少年はある日、Vtuberのアバターそのものになった。

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僕はVtuberのアバター

 この世界は怖い。

 

 この世界は、前に僕が生きていた現実世界と違って男性の数が少ない。その影響で女性は競争率の高い男性を射止めるべく、かなりガツガツとした性格をしている。女性から積極的に求愛されることは多く、下手な対応を取れば性的に食べられてしまうということもあるようだ。それを知ってから、事務所の一室を借りて女性配信者とオフラインコラボ配信をするときでも、少しも油断できないということがわかった。

 

「こんばんは、ユキです」

 

 夕食を食べ終えた午後八時。いつものように自宅にある執務机に向かい、デスクトップパソコンと向き合う。片手でマウスを操作しながら空いている手で正面にあるカメラへと軽く手を振ってみた。

 

 すると、パソコンに映っていた動画サイト『WeTube』の配信画面に手を振る僕が映っていた。見るだけで手触りがいいとわかる雪のように綺麗なショートヘアを揺らし、柔らかく微笑む色素の薄い十代後半の美少年。愛嬌のある顔に浮かぶ、少し眦の吊り上がった紫の眼が僕を見つめていた。

 

 そんな僕が映し出された四角い動画枠の横には、目まぐるしい勢いで下から上へと流れるコメントがあった。

 

『こんゆきー』

 

『こんばんはー』

 

『今日も可愛いね』

 

『配信助かります!』

 

 数が非常に多すぎて一つ一つのコメントを取り上げることはできないけど、抜粋するとこんな感じ。このコメント全部が日本中または世界中のどこかにいる人がリアルタイムで打ち込んでくれたものだ。

 

 画面に表示されている視聴者数によれば、今日も十万人以上の人が見てくれているらしい。おそらく、その殆どが女性ユーザーなのだろう。前に配信を終えた後に視聴者の内訳を調べたときは女性は七割を超えていた。少し過激な描写のあるFPSゲームをやったときも女性視聴者の数は減らなかった。

 

 現実世界の僕の配信とはまるで異なる状況だ。

 

 改めてその事実を受け止め、僕は続けた。

 

「僕の声は聞こえていますか?」

 

『大丈夫』

 

『しっかりと聞こえてます』

 

『初見です。声も顔も可愛いですね』

 

『ちょっと音声がプツプツしてるような』

 

『おま環』

 

『問題ありません』

 

 コメントを確認し、たぶん大丈夫だとわかった。音声が途切れていると言う人がいるみたいだけど、定期的に確認したほうが良さそうだ。あまり長く続くようなら僕のほうで調整しよう。今日はゲーム配信はせず、このまま一、二時間ほど雑談をする予定だから余裕はある。

 

「それじゃあ、雑談配信を始めます」

 

 至って平静を保つ僕とは正反対に、コメントは熱狂した。流れが速すぎてコメントを目で追えない。その中には僕と同じ企業に所属する女性配信者のコメントがあった気がするけど、わざわざ確認するのはやめておいた。コメントに埋もれて気がつかなかったと言えば言い訳がつく。

 

 都合の悪い現実から目を背け、僕は配信を始めた。

 

 

 

 僕は配信者だ。雑談やゲーム、歌配信などいろいろなことを試みている。コラボ配信もするし、都合が合えば同じ配信者が開くゲームの大会などにも参加する。できるだけ多くの視聴者に好かれるような配信者になりたいと思って積極的に行動している。

 

 この想いは前の世界、僕が生きていた現実世界の頃から何も変わらない。

 

 僕が仮想世界と密かに呼んでいるこの世界にやって来て唯一変わったことと言えば、配信の形式だ。

 

 現実世界では自分自身の顔ではなく、僕を模した動く二次元アバターに声を当てて配信していた。いわゆる『Virtul Wetuber』、略して『Vtuber』と呼ばれる存在として、僕は企業に所属して三年間配信活動を続けてきた。

 

 でも、今では自分のアバターを画面に映す必要はなくなった。なにせ、今の僕は現実世界で使っていたアバターと寸分違わない顔をしている。顔だけじゃない。指の細部に至るまで、僕の体は『雨宮(あめみや)ユキ』と瓜二つ。アバターを使わなくても、自分の顔を映せば何も変わらない。

