ダンジョンに陰陽師一派がいるのは間違っているだろうか 作:かぼちゃマスク
ペース落ちます。
「へー。一週間で三階層ですか。ベルくんもやりますね」
「あの。タマモノマエ様。リリを抱っこしながら話すのはちょっとやめていただきたいというか」
『星見の館・芒野』の一階、店舗部で。金髪金の瞳、頭からはイヌ科の耳を生やして腰の辺りから九本のボリューミーな尻尾を生やした背の小さな少女、このファミリアの主神玉藻の前がリリルカを膝の上に乗せながらお店の店番をしていた。
パッと見
玉藻の前は純粋にベルのことを評価していた。冒険者登録からたった一週間で二階層より下に行くなんて優秀としか言えない。いくら優秀なサポーターであるリリルカがついているとはいえ、リリルカは一切戦闘に参加していない。
それでそれだけ潜れれば十分優秀だと、誰もが認めるだろう。今頃門前払いしたファミリアは歯軋りをしているだろう。
「わたしより小さい子なんて他にいないんだもの。いるとしたら小人族かヘスティアちゃんくらいだよ?」
「ああ、ヘスティア様も小さいですもんね……。いやでも、イチャつく相手は選んでください。明様がいらっしゃるでしょう?」
「ハルくんは今カサンドラちゃんに夢見について指導中だもの。ゴンもここのところずっと反抗期で抱きしめさせてくれないし」
「ゴン様は難しい方ですから……」
玉藻の前も暇じゃなければこんなじゃれつきをしたりしない。占いのお客さんもおらず、店内のアイテムを買いに来るお客もまばら。数日前にあるファミリアが大規模遠征に向かったので、使い切りアイテムなども品切れが目立つ。
玉藻の前が作っても良いが、基本的に神が出しゃばることを良しとしない迷宮都市の在り方から自重している。そもそも神物を簡単に流通させるわけにはいかないだろう。
色々と付与した武器などは売っていても、それがすぐ売れるわけでもない。玉藻の前は大人しく店番をしているしかないのだ。
他の神々との約束があるわけでもない。お気に入りの
リリルカ以外に構う相手がいないとも言う。
そんな時にお店の扉を開いてやって来る存在がいた。
「いらっしゃいま──」
「タマモいるかい!?」
「あら、ヘスティアちゃん。いらっしゃーい」
やって来たのはベルの主神、ギリシャの竃の神ヘスティア。ロリボイン謎紐ツインテールボクっ娘という属性積載過多な少女だ。
そんな神が慌てた様子で来たので、リリルカを脇に降ろす玉藻の前。
「ヘスティア様、いらっしゃいませ」
「サポーター君、いつもベル君がお世話になってるね。ごめん、タマモ借りて良い?」
「リリルカちゃん、お店番お願いねー」
「わかりました」
二柱はお店の奥の部屋に隠れてしまう。神々の内緒話もあるだろうと、リリルカはあまり気にせずお店番に戻る。
タマモが極東の和室へ案内して、緑茶を出してから本題に入る。
「ヘスティアちゃん、ベルくんのこと?」
「ああ、さすがタマモ。ボクにとっては初めての眷属のことだからわからないことがあるんだけど……。ベル君の成長率はふつうじゃない。他の神に聞いていたものよりもよっぽど早いと思う。いくらなりたてだからってあのスピードで成長してたら冒険者の半分がレベル一のままなはずがない」
「一応聞くけど、特殊なスキルでも出たの?」
「それがないんだよ……。だから君か、明君に聞いてみたくて。君達の眼なら何かわからないかなと思って」
そう言われて玉藻の前はベルのことを思い浮かべる。実は会ったことは一度だけ。それでも彼女の眼を持ってすれば、ベルのことは簡単に答えられた。
「ベルくんは可能性の塊だから。それこそ他の
「……そういうものなのかい?」
「そういうものだよ。んー、ヒントね?ベルくんはちょっとたくさんの神々に目をつけられすぎてる。無意識の加護のようなものを受け取ってしまっているの。わたしは与えていないし、ヘスティアちゃんもズルをしているわけでもないんだけど。だからステータスも神の恩恵も正常だよ。注目されやすいかもしれないけど、見守ってあげて欲しいかな」
「わかった。君がそう言うならそうなんだろう。しっかし、どこの神だ?ボクのベル君をー!」
玉藻の前はあなたの弟とか、その使いっ走りとか、このオラリオで一番有名な美の女神とかと言いそうになるのを堪える。言ったところでヘスティアではどうにもならないからだ。
「リリルカちゃんがそろそろ四階層に降りるって言ってたから、やっぱり速いねー」
