ダンジョンに陰陽師一派がいるのは間違っているだろうか 作:かぼちゃマスク
エレボスが顕現したことによって。
彼を知る一般人は野次馬をやめて逃げ出した。アルフィアがいることもそうだが、近くにいたら殺されると思ったのだ。その懸念も七年前の教訓から間違っていないだろう。
一般人は減る中、神々とその眷属の野次馬はいなくなることはない。
「このクソ主神!俺らだってわかってるヤベー奴があそこに居るんだぞ!?野次馬なんてやめて逃げようぜ!」
「あー?せっかく面白くなってきたんだから特等席で楽しむに決まってんだろ。こんな喜劇、間近で見てこそだ。それに俺らを殺す気なら今から逃げたって間に合わねーよ」
「……まあ、確かに?」
「それに、あいつは天界からこっちに来たばっかだ。いくら【静寂】がいたとしても動かせる戦力なんて残ってるわけねーだろ。七年前に率いてた奴が現れたって闇派閥がまた力を貸すとは思えねーしな。なにせあいつはオラリオに大打撃を与えたものの、失敗したんだ。そんで七年もいなくなってて今更闇派閥が手を貸すか?」
「……確かに!」
「つーわけであいつは言ってた通り観客だろうさ。だから【静寂】の魔法に消されないようにお前らは肉壁になってくれ」
「「「やっぱりロクでもねえなクソ主神!!」」」
そんなやりとりをどこのファミリアもした結果、冒険者と神々は居なくならない。
観客が減って、むしろ興味を持った神々が現場にやって来てという入れ替えをやっている最中、フィンが劇場に上がる。
それは少し前まで一緒にダンジョン攻略をしていた、外部とはいえ仲間だと思っていた男に対して詰問するためだ。
「道満。君はいつから、闇派閥の仲間になった?君単独か?それともファミリア全体か……!?」
「噂の智謀も、埒外のことには対応できないらしい。親指も万全ではないのだろう。歳を喰ったな。……いや、フィン・マックールの逸話を考えればおかしくはないか。彼も晩年は醜態を晒したからな。ディルムッド・オディナよりは君はフィン・マックールに近しいのだろう」
「……答える気はないと?」
「うん?そもそもどこから闇派閥という単語が出てきた?なぜそれと私が繋がる?私の行動理由は全てファミリアの者と共有しているが」
「闇派閥の首魁を呼び戻しておいて、何を言う……!?どんな魔法を使ったのか知らないが、今君が横に並んでいる邪神が居て言い逃れができると思っているのか!?」
フィンにそう言われて、道満は横を向く。その横にいたエレボスも更に横を見てアルフィアの顔を見ていた。
アルフィアは大の男が二人して何をしているんだと眉尻を上げていた。
「ああ、エレボスのことか。真実を知っているのはヘルメスとアストレア、それにゼウスとヘラくらいだったな。すまない、星見で真実を知っている身からすると、エレボスが邪神とも闇派閥とも言えなくてな。フレイヤ・ファミリアはザルドを通して知っているのだったか」
「……なに?」
「この街に残っている闇派閥と協力関係であるファミリアはあとたった一つ、イケロス・ファミリアだけだ。玉藻の前の助言でタナトス・ファミリアは壊滅させただろう?今の闇派閥の首魁エニュオは玉藻の前が先日天界へ送還したのだから、エレボス一柱捕まえて闇派閥と叫ぶのは滑稽に映るぞ?」
もう残っている闇派閥など存在しないのだ。協力関係にあったイシュタルも送還済み。タナトスも自死を選んで送還。新しく闇派閥を産み出そうとしない限り、オラリオに闇派閥と呼ばれる存在はいないことになる。
イケロス・ファミリアも既にベル達と異端児によって制圧済。
平和な都市にはなっていた。
「プークスクス。道満、あの泰山府君祭が魔法だと思われてやんの!それに闇派閥って!まあ暗躍しまくってたらそう疑われてもしょうがないし?これからは同志として一緒に仲良くやっていくか!」
「肩に腕を回すな。……まあ、陰陽術の極地を魔法と思われたのは業腹だが。さて、そろそろネタバラシと行こうか。ミク」
「はい」
道満が呼んだことで、玉藻の前、吟に金蘭、銀郎と瑠姫。そしてゴンが道満の後ろに転移でもしてきたかのように一瞬で現れる。
タマモノマエ・ファミリア勢揃いかと思われたが、肝心の団長がいない。
「道満、明は?」
「なんだ。今ネタバラシをしただろう?──玉藻の前をミクと呼ぶのは俺だけだ」
