[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い   作:ハラダ

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前回の続き……なのですが、めちゃくちゃ長いです。
ただネコネの反抗期の子供っぷりがよく見れます。




50 鳴神

ライコウを門まで送ったミルージュが部屋に戻ってきて、悲鳴をあげた少し後。

 

腹の痛みが和らいだ自分、そして未だ背中にべったりと張り付いているネコネは、それを面白そうに眺めるミカヅチと対面していた。

 

「……」

 

しかしミカヅチは何も話さない。

チラリと背中から顔を出しては、ミカヅチの突き刺さるような眼光に怯み、サッと背中に隠れるを繰り返しているネコネに、ただニヤリと獣のような笑みを浮かべているだけだ。

 

「ど、どうぞ……ごゆっくり……」

 

ミルージュは机に自分とネコネの分の湯呑みを置くと、すぐに部屋を出ていってしまった。

 

これをどうしろと言うのだろうか。裸踊りでもすれば場が和むのか?

しかしこのまま黙っているのも……さすがになぁ。

 

仕方ない。少し場を和ませるか。

 

「あー……しかしなんだ?ライコウとミカヅチって、仲が良いんだな?は、はは……」

 

「……」

 

なぜ何も言わないんだ。そしてなぜこちらを睨む……?

 

「ハクさん……」

 

そしてなぜネコネまで呆れたようにこちらを見るんだ?

 

「いや、自分はこの重い空気を和ませようと……」

 

「逆にもっと重くなったのです」

 

「なっ!?自分はこれでもお前のために……!」

 

「その結果がライコウさまに無礼な態度ですか」

 

「うぐっ……」

 

また、腹が痛み出したぞおい。

確かにあれは八柱将に対して失礼だったかもしれんが……仕方がないだろう。

自分にとっては元は敵。今現在違うからと言って、そうすぐに割り切れるもんじゃないんだ。

 

それに……これからまた敵になるかもしれないんだ。警戒と牽制はしておくべきだ。

ライコウに直接聞いたことで、アイツが既に大義を胸に抱いていることも分かっている。

 

もし……また帝が崩御なんてしたら、ライコウはすぐに行動に出るだろうな。

 

「クッ、ククク……」

 

自分がネコネと睨み合っていると、不意にミカヅチが笑い始めた。

その声に自分は振り返り、ネコネはすぐさま背後に隠れる。

 

「……ネコネ、この間ぶりだが久しいな」

 

「ひぅっ……!」

 

ミカヅチはまず、自分の背中に隠れているネコネに声を掛けた。

しかし怯えるばかりで返答もしない。

 

「ネコネ。自分に無礼だとか言っておいて、それは失礼じゃないのか?」

 

「うっ……でも……」

 

「ミカヅチはお前に挨拶しているんだ。ただそれだけだろう?」

 

「……うぅ、お久しぶりです……ミカヅチさま」

 

ニィッ……

 

「ひぅぅっ!?」

 

自分に指摘されたネコネは背中から顔を出して挨拶をした。

しかし、嬉しかったのだろう。ミカヅチがまた獣のような笑みを浮かべたせいで、ネコネはすぐに隠れた。

 

「ヌゥ……」

 

これでは話が進まない。やむを得ず、ミカヅチからネコネが見えるよう、横に身体を傾ける。

しかし、自分が動かした方向にネコネはすぐ隠れてしまった。

 

もうさすがにこれ以上は自分も疲れるので、とりあえずミカヅチに声をかける。

 

「はぁ……それで、天下の左近衛大将ミカヅチ様が、自分とネコネに何の用だ?自分はアンタと話したことは無いが……」

 

「……貴様、オシュトルの隠密だそうだな。奴から聞いたぞ」

 

「ん?ああ……そうだが」

 

やっぱりオシュトルから聞いたのか……

 

これでミカヅチが自分を呼んだ理由は分かった。以前も確かこんなことがあったはずだ。

 

「……しかし貴様、一つ聞かせろ」

 

ミカヅチの眼光が鋭くなり、対面していた自分の喉が鳴った。

 

「なぜ、兄者にあのようなことを言った」

 

「……あのようなこと、とは?」

 

「このヤマトをどう思っているか……だ」

 

やはり、そこを聞いてくるか。

 

「そのまんまだ、それ以外の意味は無い……しかし八柱将に対しての態度では無かったな……すまん」

 

「……そうか、しかし興味深い」

 

「は?」

 

突然、何を言い出すんだ?

