ダンジョンに陰陽師一派がいるのは間違っているだろうか   作:かぼちゃマスク

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34 歓楽街の囚われ姫

 ヘルメスは数日後、ヘスティア・ファミリアの本拠に突撃してベルを飲みの場に連れ出すことに成功した。訪れた当初はファミリアの眷属全員に胡散臭い目線を向けられたが、得意の口八丁でどうにか連れ出すことができた。

 ヘスティアが一番の難敵だったが、もう突破した障害のことは忘れることにしたヘルメス。ベルと二人で訪れたのは歓楽街の入り口に近いお洒落なバー。その大人な、落ち着いた雰囲気にすっかりベルは気に入ったようだ。

 

 ヘルメスの奢りということで、ヘルメスが勝手にベルのお酒を注文してしまう。だがそれは口当たりの良いカクテルで、ベルが嫌うようなものではなかった。

 重要な話をするために、度数も低いものだ。

 

「ベル君。このお店は気に入ったかい?」

 

「ええ、とても!今度は他の皆とも来たいと思います」

 

「それは良かった。紹介した甲斐があったよ。……さて、本題に入ろうか。冒険者に課された、ダンジョンの踏破以外の使命。三大クエストについて。まあ、もうその内の二つは十五年前に解決済みなんだけど」

 

 それからヘルメスは、遥か太古にダンジョンのあった場所から這い出た強力な三体のモンスターについて語る。そのモンスター達の脅威を、十五年前の激闘を掻い摘んで話した。

 残る黒龍の討伐は、下界の悲願であると共にタイムリミットでもあると。

 

「その黒龍退治について、僕にわざわざ伝えたかったんですか?」

 

「ああ。とある神々が君を見出してね。実際君はいくつものワールドレコードを叩き出している。……玉藻から聞いたけど、ランクアップが近いんだって?」

 

「あはは……。タマモ様は凄いなぁ。そうなんです。アビリティ自体は結構高くなってるんですけど、この前の『戦争遊戯』は偉業として認められなかったみたいで。神様にはいつも心配をかけているので、むしろランクアップしなくて良かったかなとも思いますけど」

 

「『戦争遊戯』は君達の実情を知っていれば、ワールドレコードはともかく神々からすれば順当の一言だからなぁ。そりゃあ偉業にはならない。もっと神々(オレ達)を驚かせるようなことをしてくれないと」

 

 後になって情報を隠していたヘスティアに、賭けで負けた神々がフェアじゃなかったと苦情を入れていた。情報さえ知っていればアポロンに賭けなかったのにと。

 だがヘスティアは情報隠蔽も戦の常套手段の一つだと説き伏せて賭けの無効を拒否した。胴元も冒険者だったのでヘスティアは我関せずを貫いていた。

 

 神々がそう訴えるほどに結果としては順当すぎたのだ。広範囲攻撃魔法にクロッゾの魔剣。レベル一のサポーターだと思われていたレベル三のインファイター。

 そして付与魔法ではない、継承されたゼウスの大雷。

 攻城戦ならばジャイアントキリングも不可能ではない戦力だった。

 

「偉業とは、神々の予想を裏切る成果。もしくは神も認める強敵の撃破。できっこないと思える実力で格上に勝つ。こういったことが神の恩恵に付随するランクアップの条件だ。……例えば、不条理に捕らわれている人を不条理ごと吹っ飛ばして救い出す、とかね」

 

「ああ、なるほど!それは英雄譚っぽくてわかりやすいです!『アルゴノゥト』とか!」

 

「あれはまあ、喜劇と呼ばれているが。大筋だけ(なぞら)えると確かにありきたりで滑稽な英雄譚になってしまうよなぁ。本当はそんなに生易しい物語じゃないのに」

 

「『英雄達の船』、ですからね。お爺ちゃんも言ってましたけど、喜劇と望まれたから喜劇として伝えられた。けどあれこそは『始まりの英雄』だって」

 

