[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い 作:ハラダ
ま、まずい……。
洞窟を少し歩いて、すぐに聞きなれた音が聞こえ始めた。
這いずるような、何かを噛むような……。
そして、その音の発信源は直ぐに現れた。
「目の前、とはな……」
どうも先回りされていたようだ。流石自然で生きる蟲さん。素晴らしい記憶力と獲物への執着心を持っていらっしゃる。
「さて……どうするか……」
一歩、一歩ずつ。相手を刺激しないようにゆっくりと後ずさる。
流石に直線じゃあのボロギギリの速さには勝てない。しかし武器もないため防御することも出来ない。
「……そして、記憶にある通りだとすれば……」
タタリ。
彼らは自分が、解放した。
だからこの世界には、もう……いない。
「終わり、かよ……」
蟲はいよいよ自分が逃げられないというのが分かったのか、こちらを噛み砕こうと悠然と顎を開く。
せっかく、クオンに会えたのに。
そう思いながら、自分は目を閉じた。
「……?」
突然、目前の蟲の動きが止まる。
その視線はどうも自分の後ろに向けられていた。
「……キシャッ!」
そして、逃げるように回れ右をして飛び退く。
この光景、どこかで……!
「ッ……!」
その瞬間、遥か頭上から半透明な赤色の物体が、ボロギギリに覆い被さった。
ボロギギリを包むようにソレは身体を広げる。
「な……んだと……!?」
あれは、タタリだ。
自分が解放させた、大いなる父……同胞達。
「なぜ、まだいるんだ……」
タタリはこちらを気にせず、自分の身体に取り込まれたボロギギリを食している。
ボロギギリの抵抗も虚しく、すぐさま溶けていった。
捕食、されたのだ。
自分が確かに浄化したはずだ。大神である自分の力ならば、兄貴が望んでいた同胞の解放も出来た。
確かに全て、世界の全てのタタリを浄化した……はずなのに。
「……なんで……いるんだよッ!!!」
感情が爆発する。
これまでの自分の努力はなんだったのか。そして、もし見逃していたのだとすれば、あのタタリはずっとこの場所で永遠の苦しみに苛まれていたということになる。
もしこれが夢だったとしても、だ。
自分にとって、唯一の使命であったあの行動が、足りなかったということには、とてつもない怒りを覚えた。
「…………」
それに対して、タタリはこちらをじっと見つめるように動きを止めた。
「なぁ……なんで……」
タタリは少しして、その形を変え始める。それは見た事のあるあの絶望。人の顔のようなものが現れ、何かを訴えるように口を開く。
『……ゥ……ュ……』
「……なんだ」
『……ケ……ュ……』
「自分にお前を助けられる力は無い。ここが夢なのか幻なのか、それとも現実なのかすら分からないんだ」
『……ォ……チ……』
「ッ……すまない……!」
自分に腹が立つ。何が全てを終えた、だ。
これじゃあ兄貴に……死んだ兄貴に顔向け出来ないじゃないか。
「なぁ……いっそ……」
食らってくれ。
せめてもの贖罪に、そう言おうとした瞬間。
「目と耳を塞いでッ!」
凛とした張り詰めた声と共に、筒状のものが目前に投げ込まれた。
その声は……
「ぐっ!」
反射的に目を閉じ、耳を塞ぐ。
ーーキィィィィン!!
『グゥゥウァゥゥゥッ!!』
眩しくて何が起きているのか分からないが、ベチャベチャとのたうち回るような音と揺れを感じる。
こ、これは……まさか……!
「呆けるのは後ッ!!走って!!」
手を引かれ、その姿に目を見開く。
目の前の少女は、意図も容易く自分の身体を引っ張りながら高速で洞窟を駆け抜ける。
そしてチラリとこちらを振り返った。
「ク、クオンッ!!」
その名前を、腹の底から叫んだ。
しかしクオンは反応せず、自分の後ろに意識を向けている。
自分もつられてそちらに視線を向けると……。
『グォォォォ!』
先程のタタリが、必死にこちらを追いかけていた。
「ッ……!」
「前を向いてッ!!」
「はっ、はいぃ!!」
少女はもう一度筒状の何かを手に持つと、その先についている紐を口で抜き取り、後ろへと投げた。
ーーキィィィィン!!
爆音と光、それと共にタタリの悲鳴が聞こえる。
それを聴きながら、自分は心の中に生まれた罪悪を必死に抑え、足を動かした。