ダンジョンに陰陽師一派がいるのは間違っているだろうか 作:かぼちゃマスク
リリルカがやって来たのは『小人の隠れ家亭』という酒場だった。「小人族以外入店お断り!」とわざわざ書いてあるお店の存在をリリルカは全く知らず、こんなお店があったのかと思いながら中に入る。
知らないのも道理だ。幼少期は外食するような余裕もなく、玉藻の前に拾われてからもソーマ・ファミリアの目を気にしながら生きてきた。小人族だけの憩いの場など、縁もゆかりもなかったのだ。
店内は小人族に全てを合わせられていて、全ての物が小さかった。そして働いている者も客も全て小人族。オラリオにはこういった種族専門のお店も多かったが、小人族であるリリルカ自身もこの小人族しかいない空間には面を喰らっていた。
目的の人物を探そうとする前に、給仕服を着た男の小人族に話しかけられる。
「いらっしゃいま──お、おまっ!?リリルカ・アーデ!?」
「……ああ、元アポロン・ファミリアの」
そこにいたのはかつて酒場でベルに突っかかってきた小人族、ルアンの姿があった。ベルをバカにして返り討ちに遭っていたルアン。彼はそのまま顎を負傷したまま入院している内に『戦争遊戯』が起きて、参加しないまま敗北。
ベルに対してやった煽りと同等の手口で何回もちょっかいを出していたために、アポロンがヘスティアとの約束を守るために謝罪行脚に連れられて緊急退院。それを知ったアミッドにキレられて、しかもかなりの回数頭を下げたために顎の状態が悪化。再入院。
再入院した矢先にアポロンの天界送還。入院費もアポロン・ファミリアが払ってくれていたがファミリアがなくなったことで支払いが停滞。ファミリアの資金も被害者への見舞金に消えていき、ルアンが自腹で払うしかなくなった。
しかも恩恵が消えたために治癒速度が鈍化。さらにはダンジョンにも潜れなくなったのでお金を大量に稼ぐこともできない。
他派閥へ入ろうとしても、古巣の悪行が知れ渡っていることと、ランクアップをしていないこと。そして小人族ということから入団を拒絶されていた。個人での借金もあったことも関係している。
退院した直後に借金を背負わされ、途方に暮れていたところに、ここのオーナーが手を差し伸べた形だ。顔だけは良かったので客受けはいいだろうということで。
今は借金を返すために必死に働こうとして、ようやく研修が終わったところだ。
そんなところに自分を地獄に叩き落とした象徴であるヘスティア・ファミリアの、しかも副団長でレベル三として知られるリリルカが来たら驚きのあまり大声を出してしまってもおかしくはない。
お客や同僚には白い目で見られつつも、有望株のリリルカが来たのかと納得する者もいる一方。厳しいオーナーはたとえどんな相手が来たにせよ大声を客に向かって使うなんてと、また研修に戻そうかと考えていた。
ルアンは到底リリルカに敵いっこなかったので、粛々と席へ案内する。待ち合わせ相手が【勇者】だったことでもう一度大声で驚かれた。
周りの注目を浴びながらも、通された窓際の席に向かう。そこには優雅にリリルカを待つフィンの姿があった。
「来てくれてありがとう。久しぶりだね」
「そうですね。……ラキアとの件はよろしいのですか?」
「もう趨勢は決まった。僕がいなくてもどうとでもなるよ。それにこっちの方が遥かに重要だ」
「はぁ?」
レベル六という雲の上の人に、リリルカは思わずいつもの調子で返事をしてしまう。戦争よりも大事な話などどこにあると思いたかった。
この後ベルやヘスティアに話そうとしている内容ではあるまいし、とリリルカは思いながらも、目の前の男がオラリオにやって来た理由そのものという話をするなら重要ではあるかと思い直す。
ひとまず席に座って、相手の出方を伺った。
「単刀直入に聞こう。君は僕の使命を知っているかな?」
「小人族の復興、でしたか。大筋は有名なので知っていますが、本質はおそらく掴めていないでしょう」
「では軽く説明しよう。『フィアナ』という女神を知っているかい?」
「知っているも何も……。小人族が崇拝していたとされる、架空の女神でしょう?」
小人族として色々失格なリリルカであってもそれくらいは知っていた。『古代』に活躍していた小人族の騎士団を誉と思い、擬神化したという中々にツッコミを入れたくなる存在だ。
神々が下界に降りて来たことで『フィアナ』に会えると思っていたものの、蓋を開けてみればそんな女神は存在しなかった。ヘスティアのように下界へやってくるのが遅い神もいるので見当たらないだけなら問題は少ないが、他の神々が『フィアナ』なんて神を知らなかったのだ。
信仰していた神がいないと知って小人族は急速に勢いを失い、今は落ちぶれているという。それが昨今の小人族の現状らしい。
「僕はその『フィアナ』に代わる小人族の希望になるために冒険者になった。ここまで言えばわかるかな?」
