[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い   作:ハラダ

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45 夫婦

「……兄貴、話がある」

 

自分はそう言って兄貴に向き直る。すると兄貴も表情を引き締めた。

 

「……話してくれ」

 

「自分は全部知っている、そうウルゥルとサラァナに言ったが……聞いているな?」

 

「ああ……だが、お前はどこまで知っているのだ」

 

「……全てだと言っただろう、兄貴」

 

「っ……」

 

兄貴の目が見開かれる。

そして悲しそうに視線を伏せて、小さく頷いた。

 

「まず兄貴……」

 

自分は深く息を吸い、ずっと言いたかった事を叫んだ。

 

「兄貴は愛を伝えるのが、下手すぎる!」

 

「…………は?」

 

自分の言葉に、兄貴は目を見開き間の抜けた声を出した。

 

「はぁ……どうせ自分が兄貴のしてきたことを責めるとでも思ったんだろ?それこそ……『デコイ』の事や、『クローン』の事を」

 

「ッ……ヒロシ……それは……」

 

「だから自分はヒロシじゃないっての。それに今はハクって名前もあるんだ。次からはそう呼んでくれ……どうせ覚えてないんだしな」

 

「うっ……」

 

図星かよ。

まあ、ここまで永い時が経ってしまったんだ。

弟の名前を忘れることもあるだろう。

 

「では、ハクよ……なぜそれを知って『私』を責めない……?」

 

「……自分には兄貴の気持ちが全て分かるとは言わない。それほど永い間、兄貴は孤独だったんだろう」

 

「そう……じゃな」

 

「だが、それでも自分は兄貴の家族で、血の繋がった弟なんだ。ほんの少しは、分かってるつもりだよ」

 

「……ハク」

 

「それに、兄貴は愛しているんだろう?デコイも、クローンも……このヤマトの全てを」

 

「……ああ、愛している」

 

言ったな?

その言葉、使わせてもらおう。

 

「じゃあそれを誰かに伝えたのか?」

 

「それは……」

 

「伝えてないよな?ちなみに形式的な言葉はノーカウントだ。ちゃんと、兄貴の、愛を……誰かに伝えたのか?」

 

自分が捲したてると、兄貴は小さくなって黙ってしまった。

次に自分はホノカさんを見る。

 

「ホノカさん」

 

「……えっ、は、はい」

 

ホノカさんは自分と兄貴の会話を、ポカンとしたように驚きながら見つめていた。

きっと全てを知っていることよりも、自分が久しぶりに再会した兄に愛なんてものの説教をするとは思わなかったのだろう。

 

しかし、自分はこれをずっと言いたかったのだ。

 

「……ホノカさん、自分はあなたがクローンだと知っています」

 

「……はい」

 

また、そうやってあなたは感情を押し留める。

言われるのが当たり前とでも思っているのだろう。それは間違っていない。

どのように嘘を重ねようとも、彼女は兄貴の奥さんの……ほのかさんのクローンだ。

 

「あなたは確かに『ほのか』さんじゃない」

 

もう、ほのかさんはいない。

……チィちゃんと共に、タタリとなってしまった。

それでも。

 

「あなたは『ホノカ』さん。ただのクローンじゃなくて、ホノカさんという一人のヒトだ」

 

「っ……!」

 

「ヒトとして、あなたにも心はあるはずだ。皇女さん……アンジュにも、そして……『ウォシス』にも心があるように」

 

自分が『ウォシス』をクローンと呼んだことに、先程まで縮みきっていた兄貴が顔を上げた。

 

「兄貴。自分は言っただろう、全てを……知っている」

 

「……なぜ、どうしてお前が」

 

「それは、自分が未ーーんむっ!?」

 

未来から来た。そう言おうとした瞬間、突然口を何かで塞がれる。

 

「「……」」

 

ウルゥルとサラァナが、何度も首を振っていた。

自分はそれに分かったと返事するように、一度頷いた。

すると、口を塞いでいた手が離される。

 

「……すまん兄貴。その理由については語れない。どうしてか分からんが、それを口にするとダメみたいだ」

 

ウルゥルとサラァナが止めるということは、そういうことなのだろう。

兄貴もそれを理解したのか、驚きつつも頷いた。

 

自分は話を戻すため、一度茶を啜って喉を潤す。

 

「……兄貴。最初に言った通り、アンタは愛を伝えることが下手すぎる。アンジュは可愛がってきたんだろうが、兄貴をずっと支えてきたホノカさんには伝えたのか?」

 

自分がそう言うと、兄貴は苦い顔を浮かべた。

 

「じゃ、じゃが……それは……」

 

そして気まずそうにホノカさんに視線を向けた。

 

「我が君……」

 

ホノカさんは話についていけていないのか、動揺したように兄貴を呼ぶ。

 

「……兄貴。気持ちっていうのは、伝えなきゃ分からないんだ。アンタを支え続けてくれたのは誰だ?ただのクローンか?それとも……アンタの家族か?」

 

「っ……」

 

兄貴は顔を歪め自分を一瞥すると、ホノカさんに身体を向けた。

自分は邪魔しないように、ホノカさんの茶を……って、無くなってる。

 

「「……」」

 

「ああ、ありがとう」

 

ウルゥルとサラァナが淹れてくれたので、自分は茶を啜って目の前の二人を見た。

 

「……ホノカよ。私の心を伝える前に一つ聞きたい事がある。この数百年、いつか聞かねばと思いながら、私に意気地がないばかりに聞けなかった事だ」

 

