BALDRSKY World7+Flat / バルドスカイ 世界7+♭   作:ほんだ

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第13+2章 異相 / Chapter13+2 Discord

 

 

..■一月一二日 水曜日 二二時一五分

 

 如月寮の裏庭には、菜ノ葉が手塩にかけている菜園がある。

 しかしそれ以外にも、何代前の先輩達が残していったのか、正体不明な置物も多数、ある。

 その中には本当に使えるのかわからないようなバーベキューセットなども含まれるのだが、なにかと便利に使われているのは小さなテーブルセットだった。

 そして今、そのテーブルにはグラスが二つに、ボトルが一本。あとはアイスペールなどという洒落たものはこの寮にはないので、適当などんぶりに氷を入れて持ってきてある。

 

「この酒、けっこう高くないか?」

「実家から貰ってきたんだよ、親孝行の賜物、といったところだ」

 雅が得意げにラベルを見せながら、とくとくっ、と二つのグラスに注ぐ。

「ま、とりあえずは新年と、休み明け早々の補習完了に、乾杯」

「おう、今更ながら、あけましておめでとぅっ、さらば課題の山々っ!」

 

 去年の新年は、前の寮で先輩達と、大晦日から年明けまでひたすら騒いでいた。残念ながらというか、当然ながら男だけで。

 今年はまったくの逆と言えなくもないが、委員長気質の空の手前、あまりおおっぴらに呑むわけにもいかなかった。まあ俺自身、あまり真ちゃんの前で酔って醜態は晒したくはない。

 

「空に見つかったら、大目玉だな、これは」

「隠れて酒が飲めるのも、学園生だけの特権だぜ、甲」

「違いない。学園辞めて、禁止されなくなったら、この味はわからなくなったからな」

 あれ?

 なにか言いようのない違和感が……

 

「だろ? あと一年間だけのお楽しみってやつだ」

 一瞬の違和感はグラスと共に空になった。

 あっさりと空いた二つのグラスに雅が継ぎ足す。

 

「で、甲よ。まだ親父さんに会いに良く踏ん切りがつかないのか」

「おいおい、いきなりその話かよ」

 おおよそ雅が何の話にもって行くつもりかは、ボトルを提げて現れたときからわかっていたが、ここまで直接来るとは思ってなかった。

 

「踏ん切りというか、きっかけが、な」

「そんなもの、あれだよ。伝説の凄腕(ホットドガー)にシュミクラムの腕を見てもらいたいっ…くらいでいいだろ」

 そこまでガキにはなれねぇよ、と笑い飛ばす。

 

 

    〓

 

 

「はいはい。なに男二人で、辛気臭い呑み方してるのよ」

「そうですよ、せっかくのいい月夜に、お誘いいただけないのは寂しいものです」

 

 裏口からこちらに現れたのは、二人。

「って千夏にレイン? どうしたんだ二人とも?」

「どうしたもなにも、ねぇ渚さん」

「んー呑むのにいい機会だから、お邪魔しに来たっ」

 

 皿に山盛りに載せられたトマトソースのパスタに、綺麗に盛り付けられたニンジンとダイコンそれにブロッコリーの温野菜サラダ。

 レインと千夏、二人は手馴れた様子でテーブルの上に取り皿を並べながら、合わせてしっかりとグラスの追加もしていく。

 

「ご注文の品はおそろいでしょうか?」

「あ~完璧です、ハイ」

 雅は完全に飲まれてるな、勢いに。

「はい、どうぞ甲さん」

 そういう俺も、取り分けたパスタをレインに差し出され、そのまま受け取ってしまう。

 

「って、なによ雅。ウォッカないじゃない」

 まー期待してなかったけどねーなどと言いつつ、千夏は自前で持ち込んできたボルトを開けた。

 しかも氷も何も無しでどばどばとグラスに注いでいく。

「パスタとウォッカって……千夏その組み合わせは絶対におかしい」

「なによ甲? パスタにはワインじゃないとダメとか言い出す気じゃないでしょうね。だいたいワイン程度じゃ呑んだうちに入らないじゃない」

 そういう問題じゃねぇよ……と言いかけたが、作った本人がその組み合わせでいいなら、口出すほどでもないか。

 

「では、改めまして、乾杯」

「お、おう、乾杯」

 四つのグラスが月下に軽やかに鳴り響く。

 

「で、なに。結局甲は親父さんに会いに行く度胸がないって話?」

「度胸の問題じゃねぇよ。行く理由がないだけだ」

 自分でも理屈になっていないとはわかっている。が、わさわざ親父に連絡するほどのことではないはずだ。

 シュミクラムの腕が思ってる以上に上がってる、そう、ただそれだけのことだ。

 