「駆け出しにしては稼ぎが多くて嬉しいんだけどね。サポーター君にも山分けで払ってるけど、ボクのバイト代よりもよっぽど多いし」
「ヘスティアちゃんの生活が安定しそうで良かったー。心配してたんだよ?へファイストスのところを追い出されてから大変だったみたいだし」
「君はオラリオに来てからもあまり苦労してないって聞くよ?商売も順調で、他の派閥を手伝う報酬でそこまで困らなかったって話だし」
「皆何かしらの特技があったから。『暗黒期』を抜けた後で復興のために色々とやらなくちゃいけなかったっていうのも大きいかな」
玉藻の前達が家族でオラリオに来たのは五年ほど前。ちょうど『暗黒期』が終わって復興中のオラリオで色々と手伝った結果ホームも建てられて借金もなく、悠々自適に暮らせている。
その関係でタマモノマエ・ファミリアは結構顔が広い。構成員は表向き六人、本当は七人しかいないが、魔道具を売る関係でヘルメスと関わりがあったり、魔法の補助具を売っているのでそれを有効活用しようとする鍛治ファミリアとも面識があったり。
「オラリオに来たのは五年前だっていうのに、レベル六の道満君がいるのもすごい話だよねー。しかも彼、そんなにダンジョンに潜っていないんだろ?」
「道満は魔道具を作ることがメインですし。彼は占いの確率も微妙なのでもっぱら奥でアイテム作成していますよ。吟ちゃんとたまにダンジョンに潜ったりもしますが」
「素人のボクが見たってこのお店に置かれているアイテムは質が良い。それこそ神が作ったんじゃないって思っちゃうほどの。そんな道具を作れるんだから、素材集め以外じゃダンジョンに潜らないか」
「ここでアイテムを作っていた方が冒険者の手助けになりますから」
レベル六という都市でも最上位に位置する冒険者がいるのに、ダンジョン攻略に熱心じゃないタマモノマエ・ファミリア。団員募集をして本格的に攻略をしようと思えば攻略も進みそうなものなのに、募集を一切していない。
たまに団員になりたいと入団希望者が来るが、玉藻の前はすげなく断っている。彼女はこれ以上の団員を求めていない。
このことは、零細ファミリアのヘスティアからは羨ましい限りだった。
肝心の話題も終わったので、二柱はお茶を楽しむ。ついでに玉藻の前がヘスティアの食生活を聞いて夕飯として極東の料理をタッパーに詰めてあげて、ベルと食べるように言い渡した。毎日ジャガ丸は身体に悪いと。
──
ベルが冒険者になって二週間が経っていた。リリルカの許可も降りて二人は三日前から五階層を探索していた。ベルのステータスの上がり幅がとても順調なこと。四階層ならそこそこの数のモンスターに囲まれても問題ないこと。
四階層は回り切ったのであんまりモンスター分布の変わらない五階層なら問題ないと思ったこと。これらから二人は五階層でモンスターを狩っていた。
五階層に降りても、モンスターと戦うのは基本的にベルだけ。五体以上に囲まれない限りリリルカもボウガンで援護しなかった。いつまでもサポーターとして一緒にいられるとも限らなかったので、一人前と言えるようになるまで魔石を取り出すだけになるべく留めていた。
ダンジョンを巡りながら、ダンジョンの基礎的なことなども一緒に教えていく。ベルも周りを注意しながら、リリルカの教えを学んでいく。
今日が終われば休養日にする予定だった。だから明日の分も稼ごうと気合いを入れていたベルだったが。
奥から轟く獣の雄叫びに、身体を硬直させた。
「な、何?今の……」
「そんな、何で五階層に!?ベル様、直ちに逃げましょう!リリ達では敵いません!」
「え?」
「
リリルカのその言葉を聞いて、二人は即座に転進。ギルドに戻ってこの異常事態を伝えるべきだと。途中で冒険者がいたら避難を呼びかける。そう決めた。
モンスターが階層を跨いで登ってくるなんて今まであり得なかった。だから下級冒険者でも安全マージンを確保できてダンジョン探索ができていたのに、レベル二の冒険者がパーティーを組んで倒す相手が上層に現れたらどれだけの被害が出ることか。
ギルドに行けば上級冒険者がいるかもしれない。その人達に倒してもらうか、最低でも倒せなかったとしてもレベル一の冒険者がダンジョンに入らないようにしてもらわないと被害が出る。
ベルは駆け出し。リリルカは冒険者歴が長いとはいえ大半はサポーターとして過ごしてきた。ステータスの上がりが悪かったからサポーターにならざるを得なかった。
この二人では敵わない。だからこの選択は正しかったはずなのだが。
『ブモオオオオオオオオッ!』