 

「オシュトルが言っていた。貴様は中々に面白い男だと……そして、あの兄者に興味を抱かせたのだ」

 

「……そ、そうなのか?」

 

「ああ……どう俺を楽しませてくれるか見物だ」

 

「いや、見物って……」

 

「楽しませてくれるのだろう?」

 

いやいやいや、そんな嬲るような目つきでこっちを見られても、困るだけなんだが……

ミカヅチの言葉に自分が頬を引き攣らせていると、そこでネコネが棒読みで入ってくる。

 

「では、ミカヅチさまはハクさんに用事があるようですし、わたしはこれで失礼するのです」

 

そう言って逃げようとするネコネの後ろ首を掴む。

 

「ダメだ。ミカヅチは自分……そしてお前と話したいと言っていたんだろう?」

 

「は、離すです!犠牲はハクさんだけで充分なのですよ!」

 

「犠牲ってお前な……」

 

「骨は拾ってあげるですよ」

 

いや、そんな任せろみたいに親指を立てられても。

自分とネコネが互いに牽制しあっていると、ミカヅチはまた静かに笑った。

 

「……クックックッ、小娘が兄以外の男に懐くか」

 

その言葉に、ネコネは自分に襟首を掴まれたまま反論する。

 

「な、懐っ……そんな事ないったらないのです!」

 

「……しかし、お前はその男に随分と心を許しているようだが」

 

「違うったら違うのです!このヒトは兄さまと仲が良いだけで、わたしは全然そんなことないのですよ!」

 

「ふむ……そうか」

 

どうやらミカヅチが折れたようだ。

フゥーッ!と小動物の威嚇のように睨んでいるネコネはもう逃げることもなさそうなので、掴んでいた襟首を離した。

すると、すぐにまた自分の後ろに隠れる。

 

「……もういい。つまり、ミカヅチはオシュトルから自分の事を聞いて、興味が湧いたから呼んだ。そして、ネコネとも話がしたい……そういう事だな」

 

「……ああ」

 

だったら菓子の一つでも用意しときゃいいのにな……

 

ネコネが不機嫌になった時は、とりあえず菓子さえやればすぐに落ち着くし、何より喜ぶ顔も見れるだろう。

 

……まあ、食べ終わったらまた不機嫌になるがな。

 

「しかしネコネは何故かアンタを異常に怖がっているんだ……何かしたのか?」

 

「べ、別に怖がってるわけでは……」

 

ネコネは相変わらず虚勢を張っているが、自分はずっと気になっていた。

 

今日のネコネは本当に様子がおかしい。以前も確かに怖がっていたが、しょぼいパンチや自分を盾にして挑発する余裕はあったはずだ。

 

なのに、何故こんなにも怖がっている?

まさかとは思うが、自分がいない間に何かあったのか?

 

「……俺は何もしていない」

 

そう言ってこちらを睨むミカヅチ。これは流石に怒らせたか……?

