ダンジョンに陰陽師一派がいるのは間違っているだろうか 作:かぼちゃマスク
翌朝。ベルは『星見の館』の前でリリルカと合流して市壁へ向かう。リリルカの話では既に吟と銀郎は市壁へ向かったらしい。ベル達は時間より早いくらいなのだが、それでも師範達は集合時間より早く行動しているようだ。
ベル達も遅れてはいないとはいえ急ぐことにする。市壁の上に辿り着くには多くの階段を登らなければならない。
登った上には、既に白髪の人間と銀の毛色をした人型の狼が。
二人とも日本刀を抜いてゆっくりと振っていた。その動作はゆっくりのはずなのにとても洗練されている舞のようだった。
「来ましたか。ベル殿、準備運動をしておいてください。もう一人来ますので」
「え?もう一人?」
「あれ……?わたしが最後、だった?」
「【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン……!?」
ベル達の後ろからやって来たのは金髪金眼。オラリオの女性冒険者の中で最強の剣士とも呼ばれるアイズ。オラリオでの
あまりの人物に、リリルカは驚愕の声を上げてしまう。ここにいるには場違いな人物の登場に一歩引いてしまう。
「【剣姫】殿も関わりたいということで、来てもらいました。ま、彼女には見学くらいしかさせませんし、他ファミリアとの交流などあまり褒められたものでもない。なのでここでのことは他言無用。いいですね?」
「は、はいっ!」
ファミリア同士のルールから、ベルはブンブンと首を縦に振る。
ベルは準備運動をすると、アイズは壁際で体操座りをする。アイズは本当に見学だけのようだ。
「じゃあ。初めに。おれと銀郎が軽く戦うので。
二人して日本刀を構えると。
──世界が、音を失った。
刀がぶつかり合っているはず。石畳を蹴る足音がするはず。
だというのに、何も音が聞こえない。刀のぶつかった火花が散っていることは微かに見えるが、剣閃がまるで目に残らない。いつ刀を振ったのか引いたのか、どこにフェイントを入れているのか。
レベル二になったばかりのベルでは動体視力が追い付かない。
時折アイズは、「おー」と緩い感嘆を上げながら視線をあっちこっち。どうやら彼女には見えているらしい。
(エッ!?今何が起きた!どうして音が聞こえない!?二人の身体がブレた瞬間、光がいくつもそこに走る。だっていうのに、二人は距離を取らずに
それが今のベルの限界。
しかしアイズの目からすれば、二人は音もしない歩方を用いて近寄り、駆け引きをして、相手の刀を弾き受け流し。両手で刀を振るったと思えば、いつの間にか片手で刀を振っていた。
さらには曲芸のように空中で刀を持ち替えて振り抜く。その曲芸の如き手グセすらもフェイントで回し蹴りが本命。それを受けた銀郎が若干後ろへ飛ばされる。
と、同時に吟が納刀。
「と。まあレベル五ともなればこんなこともできるわけで。ベル殿、見えましたか?」
「まったく!見えませんでした!」
「そうですか。これはあなたにもできるようになりますよ。ステイタスの暴力ではなく、技量の応酬なので。銀郎の方がレベルも技量も劣りますが、ここまで至りました。自分にできること、他者から学べることを吸収する。あなたは独学で剣を振るっているのでしょうが、比較することでより洗練できる。おれはその、土台になります」
吟はそう説明すると、ベルに剣を抜かせる。
そして吟は一緒に刀を振るう。ベルも見よう見まねで振るってみる。
吟と自分の武器の使い方の違いを学び、考える。時には武器を取り替えて振ってみる。
ようは剣術指南、もしくは戦術指南。
零細ファミリアだからこそ、誰も指導できない。見本を知ることができない。
我流というものもある。それが達人の行き着く先でもある。
だが、武器を振るう以上、基本となる型はある。そして適している身体の動きというものは絶対にある。それを直感でわかる者もいるが、ベルは残念ながら天性の天才ではないようだった。
だが、成長率は誰よりも目を見張る。
つまり、知識と手本さえあればスポンジが水を吸うように成長する。ベルはそういう手本があれば際限なく強くなる。
今も吟が軽く説明して、数回動きを見せただけで自分の振りやすい型を見付けたようで振りが鋭くなった。腕の出だしもスムーズになる。ベル自身も驚いているようだ。
親や教師がいて子供が言葉を覚えるように、教える人間がいれば覚えも早い。
元農民だったベルでは剣の振り方など知らない。基本を覚えれば上達は早い。
アイズは暇になったのか、というより暇そうにしている銀郎を捕まえる。
