[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い 作:ハラダ
最近、よくカルラさんやトウカさんに呑みに誘われることが多くなった。
というか、ほぼカルラさんに。
自分としては美味い酒や飯がタダで食えるので万々歳だが、妙に距離が近いというか、カルラさんなんて自分の名前を呼ばれる度に背筋に悪寒が走るのだ。
しかし会話の内容は至って普通。世間話だったり、クオンの話だったり……後は、トゥスクルの話を聞かせてくるくらいか?
そしていつかクオンと一緒に一度トゥスクルに行こうと誘われ、どうせ行くことになるだろうと快諾した時。
『これで……彼女達も少しは喜ぶかしら』
と、謎の言葉をカルラさんが言っていた。ちなみにその時の寒気は尋常じゃなかった。
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「ふぅ……今日も相変わらず臭かったな」
「久しぶりの溝浚いでしたからね……ははは」
自分とキウルはいつも通り溝浚いの依頼を終え、昼下がりの市場を歩いていた。
溝浚いの仕事は毎回鼻が曲がりそうになるので、せめて美味そうに露店から香ってくる匂いを嗅いで帰るのだ。
「しかしなんだ……腹が減ってきたな」
「えっ?さっきお昼を食べたばかりですよね?」
「こんな匂いに耐えられるわけないだろう……おっ、あそこにあるのは……」
少し離れた先に、串焼きの屋台。
これは、行くしかないな。
「キウル、まだカネはあるか?」
「は、はい……まさかハクさん……」
「よし、あそこの串焼きでも買って食うか」
「またクオンさんに怒られますよ?無駄遣いをするなって……」
ここでクオンの名を出すんじゃない。
それにアレはアレで、気になった飯屋や屋台があれば即足を運ぶんだ。
「おいおいキウル……そんなこと言ってると、ネコネに嫌われるぞ」
「なっ……!」
「ネコネは菓子が大好きだからな。仕事を終えたネコネがお前に屋台に寄りたいって言ったら、お前は同じことが言えるのか?」
「う、うぐ……」
「逢い引き中にそんなこと言われたら、ネコネもガッカリするだろうな……」
「……行きましょう」
よっしゃ。
キウルの説得に成功した自分は、財布の中身を確認しながら串焼きの屋台へと向かった。
……が。
「だからなぁお嬢ちゃん。それじゃ困るんだよこっちとしては」
「何が困るのじゃ?」
何やら戸惑いとイラつきを含んだ濁声に、聞き慣れた懐かしい声が聞こえてきたので足を止める。
「……ハクさん?」
自分の後ろを着いてきていたキウルは、自分が止まったことに首を傾げる。
「いいかげんにしてくれ!こっちは忙しいんだよ!」
「そうか。ならば余のことは気にせず、働くが良い……民を慈しみ、心置きなく働けるようにしてやるのが、上に立つ者としての義務じゃからのう」
ああ……頭痛がする。
そこにいた少女は、苛立っている店主に寛容な笑みを浮かべながら、うむうむと頷いていた。
「だーかーらー、ワケわかんねぇこと言ってねぇで、喰っただけのお題を払ってくれと言ってるんだ」
「ワケの判らないことを言ってるのは其方じゃ。その、お代とはなんの事じゃ?」
自分は頭を抱えながら、未だ首を傾げてこちらを見ているキウルに振り返る。
「……キウル、やっぱお前は先に帰れ」
「えっ?」
あれほど串焼きを食べたいと言っていた男が、今は帰れと言い出したことに、キウルは更に首を傾げた。
「ど、どうしたんですかハクさん……どこか調子でも?」
お前を巻き込みたくないんだよ……!
