唐突だが、ウマ娘の能力を活かしやすい職業とは何だろうか。
古くは運輸、農耕、時に建築や戦乱へ。
ウマ娘の高い身体能力は重宝され、歴史上ではウマ娘による大軍勢によって世界を席巻した国家も存在した。
時は流れ、20xx年。
ウマ娘達の身体能力に可能性を見いだした者達は、最も過酷な空間でウマ娘の能力を活かそうと考えた。
その行く先は───宇宙。
『種子島宇宙センターより、《メイジ》応答願います』
「こちら《メイジ》、感度良好ですわ。宇宙は今日も快晴です」
そして、メジロ家の令嬢メジロマックイーン。
彼女もまた、宇宙飛行士となったウマ娘の一人だった。
とある約束 作:嵐山三太夫
「ウマ娘の宇宙飛行士………ですか」
「その通り。人間よりもウマ娘は強靭だ、故に対G訓練を始めフィジカル面での訓練を大幅に短縮できる。コミュニケーション能力もレースを経験したことがあれば大抵の事は問題ない。唯一作業についてだけは習熟が必要になるが………まあそれはどちらでもあまり変わらないからね」
数年前、メジロ家を訪れたアグネスタキオンからマックイーンは宇宙飛行士へのスカウトを受けていた。
トゥインクルシリーズ、URAファイナルズ、ドリームシリーズを駆け抜けたのち、メジロ家を継ぐため進学した矢先の事であった。
「タキオン先輩がまさか宇宙開発に興味がおありでしたとは、存じ上げませんでしたわ」
「確かに私はウマ娘の可能性を追い求めてはいるが、それは肉体面だけに限った話ではないのだよ。宇宙という地球上とは異なる空間でどんなストレスが発生し、その肉体がどう変化するか………それもまた、私の研究の範疇なのさ」
マックイーンにとって先輩に当たるタキオンはドリームシリーズへの昇格と同時に進学し、ウマ娘工学を専攻していた。
最も、彼女の研究は多岐に渡っており共著という形で専攻以外の論文も多々発表されていたのだが………
「話を戻すけれど、このプロジェクトはウマ娘の研究も兼ねている。そもそも絶対数が少ない貴重なウマ娘を不安定な打ち上げ技術で喪うわけにはいかなかった、しかし今は技術の向上により成功率はほぼ100%。始めるならば今、ということで各国も動き始めている」
「その中で私に声をかけられたのは………広告塔としての役回りでしょうか?」
「いや、それはあくまでも副次的なものに過ぎないよ。マックイーン君、私はキミのチームを背負い取りまとめてきた責任感と組織運営力を評価している。それは宇宙においては必要不可欠な要素だ」
そこでタキオンは先程角砂糖を数個投入した紅茶を口にし、『流石、良い茶葉を使っているようだね。良い風味だ』と頷く。
「チームシリウスを解体の危機から自らの手で救い、ライスシャワーを再起させ、トレーナーと共にチームを運営し、自らも現役を続けられぬ程の怪我を抱えながらドリームシリーズでその名に恥じぬ活躍を残す………そんなことが出来るのは会長などほんの一握りに過ぎないよ」
「………過分なお言葉ですわ。私は多くの人に支えられて辛うじて立っていたに過ぎません」
共に目指すものに向かい進み続けることを願い、信じ、誓った彼。
二度の勝者への憎悪を向けられながら折れず、遂に本当の勝者として認められた不屈のライスシャワー。
ダービーという目標レースへの熱き想いを持って、チームを引っ張り続けたウイニングチケット。
自らを超えうる相手と、名ウマ娘の誉れ高き姉を超えるために飢え渇く、しかし不器用で繊細な心をその内に秘めた天才、ナリタブライアン。
自分達が苦しむ中でも時に励まし、盛り立て、ずっと付いてきてくれたチームメイト。
そして、忽然と姿を消してしまった、彼女。
誰よりも自由気ままで、だが誰よりもシリウスの皆を想っていた、始まりの1人。
「支えられていたことを理解し、同時に応えようとできていたからこそ、『シリウス』はキミをリーダーに選んだ。それはキミとて分かるだろう?