 

「じゃあネコネ、何故そんなに怖がっている?」

 

「うっ……こ、怖がってなどいないのです」

 

「だがお前が自分の後ろにずっと隠れているせいで、話が進まない。そしてミカヅチにも失礼が過ぎる。相手はオシュトルの同僚なんだぞ」

 

「うぅ……」

 

そこまで言うと、おずおずとネコネが自分の隣に座り、ミカヅチへ頭を下げた。

 

「さ、先程は失礼致しましたです。ミカヅチさま」

 

「……よい」

 

うーん、しかしなぁ……このミカヅチの目も、ネコネが怖がる原因なんだよな。

何かで和らげる事が出来ればいいんだが……と思っていたら、ふとミカヅチが障子に目を向けた。

 

「……頃合いか」

 

その言葉に、自分とネコネは反応する。

 

「頃合い?」

 

「っ……ま、まさか謀略ですか……!」

 

「いや、違うだろ」

 

ネコネはプルプルと震え始め、すぐさま逃げれるように膝を浮かしていた、が……

 

「失礼致します」

 

「……ひぅ!?」

 

「うっ……!」

 

突然聞こえたその声に身体を跳ねさせると、自分の横っ腹に飛びついてくる。

先程よりは痛みもなく軽いものだったが、衝撃で口から呼吸が押し出された。

 

「来たか」

 

「ミカヅチ様、支度が整いました」

 

「運べ」

 

「はい、直ちに」

 

そして、畏まったミルージュやミカヅチに仕えている者達が、いくつも盆を持って部屋に入ってくる。

その上に乗っていたのは……

 

「菓子に……果物?」

 

ピクリと尻尾が反応したネコネの前に、次々と盆に載せられた菓子や果物が宅の上へと並べられていく。

 

そして、目の前に並んでいく品々の質の高さに、自分は唖然とした。

 

凄い量だ……それに、どれも美しい細工を施された見事な菓子に、この辺りでは見ない南方の果物。それも、砂糖漬けのような物ではなく瑞々しいままの状態。

 

「こりゃまた……」

 

「褒賞で得たものだ」

 

「……褒賞?」

 

ミカヅチの言葉に自分がそう聞き返すと、ミルージュが一歩進み出て説明を始めた。

 

「これらは帝より賜りました、御菓子や果物にございます」

 

ああ……兄貴か。そういえば、この菓子のいくつかはホノカさんから貰ったことがあったな。

 

しかし兄貴、こんなのをどこで手に入れているんだ?

まさかとは思うが……作ってたりして……

 

「果物はヤマトの各地から厳選し献上された珠玉の品。御菓子は最上の宮廷菓子にございまして……」

「……ミルージュ」

 

「あっ、も、申し訳ありません!過ぎた真似を」

 

ミルージュが誇らしげに説明をしていると、ミカヅチの目が鋭く細められ言葉を遮る。

そしてその瞳に射抜かれ、ミルージュは上擦った声を上げた。

 

「いや、良い……下がれィ」

 

「は、はい。失礼します」

 

慌てて頭を下げると、ミルージュは給仕を続けている輪の中に戻った。

……いまの説明、こちらとしてはありがたかったんだがな。

 

「……美しいと思わんか」

 

「は?」

 

「この宮廷菓子だ。きめ細かな作りに紋様……まるで紋様細工よな」

 

「……」

 

まさかとは思うが……

 

「その色鮮やかな南の果物もだ。色取りどりの実が美しかろう」

 

「……」

 

いや、やっぱりこいつ……

そう思い、チラリと隣のネコネを見る。

先程の怯えきった様子はどこにも無く、まるで机に張り付くかのようにキラキラとした視線をそれらに向けていた。

 

「美味いぞ。菓子はサックリとした皮に、トロリとした甘い餡が詰められている。そして果物は瑞々しく、果物とは思えんほど甘い」

 

「わぁ……」

 

こくん、と唾を飲み、年相応の可愛らしい声を出すネコネ。

 

「ス……スゴイのです……甘酸っぱい、いい香りがここまで……南方の果物が……宮廷菓子が……あんなに……」

 

そして瞳を輝かせ、目移りするのかあちらこちらと菓子や果物の山を前に手を彷徨わせていた。

 