「……君のお爺さんは随分と英雄譚に詳しかったんだね。まぁ、直接見てきたんだから当たり前か

 

 ヘルメスはベルの育てのお祖父さん、ゼウスがそこまで話していることに呆れる。『アルゴノゥト』は原典と世間一般に知らされている童話では全くの別物だ。

 童話の方は敢えて滑稽に思われるように意図して広められた喜劇。

 対して原典は主役たる男の想いを隠しきれなかった、誰かに本当の英雄譚を知って欲しくて残してしまった少女の健気な、隠してしまった恋文。

 『英雄達の船』なんて単語は、恋文の方を知らなければわからないことだ。

 

「さーてと。ベル君、オレは今日かなり気分が良い。臨時収入も手に入って懐も暖まっている。だから次のお店に行こう!」

 

「ま、まさか!?これが神様達の間で話題になっているという、噂の梯子飲みというやつですか!?」

 

「うん、それで良いや。とにかく行こうか。マスター、お勘定」

 

 ヘルメスがお代を払って外に出る。

 そして歓楽街の門を通って、中へ踏み入った。ベルは当然だが歓楽街に来たことはなかった。歓楽街がある区画にはヘスティアとリリルカが危険だから近寄ってはダメだと口酸っぱく伝えていたからだ。

 

 ヘルメスの案内で、しかもヘルメスは何も気にすることなく自然と入っていってしまうのでヘスティア達が言う危険な場所ということがわからなかった。夜ということとお酒が入っていたことで今どこにいるのかわかりにくかったということもある。

 門を潜ると、そこはもう別の街かと思うほど夜の街としての色気で溢れていた。

 

 仲睦まじく腕を絡ませて歩く男女。

 客引きをしているような、肌の露出がとても多く布面責の方が少ないと断言できる痴女達。

 街灯の色も紫で怪しく、更には女性の色香を思わせる香水の匂いが辺りを充満していた。

 そして、圧倒的な女性の数。あまりにも女性が多すぎる。

 

 ベルは劇的な変化に驚くも、ヘルメスはずんずんと進んでいく。逸れたら帰れなくなりそうだと思い、ベルは必死にヘルメスを追った。

 ヘルメスについていくこと十分ほど。一つの大きな極東風のお店の前で立ち止まった。

 

「ここだよ」

 

「ここ、酒場なんですか?」

 

「お酒も出るよ。とにかく入ろうか」

 

 ヘルメスが扉を開いて中に入っていく。中もやはり極東の雰囲気が色濃く出た建物だった。お店の従業員か、二十代くらいのアマゾネスの女性が近付いてきた。

 

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

 

「ああ。それと別々で。あと、今日春姫は空いてるかな?」

 

「空いておりますが……。あの娘でよろしいのですか?」

 

「この子は春姫で頼む。お酒とおつまみも出してもらえるかな?これくらいあれば足りるかい?」

 

 ヘルメスが大金の入った袋を渡す。その中のヴァリスを確認した女性店員は鷹揚に頷く。

 

「これだけあれば確かに。すぐにご案内します。あなた様はどうなさいますか?」

 

「じっくり選ばせてもらうよ。先に彼を案内してくれ」

 

「畏まりました」

 

「え、え?ヘルメス様、一緒に飲むんじゃないんですか!?」

 

 勝手に進む話にベルはついていけない。ベルはまだここが酒場だと思っているし、ヘルメスとお酒を飲みに来たと思い込んでいる。

 なのに個別に案内されて、おそらく女の人と飲むことになるなんて予想できなかった。

 リリルカという彼女がいる身で、それはマズイと本能が告げていた。

 風俗(こういう)店に来てしまった時点でもう遅いのだが。

 

「ベル君。君が心配していることがオレには手に取るようにわかる。ダイジョーブだ。リリルカちゃんにはヘスティアと一緒に説明すれば問題はない。泥はオレが被ろう」

 