 

 僕を取り巻く世界は変わってしまった。いや、僕がこのおかしな仮想世界に迷い込んでしまったというほうが正しいのだろう。今から約半月前の朝。ベッドで目を覚ましたときには、僕の体は雨宮ユキそのものになっていた。

 

 最初は夢かと思った。すぐに目が覚めるのだと思い、少しだけこの世界を楽しんでしまった。でも、寝て起きても現実世界には戻れず、この仮想世界は当たり前のように続いてしまった。それ以来、僕は依然として雨宮ユキだ。僕が現実世界とは何もかもが違う仮想世界に放り込まれてしまった。

 

 仮想世界は現実世界といろいろな部分が異なっている。

 

 まず、女性の数は男性の数よりも多く、肉食系の女性が大半を占める。おそらく貞淑な女性など絶滅危惧ではないだろうか。そう思わせるほどに女性は欲望が強い。話してみると人当たりは良くても、ふと気を抜いた発言をするとぐいぐいと迫ってくる。決して油断してはならない。

 

 そんな女性に比べれば、男性はだいぶ欲が薄い。「結婚するならこういう女性がいい」とか「こういう恋愛がしたい」という人並みな恋愛感情はあるみたいだけど、出会った女性を自ら組み伏せて性的に頂こうという下半身に従って生きる男性は世界のどこを探してもいないはずだ。性犯罪の全てが女性によって引き起こされているというのは小さい子供でも知っている一般常識だ。

 

 そんな世界で僕は、男性配信者として活動している。

 

 勿論、生きるために。この世界でも僕は企業が運営する『PIECE(ピース)』という配信者グループに所属していて、しっかりとお給金を貰っている。視聴者による配信画面上での『投げ銭』と呼ばれる行為によって、満額ではないとはいえお金が貰えることもあり、配信業一本だけでも十分食べていける状況だ。

 

 男性よりも女性配信者のほうが人気だった現実とはまるで違う。もうバイトを掛け持ちしなくていい。通っている大学の学費も、奨学金を借りなくても普通に支払える経済事情。これだけ聞くと何も問題はないように思えてくる。

 

 だけど、忘れてはいけない。

 

 今の僕は複数人に狙われている。それも、同僚であるはずの女性配信者たちから。

 

『ユキ先輩、ウインクしてください!』

 

 雑談配信中、コメントにたびたび現れては謎の要求をしてくる同僚の女性配信者。百名を超える数多い同僚の中でも、一期生として一番早くデビューした先輩の僕に物怖じすることなく接してくる、活発的でオタク趣味に理解のある後輩系ギャル。現実世界の頃からこの子とはコラボすることは多かったけど、ここまで積極的ではなかったはずだ。

 

 この子にも僕と同じく中身が入っているのか、そうでないのかはわからない。

 

 ただ、この子や他の同僚もそうだけど、僕以外の人に現実世界の話をそれとなく匂わせてみても誰にも通じなかった。皆、今の自分が本当の自分だと思っているようだ。それは僕のようにこの世界に迷い込んだけど記憶を失っているだけなのか、嘘をついているのか、そもそも現実世界などとは何の関りもない根っからのアバターなのかも定かではない。

 

『ユキ先輩、ウインク!』

 

「あー、はいはい。これでいい?」

 

『それウインクじゃなくて両眼閉じただけなんですけど!』

 

『配信を荒らしてる配信者がいるね』

 

『ブロックしておくね』

 

『また炎上するよ』

 

『あと、そろそろオフコラボしませんか!?』

 

「燃えるような発言はやめましょうね。今度オンラインコラボしてあげますから」

 

 後輩を優しく諭した後、僕は音声を一時的にミュートにして呟くように言った。

 

「女性怖い……」

 

 僕の想いも知らず、僕のリスナー対後輩の過激で不毛な戦いが始まろうとしていたけど、僕は軽く受け流して次の雑談へと移っていった。

 




自作の小説題材提供ツールを使ったら『Vtuber』というお題が出てきたので書きました。Vtuberのこと殆ど知らないので、書くのが難しかったです。配信描写を完全再現とか知識のない私には絶対に無理。


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