「あのピタピタ……あんな大きくて艶やかなの……まるで別の果物なのです……お菓子も、あんなにキラキラしてて……あんなの初めて見たのです……」

 

尻尾がブンブンと振り回され、並べられた品について一つ一つ感想を述べていくネコネ。

その様子をミカヅチは静かに眺めていた。

 

口元が少し上がっている……つまり、今回自分だけではなくネコネも呼んだのは、これらを食べさせるため。

 

ミカヅチは以前、ネコネと同じ歳頃の妹が居たと言っていた。だから親友のオシュトルの妹でもあるネコネも、彼にとっては妹のような存在なのだろう。

 

「気に入ったか」

 

「……え?」

 

嬉しそうにそう言うミカヅチに、ネコネはやっと気がついたようだ。

 

「ククク……」

 

ニタリと獲物を弄ぶように見える獰猛な笑みが、ネコネを捉えている。

 

「ひぅっ!?」

 

それに気づき、我に返ったネコネが身体を硬直させる。

そんなネコネに、ミカヅチは机の品々を手で示した。

 

「喰え」

 

しかしネコネは固まったままである。

 

「どうした、喰わんのか?」

 

「ぁ……うぁ……」

 

一歩、一歩……と、少しずつ邪悪な笑みを浮かべたミカヅチから離れ、自分の背中に近寄ってくる。

そんなネコネの背中を片手で押しとどめ、自分はもう片方の手で一つの果物を掴み取った。

 

「じゃあ、遠慮なく」

 

「あっ……!」

 

手に取った黄色の瑞々しい果物を、口へと放り込む。

……これは。

 

「う、うまっ……」

 

やばい、止まらない。

口に入れた瞬間広がる爽やかな甘み。まるで口の中に花畑が出来たかのように、鼻に突き抜ける香りも素晴らしい。

 

「あむっ……な、なんだこれ……むぐ……うまっ……」

 

「ちょっ、ちょっと!ハクさん!」

 

「どうした、お前も遠慮せず喰え」

 

パクパクと食べている自分に動揺するネコネ。

そのネコネに、ニタリ……と家畜に餌付けをするような笑みを浮かべるミカヅチ。

 

「ひぅっ……は、ハクさん……」

 

よほど恐ろしいのか、こちらに来て自分の裾を引っ張ってくる。

しかしこのままじゃミカヅチの好意が無駄になる。奴にとってもそれは気に入らないだろう。

 

「ん、どうした?」

 

「どうしたも何も、なぜ食べているのですか……!」

 

「そりゃあ、ミカヅチが喰えって言ったからな」

 

「んなっ……ハクさんを信じたわたしが馬鹿だったのです……」

 

そう言ってネコネは深呼吸をすると、ミカヅチをキッと睨み対峙した。

……相変わらず、震えながら自分の腕にしがみついたままだけどな。

 

「っ……な、な、何を企んでいる……ですか!」

 

「……ほぅ、何のことだ?」

 

「と、惚けても無駄なのです!あなたの企みは判っているのですよ!」

 

そう言って、チラリと机の上に視線を向ける。

その顔は食べたそうに歪み、しかし確固たる意思で何とか反抗していた。

 

「っ……こんな、わたしの好きな甘いものを用意して……懐柔するつもりだったですね!?わたしを懐柔した後は、兄さまへの身中の蟲として、送り出す気なのです!」

 

「ムゥ……」

 

いや、ないない。

それならこんなにも手間のかかることをする必要は無いし、何よりミカヅチの実力なら自分達を簡単にねじ伏せられる。

 

ミカヅチもその気は無いのにネコネにそう言われ、ちょっと傷付いたのか眉を寄せた。

しかしネコネは額の汗を袖で拭い、安堵の息を吐いた。

 

「ふぅ……危うく罠に填る所だったのです」

 

「んじゃ、ネコネは食べないということで……これは全部自分が食うからな」

 

「うなっ!?」

 

