ダンジョンに陰陽師一派がいるのは間違っているだろうか 作:かぼちゃマスク
ベルは正面から戦うのは避けた。
レベル二になって、ステータスも順調に上がってきたとはいえ、相手は推定レベル三以上。確実に格上相手に、真正面から戦って勝てるはずがないとわかっていた。
後ろにはリリルカがいる。ここで退けばリリルカが死ぬ。お世話になった、冒険者になってから一番親しくなった女の子を見殺しにはできない。
だから、ミノタウロスと出会った時に覚えた魔法を使って最低限の準備はする。全身に雷を帯びて身体能力を上げて、簡単にやられないようにした。
側面に回り込み、片手剣を振るう。
魔法によって急加速したベルの動きに対応できなかったミノタウロスは脇腹にその一撃を受けるが、視認して即座に石斧を振るう。ベルは通常より大きい石斧など一発でも当たったらアウトだと考え、即座に距離を取って躱した。
(浅いッ!というか、攻撃が通っていない!?)
ベルはあえて【雷霆よ】を剣に付与しなかった。
これは孤独な闘いだ。怪物祭のように援軍が来る可能性の高い地上ではなく、ここはダンジョンの中。モンスターが増えることはあれ、援軍が来る可能性は低かった。しかも場所は上層。こんな場所に強化種のミノタウロスがいて、助けてくれる冒険者がいるかどうか。
いくら次の階層への通り道だとしても、そんなに運良く強い冒険者が通りかかるはずもない。それに獲物の横取りは厳禁だ。
そんなダンジョンでの常識から、ベルは頭の中からロキ・ファミリアの遠征について消してしまう。
長期戦を強いられるかもしれないと考えて、武器を摩耗させるような真似はしたくなかった。だから剣には雷を纏わせなかったのだが、そうすると攻撃力が足りない。
ヴェルフの作った武器が弱いということはない。むしろレベル二のベルが使うには相応の剣だ。
いかんせん、強化種のミノタウロスが硬すぎる。筋肉で出来上がったレベル四相応の天然の鎧を貫通できる武器を、上級鍛治師でもないヴェルフに作れと言う方が無理難題だ。
バク転しながら石斧を避けたベルは、そのまま空いている左手をミノタウロスへ向ける。
「【ファイアボルト】!」
掌から炎雷が迸る。
ミノタウロスはまるで魔法を知っているかのように、両腕をクロスしてその炎雷から身を守る。
だがミノタウロスが警戒するほどその魔法は火力は高くなかった。【ファイアボルト】はあくまで速攻魔法。発動速度が重視される魔法で、威力はそこまで強くない。
ベルが今までのように上層のモンスター相手に使っていればある程度効果はあったが、相手は格上のミノタウロス。魔力のステータスがオバケだったり、それこそランクがとても上ならともかく、格上相手にただの速攻魔法では通じない。
現にミノタウロスに傷は一つもない。ミノタウロス自身も、傷がないことを確認する始末だ。
ベルは威力が足りなかったことを確認しつつ、もう一度魔法を放つ。
「【ファイアボルト・ウルス】!」
追加詠唱した、変質魔法。威力が増してさっきの通常時よりも一回り大きな炎の塊がミノタウロスへ飛来する。ミノタウロスは石斧で切り落とそうとしたが、完全に斬り飛ばすことができず、石斧を持っていた両手が若干燃える。
それを見て通じるモノと通じないモノを理解して、ベルはすぐに魔法を放った場所から離脱してルームを駆け回る。吟からの教えで、魔法などを撃って立ち止まった瞬間が狙われやすい、おれなら見逃さないと言われて一つの場所に留まることをしないように心掛けていた。
(威力を増やせばダメージを与えられる。けど、ウルスでもまだ決定打にならない。……また、剣に雷を纏うしかない!?)
