[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い 作:ハラダ
「オシュトルの野郎……」
鼻を突き刺すような激臭の立ちこめる空間に、自分の恨みがましい声が響く。
自分の前には、鼻歌を歌いながら『兵士の格好をした女』の腕を抱き込み頬を染めているアトゥイ。
更には機嫌の悪いネコネ。
弓を手に周囲を警戒しているキウル。
下水道を観察するように見回しているクオン
自分の隣で鼻を抑えながら顔に可愛らしい皺を作るルルティエ。
こんな下水道でも関係なく、自分の後頭部を齧るココポが続いていた。
「ハク?オシュトルがどうかしたの?」
クオンが自分の呟きに反応し、首を傾げてくる。
「……なんでもない」
「そう?なら、ちゃんと周りを警戒してね」
「……分かってるさ」
クオンのごもっともな言葉に、溜息が出そうになりつつも気を引き締める。
いや、この依頼が来ることは予想出来ていたんだが……どうしてこうなった。
それは、本日の昼間に遡る。
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昼食後、白楼閣ではクオンが頭を抱えながらあの課題帳を取り組み、ルルティエはそのサポート……もとい自分が頼んだ監視役、ネコネはオシュトルへ定時報告に行っていて、文字も計算も覚えてしまっている自分は特に何もすることがなかった。
それで、帝都を散歩することにした。
しばらく色々な所を見て廻っていたが、突然キウルが自分の所に来て言ったのだ。
『兄上がハクさんを呼んでいます』と。
オシュトルの屋敷に到着したのち、とある依頼についての説明を受けた。
それは、豪族の隠し子『ユゥリ』を帝都の外まで送り出すこと。
つまり、護衛任務だった。
当主が亡くなった際、彼の遺書によってユゥリが隠し子であると明かされ遺産の一部を相続する一人となった。
しかしヒトというのは欲に塗れた生物であり、遺産相続による内紛が発生する。
内紛に巻き込まれたくない彼女は、相続権を放棄したが……それでも自分の身に危険が迫っており、帝都から抜け出す覚悟を決めた。
まあそれで、オシュトルに頼まれて自分達は彼女を帝都の外まで送ることになったわけだが……自分にとっては、出遅れたショックで動けなくなってしまった。
それは、アトゥイの一目惚れを止められなかったことに。
「そういえばアトゥイ殿が来ていたが、彼女も隠密として引き入れたのだな。さすがはハク殿である」
オシュトルのこちらを少々賞賛しているような言いぶりに、自分は色々と思い出した。
アトゥイは、ユゥリが男だと思っている。
そしてユゥリに一目惚れ、今現在猛アタック中なのだ。
ちなみにアトゥイはまだ隠密ではないが、これから仲間になるだろう。というか、今回の一件で彼女は自分達と行動を共にすることになる。
だから今回の護衛任務に参加すること自体は反対していない。が、ユゥリの事を教えないのは心の底から反対させてもらう。
ユゥリが女だと知った時の。そして自分がそれを知っていたとバレた時……あれは思い出したくない。
もちろん、オシュトルにはそのことを伝えた。
アトゥイはユゥリを男だと思っている、そして惚れやすい性格をしているから出来るだけ早く正体を教えてやりたいと。
「……アトゥイ殿には伝えてはならぬ」
「何故だ!?」
「ユゥリ殿はとある豪族の隠し子であり、性別は女である。が、それを隠すため私兵の格好をさせている。アトゥイ殿が男だと勘違いで懸想しているのならば、周囲にもそれは有効であろう」
「つまり……アトゥイとユゥリのイチャつきを使うってことか?」
「……」
