ダンジョンに陰陽師一派がいるのは間違っているだろうか 作:かぼちゃマスク
ベルが赤毛の猛牛と遭遇した頃。
九階層へ続く階段の手前を曲がった先の、大きなルーム。八階層でもそこそこの広さを誇るその場所へ吟が到達すると、待っていたかのように猪人の大男が影から出てくる。
フル装備ではないが、それでも放たれる威圧感。都市最大派閥の片割れの団長であり、都市最強の冒険者、頂きとまで称される男。【猛者】オッタルがそこにはいた。
吟は道満の言葉で彼がいることを知っていたので、特に気負うことなく刀を抜く。
「……釣れたのは一人だけか」
「すみませんね。おれだけで。まあ、他の皆さんはあくまで観客止まりにしかなりませんよ。神々の試練を邪魔するほど道満は無粋ではないので。ベル殿とリリルカ殿以外に負傷者はいないようですから」
「そこまでわかっていて、邪魔をすると?道満がこちらに来るならまだわかる。奴はこの都市に来た時点でレベル六の強者だ。だがお前はレベル五。
それは都市最強としての当たり前の自負。この都市にいる冒険者を相手にしても、一対一なら絶対に負けないと、これまでの経験と実績が裏打ちしていた。レベル六なら届きうる者もいるだろうが、二も違うレベルの、剣士に負けるわけなかった。
だからこその王者。女神の名を背負った、絶対なる破壊装置。
協力関係であるタマモノマエ・ファミリアの一員だろうが、謎の多い集団だろうが、オッタルは剣を抜く。女神からの使命を果たすために。
「あなたを止めなければロキ・ファミリアの中核が傷付く。遠征中にそんな面倒なことをされても困るので。とはいえあなたが崇拝する女神の思惑も叶えようとしていますよ?敵対派閥にこんな試練をしていたことがバレないようにおれが来たという側面もあります。それに【アルゴノゥト】の再演に相応しい役ではあります」
吟は最後に訳のわからないことを呟く。
道化の童話の再演。オッタルも童話の内容くらいなら知っている。ただ滑稽な男が様々な人に騙されながらミノタウロスを倒すだけの物語。
終始騙されやすい哀れな男が攫われた姫を助けるために奮闘し、最後は助けるはずだった姫にまで手を貸されてミノタウロスを倒す。
確かに似る状況はいくつかあるが、姫は攫っていないオッタル。
「あなた方の女神があの愚王になってしまうのは少々怒られそうですが。しかし明様が言うには吟遊詩人のオルナと、ハーフエルフのフィーナの代わりはちょうどロキ・ファミリアにいるとか。暗殺者のエルミナも敵対していませんが、そこは細かく言ってもダメでしょう。吟遊詩人のリュールゥもいないことですし。その辺りは多くの観客で賄っていると見える」
「さっきから何を──」
「いえいえ。我らが主人がこの状況を利用してとある術式を一つ使っているだけですよ。
幻術、と聞いてオッタルは目尻を吊り上げる。そんな魔法を受けている感覚なんて今までなかった。【耐異常】というスキルが高ランクであるオッタルからすれば、自分に仕掛けられた幻術の類を突破できる。
都市最強に仕掛けられる搦め手などないから、最強なのだ。使い手がレベル五の【星見】だと聞いて、無意識の内に弾いているのだろうと今の状況を推察した。
「我らが女神も利用するとはいただけんな」
「事情を話せば、嬉々として協力してくれそうですが」
「お前達は協力的なのか邪魔なのかわからないな。……刀を抜いたのだから、覚悟しろ」
オッタルが一歩を踏み出す。それだけでそれなりに開いていた距離を詰めて吟へ大剣を振るう。
都市最強の名に恥じぬ俊足。そしてパワーファイター特有の力を込めた一撃。これを喰らえば大半の実力者は地面に沈む。
レベル五上位であっても避けられない速度で放った一撃。とはいえ殺してしまうと面倒なので戦闘不能程度に抑えた力でもある。
その一撃を──。
「甘い」
刀を大剣の側面に当てて、軌道をズラす。たったそれだけで、
オッタルは躱されたことに驚きつつも、弾かれた大剣を膂力に任せて無理矢理振るい、手加減など不要と判断して吟の身体を上と下で両断しようとした。
