[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い 作:ハラダ
「ぐっ……!!」
なんとかオシュトルの一撃を鉄扇で受け止め、鍔迫り合いの形となる。
オシュトルがこちらに向ける殺意は凄まじく、自分の本能が危険だと叫んでいた。
「オシュトル!やめろ!」
「……フンッ!」
止めようと叫ぶが、オシュトルはそれを無視して鉄扇を上向きに弾く。
そして……
「ガッ……!」
弾き上げられた鉄扇。無防備となった自分の腹にオシュトルが刀の峰を叩き込んだ。
あまりの衝撃に自分の身体は吹き飛び、先程口にした食事が込み上げてくる。
痛い……痛すぎるだろう。
まさかオシュトルは、本気で自分と戦うつもりなのか。
「……立て、ハク」
吹き飛ばされた自分の元へ、一歩ずつ進みながらオシュトルは冷たく放った。
「其方の力はその程度ではないはず。ならば、本気で来い……出なければ」
オシュトルの姿が掻き消え、次の瞬間にはまた吹き飛ばされる。
「……死ぬぞ」
その言葉は、ぐらりと揺れた頭によく響いた。
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「兄さま……!」
「ダメだよ、ネコネ」
「姉さま!?でも……ハクさんが……!」
咄嗟に動こうとしたネコネを、手で抑える。
私に出来ることはこれだけ。
彼と……ハクと、オシュトルが戦うのを見ているだけしか。
それだけしか、出来ない。
元々、ハクは不思議な男だった。
不思議とヒトに好かれ、一緒にいると心地が良い。
それも大いなる父である彼ならば、当たり前のことなのかもしれない。
いつも優しくて、落ち着いていて、たまに情けない部分もあるけど。
私にとっては、その全てがどこか懐かしくて……。
遺跡で眠っている彼を見つけた時、なぜか心が揺れた。
このヒトは私が護らないといけない。どうしてこんなにも愛らしく感じてしまうのか。
分からないコトばかりなのに、何故かそう思ってしまう。
この気持ちは……どの感情に当てはめればいいの?
お母様やお父様、姉様達に向ける親愛にも似ている。
けれど、それだけじゃない。
ハクを見ていると、私は私の気持ちが分からなくなってしまう。
「……ああっ!」
ネコネの悲鳴に、私は意識を目前の戦いに向けた。
圧倒的なオシュトルの実力に、ハクは手も足も出ず膝をついていた。
……ハクは弱い、はずなんだ。
腕力も無いし、少し歩けば直ぐに疲れるほど体力も無い。
しかしその欠点を補うだけの知力がある。
頭の回転も早く、計算も得意。
更には戦闘面で常に冷静でいて、機転も効く。
それが、ハク。
なのに、最近のハクはどこかおかしい。
こうは言っても、日々の生活においてはどこもおかしな様子は無い。
でも、戦闘になると……突然ヒトが変わる。
帝都までルルティエの護衛として、盗賊を罠に填めた時。
昨夜、ユゥリの護衛として、帝都から脱出させようとした時も。
途端にハクは、ハクじゃなくなってしまう。
下水道でのハクの動きは、全く見えなかった。
動揺していたから……?
違う。本当に視認出来なかった。
私じゃ、ハクを止められない。
でも、オシュトルなら……
『本当に良いのか』
それしかない、と思った。
だから、この方法にあまり乗り気ではなかったオシュトルに頼んだ。
『ハクと戦って』と。
きっと、オシュトルならあのハクを止められるかもしれない。
それに、まだハクがどうして暴走してしまうのか、その原因すら分からないのだ。
少しでも、ハクのことを理解したい。
そして私がハクを……護るんだ。
「あ、姉さま……」
心配がはち切れたように涙を浮かべ、こちらを見上げるネコネ。
「大丈夫。きっと、オシュトルなら……」
ネコネを抱きしめて、私は視線をハク達に向けた。
「……ハク」
お願いだから……私にあなたを護らせて。
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砂埃がその場に舞う中、オシュトルが吼える。
「その程度かッ!」
「あがっ……!」
顎を打たれ、自分の視界がまた歪み始めた。
なぜ、こんな事に。
殴られるがまま、蹴られるがまま……
ずっと、そんなことを考えていた。
自分はどうして、オシュトルと戦わなければならない?
「……ハクよ」
「オ……シュト……」
「なぜ、本気を出さぬのだ」
どうしてそんなにも悲しい表情を浮かべる……?