「菜ノ葉や真ちゃんの前では言いにくいけどね、甲。会えるうちに会っておいた方がいいよ」

 グラスいっぱいのウォッカをぐいっと飲み干し、それでも真顔で千夏が言い切る。

「レインもね、喧嘩でもいいからちゃんと大佐さんと話してる?」

「私はっ、私はそうですね……このまえようやく、いえ生まれてからはじめてちゃんと父と話せた気がします」

 うん、言ってること以上に呑みっぷりが漢だぞ、千夏。

 

 レインも俺と似たような状態、母親のことで父親の桐島大佐とはずっとギクシャクしていたらしい。それも空が間に入って引っ掻き回した挙句、というかそのおかげでちゃんと話し合えて、こうして転校の許可も貰えた。

 親子、人と人との関係は喧嘩できるくらいなのが、ちょうどいいのかもしれない。

 

「だいたい千夏、お前も学費のほうかとどうなったんだよ、それくらいは心配させろ」

 雅がずばっと聞きたいことを、突いてくれる。

 こいつはこいつで授業料とかそのあたり、あまり話したくない家庭の事情があるはずだ。こういう機会でもないと、吐き出してもらえない。

 

「もーねー、休みのあいだ甘えまくってきたよ」

「お?」

「学費のほうもたぶん問題なく片付くよ。それもあって休みぎりぎりまで家にいたし、ちょっと人にも頼っちゃったしね」

 あっけらかんと千夏は、虚勢でもなんでもなく笑いとばす。

 

「片付くってお前……」

「あ、学園辞めるとか、そういう話じゃないよ。スポーツ特待じゃなくて別の奨学金の目処がついたってところ。書類とかホントいろいろ揃えたけどねー」

「おいおい、まさかいきなり成績上がった……とかは言い出さないよな?」

 俺と雅が疑わしそうな眼で千夏の顔、というか頭を眺める。我ながら失礼な話とは思うが、それだけは絶対にありえない。空に三馬鹿と揶揄される俺と雅と千夏の中で、正直千夏の成績が一番やばいはずだ。

「残念ながらそれはないねー年末の成績もあんたら二人と似たり寄ったり。ま、代わりと言っちゃなんだけど、大佐さんにはけっこう相談に乗ってもらったよ」

 

「父が何か?」

 いきなり自分に話が絡んできたことに、レインが素で驚く。

 みんな聞いたことくらいはあると思うけど、と前置きして千夏が説明をはじめた。

「統合軍の新兵募集で第二世代(セカンド)は優遇措置があるんだよ。一般の下士官でもそれなりなんだけど、電脳将校養成コースだと特にね。細かい条件とかはいろいろなんだけど、簡単に言えば、卒業後に入隊することに同意したら、それまでの学費のいくらかを肩代わりしてくれるって」

 なんというか給料の前借に近いが、確かに第二世代(セカンド)の電脳将校は総じて第一世代よりも有能である。しかも人材としてはネット関連の企業からも引く手数多だ。軍としては早めに確保しておきたいことは間違いない。

 

「千夏は、そうか軍に入るのか」

「夢のお告げ……とは言わないけど、スポーツ選手よりあたし向きじゃない?」

 スポーツ選手のほうが向いている、とは言いづらい。

 何かと問題視されてるとはいえ、今のスポーツの主力は遺伝子を改良・調整して生み出されたデザイナーズ・チャイルド、被造子(D・C)だ。薬物や義体といった後天的な改造ではないために各種スポーツ協会も、被造子(D・C)の参加を規制できない。もちろん被造子(D・C)以外のカテゴリもあるが、それはどうしても主流になれない。

 

「夢って言えばよ~甲、お前さー何かヘンな夢を見たとか言ってなかったか? いや、お前のことだから、いつもアンナコトやソンナコトを夢見ているのは知っているが」

 そろそろ酔いが回ってきたのか、雅の喋りがあやしい。ついでに発言内容もアヤシイ。まったく、酔っ払うならテリー・レノックスを見習ってくれ。

「え~甲? そんな夢に見るなら、高画質の動画データであたしのすべてを見せ付けるぞーっ」

 雅と違って千夏の場合、しらふでも送りつけてくるからたちが悪い。

「お前らとはいつか真剣に、俺のイメージについて語り合う必要がありそうだな」

 

