敵な所……」
「ルルティエ様んとこの城と比べたら、大したことねぇかもしれやせんが……」
「そ、そんなこと……あそこは素敵とは……違うと……」
そこに、クオンが助け舟を出す。
「もしかして、こういう所は初めて?」
「えっ?は、はい……あまりお城から出たこと……ありませんでしたから……」
なるほど、城から出たことの無いルルティエにとっては、こういう所に泊まるのは確かに不安にもなるな。
「……そっか」
ルルティエの言葉に、クオンは優しい笑顔を浮かべる。
「そういえば、ここって同じ格付けのトコと比べて少々割高って言ってたけど、どのくらい違うんだろ」
「ん?そうだな……階によって違ってくるが、まあ安い部屋で同じ格付けの旅籠屋の五から八割増しってとこか」
「うぐ……そ、そうなんだ」
どうやらルルティエの為に宿をここに決めようと思ったが、値段を聞いて躊躇したっぽい……
「何か言った?」
「いや、何も」
「まぁ、ここが割高なのも訳があってだな……」
多分、風呂の事だろうな。
ここの風呂は他と違い、蒸し風呂じゃなく湯を張った風呂だ。
女風呂と男風呂が分けられているし、何より広い。
そりゃあ、高くもなるさ。
「あ〜、そうだな。もう始めちまってるんなら、急いでいく必要も無いか」
そう言って、ウコンはとある方向に歩いていく。
「よっしゃ、付いてきな。イイもん見せてやるぜ」
……ん?
何か今、背筋に寒気が……それに、何故か頭がじわりと痛くなったような……。
「ハク?」
先に歩き始めたクオンに声を掛けられ、自分は頭を振った。
「いや、なんでもない」
気のせいだな。
風呂に行くだけなんだし、ちゃっちゃと行って早く酒が飲みたいもんだ。
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ウコンに案内され着いていく途中。
「えっ?」
前を歩いていたクオンの尻尾がピコン!と上に向かって伸びた。
そして、スンスンと鼻を動かす。
「この……香り……」
……あ、あれ?どうしてこんなに寒いんだ?
さっきからクオンを見ていると身体が妙に震えるし、頭痛も強くなっているし。
風邪か?風邪でもひいたのか?
「嘘……もしかして……!」
クオンの足取りが早くなり、長い尻尾はビュンビュンと風を切るようにうねる。
「ここだここ。ネェちゃん、扉を開けてみな」
ウコンが指し示すのは、まだ使用時間になっていない風呂の扉。
そこで自分の危険信号が鳴り響いた。
トメロ……!!と、内なる自分が叫んでいるような……。
「「わぁ〜……!」」
しかし自分の様子に気づく訳もなく、クオンは勢いよく扉を開けた。
中からは濛々と湯気が立ちこめ、クオンとルルティエは可愛らしい声を上げた。
「ここが旅籠屋『白楼閣』名物、湯船の張られた大浴場だぜ、どうよ!」
「すごい……こんなお風呂……初めて見ました……!」
「だろう?この掛け流しで湯が溢れ出る贅沢な風呂なんてのは、他所の旅籠屋じゃお目にかかれねぇだろうな。殿上人の屋敷にだって、こんなデカい湯船は無えくれえなんだぜ」
ルルティエに説明したウコンは、そのままクオンへと語りかける。
「風呂好きのネェちゃんなら、多少割高でも喜んでここにすると思ったんだがな……まあ、それはいいとして、どうでぇ?パーッとやる前にーー」
「マズいウコンッ!クオンを外に連れ出せッ!!」
「ーーあん!?」
どうして気づかなかったッ!!
クオンは大の風呂好き。そして故郷からここに来て久しぶりの湯船。
こんなのを見たらクオンは……
「……」
クオンは心ここに在らず、といった感じで惚けている。
前に出した手はプルプルと震え、更には尻尾の空を切る速度は早くなっている。
ウコンはそんなクオンを見て、はぁ……と溜息を吐いた。
「何言ってんだアンちゃん。別にネェちゃんは……」
「これからなんだよッ!」
自分は飛び出し、クオンの腰を抱き上げる。
そして、風呂への入り口に持っていこうとした瞬間ーー
「お湯〜〜〜ッ!!!」
ドガーンッ!!!
クオンの身体はテコでも動かなくなり、更には勢いよく上げた腕が自分の顎にクリーンヒット。
自分の身体は軽く吹き飛ばされ、ウコンとルルティエが悲鳴をあげる。
「なっ……!?」
「ハクさま!?」
今にも入ろうとしているクオン。更にはコイツ……やっぱり服を脱ごうとしているな!!
自分は立ち上がり、もう一度クオンの腰にしがみついた。
「クオンッ!今はダメだッ!自分もウコンもいるし、これから宴なんだよッ!!」
「お湯〜……お湯〜……」
ズルズル……
「ああもうダメだ!ルルティエ!この風呂場から出ろッ!ウコンも早くッ!」
そう叫び、自分はクオンから手を離す。
瞬間、目の前のクオンは一糸纏わぬ姿となった。
「あんッ!?どういうことだアンちゃん!」
「クオンさまっ!?」
自分は即座に身を翻す。
後ろからは、とてつもない嬉声と水に飛び込む音。
背中にお湯が掛かったのか、少し熱い。
「行くぞッ!」
しかし自分にそんなことを気にしている暇はない。
すぐにウコンとルルティエの手を掴んで出口まで走り出す。
このままじゃ、ルルティエまで巻き込まれて……
「どこに行くの、かな?」
「えーー」
シュルリ、と音がする。
左手に掴んでいた……ルルティエの手が引っ張られた。
恐る恐る、ルルティエの方を見ると……
「ルルティ……エ?」
真っ青となったルルティエの顔。視線を下げれば帯の所に白い尻尾がしゅるりと巻かれている。
そしてルルティエの背後には素っ裸のクオン。もはやここまで来ると魅力も何も感じない。
「は……ハク……さま……!」
ブブブブ……と、かつてないほどルルティエは震えている。
「ルルティエったら駄目かな……着物を来たまま、お風呂に入ったりなんかしてぇ……」
この世の終わり、のようにウルウルと涙ぐみ、こちらの手をギュッと握るルルティエ。
その後ろには禍日神オフロスキー。
それを見て、自分は……
「すまん」
と言って、ルルティエの手を離した。
「ハクさま……!?」
「お風呂ではちゃあんと……服を脱がないとねぇ!」
スポーン!!
「ひゃぁぁぁぁぁぁ!!!?」
鼓膜がはち切れそうなほどの悲鳴に、自分は身を翻し走り出した。
そしてウコンの手を……ってウコン居ねぇ!?
「あの野郎ッ!」
そうして、一人の悲しい犠牲により、自分はなんとか命拾いしたのだった。
……前は、クオンに気づかれて死にかけたからな。
さらば、ルルティエ……。