その一撃はあろうことか大剣の上に乗られることで避けられる。そんな曲芸じみた戦闘に、オッタルは『大抗争』以来の寒気が背筋を襲った。
(──誰だ?目の前にいるこの男は
「手加減など不要。おれはあの方々のための剣だ。あなたと同じ、ただ大切な人を守りたいがために武を高めた、それだけの男だ。来い
「──やはりお前達は、不気味だ」
知るはずのない名前を出されたことで、オッタルは一層警戒を強める。理性では星見の明か道満から聞いたのだとわかっているが、攻撃が二度も防がれたことで不快感が勝り、一切の油断と慢心を消し去っていた。
オッタルの纏っている覇気が先程までと変わって本気になったとわかると、吟も静かなまま精錬とした闘気を放つ。
それだけで、オッタルは全てを悟った。
「目が眩んでいたのはオレの方だったらしい。都市最強などと呼ばれて浮かれていたようだ。今でも万全のザルドを倒せるかわからないというのに。思い出させてくれたことに感謝を。ここからはただの男として挑ませてもらう」
むしろ挑戦者は自分だと。オッタルはそんな気概で本気の一撃を打ち込む。
激しくなる戦闘音。綻びが出始める部屋のあちこち。
この光景を見た者は誰もが唖然とするだろう。
都市最強がレベル五程度、しかもたった一人を倒せない情景を。むしろ押されているのがオッタルの方だとは夢にも思わないだろう。
増えるオッタルの傷。血飛沫が出るのはオッタルだけ。吟は全ての攻撃を避けるかいなしている。服にすら返り血が付かない。
オッタルは剣をぶつけたからこそ、わかる。まるでエルフと戦っているようだと。
長命種にありがちな、幾星霜も重ねた熟練の技術。人間種・亜人種では不可能な時間の経過を思わせる、地に根付いた大樹のような芯のある戦闘技術。
エルフでもなく、若々しい見た目の人間から放たれるものではないと頭ではわかっても、視覚から得る情報が邪魔をする。これでエルフのようにわかりやすい耳でもあればいいのだが、そんな特徴は見られない。
だが剣技は、自分を遥かに超えるものだと体感して。
オッタルは歯噛みする。
「うおおおおおおお!」
「──素晴らしい。その若さでここまで至れるとは。あなたの女神への想いがそれだけ強いからこそでしょう。才能と努力と想い。全てが混ざって今のあなたがある」
どんどん的確化されていくオッタルの攻撃。速さも何もかもが、純度を増していく。一秒前のオッタルからは恐竜的な進化を遂げていく。一分前とは最早別人レベルでオッタルは強くなっていく。
それでも、吟に剣が届かない。
持ち得る最高の装備ではないということも一つの要因だ。兎への試練だからと、簡素な装備で来ていたことを後悔したオッタル。今からでも武器が、防具が欲しかった。
自分の本気はこんなものではないと、目の前の男に証明したかった。
二人の戦いがどれだけ続いたことか。オッタルは試練のことも忘れて無我夢中で剣を振るっていた。このまま一撃も与えられず終わりたくないと、自分を証明するための一撃が必要だった。
そこへ、黒い影が割って入る。吟の死角から長槍で貫くつもりが、オッタルの袈裟斬りを避けることと同時に身体を軽く横に動かすだけで避けられてしまった。
オッタルは至高の時間を邪魔されたことに、同僚である猫人へ怒鳴りつける。
「アレンッ!どういう了見だ!?」
「それはこっちのセリフだオッタルぅ!あの方の命令は試練を与えること。お前が戦いを楽しむことじゃねえ!」
「アレン・フローメル。都市最速の【女神の戦車】。あなたも一緒にどうぞ。その素晴らしい脚力と、それを組み合わせた破壊力。是非見てみたい」
フレイヤ・ファミリアのレベル六相手に、変わらぬ態度どころか二対一でかかってこいと言う推定レベル五。
その言葉にアレンはコメカミをビキリと嫌な音をさせてから、一応オッタルに聞く。
「おい、オッタル。アレは何だ?」
「お前も知っている、タマモノマエ・ファミリアのレベル五。吟だ」
「アレがレベル五な訳あるか!お前にだけ一方的に傷を付け、攻撃は全部躱し、