「まさか騎士団の再建に協力しろ、とでも言うつもりですか?他派閥ですのに」
「その通りだ。話のわかる女性はありがたい。その騎士団の象徴は、小人族でも確固たる英雄であることが望ましい」
「ロキ・ファミリアではない、新たな
話の流れから、リリルカはそう推察する。有望な小人族を集めて、過去の栄光の再演をするつもりなのだろうと。
リリルカは今の派閥を離れるつもりはないし、小人族のコミニュティにも興味がない。フィンを旗頭として、彼の元で戦うというのも御免蒙る。
だから断ろうとする前に、フィンが言葉を続けた。
「たった一代では希望も長続きしない。何代にも渡って継承させる必要がある。僕という一過性の個だけではダメだ。小人族を長く奮い立たせるには、長期的な英雄が必要だ」
「……つまり、あなたが言いたいことは」
「僕が矢面に立って小人族の象徴となったとしても、後に続く者が必要だ。そしてその者は僕の血を継いでいることが望ましい」
「なるほど。それで優秀な異性の小人族を探していると。話はわかりました。他を当たってください」
どういう理由でリリルカが呼び出されたのか、完璧に把握した上での一言。
そもそも、リリルカを呼び出したことがおかしいのだ。『戦争遊戯』で全てに見せつけたというのに、その上で略奪愛に走ろうなどと。
何を言っているのか、という話だ。
「わたしにはベルがいます。あなたの作業的な愛は受け入れられません」
「伴侶になった女性には誠心誠意尽くすつもりだ」
「そうですか。どうぞ、その未来の女性を存分に愛してくださいませ」
「今のところ、君が一番僕の理想に近いんだけどな」
「なんですか?ベルと別れてあなたを選べと?そこまで不誠実な女になった覚えはありません」
「若い時の恋愛が、長続きするとも思えない。今は良くても、いつか冷めるかもしれないだろう?」
「あり得ないかと。しかもベルを捨ててあなたを選ぶなんてもっとありません。わたし、おじさんは趣味ではないので」
恩恵のおかげで若く見られるが、フィンはすでに四十を超えている。そんなおじさんと結婚なんてあり得ないと思っていた。
リリルカの好みは純朴そうで、けど頼りになって。甘えさせてあげたい年下だ。一人の女性として愛する前に使命が頭にある年上なんてまっぴらゴメンだった。
頼りにはなるかもしれないが、その方向性が異なりすぎる。たとえ顔が良くて物腰柔らかで実力があっても、使命に殉じるなんて考えられない。
子供は愛すべき象徴であって、使命を引き継がせる道具ではない。この辺りの価値観の相違が絶対に受け入れられない線引きとなっていた。
「……彼はそこまでかい?」
「ええ。むしろあなたはベルを評価していないのですか?ベルよりもわたしを評価していると?」
「彼ももちろん評価している。けど、君はかつての小人族が持っていて今は失った『勇気』をあのミノタウロスとの戦いで魅せ付けた。レベル一ながら、サポーターながら、二人で撃破した。僕はあの出来事で君に感銘を受けたんだ。小人族のあるべき姿を見た」
「あれも結局、ベルありきですので……」
フィンの重視するもの、リリルカに目を掛けた理由がわかって、だからこそフィンの願いを聞き入れられない。
リリルカが輝く理由は、ベルがいなくてはダメなもの。小人族だけのことを考えているフィンの使命とは交わらない。
ベルと自分の仲を引き裂こうとしたフィンへ報復の意味も込めて、意趣返しとして気付いたことについて切開をする。見付けてしまったのだから、仕返しとして傷口を開いてやる。
「【勇者】様。何を焦っておられるのですか?年齢?小人族の有望株の少なさ?それとも、今までは小人族の中で唯一のレベル六だったのに【
──
小人族で第二級冒険者が皆無なこと。フレイヤ・ファミリアの四兄弟が追随してきたこと。オッタルという都市最強が数段手の届かない高みへ行ってしまったこと。
これら全てがフィンを焦らせた。このままでは小人族の栄光たる旗頭になれない。結局、一番にはなれない種族なのだと知らしめるだけで終わってしまう。
ロキ・ファミリアはレベル七への到達者が現れず、フレイヤ・ファミリアは数人出ているどころかレベル八と九まで現れた。その格差に、フィンは焦るのも仕方がない。
いくら恩恵で誤魔化していても、人間である以上身体の限界は訪れる。いつまでも成長できるわけでもなく、エルフのように長い時間があるわけでもない。
それにダンジョンで『穢れた精霊』を倒したにも関わらずランクアップしなかったことから、どのような強敵を倒せばランクアップするのかの見当も付いていないことも焦らせた。ダンジョンの未開拓エリアに進出して、そこにいた強敵を倒した。それを神々に偉業とは認められなかった。
ステータスは十分に資格を得ている。だというのにランクアップの兆しはない。