「「「あ!?」」」
道満の身体がブレたかと思えば、現れたのは明だった。
さっきまでそこに居たのは確実に道満だったのに、今は明にしか思えない。
泰山府君祭を使った時点で、道満は明が姿を偽っていただけだと神々は把握していた。というより、既に明が本当は安倍晴明だと神々も理解していたので、どっちの姿もどうでも良かった。
野次馬の冒険者が主神に聞いて、主神は説明する。陰陽術で化けていただけだと。
「レベル六とレベル五を、演じていたのか……?」
「それは楽だった。道満を一番理解しているのも俺だからな。一人二役なんて昔からやっていたことだ。それにもう一つ。『玉藻』」
『はーいなのじゃ』
「ボクも行くのかい!?」
明がもう一人を呼ぶと、ヘスティアを抱きかかえながら明の隣に着地する『玉藻の前』。ヘスティアを連れていることに驚く神々と、二柱いる玉藻の前に驚く冒険者達。もう何が何だかという状況だった。
「……もう胃が痛くなってきた……」
「ヘスティア様。文句は全てが終わった後に。ベルがその奥にいます。居てあげてください」
「……わかったよ」
アルフィアに言われてベルがいる建物の中に入っていくヘスティア。
それを見届けて玉藻の前のフリをしていた存在は自分の本性を出す。
赤光色の九尾の狐。全長は二メートルはあるであろう、神々しい存在だった。
「モンスター!?」
「あら、『婆や』をモンスターと言いましたか?温厚なわたしでも怒りますよ?」
『まあまあ主様。それが冒険者の常識なのじゃ。神々も眷属なんて連れてきてないからの』
玉藻の前が静かな怒りを見せて、『婆や』と呼ばれた狐が宥める。
言葉を話せる怪異。姿からもモンスターかと思ったフィンだったが、そうじゃないと知る。
なにせ『婆や』と呼ばれた存在から、神威を感じ取ったからだ。
「……何なんだ。君達は」
「ただの極東の生き残りだ。下界の傍観者とでも言うべきか。ダンジョンを作ってこの世界をどうするものかと見守っていたが、十五年前に黒龍を刺激したせいで黙っていられなくなった。それだけだよ」
「蓋開けてみればゼウスとヘラを追い出して、闇派閥の台頭を許した上にレベルも低いままだったもんな。玉藻の前やオレが動くのも当然だろ」
「エレボスと、手を組んだ理由は?」
「え?まだ気付かない?黒龍の討伐。そのための見極め。だから手を出さないでもらった」
「七年前の犠牲者には冥福を祈る。それでもあれだけ腑抜けていては世界は終わる。その自覚をエレボスが突き付けるというのなら、我々は傍観しただけだ」
明とエレボスがまだ肩を組んだままなので、フィンが聞く。
まさしく七年前の真実を打ち明けるだけの劇場だった。幕が上がり、劇場に踏み入れた時点でカーテンコールまで逃げられない。
そんな場が形成されていた。
「ロキ・ファミリアに問おう。アルフィア程度に恐れていたお前達が、ゼウスとヘラを超えたのか?ダンジョンの踏破階層でもファミリアの質でもいい。超えてはいなくても、せめて追い付きはしたのか?」
そのエレボスの問いに、ロキ・ファミリアは答えない。
いや、答えられない。
ゼウスとヘラ。二つの派閥は別格すぎたために。レベル九が在籍し、その他の団員もレベル七以上が複数。末端であっても今で言う第二級冒険者ばかりなど、おかしな戦力だったのだから。
「せめてアストレア・ファミリアのように正義の意志でも灯していてくれれば、まだレベルが低くても問題なかった。高潔な意志というのは人間の可能性だからだ。だがザルドに勝ったのはフレイヤで、アルフィアに勝ったのはアストレア。お前達はオレの呼び出したモンスターに勝ったが、それもアストレアと共闘した一部だろう。──停滞した準最強が、ゼウスとヘラも敗れた黒龍に勝てると思ったか?」
エレボスは問う。この七年何をしていたのかと。
闇派閥は倒した。だが既に風前の灯火だった闇派閥だ。エニュオが残した『穢れた精霊』は厄介だったが、戦力としてはそれが最大。怪人も少数しかおらず、それを倒してレベル七に到達したかと言われれば誰も至らず。
都市にもオッタルという指標はあった。その指標を目指してフレイヤ・ファミリアは邁進してきた。オッタル自身もレベル七としてはカンストに近いステータスを手にしていて、超えるべき壁が存在しなかっただけ。