「おっしゃる通り。おれはレベル五ではありません。というより、我がファミリア全員は、と言うべきでしょうね。だって認めてくれないでしょう?外様の我々が強いなんて。ゼウスとヘラのファミリアを追い出した者達は認められない。『大抗争』の時のように」
フレイヤはまだマシかもしれないが、ロキは絶対に認められないだろう。彼女は自分のファミリアこそ最強だと思っている。レベル七に至った者はおらずとも、連携などによって総力はフレイヤに負けていないと信じている。
実際今あるファミリアの中で、ダンジョンを一番攻略しているのはロキ・ファミリアだ。オラリオを一番体現していると言っても過言ではない。
それがどうだ。
団員数一桁の、結成五年しか経っていない新興商業系ファミリアに団員の質が負けているという事実を知ったら。
知られるのは面倒なので、遠征の助力をしたり友好関係を築いているのがタマモノマエ・ファミリアの本音だ。
「我々に及ばないのなら、我々を超えてもらえばいい。黒龍やらダンジョン攻略やらは、今を生きる人間がやるべきだ」
「……年寄りのような発言をするのだな」
「事実、年寄りですから。あなた方の女神なら、我々の魂を見てある程度の事情を把握されていますよ」
吟は都市の最強派閥へ敬意を示して、初めて自分達についてのヒントを与える。ヒントを与えたことで強くなるのであれば、それは吟達からしても歓迎することだった。
オッタルとアレンの二人は、戻ったらフレイヤに問い質すとして。
今は目の前の強者に戦いを挑みたい。それしか考えていなかった。
「行くぞ」
「ええ。いつでもどうぞ。人間達」
オッタルとアレンは共闘などしたことはない。それでもお互いのタイプや癖などは把握している。だからどう戦うかなんて声も掛けずに決まっていた。
俊足を活かしたアレンが突っ込む。縦横無尽に駆けて連続攻撃を仕掛けるが、どれも当たらない。全て目線で動きを捉えられ、どこに攻撃するのか見破られて、対処される。
避けるか、弾かれるか。どちらにせよ、ここまで対処されたのはアレンとしてもオッタル以外にいなかった。それを思い出してアレンは奥歯を噛みながら、苛立ちながら更に加速していく。
「おお。怒りを灯しながらも、精確さは変わらない。これはある種の才能ですね。感情に左右されながらも制御している」
「上から目線で語ってんじゃねええええええ!」
アレンの槍による突きも、横払いも、槍以外の攻撃も、全て流される。
刀は構造上、打ち合うのに向かない武器だ。だというのに吟という超絶技巧の持ち主が扱うことで刀に一切負担をかけないまま柳のように受け流していく。
その技量に喝采しながらも、オッタルまでもが攻撃を仕掛けた。隙など全く見えないが、アレンだけにやらせてたまるかと大剣を振るう。
だが、吟は空中で姿勢を変えながら天井から仕掛けてくるアレンを確認して、空いている左手でアレンの頭を掴むと、そのままオッタルの頭にぶつけて行動を阻害した。二人仲良く吹っ飛んで、吟は平然と着地する。
人間のはずなのに。まるで空中戦に心得があるかのように振る舞う吟にはアレンも悪態をつく。
「畜生が……!全方位に目でも付いてんのか!?」
「昔。ちょっと妖精にイタズラされましてね。色々と普通とは違うんですよ。色が見えなかったり、ちょっとしたことに敏感だったり。あとはまあ、実戦経験の密度の差、ですね」
デタラメ具合にアレンの怒りは増していく。
戦闘技術では到底敵わないとわかった。ならば、戦闘技術以外でも全力を出すしかない。
「アレン。アレを使う」
「そうか。俺の魔法に巻き込まれるんじゃねえぞ」
「オレも無意識のまま魔法を使うかもしれん。避けろよ」
「抜かせ。お前の一撃なんか喰らうか」
アレンは一度口の中の血を地面に吐き出す。オッタルの石頭で切った口が違和感を覚えて、それが戦闘の邪魔にならないように準備をしておく。
それと、オッタルがスキルを使ったら、アレンの俊足を持ってしても巻き込まれかねない。だから全力の、万全の状態で挑む。