「っ……何でしょう」

 

ホノカさんの頬に朱が差し、身を少し引いた。その様子を見て、兄貴は言葉を捻り出すように発した。

 

「其方……其方は私を恨んでいまいか?」

 

「…………」

 

「私は自らの孤独を慰める為に、其方を……造った。其方に与えた役目など、其方を手元に置くための方便に過ぎぬ」

 

グッと唇を噛み締め、兄貴は漏らした。

 

「……所詮、其方が抱く私への好意は……私によってすり込まれたもの。過去に囚われ、失った過去から目を背けるための虚構なのだ」

 

耐えていた。ずっと、兄貴は。

しかし人間の心は単純なものじゃない。孤独というのは常に、心を摩耗させる。

兄貴は最愛の妻を、そして娘を失った。

そして同胞たちは全てタタリとなり、自分はコールドスリープにより何処かで眠り続けている。

 

耐えられるわけがないだろう。

自分でさえ、孤独には耐えられなかった。

だから願って、ここに戻ってきたんだ。

 

「しかし、其方には心がある。ハクが言ったように、アンジュが……そして、ウォシスと同じ心が。だからこそ、其方は己が出自から……その心を疑うのではないか、と」

 

兄貴はホノカさんから目を逸らさず、ただ語り続けた。

 

「私を恨んでいるのではないか。そうであるならば……今ここで言うがよい」

 

孤独を慰めるために命を造り出した、自分を恨んでいないかと。

もし恨んでいるなら、言ってくれと。

 

しばしの沈黙の後、ホノカさんは寂しげに微笑んだ。

 

「……そのようなこともあったかもしれません」

 

その言葉に、兄貴は視線を落とした。

 

「……そうか」

 

だが、ホノカさんは兄貴の前に膝をつき、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「ですが、初めから刻み込まれた想いでも……私にはそれがただ一つの心」

 

そっと兄貴の手に自分の手を重ねる。

 

「その想いがどこから来たか判らなくとも、私はそれに従い生きてきました」

 

ホノカさんの淡い赤の瞳が、小さく驚いたような表情を浮かべる兄貴を映した。

 

「そして、永い永い時間をかけて、そこにあった想いの上に、新しい想いを振り積もらせたのです」

 

そう言った後、クスリとからかうように笑う。

 

「不満……があるとすれば……今日まで貴方様は、ハク様に言われるまで、私に愛を囁いて下さいませんでした」

 

「ホノカ……」

 

「残念でなりません。私はこんなにも貴方様を愛していたのに、その想いがまだ届いていなかったなんて」

 

ホノカさんの瞳から、雫が零れ落ちた。

 

「……私は貴方様を……心から愛しております」

 

兄貴もまた、瞳に涙を浮かばせる。

 

「ホノカ……私は……」

 

「帝は……私を愛してはくれていなかったのですか……?」

 

二人の重なり合った手が、小刻みに震えている。

お互い、恐れているのだ。

愛し合っているはずなのに、それを伝えられない。

そのせいで、愛している相手に……愛してもらえているのか分からない。

 

それが怖くて怖くて……仕方ないのだ。

 

ヤマトを統べる帝と、祭事を司る大宮司。

しかし、それでも。

 

心を持ち、愛を抱き、伝えることを恐れてしまう……ただの人間とヒトなのだ。

 

「いや……」

 

車椅子に座る兄貴の膝に、ポタポタと雫がこぼれた。

 

「愛している……私は其方を……愛しているとも」

 

弱々しくホノカさんの手を握り、震える声で愛を伝える。

ホノカさんもまた、それに応えるように重ねていた手に力を込めた。

 

「ホノカ……」

 

「我が君……」

 

二人は見つめ合う。

 

これまでの永い間、互いに知りえなかった愛を確かめ合うように。

 

二人を見て、自分もつい目頭が熱くなった。

 

「「……」」

 

そんな自分の両腕を、強く抱き締めるウルゥルとサラァナ。

二人の身体も小さく震え、顔が見えなくともその心は揺れ動いているのだと分かった。

 

「…………愛しているぞ、ホノカ」

 

「…………愛しております、我が君」

 

ああ……いいな。

こうやって見ていると、あの時の二人を思い出す。

まだ、自分達が地下に住んでいた頃の、あの記憶を。

 

「ホノカ……今まですまなかった……」

 

「……これから、愛してください」

 

あの時も、こうやって自分の前で仲睦まじくしていたな。

 

「ああ……ホノカ」

 

「ふふ……我が君」

 

……ん?長すぎやしないか?

いやいや、やっと互いに告白できたんだ。

そりゃ、イチャイチャもするだろうが……

 

「「…………」」

 

兄貴とホノカさんは互いに見つめあい、頬を赤く染めて笑っている。

そんな二人を見ながら、自分は呆れたように溜息を吐いた。

 

「はぁ……懐かしい光景だな」

 

傍で嬉しそうに、クスリと笑う声が二つ重なった。

 




『独り言』

帝とホノカの最期は、多分自分が二番目に泣いたエピソードです。

帝にとってホノカは、最愛の妻の写鏡で愛したくても本当のほのかに重ねてしまう。
ホノカにとって帝は、自身をクローンだと知りながらも本当の妻のように愛を抱き続けていました。

今回は自己解釈と原作改変が強い話でしたが、自分にはこれがやりたくて仕方なかったんです。
悔いはありません。なので尊さによって一度コトゥアハムルに行ってきます。
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