「……やろう」
『あっしですか?……まあ、いいか。軽くですよ』
アイズも銀郎と模擬戦を始める。
本来レベル四のはずだが、レベル五上位のアイズをもってして撃ち落せない。技量が上手いだけでは通じない何かがあるとアイズは感じたが、首を傾げるだけでただ馬力を上げていく。
そして。
「【
「はいストップ」
「ぐへー」
アイズが魔法を使った瞬間、ベルの指導をしていた吟が付与魔法を使ったアイズよりも早く動いて首根っこを掴み床に叩き落とす。そこまでしてもレベル五のステイタスでアイズは無傷。
襟元が締まって変な声が絶世の美少女から漏れていた。
「模擬戦で魔法を使おうとしないでくれます?それじゃ殺し合いだ」
「……ごめんなさい」
「銀郎は格下で魔法も使えないんで。【剣姫】殿が本気でやったら勝てますよ。ステータスの暴力と、魔法の優位性という、おれ達の行う修行の趣旨を全無視で」
「あ……。うーん……」
「やっぱりおれ達はこの子の師範は務まらない。ロキ・ファミリアは苦労しているんだな……」
吟はあまりの暴走娘っぷりに息を吐く。アイズは今後見学と、吟が手加減をして本気を出さないくらいの絶妙な匙加減で模擬戦をするしかないと判断。
銀郎にもその辺りを伝えて、とにかくアイズに魔法を禁止と伝える。
アイズは本日見学だけにして、ベルに基礎を徹底的に叩き込む。ベルは最低限の型と動きを覚える。
朝日が昇るまでそれは続き、吟の掛け声で終了。
短時間の詰め込みが凄かったからか、ベルはその場で大の字になっていた。アイズはファミリアにバレると行けないからと足早に帰っていく。
「ベル殿、これからこれを休養日を除いて毎日。突発的な何かが起きない限りはこれをやりましょう。あなたは特に成長が早い。ステータスが出せる力と、それに合わせる技量を日々確認した方がいい。ランクアップしたのでしょう?」
「あー、知っているんですね」
「リリルカ殿から聞きました。その前からも突飛な成長率で危ないかもと、相談されていましたので」
「全部話さないでください!吟様っ!」
いきなりのバラシにリリルカは慌てる、ステータスは他派閥に教えてはならないとリリルカが口酸っぱく言っていたのに、そのリリルカがバラしていたら世話ない。
そのおかげでこの訓練ができているので、文句を言うつもりはなかった。
ベルが休んだままでいると、誰かが階段を昇ってくる。誰だろうと首を向けた先には玉藻の前と、白髪を伸ばした長身の男性。ベルは見覚えがなかった。
「タマモノマエ様と、えっと……?」
「蘆屋道満だ。お初に御目に掛かる。クラネル君」
「あ、はい。初めまして。こんな格好で失礼します」
タマモノマエ・ファミリア唯一のレベル六。魔道具作りであれば右に出る者はいないとさえ言われる人物。
外見年齢だけだが、かのファミリアを見れば唯一壮年と呼んでいい見た目をしていた。
「ベルくん。今治療してあげるね。吟ちゃんったら結構スパルタだったでしょ?」
「神様に治療していただくなんて恐れ多いですっ!?それに下界で『
「権能でも何でもないから大丈夫。ふふ、ちゃんと触れ合うのは初めてかな?」
ベルの身体に触れながら緑色の光を当てる玉藻の前。美少女としか言いようがない神様にボディタッチをされて赤面してしまう
その様子を見て無視を決め込む道満。
光を当てている玉藻の前が、ベルの身体を見てああ、と小さく言葉を漏らす。
「見ただけじゃわからなかったけど。うーん、無茶しますね。……ジュピターとエレンは悪趣味というか。ヘスティアちゃんにバレないように細工してる……」
「え?僕、何か変ですか?」
「神様二柱が、
「え、えぇ!?神様達の血って飲んでも大丈夫なんですか!?」
「身体と精神には問題ないですよ。神々がズルをしたわけでもありません。簡単に言ってしまうと、下界だろうが天界だろうがどこにいてもベルくんが何をしているかわかる
玉藻の前はズルでも健康的にも問題はないと伝えるが。
彼のレアスキルに思いっきり影響を及ぼしてしまっていることは言わなかった。レアスキルの存在をヘスティアが必死に隠そうとしているために。
玉藻の前が知っている理由は明がベルの『神の恩恵』を千里眼で確認したから。【神聖文字】も読める
「神様二柱……?僕、神様と会ったのはオラリオが初めてですよ?」
「えーっと、飲まされたのは七・八年前くらいかな?ベルくん、トマトジュースとか飲まされなかった?」