「「ッ!」」
もうすぐそこまで迫っていた。それを見て、ベルは即座に剣を抜いて足を止めていた。
「ベル様!?」
「リリ、誰かを呼んできて!リリの方が足が速いし、どのみち追いつかれる!僕が時間を稼ぐから!!」
「無茶です!死んでしまいます!まだステータスが高いリリが囮になる方が……!」
「
その感情の発露に。叫びに。
リリルカは壮絶な覚悟を感じ取って、歳下の少年へ背を向ける。
その瞳には、男のちっぽけな自尊心を語る大馬鹿者への雫を溜めて。
「……絶対に強い方を連れてきます。生きていてください!」
リリルカは少年を助けるために、上を目指す。事実駆け出しのベルより、敏捷ステータスが高く、ダンジョンの構造も把握しているリリルカの方が早く応援を呼べる。
リリルカが走っていく音を背中で感じた後、目の前に暴力の化身がベルの前に現れる。
茶色い体毛に覆われた、筋骨隆々な牛頭。人間のように二足歩行をして、右手には巨大な石斧を持った。
ベルにとっての死がそこにいた。
「……これでよかったんだよね?お爺ちゃん。……神様、約束破るかもしれません。ごめんなさい。……うわああああああああァァァ!!!」
ニタリと笑うミノタウロス。どこからどう見ても自分に敵わない貧弱なヒューマンが虚勢の弱々しい意地を張っている。
ミノタウロスが逃げてきた強者達ではない。自分にとっては餌でしかない相手。
上に来て良かったと思った。自分は強者なのだと、目の前の存在が教えてくれたから。産まれた直後に出会った集団はバケモノだったのだと。
バケモノを除けば強者であると教えてくれた相手をどうイタブロウか。獣の本性が、安堵感が、そういう思考をしてしまった。
だからこそ、ベルは。満身創痍になりながらも生き延びた。
──
どれほどの時間が経っただろうか。ベルは右手にギルドで買った初心者用の剣を持ったまま、左手をダランと下げて、足取り重く逃げていた。
ベルの攻撃は強靭な肉体には一切届かず。石斧の叩きつけは当たらずとも余波だけでベルの足へいくつもの裂傷を与えて。左腕で殴り飛ばされただけでベルの左腕は折れて関節も外れていた。
レベルの差はそれだけ大きい。ベルとミノタウロスでは肉体の強度が違いすぎる。攻撃が届かず、一方的にやられる。だから冒険者は自分のレベルとステータスを勘案して潜る階層を決める。一つしかない命を無駄にしないために。
ベルが辿り着いたのは行き止まり。身体を傷めつけられた後、先がどこかもわからずに逃げ続けて自分の居場所も地図も思い浮かべられなくなったからこそだ。
ミノタウロスは次に何をしてくれるのか楽しみで、ベルの速度に合わせて後ろを歩いていた。何をされても負けない、死なない。その絶対的な自信が、嗜虐心を発揮していた。
ベルはここで死ぬと確信した。ミノタウロスを倒して、もしくは死なないように脇を抜けて逃げられるヴィジョンが浮かばなかった。
それでも、向けた、欠けた剣を掲げたまま壁を背に立つ。
「僕はまだ、何もしていない……!冒険も、偉業も、何も!帰るって約束したんだ。女の子を泣かせてまでこんな選択をしたんだ!死んで、たまるかあああァァァ!」
最後の虚勢。涙目になりながらも生きたいと、心から叫んだ。
誰も助けに来られないとわかっているからこそ。それでもここで終わりたくないと。
その想いに。ジャケットに仕舞われていた青い呪符が反応する。
(叫べ。いつか見た憧れを。聞いた生の感触を、思い描いた憧憬を。その胸に秘める、光を撃ち放て)
誰かの声。それがベルの脳内に響く。そして頭に浮かんだ
聞け、
「【天空より更に彼方へ、黄金の雨となり、聖獣たる御牛をも震わせ、最果ての
『モ?』
産まれたばかりのミノタウロスは知らなかった。その魔力の震えを。魔法という存在は知識としてダンジョンから与えられていたが、魔法を実際に見るのも、魔力が集まるのも初めて見る現象だった。
そしてその魔力が、到底駆け出し冒険者が使うような量を遥かに超えていることも知らない。
だから対応をするでもなく、ただベルの行動を見続けていた。殺されないという余裕がもたらした結果だろう。
初めての魔法の行使にベルは暴発させることなく、剣先からその魔法を発動させた。
「【
剣先から放たれるは、
神による裁きの雷霆の再現。
形になったそれは狭い通路を全て覆い尽くし、通路の果てにいたミノタウロスへ届く。
ミノタウロスは本能から両腕と石斧で咄嗟に全身へ降り注ぐ恨めしい閃光を防ごうとする。だが密集した稲妻はその程度で止められず、全身が痺れるように動きを阻害する。