 しかし夢か……

 クリスマスイヴのあの夢かとも思うが、あれに関しては自分でもまだ整理できていない。悪夢といっても間違いないが、ただそれだけで否定してしまいたくない何かがあった。

 

「あ~ヒドイの見た。というかヒドイ正夢だった……」

「……正夢、なのか?」

 雅だけでなく、レインも千夏も酔いの醒めた顔でこちらを向いた。

 ああ…やっぱり心配かけてるなぁ、とあらためて実感する。

 

「初夢がな、ニラの雑煮まみれになる夢だったんだが……菜ノ葉のやつ、ほんとにニラ雑煮出しやがった。それも俺だけどんぶりでだぞっ。あれはさすがに食えん」

 うぅ…話をそらすために言い出したとはいえ、思い出したくないものが記憶領域に展開される。せっかくの酒が一気に悪酔いに向かいそうだ。

 

「ああ、ありましたね。でもおいしかったんですよ?」

「俺はニラが苦手なんだ。レインだって、刺身とかダメじゃないか」

「あ、当たり前ですっ、お、お刺身なんてダメですっ。お料理はちゃんと火を通さないと、危険なんですよっ」

 刺身旨いのになぁ……なにげにレインはこのあたり意固地だ。

 

「なー雅。なんだろね、この疎外感」

「まったく、空と違う意味で、レインさんのテンポには付いていけねぇ」

 

 

    〓

 

 

 そう、親父に相談するのをためらっているのは、母さんのことでじゃない。それがまったくないとは言わないが、問題は別だ。

 この不安を直視してしまうと、今の時間を失ってしまうという漠然とした予感があったのだ。

 

 

 

 

 

..■一月一四日 金曜日 一七時三〇分

 

 蔵浜、クレオール。

 ケーキ屋ではあるが、店内の喫茶スペースは表からは見えにくい位置に広く取られており、ゆったりとした良い店だと思う。

 

 この店は、オーナーが空の知り合いらしく、わりあいと無理が利く。以前も菜ノ葉の誕生日当日に予約を押し込んだくらいだ。そして今日もクラスの新年会、とレインの歓迎会を兼ねてパーティに使わせてもらっている。

 ケーキやお茶だけではなく、食事のほうも十分それだけで店を開けられるほどだ。しかも今日は軽めのパーティということで、わざわざ椅子を片付けて立食形式にしてくれていた。

 

 言い出してから三日と余裕がなかったにもかかわらず、集まってくるクラスの連中もたいがい暇だとは思うが、空の顔の広さはあなどれん。さすがにクラス全員ではないが、半数以上は来ている。

「まあ男子の大半は、レインとお近づきになりたいって所だろうな」

 

 最初はなんとなく如月寮の五人で固まっていたが、主賓と幹事の二人、レインが空に連れられて皆の中心に連れて行かれると、残ったのは壁際で佇む男二人。

 ちなみに千夏はしっかりと騒ぎの中心に居る。あいつはあいつで何気に顔が広い。そういえば先月のクラスのクリスマスパーティにも出ていたはずだ。

 

「なあ……雅、もしかして俺達って友達少ない?」

「おいおい甲、俺まで一緒にするなよ。俺はこれでも女子のほうは……知り合いは多いぞ」

 口説こうとして断られた、という事実は雅の中では記憶領域から削除されているらしい。

 それでも俺よりはましか。同じクラスといえど選択授業が主体の星修だ。本当のところ、俺はいまだにクラスの中で顔と名前が一致するヤツのほうが少ない。

 残り少ない学園生活、もうちょっと顔広げるか。

 そう決心して、俺もクラスの輪の中に入っていった。

 

 

    〓

 

 

 テーブルに並べられているのは食べやすいようにと、一口サイズのサンドイッチに、各種のプチケーキ。パスタ類も小鉢にすでに分けられている上に、冷めても大丈夫なようにと冷製主体だ。

 当然ながらドリンク類はすべてノンアルコール。これは仕方がない。

 

 雅と別れて、とりあえず適当に皿に取り分けていると、顔見知りの男子連中が向こうから集まってきた。休み中のことや課題の愚痴などどうでもいいことを話していたものの、こいつらの下心はわかりやすい。俺からレインに紹介してもらおうという魂胆だ。

 雅も似たような状態かと探してみると、俺とは対称的に女子三人に囲まれつつ談笑中。一見羨ましい気もしたが、その三人全員、前に告って振られていたはずだ。まあ雅のすごいところは振られたあとも笑って付き合えるところだろう。

 