ベルが一人で火力を上げる場合、それくらいしか手段がなかった。
もう一つのスキルを使えば、火力は段違いに上がる。それは実証済みなのだが、いかんせん時間がかかる。チャージをしなければ火力は上がらず、チャージ中は無防備だ。一対一では到底使えない諸刃の剣。
もしもっと広い場所で距離を稼げれば、可能な限りのチャージを行うことでダメージを与えることができるかもしれない。
だが今いるルームはそこそこの広さはあっても、ミノタウロスが本気で追いかければ追いつかれる程度の広さしかない。チャージなんてまともにできはしない。他に時間を稼いでくれる人がいないと使えないスキル。
リリルカもこのまま置いていくわけにはいかないので、このルームからも移動できない。このルームで戦うとなると、ベルは手段が限られてしまう。
『モオオオオオ!』
「ぐぅ!?」
考えを纏める前にミノタウロスが仕掛けてくる。
今の速さでは足りない。なんとなくの直感で攻撃を避けられているが、その直感が外れれば一発で終わる。
それほど相手の攻撃力が高すぎた。
ベルとしては一発も攻撃を受けずに、どうにか攻撃をして倒さなければならない。
まずは攻撃をもらわないために、速度を上げる。
「【
魔法の重ね掛け。
距離を取ったベルはポーチから迷わず精神力回復薬を抜いて口に含む。魔法を覚えてから何度も行なってきた行為だ。回復薬と間違えずに手元に出すことができていた。これも吟と銀郎に考案されて覚えた技術だ。
一瞬の選択が生死を分ける。だからアイテムの取り出しを間違えないように訓練すべきという教えの元、ベルはそれをマスターしていた。
回復した精神力をすぐさま使う。
「【
魔法を三重掛け。やったことはなかったが、ベルはやらなければ死ぬと確信して実行に移した。
予想通り、レベル二とは思えない爆速を得る。音を置き去りに、若干の雷光音がパチッと聞こえる程度で、その音がしたと思ったらベルは高速移動を完了させていた。
速度を利用した攻撃は、たとえ雷を纏わずとも威力を増していた。加速力や遠心力などを加味した一撃は、太くたくましいミノタウロスの右腕へ斬り傷を付ける。
ベルはここに、自分の限界を超えた。
『ガアアァ!?』
ミノタウロスはベルの速度を視認できなかった。傷自体は浅いが、いつの間につけられたのか理解できずに、未知へ対して吼える。
ミノタウロスの意識が右腕の小さな傷へいっている僅かな間に、ベルは左足と右顔面へ紫電を散らす。本当に僅かな傷。出血も僅かだが、確かにベルの攻撃は届いた。
ベルはミノタウロスが自身を捉えられていないことに気付いてはいない。ただ困惑という産まれた隙を逃さずに攻め込むだけ。地面を蹴り、天井を蹴り、ミノタウロスを蹴り。少しでもダメージを与えようと動く。
防御をしたら負け。ならば攻撃をさせないために攻め続ける。
ミノタウロスが攻めに移る前に、魔石でも行動阻害になるきっかけでもいいので傷を負わせたかった。ただそのために駆ける。
加速するベルの攻撃は徐々に深く、そして傷がすでにある場所へもう一度攻め込むためにミノタウロスへ確かなダメージとして蓄積されていった。今だけはベルが完全にこの場を支配していた。
だが、それは長く続かない。
『ブアアアアアア!』
ミノタウロスは本能でベルが自分の近くにいることがわかっていたので、石斧を地面に叩きつける。ベルは何も風に乗って空を飛んでいるわけではない。あくまで地面という足場を蹴って線を描くように跳んでいるだけ。
その踏み場である足場を崩されて、しかも地面全体が強い衝撃波で揺らされればベルの動きは緩む。無理矢理足に力を入れて行なっていた方向転換や回避行動ができなくなる。
動きが遅くなったベルをミノタウロスは睨むが、ベルは睨まれるのと同時に地面を抉るようにスライディングしてミノタウロスの股下を通ってミノタウロスの正面から逃げた。
ベルの速度だけならレベル四になったが、それでは足りないと見せつけられた。
