ダンジョンに陰陽師一派がいるのは間違っているだろうか 作:かぼちゃマスク
ベル達の前に突如として現れた、『穢れた精霊』という呼称の化け物。人の姿をした上部と鷲のような下半身を持った女神イシュタルが呼び出した存在。
尋常ではない雷を纏ったその異形の圧から、その場にいた全員は即座に気合を入れる。レベル一のタケミカヅチ・ファミリアの者は自分達では敵わないと春姫を遠くへ運んで離脱を図った。タケミカヅチ・ファミリアで残ったのは桜花のみ。
この場に残ったのはレベル二以上の上級冒険者のみだ。だがそのレベル二以上だとしても目の前のモンスターは手に余る。それほどの強さを肌で感じていた。
ベルとしてはあの赤いミノタウロスに出会った時のような、それほどのプレッシャーを思い出して冷や汗を流していた。
「貴様ら、見た感じレベル四以上はいないな?それでアレをどうやって倒す?アレはロキ・ファミリアをたった一体で蹂躙したまさしく化け物だぞ!」
『煩いぞ。ドサ袋の女神』
「ケプ!?」
イシュタルが麻袋のまま得意げに語っていたが、建物の中からやってきた巨大なままのゴンが大きくなった三尾の尻尾で押し潰した。その結果変な声を出しながら気絶した女神らしきものの完成だ。
美の女神要素が欠片も見当たらず、ゴンが神性を持っていることもあって不名誉な名付けをしたことも相まって、たとえ麻袋を顔から外したとしても魅了されることはなくなった。
そしてゴンに続くように瑠姫とヘルメス・ファミリアが続々と空中庭園に集合していた。
「皆さん。女神イシュタルが言っていたことは事実です。アレは一体でロキ・ファミリアを壊滅させかけた『穢れた精霊』の別個体です。レベル七相応、と言って過言ではないでしょう」
「レベル七って……!」
「……その割には襲ってきませんが?」
アスフィの言葉に命が震え、リリルカが純粋に疑問を投げかける。
現れてから少し経過したが、くだんの『穢れた精霊』は雷こそバチバチと帯雷させているものの、ずっとその場に浮かんだままだ。
しかも何故か立派に生えた顎髭を手で弄りながらウンウンと頷いている始末。嫌に人間臭い仕草だ。
『ええのうええのう。小人族に人間に眼鏡っ娘に犬人にエルフにドワーフに狐人に……猫か?猫人ではないな、そこの。猫が人型になった存在じゃ。ふうむ……。極東の式神だったか?まあ、美人なら何でも良いかの!ガッハッハッハ!』
『あんのクソジジイ……!あちしの正体を看破しやがったのニャ!クゥちゃん、やっちゃって良い!?』
『防御主体のお前がどうやるんだよ。そもそもアレが理性を持って話してると思うか?』
『ハーレム!ハーレムじゃあ!選り取り見取りで困るのう!ここには五月蝿い女神もおらんし!なにやらおなごの良い匂いもたくさんするのう!……アマゾネスは嫌じゃが』
ゴンは理性がないようなことを話すが、聞いているベル達からすれば話している言葉はわかる。内容は全く理解したくなかったが。
それとさりげなく美の女神を無視している『穢れた精霊』であった。
『というか瑠姫も銀郎もよく今まで疑いをかけられなかったなと思ってるぞ?お前ら、どっからどう見ても猫と狼の顔じゃねえか』
『煩いニャ!猫人も狼人もいたから人間達は何も思わなかったんだニャ!……神々にはバレてそうニャンだけど』
『いや、案外節穴だろ?まだ明のことバレてないんだからな』
『確かに。じゃあ大丈夫かもニャ』
瑠姫がゴンの説明に安堵する。
瑠姫を知る人間達からすれば本当は猫人ではなく猫が人型になったものと聞いてどういうことかと困惑するが、それを聞くことはない。
まだここが戦場だとわかっているからだ。
「【
「アスフィさん……?」
「歓楽街に被害は出るでしょうが、アレと戦って勝てないと思うのなら都市最大派閥に任せれば良い。アレの相手は我々の本分ではないでしょう。……女性陣は目を付けられてしまいましたが」
アスフィは諦めたように溜息をつく。
そもそも推定レベル七の相手に逃げ出してどうにかなるのかという話だ。おそらく逃げている途中で捕まる。
ハーレムなんて叫んでいる相手だ。捕まった後女性陣がどうなるかなんて簡単に想像がついてしまった。
「いいえ、ここでアレを足止めします。フレイヤ・ファミリアの皆さんが到着するまで。レベル五がいなくても僕達は強化種のゴライアスを倒せました。なら、あの頃よりランクアップした皆が一緒なら。アレの足止めはできると思います」
「そうですか。聞きましたね?【
「いつものことじゃねえか!」
「やってやるぞー!」
この中で一番の武闘派であるヘルメス・ファミリアの士気が上がる。ゴンと瑠姫もやる気満々で、後はヘスティア・ファミリアと桜花が腹を括るだけだ。
「良いのかよ?ベル」
「ウチには女性陣が多いし……。それにあの精霊、なんだか僕が止めなくちゃいけない気がする」
「なんだそりゃ?ま、お前がやるって言ったならオレもやってやるさ。ここで逃げ出すのは男らしくねえ」
「お前がオレ達のリーダーだ。お前が教えてくれなかったら春姫を助けられなかっただろうからな。命もやる気だし、オレもやるぞ」
残りの男子であるヴェルフと桜花もベルに同意する。
全員が参戦することを決め、それぞれの獲物を『穢れた精霊』に向けた。