 ただクラスの男子連中の話を聞くと、どうやら俺は空と千夏とを二股かけていることになっているらしい。しかも現在進行形でレインにちょっかいを出している、と。どんな最低野郎なんだ、それは。

 そんな面白いことは本人に知らせておかなければならない。ちょうど目が逢ったレインに、グラスを掲げ合図する。

 しかしレインがこちらに近付いてくると、今まで紹介しろとせっついていた男子連中は、頼んだぞと言い残して、散り散りに去っていった。まあ、俺にしてもわざわざ紹介するつもりもないので、横にいられても気まずかっただろうが。

 

「お疲れ、レイン」

 ペリエの注がれたグラスを差し出し、レインをねぎらう。わずかにライムを垂らしたペリエは、話し疲れてそうなレインにはちょうどいいだろう。

「ありがとうございます。ここのお料理はおいしくて、ついつい食べ過ぎてしまいそうですね」

「パスタとか魚介類主体だけど、大丈夫なのか?」

「ご心配なく。ちゃんと火が通してあれば問題ありませんよ」

 確かに刺身というか生物が駄目なだけで、煮物や焼き魚はレインも普通に食べていたな。

 

「それに、残念ながら……」

「いろいろと手は入れてるけど、合成食だよなぁ」

 二人して顔を見合わせて苦笑してしまう。いまどき天然食材など出している店には、学園生の身分では入れるはずもない。それでも星修学園都市は他に比べたらまだ豊富なほうで、しかも如月寮では菜ノ葉がいろいろと農園で作ってくれているからこそ、天然食材が食べられているのだ。

 

「ですが、かなり凝ってますよ。見た目も食感もいろいろとこだわっているみたいです」

 完全合成食料品(ソイレント・グリーン)、名前どおりそれと水さえあれば人間の生活に必要な栄養素はまかなえる。ただあの合成食本来のペーストのままだと、正直食事という気はしない。それを素材として使いつつ、どう味付けし見栄え良くするかが、料理人の腕の見せ所だと菜ノ葉は言っていた。

 

 そんな料理を軽くつまみながら、いくつかのグループになって笑いあっているクラスメイトをなんともなしに眺める。

「それにしても皆さま親切な方が多くて、本当にいいクラスですね」

「俺はなにやら最悪な男に設定されてるみたいだがな」

 さっき聞いた話を、適当に脚色してレインに伝えた。

 

「まったく。甲さんがそれくらい積極的でしたら、もう少し如月寮も平和ですのに」

「おいおい、遠まわしに俺が甲斐性がないって言ってないか、それは」

「自覚なさっているなら、エスコートしてくださいな?」

 レインのその誘いを受けると、確実に来週からクラスで妬まれるな。

 

「はいはい、レインも甲も、そんな奥に引っ込んでないで、こっちに来なさい」

 ちょうどいい具合に、空が俺達を呼び出した。ここは素直にレインは空に任せよう。

「では、また後ほど、甲さん」

「ああ、主賓なんだから、楽しんできてくれ」

 

 

    〓

 

 

 幹事の空の采配と、主賓のレインの人あたりの良さ、そして何よりも学園生特有の食欲があって、予定されていた二時間はあっという間に過ぎ去った。

 明日も土曜とはいえ授業はある。パーティに集まっていたクラスメイト達は三々五々と皆それぞれの帰路に就いていた。

 

「じゃあ、私達も帰りましょうか」

 店先で解散宣言をしていた空がレインを連れて戻ってきた。寮に残っている三人へのお土産もちゃんと手にしている。

「あーすまん、俺はちょっと寄るところがあるんで、お先に」

 別口でケーキを買っていた雅は、そういってどこかに消えていった。どうやら本当に、クリスマスに会っていた相手とは続いているようだ。

 

「乗ってくかい、甲?」

 ちゃっかりとバイクで来ていた千夏に、そう声をかけられた。が、俺が答えるよりも早く、空が後ろに乗り込んでいた。

「私が乗るわ、千夏。まこちゃん達にケーキ早く届けてあげたいし」

 憮然とした表情の千夏を気にもせず、手馴れた様子でメットを被る。

 取り残される形になったレインは、俺の横できょとんとしてる。たぶん俺も同じ表情だ。

 

「甲は、レインを寮までエスコートすることっ、いいわね」

 

 

 

 

 

..■一月一四日 金曜日 二〇時一二分

 

 エスコートという空の言葉に触発されて、少し歩こうか、などと思ったのが間違いだった。いつか千夏とデートに来た公園を通って駅に向かうつもりが、出会いたくない連中に鉢合わせしてしまった。

