[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い   作:ハラダ

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38 乾杯

 

「お『待たせ』致しましたわね。それでは、乾杯と参りましょうか」

 

「……え?」

 

待たせた……?

まさか、自分達が来ることを知っていたのか?

 

いやしかし、以前のように招待状を出された訳でもないし、今日だって自分が偶然、ここに来ようと思って散歩していたら、クオンを途中で誘うことになったわけなんだが……

 

「なんで、自分達が来ることを知っていたんだ?」

 

自分はつい、カルラさんに聞いてしまう。

しかし、返ってきた言葉は予想を遥かに超えていた。

 

「私はここの女将ですのよ?客人の行動について、知らないことはありませんわ」

 

「あっ、なるほど……」

 

てっきり、最初にクオンが来た時に驚いたように見えたから、そういうことだと思ったんだがなぁ……まさか、白楼閣の女将だから、とは。

妙に誤魔化された感もあるが、とりあえず納得はしよう。

 

カルラさんの返答に頷いていると、女子衆さんが目の前に酒器を置いていく。

が、その女子衆さんの手つきは、手慣れているように見えるのに何故かめちゃくちゃ危なっかしい。

 

あ、こぼした。

 

「しっ、失礼しました。すぐにお拭きします……」

 

それはそれとして、自分とクオンから顔を背けていたらやりづらくないのか?

 

「……んん?」

 

クオンも首を傾げ、訝しんでいる。

そしてなにか気づいたのか、尻尾がピンと上に立った。

 

「あれ……まさか」

 

そのまま素早い動きで立ち上がると、不意を突かれ硬直した女子衆さんの顔を正面からまじまじと見つめる。

 

「ーートウカお母様!?」

 

「あいや、某は決してそのような者ではなく、ただ一介の女子衆でありまして……」

 

トウカさん、一介の女子衆はそんな特徴的な口調はしないと思うぞ。

 

「何か様子がおかしいと思ったら……やっぱり、トウカお母様」

 

「うぐ、某……私は……トウカなどでは……」

 

「ずっと側にいたのに、どうしてすぐに名乗ってくれなかったのかな」

 

クオンがずいっとトウカさんに詰め寄った。

そこにカルラさんが追撃する。

 

「トウカ、お勤めはそのくらいにしてはどう?せっかく私達の妹分が尋ねてくれましたのに」

 

「う……」

 

カルラさんにそう言われ、トウカさんはやっとこっちに顔を向けた。

 

「……カルラ」

 

「どうかして?」

 

「其方、クオンがここに来ると知りつつ、何も知らせなかったな?」

 

「あら、知らせましたわよ?先程、貴女も知っている大切なお客様が来るって。だから貴女に持ってこさせたのですわ」

 

「……この件については、後でじっくり話し合う必要がありそうだ」

 

女子衆さんは暫く眉をヒクヒクと痙攣させていたが、やがて表情を豊かにするとクオンに向き直った。

 

「久しぶりだな、元気にしていたか?しばらく見ないうちに、大きくなったか」

 

そう言いながら、両袖でクオンをぎゅっと包み込む。

 

「本当はすぐ声をかけるつもりだったのだが、機会を失ってしまってな。すまぬ……」

 

無骨で不器用な仕草だが、それだけ真っ直ぐな愛情がこちらにも伝わってくる。

 

「トウカお母様……」

 

クオンはどこかくすぐったそうで、それでいて心から嬉しそうに身を委ねていた。

そんな様子をカルラさんが、何か気に入らないように細めた瞳で見つめている。

 

まあ、カルラさんとトウカさんとじゃクオンの接し方も変わるからな……カルラさんも、何か思うところがあったのだろう。

もしかして、甘えて欲しかったのかもしれんな。

 

「何か言いまして?」

 

「いえ、全く、なにも」

 

「……トウカ、お客人の前ですのよ?」

 

「む、そうだったな」

 

懐からクオンを離し、こちらに向かってきちんと居住まいを正すトウカさん。

 

