ダンジョンに陰陽師一派がいるのは間違っているだろうか 作:かぼちゃマスク
ベルは付与魔法の効果が切れたらすぐに掛け直して、また突撃する。いつまで攻撃を続けられるかわからない。相手も攻防一体の行動をしていて、その一撃を喰らったらマズイとわかっていた。
ならすべきは、相手の行動を阻害する連続攻撃。ミノタウロスの行動をよく見て、攻め入るべき場所を探る。無軌道に暴れているように見えて、あくまでミノタウロスの体格に合わせた動きしかできていない。
ならば手や足の届かない場所があるはず。それを動きながら探していく。
視界の左側が何故か暗くなっていて、血でも目に入って見えないのだろうとしか思わなかった。たとえ視界が半分になっていても、ミノタウロスを倒さなければならないことは変わらない。
ミノタウロスはその場で暴れているが、そのスタミナは無尽蔵ではない。モンスターも生き物ではある以上体力やスタミナというものは確実にある。ミノタウロスの暴れる力が尽きるか、ベルの脚が限界を迎えるか。
そういうチキンレースの様相まで見え始めた。
そこに、ベル待望の声がかかる。
「ベル様!リリに付与魔法を!」
「!?【
声がした方に、ベルは振り向かないまま魔法を使う。【
ベルはそのリリルカの声が罠だと一切疑わなかった。聞き慣れた声、芯の通った声。いつも自分をサポートしてくれた相手の声を間違えるはずがなかった。
「もっとです!何重掛けか知りませんが、ベル様と同じ回数掛けてください!それと精神力回復薬を!マインドダウンになる前に早く!」
「【
都合四回。リリルカに付与魔法をかけつつ、ベルは最後の精神力回復薬を飲み干す。リリルカに言われる前からも戦闘中に隙を見て飲んでいた。これが最後の一本となり、空になった試験管はその辺に捨てた。
ミノタウロスも同じく雷で輝く者が二人に増えたので、その場で暴れることをやめる。ベルにももちろん、リリルカにも対処しなければならないと理解したからだろう。
ベルも一度攻撃をやめてリリルカの隣に戻ってくる。随分とギャラリーがいたことに今気が付いたり、何故か障壁魔法のようなものが展開されていたり、リリルカの傷が塞がっていることに少しだけ混乱するが、リリルカが『鬼斬り包丁』を持っていることからその意志は理解できた。
「いいの?リリ」
「無茶を歳下の男の子にさせたままというのはリリも嫌です。遭遇したのがリリとベル様なら、倒すのも二人じゃないと」
「あれ、かなり強いよ?」
「レベル四上位相当だそうですよ?道満様が教えてくださりました」
そんな絶望的な数字を教えられても、ベルもリリルカも諦めて剣を離したりしない。
倒す。ただそれだけだ。
「ベル様。わたしが魔法を使います。挟撃しましょう」
「何になるの?獣人?」
「いいえ。【貴方の
ベルも聞き覚えのある詠唱式。
かなり使い勝手のいい、変身魔法。
「【シンダー・エラ】」
リリルカは白い光に包まれると、その光から現れたのは白髪紅目の少年。持っている武器は違うが、それ以外の容姿はそっくりだった。着ている服や防具まで一緒である。
「ふぅ、良かった。成功しましたね。というわけで、『どっちがベル様でしょう?』作戦スタートです」
「うわぁ。声まで僕なんだ」
「身体能力はリリのままですが、付与魔法で底上げされています。これなら届きます」
『オオオオオオオオオオオ!』
仇敵が二人に増えたからか、静観していたミノタウロスが咆哮をあげる。それを見たベルとリリルカはそれぞれの武器を構える。
「ベル様。あの咆哮に何か返してやったらどうですか?あれ、決闘の挨拶みたいなものですよ」
「ええっ?……じゃあ」
ベルは息を大きく吸う。
この場にいる人物に聞こえるように。
そしてミノタウロスへ聞かせるように。
憧れの英雄のように、自分一人では倒せなくて。
守りたかった人と手を取って、戦うために。
かの英雄の文言を、借り受ける。
「【……すまない、ミノタウロス。やはり私は私らしい。こんな『喜劇』にしかならなかった】
【ここでお前を討つ!私一人ではなく、姫と二人で!本当に申し訳なく思う!だから──】
【──また会おう、我が敵よ!】