「何の話ですか!?」

 

「君はただ、案内された先にいる女の子とお酒を飲みながら話せば良い。それだけだ」

 

「それではご案内いたしますね」

 

 ベルは強引に背中を押されて部屋へ案内される。部屋へ通された後、案内してくれた女性は頭を深々と下げて、お酒とおつまみを持って来て退室してしまった。

 畳が敷き詰められた部屋に残されたのはベルと、金髪の髪と尻尾を見せる赤い着物を着た狐人の女性。

 その女性も、ベルに向かって深々と頭を下げていた。

 

「ご指名いただきありがとうございます。春姫、と申します。今宵はよろしくお願いいたします」

 

「え?あ、はい。ベル・クラネルです……」

 

「初めはお酒をお注ぎいたしますか?それともすぐに床に就きますか?」

 

 春姫は後ろにある布団を指す。

 それは明らかにおかしいと、ベルは質問を投げかける。

 

「あの……。ここはお酒を飲む場所じゃないんですか?」

 

「おぷしょん、として別料金をお支払いいただくとお酒の追加注文もできますが……。足りなかったでしょうか?」

 

「あ、いえ。そうじゃなくて……。僕、一緒に来たヘルメス様にお酒を飲もうって誘われたんです」

 

「まあ、そうでありましたか。ではべル様はわたくしを買った訳ではないのですね?」

 

「買う……?」

 

「ここは、娼館でございます。てっきりベル様はわたくしと一晩を共にするおつもりなのかと……」

 

 春姫の説明を聞いて。

 酔いが一気に醒めたベルは今の現状を全て把握し、天井に向かって叫んだ。

 

「ヘルメス様ァァァ!?神様、ごめんなさい!もうヘルメス様にホイホイついていきません!!」

 

「みこっ!?」

 

 突然の叫びに、春姫は狐耳をパタンと閉じてしまう。

 ベルは自分の事情を全て話し、彼女がいるのならと春姫も行為をすることなく、お酒を飲んでお互いが英雄譚などの物語が好きだということで盛り上がった。

 ベルも舌を巻くほどの詳しさ、お酒もあったので二人の話は驚くほど盛り上がりを見せた。

 

 そしてお酒がまわったからか、春姫は自分の境遇を漏らしてしまう。

 もうすぐ、満月の夜に自分を生贄にする儀式が執り行われること。

 その儀式が終われば、自我がなくなるか死んでしまうこと。

 自分の犠牲を持ってして、所属するイシュタル・ファミリアがフレイヤ・ファミリアに抗争を仕掛けること。

 

 自分は娼婦だから、誰にも助けてもらえないこと。

 春姫が話してしまったのは、お酒のせいというのもあるだろうが、やって来たのが自分より歳下の少年で、同好の士で、お金は払っているのにお客さんらしくなくて。

 閉じ込められている春姫でも知っているような有名人だったからだろう。

 

 その話を聞いて、ベルは。

 

「どうにかならないんですか……?」

 

「わたくしは、娼婦です。汚れた身で助けを求めることこそ、過ぎた願いでしょう。それに……最後に、あなた様のようなお客様ではないような方に会えた。それだけで春姫は幸せです」

 

「そんな……」

 

「満月の夜。歓楽街とバベルには近付かないでください。この前の『戦争遊戯』とは比べものにならないほどの大抗争が起こります。わたくしはあなた様を、死なせたくないのです」

 

 それだけ伝えて春姫はベルを時間だからと追い返してしまう。

 ベルがお店の前に着くと、ヘルメスが待っていた。娼館だということを黙っていた怒りなど忘れて、ベルはヘルメスにお願いをする。

 

「ヘルメス様。フレイヤ様に渡りをつけられますか?」

 

「聞いたのかい?ベル君」

 