「いや、返事をしろよ。どう考えてもそうだろうが」
「だからこそ言ってはならぬのだ、ハク」
「くっ……」
結局オシュトルの圧に負けた自分は、アトゥイにユゥリの正体を口にしないことを約束させられてしまった。
それから少し時間が経ち、合流した際ネコネに脛を蹴られながら、小声でアトゥイとのこれまで……愚痴を散々聞かされた。
なんでも自分が散歩している間に、クオン達の元へアトゥイが来たらしい。
自分を探していたらしいが、やがてオシュトルの話になり、ネコネに『良い男』なのか何度も聞いたそうな。
更には『紹介して欲しい』と言われ、ネコネはアトゥイを敵視していた。
結局アトゥイはオシュトルにそこまで魅力を感じず、ユゥリに一目惚れすることになったわけだが。
しかし、それはそれで納得出来ないのがネコネである。兄さまを『堅物でつまらない』と言われたことに、腹を立てているようだ。
そしてアトゥイはクオンやルルティエと友達になり、更には隠密のことも知ったことも聞かされた。
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で、こうなったわけである。
「安心してな、ユゥリはん。ユゥリはんは絶対にウチが護るぇ」
「あ……ありがとうございます……」
くりくりとした目を爛々とさせながら身を近づけるアトゥイに、自分の背筋がサァッと寒くなる。
……やっぱり、惚れている。
どうやっても変わらないんだな……アトゥイの恋路は。
「ですが……その、歩きづらいのですが」
「大丈夫やぇ。こうしてウチが支えてあげるし」
「いえ、ですから……」
しかし、どうするか。
結局、これが駆け落ちということも、ユゥリが女だということもアトゥイには伝えられていない。
……いやいや、自分は何も聞いてない姿勢を貫き通すと決めたんだった。
何も知らないし、何も見ていない。
微笑ましくその様子を眺めるだけにしておこう。
下水道の中を進み続けていると、キウルが鼻をつまみながら唸った。
「それにしても、この臭いはキツいですね……」
「下水道なのです、仕方ないのですよ。人目につかず都を出るには、この下水道を通るのが最善なのです。それに……この下の汚水道を通ることに比べたら、遥かにマシなのですよ」
ネコネも鼻に皺を寄せて、キウルをチロリと睨む。
今現在歩いているのは、生活排水……主にそこまで汚れていない水が流れている下水道。
しかしこの下には、まあその……アレとかコレとか流れる汚水道があり、臭いも少しばかり上がってきている。
「なぁなぁ、お腹すいてないけ?一緒に食べよ〜思って、お弁当持ってきたんよ」
下水道の中で、ピクニック気分のお花畑さんが一人。
「ええっ!?いえ、それはちょっと……」
何故ここでお弁当を勧めるんだ、アトゥイ。
普通、下水道の中で好きな人に自分の手作り弁当を食わせようなんて思わないだろう。
こういう所が、やはりアトゥイの恋が上手くいかない原因……なんだろうな。
「二人とも、足音に気をつけてね。ここで転んだら……ちょっと目も当てられないことになるから」
クオンが後続の自分とルルティエに振り向いて忠告する。
確かにここに落ちては、色々と後が大変そうだ。
「ハ、ハイ……」
「ああ、気をつけるよ」
そこに、キウルがおずおずと口を開いた。
「あの……この下水道を通る事情は判ったのですが、せめて前もって知らせていただけると……」
「すみません。ご迷惑をおかけします」
「えっ?いえ、別にそういう意味では……」
ああ、キウル。なんてお前は不憫なんだ。
「ゴメンね、もし本当に嫌なら言って欲しいな。流石に無理強いはしたくないから」
「クオンさん……?」
「…………」