それを与えたら簡単にランクアップした。
そういう意味ではロキ・ファミリアにも芽は残っている。壁さえ与えれば強くなる逸材はいるのだ。
それが七年前にいなかった眷属ばかりというのが、エレボスは遣る瀬無いだけで。
「どうなんだ?ロキ。二大派閥を追い出した女神。黒龍なんて後回しで良いと思っているのなら、下界は滅びるぞ」
「……そんなん思っとらん。いつかウチの子らが黒龍を倒す」
ガレスを引き連れて、ロキがやってくる。エレボスの顕現、タマモノマエ・ファミリアの動静など離れていてはマズイ事態だと思ってフィン達と合流することを選んでいた。
「なら何故フェンリルをけしかけない?偉業が足りないのなら神として与えれば良いだろう?二大派閥になって浮かれたか?フレイヤに追い縋れるところで満足したのか?ダンジョンに偉業がないのならフレイヤに『戦争遊戯』でも仕掛けろ。黒龍が今オラリオを襲ったらお前達は全滅するぞ?」
「めちゃくちゃ言うな!それに三大クエストのモンスターはこっちから仕掛けない限り襲ってこうへん!だからゼウスとヘラも、千年経ってから戦ったんやろ!」
「モンスターやダンジョンに、ウラノスが何をしている?何故それと同じことを、他のギリシャ神話における神々の王と呼ばれた存在がしていないと思う?三大モンスターは動かなかったんじゃない。動けなかったんだ」
「──ハア?」
エレボスの説明にロキは呆けた後、その言葉の意味を反芻して、気付く。他の神々も、気付いていく。
ウラノスは天空を示すギリシャの王であった時期がある。それは今やゼウスのものだが、ゼウスが最初からそうだったわけではない。ギリシャの神々を統べた王は変遷を遂げてゼウスに収まったのだ。
そしてそんなゼウスやオリュンポス十二神は下界に来ているが、例えばウラノスの母であり妻である原初神のガイアは?ウラノスの子供であり、二番目の神々の王だったクロノスは?そんな存在が下界に降りて来ているか。
答えは否だ。天界にはいるのに降りてこない理由とは。ヘスティアのように降りてくるのを戸惑っているのか。
もしくは。
何かをしていて、天界を離れられないか。
「オレはウラノスの親世代、原初の神だ。そんなオレが下界に降りてきたのはゼウスの失敗の尻拭いだよ。他の原初神は三大モンスターを封印して力を使い切ってな。万を越す時間において封印する強固な封印だぞ?下界に遊びに来る余力も残ってなかったさ」
「特に黒龍なんて半分はギリシャに関係のある存在ですから。ギリシャの神々が率先して動く道理もあります」
「……待てや。じゃあ残った黒龍は、今封印から解放されてるんか?そんな話、ヘルメスから聞いてへんぞ」
「いや、今も仮の封印がされている。玉藻、あと何年だったかな?」
「八年と八ヶ月です。それが下界のタイムリミット」
エレボス、ロキ、玉藻の前の会話を理解できているのは全てを聞いているタマモノマエ・ファミリアとフレイヤ・ファミリア。そしてこの場にいる神々だけ。
冒険者──下界の子は置いてきぼりだった。
「さあ、選べよ?このまま今の日常を続けて黒龍に滅ぼされるか、来る時に備えて力をつけて黒龍に打ち克つか。その楔は七年前に撃ち込んだはずだ。そら、折り返し地点に来たぞ?七年前の教訓を活かして『大抗争』を知らない世代へ教育を施したかどうか。その確認と行こうか。アルフィア」
「……はぁ。奴らを試金石にすると。まあ良い。今は聞いてやる」
アルフィアが一歩前に出る。
それだけで、彼女は超短文詠唱の魔法を行使できる。
「【
超短文詠唱にしては超火力の魔法が、ロキ・ファミリアを襲う。厳かな鐘の音と共に不可視の衝撃がロキ・ファミリアを襲った。
それはあまりに広範囲。あまりに無慈悲。あまりに悲惨だった。
レベル三以下の眷属は全員が地に伏し、レベル四以上も【魔防】の発展アビリティがなかった者は片膝を着く。【魔防】を所持している者やレベル六の面々はきちんと防いでいたが、それでも一瞬で大多数を制圧できるこの魔法はインチキすぎた。
それでも二人だけ。この魔法を首を傾げている者がいた。
(アルフィアのこの魔法は、こんなものだったか?いくら私がランクアップして、受けたのも七年前だとしても。怪人になって生きていたのならステータスは上がっているはずだ。あの時は蹂躙されたが、この程度で済むものか?)