キウルはきっと、あの少女の正体を知れば串焼きどころじゃなくなってしまうだろう。
それに、キウルはこれでもエンナカムイの皇子。自分は今からめちゃくちゃ無礼なことをするので、出来れば見ないで欲しいのだ。
……仕方ない、アレを使うか。
「……キウルよ」
「へ?は、はい」
「……ここから少し歩いた先に、紋様の描かれた紫の旗を掲げる一つの店がある」
「はぁ……」
「……そこは、ネコネの大好物である菓子が売っている場所だ。自分が一度謝罪のために渡した時には、思わずアイツが抱きついてきたほどのな」
キウルの耳がピクリと動いた。
そして口をあんぐりと開け、顔がみるみる赤くなっていく。
「……頑張れ、キウル」
「はい!行ってまいります!」
即座にキウルは回れ右をして、駆け出していく。
その背中を見ながら、自分は自分の頭の回転の速さに感服した。
「ウチの串焼き、喰っただろ?散々、喰ったよな?」
「うむ、下卑た味だが悪くなかったぞ。褒めてつかわすのじゃ」
その感服も、後ろから聞こえた場違いな返答によって掻き消える。
自分は溜息を吐いて、その会話の場所へと足を進めた。
未だ店主の言っていることが分かっていない……皇女さんの元へと。
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皇女さん。いや、アンジュ姫殿下。
このヤマトの頂点である帝の正当なる後継者であり、帝……兄貴の娘。
その正体は兄貴とほのかさんの娘だった……『チィちゃん』のDNAを参考にして生み出されたクローン体。
兄貴が孤独に耐えられず、ホノカさんと同様に作り出したのだ。
……自分にとっては、姪っ子の写鏡でもある。
最初に出会った時は、なんてワガママな皇女だと思った。
帝に甘やかされ、何も知らず何も学ばず育ってきたアンジュは、何度も勉学をサボり聖廟を抜け出しては、自分達のいる白楼閣や、今のように市場などヤマトの街に足を運んでいた。
ルルティエの趣味本を勝手に漁ったり、作ったお菓子を勝手に食べたり、更には恐ろしいことにクオンの隠していた蜂蜜酒を割らずに全部飲んだり……本当にどうしようも無い子供だった。
だが、彼女はただ経験が少なく、聖廟という籠に閉じ込められ孤独を感じていたからこそ、そんな幼稚な部分があったのだ。
そして……兄貴が死んで國が割れた。
正確には兄貴は死んでいなかったが、ヤマトは揺れ、ヴライはアンジュが後継者にふさわしくないと身勝手な持論で殺そうとした。
ライコウは策を巡り、自分たちが連れていったアンジュの偽者を立て、ヤマトを自分の大義通りに作り替えようとした。
そして……戦乱の世は始まる。
帝に残されたものを守りたいと願い、時には自身も戦場へと向かった。
同じ皇女という立場でありながら、心構えが全然違うトゥスクル皇女にも、最後は意志を貫き通した。
そんなアンジュを支えるのが、自分……某の役目だった。
『お父上の残してくれたものを取り戻したい……これは我儘なのか……!?』
彼女の願いから、自分達の戦は始まった。
『大切なものを失った気持ちが分かるのか!温もりを失った気持ちが分かるのか!』
父を亡くし、故郷を亡くした。
『これでは皆に……顔向けできぬ。こんなに不甲斐なくては…』
強者と相対し、心が折れかけた。
『待たせたの……オシュトル』
……それでも、立ち上がった。
『下がるがよい、それは余の獲物じゃ』
……自身の望みを叶えるために。
『オシュトルはずっと余の側におるのじゃ!』
自分は、彼女の側にいると約束した。
『ウソついたら……ハリを……のまなければいけないのじゃぞ……?』
自分は……彼女に嘘をついた。
『オ……じちゃん……の……うそつき』
ああ、自分は嘘吐きだ。
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「だから、そのお代を払えと言ってんだ、お代を」
「……なぜじゃ?」
更に腹の立つような事を言いながら、首を傾げている少女の後ろに立つ。
「くか〜ッ、もう!誰か何か言ってやってくれぇ!」
「よし、分かった」
そして少女……皇女さんの脳天に軽くチョップを食らわせた。
「んがっ!?」
「飯を食ったならカネを払え」
「だ、誰じゃ!余の頭に何をす……ッ!?」
何故かそう言いかけて固まった皇女さんをスルーして、自分は屋台の店主に声を掛ける。
「店主、コイツは何本食ったんだ?」
「あぁ?アンタ、この嬢ちゃんの知り合いか?」
「そんなもんだ……で、いくらだ」
店主は苛立っているのか、棘のある言い方で自分に皇女さんが食べた串焼きのお代を言い放つ。
その値段に苦笑しつつ、自分の財布から全ての金銭を店主に渡す。
店主はそれを確認すると、溜息を吐いた。
