[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い   作:ハラダ

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40 異変

 

「な、何だとーーグボッ!?」

 

「ヒイッ!お、お前らやっちま……ギャアア!!」

 

まるで舞い踊るかのように、一人、また一人と血飛沫が上がった。

 

次々と襲いかかる男達に、恐ろしい程の殺気を放ちながら、下水道を照らす青い光を反射した鉄扇でその意識を刈り取っていく。

 

「ガッ……!!」

 

グシャ、グシャと。

 

潰れるような音が響く中、クオン達はその衝撃に誰一人動けない。

背後から襲いかかられようとも、次の瞬間にはまた血を吹き出して下水道へと吹き飛んでいくのだ。

 

何が起きたのか分からず、それを見ていることしか出来ない。

 

やがて……

 

「ヒィッ!」

 

腰を抜かし股を汚す男の前に、圧倒的な殺意が立ちはだかる。

 

「ッ!ハク!」

 

咄嗟にクオンは駆け出し、背中からその男の……『ハク』の身体を抱き締めた。

 

「もう、もうそれくらいで……!」

 

しかし、ハクは反応しない。

ただ、目の前の男に恐ろしい程の殺意を向けるだけだ。

 

「ハク……!!」

 

クオンは力を込めて、彼の名を呼ぶ。

すると、ハクの殺意が一瞬……収まった。

 

こちらの声が通じたのだと、そう思い安堵したクオンは、視線を上げた。

 

「ッ……!!ハ……ク……」

 

黄金色に妖しく輝いている瞳。

自分を見ているようで、その焦点は合っていない。

まるで、どこか遠くの……私達の知らない場所を見ているように。

 

トン、と。

軽い音がした瞬間、クオンの身体がグラリと傾いた。

 

「っ……」

 

尻餅を付いたクオン。

それを見たアトゥイが、槍を構える。

 

「うひひ……ヤバい、ヤバイぇ。おにーさん……そんな強かったんやなぁ……」

 

アトゥイの瞳には、光がない。

目の前の強者……自分よりも格上であろう存在に、心が警笛を鳴らす。

だが、それと同じく高揚が……興奮が抑えきれない。

 

「…………」

 

「……はぇ?」

 

しかし、ハクはそんなアトゥイを無視して、怯えきった男に視線を戻した。

そして鉄扇をゆっくりと振り上げる。

 

「や……めて……ハク……!!」

 

未だ地面に着いたクオンが、力が上手く入らない身体で、絞り出すように彼を呼ぶ。

 

 

しかし、届かない。

 

 

「た……タスケテ……命だけ……は……!!」

 

 

鉄扇が振り下ろされるーー

 

 

 

 

 

「駄目」

 

「主様、おやめください」

 

 

 

 

 

ーーピタリと。

 

ハクの動きが止まった。

 

目の前には、黒い外套を纏った二人の影。

何処かで見た事のあるその姿に、クオンは目を見開く。

 

「あなた達は……あの時の……」

 

ルルティエの護衛の際、刺客に油断をつかれ危険に陥ったハクを助けた二人。

 

「……抑える」

 

「ひとときの安寧を………主様に」

 

二人はそっとハクの胸に触れる。

 

そして一瞬ハクの足元に術の陣が現れたかと思えば、まるで糸の切れた操り人形のように彼の身体が崩れ落ちた。

 

二人はハクを丁寧に抱き支え、そっと地面に寝かせる。

 

そしてこちらに顔を向けると小さく礼をして、突然出てきた白い霧と共にその姿は消えていった。

 

誰もが、動けない。

地面に寝かされている一人の青年。

あまりにも変わり果てた仲間の姿を見つめるだけ。

 

「っ……ハク……!」

 

身体に力が入るようになってきたのか、クオンがハクにジリジリと這い寄る。

頬や首筋にそっと手を当てて、安堵の溜息を吐いた。

 

「こ、これは……?」

 

キウルが怯えたように、クオンへと確認する。

その脇には腰を抜かしたネコネを抱えて。

 

「…………分からない」

 

クオンはゆっくりと首を振った。

そこに、ココポが心配するように近づき、寝ているハクの身体に嘴を擦りつける。

 

「ココポ……ハクを載せてもいい?」

 

「ホロッ……」

 

クオンはココポを一度撫でると、ココポの背中にハクを乗せ、持ってきていた縄で腰を括り付ける。

 

「ハク……さま……」

 

先程まで怯えて尻もちを着いていたルルティエが、ココポに括り付けられたハクの手に触れて、そっと眉を震わせた。

 

「私達は……助かったんでしょうか……?」

 

「うぅ……おにーさん、寝てしまったぇ」

 

顔色を真っ青にしながらも、先程の人攫い達が消えたことに安堵するユゥリと、殺気が消え失せたハクにあからさまにガッカリするアトゥイ。

 

「……ネコネ」

 

「ぁ……姉さま……」

 