「改めまして、ここ白楼閣にて女子衆を務めているトウカと申します。お見知り置きの程を」

 

「あ、ああ……自分の名はハク、以前からクオンに世話になっている者だ。こちらこそ、よろしく頼む」

 

自分も居住まいを正し、トウカさんに礼をする。

 

「ここには私達だけ。今は素に戻ってもよろしいのではなくて?」

 

「今の私は白楼閣の女子衆です。それ以上でもそれ以下でも無……ありません」

 

真面目に答えるトウカさんに、苦笑し溜息を漏らす。

まあ、何か事情があるようだ。

 

「さぁさ、再会を祝して乾杯いたしましょう」

 

そう言って、カルラさんが自分に徳利を向ける。

促されるように、自分は盃を持ち上げた。

 

「まずは一献」

 

持ち上げた盃に、濃い色をした酒が並々と注がれた。

ふわりと立ちのぼる香りに、自分は感嘆の息を漏らす。

 

「良い香りだ……ああ、こちらからも一献」

 

「謹んで頂戴致しますわ……もちろん、トウカもいただきますわよね?」

 

「では、某……私はこれで」

 

カルラさんの盃に酒を注ぎ終わると、隣からトウカさんも盃を差し出してきた。

 

しかしそいつは……

 

「盃……というより、それは湯呑みでは?」

 

茶碗酒とやらだろうか。トウカさんに酒が強そうなイメージはないが、こうするということはよっぽど呑める人なんだろう。

 

「あいや、そうではなく某……私は茶を頂ければ」

 

だから湯呑みだったのか、紛らわしいな。

 

「ふぅ、せっかくの祝いの席なのに、それは無粋というものですわよ。お客人も、そう思いませんこと?」

 

カルラさんかそう目配せしてくる。

合わせろ、ということか。

 

「そうだな……自分達に遠慮する必要は無いさ。せっかくの再会という事だし、好きに飲んでくれ」

 

「いえ私は、お勤めの最中……いやいやいやいやっ」

 

断ろうとしたトウカさんを無視して、その湯呑みに徳利を傾ける。

湯呑みを引こうとするトウカさんだが、既に酒が注がれているので、首をひたすらに振っていた。

 

すまないトウカさん。

自分としては、隣でこちらをじっと見ている女将さんが怖いんだ。

 

「あああ……」

 

その様子を見ていたクオンが、自分に盃を差し出しながらニコリと笑っている。

 

「ねえ、ハク。私には?」

 

「ん?」

 

「クオンには、私が酌をしますわ」

 

カルラさんは持っていた徳利を、クオンに向ける。

クオンは驚いたように、身を少し引いた。

 

「えっ?カルラお……姉様、が?」

 

「ま、待てカルラ。ならば某が……」

 

そこにトウカさんが割り込むが……

 

「では、これであの貸しをチャラにしますわね」

 

「なっ……」

 

カルラさんによって簡単にねじ伏せられた。

 

「クオンはいつまでも子供ではありませんもの。そろそろ許してもいい頃合い、受けてもらえるかしら?」

 

「あ……」

 

そう言われて、嬉しそうに盃を差し出すクオン。

カルラさんも可愛い娘……妹に酒を注げて嬉しそうだ。

 

「ふふっ、まさかこんな日が来るなんて。月日の流れは早いものですわね」

 

「くぅ……あの時の借りさえなければ……!」

 

湯呑みを握りしめながらその二人を羨ましそうに睨むトウカさんを無視して、カルラさんは盃を持ち上げた。

 

「それでは、乾杯といきましょうか。この喜ばしき日を祝して。この善き日、この善き場、この輩と寿ぎて……乾杯」

 

「「「乾杯」」」

 

酒が入り、すぐに座は賑やかになる。

白楼閣で出されている料理も次々と運ばれ、自分はそのどれもに舌づつみを打った。

カルラさんがその料理に使われている食材の製法や産地などを説明をしてくれたが、あまり頭には入ってこない。

 