 

「ほほぉ、これはこれは桐島のお嬢様ではないですか」

「ジルベルトさんがああいうことになったのに、こちらはお咎め無しとは」

「さすが統合の大佐さんのご息女は、なにかと優遇されておりますな」

 口々に言いたいことを言ってくれるのは、鳳翔学園の制服を着た五人。

 

 一人一人の顔に記憶はないが、口ぶりと態度から察するに、ジルベール・ジルベルトの取り巻きだった連中だろう。

 被造子(D・C)であることに、歪んだ優越感を持っていたジルベルト。レインが転校することになった要因の一つであるだけでなく、なにかと俺達に因縁を付けてきたりと二度と係わり合いたくはない相手だ。

 しかし俺としては思い出したくもない男だが、鳳翔学園内での、被造子(D・C)の面々の中ではかなり慕われていたというから、人間わからないものである。

 

「まったく……せっかく新年会でいい感じに楽しめたのに、締めがコレかよ」

 鳳翔の男達は、俺とレインを囲むように広がっていく。どうやら威嚇のつもりらしい。

「申し訳ありません、甲さん」

「いや、レインはまったく悪くないだろ。ここを通るのを選んだ、俺のミスだ」

 すでに日は落ち、公園内にも人影は見えない。ライトアップされている湖畔は美しく、それに誘われた俺が悪い。

 

「甲さんは、下がってください」

 すでに意識を眼前の連中に切り替えているレインが、一歩前に出る。

 徒手格闘において、レインは相手が被造子(D・C)であろうと学園生程度に遅れをとるはずはない。それどころか掠らせることさえないだろう。

 

 しかしそれでも一度に五人は、手間だ。

「いや、二人ほどこちらに回せ」

 そして、こんなことは当たり前だと言わんばかりに、俺の口からその言葉が出た。

 

「あと……レイン、殺すなよ」

 

 

    〓

 

 

「あと……レイン、殺すなよ」

 

了解(ヤー)。合わせて視聴覚データの保存、開始します」

 レインのその言葉が引き金になった。

 右端の男がレインよりも早く、俺に向かって拳を放つ。

「舐めるなぁっエイリアニストがぁっ」

 ギリギリでかわしたつもりだったが、相手の拳は右のこめかみを切り裂いた。

 ジルベルトの取り巻きと侮っていたのが裏目に出た。こいつはなんらかの格闘経験者だ。

 

「っ!」

 俺が反応するよりも先にレインが動く。

 動いた、と俺が知覚できたときにはすでに、視界の左隅で二人目が地に倒れている。

 眼前の男もそれに気付いたのか、こちらへの注意が一瞬途切れた。

「がら空きだぞ」

 せっかくレインが作ってくれた隙だ。無駄にすることなく、空いたその顎に手加減無く掌底を叩き込んだ。

 

「ぅぐっ……」

 くぐもった呻き声とともに、男が崩れ落ちる。

 そのときにはもうレインのほうも終わっていた。足元では四人が肩を外されて転がっている。気を失った者はまだ幸せだろう。起きていても肩の痛みに耐えるしかない。

 大丈夫だろうとは思うが一応の警戒として、鳳翔の制服、そのネクタイを使って男達を後ろ手に縛っていく。外された肩が痛むのだろう、呻きながら何か騒ぐヤツも居たが、走って逃げる元気はなさそうだ。

 

「お疲れ、レイン」

「お手を煩わせて申し訳ありません」

 二人回せといったものの、結局俺が相手できたのは、最後に縛り上げた一人だけだった。

 

「甲さん、血がっ」

「大丈夫、少しかすっただけだ」

 右の瞼の上を切られたようで、眼に血が入ってきて視界が悪い。今は痛みはないが、あとあと痺れてきそうではある。

 手当てをしようと手を伸ばしてくるレインだったが、まずはこいつらの処理が先だ。俺に殴りかかってきたヤツを起こし、ちょっと言いくるめておくことにしよう。

 

「き、きさまらいったい……被造子(D・C)である我々をこれほどまでにぃっ! 電脳化に飽き足らず、義体化までもっ」

 身体的に優位にあるはずの被造子(D・C)が、見下していた第二世代(セカンド)に手玉に取られたのである。そう思いたい気持もわからなくはない。

「義体化なんてするまでもありません」

「あのなぁ……被造子(D・C)だからって鍛錬もなしに何でもできるわけじゃないのは、お前ら自身が一番わかってるだろ」

 