「はい。……娼婦だとか、関係ありません。あの人は英雄譚が好きな、ただの女性です。それに生贄として犠牲にしてまで派閥争いに勝利して、その勝利に価値はあるんでしょうか?」

 

「さあなあ。オレ達神々でも思考が違うから、一概には言えない。特に美の女神はその辺りが特に独特だ。……フレイヤ様には面会ができるように、オレが骨を折ろう。満月の夜は五日後だ。それまでに自分のファミリアを説得してくれ。イシュタルは強いぞ」

 

「はい!」

 

 ヘルメスには良い返事をしたベルだったが。

 夜遅くに帰ったベルは帰りが遅いことをヘスティアに怒られ。

 麝香(ジャコウ)の香りがすることから歓楽街に赴いたことがバレてリリルカに泣かれ。

 ヘスティアに説明をした結果嘘がないとわかり、一安心と共にヘルメス許すまじと怒りを募らせ。

 

 他の女性を抱いていません、リリ一筋ですと叫んだことでリリルカが別の意味で顔を赤らめて。

 本題であるイシュタル・ファミリアが起こそうとしている抗争について相談しようと思ったが、その情報をくれた春姫のことについて話していたら命が待ったを掛けた。

 

「ベル殿。その春姫なる方はサンジョウノ・春姫と名乗っていませんでしたか?」

 

「え?僕は春姫って名前しか聞いていません。金髪で、狐人でしたけど……」

 

「ああ、やはり!桜花や千草に伝えなければ!歓楽街にいるという噂は伺っていましたが、本当だったとは……!」

 

「命さん?もしかして知り合いですか?」

 

「ずうっと探していた幼馴染です。ベル殿、ヘスティア様!私は今回の抗争を止めることに賛成です!大切な方が犠牲になることを知って、何もしないままで居たくない!!」

 

 命の嘆願に、ヘスティアはうぐぅと唸る。

 今回の話は非公式の町で行われる『戦争遊戯』に巻き込まれに行くという話だ。オラリオが舞台なので巻き込まれる可能性はあったが、言ってしまえば女神の格の争い。

 それにやっとファミリアの形が出来上がったヘスティア達が首を突っ込む。幸いなことと言えば、味方側に都市最大派閥のフレイヤ・ファミリアがいることか。

 

「わかった。ただ現状を再確認してからだ。リリルカ君。イシュタルの所の等級は?」

 

「Aです。最大戦力は確かレベル五。戦闘娼婦(バーべラ)と呼ばれる方々が主力で、多くの方がレベル三以上。探索系としても一級のファミリアです」

 

「イシュタルのところってそんなに強かったのかい?……いやまあ、それだとイシュタルがフレイヤに敵意を抱くのも当然か。フレイヤはその上を行く。目の上のたんこぶだし、オラリオで貢献してるのもフレイヤの方が多いって聞くし……。ウワァ、攻める理由満点だ」

 

 ヘスティアは項垂れる。それでも自分達が死地に行く可能性があるので考察は止めない。

 

「ベル君。フレイヤを除く、協力してくれるファミリアは?」

 

「ヘルメス様は手伝ってくれるようですけど……」

 

「ヘルメスはなぁ。レベルを詐称してる疑惑がある中立派閥だぞ?後は?」

 

「すみません。それくらいしか聞いていないです……」

 

「フレイヤがいれば戦力としては十分なんだろうけど。あとは街の警邏をしてるガネーシャのところか?」

 

 ヘスティアが勘案していると、一匹の蝶が本拠に入り込んでくる。

 正確には真っ白な、簡易式神だ。

 

「これ、明君の。……ああ、やっぱり」

 

「神様。それって……」

 

「規格外の商業系ファミリアが参戦だ。後はベル君がフレイヤに会いに行って彼女の力を借りられたら、ボクは止めないよ」

 

 翌日。ベルはヘルメスの力を借りてバベルの最上階に行くことになる。

 

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