グルンとこちらに顔を向け、腹から悲鳴を上げるネコネ。

 

「そうか……」

 

ミカヅチも落ち込んでいるようだ。いつもの怖い顔を浮かべているようで、仮面に隠れていない右の眉が下がってきている。

 

「ハクさんっ!」

 

「ネコネが言ったんじゃないか。それに自分としては、こんな高そうな菓子や果物を食わないなんて勿体ない選択をするつもりも無い」

 

「うぅ……」

 

こらこら、そんな怖い顔で睨むんじゃない。

これでも自分は色々と気を使っているんだ。早くその意図に気付いてくれ。

 

「しかし……なんだこれ、めちゃくちゃ甘いじゃないか。ネコネはもったいないなぁ?」

 

「ぐ……ぐぐ……」

 

「本当に要らないのか?このままじゃ、全部食べちまうぞ?」

 

「…………い、要らない、のです」

 

顔を歪めて涙を堪えながら言われてもな。

だがここまでネコネが食い下がるとは思わなかった。

警戒しているから……こそか。

 

「ミカヅチ」

 

「……なんだ」

 

「どうして自分を呼んだのか……その理由については聞いたが、ネコネはなぜ呼んだんだ?そしてこの菓子と果物……これを報酬に、何か自分たちにさせるつもりでもあるのか?」

 

自分がそう聞くと、しばらくしてミカヅチが唸るように答えた。

 

「強いて言うならば、茶だ」

 

「へ……?」

 

涙目のまま、ミカヅチの言葉に首を傾げるネコネ。

 

「聖上より甘味を拝領し、茶でもと思ったのだが……一人で飲むには味気ない。ならば、貴様等と茶の湯を囲もうと思ってな」

 

「……ふむ、それだけか?」

 

「ああ……それに小娘は甘いモノが好きだと聞く。それに……」

 

そう言いかけると、ミカヅチはニタリをした悍ましい笑みをこちらに向けた。

 

「オシュトルが信用し、ネコネがここまで懐いている……その貴様と友好を深めるのも一興。貴様もそう思わんか?」

 

「……そうか、よく分かった」

 

自分はそう言って、ぽかんと口を開けているネコネに向き直る。

 

「ほら、ミカヅチはこう言ってるぞ?ネコネはどうなんだ?」

 

すると、ネコネは気まずそうに自分からミカヅチを見て、次に机の上の果物たちに視線を向ける。

どうやら、少しは警戒も解けたらしい。

 

「ネコネ」

 

「うぅ……」

 

自分が名を呼ぶと、ネコネは我慢するように唸りを上げる……が、その手は一つの菓子を掴んでいた。

 

そして……

 

「……はむ」

 

一口ほど小さく齧り付いた。

瞬間、みるみるうちに頬が紅潮し、瞳がキラキラと輝き始める。

 

「ふわぁ……!」

 

我慢していたものが弾けたのだろう。次から次へと、色々な種類の菓子や果物を口にしていく。

 

「ぱくぱく……むぅ、この甘さ、酸味……南国のお日様の味というのはこういう物なのですね……はむはむ……」

 

幸せそうに食べているネコネを、ミカヅチも嬉嬉として眺めている。

自分もそれを横目に、手に持っていた菓子を口に入れ茶を啜った。

 

「……んっ、んぐぅ!」

 

「ん?」

 

突然、ネコネが苦悶の表情でのたうち回り始めた。

 

「おいおい、そんな一気に食べるから……」

 

喉に詰まらせたのだろう。

自分がお茶を渡そうとするが、チラリとミカヅチが茶碗に茶を注いでいるのが見えたのでその手を止めた。

 

「……茶だ」

 

それをゆっくりと差し出すミカヅチ。

 

「んんっ!?」

 

「毒など入っていない。これも一緒に賜った……クジュウリの高地で栽培されたものだと聞く」

 

「果物にも似た芳醇な香りの高級茶なのですよ」

 