理由は簡単。料理が、酒が……

 

「……美味い!」

 

そのせいである。

思わず叫んでしまう程に、出てくる酒も料理も皆抜群に自分を驚かせるのだ。

 

「そう言っていただけると、主冥利につきますわ」

 

「これは……蒸留酒か。旨みがぐっと濃いが、それとして後味がスッキリとしている」

 

「はい、祖国から取り寄せたものです。この料理には、こちらのお酒が良く合うと思いまして」

 

「確かにその通りだ」

 

「昔から贔屓にしていた酒蔵のものなのですが、最近は人気のせいか品薄になってしまって……仕入れに苦労する自慢の逸品ですよ」

 

そう言いつつ、すかさず盃を満たしてくれる。

気持ちよく酔い始めた自分は、さらに料理を口に運び、盃を仰ぐ。

 

「このハチミツ酒……子供の頃に隠れて飲んだのと同じ味だ。同じの探してたけど見つからなかったのに……懐かしいな」

 

「見つかるはずがありませんわ。これは特別な……彼女が漬けたものですもの」

 

「じゃあ……これって……」

 

「この日の為の、取っておき。味わいなさいな」

 

「……うん」

 

カルラさんの話を聞いて、嬉しそうにゆっくりと盃を傾けるクオン。

その様子に見ていたトウカは、一瞬涙ぐみ顔を歪めたが、吹っ切るように一気に湯呑みを煽った。

 

「んぐっ……んぐっ……」

 

「……おかわり、いるか?」

 

「……いただこう」

 

それ以上は何も聞かず、湯呑みに酒を注ぐ。

 

「んぐっ……んぐっ……」

 

「トウカお母様?」

 

トウカさんの様子に首を傾げるクオン。

 

「しばらくは、そっとしておいてあげなさいな。お酒に溺れたくなる……時にはそんな気分もあるのだから」

 

「う、うん」

 

「さぁ、こちらの珍味を如何?川魚の身を樽に敷きつめて塩を振り、何年も発酵させたものですわ」

 

カルラさんはそういって、料理の中の一つを手で示した。

 

「塩辛いですけど、癖になる美味ですわよ」

 

「それでは早速……」

 

「あ、ヘシュコ!これ大好きだったのに、そんなに食べさせて貰えなかったな」

 

「大人の珍味をゴハンのおかずにモリモリと食べられたら、たまりませんもの。楽しみにしていたその樽を空っぽにされ、どれだけ落ち込んでいると思っていますの?」

 

その光景がしみじみと浮かぶぞ、クオン。

それもクオンの食欲は凄まじい……どんなに多く作っても、ペロリと食べられてしまいそうだ。

 

「あ、あはは……そんなこと、あったかな?」

 

しかし良かった、クオンの緊張と興奮も徐々に落ち着いてきたようだ。

 

「そういえば、カルラお……姉様」

 

「改まって、どうしまして?」

 

クオンがカルラさんに聞いたのは、なぜトゥスクルを出てヤマトに旅籠屋を建てたのか……ということだった。

その問いの裏には、なぜ國を出ていってしまったのか?ということが含まれていたようだが。

 

カルラさん達は当初、ヤマトをもっと知る為に物見遊山だった予定を変更して、ここに滞在することにしたそうだ。

そしてヤマトの長所を知っていくうちに、小さな短所も見つけた。

 

それは……お風呂、らしい。

 

蒸し風呂が一般的な理由として、このヤマトでは水を商売に使うと租税が掛かる。ちなみに生活の中で使うのは無料だ。

 

そこでカルラさんはウルお母様……賢正僧正(オルヤンクル)であるウルトリィさんをトゥスクルから連れてきて、なんと水脈を引っ張って貰ったそうな。

ちなみにその時、トゥスクルではかの賢正僧正が行方不明となったことで、大騒動となった。

 

そしてトウカさんは最初、ここの用心棒だったらしく、みかじめ料を求められたり、荒っぽい男達に営業妨害をされ、それを穏便に済ませるのが中々大変だったそうだ。

 