………それと、最近のメジロ家の宇宙産業への投資にはキミも関わっていると聞いているが」
「まったく、困りましたわね。スポンサーの事をそうも気軽に話してしまうとは」
「そう言わないでくれたまえ、あくまでもこれは私がプロジェクトに関わっているからこそだよ。
確かに投資先としてはあり得る選択肢なのかもしれないが、国内の宇宙産業は米国と比べれば発展途上………我々としても何の理由も無しにいきなり宇宙に関わろうとしているというのも不自然だと思ってね、その意図を図りかねていたんだ。
私が直接来たのはそのためでもある。君より先に声をかけさせてもらった二人──トウカイテイオー君とマヤノトップガン君にも直接私の方からスカウトをかけさせてもらっている。
………とは言え、確かに急な話ではあったからね、少し考えてみて欲しいんだ」
「………タキオン先輩も変わられましたね。以前でしたらここで即決させようとしていたと思いますが」
「………時間は有限だが、時には回り道をしなければならない時もある。私の勝ち得たものは、回り道の先に有ったものだからね」
ふと、左手に目を落としたタキオン。
その薬指には白銀の輝きを帯びる指輪が輝いている。
「………彼がいなければ、私はここまでの栄誉を得ることはなかった。こうしてキミに声を掛けることも、宇宙開発に関わることも無かっただろう。それは、当時の私には全て『無駄』と思えていたものだ。………彼が、私を全て変えてしまったんだ」
「私も、トレーナーから多くのモノを頂きました。栄光も、挫折も、迷走も、その全てが愛おしい記憶と思える程に」
「そうだね、その通りだ。笑ってくれないかマックイーン君、ただこの身体の行き着く果てを見たいが為に研究に身を捧げ、生きてきた私が、だ。
彼と歩みを合わせて生きたいと望む、そんなただの1人のウマ娘になってしまったんだ」
「まさか、それを笑う資格は私にはありませんもの」
───共に歩みたい、歩んで欲しいと願ったのは同じだから。
マックイーンはただ微笑む。
タキオンは照れたように、しかし幸せそうに笑った。
それは学園で見せていたような狂喜の笑みではなく。
ただ愛するパートナーを得て、愛し愛された1人のウマ娘の笑顔だった。
「ところで、タキオン先輩は宇宙には行かれないのですか?」
「いずれは向かう予定ではあるよ。ただ、その、だね…………」
「?」
「………彼とはもう3年近く遠距離恋愛になってしまっていたんだ。それがようやく共に暮らせるんだよ。………今は少しでも共にいたいんだ」
「………まあ、まあまあまあ………!」
「ぐっ───だから言いたくなかったんだ、カフェ君には別人かと疑われたんだぞ」
あり方は違えど、互いに想う相手を持つ二人の話は、何度も紅茶を入れ直しながらしばらく続いたのだった。
「他のメンバーから聞いてはいたが………やはり私は何も思い出せないな。
私はそこまで関わりが無かったと言うことか………我ながら、勿体ないことをしたのかもしれないな」
『アイツさえいれば、シリウスはどんな時でもなんとでもなるんだって………アイツがいると、不思議とそう思えたんです』
『トレーナーとマックイーンさんが中心で、アイツは重心というか。
滅茶苦茶やってるんだけど、見るべきところはきちんと見てるというか』
『………いなくなったのが分かったときは正直ショックでした。トレーナーもマックイーンさんもビックリするくらい落ち着いてたけど、私たちはずっと右往左往してて。
ライスちゃんやチケゾー、ブライアンに諭されなきゃずっとそうだったと思います』
『引きずり続けるのも良くないとは思うんですけど。
………私たちも忘れちゃったら、アイツが本当にいなくなってしまう気がするんです。
誰かが、アイツのしてたことを、アイツがどんなやつだったのかを、覚えてないといけないって。
そう思うんです』
「『ゴールドシップ』。………マックイーン君が宇宙に拘る理由にして、シリウスのメンバーに大きな影を残したウマ娘、か」
「………今の私では、何の記憶も感情も無い相手としか感じられないな」
『ようマックイーン、トレーナー』
『もうゴールドシップ!チームをしばらく離れるならきちんと説明をしてください!』
『わりーなマックイーン、トレーナーも。こればっかりはしゃーねーんだわ、ゴルゴル星からいい加減還ってこいって連絡が来ちまったからな』
『………まあ、あなたの突拍子もない行動はいつもですけれど』
『まあな!ゴルシちゃんはいつでもエンタメとエモを求めてるからな!』
『誉めてませんわ全く………』
『…………なあ、マックイーン。トレーナー。』
『………何ですの、突然真面目に───』
『この数年間、楽しかったか?』
『………ゴールドシップ?』
『いいから、答えろって。アタシなりに、ずっと気にしてたんだぜ?お前たち2人が楽しくやれてるかってのをさ』
───楽しかった。最初はマックイーンと二人だけの、危ういスタートだったけど。
気づけば何人もの仲間が増えて、いつの間にか俺たちの周りはとても賑やかになってた。
それはゴールドシップ、君がいたからこそだ。
『………初めにゴールドシップが入ってくれていなければ、こうしてシリウスは続いてはいなかったかもしれませんね。………チームをずっと支えてくれて、本当にありがとうございます』
『………へへっ、なら色々やった甲斐があったってもんだぜ。───おいトレーナー!』
───なんだ?