キウルの身体にしがみつくネコネにクオンは小さく声をかけ、そっと抱き寄せた。

ネコネの身体はプルプルと震え、クオンの背中に回した手は服を強く掴んでいる。

 

「ハクさんは……大丈夫……なのです……?」

 

それでも、ネコネはハクを心配しているようだ。

クオンは安心させるように微笑み、ゆっくりと頷いた。

 

「とりあえず……進もうか」

 

そして、誰もハクの異変には触れないように、下水道をまた進み出すのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

クオン達は下水道を抜け、ユゥリを保護する者たちが待機している目的地を目指し、山道を歩く。

 

「……」

 

しかし、今のところ会話はない。

誰も彼もが、ココポに括り付けられたハクを一瞥するだけで、後は黙々と歩き続けた。

 

「……目的地は、この辺りのはずなのです」

 

そして、ネコネの声と共に、目的地である一本の針葉樹に到着する。

皆は無事目的地に到着した安堵に、ホッと息を吐いた。

 

「なぁなぁユゥリはん」

 

そこで、モジモジと両手の指を絡めているアトゥイが、ユゥリを呼んだ。

 

「はい?」

 

「んと……な?その……実は、ウチな……」

 

今、言うんですか?

 

全員がそう思っただろう。ただでさえ先程の一件で空気が重いものとなっているのに、そんな自分達を放って異性に恋心を伝えようとするアトゥイには少々呆れてしまう。

 

「初めて会うた時から、ユゥリはんのこと……素敵やなぁって……」

 

「え……あはは、お世辞でも何だか照れちゃいますね。そんな風に言われたことはありませんから」

 

しかしアトゥイは純粋に恋をしたのだ。

 

ならばここは応援してあげよう……と思い、全員が暖かい眼差しで二人を見守ることにした。

 

クオンはルルティエに近寄り、耳元で囁く。

 

「結構いい雰囲気だね……」

 

「はい……ですが……もしかしてアトゥイさま……ユゥリ様と一緒に……」

 

「どうなのかな。そんなこと許される身では無いはずだけど、そういったのは気にしてないみたいだし。でも本人がそうしたいと言うのなら、止めないで祝福してあげないとね」

 

会話が聞こえていたのか、そこにキウルがツッコミを入れる。

 

「いえちょっと待ってください……?そうなったら止めないと、いろいろとマズイですよ」

 

キウルはアトゥイがシャッホロ皇ソヤンケクルの愛娘だとオシュトルから既に聞いていた。

もしアトゥイが帝都を出て、どこぞの馬の骨と駆け落ちなんぞしようものなら、八柱将がすっ飛んで来るであろうこともだ。

 

しかしそんなツッコミをクオンは笑顔を向けて流す。

そして、ユゥリとアトゥイに目を向けた。

 

「私もアトゥイさんを見て、何て強くてステキな女性なんだろうって思いました……正直、憧れちゃいます」

 

その言葉に、ポッとアトゥイの顔が赤くなる。

 

「ホ、ホントけ?それじゃあ……」

 

ついに気持ちを伝える……全員がそう思った瞬間。

 

「よう、どうやら無事だったみてえだな」

 

「ウ……ウコン?」

 

ニヤリと笑顔を浮かべて木陰から現れたウコンに、クオンが動揺する。

 

「遅かったじゃねェか、心配したぜ……って、おい……アンちゃんはどうした」

 

ココポに括り付けられ寝かされているハクを見て、ウコンの表情が険しくなる。

 

「う、うん……その、少しね」

 

クオンはそれを誤魔化すように返事をした。

何かを言おうとウコンが口を開こうとしたが……

 

「兄さまっ……!」

 

「んおっ!?」

 

ネコネがウコンの元へ駆け出し、その身体にしがみついた。

 

「な、なんだ?どうしたネコネ?」

 

「兄さま……」

 

安心したように、ウコンの身体に頬を擦り寄せる。

その様子を見て何かを察したのか、ウコンはクオンへと視線を戻した。

 

「ネェちゃん、後で話は聞かせてもらうぜ」

 

「……わかってる。それよりウコンはどうしてここにいるのかな」

 

「ん?ああ、こっちはもう一人の方の護衛をな」

 

ウコンがそう言うと、その背後から知性的な青年が現れた。

 

「ユゥリ!」

 

「あっ……」

 

名を呼ばれたユゥリは、嬉しそうにそちらへと振り向く。

 

「ンハライ!!」

 

そして羽織っていた外套を脱ぎ捨てると、ふわりとした若草色の長髪を靡かせ、ンハライという男の元へと駆け寄った。

 

「………………はぇ?」

 

それを見て、アトゥイは間の抜けた声を出す。

 

「……え、えええ!?」

 

「お、女の……ヒト……?」

 

キウルとルルティエも、驚いたように目を見開いた。

 

「無事だったか!?どこか怪我は……」

 

「大丈夫……皆さんが護ってくれたの」

 

「そうか……良かった、本当に良かった……!」

 

二人の掛け合いを見て、クオンは額に手を当てる。

 

「ああ、そういう……」

 