……コイツ、こんなに食ったのかよ。
「……これでいいか?」
「あ、ああ……毎度あり」
「んじゃ、行くぞ」
そして、未だこちらを見て棒立ちのまま固まっている皇女さんを脇に抱え、その店から離れた。
なんか不審者に見えなくもないような……気もするが。
しばらく歩いていると、先程まで自分にされるがままだった皇女さんが動き出し、こちらに向けて叫び始めた。
「……ハッ!そ、其方、余に何をするつもりじゃ!」
その様子に自分は大きな溜息を吐いて、あまり人目に付くのもまずいため路地裏に連れていき、そこで抱えていた皇女さんをそっと下ろした。
「それがお代を払ってくれた恩人への言葉か」
「余を誰だ……ん?……お代とはなんじゃ?」
やっぱりこの時はまだ知らなかったのか。
自分はしゃがんで皇女さんと視線を合わせると、お代について説明を始めた。
「いいか?お代ってのは、店とかで何かを買った時に払うカネのことだ……ちなみにカネは分かるよな?」
「それくらい分かるのじゃ、馬鹿にするでない!」
「はいはい。んで、さっきお前さんはあの串焼きの『店』で、商品である『串焼き』を食べた……つまり買ったんだ。さて、お前さんが払わなきゃならんのはなんだ?」
「……お代、じゃな」
「正解だ」
「……なるほど、そういうコトか」
目の前の皇女さんはやっと意味を理解したように、うむうむと頷いていた。
……しかし何かに気づいたように身体を跳ねさせると、こちらを睨んでくる。
「そういえば其方、先程余の頭を叩いたな……?」
「……いやぁ、なんの事かさっぱり」
もしこれで切腹、または打首だ……など言い出したら、もう一発ぶちかましてやろう。
第一コイツは正体を明かせる身分じゃない。更に……こちらには切り札もある
「嘘をつくのではない!余を誰だと心得える!余はこの……」
「まさか、皇女殿下とか言い出さないよな?」
「なっ……なぜじゃ……!?」
いや、今お前が言おうとしたんだろう。
しかしこちらも負けてはいられない。コイツのために自分が勝手に払ったとはいえ、財布の中身が空っぽになった恨みは大きいぞ。
「皇女殿下がこんな市政にいるわけないもんな。護衛も共もいない。更にはお代すら知らない皇女殿下なんてなぁ……?」
「う……」
「もし本当に皇女さんなら、ここら一帯が騒ぎになるだろう。それに自分が刑に処されたら……」
そこで一度、皇女さんから目を逸らし、落ち込んだ表情を作り浮かべる。
「……オシュトル」
「ん!?」
名前を出しただけでこれかよ。
「オシュトルに迷惑がかかるもんなぁ……うぅ、残念だ」
「……よ、よい。何者かは知らぬが、直々に許してやろう」
「えっ、いいのか?」
「余は寛大である。そのような小さきこと、気にすることも無いのじゃ」
相変わらずチョロいな、皇女さん。
自分は先程の落ち込んだ表情をすぐに戻し、立ち上がる。
「そんじゃ、帰るぞ」
「なぬっ!?どこにじゃ!」
「そんなの決まってるだろ……ほれ」
そう言って、少し遠くにある聖廟を指差した。
皇女さんはそれを見て、あんぐりと口を開けながらしばらく固まっていたが、やがてこちらにゆっくりと視線を向けた。
「ま、まさか其方……」
「おっと……『皇女』さんは、自分の発言を撤回するような真似はしないよな?」
「くっ……此奴め……!」
それはもう悔しそうに顔を歪める皇女さん。
……なんだ、この胸に湧き上がる満足感は。
いつもこいつには振り回されてばかりだったから、手の平で上手く転がせたことが嬉しいのか?
なるほど……自分も悪い人間になったもんだ。
「ほれ、行くぞ」
「イヤじゃ!」
「イヤも何も、こんな所に一人でいたら色々と危険だろ?」
主に、周りの民がな。
先程の店主だって、もしコイツの顔を知る検非違使や臣下にでも見られていたら、即座に罪に問われていたかもしれないのだ。
せっかく久しぶりに再会できてこちらも色々と話したいことはあるが、だからといって勝手に家から出てきてもらっては困る。
それこそ置き手紙を書いてくるとか、誰か代わりを置いてくるならまだいいが……
「それに、どうせ誰にも言わずここまで来たんだろ?もし検非違使とかが騒いだらどうするんだ」
「うぐ……余は大丈夫なのじゃ、それにまだ帰るわけにいかぬ」
「お前が大丈夫でも……って、帰るわけにはいかない? どこか行きたいところでもあるのか?」
「うむ……実は、白楼閣という旅籠屋を探していての」
白楼閣……ということはまさか。
もしかすれば、クオンやルルティエに降りかかる悲劇を回避出来るかもしれん。
「もしかして、その白楼閣に誰か探しているヒトでもいるのか?」
「うむ。とある噂を聞いて、会ってみたい者がおるのじゃ」
そう言うと、皇女さんはこちらをジッと見て首を傾げた。