フィンがレベル六で足踏みをしている中、比肩されていた派閥は幾人もの幹部がその壁を破った。急激な成長に、派閥争いでは確実に置いていかれて後背を喫している。
焦る理由はここ最近、特に増えていた。
「……リリルカさんは、意地悪だね」
「こういう性格なのですよ。幻滅してください」
「それはちょっと無理そうかな」
「……余計に苦手になりました」
「はは、嫌われちゃったかな?……うん。求婚云々を除いても、小人族とこうして腹を割って話せたのは久しぶりだった。それだけで有意義な時間だったよ」
フィンはそう言う。呼び出しておいて断られたくせに朗らかに笑う彼を見て。
人種が違うなと思ったリリルカだった。
もう話も終わりかなと思い、食事をするには危険すぎると思ったのかリリルカは立ち去ろうとする。だが、席を立つ前にお店が騒がしくなる。何事かと思って顔を向けると、入り口で何か揉め事が起きているようだった。
「人間のお客様の御来店は遠慮させて──ベル・クラネル!?」
「ご、ごめんなさい!リリを連れてすぐに帰りますから!」
「ベル?」
またルアンが叫んでいたが、リリルカはやってきた人物に注意がいく。何でここにという疑問と、来てくれたことに対する嬉しさがあった。
何とか交渉して店内に入ってきたベルは、リリルカとフィンの姿を見付けてこちらの席へやってきた。
「リリ、大丈夫!?フィンさん、どういうことですか!」
「ベル・クラネル。何のことかな?」
「僕の彼女のリリに、求婚したという話です!」
「……おかしいな。僕はその目的をロキ以外に教えていないから、この店内にいない限り情報が漏れるはずがなかったんだが」
「明さんが教えてくれました!」
「ああ……。彼も僕を邪魔するのか」
星見の規格外さに、フィンは苦笑する。
他人の彼女を奪おうとしているのだから、リリルカを居候させていた明達からすればベルを送り込むのは当然の行為だ。
ベルはすぐにリリルカの手を掴む。
「フィンさん、今後はこういうことはやめてください」
「いやいや、僕も簡単には諦められない。そんな生半可な想いで止められることじゃないんだ」
ベルとフィンが睨み合う。
この状態が今後も続くのは勘弁だと思い、リリルカはこの関係性に終止符を打つべく、ある言葉を口にすることにした。
フィンが諦めきれないのはベルとリリルカの関係性が恋人という不確かな間柄だからだ。同じファミリアで恋人同士だとしても、フィンにとってはまだ強固ではないということ。
なら爆弾のような決定的事実を言ってしまえばいい。
「【勇者】様。諦めてください。──わたしのお腹には、ベルの子供がいるので」
「「──え??」」
リリルカの発言に当事者の二人はもちろん、店内でも首を傾げる者ばかり。
発言の一句一句を思い浮かべ、意味を思い出し。特に後半の言葉を反芻させてようやく脳が言葉の意味を理解した。
まさしく神の頭脳を持つ、フィンやリリルカに続いてベルまでもが集まったことに疑問を持ってデバガメをしていた神々が、人間の誰よりも早くその言葉の意味を理解して、蜘蛛の子を散らすようにその場から離脱して噂を広げる広告塔と化していた。
「り、リリ……?それって……」
「【聖女】様のお墨付きです。現在八週目。ベルとの子です」
「……なるほど。僕が付け入る隙なんてこれっぽっちもなかったわけだ。ベル、彼女を幸せにするように。
フィンは伝票を持って素早く立ち去る。
残されたベルは、唖然としながらもリリルカに確認を取る。
「ぼ、僕との赤ちゃん……?」
「はい。ベル以外のどこに相手がいますか?」
「こ、子供……。僕が、親……?」
「はい。少し前から体調が良くなくて。確認したところ妊娠していると」
その事実を確認して、店内も店外からも二人を見守る視線が増えていく。
そんな周りの様子など気付いていないベルは、そっとリリルカのことを抱き寄せた。
「じゅ、順番が逆になっちゃったけど、リリ。これからもずっと、僕と一緒に居てくれる?」
「ええ。お姉さんとして、ベルのことを一生支えてあげます」
「「「わああああああ!!!」」」
「【
「というか、ヤルことヤってたのかよ!?」
「え?待てよ、【
「ラキアとの戦争どころじゃねえ!こいつはもっとやべえ大スクープだゼェ!」
唐突に巻き起こった、期待のルーキー達の結婚騒動。
何かと話題に事欠かないベル達のことはかなり注目されており、この話はすぐにオラリオ中に広まる。
本人達からの報告より先に、事実確認をしにきた神によって詳細を知ったヘスティアは、即座にミアハを呼び出して検診を受けるのと同時に胃薬を増やすように頼み込んだが、これ以上は神の身体とはいえ差し障るとドクターストップ。
これから『神会』も始まるというのにまたこんな状態で参加しなければならないのかと、ヘスティアはお腹を抑えながら愚痴をこぼす。
それでも帰ってきた二人には、竃の神としてきちんと祝福をした。