[24日まで一時休止]うたわれるもの 真白の願い 作:ハラダ
「あ……兄さま……」
……以前から、ネコネの様子が少しおかしいと感じることはあった。
自分がオシュトルと戦い、そして謎の力で傷つけてしまった時。
普通なら怒るはずだ。嫌われてしまっても仕方ないだろう。
大好きな兄を傷つけ、もしかすれば死んでいたかもしれない。
なのに、ネコネが自分を責めることは全く無かった。
自分は怒っていない。悪いことをしなければ怒ることは無いと言って。
……オシュトルを傷つけたことは、悪いことじゃないのか?
そしてミカヅチの屋敷に招待され、ネコネがいつも以上にミカヅチを怖がっていた時もだ。
これはそこまでおかしくもないと思っていた。ネコネは怖がりで、以前も自分をよく盾にしながら牽制や挑発なんかをしていたからだ。
しかし、それさえも違和感の一つではある。
あれほど怯え、口の悪さも生意気な態度も全くミカヅチへと出さず自分の背にずっと隠れていた。
少しでも怖いことがあれば、すぐに自分にくっついてきた。
ネコネは……こんなにも自分を頼りにするような子じゃないはずだった。
自分には刺々しい態度で、人付き合いをロクにしてこなかったせいで加減も知らない子供。
なら懐いたのか?自分に?どうしてそう思える?
「あなたは兄さまじゃない……違う……のに……」
ネコネはこちらに怯えるようにそう言うと、背後で固まっているウコンへと視線を向ける。
「……見えてしまうのです……兄さまではないこのヒトが……兄さまに……」
驚愕のあまり動けていなかったウコンも、ネコネの表情を見て口を開いた。
「っ……ネコネ。お前の兄は……」
「分かってるのですッ!」
ネコネの悲鳴によって、ウコンの言葉は止められる。
「……当たり前のはず……なのです……ですが……」
そしてまた、涙でぐしゃぐしゃになった顔をこちらへと向けると、更にその顔を歪めた。
まるで……見たくもない光景を、無理にでも見るように。
「どうして……兄さまと呼ぶと……こんなにも心がざわつくのです……?」
胸の前で小さな手をギュッと握りしめ、こちらへ問いかけてくるネコネ。
「どうして……あなたを見ていると……こんなにも胸が苦しくなるのです……?」
それは、自分に問い質すように。
「……教えてほしいのです……兄さま……」
「ッ……!」
兄さま、と呼ばれる度に、胸が食いちぎられそうなほど痛みが走った。
今の自分はネコネの兄でも、そして右近衛大将オシュトルでもない。
ただのハク。クオンに拾われ、そしてウコンやマロ、仲間達と出会いヤマトで過ごしているだけの……ハク。
そんな自分はもう……お前の兄じゃないんだ。
そしてこれからも、自分がお前の兄になることはないだろう。
戦乱は起こさせない。オシュトルは死なせない。
そう決めたんだ……だから、そう呼ぶのをやめてくれ。
「兄……さま……」
「違う……!」
ネコネの呼び掛けに、自分は強く否定する。
「……違う。自分はハク。ただのハクだ……お前の兄ではない」
「でもっ……じゃあこの気持ちは……」
「勘違いだ。兄であるウコンと自分の身丈が近いからそう思ったんだ……それに、ネコネの兄はただ一人、ウコンだけだろう?」
「っ……どうして……!」
そこまでネコネが言いかけた瞬間、背後からふわりと誰かに抱き締められた。
ネコネはそちらに振り返ることも無く、それが誰だか分かったようだ。
「姉さま……」
そう呼ばれたクオンは、優しい微笑みを浮かべながら少し強くネコネの身体を抱きしめる。
「怖かったんだね、ネコネ。でも……ハクはハクだよ。ネコネの兄であるウコンとは違って、いつも私達を困らせて、怠け者で、それでいて……」
「姉さまも……そうなのですね……?」
「え……?」
しかしクオンの言葉に、ネコネは哀しい笑みを浮かべながらそれを遮った。
