ダンジョンに陰陽師一派がいるのは間違っているだろうか   作:かぼちゃマスク

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15 少年の二歩目/三度目の再演

 もうそれは、反射でしかなかった。

 ミノタウロス自体は何度も見ていた。簡単に消し飛ばされ、斬り飛ばされる姿を。ただついて行っただけで、実際に戦ったことはなかった。

 世界一安全な場所で、守られながら倒される姿ばかりが目に焼き付いている。

 

 それでも、知識として知っていた。目の前の敵が簡単に倒せるモンスターではないということを。レベル一程度では逆立ちしても倒せないほどの怪物だということを。

 しかも、それの強化種ときた。体毛が赤いミノタウロスなんて見たことがなく、身体も通常種よりも大きい。似た見た目ながら変化があるということは確実に強化種。

 強化種となればレベルは一以上増加している。つまりレベル三以上。

 

 まだ通常種ならたった二人でもなんとかなったかもしれない。他のモンスターの横槍がなく、上手く立ち回り、運が良ければ、だが。

 それでも今回は無理だ。

 レベルの壁は大きい。だからモンスターごとに指標レベルがつけられていて、階層にも推奨レベルとアビリティをギルドが設けている。

 

 冒険者が無茶をしないように。

 ギルドのレベル指標はそこまで間違っていない。長年の情報の蓄積から出された指標は必要なアビリティのランクまで発表するほど。

 そんなギルド公認のレベル二上位相応モンスターの、強化種。それをレベル二一人とレベル一一人で倒せるはずがない。

 

 いくら片方が先鋭気鋭な急成長著しい少年だとしても、もう片方は六年以上ステータスを更新していない役立たず。ちょっと重い武器を振り回せる程度の、小人族。

 武器を構えていたけど、逃げるという選択肢を最初に選べなかった時点で間違っていた。そして、今からでは逃げられない。

 

『ブモオオオオオッ!』

 

 赤いミノタウロスの雄叫びは、少年の足を竦ませる。そういう叫びはモンスターが放つものとして知識としてはあったのだろうが、少年が受けるのは初めて。

 身動きができない少年を庇うのは、お姉さんとして当たり前。そんな考えと、一回目の負い目からリリルカ・アーデは彼女の力の有る限りを振り絞ってベルの身体を押し飛ばしていた。

 

 迫る巨体と、来る衝撃。

 せっかく作ってもらった防具がひしゃげる音。

 舞う血飛沫。

 そんな光景が目に映りながらも、彼女はどこかで安心していた。

 

(ああ、深層を経験していて、良かった……。身体が動かせて、良かった)

 

 そう思いながら、彼女の意識は落ちていく。

 

 

 

 

「リリ!?」

 

 とっさに庇われたベルは、リリルカの身体が突進してきたミノタウロスと衝突して空を舞ったこと、防具もバックパックも裂けて残骸が飛び散ったこと、リリルカの状態がマズイとわかってからようやく身体の硬直が解けたことに気付いた。

 ミノタウロスから距離を取って、リリルカだけを回収してベルは即座に魔法を使う。それだけリリルカの腹部の傷と出血は不味かった。

 

「【ファイアボルト・ウェスタ】!」

 

 回復魔法を用いて、オレンジ色の焔が彼女を包む。この魔法は本質としては攻撃魔法の派生でしかなく、回復量は微々たるものだ。ベルはそれがわかっているからこそ、ポーチから回復薬を取り出してかける。

 魔法と回復薬の併用で一時凌ぎになったが、これでも応急手当てでしかない。傷はある程度塞がったが、失った血が補充されたわけではない。

 危険な状態は、まだ続く。

 

「ベル様……」

 

「リリ!?しっかりして!できるだけの処置はしたんだけど……!」

 

「今度こそ、逃げてください……」

 

 リリルカはそれだけを言うと、気を失って返事もなくなる。だが呼吸は安定しているのですぐさま危ないことになるわけではなかった。

 それも、時間の問題だが。

 

 ベルはリリルカを抱えて逃げようとしたが、ミノタウロスの視線を受けてそれは不可能だと悟る。この隙だらけの時間に襲ってこなかったミノタウロスだが、闘志だけは向けてきている。

 ベルは優しくリリルカの身体を地面に置いて、片手剣『兎刃(ピョンじん)』を持ち、片手で魔法を使えるように空けておく。

 

「……まさか、待ってくれていた?」

 

 その理由はわからない。突進を仕掛けてきたくせに、赤毛のミノタウロスは石斧を構えているだけで襲ってはこなかった。

 そんな理性的なモンスターにベルは疑問を浮かべていたが、強化種は時に狡猾になるという。知性が発達でもしたのかもしれない。

 

 それが不気味にも思いながら、リリルカから離れて真正面から向き合う。

 逃げることはできない。

 ならば、相手がどれだけ強くても立ち向かうだけ。

 

「……【行くぞ、ミノタウロス!君も笑え!これが私達の『喜劇(闘い)』だ!】

 