そして。
「うおおおおおおおおお!」
オッタルが【
まさしく災害のようになったオッタルは、短期決戦に挑むべく吟へ突っ込む。アレンは隙を見てオッタルですら全力で防御しなければならない魔法を打ち込む気だった。
──ルームが爆ぜる。
・
そこが上層の一フロアだと誰が信じられるだろうか。
壁も天井も床も何もかもがひび割れて多穴が空き、巻き込まれたであろうモンスターの魔石がそこら中に転がっている。
かなりの破壊音と爆発がそこでは起こった。だと言うのにここに近付く冒険者はいない。人専用で認識阻害の方陣を明が事前に張っておいたために、ここで戦闘があったことすら隠蔽されていた。
その場には倒れ臥すアレン・フローメルの姿が。怪我を負ったわけではない。全ての攻撃を防がれて、必殺の魔法を放ったのにその魔法が白い光を纏った刀で一閃され、無茶を続けた身体が限界を迎えた上に精神力枯渇で立っていることもできなくなっただけ。外傷はない。
そして辛うじて立っているのがオッタル。アレンとは異なり、身体中がボロボロだ。吟によって付けられた刀傷はもちろん、スキルの反動が出てしまっている。
それでも立って、まだ吟を睨みつけていた。
「【
オッタルが詠唱文を紡ぐ。それを聞いていても吟は詠唱を止めようとは思わない。
むしろ刀を両手で持ち、アレンの魔法を破った時と同じく刀に白い光──
オッタルは上段に構えた大剣を、振り下ろす。
「【ヒルディスヴィーニ】!」
大剣から放たれる一撃。階層主であるウダイオスすらこの一撃でガラクタへ変えるオッタル最強の一撃。
その一撃を、吟は同じく上段からの斬りおろしで神速の一撃で両断する。
放った一撃が破られたのを見たオッタルは、スキルの併用でアレンと同じく精神力枯渇となり、膝から崩れ落ちていった。
「クソ……!申し訳、ありません……。フレイヤ様……」
オッタルが意識を失いながら地面に顔を激突させる直前で、吟が駆け寄り刀を持っていない右手で支える。
「いえいえ、オッタル殿。さすがとしか言えません。何せあなたの一撃はこの通り、この身に届いた」
吟の左手は、今の一撃を受けたのか変な方向に曲がって血を流していた。すぐさま左手にある刀を納刀して、オッタルを両腕で床に降ろす。流石にこの大男を片手で支えるのは難しかった。
吟はすぐさま持っていた万能薬を左腕にかけて完治させる。もう二つほど万能薬は持っていたが、この二人に使うのを躊躇せず、二人にぶっかける。
傷は塞がるが、精神力枯渇はすぐにはどうにもならなかった。
すぐに駆け寄ってきた蝶型の簡易式神に、吟は声をかける。
「見ていらっしゃったでしょう、玉藻の前様。神フレイヤへ連絡を。この二人をどうすべきかも含めて」
「ゴンを迎えに出すからそこで待機していて。ゴンが着いたら道満と合流してね」
「わかりました」
式神から玉藻の前の声を聞き、吟はその場で待つことにする。
ゴンは近くで待っていたのか、すぐにやって来た。
「おーおー。派手にやりやがって。……何だったか?ジャガ丸とかいうコロッケじゃなくて、ジャガ……なんとかが出て来てもおかしくない破壊具合だな」
「ああ、二十七階層の悲劇だったか。それが出ないように明様が何かしたようだ。何せ相手はオッタル殿とアレン殿。こうなるのを予測していたんだろう」
「ま、そのジャガなんとかもお前なら殲滅できるんだろうが。……オレ、小間使いじゃねーんだけどなあ」
「小狐が何を言うんだか。それにクゥは玉藻の前様の小間使いだろうに」
「お前もあの二人の小間使いだったはずなのにな。ま、ただの刀バカに隠蔽だの何だのはできないか」
ゴンは部屋の荒れ具合に呆れながらも、身体を大きくさせながらオッタルとアレンを眠らせて背中に固定させる。
そのまま陰陽術で姿を消した。
このままゴンはバベルの最上階へ二人を運ぶ。この二人の主人は道化と猛牛の一戦に夢中でここでの激戦については把握していないだろう。
ゴンは背中の二人をちょっと哀れに思いながらも、仕事だと割り切ってバベルへ向かった。