しかしヤマトは平和すぎる。やがて小さなちょっかいだけになり、用心棒としての仕事も無くなってしまったトウカさんは、仕事の無い退屈な毎日が嫌で女子衆になり、女を磨いている。

……カルラさんが言うには、出来れば手伝って欲しくないらしいが。

 

話が一段落し、新しい料理が運ばれてきた。

大皿にたっぷりと盛られた芋のようなもの……モロロを見て、クオンはその目を輝かせる。

 

「そろそろ恋しくなるのでは無いかと思って、取り寄せてみましたの」

 

「クオンに食べさせてやりたくてな。この地にはあまり出回っていないから、久しぶりだろう?」

 

クオンがここに来ていた事を知って、わざわざ買い付けたんだな。

大切にされている証拠である。いやぁ、良い家族だ。

 

「うん!うん!」

 

クオンはモロロを手に取り、口いっぱいに頬張りながら頷いている。

 

「ん〜、美味しい〜!」

 

「クオンの好きな漬け物も漬けておいた。そら、食べ頃だ」

 

「ふぁ、ありがとう!」

 

「この肉団子も好きでしたわね。うまくできていればいいのだけれど」

 

喜んで漬け物や肉団子を口いっぱいに詰めていたクオンが、カルラさんの言葉に反応する。

 

「……あれ?この肉団子、もしかしてカルラ姉様が?」

 

「私にだって、このくらいは作れますわよ」

 

まるでクオンが子供のように見えてしまう。愛され、可愛がられ、成長を見守る母二人に囲まれた娘のような。

実際そうなんだが、見ているとこちらが少々こそばゆくなってしまう。

 

「どうしたの?ハクも食べて食べて」

 

「あ、ああ……んじゃ、一つ」

 

やはり故郷の味ということで、クオンの機嫌はすこぶる良いもんだ。

肉団子やモロロ、漬け物などを酒と一緒に楽しんでいると、ふとカルラさんが尋ねた。

 

「そういえば、そちらのお客人……ハク様でしたわね」

 

「ん?ああ……」

 

「珍しい……お名前ですわ。この辺りの名ではありませんし、異国ではあえてその名を付けたりする親はいませんもの」

 

カルラさんは自分の顔を見つめながら、少し真面目な顔をした。

 

「お客人の名は、その國で幼子すら知っている、偉大なる『皇』のものですもの。このヤマトに例えれば、帝の名をつけるようなもの……恐れ多くて使えませんわ」

 

ああ、カルラさんが言っているのは……ハクオロさんの事か。

 

「これはクオンに名付けてもらったんだ。その時に……どこかの偉い人の名から貰ったと聞いた」

 

「へぇ……クオンが、ですのね?」

 

そう言って、カルラさんがクオンへと視線を向ける。

先程まであれほど機嫌のよかったクオンが、顔を赤くしてその視線から目を……いや、身体ごと逸らしている。

 

カルラさんはふふっと小さく笑い、また自分に問いかけた。

 

「なぜ……クオンに?」

 

なぜ、というのは……なぜ名前を付けられる状況になったのかと聞きたいのか。

 

「ああ、自分は記憶を失っていたところをクオンに助けられて、その時に名前が無いと不便だからと、ハクという名前を貰ったんだ」

 

記憶を失っていた、という言葉に珍しくカルラの表情が変わった。

 

「そう……でしたの……記憶が……それは、辛かったでしょうに」

 

「いや、自分はもうそこまで気にしていないんだ。それに、クオンにつけてもらったこの『ハク』という名前も気に入っているしな」

 

「ふふ、中々肝の座った御方ですのね。これからも、クオンをお願いしますわ」

 

カルラはそう言って、小さく頭を下げた。

 

「ええ、必ず……必ず、彼女は守ります」

 

自分は身体を逸らしてトウカと話しているクオンに聞こえないように、小さく呟きながら礼をした。

 

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