 遺伝子調整のうえ生まれてくる被造子(D・C)。その能力は高いが、あくまでそれは伸びしろが大きい、教育での理解が早いというだけだ。学ばずに知識が増えることもなく、鍛えなくても筋力が付いたりはしない。まして訓練無しに戦えるわけもない。

 格闘の心得がありそうなこの男なら、わからない話でもないだろう。

 

「しかし、こいつらをどうするか、だな」

都市自警軍(CDF)に通報……してもよいのですが、それだと私達のほうが捕まりますね、これでは」

 地面で縛り上げられて転がされている連中を見ると、学園生同士のちょっとした騒ぎ、では収まりそうにないな。

「放置しておくとあとで余計に面倒に……なるなぁ間違いなく」

「ですね。甲さんに当てがなければ、私のほうで力になっていただけそうなところに連絡いたしましょうか?」

 

 残念ながら俺には当てがない。親父に連絡したいとは思わないし、第一この州にいそうにもない。聖良叔母さんにはこんなことで迷惑をかけるわけにもいかない。叔母さん以外に頼れそうなのは亜季姉ぇだが、事件をもみ消してしまいそうで気が引ける。

「霧島大佐に連絡する、ってわけではなさそうだな。任せるよ」

「父に相談するくらいなら、都市自警軍(CDF)に出頭します。少しお待ちください」

 レインがこちらと回線の共有をしながら、どこかに通話をかける。

 

 通話先の名は、六条……クリス?

「突然のご連絡申し訳ございません。先月までそちらに在籍していた桐島レインと申します」

 通話に出たのは、腰まで届きそうな長い銀髪の、そしてこんな時間でも鳳翔学園の制服を身に着けた少女だった。

 聞いたことはないが、レインの鳳翔時代の友人か何かか。

 

『こんばんは、桐島……レインさん』

 検索したのか、相手はすぐにレインの立場を知ったようだ。

『ああ、先月星修学園に転校されたという方ね。なにか御用かしら?』

「はい、その桐島です。先ほど鳳翔学園の在学生と乱闘になりまして、警察沙汰にするほどでもないので、処分はそちらにお任せしようかと」

 

 状況を伝えるためにレインがこちらの視覚データを転送すると、クリスの目線が少し左下に移り、面白がるように唇がゆがんだ。

 しかし、この惨状を見て皮肉げに笑える彼女もすごいな。

『あらあら、ジルベルト君のお友達ね』

 顔見知りなのか、一見してその素性を当てる。鳳翔において被造子(D・C)は少人数でありながら学園の中心といえる存在だということだから、実はこいつらもあちらの学園では名の知れた連中なのかもしれない。

 

『気の弱いお嬢様だと聞いていたけど、噂は当てにならないものね……わかったわ、彼らはその場に放置しておいて頂戴。こちらで対処します』

「ありがとうございます、六条学生会長。問題があればいつでもご連絡ください。では、失礼いたします」

 レインと連中の立場が調べていたのか、通話相手の少女はあっさりと話を引き受けてくれた。どこか底の知れない相手ではある。

 

「レイン、今のは誰だ?」

「鳳翔学園の学生会長です、名は六条クリス。あちらでは生徒のみならず教師陣にも影響力があって、あの方なら穏便に事を済ませていただけるかと」

「穏便ねぇ……なにか、借りを作ってはいけない人に借りを作ってしまった気がする」

 会ったこともない相手なのに、なぜか苦手意識が先立つ。まあレインの話を聞くからにやり手のようだから、取り立てにきたら全力でお返しするまでだ。

 

「と、聞いてたよな。誰かそっちの関係者がくるまで、無理せず転がってろ」

「肩を外しただけなので、すぐに治りますよ。では私達はこれで失礼しますね」

 チンピラ手前の捨て台詞だとは自覚しているが、これ以上相手をしていたい連中ではない。俺達は早々にその場を離れた。

 

 

 

 

 

..■一月一四日 金曜日 二〇時四五分

 

 さすがにその後は何も問題なく、俺とレインの二人は星修の駅まで戻ってはきた。

 学園の制服で、額からの出血をハンカチで押さえながら列車に乗る姿は、喧嘩帰りにしか見えない。事実そうなのだから否定もしないが。駅でも車内でも騒ぎにならなかったのは、俺の横にレインが付いてきてくれたからだろう。切った場所が悪かったらしい、押さえているハンカチはすでに真っ赤に染まっている。俺一人だったら医者でも呼ばれてそうだ。

 