 【天上の神々よ、見ているか!大地に塞がれていても無理矢理見ろ!精霊達よ、力を貸せ!極上の物語を紡ぐために!】

 

 【これが我々の『英雄神話』!雄牛を倒すだけの物語!あるいは雄牛にやられるだけの物語!】

 

 【とくとご覧あれ!雄と雄の悲喜こもごも、笑いに満ちた勇壮なる戦いを!】

 

 【さあ──決戦を!】」

 

 憧れる物語を諳んじて、少年は踏み出す。

 ただ少女を守るために。牛の怪物との再戦へ。

 怖くても、恐れをなしても。【始まりの英雄】を胸に抱き、笑顔をまた浮かべるために。

 

 道化になろう。

 たとえ敵わなくても、自分以外の誰かが、笑顔に、そしてこの雄牛を打ち倒すことを願って。

 目の前の武人を前に、到底敵わない、道化でしかない少年は一歩を踏み出す。

 

「【雷霆よ】!」

 

 ステータスが足りないなら魔法で補えばいい。全身に雷を帯びて、ベル・クラネルは走り出す。石斧を構える雄牛へ、速度を増した光となって剣を向ける。

 

「うおおおおおおおッ!」

 

『オオオオオオオオッ!』

 

 火花を散らしながら剣と斧がぶつかり合う。

 それはとても上層というダンジョンでも浅い場所で見られる決闘ではなかった。

 素早い攻防の入れ替わり、戦いの余波で崩れるダンジョンの地面。響き渡る轟音。飛び交う魔法に、それへ応える咆哮。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

 

 その叫びを、願いを。

 魂の叫びを聴いて、見ていたバベルの頂上の女神は、声にならない悲鳴を上げていたのを知るのは、本神と護衛の眷属だけ。

 ()()()の再演が、ここに。

 

 

 

 

 ロキ・ファミリアは第一陣と第二陣に別れて遠征に出発していた。第一陣が本陣であり、主力部隊が先行して道を片付けていた。第二陣はサポーターや援軍のへファイストス・ファミリアの鍛治師を主とした部隊が編成されていた。

 ロキ・ファミリアの主力である幹部達や、タマモノマエ・ファミリアの面々が第一陣として荷物も少なく歩いている。

 

 第一陣と第二陣はひとまずセーフティーエリアである十八階層で落ち合う予定だった。そこまでは来ている面々からすれば障害もない楽な道で、本格的な遠征は十八階層以降となる。

 

 先頭を歩くのはフィンと道満。危険はほぼないとしても、道満が辺りを警戒して蝶型の簡易式神をたくさん放って索敵をしていた。フィンの親指の疼きはこれまでも様々な危険を察知してきたので捨て置くことなどできない。

 

 道満は千里眼を用いつつ、警戒として式神も使っていた。

 六階層までは何も問題なく進んだ。だが、七階層に入ったところで、道満が足を止める。

 

「道満?何かわかったのかい?」

 

「……全く。玉藻の忠告を聞いていないと思える。いや、被害が出ていないだけ約束を守っているのか?……九階層だな」

 

「九階層?上層で問題が?」

 

「ああ。吟。先行して足止めを頼む。場所は簡易式神に伝えた」

 

「わかりました。……いいんですね?」

 

「彼女へもそろそろ恩返しをすべきだ。そのきっかけになればいい」

 

「行きます」

 

 道満は後ろにいた吟に最低限の伝言をすると、吟はすぐに駆けて奥へ向かっていく。その独断専行に遠征のリーダーであるフィンはその美貌を少し歪ませる。

 

「説明してくれるかい?」

 

「ミノタウロスだ。それと戦っている冒険者がいる。吟には先行してもらって対処を任せただけだ」

 

「吟だけに任せていいのかな?」

 

「いいや?今回の事件の黒幕の足止めが精一杯だろう。吟はレベル五だ。ミノタウロス自体は吟に対処できない」

 

 道満は千里眼と簡易式神によって得た情報をフィンに伝えると、ロキ・ファミリアの面々は顔を顰める。

 上層でミノタウロス。しかも遠征の時に。

 まるでこの前の遠征の時のような出来事だった。

 

「道満。誰かが上層まで連れてきたと?人為的か?」

 

「そうだな、リヴェリア。【怪物祭】で使われるようなカーゴも見付けた。誰かがミノタウロスをけしかけたのだろう。試練としてな」

 

「その犯人の目星は?闇派閥か?」

 

「ついている。そして、闇派閥ではない。……単なる善意と、好奇心だ」

 

「バカな!上層にミノタウロスを放つことが善意だと!?」

 

 リヴェリアが叫ぶ。レベル二相応の、中層のモンスターをレベル一が多い上層に放つことは明確な悪意があってこそだと思ってしまうからだろう。

 それが都市最大派閥。『大抗争』を経験したからこその思考。

 こんなもの、神々からすればいつものこと。悪意なんてあるはずがない。

 人間に試練を与えるなんて、平然とするのが神なのだから。

 

「彼女、と言っていたが、犯人は女神かな?」

 

