[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い   作:ハラダ

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5 願い

 

どれだけ走っただろうか。いや、途中からはクオンに腕を引かれ、自分はそれに身を任せるだけだったから正確にはあまり走っていないのか。

しかし呼吸がきつい。過度の緊張から来たものだろう。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

思わず身体から力が抜け、その場にへたり込む。

こんなにも意味の分からんことが連続で起きたのは久しぶりだ。最終決戦以来か?

 

しかし、これで一つだけ分かった。

 

「ここは……現実……なのか」

 

大雪が降るほどの寒さで、顔中が張ったように痛い。それに裸足で走ったせいか、足も痛い。というか身体中の全部が痛い。

それに自分が浄化したはずのタタリ。

まるで初めてクオンと出会った時のように、ボロギギリに追い回され、洞窟に落ちる。

 

ただ、信じられないのは。

 

「もう、急にいなくなるのは困るかな……心配したんだから」

 

目の前に、クオンがいるということだ。

 

 

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トゥスクルの皇女であり、大神ウィツァルネミテアの天子。

そしてコールドスリープと強制解除、その他弊害により記憶喪失となった自分を拾ってくれた命の恩人。

 

それが彼女、クオンだ。

 

誰も知り合いがいない、唯一の家族は兄貴だけ。しかしその兄貴はまさかの国の帝だった。

だからこそ、自分にとってクオンがいなければ、きっとどこかで死んでいただろう。

 

それ以外にも、色々な場所で彼女には助けてもらった。

 

だからこそ、自分は彼女を愛した。

そして、クオンのために……大神となった。

 

ヤマトの戦乱が終わり、ウォシスの暴走も止めたその後。

自分は一度だけ、クオンに会いに行った。

眠りの中、よく手に馴染む鉄扇を借り受けるために。

 

彼女はそれからも、ひたすらに自分を探し続けた。

やがて周りは結婚し、子を作り、次の世代へと進んでいく中で。

それでもずっと、自分を探し続けた。

 

しかし、それも長くは続かない。

彼女はトゥスクルの皇女。跡継ぎは必要だ。

それが例え、自分が力を奪ったハクオロがいたとしても、だ。

 

結局、クオンは一度だけ子を産み、その後亡くなった。

自分がトゥスクルに行った時、既に彼女の身体はこの世から去っていたのだ。

 

『……クオン……すまん……すまん……』

 

思い出すだけで、胸がギシリと痛む。

あれほどの苦痛は、もう二度と経験したくない。

それから仲間達が次々とこの世を去り、やがて……

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「……ちょっと、聞いてる?」

 

声と同時に、肩に手を置かれ意識を戻す。

クオンがこちらを心配するように、顔を覗き込んでいた。

 

「あ、ああ……聞いてるさ」

 

何とか返事をする……が、なんだろう。この気まずさは……。

目の前にいるのは、確かにあのクオンだ。

食いしん坊で、母親面で、妙に弱っちい部分もあって、それでいて愛らしい……そのクオンだ。

しかし何ともこれは。

 

「どう、話したもんかな……」

 

「ん?」

 

「ああいや、何でもない」

 

おっと、つい口に出てしまった。

とにかく今は、クオンとの再会を喜ぶべきだ。

こんなにも望んで、願っていたことが叶えられたんだ。

そう思い、自分はクオンに向けて再開の言葉をーー

 

「とりあえず、戻ろっか」

 

と、クオンの言葉によって自分の言葉は封殺された。

しかし、ここで言うのもあれだな。寒いし。

差し出された手を掴み、一気に立ち上がった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

天幕に戻ると、クオンはすぐさま荷袋をあさり始める。

自分は何をすればいいのか分からず、その場に立ちつくした。

 

「えっと……確か奥の方にしまったはずだけど……あ、あったあった」

 

クオンの尻尾がゆらゆらと揺れたかと思えば、ピンと天井に向けて伸びる。

懐かしい光景だ……そう思いながら、つい笑いが出てしまう。

 

「捨てるわけにもいかないから、どうしようか考えてたけど、まさかこんなところで役に立つとは思ってなかったな」

 

そう言って、クオンはこちらに振り返り、折りたたまれた布地をこちらへと差し出した。

 

「はい、着替え。そんな格好じゃ、本当に風邪を引いちゃう」

 

「あ、ああ……」

 

この服は……まだ戦乱が始まる前、毎日のように着ていた着物だ。

 

「大丈夫だよ、ちゃんと男物だから」

 

「ありがとう」

 

お礼を言うと、クオンはにこりと笑って水を汲みに外へと出ていった。

着替えるから気を利かせてくれたのだろう。

 

「さて……」

 

手渡された服を広げ、一つ一つ分けていく。

これは羽織り……この細長いのは……ああ、下着だ。やっとノーパン状態から開放される……!