警戒し身を引いたネコネに、ミカヅチはそう伝える。

さらに、給仕をひと段落終えたミルージュがミカヅチの言葉を補足したので、ネコネはその茶を受け取って一気に詰まったものを流し込んだ。

 

「ぷはぁ……!ち、窒息するかと思ったのです……」

 

「少しは落ち着け。別に果物や菓子は逃げたりしないさ」

 

「……ハクさんが食べきってしまうのです」

 

「ふむ、ならありがたく……」

 

「うなっ!だ、ダメなのです!!」

 

ネコネに果物を取ろうとしていた自分の腕を抑えられ、恐ろしい形相で睨まれた。

どんだけ食いたいんだか……

 

「……それから」

 

そしてネコネは、キッとミカヅチ睨んだ。

ミカヅチは小さく首を傾げる。

 

「こ、これは緊急事態なのです……け、決して心を許した訳では無いのです」

 

いや、ここまで親切にしてもらってそれはないだろう……。

 

「ネコネ、流石にそれは言い過ぎだ」

 

「で、でも……」

 

ネコネはそう言って目線を逸らす。

これはネコネが悪いので、自分もお説教させて頂こう。

 

「まったく、こんなことをオシュトルが知ったらどう思うかね」

 

「う……お、脅す気ですか」

 

「違う。せめて『ごめんなさい』と『ありがとう』くらいは言っておけ……ここまで親切にしてくれてるんだ」

 

「うぅ……」

 

ネコネは自分にそう言われ、頭を抱えて黙り込む。

やはり内心では色々と葛藤があるようだ。

しかし……少しして、ネコネはミカヅチに向き直り、小さく頭を下げた。

 

「……ミカヅチさま、ごめんなさい。あ、ありがとう……なのです」

 

そう言って気まずそうにしながら、ミカヅチに上目遣いで見つめるネコネ。

 

「っ……か、構わん」

 

よほど衝撃的だったのか、少し遅れてから大袈裟に頷くミカヅチ。

……今の顔は確かに、反則だったもんな。

それを正面で食らったんだ。いくら左近衛大将でも、相当なダメージだっただろう。

 

「あ、あの……」

 

そんなミカヅチを見ていると、ネコネは自分の袖をクイクイっと引っ張ってきた。

次は……こっちの番か。

 

「ハクさんも……ごめんなさい。ありがとうなのです」

 

うっ……か、可愛い。

微かに朱が差した頬、うるうるとこちらを上目遣いで見上げるつぶらな瞳……保護欲が刺激される……!

 

「あ、ああ。ちゃんと言えたんだ……よく頑張ったな」

 

とりあえず頭を撫でてやると、ネコネは安心したように目を細める。

尻尾も嬉しそうに揺れていて、どうやら先程の失敗のことは気にしていないのか、また菓子を口にし始めた。

 

すっかり菓子の虜である。

 

「どうだ……美味いか」

 

「むぐ……お、美味しい……のです」

 

素直にそう答えるネコネに、ミカヅチの顔は緩んだ。

 

「そうか……招いた甲斐があったというもの」

 

そう言うと、バツが悪そうにミカヅチの表情を覗いながら、ネコネが食べかけていた菓子を置いて向き直る。

 

「あの、この度はお茶の席にお招き頂き、あ……ありがとう……なのです」

 

「ふむ……」

 

「とても……美味しいのです」

 

ネコネがもう一度、素直な感想を述べる。

すると、ミカヅチは嬉しそうに瞳を細めた。

 

「……そうか、気に入ったようで何よりだ。遠慮はいらん、もっと喰え」

 

「い、いただくのです……ぱく……もぐもく……むぐ……!」

 

変わり身早いな、おい。

しかしこうして、ミカヅチとネコネが話しているのを見ると……なんだか色々と感じ入るものがあるな。

 

「ククク、それでいい。子供は素直なのが一番だ」

 