「そうだな。フィンの言う通りお転婆な女神だ。……うん、そうだな。ティオナ君。君は『アルゴノゥト』が好きだったな?」

 

「へ?あ、うん。教えたことあったっけ?」

 

「あの喜劇の再演が、そこにはあるぞ?」

 

 道満は意地悪く笑う。ティオナ・ヒリュテは英雄譚が好きなことで有名だ。特に『アルゴノゥト』が好きだと公言している。

 そんな少女へこんな煽りをしてしまっては、スイッチが入ってしまうのも仕方がない。

 

「場所どこ!?」

 

「九階層の入り口からすぐだ。私も結末は気になる。見に行こうか。良いな?フィン」

 

「……冒険者が戦っているのなら、いくら横取りになってしまうとしても見捨てておけない、ミノタウロスは上層では危険すぎるからね。それに通過点なんだから行かざるを得ないだろう?」

 

 フィンの許可も降りたことで走って九階層へ向かう第一陣。九階層に入ってすぐの広いルームで、その死闘は行われていた。

 道満と金蘭は近くで倒れていたリリルカへ駆け寄り、治癒術式を用いる。

 

 意識は戻らずとも、峠は超えるリリルカ。そんな救命活動を終えた道満達よりも、ロキ・ファミリアは気になることが目の前に広がっていた。

 白髪に紅い瞳をした少年が、駆け出しにしか見えない様相の少年が、赤毛のミノタウロスと激戦を繰り広げていたのだから。

 

「ベル……!あの野郎、一人で戦ってやがる!」

 

「彼はまだレベル一だぞ!?ミノタウロスは愚か、強化種すら無理だ!ベート、彼を援護する!」

 

 ベルのことを知っていたベートとフィンが武器を出して助勢しようとする。アイズも何も言わなかったが、知っている少年だったので加勢しようとした。ロキ・ファミリアはフィンのその言葉で初めてベルがまだレベル一だと把握する。

 ミノタウロスの強化種ともなればレベル三以上。レベル一が一人でどうにかできるはずがない。

 

 それにしては渡り合っていたために、知っていた二人以外の初動が遅れた。

 そしてそれだけ初動が遅れれば、彼女がどうとでもできる。

 速度のあるベートとアイズが突っ込もうとしたが、走る直前で目の前に障壁ができてしまって足を止めざるを得ない。

 その障壁に見覚えがあったために、ティオネ・ヒリュテは叫ぶ。

 

「ちょっと金蘭!アンタどういうつもり!?」

 

「どういうつもりも何も。英雄譚への参加を制限させていただいただけですが?皆さんは彼の仲間でも大切な方でもない。──そう、彼と共に戦えるのは、彼の道化(本性)を知っている者だけ。あなた達は【アルゴノゥト】の観客足り得ても、アリアドネ(お姫様)にはなれない」

 

「……道満?これが君達の意思かな?」

 

「ああ。彼の冒険を邪魔するなら止めるとも。それに、君達の助勢なんて余計なお世話だ。レベル一だからどうした?現に彼は今も、こうして戦っている」

 

 実際はレベル二なのだが、半月前にミノタウロスに襲われていた駆け出しの少年がランクアップしているなんて彼らは気付かない。公表されていないことはもちろん、最短記録保持者が身内のアイズで、そのアイズがどれだけの無茶を重ねてランクアップしたのかを知っている。

 

 だからこそ、その最短記録が破られているという事実に気付けない。

 それに彼らは【アルゴノゥト】を詳しく知らない。唯一詳しいのはティオナくらいだが、そのティオナですら原典を知らない。

 道化の英雄に仲間がいたことを知らず、精々お姫様と一緒にミノタウロスと戦ったことを知っているくらい。この戦いの参加資格という意味を正しくは理解していなかった。

 

「道満、さん。幾ら何でも無茶だよ。魔法を使ってたって、ミノタウロスは……」

 

「アイズ君。吟が鍛えた彼を信じてくれないか?ミノタウロスが強者だとして、その強化種が襲っているからと言って。格上に絶対勝てないと誰が決めた?英雄達はそんな当たり前もひっくり返せなかったと?当たり前のことができただけなら英雄などと呼ばれない。──君達が英雄の誕生を見逃すというのなら、その方陣はすぐに解除させよう」

 

「静観で、良いんだね?」

 

「本当に危険なら、私か金蘭が助勢するとも」

 

 フィンの最終確認に、フィンがその方陣から一歩離れたことで誰もがそれ以上道満と金蘭に問い詰めることはやめる。

 団長が言い争うのをやめたことで、それをファミリアの総意としたのだ。

 

(ここに来て親指の疼きも止まった。これが今回の危険だったとしたら、その危険は無くなったとも言える。なら彼らのことを信じてみる、いや見極めるのもアリだ)

 

 フィンは冷静に今の状況を判断する。そしてこの判断が間違っていなかったとも言える。

 何せ彼はここで静観したからこそ、彼の宿願を見付けることになるのだから。

 

 

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