『マックイーンを泣かすなよ?フリじゃなくて絶対にな!あ、別にサプライズで泣かすのはアリアリだからそこはシクヨロ。』
『っ、はあ?!ゴールドシップ、あなた何を………!』
───君に蹴り飛ばされたくはないな。努力するよ。
『と、トレーナーさん!?』
『おう、ホントに頼んだぜ?』
『っ、ゴールドシップ!きちんと帰ってきてくださいね!』
『まー、気が向いたらなー。ゴルシちゃんはこれでも忙しい身だからよ。これから百年後まで帰らなきゃならねーかんな』
『だから、百年後空けといてくれよ。そしたら3人で宇宙行こーぜ』
随分と懐かしい夢を見た。
昨日のアグネスタキオンのスカウトで記憶が刺激されたのだろうか。
夢の後の浮上しきらない眠気を湛えた意識ですり寄れば、身体を抱き締めてくれる暖かな腕がある。
「おはよう。夢でも見たかい」
「おはようございます………ええ、懐かしい夢を」
あの夜から、まるで最初から居なかったかのようにゴールドシップは姿を消した。
驚いたことにシリウスのメンバーと関わりのある生徒以外はまるでゴールドシップの事を覚えておらず、あったはずの寮の部屋は主など最初から居なかったかのように空き部屋となっていた事だろう。
そもそも実家も聞いたことが無かったためにチームはゴールドシップの捜索を断念せざるを得ず、今でもたまにゴールドシップの存在を忘れないために足跡をなぞるように旅をするメンバーもいるほどだ。
マックイーンはメジロ家を継ぐ身として、最後の約束を叶えるべく宇宙開発への支援を行い、トレーナーは彼女に再会するその時までチーム.シリウスを残すべくトレセン学園に在籍し、多くのウマ娘を指導し続けている。
それは、形は違えど再会を信じているからこその行動だった。
結婚こそしていないものの、マックイーンとトレーナーの関係はメジロ家にも認められている。
そのため、月の何回かはトレーナーの自宅へ通い共に過ごすのがこの二人の定番だ。
「タキオン先輩のスカウトですが、お受けしようと思います」
「そうか………いや、君ならそういうだろうとは思っていたよ」
選手時代よりやや量の減った朝食を摂りながらマックイーンは決断を口にする。
お互いに望む先は同じ───彼女との約束を果たすために。
「………宇宙に行けば、およそ半年は会えなくなるな」
「あら、寂しがってくれるのですか?」
「一人だと少し部屋が広く感じるんだ。君が側にいてくれればと思えるくらいにね。」
「………私も、同じです。メジロの家が、あんなに広いものだと感じる日が来るとは思いませんでした」
「なら、早いとこ約束を果たさないとな。百年なんてこっちは待つ気はない、そうだろう?」
「ええ、勿論。姿を消した分の月日まで、耳を揃えてお返しして貰わなければ割に合いませんわ」
お互いにふと、にまりと悪い顔で笑ってみる。
あまりの似合わなさに二人して笑いながら、いつか巡り来るであろう彼女がくしゃみでもすれば良いと、そう思った。
それからは、飛行士としての訓練が待っていた。
身体能力や対G訓練、無重力状態での乗り物酔いは問題なかったものの、宇宙服を着用しての船外作業訓練や機械操作.保守、ロボットアーム操作、サバイバル訓練など厳しい訓練が彼女を待ち受けていた。
特にサバイバル訓練は名家で育った彼女には途轍もなく過酷であり、僻地でのサバイバルトレーニングは彼女を始め多くのウマ娘達を震え上がらせた。
同時期にスカウトされたマヤノトップガンがサバイバル知識と技術に長けていなければプロジェクト自体が打ちきりの憂き目にあっていたかもしれない(彼女はパイロットの父から特別に知識と手解きを受けたとのことだった)
そうして訓練に2年。アグネスタキオンの研究チームに在籍し研究にメジロ家の運営に勤しむこと4年。
その間に『こいつらこのままだといつまでたっても結婚しねぇ!?』と危惧したメジロ家とライスシャワーら友人達の手によって式を挙げ、先発としてマヤノトップガンとトウカイテイオーが宇宙に上がり。
月のラグランジュポイントに設けられた宇宙開発ステーションへの交代要員として日本製、H-ⅢAロケットにて宇宙へと上がることが決まったのは、スカウトから10年が経った日のことだった。
種子島宇宙センター。
日本国内で唯一有人宇宙船を搭載できるロケットの発射台を備える、日本においての宇宙への玄関口。
