[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い 作:ハラダ
仕事を終え自分の部屋にやってきたウコンに、オシュトルの名を使ってシャッホロの姫君と接触したことを報告する。
盃を傾けながら、ウコンは溜息を吐いた。
「おいおいアンちゃんよ、大変だったっつぅのは分かったけどよ……まだ仕事の依頼もしてねぇのに目立たれちゃ隠密の意味がねぇんじゃねえか?」
結構呑んでいるので呂律は変だが、自分に向けられた刺すような眼光に、一瞬怯む。
「す、すまん……」
自分が頭を下げると、ウコンは真顔のまま乾いた盃をひょいひょいっと振った、
それに酒を注ぐ。
「……まあいい。アンちゃんはどうにも妙な縁を持っているようだからな。結果として見てみれば、シャッホロ皇ソヤンケクル殿の溺愛するアトゥイ嬢と繋がりを持てたんだ」
そう言って、盃の酒を喉に流し込む。
「本当に今回は迷惑をかけたな、ウコン」
「いんや、気になさんなって。この落とし前はきっちり付けてもらうからよ」
「……やっぱり?」
「そりゃアンちゃん、オシュトルの名を使ったんだ。色々と手を回す手間が増えちまった……ってのは分かるよな?」
即座にウコンの盃に酒を注ぐ。
「……すみませんでした」
「ダッハハハ!よし、しみったれた話はここまでだ。今夜は呑むぞぉアンちゃん!」
その夜は、朝までウコンと酒を酌み交わした。
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それから数日が過ぎた。
特筆することもなく、あったことと言えばキウルが隠密の仲間入りをし、溝浚いや掃除など依頼……という名の雑用をこなしていた。
ただ、気になるのは二点。
一点は、この前捕縛した賊であるモズヌが出てこなかったこと。
最初の依頼として、確か奴とは一悶着あった気がするんだが……今のところオシュトルから話は来ていない。
出てこないというのは良いことなんだろう。
だがしかし、自分にとっては歴史……記憶にある過去が変わってしまっていることが少々引っかかった。
アトゥイの一件もあるため、何かしようとするつもりはないが。
そして二点目は……これこそ意味が分からない。
自分がこの時代に戻って来た時、持っていたのはこの記憶だけだったはずだ。
身体は目覚めたばかりでとても弱く、この世界の子供達よりも力はない。
仮面も付けていないし、大神としての力も無くなっていたんだが……
……アトゥイから受けた傷が、綺麗さっぱり消えていた。
彼女の実力はよく知っている。武勇に優れ、敵と戦うことに喜びを覚える戦闘狂。
そんなアトゥイから攻撃を受けたのだ。槍の持ち手で突かれただけ……とはいえ、自分なら最悪の状況も予想出来た。
しかし、アトゥイを白楼閣まで送り届け、クオンに説教され自室に帰ってきた時には、もう傷が消えていたのだ。
アトゥイと串焼きを食っていた時にはもう、痛みを全く感じなくなっていたことも思い出した。
これを……どう考えるか。
もし自分にまだ大神としての力が残っているならば、なぜ何も感じないのか。大神の力は強大だ。自分の中にそういったモノがあるということは本能……直感で理解させられる。
まあ何も感じないので、無くなっていると確定しよう。
ならば、この傷が何故治ったか……まるでオシュトルを演じた時のような治癒力であり、しかし自分の額には何もつけられていない。
「……はぁ」
自室で茶を飲みながら、自分の身体がどうなっているのか分からないという状態に溜息が出る。
「ここまで考えても何も出ないってことは、ただの偶然……なのか?」
まさかとは思うが、アトゥイが手加減していた……なんてこともあるかもしれん。
「いや、アイツのは手加減しても骨が碎けるだろう。何よりアイツは手加減という言葉を知らないはず……」
しかし考えれば考えるほど分からない。
やがて嫌気が差した自分は、気分転換に白楼閣の中を散歩することにした。
クオンは、ネコネとルルティエを連れて出掛けていった。一応は誘われたが、自分は頭の中を整理したかったため、断らせてもらった。
代わりにそこら辺にいたキウルを推薦したが、アイツの事だ。ネコネと一緒に居られるなら万々歳だろう。
玄関を通り過ぎ、目的もなく歩き回る。
まだ昼間ということもあり、食堂には人が多い。せっかくだから何か摘み食いでもさせてもらおうかと思ったがやめておいた。
風呂場は……この時間は確か清掃中だ。もう少し後に来ないと入れないだろうな。
……待てよ?
自分はとあることを思い出し、階段で上の階へと……
「あれ、ハク?」
クオンに声を掛けられた。
「クオン、もう買い物は終わったのか」
「う、うん!ハクは、何をしてるのかな?」
クオンか、ちょうどいいな。
「ちょっと息抜きに、白楼閣を散歩でもしようかと思ってな。クオンも来るか?」
「いいの?」
「ああ、というかクオンにも是非来て欲しい」
これから会うのは、クオンの母様……もとい姉様だ。
正直に言うと少し記憶とは違う展開になりそうだが、どちらにしても会うことにはなるんだし大丈夫だろう。
「うん、それじゃあご一緒させてもらおうかな」
そういえば……あれ?ネコネとキウル、それにルルティエも居ないぞ?
