[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い 作:ハラダ
「こ……ここは……」
視界がまだ揺らいでいる中、ゆっくりと身体を起こす。パチパチと燃え続ける焚き火を見ながら、思考をどうにか集中させた。
「……クオン?」
先程までそばに居た彼女は、今この天幕にはいない。
辺りを見回す。どうやら急いでどこかに行ったらしい。荷物が散乱し、薬草や道具がそこかしこに置かれていた。
「ああ、助けて……くれたんだな」
激痛に見舞われ、暴れていた自分を治療してくれたのだろう。その優しさに、また目頭がじんと熱くなった。
「しかしここは……夢、なのか?」
これまで見ていた夢とは、どうも様子がおかしい。頬を抓ってみれば、ちゃんと痛みは感じるし、何よりまず行動出来ていること自体が違うのだ。
さて、この状況をどう理解するか……。
「……クオン?」
数分かかって、身体に力が入るようになった自分は、天幕の中を歩き回る。
しかし待てども待てどもクオンは帰ってこない。何かあったのだろうか。いや、流石にクオンに何かあるとも思えんし……いや……うーん。
「よし、探しに行こう」
この時の楽観的な選択をした自分に、渾身の鉄扇を食らわしてやりたい。
馬鹿な自分は、この時この場所で何があったのかを……すっかりと忘れてしまっていたのだから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ふぇっ……ぶぇっくしょん!!!!」
ああ、馬鹿だった。なぜ自分はこんな行動を取ってしまったのか。
今の格好は薄着だけ。靴なんて履いてないし、何より下着もない。ノーパン、The Not Pantiesである。
ううっ、スースーする……。
「……バクショイ、ブァクショイ!!」
この寒い中、どうしてこんな格好をしているのに外に出たのか。バカか?バカなのか自分は?
今はまだいいが、すぐにあの天幕に戻らないと冗談抜きで凍え死ぬぞ。
せっかくクオンに会えたというのに、ここで死んでたまるか!
「早く戻ろ……っ……!?」
ゾワリ。
今の感じ、覚えがある……。
何か得体の知れない物に睨まれたような……いや、この感覚は確か……
「ボ、ボロギギリ……」
そう言いながら、恐る恐るその気配に視線を向ける。
「……やべっ」
視界に写ったのは、鋭い鋏のような大きな二本の牙を生やした超巨大な蟲。
そう、ボロギギリである。あのボロギギリである。
『キシャァァァッ!』
「うおおおっ!!」
ボロギギリが咆哮しながらこちらに向かってくるのを、すんでのところで近くにあった崖へと飛び込んだ。
背後で鋏の交差するような金属音。
しかしここで、自分はまたやらかしたことに気づく。
「ーーあぁぁぁ!!!」
そう、崖に飛べば落ちる。誰でも分かる初歩的なことだ。
明らかに自分は今、落ちている。ここまでくると空を飛んでいる気分にすらなった。
「いだだだだだ!」
幸か不幸か、すぐに斜面に着地することができ、ゴロゴロと転がることで衝撃は免れた。身体が地面に擦れる痛みはあるがな。
悲鳴混じりにしばらく転がっていると、ようやく地面に背中をうちつけ、止まることができた。
「がっ……!」
衝撃で肺の中に息が詰まったが。
「う……ぐぐぅ……ッ!」
痛みで悲鳴を上げる身体を無視し、蹌踉めきながら立ち上がり走り出す。
「ヤバいヤバいヤバい!!どうして忘れてたんだ自分はッ!?」
ただひたすら、右も左も分からない山道を走り続ける。
流石にここまで走れば、もういないだろう。振り返ってみよう。うん、きっとそこにはみんなの満面の笑顔が……!
「グガァァァァァァ!!!」
「ふぬァァッ!!やっぱいるじゃねえかァァァ!」
動きが単調にならないよう、右へ、左へとジグザグに走る。
ま、まずい……このままじゃきっと……!!
「なっ!?」
足の裏が不自然にめり込む。
この感覚、このデジャブ。覚えている、覚えているぞ。
「うわぁぁぁぁぁッ!!」
視界が真っ暗に染まり、落下する感覚。
そして地面にまた背中と腰をうちつけ、痛みにその場を転がり回る。
「いっ……痛ゥ……!!」
しかし痛みに嘆いている場合ではない。
すぐに自分が落ちてきただろう穴に視線を向ける。そこにはポッカリと開いた穴から光が差していた。
「あいつは……来てないな。とりあえずこのままじゃボロギギリに喰われちまう。この穴を通られても困るし、確かここは洞窟だったはず……」
そう言って周りを見渡せば、確かに覚えのある洞窟だった。
奥へと道が続いている。ここを行くしかない……だろうな。
しかしここには……いや、考えている暇はない、か。
「覚悟を決めろ……自分は元神だったんだ……大丈夫……大丈夫……」
必死に自分を鼓舞しながら、急ぎ足でその場から立ち去った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
雪に覆われた地面の一部が、瞬間的に吹き飛んだ。風を切るような音と共に、一人の少女が高速で森の中をひた走る。
「どこっ……どこに……!!」
天幕から少し離れただけ、だった。彼が寝ていて、私は彼の食事を作るために川へ水汲みに行って。
そして帰ってきたら、彼はいなくなっていた。
「どうして……ッ!」
危険信号が身体に走り、即座にその足を止め、近くの茂みに身体を隠す。
しばらくすると、何かが這いずるような音。
「あれは……ボロギギリ……!?」
まさかあんな大物がいるなんて……待って。もし、あの大物が彼と出会っていたら……!
「まさか……!」
しかし、その心配は懸念だった。ボロギギリの口や鋏、身体に血の跡はない。食べられた、ということは無いだろう。
「けれどどこに……?」
そこでもう一つ、不自然な点に気がついた。よく目を凝らしてボロギギリの近くの地面を見てみると、そこにはヒトがひとり入れるような穴が空いているのだ。
その周囲をボロギギリは周回し、やがて別の入口を探すように去っていった。
「……流石にここに落ちたとかじゃ……ないよね?」
まさか、いやそんな、まさかね……と何度かクオンは頭を回転させ、一度溜息を吐くとその穴に身を投じるのだった。