[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い 作:ハラダ
謁見の間を出て、しばらくの間オシュトルに引きずられた。
摩擦によって踵がヒリヒリと痛む……これは怒っていいよな?
自分だって流石に帰ろうと思ったんだ。そしたら、急にコイツが……
「ここまで来れば良かろう」
自分とオシュトルは宮廷にある庭のような場所で、急いでいた足を止める。
そして少し安心したような表情を浮かべているオシュトルを、自分は軽く睨んだ。
「……痛かったぞ、オシュトル」
「其方がいつまで経っても帰ろうとせず、更に周りにいた者達からの視線も強くなっていたのだが……文句があるなら聞くぜ?なぁ、アンちゃんよ?」
「……すみませんでした」
周りに聞こえないように話してはいるが……一瞬、ウコンが出てなかったか?
どうやらこいつも、自分には中々に怒っているらしい。
……仕方ないな、今回はお互い様ということで。
「判ったのなら良い。さて……まさか、このようなことになるとはな」
そう言って表情を緩めたオシュトルは、自分にしがみついているウルゥルとサラァナに目を向けた。
……オシュトルに引きずられている時、この二人も自分を掴んでいたせいで、更に踵への負担が悪化したぞ。
しかし二人は悪びれた様子もなく、オシュトルからの視線を無視し自分に頬と胸と太腿を擦りつけているが。
「ふふ、つくづく其方は数奇な人生を送る運命にあるらしい」
「自分としては、平和にのんべんだらりと出来た方がいいんだがな。しかしオシュトル、この状況……お前ならどう思う?」
自分は少し表情を険しくして、両腕にしがみつく双子を顎で示した。
すると、言葉の意味を察したのか、オシュトルも険しい表情……いや、これは面白がってるな?口角が上がってるぞ。
「一言で言えば……有り得ぬ。いくら姫殿下の窮地を救ったとはいえ、まさか鎖の巫を下賜してくださるとはな」
しかし自分の問いにはちゃんと答えるようなので、とりあえずその面白げな表情は許そう。
「やっぱり、そうだよな……」
自分で言うのもなんだが、目立ちすぎである。
確実に今日でライコウやウォシスには目をつけられただろう。
ムネチカはまだ分からないが……ミカヅチは多分大丈夫だ。
残りは……トキフサも大丈夫。デコポンポは、一応警戒しておこう。
ヴライについては……考えても仕方がない。奴の場合、襲ってこられたら自分じゃ太刀打ちできないだろうしな。
「その御二方は巫。しかも大宮司ホノカ様の娘達であり、その後継でもある鎖の巫と呼ばれる方々である。その並外れた力は特別なお役目のために用いられてきたため、稀に今回のように下賜されることもあったが……」
「自分みたいなただの平民じゃ有り得ないってな」
「ああ。しかも、巫の中でも特別な意味を持つ鎖の巫とはな……某にも聖上の御深慮は分からぬが、一つだけ確かなのは、聖上が其方をお認めになられたということだ」
「まあ、考えても仕方が無いだろう。それに、自分だって……ッ!?」
「……下がれ、ハク」
呑気な事を言おうとした瞬間、自分達の隣に前触れも無く突然一人の影が現れ、自分とオシュトルは警戒する。
ウルゥルとサラァナは……おい、お前達もくっついてないで少しは警戒しろ。
「オシュトル様、ハク様」
そこに立っていたのは、黒紫色の長髪の少年……シチーリヤだった。
「……声もかけず突然現れるとは何用か、シチーリヤ殿」
オシュトルの鋭い視線がシチーリヤに向けられる。
……しかしシチーリヤはそのまま、要件だけを簡潔に述べた。
「……ライコウ様が、ハク様と二人で話がしたい……そう言付けを任されています」
「ライコウ殿が……?」
流石に、あの反応じゃ逃がしてくれなかったか。
この展開はある意味予想していた。まさか、こんな場所ですぐに言ってくるとは思わなかったがな。
自分は更に警戒を強めるオシュトルの前に進み出て、その肩に手……はウルゥルがしがみついているため置けないので、視線だけを向ける。
「……すまんオシュトル。ちょっと待っててくれ」
「ハク、まさか……」
「シチーリヤ、だったな。ちなみにこの二人は連れて行っていいのか?」
「……ライコウ様は、二人で話したいと仰られております」
やはり、自分だけ……だよな。相手も相手で警戒しているということだろう。それとも、ただ邪魔されたくないだけなのか。
仕方ない……さて、どうやって二人を説得するか。