そういえば初めてこれを渡された時は、下着が無いと勘違いして帯に巻いたり、前開きが空いてるからと自分の息子をさらけ出すような着方をしたりだな……。

これが尻尾を通す穴だとは思わんよなぁ。そして尻尾を初めて握りしめた時のあれは……よく生きていたな、自分。

 

「ここを、こうして……これが外套……よし」

 

うん、流石に間違えることは無いな。

少ししてから、クオンが水の入った桶を持って戻ってきた。

 

「うん、似合ってるかな。今ご飯を作るから、あなたは休んでて」

 

「ああ……いやいや、自分も手伝うよ」

 

流石にこれ以上迷惑をかけるのもな。

しかし自分の親切は、クオンにとっては不審に思えたのだろう。

 

「……えっと、出来るの?」

 

「は?」

 

「ほ、ほら……その、目覚めたばかりだし!それにオンヴィ……いや、その!」

 

どうやら信頼されていないようだ。

おかしいな、自分はこれでも昔よく菓子を作っていたんだが……クオンがそれを知らないわけでもあるまいし。

 

「ゆっくり休んでていいかな!ね?」

 

「わ、分かりました」

 

クオンの圧に、自分はただ首を縦に振るしかなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

クオン特製の薬草粥を食べ、休んでいる間にすっかり日も落ちた。

そして現在、自分はクオンと対面していた。

 

「さて、それじゃあ……色々と質問させてもらおうかな?」

 

「……ああ、何でも聞いてくれ」

 

これまでの事が夢のように思えるほど、今日の出来事は驚きが多すぎる。

自分も色々聞きたいこともあるが、また助けてくれたんだ。クオンに先を譲ろう。

 

「じゃあ……まず、どうして私の名前を知っているのかな?」

 

「…………は?」

 

「ほら、あなたがずっと呼んでいたかな。クオン、って」

 

何を、言っている?

 

「いや、いやいや。自分がクオンの名前を知らないわけがないだろう」

 

「どこかで会ったことがあるとか?」

 

「……はい?」

 

どういう事だ。

自分の事を拾ってくれたのも、助けてくれたのもクオンだろうに。

まさか、揶揄っているのか?

 

「おいおい、久しぶりの再会なのに冗談はやめてくれ。自分とクオンの仲だろう?せっかく会えたんだか……」

 

そこで、言葉が止まった。正確には、続けることが出来なかった。

なぜなら……

 

「……?」

 

本当に、自分の事を知らないかのような表情をしているのだ。

首を傾げ、まるで目の前の事についていけないかのような。

背筋に悪寒が走る。

 

「ま、待ってくれ。クオン、自分のことは?」

 

「えっと……」

 

頼む、頼むから。

心の中でその願いを反芻しながら、次にその言葉は出ないでくれと懇願する。

 

「……今日、初めて会った……かな?」

 

「…………」

 

目の前がクラリと揺れる。

咄嗟にクオンか支えてくれたおかげで、前に倒れ込むことは無かった。

しかし自分は、お礼も言えずに困惑していた。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「……そんな……そんな馬鹿な……」

 

自分のことを覚えていない……?

そんなはずは無い。いや、そんな……ありえない。

だって自分は、クオンと……。

 

『ありがとな』

 

ウォシスと闘い、打ち倒した。

自分が消える直前、塩となる直前に。

 

『帰るぞ、クオン』

 

ウィツァルネミテアによって取り込まれた、クオン。

彼女を助けるために。

 

『ちょっと借りてくぞ。これが無いと、手元が寂しくてな』

 

最後だけ、旅籠屋で眠る彼女に。

せめてあの使い慣れた、思い出の鉄扇を借りに。

 

なのに、全部忘れたってのか……?

 

「大丈夫……?」

 

顔を覗き込まれて、咄嗟に逸らしてしまう。

言葉が出ない。額から吹き出した汗が、顔の熱を奪っていく。

 

「……?」

 

「す、すまん。ちょっと……疲れちまったみたいだ」

 

そう言って、床にしかれた布団に潜り込む。

 

「少しだけ、寝かせてくれ」

 

クオンは首を傾げ疑問げにしていたが、やがて優しく微笑んだ。

 

「……うん、おやすみなさい」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

どうして、こうなった?

考えられるのは一つだけ。この不可思議な現象は、きっと……。

 

"願って"しまった……のか。

 

まさか自分が、あの不安定な神に。

戻りたいと、願ってしまった。

時間を戻すなんて、あまりにも想像を超えすぎているだろう。

 

しかし、願いには必ず"代償"が伴う。

 

何が代償だ?大神としての能力は持ち得ていない。これか?今の自分にタタリを浄化することも、願いを叶えることも出来ないのは本能で分かっている。

つまり、時間を巻き戻す願いを叶える代償に、大神としての力を奪った……か。

 

そう考えれば、記憶について自分以外知り得るはずもない。

クオンにとっては、遺跡でコールドスリープされた自分を見つけたばかりなのだから。

自分が名前を呼んだことも、仲の良い関係だと言ったことも、彼女にとっては不審要素以外の何者でも無い。

特に、トゥスクル皇女としての身分を隠し、家出してまでヤマトに来ているのだ。もし自分がトゥスクルの者だと思われれば、距離を離されてしまう。

 

言えない……のか。

 

彼女を愛していると告げた。震える唇に重ね合わせた。

彼女もまた、自分を愛していると示してくれた。

 

それが、消えたのだ。

過去に戻ったことにより、これから自分は……またハクとして、やり直すことが出来るかもしれない。

しかし、これまで紡いできた縁、時間は戻らない。

 

「嘘、だろ……」

 

その言葉は天幕の中に小さく響く。

後ろで何かがごそりと動く音がする。自分が黙っていると、もう一度音がして、それから音はしなくなった。

 

 

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