「そういえば其方……先程オシュトルに迷惑がかかると申しておったが、何者なのじゃ?」
「ん?ああ……自分はハクだ。オシュトルとは……友人だな」
「……ハク?」
「ああ、ハクだ」
自分の名前を聞いて、またポカンと固まる皇女さん。
そしてプルプルと震える指でこちらを指した。
「そ、其方がハクか!」
「……ああ、そうだが?」
「余が探しておったのもハクという者じゃ!」
いや、そうだろうな。
こいつはオシュトルに会いたいが為に、聖廟を勝手に抜け出した。
噂で聞いたオシュトルと繋がりのある自分の所……白楼閣に行けば、オシュトルとも会えるだろうと考えて。
そして白楼閣で自分を待っている間、クオンの蜂蜜酒やアトゥイの隠していた上等な酒を飲み干し、ルルティエの菓子と趣味本を漁るという暴挙に出た。
更には度重なるオシュトル発言でネコネから禍々しいオーラを出させ、最後にはクオンをブチ切れさせた。
……ちなみにだが、アトゥイの酒を飲んだのは自分とウコン、マロとキウルである。
しかしその……怖くて言えなかったがために、濡れ衣を皇女さんが着せられてしまった。
あの時は申し訳なかったな……本当に。
「では、ハクとやら」
「ん?」
先程まで動揺していた皇女さんが、いつの間にか胸を張りながら偉そうにしている。
言おうとしてることは分かるぞ。もちろん……
「オシュトルに会わせるのじゃ」
「無理だな」
「……なぬ?」
皇女さんは訳が分からないという風に首を傾げ、再度その言葉を繰り返す。
「では、ハク」
「無理だ。オシュトルは忙しいし、まず自分の所にはいない」
「……な、なんじゃと!?」
皇女さんは相当ショックを受けたのか、顔を引き攣らせながらこちらを見上げる。
「ほ、本当か?」
「本当だ。それに皇女さんだって、オシュトルが忙しいことは知ってるだろ」
「じゃ、じゃが其方は会っておるのじゃろう?」
「それはアイツから仕事を頼まれた時だけだ。自分は内密で雇われている身だし、それ以外で会うことはほとんどないぞ」
オシュトルとは、な。
もちろん、ウコンとはほぼ毎日飲んでいるわけだが、こいつにそれを言う必要も無いだろう。
「そ、そんなぁ……」
皇女さんはそう言いながら、ペタンとその場にへたりこんだ。
「其方がいる所に行けば、オシュトルに会えると聞いてここまで来たというのに……まさか会えぬとは……」
「あぁ……」
あまりに落ち込んでしまっている皇女さんを見て、少し同情してしまった。
……しかし、実際白楼閣に行ったとしてもオシュトルに会うことは出来ない。ウコンなら会えるが。
「まあそんなに落ち込むなって。聖廟とかでも会えるんだろ?」
「……たまに宮廷で会うても、忙しいと言って最近はろくに構ってくれぬのじゃ」
まあ確かに、最近のオシュトルは忙しそうだ。
「こんなにも余が思いの丈をぶつけているというのに……うぅ……」
目の前のすごく落ち込んだ皇女さんを見ていると……ちょっと可哀想に思えてきた。
皇女さんは帝の娘、そしてこのヤマトを統率する後継者だ。
だからこそ、孤独というか……あまり構ってくれる人も居ないのだろう。
自分としては何かしてやりたいが……
「……仕方ない、帰るかの」
そう言って皇女さんは立ち上がると、悲しい笑みを浮かべた。
「其方にも迷惑をかけたの……」
「うぐっ……」
「……はぁ」
皇女さんは自分にそう言うと、大きな溜息を吐いてとぼとぼと歩き出す。
「……ま、待ってくれ」
そんな皇女さんに、自分はつい声を掛けてしまった。
……流石にこのまま放置するのも、可哀想すぎる。
「自分で良ければ、どこか一緒に行かないか?」
「……其方、と?」
皇女さんはこちらに振り向くと、首を傾げた。
「まあ自分はオシュトルじゃないが……少しくらいは皇女さんの気も紛れるだろうさ」
「ふむ……良いのか?」
「ああ、自分も仕事が終わって暇だったしな」
自分がそう言うと、皇女さんは少しばかり考えるような素振りを見せたが、やがてこちらに向き直る。
「……では、よろしく頼むのじゃ」
そう言って、懐かしい向日葵のような笑顔を浮かべた。
「んじゃ、行くか」
「うむ」
そして皇女さんと二人、楽しい楽しい混乱ばかりの帝都巡りが始まったのであった。
……まさか一日で、こんなことになるとは。
なんとこの皇女話……次回、そして次次回と続きます。
元々この展開は確定していたので、皇女さんが出てくるまで少し遅くなってしまいました。
……ハクさんは忘れているんですよね。
以前、ある姫様に出会うために、自ら行動してどうなってしまったのか、を。
ということで、本日は三話投稿します。
ただ色々あって時間を空け投稿しますので、そこはご了承ください。
……その、訂正とか全体の調整とかもろもろ……ぐちゃぐちゃになってるので……。