「ウルゥル、サラァナ」
「いけない」
「主様をお一人にすることは出来ません」
「……お前達、少し耳を貸してくれ」
首を振る二人に、自分はとあることを小声で伝える。
ちなみに腕からは離れてもらった。流石に首も肩もキツイのだ。
「……分かった」
「主様がそう仰られるのでしたら、私達はそれに従います」
「ありがとうな」
そう言って自分は二人の頭を撫で、シチーリヤへと向き直る。
「ライコウに言われた通り、自分一人で向かおう」
「……ありがとうございます。では、こちらへ」
そして、シチーリヤに着いていこうとする……が。
「待つのだ、ハク。其方一人では……」
オシュトルに肩を掴まれ、心配するようにそう言われてしまった。
……ここは頼りにして欲しかったんだがな。そこまで自分は信頼ないのか?
「大丈夫だオシュトル。お前の不利になるようなことはしないさ」
「そうではない。ライコウ殿と二人で話すのは、其方の身が危険だと言っているのだ」
「……オシュトル」
自分はオシュトルに指でこちらに来いと合図をし、こっそりと耳元でとある策を伝えた。
するとオシュトルは驚いたように目を見開き、少々険しい表情となる。
「……正気、であるか」
「ああ。自分はちゃんと正気だ……中々に面白い策だとは思わないか?」
「些か、危険すぎる気もするが」
「いざとなれば、自分を止めてくれる二人もいるんだ。気にする事はないだろう」
自分がそう言うと、オシュトルは折れたように小さく溜息を吐き、こちらを見て頷いた。
「……あいわかった。では、某は入口にて待っているぞ」
「ああ、これが終われば酒が飲めるな。今日の仕事はもうなかっただろう?」
「ふっ……ああ、良い酒を用意しておこう」
「それは楽しみだ、んじゃ……行ってくる」
そして自分は、オシュトルとウルゥルサラァナを置いて、シチーリヤの後ろを着いていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
とある一室の扉の前でシチーリヤは足を止める。
「ライコウ様。言付けに従い、ハク様をお連れしました」
『入れ』
「失礼します……どうぞ、ハク様」
シチーリヤによって扉を開けられ、自分はそこに足を踏み入れた。
……ライコウらしい部屋だ。書棚にはいくつもの書簡や巻物が整頓されて並べられているし、何より見ただけで埃ひとつ無いことがすぐに分かった。
「ああ、来たな……ハクよ」
自分を呼んだ張本人は、色々と積み上がった机で何か作業をしながら、こちらへと声をかけた。
「……ライコウ、自分に何の用だ?」
「ククッ……貴様なら要件くらいは判っているだろう。まあ良い、そこに座れ」
そう言ってライコウは目線で応対用の席を示すと、現在している作業を終わらせるように筆を早める。
自分は言われるがままその席に座り、暫くしてライコウの作業も終わったのか、こちらとは対面の席に腰を下ろした。
「「……」」
互いに睨み合い、そこに静寂が生まれる。
そして最初にそれを破ったのは、ライコウだった。
「……シチーリヤ、あれを持ってこい」
「かしこまりました」
シチーリヤに何を持ってこさせるんだ……と、自分は警戒する。
……が。
「これは……茶と菓子?」
少ししてシチーリヤが卓へ広げたのは、温かそうに湯気の立つ茶が入った湯呑みと、ミカヅチが以前出したような高そうな宮廷菓子だった。
自分は呆れたような視線をライコウへと向ける。
「……なんだ。お前もミカヅチと同じで、自分と茶をしたかったのか?流石に男の趣味はないぞ……自分は」
ミカヅチはネコネと少しでも仲良くなるためにこうして茶や菓子で釣っていたが、自分は生憎愛している女がいるんでな。
……ルルティエはもしかすれば喜ぶ、かもしれん。
しかしライコウは自分の言葉に少しばかり腹が立ったのか、こちらへの眼光を鋭くさせた。
「ふざけるな。俺は貴様と話がしたいと言っただろう。これは突然呼び出した謝罪と、歓迎の念を込めて貴様に振舞っただけの事よ」
「そうか?なら、遠慮なく……」
ふっ……どうせルルティエの茶には勝てないだろうが、せっかくここまで用意してくれたんだ。残すのはもったいないし、全て頂いておこう。
自分は最初に、透き通った透明な茶を啜った。
「う、うまっ……」
これは……爽やかな風味が鼻をつきぬけ、頭をさっぱりとさせてくれる。作業中などに飲むと集中も高まりそうだ。
もしやこれは、ライコウのお気に入りの茶なのか?