【生まれ変わり、次にまた巡り合った時、今度は一対一で!私達の決着を!】
【約束だ、『好敵手』よ!】」
【アルゴノゥト】の宣言を告げて、ベルとリリルカは走り出す。ミノタウロスも二人から目を逸らさずに石斧を構える。
障壁の内側でティオナは破顔する。そして隣にいた姉のティオネの肩を掴む。道満から聞いていたとはいえ、ここまでのものが見られるとは思っていなかったのだ。
「すごいスゴイ凄い!あの子、【アルゴノゥト】の原文をソラで言えるなんて!?しかもこの状況で、あの容姿!本物みたい!」
「興奮するなぁ!あの喜劇そんなに好き!?」
「大好き!!」
「そんなに気に入ったなら、この障壁ぶっ壊してあの子助けなさいよ!」
「それはダメ!あの子の決意を無駄にする!」
「あーもー!めんどくさい妹ね!?」
姉妹のじゃれ合いなんてなんのその。
障壁の中にいたロキ・ファミリアは目の前の状況を正しく推察する。
レベル一と思われるベルが強化種のミノタウロスと渡り合えるわけ。そして小人族のリリルカが見せた、本人と寸分違わず変身する魔法。
「あの付与魔法。雷を纏うことで威力と速度を底上げしているのか。アイズみたいだ」
「しかし【
「ヘスティア・ファミリア。そのゼウスの、姉に当たる神だ」
フィンがベルの魔法を分析し、その名前からリヴェリアが疑問を抱き、関係性を探る。ケラウノスという名前の雷はオラリオにいる人間からすれば特別な意味がある。
千年間オラリオに君臨した主神の主兵装。
それを血縁の神の眷属が使うのは偶然かどうか。
「道満は知っているのかい?」
「他派閥のことについて詮索はタブーだったはずだが?リヴェリアやレフィーヤ君のように有名ならまだしも、彼はそれこそ駆け出しだ。まさか引き抜くつもりじゃあるまいな?」
「それはない。新興ファミリアから団員を引き抜くほど落ちぶれてないよ。うん、すまない。いくら見て聞いたからといって、詮索していい理由じゃなかった」
フィンは道満達タマモノマエ・ファミリアの好感度を保つためにそこで打ち切る。気にはなるが、タブーを持ち出されたら何も言い返せない。
「あの、【呪術師】さん!いくら同じレベル六だからといって、リヴェリア様を呼び捨てにするのはやめてください!」
「ふむ。レフィーヤ君。彼女を王族として扱っていることに、一番困っているのは彼女自身だぞ?彼女はハイエルフとしてではなく、リヴェリア個人としてここにいる。エルフの常識で縛ってやるな。環境に適応する能力は冒険者として必須だぞ?エルフの者達はその辺りが頑固なことが玉に瑕だ」
「もっと言ってくれ、道満。彼女達にいくら言っても通じないのだ」
何故かエルフ談義になったが、それに興味がない者はベル達の戦いに目を向けたまま。
ベルとリリルカの判別は持っている武器で判断できる。だが速さは二人とも大差なく、敵対しているミノタウロスからすれば二方向から神速で近寄ってくる二人。
しかも攻撃力も高く、ミノタウロスが振るう石斧は当たらない。たまに武器同士が接触することはあるが、クリーンヒットはない。
リリルカはベルより速度が若干劣るが、威力は武器のおかげでベルより高い。
そんな勇猛果敢に戦う、変身する前は小人族だった少女に、フィンは興味を持つ。
「道満。彼女のことは教えてもらえるのかな?」
「ギルドも知っていることならな。名前はリリルカ・アーデ。所属はソーマ・ファミリア。だが所属するファミリアでいざこざがあったために今は我々が保護している。レベル一だ」
「君達のところにいるのか……。そのいざこざ、一年前の?」
「そうだな。開示できるのはこの辺りだ」
それだけ聞ければフィンとしては十分だった。
レベル四上位相当と聞いて、どうしてレベル一の身で強敵に挑めるのか。
持っている『鬼斬り包丁』はフィンの目から見ても業物だ。それを問題なく扱っているのはレベルや体格的に何かしらのスキルがあると推測する。
変身魔法も、持っている武器が同じなら寸分違わない。今も二人掛かりとはいえレベルが三つも違う相手に走り出せる胆力。
付与魔法の恩恵を預かっているとはいえ、彼女こそ、フィンの求める小人族の勇姿そのものだった。
