[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い 作:ハラダ
書いている時、あのシーンが頭に流れ涙と鼻水を垂れ流しながら書きました。
そのせいで誤字脱字が多いかもしれません。
ご了承ください。
帝都の空は暗く、灰色に染まる。
そこにいた民達は気づかない。
とある場所から、夥しい程の気配があることを。
感じ取るのは、たった数人。
「……この気配は」
一人の武人は、友の屋敷へと急ぎ向かい。
「うひひ……」
一人の少女は、口角を上げ。
「姉上、警戒を」
一人の義賊は、目を小さく開き。
「ああ……なんだこれは」
一人の義賊は、手に持っていた串焼きを落とし。
「……あるじ様?」
一人の女将は、慣れた気配に視線を向け。
「聖上……!?」
一人の女子衆は、持っていた酒器を落とし。
「……ついに、現れたのですね」
一人の隠者は、笑みを浮かべ。
「あ……兄さま……」
一人の少女は、兄を伏した存在に畏れ。
「ハ……ク……?」
心の奥底に眠る存在。
それと同様、いや、更に上の気配に……彼女は驚愕する。
禍々しい殺意を身体に纏わせ、ソレは咆哮した。
「アァァァァァァッ!」
孤独を嘆き、空に向けて。
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「ホノカ」
「はい、ここに……」
広々とした空間に、ポツリとしわがれたこえが響く。
「そろそろ彼奴を……迎えようかの」
老人はホノカと呼ばれる従者に命じた。
「……御心のままに」
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「アン……ちゃん……」
未だ叫びを上げる存在に、オシュトルは声を捻り出した。
「ぐっ……!」
しかし彼の放つ威圧感に、オシュトルは動けない。
地面にめり込んだ身体は、更に深く圧力がかかっていく。
ただ、確かめるつもりだった。
オシュトルにとってハクという存在は、初めて心から信頼の出来る親友であり、彼はハクをヤマトから追い出すつもりも無かったのだ。
しかし、クオンから頼まれたのは『ハクの力』を引き出すこと。
オシュトルは一度だけ、ハクが暴れだした場面を目にしたことがある。
抑え込むだけで精一杯。鍛え上げた身体は、ハクが少し動くだけでミシミシと軋むように痛む。
その時は、クオンが作成した強い睡眠薬によって何とか収まった。
しかし、またハクは暴走した。
暴走と呼んではいるが、まだオシュトルはハクの全てを知っている訳では無い。
もしかすれば、あの姿がハクの本性であるかもしれない。
そうは、信じたくなかった。
ハクは違う。そのようなヒトではないと。
「……ぐっ……うぅっ!!」
威圧に負けぬよう、某は身体に力を込める。
ピキピキと筋肉にヒビが入る音を無視し、目の前の存在に立ちはだかった。
「……ハク」
抜刀。そして奴に……親友に切っ先を向ける。
「オ……オシュト……」
なんと、悍ましい声で某を呼ぶのだろうか。
其方は気の抜けたような、穏やかで気だるげな声で某を呼ぶはずだろう?
「ハクよ。某の声が聞こえるか」
せめて、声だけでも届いていれば、元のハクに戻れるかもしれぬ。
しかし、某の想いは通じていないようだ。
「オシュトルゥゥッ!!」
「はぁぁぁぁッ!!」
某の刀とハクの鉄扇が交差する。
先程とは違う、手加減などする暇もない某の力を、ハクは簡単に止めた。
「な……!?」
「オシュトアアア!!!」
刀身がミシミシと音を上げ、某の身体は後ろに押される。
「血ガ滾リ、身ガ焼ケルヨウニ熱ヲ帯ビル……コレダ……イイ……オシュトルゥ……!!」
黄金色の瞳が、愉快そうに細められた。
違う、奴はハクではない。
これは異形。ハクの中に蠢く邪気。
「ハク……戻ってこいッ!!」
「……グ、アァァ!!」
鉄扇が某の刀を打ち払い、身体が地面を転がる。
立ち上がろうとするも、一瞬で奴は目の前に現れ、拳を振り抜いた。
「かはっ……!」
顎を砕かんとばかりの殴打に、ぐらりと視界が揺れた。
しかし、ここで倒れる訳にはいかぬ。
某がハクの邪気を呼び出したのならば、某が収めなければならぬのだ。
「アクルカよ……」
あまりこの力は使いたくなかった。
化身とならずとも、自らの魂を消耗してしまうこの技は。
それでも、ハクを止めなければ……
「ハァァッ!」
「ぐっ!」
しかし、仮面に手を当てた某の姿を見て、ハクは鉄扇を地面に叩きつける。