く、くそっ……なかなかやるじゃないか。
次に自分は、盆に置かれた菓子のひとつを口にする。これは以前も食べたやつだ。流石にもう驚きはしないはず……
「な、なんだこれは……」
パリパリの皮にトロリと溶けるような餡子……しかし中には少し渋めな乾燥された果物が入っており、その微妙な渋さが茶ととても合っている。
つい、自分の手が次々と伸びてしまうほどだ。見た目は同じでも中身が違うものを用意するとは。
流石、賢聖のライコウである。
「……ハクよ」
「ん?」
口にそれを詰め込んでいると、目の前でこちらを眺めていたライコウが自分を呼んだ。
「まさかとは思うが、全くこちらを警戒していない……などと言わんだろうな」
ライコウから言われた言葉の意味が最初は分からず、自分は首を傾げた。
もちろん自分は警戒しているが、今のところは特に気になる点も無いのだ。
すると、ライコウは苛立たしげに溜息を吐き、卓の上に並べられた茶や菓子を指さした。
「これに、毒を入れたとは思わないのか?」
……ああ、その事か。
「いや、思わないな」
「……一応、理由を聞いておこう」
自分がそう言うと、更にライコウの瞳は細められた。
相当苛立っているんだろうな。
「まずお前は、自分に危害を加える気は無いだろう?」
「ほぅ……何故だ?」
「もしそうなら、自分をここに呼ぶはずがないからだ。もしこれがオシュトルなら毒でも入れていたかもしれんが、自分はただの平民。適当に草でも送り込んどけば即座に殺せるし手間もかからん」
「ハクよ。それだけの理由ならば、俺は満足しない。貴様はオシュトルに信頼されているはずだ。草を送り込んだとして、護衛に護られているかもしれぬ貴様を、確実に殺せるとはならぬ」
「いや、お前なら簡単に殺せるさ……頭を巡らせ、一つ一つの可能性を潰し、そして追い込み罠に叩き落とす。そういうのは、得意中の得意だろ?」
自分はそう言い終わると、また口の中に菓子を放り込んだ。
暫くの沈黙の後、ライコウが笑い始める。
「クッ……クク……やはり貴様は知っているのか。俺の事を」
その質問に自分はまだ答えず、空になった湯呑みを振って見せた。
すると、それを見ていたシチーリヤがこちらを睨みながらお代わりを淹れてくれたので、一度口に含んでからライコウへと返答する。
「……自分は知っていると以前言ったはずだ。そしてこう聞いたな、お前はこの國をどう思う?と」
「ああ、確かに言っていた。しかし、その質問の意図については聞いていない。なぜ、貴様はそのような問いを俺にした?」
「そうだな……」
今から行うのは、一種の賭けだ。
もし失敗すれば自分はライコウに興味を失われるか、いつの間にか死んでいるかもしれない。
だが、成功すれば……必ず何かが変わるはず。
あんな戦乱を起こしてたまるか。ヒトが大量に死んでいったあの戦を。
「……この國の『歪』な部分を、お前は知っているからだ」
瞬間、ライコウの纏う雰囲気が変わった。
やはり奴はもう考えている。しかし、それでも奴は帝を敬愛しているためか、手は出せないのだろう。
「……意味が分からぬな。『歪』とは? このヤマトは帝の御力によって護られている大國だ。そのような発言、不敬と取られてもおかしくはないぞ」
あくまでとぼけるか。
やはりライコウという男は一筋縄じゃいかない。多数の可能性を警戒しているんだろうが……一つ一つ潰していくしかないか。
「……ウルゥル、サラァナ。今すぐに出てこい。これは命令だ」