フィンの、リリルカに向ける目線に熱が篭る。それを見逃す
「団長!?どうかしましたか!」
「うん?ああ、あの少年がまるで本物の【アルゴノゥト】のようでね。僕も好きな物語だ。格上に挑む、まさしく『冒険』。ここまで胸を突き動かされるのかと感慨に耽ってね」
「だよねー!アルゴノゥト君すごーい!」
フィンがベルを褒めた言葉も嘘ではない。自分が駆け出しだった頃に同じことができたかと言われれば首を横に振る。
彼は先ほどまで一人で渡り合っていた。二人になった今ではミノタウロスを押している。
攻撃を受けて吹っ飛ぶものの、すぐさま回復薬を取り出して走りながら回復。もしくはベルが【ファイアボルト・ウェスタ】を使って行動の邪魔にならない程度に回復させていた。
詠唱式のない範囲回復魔法にやはり見ている者は驚き。
速攻魔法らしき攻撃魔法も駆使することからベルの底が見えずに驚嘆する。
「回復魔法に速攻魔法に付与魔法?なんだ、あの少年は……」
「ま、まさかリヴェリア様や私のような魔法やスキルを……?」
「ベルのヤローはまだ範囲攻撃魔法を使ってねーぞ」
「魔導師としても通用するアタッカーか。あんな少年が無名だなんてな」
ロキ・ファミリアが二人の活躍に熱狂する。
過去の自分と比べてどうか。今あの二人に勝つことはできる面々ばかり。だが、同じ頃。駆け出しの頃に同じことをやれるか。
そして今も、あの様な苛烈な『冒険』に身を焦がしていたか。
遠征中ということもあって、彼らの心にも火が灯る。
その情景を見て、道満は一人嘆息する。
(ああ、まさしく英雄の所業だ。憧憬を伝播させる。周りも英雄に引っ張り上げる。それは私にはできなかった。英雄など求めず、都合の良い存在だけを求めて、不要な存在は切り捨てた。ただ才能ある人間に場を用意しただけ。──全ては調停のための、調整に費やしてきた。まさしく私とは人種が違うな)
ベルと道満は役割が違いすぎた。だからこそ、かの少年を見守りたいと思ってしまう。隣の芝生は青いではないが、やはり道満も英雄の様な活躍をする人物に尊敬の念を抱く。
道満はどうしたって、英雄と呼ばれる様な存在ではないために。
「ふふ。そんなにベル君は素敵ですか?嫉妬してしまいますよ?」
「ああいう姿もありだったなと思うだけだ。……いや?マッチポンプでしてみせたか?」
「あの頃のあなたはまさしく英雄でしたよ。護国の現人神として」
「もう終わった過去だ。あの輝かしい時代はな」
「でも、まだ夢見てる。だから先ほどもフィンに祐介のことを話してしまったのでしょう?それに、
金蘭に隠し事はできない。どれだけ隣にいたことか。道満は金蘭の観察力を褒めたくなっていた。
ギャラリーがそんなことを思っている頃、とうとうミノタウロスがきっかけを掴んだ。ベル達の速度に慣れて、どちらが自分の仇敵か判断できるようになっていた。
だから今は片手剣を持っているベルにだけ、猛攻を仕掛けている。ベルは避けるのが精一杯なのか、魔法も使わずに攻めが途切れて避けるばかり。
ベルの姿に変身して『鬼斬り包丁』を持っていたリリルカは、付与魔法による底上げに身体がついていかなかったのか、二者から離れた場所で片膝をついていた。
『ブオオオオ!』
「ぐぅ!?」
ミノタウロスの左腕によるラリアットがとうとうベルに直撃して地面に叩きつけられた後何度も転がる。その光景にロキ・ファミリアから悲鳴が上がるが、吹っ飛ばされたベルは、いや、
ミノタウロスも本物だと思っていた存在が違ったとわかって即座に片膝をついていた方へ身体ごと向けるが、それは遅かった。
すでにベルは、【
ミノタウロスと正面で向き合った瞬間には、左手が既にミノタウロスへ向いていた。
「あの野郎、いつの間に武器のスイッチを!?」
「一瞬交差した瞬間だ。二人に合図なんてなかったはずなのに、しっかり入れ替えていたよ」
ミノタウロスと同時に交差した瞬間、ベートからは死角になるところでベルとリリルカは武器を入れ替えていた。本物との違いを隠すため。
ミノタウロスを倒すための必殺技を放つために、時間を稼ぐために。
鐘の音が響く。
それは英雄の狼煙となる、
「【ファイアボルト・ジュピター】!!!」