「姉さま……ハクさんは、怠け者なんかじゃないのですよ」
「ネコ……ネ……?」
クオンの瞳が、動揺によって大きく見開かれる。
「わたしや姉さまに頼まれたことはちゃんとやって、サボろうとしたり、屁理屈を言ったりもしないのです」
「それは……」
「きっと姉さまも……ハクさんの知らない姿を……知っているのですね」
クオンに抱きしめられる腕に、ネコネはそっと手を触れた。
そして逆にクオンの腕が震え始め、見開かれた目でネコネを見つめている。
「……わたしは、兄さまじゃないハクさんのことが……兄さまに見えてしまうのです」
ネコネはまた、ポロポロの涙を流し始める。
「そんなハクさんを見ていると……もう『二度と』離れたくないと……思ってしまうのです」
そしてそっと、クオンの腕から身を離し、ウコンへと視線を向けた。
「怖いだけでは無いのです……わたしは……この気持ちを知りたいのですよ……兄さま」
ポツリと溜め込んだ気持ちを吐露していくネコネに、誰も声を出すことは出来ない。
彼女が言っているのは、その場にいる皆が不思議と経験していたことだからだ。
「ハクさん……教えて欲しいのです……なぜ、こんなにもあなたを……」
「っ……!」
ネコネの悲痛な懇願に、息が詰まるほど苦しくなった。
その表情は、かつての時を思い出させる。
「……やめてくれ」
気づけば、口から漏れ始めた。
「自分はもう……お前の兄じゃないんだ」
違うんだと、否定を願うことしか出来ない。
「お前の兄はウコン……いや、オシュトルなんだ」
もう二度と、あの別離を経験したくない。
「……兄……さま……」
「黙れッ!自分はハクだ!お前の……ネコネの兄ではないッ!!」
「っ……」
自分が怒鳴ったことに、ネコネは更に涙を零した。
そんな表情を見ても、自分の口は止まらなかった。
「兄さまと呼ぶんじゃない……自分は……お前が大嫌いなハクだ」
「わ、わたしは……別に……」
「嫌いだよ。お前は、自分のことが嫌いなんだ」
思い出させる訳にはいかない。
今、オシュトルはこうして生きている。
ネコネの兄はちゃんといるんだ。あの時のように、偽者を兄と呼ぶ必要は無いんだ。
『ごめんなさい……ごめんなさい……』
自室の隅で、虚空にただ呟き続けるネコネ。
あんなのはもう見たくない。
「……そう……ですか」
「……ああ、そうだ。お前は自分の妹なんかじゃない。そして……ネコネの兄でもない」
最後に自分がそう言うと、ネコネは一瞬悲痛な表情を浮かべた。
そして……諦めたのか、ぐしぐしと涙を袖で拭き……
「困らせてしまってごめんなさいなのです、ハクさん」
見たくもなかった作り笑顔を、自分へと向けた。
「兄さま、姉さま……ごめんなさい。もう、ネコネは大丈夫なのです」
そしてウコンやクオンにも頭を下げ、安心させるかのように作り笑顔を見せた。
それを見た二人の顔が歪み、何か言葉をかけようとするが……
「今日は少し疲れてしまったのです……部屋で休ませてほしいのです」
また作り笑顔を浮かべ、ネコネは部屋へと戻っていく。
そして最後、襖を閉めようとする間際。
「……ハクさんなんて、嫌いなのです」
悲しむように、自らを嗤っていた。
今回はとてもシリアスでした。そして短いです。
ネコネ好きな方にはなかなかに申し訳ないというか、賛否両論分かれる展開だとは思います。
彼女の悲痛な願い……教えて欲しいという気持ちを、ハクは否定してしまいましたから。
そしてこのネコネの憂鬱は、今後の展開に大きく響いてきます。
続きを楽しみにお待ちください。
本日はこの一話だけの投稿となります。
少しプライベートが諸事情で忙しくなってしまい、今日と明日はあまり執筆活動が出来ないのです……誠に遺憾すぎますが。
楽しみにして下さっている方には申し訳ないです。本当にすみません。
よろしくお願いします。