クオンに悲しい顔をさせてしまったキウルに、ネコネの冷たすぎる視線が向けられた。
「い……いえいえいえ。そんな、別にそういう意味ではありませんから……」
顔が引き攣っているぞ、キウル。
ただ今のは少し言い方が悪かった……ネコネの前で言うべきではなかったな。
男ならグッと、たまには我慢しなきゃならん時もあるさ。
学べよ、キウル。
大丈夫さ、自分はクオンの尻尾ですぐに覚えたからな……お前もこっちに来い。
「……ひぅっ!」
その時、地面に鼠のような小動物が走っていった。
それに驚いたルルティエが腰を抜かしそうになるのをすんでのところで抱きとめる。
「っと!大丈夫か、ルルティエ?」
「は、はい……ありがとうございます……」
そう返答しているが、顔は真っ青だ。
やはり任務とはいえ、こんな所にルルティエを連れてくるのは可哀想だったな。
「そっちは危ないから、もう少しこっちに来た方がいい」
「……はい」
安心させるため、ルルティエの肩を自分に寄せる。
ルルティエは安心したのか顔に血色が戻り、促されるまま肩を寄せた。
そして自分が先の道に視線を向けると……アトゥイが人差し指を唇に当ててこちらを見ている。
何を思ったのか、ユゥリの方に視線を向けて……
「ああっ、足が滑ってしもたぇ!」
「うわっ!?ちょ、ちょっと……」
棒読みの悲鳴を上げて、およよとユゥリに抱きついた。
「なんだか、怖くなってきたぇ。もっと側によっていいけ?」
頬を染め瞳を潤ませた上目遣いで、ユゥリを見上げる。
「ええっ!?」
何か、ヒドイ茶番を見させられている気がする。
しかしアトゥイは確実に引いているだろうユゥリの様子を気にせず、抱きついたまま下水道を進んで行った。
そして、段々と出口に近づいて来た頃。
「こっちかな。オシュトルから預かった地図によれば次を左に行った先……うん、出口まで後もう少しだね」
「ほっ……」
手に広げた地図を見ているクオンの言葉に、ルルティエは安堵する。
さて、記憶の通りなら……ここら辺で出てくるはずだが。
自分はココポに小声で『頼むぞ』と呟き、ルルティエの肩を寄せる。
「……ハクさま?」
ルルティエが首を傾げているのを横目に、警戒を強めようと懐にしまっていた鉄扇を取り出した時。
「なぁなぁ、ユゥリはんはこの後どうするん?」
また、背筋に悪寒。
まずい、ここでバレてしまってはーー
「え、この後ですか?どうすると言われましても、都から離れるのですが……」
「え……そうなんけ……?」
あぁ……言ってしまった。
「ええ、都の外で別の護衛の方と合流する手筈になってまして、そのまますぐに」
「…………」
アトゥイはその言葉を確認するように回りを見回し、やがて自分へと視線を向けた。
すぐさまその視線から身体ごと逸らす。
「それが、どうかしましたか?」
「え……ぅ……そ、それは大変やね」
な、なんだろう。
この、恋する乙女が失敗するのを知っているのに、見過ごす罪悪感……。
「そうだ、それじゃあ一緒にーー」
「ーーどうやら、このまま何事も無く辿り着きそうだな!」
それは言わせたらマズイ。どうせアトゥイの事だ。着いていくとかなんとか言って、婚約者が待っているユゥリを困らせるだけだ。
それに期待させるより、いっそ何も無かったことにすれば……。
「おに……さん……??」
ああ、その顔やめて。ほややんとしたまま額に青筋を浮かべてこちらを見ないでくれ、本当怖いから。
一応これでも、自分はお前の為に言ってるんだぞ。
「当然なのです。目的地まで誰にも見つからないよう、最善の進路を計算したのですから」
いいぞネコネ。
自慢げに平べったい胸を反らしドヤ顔をしてくれたおかげで、険悪な雰囲気が胡散してくれた……!