十秒を超える電気の濁流。それを防ぎきった武人の目と耳に届いたのは、ドシャと音を立てながら前のめりに倒れる白兎を彷彿とさせる、己を脅かした強者の姿だった。
全てを出し尽くして、結果としては怪物の身体の表面を焦がし、行動を阻害しただけ。
だが、餌だった偉大なる道化が齎した結果に。
己ではできなかった大偉業に。
牛人は、尊敬の狼煙を上げる。
『ブモオオオオオオオオオッ!!』
なぜ自分はこうできなかったのか。それを恥じるような大咆哮。
圧倒的な強者から逃げ出した臆病者が、自分よりも弱者を見付けて悦に浸っていた己が。
勇者の誕生に立ち会ってしまったことへの、怒りの咆哮。
かの勇者が挑むべきは己のような情けない者ではなかったと。そう心に誓い。
今からでも戻ろうとしたところで、背後に強者がいた。
いつからそこにいたのか。それでも武人になった彼は覚えている。自分が産まれたばかりの時に逃げ出した集団にいた、今倒れる勇者に酷似した白髪の男。
瞳の色は真紅と白で異なるが、持っている武器は似ている。武人は剣と刀の区別はつかなかったが、このやり直しの機会を喜んだ。
今度こそは逃げないと。絶対的な差があるのは承知の内。それでも震える足を必死に前へ向ける。
一方、剣士は刀を抜いているだけで、見ているのは牛人の奥にいる勇者ばかり。
「全く、あの小狐は何をしていたんだか。……だが、良いでしょう。明様が
『ブモオオオオオオオオオ!』
最初から全力で挑むために、ミノタウロスは自分の最大の攻撃、突進の姿勢をとって突っ込む。頭を低く、己を示す二本の角を前方へ、挑戦を受け取ってくれた覇者へ示す。
力強い走りに、ダンジョンの地面が罅割れる。加速力を持って全身全霊の一撃を喰らわせようと、駆ける。
白髪の剣士を捉えたまま。視界は宙を舞う。
剣士の振るった一閃がミノタウロスの首を綺麗に寸断し、地面に着いた瞬間残された身体も灰になっていく。それがダンジョンで産まれたモンスターの定め。魔石を残して、ミノタウロスは最後に笑う。
──ああ、あの勇者のようになれただろうか──
白髪の剣士はミノタウロスのその想いを聞いてから納刀。魔石を拾って、ベルの元へ歩く。彼を肩で担いで歩き出すと、狼人で先ほどまで一緒にいたベートに出会う。
ロキ・ファミリアのレベル
「吟。金蘭の簡易式神によるとそいつで最後だったらしい」
「なるほど。だからおれの後ろにいたのに介入しなかったんですね」
「……そいつは、駆け出しだろう?魔法を持っていたからって、ミノタウロスに挑めたのか……」
「魔法なんて関係ありませんよ。彼は少女のために戦った。傷付く人を見たくなかった。自分が弱いとわかっていても、誰かのために勇気を振り絞った。蛮勇と言っても良いかもしれませんけど、本質は優しくて臆病な少年だと思います」
吟はそんなことを言う。彼の眼は特殊で、妖精に関わっているからか人間の目よりもよっぽど色々な物が見えるらしい。
ベートは吟とそこそこ長い付き合いなので、彼の言葉を疑っていなかった。
「金蘭に診せれば傷も治してくれるでしょう。行きますよ、ベート」
「ああ。……なあ、レベル詐欺。こいつは上がってこられるか?」
「上がってくるでしょう。明様が目をかけているみたいですし」
「ああ?あの【
レベル詐欺と呼ばれた吟は大規模遠征についてきていたのでベルを見るのは初めてだ。だが彼についてきている金蘭の用意した蝶の簡易式神が、ベルのことを伝えてくれた。
彼らがオラリオに来た理由だと。
明は未来予知ができるために都市内外で有名だ。レベルは五ということになっているので戦力としては最上位ではなくても、その特殊能力と魔道具作成能力からお世話になっている者が多い。
「さっきの雷撃、見たでしょう?雷の魔法を使える人間なんて初めて見ましたよ。魔剣ならまだしも、雷が使える人間なんて特異中の特異でしょう」
「……雷は神々の特権だからな。目をかけた理由はわかった。あーあ、ロキ・ファミリアとして補填しねえとマズイよな。お前らは付き添いだから罰則はないとしても」
「できることはしますよ。おれ達も任せきりにしてましたし」
二人は早足で地上に向かう。ミノタウロスは排除できたからと言って、他にも異常が起きているかもしれない。何かしらの余波で思いもしない何かが起きている可能性がある。
それは杞憂だったが、ベルの治療必要だったのだから急ぐのは当たり前だった。