「やはり呼んでいたか、ハクよ。だが、俺はそのような単純な手には引っかからぬぞ」
ライコウはフッと笑いながら、二人が現れるのを待っていた。
……しかし、いつまで立っても現れない。
「……ハク、これはどういうことだ」
どうやら、ライコウもこれには驚いたようだ。目を見開き、いつまでも出てこない二人を探している。
ちなみに背後に控えているシチーリヤも、扉を開け外に居ないか確認していた。
「自分に、一人でこの部屋に来いと言ったのはお前だろう」
「まさか……いや、しかし巫にとって主の命令は絶対。それを破る事など……」
ライコウは暫く考え、やがて一つの結論を導き出したのだろう。
自分に……何故か苦い顔を向けながら口を開いた。
「ハク。まさかとは思うが……鎖の巫に信用されていないのか?」
「な、なぜそうなるんだ!?これでもちゃんと、あの二人には信頼されているつもりだぞ!」
……だ、大丈夫だよな?
ウルゥルもサラァナもよく自分にくっついてくるし、毎晩のように自分の服を剥がそうとあの手この手で誘惑してくるんだ。
「そうか……ならば何故連れてこなかった?」
「……お前と話をするために自分はここに来たんだ。そのために、相手が用意した条件に従っただけのこと……何かおかしいか?」
「……いや、俺が間違っていたようだ」
これで一つの警戒は取れた。
しかしこれだけじゃ奴と話すことは出来ない。
「ライコウ。何度も言うが、自分はお前と話をするためにここに来たんだ。騙し騙されの権謀術数のために来たわけじゃない」
ライコウは答えない。
その先を待っているのだろう。ならば、希望通り告げてやる。
「まずはそこのシチーリヤ、そして影に潜ませている草もこの部屋から出させろ」
「なっ……!」
自分の言葉に、シチーリヤが動揺する。
しかしライコウはそこまで驚かなかったようだ。こちらに真意を問うように、不敵な笑みを浮かべている。
「お前は言ったはずだ、二人きりで話がしたいと。それにお前が例え、そのシチーリヤや他の部下を信用していたとしても、裏では何をしてるか分からんだろう」
……これは、自分が知っているから言えることだ。
シチーリヤが抱くライコウへの忠誠心は、確かに素晴らしいものだった。
しかし彼は……ウォシスの手下でもある。
どうせ部屋から出しても何処かで聞いているかもしれんが、奴にも牽制だけはしておきたい。
例えそれが……『自分』の身を危険に晒すことになってもだ。
自分がそう言ってから暫く経ち、やがてライコウがシチーリヤへと振り返る。
「シチーリヤよ、この部屋から出ろ」
「危険です、ライコウ様!」
「二度は言わぬ。これは命令だ」
ライコウに睨まれたシチーリヤは、こちらを一瞥すると部屋から出ていった。
「……終わりか?」
まだこの部屋にはライコウの草がいるかもしれないと、自分はライコウに確認をする。
「この部屋には俺と貴様の二人だけだ」
「……ちなみに、他の草が入っている可能性は?」
「くどい。俺が侵入を許すわけが無いだろう」
この自信はどこから来るのやら……まあ、ある意味心強いが。
どうせこれ以上確認しても無駄だろう。
「んじゃ、話を再開するか。ライコウ、もう一度だけ聞かせてくれ」
これで奴が答えなければ、この賭けは終わりだ。
「……この國を、お前はどう思う?」
睨み合いによる静寂。
そして暫くして、ライコウは答えた。
『この國は楽園である』と