「もし追っ手がいたとしても、こちらを見つけるのは難しい筈なのです」
「ここまでの予測も出来るなんて、やっぱりネコネはすごいな」
「それ程でも……無いのです」
尻尾がハタハタ……嬉しそうだ。
「謙遜しなくてもええのに。ネコやんはスゴい。うん、ウチが保証するぇ」
「うぅ……」
先程まで敵視していたから、素直に真っ直ぐ褒めてきたアトゥイにむず痒い気持ちなんだろう。
アトゥイのそういう純粋な言葉は、自分も言われると嬉しいからな。
だが……。
「ネコネの予測もスゴいが、どうやら今回は相手が少し上手だったようだぞ」
自分はそう言って、ルルティエを後ろに鉄扇を構える。
同時に、その様子を見てすぐクオンが表情を険しくした。
「ほら、出でこいよ」
自分たちの先、曲がり角にある気配に声をかける。
すると、ワラワラと怪しげな男たちが現れた。
クオンはそれを見てすぐに実力が分かったのだろう。
いつもの余裕気な微笑みを浮かべる。
「ふふん……どなたか知らないけど、私達に何か御用かな?」
「これはこれは、驚かせてしまいましたね。いえ、ちょっとヒトを探していまして。ユゥリさん……という方なんですが、ご存知ありませんかねぇ?」
「っ……!」
下卑た笑みを浮かべた男が、チラリと自分たちの背後……その兵士に視線を向けた。
ユゥリは怯えるように、顔を伏せる。
「さあ、知らないな」
「そうですかぃ。それじゃあ仕方がありませんねぇ……だったら代わりに、あんた達に相手をしてもらいましょうかい」
『へへへ……』
『今日はついてるぜ』
『上玉ばかりじゃねえか』
「な、何ですか、あなた達は!」
キウルが警戒したように声を張り上げる。
「ヒトを探してるんじゃなかったんだ?」
「ええ、その通りなんですがねぇ……ただ、上玉が態々こんな人目のつかないところにまでやって来てくれたんだ」
先頭の男は舌なめずりをして、武器を構えながら前に一歩進み出る。
「ククッ……これをいただかねぇ手はねぇだろう?」
……屑共め。
自分の腹の中が、グルグルと渦巻く。
最近、自分の仲間に敵対する奴等が現れると、妙に怒りの感情が湧き出るようになってしまった。短気になってしまったというか……永い間、孤独だったせいだろうか。
奴等はただのチンピラだ。それに、クオンやアトゥイ、仲間達の敵ではない。
分かっている……それくらい、分かりきっている事だ。
自分の持っている鉄扇が強く握り締められ、カタカタと音を立てて震える。
キウルもどうやら同じ感情のようで、しかし自分とは違い、冷静に弓を構えながらネコネの前に出た。
「……ネコネさん、私の後ろに!」
ネコネは言われるまま、キウルの背に隠れる。
その様子を見て、自分は深く息を吸い吐き出した。
冷静に思考するために。
……よく見てみれば、コイツらはどうやらユゥリに気づいていないようだ。
変装とアトゥイの恋による猛攻撃が効いたのだろう。
しかし、人攫いまがいの連中であるコイツらが、自分たちを襲うことには変わりない。
人数は自分たちの倍、更には前後囲まれている。
さて……どうするか。
「おおっと動くなよ?歯向かうのは勝手だが、キズモノにはなりたくねぇだろ?」
「ッ……!!」
駄目だ、冷静に……冷静に……!
「なぁに、大人しくしてりゃあ可愛がってやるよ……たっぷりとな」
やめろ、黙れ……ダマレ……!
「男の方も、持ってくとこ持ってけば高く売れるんだ。なんなら……見せしめに一人くらいバラしてもいいんだからなぁ??」
男の下卑た視線が自分を捉えた瞬間……それは爆発した。
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私の隣にいたハクが突然、一歩前に進み出る。
「ッ……!」
あまりに大きな『殺意』に、私の喉はゴクリと音を立てた。
……ウコンとあの旅籠屋で、暴れ出したハクを止めた時と同じ。
嫌な予感が、する。
人攫いの男が、一歩動いたハクを見て武器を向けた。
「おおっと、動くなよーーベブッ!?」
ーー瞬間、鈍い音と共に男の顎が砕け、折れた歯を撒き散らしながら背後の下水に吹き飛んだ。
周りにいた男達や後ろにいるネコネ達も、それが一瞬の出来事で固まっている。
もしあの時のように暴れ出すのなら、ルルティエやネコネ達が危険だ。
私は一度、ハクの様子を確認するために声を掛ける。
お願いだから……いつものハクで居て。
そう願いながら、鉄扇を振り上げて立ち尽くしているハクに。
「ハク……っ!?」
こちらを向いたハクの瞳。
あの穏やかな深い茶色の虹彩が……私達に向けられる優しい眼差しが。
まるで何かに取り憑かれたように。
「……出陣ルゾ」
ーー妖しい眼光を放っていた。