「この精霊を倒して、春姫さん奪還作戦の完遂とします!ただし、絶対に無茶はしないこと!後方には心強い戦力が控えています。僕達はアレが暴れないようにここに引き止めることを徹底します!」
ベルは宣言の直後、剣を向けると『穢れた精霊』はニィと口角を上げたように見えた。何か楽しいことがあっただろうかと考えながらも、ベルは付与魔法を発動させる。
「【
精神力回復薬をガブ飲みして、この場にいる全員に雷を全身に付与させた。その準備段階に邪魔されるのではと誰もが警戒していたが、『穢れた精霊』は全く動かないどころか上機嫌に笑い出したではないか。
『カカカッ!【
バリバリバリっ!と『穢れた精霊』が身に纏っていた雷が増大する。彼の興奮に合わせて雷が動いているようだ。
『興味が湧いた。儂がおなごよりも興味を持つなんてよっぽどのことじゃぞ?小僧は儂が殺す』
「うわー。ベルはモテモテですねぇ。流石にリリも不安にナッチャイマスー」
「全然気持ち篭ってないよ!?それに殺害予告はモテモテとは違うんじゃないかな!」
『うん?臭う、臭うゾォ!そこの小人族の少女、小僧の女じゃな?小僧の前で儂が奪ったらどうなるかのう?人の女を奪うのも久しぶりじゃ!』
「ウワァ……」
「……こいつだけは殺す!」
「ベルが普段使わない言葉遣いをしてやがる!?気持ちはわかるが落ち着け!頭に血が登ってたら戦いが上手く行くはずがねえ!」
ベルはあまりの発言に殺意を昂らせる。初めて見た時からどこか気に食わなかったが、それが一層深まった形だ。
ベルが鬼のような形相をしていたのでヴェルフがチョップをして落ち着かせた。
リリルカもお爺さんは趣味じゃなかったのか、気持ち悪そうに舌を出していた。というか異形だし。モンスターだし。彼氏は隣にいるし。
「【
アスフィをはじめとしてヘルメス・ファミリアが突撃する。前線組はアスフィが開発した
アスフィが開発した魔道具である爆薬を降らせたり、虎人のファルガーが膂力を活かした大剣で切り込み。メリルが詠唱した炎系の魔法で援護した。
だが威力が高くない魔法は帯電している雷で弾かれて本体には届かず。爆薬も似た形で無力化され、大剣は素手で捕まれ、こっそり近付いていた犬人でシーフのルルネの奇襲による短剣の突きも雷に阻まれて傷を付けられなかった。
「えいっ!」
カサンドラが副兵装である弓で射撃を行なったが、同じように雷で効かない。ヴェルフが持ってきていた魔剣を使うも、魔剣の炎ですら雷で相殺してしまった。
「ふざけろ!レベル七相応っていうのは嘘じゃねえな!」
『ほう?同志ウルスが手を貸したクロッゾの末裔じゃな?良い力じゃ。お主も喰えばもっと力が増すじゃろう』
「オレまで目を付けられた!?」
「キモッ!アポロン様を思い出すキモさなんだけど!?」
男色発言にダフネが背筋を凍らせた。鳥肌が立っているのか腕をさすり始めてしまったがその感情は誰でも理解できたので戦闘中の行動でも誰も咎めなかった。
ヴェルフに注目した間に、ベルとリリルカが屋上から跳んで『穢れた精霊』の鷲の足を斬りつけた。血こそ出なかったが、斬り傷は付けられたので初めてのダメージを与えたことになる。
ベルはミノタウロス並みの脅威だとして自身とリリルカには三重の【
だが、傷を付けられるということは倒せるという証でもある。
『強さもそこそこと。余計気に入ったぞ、小僧!娘ぇ!』
『危ないニャ!マオ!』
昂ぶった『穢れた精霊』がいくつもの落雷を降らせるが、瑠姫が使った防壁魔法──正確には陰陽術による短縮詠唱で発動した方陣──によって全員直撃は避けた。だが威力が高かったようで短縮詠唱で威力の下がった方陣では守りきれなかったようだ。
それでも全員をカバーできるほどの大きく強固な方陣をたったの一言で発動させて重傷者を出さないだけ、瑠姫の実力がレベル四に留まらないことを示していた。
怪我人を見たカサンドラがすぐに武器を主兵装である杖に持ち替えて詠唱を始める。
「【一度は拒みし天の光。浅ましき我が身を救う慈悲の
精神力を大幅に使って効果範囲を増大させ、傷付いた者を全員治療した。雷による火傷や切り傷も全て綺麗さっぱり消えている。この回復の練度は発展スキルである【治療】の効果も大きい。
ヒーラーとしての面目躍如だったが、これを見ていたリリルカとしては『戦争遊戯』で同じことをされていたら負けていただろうなとも思う。
もっともこの精度でできるようになったのは玉藻の前から新しくもらった杖とレベル三にランクアップしたからこそでもある。
相手の攻撃にも負けられないと、ベルとゴンが突っ込む。ゴンの突撃や陰陽術でもダメージを与えられたので周りの者はアタッカーを絞ってベル達の攻撃が当たるようにサポートをし始める。
必死に喰らい付く者達の姿を見て、後方に下がっていた少女も決心をする。
「千草ちゃん。わたくしのこの鎖を完全に外してくれますか?これ、魔力を集めるための呪具らしくて、これがあると魔法が使えなくて」
「わかった。任せて、ピッキングなら得意だから」
千草は幼馴染に頼られたことで着物の帯に隠していた万能道具から針を取り出して春姫の四肢に付けられた鎖の残骸を外していく。
総力戦となる歓楽街最後の決戦は、まだまだ続いていく。