衝撃と共に土埃が舞い、ハクの姿が捉えられなくなった。
「どこだ……!」
「ココダァッ!!」
背後から聞こえた咆哮。
後頭部を掴まれ、地面へ叩きつけられる。
「が、ああ……!」
「ハハ……コノ程度カ……オシュトルッ!!」
頭蓋が悲鳴をあげ、痛みに身体中が震える。
「うぐっ……あぁぁあッ!!」
力を振り絞り立ち上がろうとする、が……
「ムダダッ!」
「ぐっ……!」
恐ろしい程の力量によって、更に某の頭は地面にめり込んだ。
「アァ、良いナ……コノ『力』ガアレバ……オマエヲ……クオンヲ……!!」
「うぐぅぅッ……!」
やがて身体に力が入らなくなり、頭を掴み持ち上げられる。
手足がぶらりと垂れる中、段々と意識が遠のいていき……
「兄さまっ……!」
聞き覚えのある愛しい声に、意識を取り戻す。
某の元へ、ネコネが駆けている。
「ネコネ……!来るなッ!!」
「え……」
しかし、もう遅い。
某の身は投げ飛ばされ、一瞬のうちに尻餅を着いたネコネの前にハクがいた。
「ネコッ……ネッ……!」
すぐにそちらへ向かおうとするも、激痛が走り動けなくなる。
一番の痛みに目を向けると、左足がへし折れていた。
「あ……ハク、さん……」
ポロポロと涙を流し、ネコネは後ろへと後ずさる。
ハクは何も言わず、それをただ見ているだけだった。
「ネコネ……逃げろッ!」
某はネコネに向けて叫び、刀の鞘を杖にしてネコネの元へ足を引きずる。
しかし……ネコネは何故か動こうとしない。
腰を抜かしたのかと思えば、不意にネコネが立ち上がり、少し離れたハクの元に手を伸ばし始めた。
「あ、兄さま……でも……」
「なぜ逃げないッ!早く逃げるんだ……がっ!」
地面に立てた杖が滑り、某の身体は崩れ落ちる。
「ネコネッ!せめて、其方だけでも……」
「だ、駄目なのです……」
「なぜだ……!?」
ネコネはそっとハクの身体を抱きしめる。
「……泣いて、るのです。ハクさんが……泣いて……!」
泣いている……だと?
某が見たハクの表情は、邪気に飲み込まれ狂気の笑みだったはずだ。
そのハクが、泣いているように見えるのか……?
ネコネはハクの身体を抱きしめたまま、顔を上げる。
そしておもむろに右手をそっと、ハクの胸に触れた。
「あ……兄……さま……」
「ネコネ……?」
「わ、たしは……兄さまを置いて……先に……」
ネコネの様子がおかしい。
まるでハクを……某に向けるような優しい瞳で見つめている。
そして兄と……ハクを兄と呼んでいるのは……なぜだ……?
「ごめんなさい……ごめんなさい……兄さまぁ……!」
ついにネコネも何かに飲み込まれたのか。
嫌な想像に某はもう一度立ち上が……
『不思議な男だ……』
「ッ……!?」
声が響く。
視界が揺らぎ、脳裏に何かの情景が浮かび上がった。
『いい加減でお調子者で、楽ばかりしようとする……』
某の故郷、エンナカムイへと向かう途中。
見覚えのある崖。天に伸びた岩柱。
『だがな、何があっても其方が何とかしてくれる……そう思わせてくれる……心地良い陽だまりのような男……』
目前には、二人の影。
膝をつき涙を流すネコネ。
そして……目を見開いてこちらを見る……ハク。
『其方の周りにはいつも仲間がいて、どんどん賑やかになっていったな……』
左足の感覚はなく、進む度に何かが零れていく。
しかし心地良い感覚……まるで眠りにつく前のように。
『其方が日に日に将として成長していくのが、何よりの楽しみだった……』
一歩、一歩ずつ。
自らの想いを吐き出しながら、二人の元まで進み続けた。
『其方と共にあった刻は、楽しかったぞ……ああ、楽しかった……』
なぜ、そのように顔を歪めているのだ……友よ。
『ふふ、泣くな……ネコネ』
なぜ、そのように泣いているのだ……妹よ。
『これは、仮面の者の定め……悔いはない』
違う……大事な友を、愛する妹を、置いていくのだ。
某も、もっと其方達と……共に……。
不意に、ハクに何かを差し出す。
それは仮面。某が帝から下賜された、根源の扉を開く鍵。
『姫殿下を……頼む……』
某はこれをハクに……渡すのか。
意志を、重荷を、責任を、ハク一人に負わせるのか。
『頼んだぜ……アンちゃん』
もう、終わりなのだろうか。
心地良い仲間達との時間が、愛した家族との日常が、少しずつ……消えて……
『ネコネ、幸せにな……アンちゃんを……助け……てやって……く……』
ああ、ネコネ。
某は……ネコネを……すまない……ネコネ……。
「っ……!」