「姉さま……?」

 

クオンが苦笑する様子に、ネコネは首を傾げた。

 

ちなみにアトゥイは……

 

「…………へ?」

 

「みなさん、本当にありがとうございました。みなさんが護ってくださらなければ、ここまで辿り着くことは出来ませんでした」

 

「…………へ?」

 

「こちらからもお礼を。本当にありがとうございました……これからは、ユゥリと力を合わせて、どんな困難にも立ち向かうつもりです」

 

「私も、ンハライを支え、共に歩んでいきたいと思います」

 

「ユゥリ……!」

 

「ンハライ……!」

 

「…………へ?」

 

手を取り合い、目を輝かせる二人。

その様子をまるで魂が抜けたかのように呆然と見ているアトゥイ。

 

周りにいた誰もが、何も言えなかった。

 

「アトゥイさん」

 

「……ふぇっ!?」

 

ユゥリが、アトゥイへと視線を向け声を掛ける。

 

「アトゥイさんに励まされたこと、とても嬉しかったです。このご恩は決して忘れません」

 

そして、ゆっくりと深く頭を下げた。

 

「本当に、本当にありがとうございました……!」

 

「あ、うん……」

 

アトゥイは流されるように、引き攣った笑みを浮かべ手を振って返事をする。

 

「そんじゃお二人さん、そろそろ行くかい」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「アトゥイさん、皆さんもお元気で」

 

そう言って、二人はウコンと共に去っていった。

 

しばらくすると、クオンが捻り出すように言葉を出す。

 

「ア、アトゥイ……その、残念だった……ね?」

 

「というかあのヒト、女の人だったんですね……」

 

「わたしも、し、知らなかったのです」

 

「アトゥイさま……」

 

全員が慰めるような、同情するような視線を向ける。

 

「……なぁ」

 

アトゥイが小さく、俯いて呟いた。

その呟きは誰にも聞こえず、全員が首を傾げる。

 

「……知ってたん……やなぁ」

 

グラリ、と。

アトゥイの身体が揺れ、光のない瞳がどこかに向けられる。

他の皆も、アトゥイの視線と同じ方向を見る……そこには。

 

「ホロロ?」

 

ココポ……に背に寝かされた、一人の青年。

一歩、一歩、ゆっくりと身体を揺らしながら、アトゥイはハクへと近寄る。

 

「だからさっき……おにーさん……邪魔したぇ……そうやぇ……?」

 

「ア、アトゥイ?」

 

「アトゥイさま……?」

 

ココポの近くにいたクオンとルルティエが、一歩後ずさる。

 

「おにーさんの……」

 

アトゥイの右手が、拳が……小刻みに震えながら持ち上げられる。

そして……

 

 

 

「おにーさんの……アホー!!!!」

 

 

 

森中にアトゥイの叫びと、数人の悲鳴が響き渡るのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

深夜。

 

白楼閣の一室にて、ウコンが腰を下ろして盃を傾けている。

 

対面にはクオン。

彼女もウコンと同じ徳利の酒を呑みながら、静かに視線を彼へと向ける。

 

盃を置き、姿勢を正してウコンは問う。

 

「……ンで……アンちゃんに何があった?」

 

その視線は鋭く、クオンへと突き刺さる。

クオンは視線を落とすと、ゆっくりとあらましを語り始めた。

 

とある豪族の隠し子、ユゥリの護衛依頼。

 

彼……彼女を帝都の外まで送り届けるだけの依頼だった。

 

途中、人攫いの連中に囲まれてしまったクオン達。

だがその連中は格下、クオンにとっては見ただけでそれが分かった。

 

だから、殲滅して終わり……のはずだった。

 

 

「……それから、ハクの雰囲気が変わった」

 

「様子が……?」

 

殺意。

ハクの瞳は妖しく揺らめき、いつもの穏やかな様子は消え失せた。

 

「そりゃあ……つまり」

 

「……うん、あの……シシリと同じ、かな」

 

ウコンは顔を歪めて、拳を強く握りしめた。

 

「それでアンちゃんは、何をしでかした?」

 

そして、クオンに先を促す。

クオンは一度目を瞑り、深く息を吐いた。

 

「……敵の数は私達の倍。それを全て……ハクが倒したんだ」

 

「アンちゃんが……!?」

 

驚きのあまり、盃を落とすウコン。

クオンはそれを見て手拭いを取り出すと、丁寧に零れた酒を拭き取りながら口を開く。

 

「……誰も動けなかった。私でさえ、ハクの姿は全然捉えられなかった、かな……それほどハクは強く、悍ましい存在に変わっていた」

 

手拭いがギュッと握りしめられる。

その様子を見て、ウコンは更に顔を歪ませた。

 

「ネェちゃんでも……かい」

 

クオンは畳にこぼれた酒を吹き終えると、盃に酒を注いでウコンへと差し出した。

 

「……すまねぇ」

 

ウコンは礼を言ってそれを受け取り、一気に喉へ流し込んだ。

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