地球最後の壁となれ:War of Crisis 作:·– ––·· ··– ·–· ·
20××年、突如として地球に現れた『ナニカ*1』の侵攻に人類は為す術なく瓦解した。······その意図や目的を研究する暇もなく、人類は瞬く間に滅亡の淵へと追い込まれていった。
そしてここ、エイブルシュタットの街にもその『ナニカ』が近付いていた。
『住民の皆様にお知らせします!この街に『ナニカ』の群れが接近しております!多国籍軍の指示の下、早急に避難を開始してください!繰り返します······』
ロックバンドのライブに使われていた物を転用しただけです、というような不細工なスピーカーから慌てた声が街中に響く。そしてその声の語尾は飛び立つ輸送機の音で掻き消された。既に住民の避難は始まっている。······文句を言う者も居たが、戦闘員でもないのに生か死かの瀬戸際になっても逃げない者はただの馬鹿である。······この街には馬鹿は居なかったようで、彼らも直に輸送機に飛び乗る。
輸送機の窓から見下ろせば、故郷に迫る紫色の魑魅魍魎が見えることだろう。
『────指揮官、見えました。相変わらず終わりが見えない物量です』
「了解。こりゃ厳しい戦いになるぞ······お前ら、今のうちにやりたいことがあったらとっとと済ませておけ!あと五分で敵が射程圏内に入る」
観測機からの無線の電源を切りつつ指揮官と呼ばれた男は立ち上がる。······歳は50代前半といったところだろうか?軍人以外の職業が想像できないような容貌である。
彼はエイブルシュタットに駐留している多国籍軍の指揮官である。名前はレフト。階級は少佐だと胸の記章で知れた。
「やりたいことと言ってもな······銃の点検くらいしかないだろ?銃がしっかりしてるとそれだけ奴らも倒しやすくなる」
「分かってるじゃねえか。今のうちに冷却スプレーでも貰っておけ。戦闘になったら使えねえオモチャで遊んでる暇はないからな。いくらオモチャと言っても使えた方がお前らも気が楽だろ?」
「安心感が違いますよ。······んで指揮官、そう言ってる貴方がウイスキー呑んでると説得力が全く無いんですけど」
「おっと俺の燃料の悪口はそこまでだ。第一自分の事をやるなとは言ってねえよ」
副隊長らしき男の苦言にも彼は飄々として、瓶ごとウイスキーを呷る。
······事実、指揮官の中では煙草を吸ったり酒を飲んだりすることで能力が十全に発揮される者もいる。そしてこの初老と言っても差支えのない指揮官もそういう質の男だった。
周囲の兵もそれを見て過剰な緊張が和らいだのか、最期の点検を終えて同僚と会話を始める者もいた。
『指揮官、敵を目視で視認しました』
「了解だ。砲撃タイプ*2は居るか?」
『確認できず。多少は楽に輸送機を飛ばせそうですね』
「どちらにせよ纏わり付かれたら終わりな分、余命が伸びただけだがな。······ああ、次は砲撃タイプがおいでなすったら通信を頼む。アウト」
櫓と観測機からの通信を捌きながらレフトは指示を考える。······どうやらバカンスの時間は終わりのようだ。
「よしお前ら、通夜の時間はそこまでだ。葬式に行くぞ!手筈通り第一、第二小隊は北につけ。第三、第四は東だ。第五小隊は西に配置しろ。住民が全員避難するまで撤退は許さん」
「指揮官、質問なのですが······」
「どうしたヴァレリンス······おっと、副隊長。今更トイレに行きたくなってももう遅いぞ?」
「住民が全員避難を済ませるまで······おおよその時間は分かりますでしょうか?」
「ふむ······まあ予想だが1時間は見ておいたほうがいいだろうな」
長いだろ?最初から絶望的な見方をしてた方が気が楽さ、と副隊長であるヴァレリンスの質問に答える。······事実、住民の避難は既に7割が完了していた。さらに彼らがだいたい一つの場所に集められている今、ここからさらに時間がかかるということは無さそうに思われる。
······と、その時、第二小隊と繋いでいた無線が火花を散らしつつ音声を伝えてくる。
『こちら第二小隊!第一小隊共々、奴らを射程圏内に納めました!』
「よーし······もう少しだけ引きつけろ············」
望遠鏡を目元に当てつつ、レフトは独り言のように呟く。······おおよそ、この中で『ナニカ』に対する憎悪を持たない者は誰一人としていないだろう。
絶望的な戦いだというのはわかる。······それでも、この状況を笑い飛ばしつつ耐え忍ぶほどの男たちだ。このくらいのおあずけには慣れているのだ。
数秒────やがて、秘伝のタレのように綯い交ぜになった感情が汗として垂れ始めるころ。
「······一斉射撃!パーティーの始まりだ!!」
小太鼓のような音が周囲を席巻した。