お前が、始めたんだろう。
自分が不思議な力を持っているだの、賊を倒しただのと訳分からんことを言って。
自分にはそんな力、もう無いんだよ。
お前達に会うために。
そしてこれから、お前達と過ごすために。
願ったんだ。自分の中の……あの神に。
「某では実力が足らんと申すか。それとも、友相手では手は出せぬと……?」
違う、そうじゃない。
自分は本当に、何も出来ないただの一般人なんだよ。
だらけて、クオンに甘えてばかりで、仲間達にいつも助けられてきた。
一人じゃ何も出来ない、弱っちい人間なんだよ……。
「オシュ……トル。自分は……お前とは……戦えない」
頼むから分かってくれ。
「……そう、であるか」
オシュトルは悲しそうにポツリと呟いた。
そして、次に向けられたのは……敵意。
「このまま危険な存在を帝都に置く訳にも行かぬ」
そう言って、先程まで構えていた刀をこちらに向けた。
……その刃先を。
「選ぶのだ、ハク。某と本気で闘うのか、それともこの帝都から出ていくのかを」
帝都から出ていく、だって?
また自分は、仲間達と離れ離れになるのか……?
そんな酷いこと、言わないでくれ。
自分はもう、一人になるのは散々なんだよ……!
「待て……オシュト」
「クオン殿にも、ヤマトから出ていってもらう」
「っ……な、なんでだよ!クオンは、関係な……」
「其方の保護者なのだろう?クオン殿は」
違う。
そう答えようとしても、口から言葉は出なかった。
「……すまぬ、ハク」
オシュトルが刀を納め、身を翻した。
跪いている自分から、遠ざかっていく。
……フザケ、ルナ。
「っ……!」
頭の中に響く声に、それを打ち消すように自分はかぶりを振った。
また、まただ。
腹の中がグルグルと、かき乱されるような気持ち悪い感覚。
この感情は……怒りなのか。
ダメだ、やめろと本能が叫ぶ。
その力を解放するな。力を扱えない自分では、オシュトルが危険になると。
……マタ、孤独ニナルノカ。
「……やめろッ!!」
両耳を塞ぎ、地面に額を打ち付ける。
その様子にオシュトルも気付いたのか、足を止めてこちらを見る。
……ナゼ、自分バカリ。
「違う……違う違う……自分は……!!」
「ハク、其方……」
駄目だ。この声を聞いてはいけない。
……嫌ダ、離レタクナイ。
「黙れッ!!お前がそれを……!」
孤独になんてならない。
自分は、クオンと、仲間と一緒にまた……あの暖かな日常を……。
『オ……じちゃんの……嘘つき』
「…………」
「ハク?」
先程まで何かを耐えるように叫び散らしていた男の声が、ピタリと止んだ。
オシュトルは刀の持ち手に手を添えながら、ゆっくりとその男に近寄る。
「……どうした、ハク」
男は蹲ったまま動かない。
「……ハク?おい……おい、アンちゃん!」
肩を揺らしても、何も反応しない。
「アンちゃんッ!!」
乱暴にその項垂れたハクの顔を掴みあげる。
そして、オシュトルは絶句した。
「アン……ちゃん……?」
黄金色に輝く瞳は、こちらに向けられていた。
そして纏うのは殺気。
「まさか、これが……!」
「……オシュトル」
シン、と。
ハクがその名を呼んだことで、オシュトルの言葉は途切れ静寂が訪れる。
ポツリ、ポツリとハクは零した。
「……どウシて、そんな酷いコトヲ言うんだ」
本能に働きかける、恐怖の感情。
「……ナゼ、自分バカリ。オマエは、自分ガ嫌イナのか?」
その場からすぐに逃げろと叫んでいるのに、身体は全く動かない。
「……自分はコレデモ、努力シたンダ。嫌ナ政務も、苦シイ鍛錬モ、頑張ッタんだ」
その妖しげな瞳から、目を離すことが出来ない。
「……オ前が自分タチを遺シテ、先ニ逝っタンダろウ?ネコネや、仲間タチヲ残シテ、お前ダケ……」
ゆっくりと、ハクの手がオシュトルの胸に触れた。
「ナノにオ前ハ、マタ自分ヲ孤独ニスルノカ」
ぐしゃり、と。
オシュトルの胸元が捕まれ、その着物が形を崩す。
「アン……ちゃん……!」
ハクはオシュトルの胸元を掴んだまま、ゆっくりと立ち上がった。
オシュトルの身体が浮き、さらにミシミシと力が強まった。
「イヤダ……自分ハ……モウ……!」
修羅。
「オシュトル……オシュトル……オシュトルオシュトルゥゥゥ!!!」
そして轟音。
「ーーがっ!?」
叫びを上げると同時に、オシュトルの身体が地面に叩きつけられる。
ミシミシと骨が軋むような衝撃に、オシュトルはそのまま動かない。
「アァァァァァァッ!!」
『ハク』の咆哮が、その場に響き渡った。