「申し訳ありませんでした、甲さん」

「いいって、むしろ謝るのは足を引っ張った俺のほうだよ。明日からは格闘の時間を増やすべきだな」

 わざと明るくそう言ったが、実際明日からは少しそっち方面のトレーニングも増やそう。レインに並ぶほど、とは高望みしすぎだが、足手まといにはなりたくない。

 

「……レイン?」

 改札を出て、歩き出したときにようやく気がついた。レインがいつもよりわずかに遅い。

「あ、あの、っ甲さんっ? やはり傷口が傷みますか、あ、でしたら……」

「レイン、ごまかすのは無しだ」

「……申し訳ありません」

 

 蔵浜の駅まではすぐだったのでわからなかった、というのは言い訳だ。現場から離れたら即座に確認すべきだったのだ。

 後悔しても意味は無い。屈みこみレインの右の靴下を下げ、くるぶし辺りに指を滑らせる。

「っくぅ」

「骨には異常はなさそうだな」

「は、はい。挫いただけだと思います」

 挫いただけとはいっても、寮まで歩いて帰るのはよくない。

 

「迎えを呼ぶほどの距離でもないし、おぶって帰っていいかレイン?」

「え……えぇっ!?」

 我ながら唐突な提案だとは思うし、男に背負われるということに抵抗あるのは良くわかる。しかしレインがその提案を受けてくれる気はしていた。

「あ、では、視界信号を共有いたしましょうか。甲さんは目があまり見えてなさそうですし」

「助かる。誘導頼むよ、レイン」

 

 

    〓

 

 

 レインを背負って、彼女の眼で前を見ながら夜の道を歩く。

 背中に感じる、思っていたよりも少し軽い身体に、甘い香りとほのかなぬくもり。

 そんなどこか現実感のない状態が、これまで躊躇っていたことへ踏み出すいい機会だった。

 

「なあ……すごくヘンな質問をしていいか、レイン?」

「なんでしょうか、甲さん」

 耳元で囁くような声。

 いや現に、レインは俺の耳元に息が掛かるほどに顔を近づけている。視界の違和感を和らげるようにとの配慮だとは思う。

「俺が今背負っているのは、レイン、だよな?」

「……はい、私です」

「そっか、そうだよな……ならいいんだ」

 

 共有しているレインの視界は、まっすぐ前を向いてくれている。

 それは、視覚を共有してくれているからだけではない。なにか先を見つめるために、逃げ出さず、必死に視線を上げているような気配。

 その思いに、俺は応えたいと思う。

 

「なあ……さっき以上にヘンなことを言うけど、いいかな?」

 先ほどの喧嘩のときに口をついた言葉。

 異常なセリフだったのに、それを当然として受け入れてしまっている俺とレイン。

「……私に、人を殺させたくない、ですか?」

「レイン、それはっ」

 

「人を殺して生きる覚悟は、ちゃんとあります」

 

 いつか聞いたその言葉。いや、聞いたのではない、聞いた夢を見ていたのか。

 レインを背負い、視覚共有している俺からはレインの表情は見えない。

 だが、どんな表情でその言葉を紡いだかを、俺は知っている。

 

「やはり……甲さんもあの夢を見ていましたか」

 どこか溜息にも似た、しかし心の底から安心したかのようなレインの声。

「レインも覚えているのか、あの『灰色のクリスマス』を」

 

 それは、起こらなかった惨劇。

 一二月二四日二〇時三二分。

 地球環境再生を目的とした自己増殖と改変能力とを持つ第二世代ナノマシン、通称アセンブラ。その研究開発が進められていたドレクスラー機関研究所から、アセンブラが未完成のままに流出し、周囲の有機物を飲み込み無制限に増殖をはじめた。

 水無月空は、研究所に出かけていて、そのアセンブラの無制限の増殖に巻き込まれて、溶解したのだ。

 

「アセンブラが流出し、空がそれに巻き込まれて……荒野を二人で彷徨い、そして俺達は傭兵になった」

 統合軍アジア司令部は超法規的措置を遂行。対地射撃衛星群(グングニール)による汚染地域の浄化射撃を開始、数派の全力射撃により汚染地域を焼却。

 事件による死者は数万とも数十万とも言われ、星修学園都市は文字通りの荒野となった上に、汚染の拡大を恐れ進入禁止エリアとされた。

 俺とレインは偶然にもその最中に出会い、そして真相を知るべく、傭兵となりドレクスラー機関を追い続けた。

 

 いや、それはすべて夢の話だ。

 