「……ほかの三人は?」
自分の問いに、クオンは目線を逸らした。
まさか、こいつ……。
「置いてきたのか」
キウルがネコネに懸想していることは誰もが知っている。本人はバレていないと思っているようだが、ここの女子衆さんでさえ生暖かい眼差しを送っていることに気づいていない。
……ネコネは相変わらず素っ気ない態度だが。
しかしルルティエも置いてきたとは、クオンも中々酷いことをするもんだ。
今頃、きっと慌てているだろう。
「うっ……」
「いや、別に責めているわけじゃない。ただルルティエも一緒に置いてきたのは可哀想じゃないか?」
「え……?」
「ネコネとキウルに気を使って帰ってきたんだよな?」
「そ、そう」
「じゃあ、ルルティエは?」
「ルルティエは……いつもの書房に」
あっ、そういう事。
ルルティエがあの楽園へと赴き、ネコネとキウルと三人になったから抜け出してきた、と。
「そうか、ならいいんじゃないか?」
ただ……。
「ネコネには、ちゃんと伝えたのか?」
ギクリ、と。
「おいおいまさか……黙って抜け出してきたのか?」
「だ、だって……」
「だっても何も、クオンが突然消えたらネコネが心配するだろう」
「うぅ……」
尻尾がペタン、と床に垂れる。
「……はぁ、まあネコネの事だ。気になったら白楼閣まで戻ってくるだろうし、女子衆さんにでも伝言を……」
「うん!」
立ち直り早っ!?
そしてクオンは近くに居た女子衆さんに、ネコネへと伝言を頼みこちらに戻ってきた。
「……ちゃんと後で弁解しとくんだぞ」
「わ、分かりました……」
はぁ、と溜息を吐いて、自分とクオンは目的の場所まで向かった。
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クオンと階段を上りきり、開けた空間に辿り着く。
そこは開放的な空間で、窓が大きく開かれ帝都を一望できる眺めとなっていた。
整えられた庭から、緑地帯を抜け帝都へ続く景観はいつ見ても素晴らしい。
「へぇ、最上階ってこうなってたんだ。随分と見晴らしのいい部屋だね」
窓の外、眼下に広がる景色を眺めるクオンを横目に、自分は壁の模様……例の仕掛けの前に向かう。
それは模様が刻まれた四角い木片がいくつも組み合わさり、それが大きな模様となって嵌め込まれていた。
しかし、その模様はどこかチグハグで不完全である。
「確か……これを……こっちに」
自分はその木片を記憶通りに動かしてみる。
……しかし上手く進まない。
「なぁ、クオン」
「何?」
窓から外を眺めていたクオンを呼ぶと、少し早歩きをしてこちらへと来る。
そして、自分が触っていた壁の模様を見て、目を輝かせ飛びついた。
「わぁ、これって絡繰り細工だよね?」
その様子に、自分は小さく笑ってしまう。
クオンは自分の保護者だったり、ネコネから姉様と慕われたりしていて大人びている一面もあるが、このように年相応な少女らしい部分もあるのだ。
……まあ、少し幼すぎるという気もするが。
「この模様、なんだか懐かしいな。この國にも絡繰り細工があったんだ」
「クオンは出来そうか?自分じゃどうも時間が掛かりそうでな……」
「もちろん、任せてかな!」
クオンは元気よく返事をし、手慣れた様子で木片を動かしていく。
「これはこちらかな……それで、これをこっちに動かして……うん、完成!」
すぐにクオンが模様を完成させると、カチリと何かがハマる音が聞こえ、天井からゆっくりと階段が降りてくる。
しかし、今のところクオンはまだ気づかない。
「ふふん。どうかな、ハク?」
「ああ、見事な手際だった。クオンは慣れてるんだな」
「うん、私のお母様がね、よく細工物の工芸品を集めていたんだ。性格に似合わずこういうのが好きだったから」
「それでよくやっていたと」
「そういうことかな」
その時、階段が降りきった。クオンもそれに気づき、驚いたように声を上げる。
「えっ?」
「それじゃあ行くか、クオン」
「ハ、ハク……?これは?」
「まあ、そういうこと……かな」
口調を少し真似した自分は、クオンを置いて先に階段を上がる。
「ちょっ、ちょっと!そういう事って、どういう事かな!」
クオンもそう言いながら、自分の後ろをすぐについてきた。
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隠し階段を上がると、その先からふわりと微かに甘い香の薰りが漂ってくる。
クオンもそれに気づいたようで、鼻をスンスンと鳴らしていた。
暗闇の中、目が慣れてくるにつれ一際豪華な造りの部屋が現れる。
そして一歩、足を部屋に入れた瞬間。
「あら、お客様?」
と、なんだか聞いているだけで惹き付けられそうな妖艶な声が響いた。