ミノタウロスがこの対処を最初にできなかったのは、育てたオッタルがパワーファイターで速度を使った撹乱攻撃なんて仕掛けてこなかったからだ。全ての攻撃を受け止めてなお巌のように動かず、真正面から稽古を受けたために対処策が浮かばなかった。
お互いが思考するために産まれた静寂。それを破ったのはベルだった。
「【
四重の重ね掛け。
ベルの身体は雷の膜ができており、ベルの輪郭すら曖昧になる。しっかり見えるのはレベル五以上の猛者だけだろう。
一歩踏み出した時には。
もう音は聞こえなかった。
ただミノタウロスから血が出るだけ。そしてベルも口から血を吐きながら剣を握る。
ミノタウロスは動体視力が追いつかないのであれば、その場で暴れることとした。目の前の男は逃げないと信じており、向かってくるならばガムシャラでも抵抗してやろうと。
ただ暴れるだけでもレベル四がその身体能力をフルに使って暴れるのだ。ベルの移動先にカチ合う可能性はあった。
実際ベルは辛うじて避けた攻撃がいくつかある。
この辺りでロキ・ファミリアが到着するが、ベルもミノタウロスもそんな外野を一切気にしていなかった。する余裕もなかった。
この決闘に命を賭ける。
ただ目の前に集中する。
それが相手への最大の敬意だと信じて、武器を振るう。
失うものがなんであっても、二者は相手を仕留めるべく身体を振るう。
身体の悲鳴も、脳の危険信号も届かないまま。
白い少年と赤き武人の攻防は続く。
・
「リリルカさん。起きられるか?」
知っている声で瞼が上がる。目を覚ます。薄暗い光を視界に収めながら、自分がいる場所がダンジョンだと理解する。
「明、様……?」
「いや、道満だ。間に合って良かった。君はまだ剣が握れるか?」
なぜ明様と間違えたのかわからなかったが、側にいたのは白髪の道満様と、金蘭様だった。傷が塞がっていて、何かの音が聞こえる。誰かの息遣い。それも複数人の。
そして何かが暴れる破壊音も。
まさか、と思って上半身をルームの中央へ向けると、赤毛のミノタウロスが暴れていた。そしてその赤い破壊兵器に時折突撃するような黄色い閃光が見える。
あたりにいない、一緒にいた人。何故かいるロキ・ファミリアらしき人達。金蘭様の魔法と思われる障壁。
そして、助けてくださらない道満様と金蘭様。
ベル様がどうしているのか、よくわかった。そしてこの人達が何をさせたいのかも。
「道満様。金蘭様。治療ありがとうございました。それであのミノタウロス、どれだけの強さですか?」
「レベル四上位相当。魔法は使えないが、インファイターとしてはかなりの上澄みだ」
「……」
乾いた笑いも出ない。
そんなものに挑んでいるベル様はバカだ。渡り合っているベル様はおかしい。逃げ出さないベル様は蛮勇だ。レベル差があるのに傷を付けているベル様は常識外れ。でもどこか期待してしまっている。
そして、そんな埒外の出来事に首を突っ込もうとしているリリはとんだ道化でしょうね。
近くに置いてあった『鬼斬り包丁』を両手で掴む。ボウガンなんて通用するとは思えず、可能性があるならこちら。
一つ深呼吸を入れて、気合いを入れたところで道満様から声がかかる。
「本当に間に合って良かった。ベル君の左目が
「……え?」
「さすがに両目が見えなくなったら戦えない。それにあれだけの無茶だ。もうすぐ身体が限界を迎える」
「……」
「言っただろう?間に合って良かった、と」
本当にこの方々は。
未来が視えてしまうからか、その未来に縛られるかのように行動をする。明様と道満様はそういうところがある。
リリもそれで深層アタックに何度も連れていかれましたからね。それに五年も一緒に暮らしているんです。この人達のやり口なんて見当がついています。
怪我をしようが失明しようが、後で治せばいい。それだけのことをしてでも得たものの方が大事だという人達だ。
「治るんですね?」
「そこは大丈夫だ。あのミノタウロスを倒した暁には、きちんと治そう」
それを聞けば安心できた。
レベル詐欺集団でも頭一つ抜けている道満様の言葉だったために、持っていた大太刀に力が篭る。これ以上歳下の男の子に無茶をさせられないと。
──この日。二度目の『冒険』を、リリルカはした。