チャージをMAXまで貯めた、神速の炎雷。威力重視のウルスではなく速度重視のジュピターにした理由は確実にミノタウロスへその一撃を当てるため。
必中の一撃が、ミノタウロスの巨躯全身を焼く。初めて会って、受けた雷撃の奔流のように白い光を纏った黄色い炎は、ミノタウロスがガードをしても皮膚を焼き焦がし、石斧も熱に耐えられなかったのか溶けていった。
そしてガードのために両腕で視界を塞いだ隙を、見逃す二人ではない。
「「でりゃあああああああああああああああああああああああ!!!」」
最後の力を振り絞った、十字に交差する一撃。ファイアボルトで皮膚が柔らかくなっていたために刃がようやく深くまで刺さり、『鬼斬り包丁』の刃が確かにミノタウロスの心臓部を斬り裂き。
『
走り抜けた先で、力尽きたのか倒れるベルとリリルカ。目線だけはミノタウロスへ向けたが、どうにも立てそうにない。
そして、衝撃の最期を見る。首を落とされたミノタウロスは二人を視界に収めて、
『──
「え?」
その確かな声と開いていた異形の口。灰に消えていく赤毛のミノタウロス。残ったのはミノタウロスの物としては巨大すぎる魔石と、折れていなかった片方の角。
それ以外は灰になったところで、ベルもリリルカも意識を手放した。
────
「本当に、勝っちゃった……」
「それもそうだけど、最後の声何?男の声っぽかったけど」
「まさか、黒幕?吟もまだ帰ってこないのなら……」
フィンがそう警戒するが、それは杞憂に終わる。
金蘭が方陣を解除したのと同時に、部屋の後ろから吟がやってきたのだ。
「お待たせしました、皆さん。いやまさか、本当にあのミノタウロスを倒してしまうとは」
「吟。無事だったのか。黒幕は?」
「すみませんフィン殿。逃げられました。姿もすっかり隠していたので正体に繋がる証拠も持ち帰れず。まさか姿を確認した瞬間逃げるとは」
「にしては時間がかかったみたいだけど?」
「追いかけましたからね。モンスターの撒き餌を使って雑魚どもをけしかけられて、その間に逃げられました」
吟の説明にフィンの親指は反応しなかった。完全に黒幕とやらはこちらへ危害を加えるつもりはないのだと判断する。フィンの親指は便利だが、神のように嘘を見抜けるわけではなかった。
なので同盟相手ということもあって吟の言い分を信じることにした。
ベートは、誰ならこのレベル詐欺から逃げられるんだと思って吟を睨むが、当の本人は素知らぬふり。
そんな会話をしている内に道満と金蘭がベルとリリルカを治療して抱え上げていた。
「すまないな、フィン。十八階層で追い付く。私達三人は彼らを地上まで送り届けたい」
「もちろんいいとも。将来有望な者を、それも君達のファミリアが保護している子をこんな場所に残しておくわけにはいかない。それに君達なら十八階層くらいすぐに来られるだろう?」
「ああ。ゴライアスがいたら倒しておいてくれ。ではな」
道満達は即座にその場を去る。ロキ・ファミリアは当初の予定通り、下へ向かった。
その激戦から三十分後。
地上にて明から連絡を受けたヘスティアが気絶したままのベルとリリルカに抱きつきながら大号泣。
「うわーーーー!ベル君もサポーター君も無事でよがっだよぉおおおおお!!」
しばらくその光景は地上で晒されていたが、その後は大事をとってディアンケヒト・ファミリアにある救護院に搬送。
三日間の絶対安静を言い渡される。いくら万能薬と道満達の術式で治癒したとはいえ、肉体に無理にかけた疲労の蓄積と内部損傷は治せていなかった。
二人が目覚めた瞬間、身体中に走る雷撃のような筋肉痛に、ディアンケヒト・ファミリアの【聖女】アミッドから付与魔法の四重掛けは禁止されることとなった。
ベルに至っては長時間の無理な使用で左目を失明していたのだ。ベル本人が言われて気付いたため、その時に背筋に嫌なものが走ったという。
アミッドの説教も怖かったことから、重ね掛けはできるだけしないように反省した。
ちなみに。
あの決戦を見ていた神々は拍手喝采のスタンディングオーベーション。
バベルの頂上で、地上の片田舎で、天界で。
彼らは思い思いに祝杯をあげた。