「うっ……」

 

そう言って、ミカヅチは先程とは別の茶器に入った茶をネコネに差し出した。

 

「飲め。お前の故郷であるエンナカムイの茶だ。懐かしかろうと思い、取り寄せておいた」

 

えっ、それいいな……自分もエンナカムイの茶はしばらく口にしていない。せっかくだから、自分も……

 

そう思い、おずおずと口を開きかけた瞬間、ミカヅチは自分に視線を向けニタリと嫌味な笑みを浮かべた。

 

「貴様は駄目だ」

 

「な、なんでだよっ!?」

 

しかしそのまま流され、ミカヅチはネコネを見る。

 

「菓子も茶も帰りに包ませよう、好きなだけ持って帰れ」

 

「ホントなのです!?……はっ」

 

思わず声を出したものの、ネコネは慌てて口を噤み、用心深く菓子とミカヅチを比べる。

 

「構わぬ。持って帰り、皆で食うが良い……臣下の者共に配ろうともしたが、皆、帝から賜った物など恐れ多いと受け取らぬ」

 

な、なんと勿体ないことを……オシュトルも今度貰ってきてくれないかな?

 

「慎み深い奴等だ、遠慮など要らぬと言うにナァ?」

 

……ああ、なるほど。

こんな邪悪な笑みを浮かべながら持っていけなんて言われても、怖くて受け取れないわこれ。

受け取ったらそれと引き換えに最前線や危険な任務やらに送り込んできそうだし。

 

「う……」

 

ネコネは迷っているのか、ゴクリと唾を飲み込みミカヅチと菓子に視線を交互させる。

しかしネコネは自分に視線を向けてきた。これは……自分が決めろということか?

 

よし、なら遠慮なく。

 

「ネコネ。こう言ってくれてるんだし、せっかくだから全部貰って行こうぜ」

 

「……良いのです?」

 

「ああ。今日でネコネも色々と判っただろう?ミカヅチは悪いヤツじゃないって」

 

「で、でも……このヒトは、兄さまの……」

 

「ん?」

 

しかしその先は言わず、ネコネは頬を膨らまして菓子を食べ始めた。

だがネコネの表情は、ミカヅチを心底嫌っているようには見えないので、きっと貰っていくことにしたんだろう。

 

このまま、少しずつミカヅチとネコネの距離も縮んでいけばいいんだが……

 

菓子を頬張るネコネから、チラリとミカヅチに視線を移す。

 

すると、ミカヅチは菓子にしか意識が向いていないネコネの頭上に手を伸ばしていて、その頭を撫でようとしていた。

 

「ククッ、そうだ……たらふく喰え。たらふく喰って大きくなれ」

 

言い方はあれだが、優しさはしっかりと伝わってくる。

そしてついに、ミカヅチの手がネコネの頭にーー

 

「……っ!?」

 

ビクッ!と身体を跳ねさせ、手に菓子を持ったままこちらに飛び込んでくるネコネ。

それも……

 

「がはッ!?」

 

菓子や果物を食べちょうどいいくらいに膨れていた横腹に、ネコネの頭がめり込んだ。

込み上げそうになるものを必死に押え、痛みに座りながら蹲る。

 

「ぬぅ……あともう少しだったのだがな」

 

それを見てニタリとミカヅチの口元が歪んだ。

まるで後一歩でお前を捻り殺せたのに……という顔だ。

……ただ撫でたかっただけなんだろうが。

 

「な、何をしようとしたのですか!?ぜ、前言撤回なのです。やはり、信用ならないのです!」

 

ネコネは蹲る自分にしがみつきながら、ミカヅチに抗議する。

 

「だ、騙されないのですっ!」

 

わ、判ったから……頼むから……揺らさないでくれ……。

 

その後、ネコネは警戒しながらも食べるだけ菓子や果物を食べ、自分は腹の痛みで何も食えなかったのは、言うまでもない。

 

 

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