今の、記憶は……なんだ。
この胸に灯る、別離の感情はなんだ。
「アン……ちゃん」
ハクに視線を向ける。
ネコネに抱きつかれたまま、身動き一つしない男に。
なぜこんなにも、胸が苦しいのだ。
今の記憶に見覚えはない。ハクを連れてあの崖に向かったこともない。
ネコネをあれほどまでに悲しませた覚えもない。
しかし……この苦しさは……なんだ。
「兄さま……わたしはいつまでも……兄さまと一緒にいますから……だから……泣かないでほしいのです」
「ネコネ……」
まさかネコネも、あのような情景を見たのか。
そして心に沸きあがる苦しさを、今なお感じ続けているのか。
「兄……さ、ま……」
不意に、ネコネの身体が崩れ落ちる。
「ネコネッ……!」
某は身体を引き起こし、ネコネとハクの元へと駆け寄った。
「ネコネ!ネコネッ!」
横たわるネコネの身体を抱き揺らし、返答を待つ。
しかし返答はない。
どうやら……眠ってしまったようだ。
「……ハク」
某はそのまま、ハクへと視線を向ける。
泣いていた。
黄金色に輝く瞳は、ただひたすらに涙を流し続け、どこか一点を見つめていた。
某も同じ方向に視線を向けると、修練場の入口で同じく涙を流し膝をつくクオン殿の姿。
「ハク……これは……ッ!」
突然背後に二つの気配。
某はすぐに振り返る。そこにいたのは……
「お待たせ」
「主様、お迎えに上がりました」
黒の外套を被った二人は、某を無視してハクの正面に立つ。
そしてハクの胸に手を当て何かを呟くと、足元に術の陣が現れ崩れ落ちる身体を抱き寄せた。
「再会」
「お待ちしておりました。ずっと、ずっと……」
そう呟くと、二人は霧と共に消えていった。
某と眠るネコネ、遠くで呆然とするクオン殿をその場に残して。
「……何が、起きたのだ」
あれは、鎖の巫。
女性の神職である巫の中でも、特別な力を持つ存在。
それを手に入れた者は、帝都を手中に納めたと言っても過言ではない。
その存在が、何故ハクを連れて……
「って、アンちゃん!」
連れていかれてしまった。
あの様子では……いや、有り得ぬ。
まさかハクが……帝に呼ばれるはずも無い。
しかし、いや……
「……分かんね……分からぬな」
口調を戻しネコネの身体を抱き上げ、その場を歩く。
ふと、そこで気づいた。
「なぜだ……?」
先程までへし折れていた足が、何事も無かったかのように元に戻っていた。
痛みもなく、違和感なども全くない。
そして辺りを見回すと、抉れた地面の後や某が叩きつけられて砕け散った石壁なども元通りである。
「……鎖の巫、か?」
分からぬので、とりあえずあの二人のせいにしよう。
そして……未だ崩れ落ち涙を流しながら、生気のない瞳でどこか遠くを見ているクオン殿に声をかける。
「クオン殿」
しかし返答はない。
一度ネコネを地面にそっと寝かせ、クオン殿の肩を叩く。
すると、身体が一瞬跳ね、目に光が戻っていく。
「ぁ……れ?」
クオンは周りを見回し、それから某に視線を向けた。
「ここは……って、ハク!」
意識が朦朧としていたようだが、ハクのことを思い出したのか突然立ち上がる。
しかし、上手く身体に力が入らないようで、すぐに尻餅を着いた。
「クオン殿、心を落ち着かせよく聞いて欲しい」
「な……に……?」
「ハクは鎖の巫……某の信頼出来る御方に保護された。怪我も酷く意識も無かったため、今はその御方に任せるのが良いであろう」
少々誤魔化した部分もあるが、殆どは事実であるそれを伝えると、クオン殿は安心したようにため息をつく。
「はぁ……それなら……って、え?」
そして自分の頬に流れる涙に触れ、首を傾げた。
「なんで、私は泣いてるのかな?」
いや、某に言われても……
「分からぬ。が、どうやら某もネコネも不可思議な体験をしたようだ。先程から胸騒ぎが収まらぬ」
切なさと悲しさ、そして……安堵。
その者に全てを託しても、きっとやり遂げてくれるであろうと想える……謎の感情。
「……そっか。何があったのか分からないけど……あっ、ハクの実力は分かった?」
「あ、ああ……それについては、一度休みその後に話そう」
「分かったかな。私も少し……休みたい」
「……某も、だ」
謎の記憶と感情を胸に残しながら、某とネコネは屋敷に、クオン殿は白楼閣へと戻ったのだった。
ちなみに。
その後、ハクについての口止めを部下に回し、さらには強者の気配を察知したミカヅチとアトゥイが某の屋敷に飛び込んできたことで、まともに休むことは出来なかった。