打ち上げ台に固定され、燃料の充填を終えた日本の最新鋭ロケット、H-ⅢAの先端部に搭載された宇宙船《メイジ》にマックイーンは乗り込む。
内装の変更で3人乗りまで可能になった操縦室内で最終チェックを進めながら、ふと後ろの席を振り返った。
そこに誰もいないことは分かっている。
そこにいつか、乗せたい人がいる。
共に約束を果たそうとする、愛し愛する家族がいる。
「………いってきます」
言葉は誰に届くこともなく。
しかし、確かに誰かに向かって贈られた。
種子島宇宙センターから打ち上げられたH-ⅢAロケットは当初の予定通り大気圏を突破。
宇宙空間へ無事到達し、ブースターを切り離した。
『種子島宇宙センターより《メイジ》、異常はありませんか』
「こちら《メイジ》、機体及び体調に問題ありません」
大気圏脱出時のGで意識を失うことなく、マックイーンは無事に宇宙空間へと到達した。
機体と姿勢制御チェックを行い、機密が保たれていることを確認。
オールグリーンを確認し、そこでようやく頭上に見える地球を振り仰いだ。
(………成る程、あの人ならきっとこの景色も気に入るのでしょうね。
『地球は今この瞬間から私のモンだー!』とでも言いそうですわ)
『《メイジ》、こちら静止軌道ステーション《トウルビヨン》。応答お願いします。』
「こちら《メイジ》、感度良好です。もしかしてテイオーさんですか?」
『あ、分かった?因みにロボットアーム操作するのはマヤノだよ!』
「でしたら何も問題は無さそうですわね、マヤノさんが失敗するところが思い浮かびませんから」
『なんだったら寝てて良いよ?ドッキングの衝撃で起こして上げるからさ!』
「そんな乱暴な起こし方は御免被りますわ」
かつてのライバルとの会話に、昔の感覚が戻る。
気のおけない二人の会話はコントロールセンターから笑い混じりのお小言が来るまで続いたのだった。
───《メイジ》は静止軌道ステーションでトウカイテイオー、マヤノトップガン両名を搭乗者に追加し、月とのラグランジュポイントへと向かう。
成人してなお、無邪気さの抜けないテイオーと天真爛漫さの変わらないマヤノトップガン。
きっと、道中は賑やかになるだろう。
向かう先はまだ遠く、だが恐れはない。
「百年などあっという間とは言え………私たちはその日まで、座して待つ気はありませんよ。
───月まで、追いかけてみてごらんなさいな」
《量子論による多元世界の可能性が示され、それに伴い比較的短期間の時間軸移動は技術的に不可能でないことはこの実験で立証された》
《ただし、一度変容が起きればその世界線は本来あるべきタイムラインから少しずつ外れていく。平行な世界のどちらかが傾けば、その先で2つの世界線はもう接近することはない》
《そして、トラベラーはその世界線軸に留まることは倫理上出来ない。本来あるべきだった歴史を変えると言うことはそれだけで大きな変化を引き起こす故に》
《あくまでもアタシはこの世界にとっては他人。いずれ生まれ来るアタシの人生を奪うつもりはない》
《ま、つまりはオマエはオマエで好きにやれってことだ。そもそもトレセンに行かないもヨシ、外国に行くもヨシ。オマエの自由だ》
《あ、ゴルシちゃん的には宇宙がアツいんだよな。行ってみたいよね、プロキシマ·ケンタウリ。》
「…………気に入らねえ」
「何が気に入らねえって、アタシの顔したどっかのバカが既に世界を練り歩いてたって事実だ」
「ふっざけんなよバカヤロー!ゴルシちゃんの名前勝手に使っといて『これ以上はいられないから帰るね、メンゴ☆』じゃねーんだよバカ!ゴルシちゃんの人生は最初からクライマックスだっつーの!」
「無駄に記憶も統合されてるしよー………なんだよ、バファリンの半分は優しさですってか、人の人生勝手に使ってナニしてんだバカ」
「………アタシの望み、ねえ」
「なら………せいぜいあの二人をからかいながら面白おかしくやってやっか!まずは月の検地からだな!」
SFで創作したのは初めてでしたが、書いてる最中に色々懐かしいものを思い出して楽しかったです。錚々たる面々の中でびびり散らかしてますが、良い経験になりました。企画主様、参加者様とこの作品を読んでくださった読者様方、ありがとうございました!