(リヴェリアも困惑しとるの。儂も同じ意見じゃ。七年前は二人して蹂躙された。なのに今は軽傷と言っていい。まるでレベルが落ちているような……)
(いや、早計だ。アルフィアはおそらくもう一つの魔法で【福音】の威力を抑えている。そうじゃなければもう一つの魔法でオラリオを破壊してしまう。そこまでの見境はないのだろう)
リヴェリアとガレスはそう考える。二人は直接この【福音】を受けたことがあるから疑問に思ったが、リヴェリアはアルフィアのもう一つの魔法からあえて制限しているのだと悟る。
それでも一つの魔法で、超短文詠唱で軒並みノックアウトするキチガイさを十分に発揮していた。
「教育が足りてないぞ、ロキ。オレが知らない顔で立っているのはアマゾネス二人にエルフ一人じゃないか。それで本当に黒龍を討つつもりか?」
エレボスはがっかりしたように言う。
エレボスの知らない顔とはティオネとティオナ。それにレフィーヤだけ。ラウルのことは知っていたし、その三人に至っては『始まりの英雄』に薫陶を受けた崇高なる魂の持ち主。
その事実を知っていたので、実質0だと絶望していた。
「そんなバケモノ女の魔法、耐えられる方が少数や!」
「だが、これ以上の理不尽が黒龍だ。アルフィアもザルドも黒龍には挑めなかったが、挑めば他の者達と同じ末路だっただろう。そしてそれは、お前の愛する眷属の成れの果てだ」
「ッ!」
「冒険者が頼りないなら、頼れるモンスターの方がマシだ。なあ?玉藻」
「そうですね。皆さん、出て来てください」
エレボスが煽り玉藻の前が頷いて。
ゾロゾロと地下水道から異端児が現れる。しっかりと理性を宿した瞳が、頑丈にロープなどで縛った人間を地面に降ろす。
その理知的な行動に。人を襲わずそこで待っているモンスター達に。冒険者は全員呆気に取られた。神々は初めて見る未知に興味津々だ。
「玉藻。こいつらの主神は?」
「ヘルメスに頼んで捕まえてもらってますよ。色々教えたのでもう捕まえています」
「さすがオレの神友だ」
「な……なんやタマモ!そのモンスター達!?それは神の眷属やない、本物のモンスターやろ!?」
イケロスをヘルメスが捕まえたことを伝えた後、ロキが指を差して確認する。
理性を持ったモンスター。ダンジョンにイレギュラーはあっても、そんなイレギュラーを聞いたことがなかったために。
「
ロキとリヴェリアはベルの行動に得心がいって下唇を噛み、フィンは異端児の存在が信じられないのか視線が安定しない。
アイズも似たようなものだ。父親を奪った黒龍と同じ、憎いモンスター。そのはずが、闇派閥を捕らえる理性があると言う。
「ハッハッハ!そら、喜劇だろう?お前達と同じ心を持ち、同じ行動をしていたモンスターを操られていたと気付かず討伐しようとし、守ろうとした英雄すら殺そうとしたお前達!道化を名乗るに相応しい眷属だよ、ロキ・ファミリア!──だから、アストレアに期待したんだ。戦力はフレイヤがいればいい。だからこそ心はアストレアとガネーシャに任せた。結局、七年前の予想通りか。惜しむよ、アストレア。君がいればこの都市は、まだマシだったのかもしれないのに」
高笑いをした後、哀愁の憂いを見せるエレボス。
その言葉の真摯さに。表情に。
少し離れて一部始終を聞いていたリューは、自分の心に整理をつけられなかった。
『婆や』は玉藻の式神です。
ちょっとまえに玉藻のフリをしていました。