声のした方向に目を凝らすと、獣の毛皮を敷き詰めた一角で綺麗な衣を羽織った美しい女性が、長椅子に身を預け盃を傾けている。
妖艶さとしなやかな肢体、悠然としたその姿はまるで肉食獣を連想させる。
そう、この女性は……クオンの母親。
カルラさんだ。
カルラさんはこちらを気にすることも無く酒を盃に注いで呑んでいたが、後ろで固まっている気配に気づくと、ゆっくりとこちらに視線を向けた。
「あら?貴女は……」
そう言いながら妖艶な微笑みを浮かべる彼女に、クオンは咄嗟に自分の背中へ隠れた。
「おい、クオン……なんで自分の」
「クオン、出てきなさい」
自分が注意しようと声をかけるが、女性の声で上塗りされる。
やがてクオンがぎこちない動作で自分の背中から前に出た。
「どうして……カルラおかあーー」
クオンがカルラさんの名前を言いかけた瞬間。
キン……と、鋭すぎる威圧感がその場を一閃する。
クオンの首が一瞬、胴から転げ落ちた幻覚が見えたほどの、殺気。
「ッ……く……」
クオンもそれを感じたのか、恐る恐る自分の首筋を撫でている。
「何か言いまして?」
「い……いえ……カルラ……姉様」
ガタガタと震えながら、引き攣った笑みを見せるクオン。
自分はその様子に苦笑しつつ、目の前の彼女に声をかける。
「……えっと、自分の名はハクだ。勝手に入ってしまってすまない、お邪魔なら出ていくが……」
「ハク……」
カルラさんはこちらをじっと見て、ふふっと笑った。
「別に出ていく必要はありませんわ。それに、この部屋に入った者は一献付き合わねばならないという仕来りがありますもの」
相変わらず素敵な仕来りだ。
「入った以上、仕来りは守っていただきませんと……それに」
カルラさんの視線が、固まっているクオンへと向けられる。
「色々と……話したいこともありますから」
クオンの身体がビクッと跳ねる。
カルラさんはクスリと笑うと、こちらに盃を向ける。
「さあ二人とも、座ってくださいな。歓迎致しますわ」
勧められるがままに、自分とクオンはカルラさんの正面に腰を下ろす。
未だガチガチなクオンをどうするか……と考え、とりあえず声をかけた。
「クオン、知り合いなのか?」
「……私を育ててくれた、お……姉様の一人なんだ。数年前に旅に出ると言ってフラリと國を後にしたきり、音信不通になっていたんだけど……まさか、こんな所にいたなんて」
「正に、縁は異なものですわね」
苦々しげに声を絞り出すクオンに、余裕の笑顔で答えるカルラさん。
……急に連れてきたのは可哀想だったか?
「な、なら……クオン。ほら、身内同士で積もる話もあるだろう?なんでそんなに緊張してるんだ」
「だって……カルラおか……姉様は、お母様達の中で一番尊敬する、目標の方だから」
「目標ねぇ……」
カルラさんを一番尊敬して、更には目標にしているなら逆に話すことも沢山あるだろうに。
カルラさんをチラリと見ると、絶え間無い微笑みを浮かべ、上品な仕草で盃に酒を注いでいる。
しかし相変わらず、何を考えているのかは全くわからん。
まあ……一人の女性として、彼女はクオンの中で途方もなく大きな存在だから緊張する……ということか。
そんなことを考えていると、カルラさんがこちらに視線を向ける。
「あら、二人して内緒話なんてつれませんわ。私も混ぜてくださるかしら?」
聞こえていただろうにそうおどけるカルラさんに、クオンは
意を決したように口を開いた。
「私がヤマトに来た理由……聞かないんだ」
「ふふ、聞いて欲しいんですの?」
そう笑みを向けられると、途端にクオンは黙ってしまう。
今のクオンは、ぐずって甘えようとしたのを見透かされた子供って感じだ。
なんとも可愛らしいものである。
しかし、このままでは埒が明かない。
なにか話を……と口を開きかけた時、一人の女子衆さんが入ってきた。
「待たせ……お待たせしました」
手に持った盆には、酒器が載せられている。
あれ?あの女性は……と思ったが、それはカルラさんの声によって塗りつぶされた。
「お『待たせ』致しましたわね。それでは、乾杯と参りましょうか」
「……え?」
待たせた……乾杯……?
『独り言』
この話は大変でした。
ハクはもう白楼閣の主がカルラさんだと知っていて、更にはクオンの母様ということも知っています。
なのでクオンを連れていってましたが、これがまあ大変。
カルラにとっては、情報は知っているものの初対面。ハクは突然娘を連れて現れた客人です。
来ることは知っていましたが……それでも、いかに初見尚且つ再会感を出すかが難易度高かったです。
これからこのようなオリジナル展開が増えていくので、執筆速度が落ちないよう妄想を膨らませていきます。