「あ、お爺ちゃんに珍しいトマトジュースが手に入ったから飲めって言われたことがあります!苦いって言っても全部飲むように言われて、『それが大人の味じゃあ!』って。その時お爺ちゃんが悲しそうだったのでよく覚えてます。小さい時ですけど何年前かは正確には覚えてなくて……」
「その時ですね。お祖父さんは確信犯ですよ。『神の血』が混ざってることを知っていたはずです」
「えぇ……」
ベル。幼少期に神々の悪戯に巻き込まれる。
「神ジュピター?タマモノマエ様、精霊じゃなくてですか?」
「ああ、『アルゴノゥト』に力を貸した精霊ですか。大精霊と呼ばれる存在はほぼ神と同一ですよ。同じ雷を司る存在です」
「あ……。だから僕に雷の魔法が発現したのかも?」
「そんな事実はないと思いますよ?そうしたら何かを司る神々の眷属は皆その性質を引き継ぐことになります。【猛者】が男女問わず魅了していたら困るでしょう?」
「「ブーっ!」」
筋肉マシマシの都市最強猪人が魅了を撒き散らしている絵面を想像してしまったのだろう。ベルとリリルカが噴き出していた。
「雷の魔法は何か別の要因ですよ。ヘスティアちゃんにも伝えておきますね。わたしはそこまで眼は良くないんですけど、良い神様だと見抜きますから」
「ハァ。あの、神エレン?ってどんな神様なんですか?聞き覚えがなくて」
「『原初の幽冥』を司る神様ですね。ほら?そんなスキルや魔法は発現していないでしょう?だからあまり深く考えなくて良いと思いますよ」
「そうですね。……はっ!前から変な視線を感じるなって思ってたんですよ!オラリオに来てから何処と無く視線を感じて!その神様達の視線だったんですね!」
「ウン、ソウジャナイカナー」
片言で返答する玉藻の前だったが、ベルは得心がいったというように頷いている。リリルカは騙されていると思ったが、口には出さなかった。
神様というのは合っている。それにエレンの方は実際に天界から見ていそうだ。
だが、オラリオで彼を見ているのはバベルの頂上にいる美の女神である。
「はい。もう大丈夫。道満、ベルくんは問題なし?」
「ああ。魔導書もどきはクラネル君へ副作用なく効果をもたらした。金蘭は魔導書を作るのが初めてだったから過剰に心配しているだけだな」
道満がわざわざ来た理由はそれ。
後はベルに顔を出していない眷属は道満だけだったので、この辺りで顔合わせくらいはしておこうと判断しただけ。
ベルは玉藻の前の治療で体力が回復。それぞれのホームに戻って朝食を食べた後にヴェルフと合流してダンジョンに潜った。
使い慣れない槍を使ったものの、吟と銀郎の指導から最適な動きを探して無双。相変わらず五階層で確認していたが、レベル二のステータスも相まって敵ではなかった。防具が揃っていないのでこれ以上潜らなかったが。
一方ヘスティアはバイトの休憩時間に玉藻の前から説明を受けた。しかもベルに伝えた仮の名前ではなく本当の名前の方を。
その際屋台の裏で話し合われたが、ついてきた道満が防音の方陣を使ったので誰にもバレなかった。
「あんのバカ弟……!それに、邪神エレボスだって!?暗黒期の『大抗争』を率いた
「間違いなく、ゼウスの仕業だと思うが?」
「話を聞く限りベルくんのお祖父さんがわかってて飲ませてるよ?」
「うがー!ハーレムを叩き込んだことといい、何者なんだ!ベル君の祖父ってのは!?」
あなたの関係者です、とは道満も玉藻の前も最後の慈悲か言わなかった。
ヘスティアの胃は今日も傷んでいく。
彼女のバイト代は主に胃薬に費やされていく。ミアハのところで買うのだが、あまりの量の多さに売り上げがあって助かるミアハが心配するほど。
ベルはヘスティアのそんな状態を知らずに、ダンジョンで元気に無双していた。ファミリアの運営資金が増え始めていることは嬉しいことだろう。胃薬はポーションより全然安いので資金への打撃にもならない。
元気にベルが稼いで、ステータス更新をしてあまりの上がりっぷりにヘスティアの胃がやられて胃薬の量が増えて。
そうやって経済は回っていく。
エレボス「アルフィア達を悪に堕とすのは忍びない。面識がなかったとはいえ唯一の肉親だし。貧乏だからあげられるのって恩恵くらいだけど、恩恵刻んだらこの子苦労するだろうしなー」
ゼウス「なら血だけあげれば良いんじゃね?儂らは自分の眷属がわかるんじゃから、血を飲ませたベルの成長を天界に戻ってもわかるじゃろ」
エレボス「なーる。魂の循環を待つまでアルフィアとザルドに話もできるか。よし、乗った。こいつに『始まりの英雄』を見たのも事実。飲ませよう」
ゼウス「んじゃ、トマトジュース代くれ」
エレボス「このクソジジイ!金ないって言ってるだろ!」