「はい……私が見たのも、そういう夢でした。

 辛くて悲しくて、それでも……私はそれでもあの景色を夢見たことが、救いになっています」

「救い?」

「私は空さんの代わりには決してなれません。代わりにはなれませんでしたが、わずかでも甲さんの力にはなれたんじゃないか、と。それくらいは自惚れさせてくださいな」

「自惚れるなんて、もっと自信持ってくれよ。レインはレインだ。空の代わりなんかじゃないよ」

 俺の反応が予想通りだったのだろう、面白そうにレインが小さく笑う。

 

「ありがとうございます。それに第一、夢を見る前は甲さんにおぶってもらうどころか、ちゃんとお話しもできなかったんですよ。覚えてませんか?」

「そういえば聖堂であったときは、いきなり逃げ出されてたな」

「……あの時は申し訳ありませんでした」

 

 背中にレインの体温を感じながら、ゆっくりと脚を進める。

 この暖かさ、これは夢ではない。

 そして俺には、何が夢で何が現実(リアル)なのかを、しっかり見定める必要があるはずだ。

 

「この前、雅や千夏と飲んでたときにさ、親父に会いたくないって話してたろ?」

「……ええ」

 雅に言われたように、親父にシュミクラムの腕を見てもらう。それ自体はいい。

 しかし、現役の傭兵である親父にシュミクラムの腕を認められるようなら、あの夢は本当に俺の記憶・知識となっている、ということだ。

 それは俺が人を殺して生きてきたという証に他ならない。

 

「寮に戻ったら親父に連絡する。そして俺のシュミクラムの腕を見てもらう。まずはそこからだ」

「もし、もしもですよ。甲さんの腕が、夢の中で見たようなところまで高まっているとしたら、どうされるのですか?」

 それを知ったとき、俺はどうするのだろう。

 あの夢を、本来の俺の経験として直視する覚悟があるのだろうか。

 今はまだ、はっきりとはいえない。

 

「そうだな、そのときのことはそのとき考える、一緒に考えてくれるか、レイン?」

「もちろんです」

 返事とともに、首に回ったレインの腕に力がこめられた。

 冬の夜道を、レインの髪の匂いに包まれながら、俺は焦ることなく歩き続けていく。

 

 

 

 

 

..■一月一四日 金曜日 二一時七分

 

「ただいまー」

「ただいま戻りました」

 俺とレインが声を揃えて玄関を開けると、甘い匂いが漂っていた。そういえば空がお土産にケーキを持って帰るとか言ってたな。

 

「遅いよ甲っ、なにかヘンなところに寄ってたんじゃないわ……よね?」

 居間から飛び出してきた千夏の声が微妙に途切れる。

 そういえばレインを背負っているし、俺自身押さえてもらっていたが、額が切れたままだったな。

 

「千夏。悪い救急キット持ってきてくれないか」

「……わかった」

 何か言いたげだったが、そのあたりはさすがスポーツ特待生。傷の手当てを優先してくれそうだ。

 

「甲っ、その傷、どうしたの、何があったのっ」

 その千夏との会話を聞いていたのか、居間から皆が出てきた。

 空や菜ノ葉は俺の顔を見て真っ青になっているが、そんなにひどいのだろうか?

「ああ、俺はちょっと切っただけ。場所が場所だから目立つだけだよ。先にレインを……」

 玄関先でどうこうするほどでもないので、レインを庇いつつ居間に入る。

 

「持ってきたよ、甲」

「助かる千夏。まずはそっちが先だ、レイン」

 千夏からキットを受け取りつつも、それをレインに押し付ける。

「申し訳ありません、お借りします」

「ええっ? レインも怪我してるのっ?」

 救急キットを受け取ったレインは、慣れた手つきで足首に鎮痛膚板(ダーム)を張っていく。

 その手際の良さを確認して、俺は俺がすべきことに意識を切り替える。

 

「千夏、この前のウォッカ残ってないか?」

「え、あ、うん。まだ残ってるけど……」

「すまん、一杯くれ」

「ちょっと甲っ」

 空が止めようと声を上げるが、ここは黙って見過ごしてもらいたい。

「なんだかよくわかんないけど、キアイ入れる必要があるってことね」

 

 台所に駆け込んだ千夏は、まさに一瞬で戻ってくる。

 千夏が慣れた手つきでグラスに半分透明な液体を注ぎ、残りをソーダで満たす。それをコースターで蓋をして差し出してきた。

「っておいおい千夏……ショットガンかよ」

「景気付けには一番、違うかい甲?」

 綺麗な呑み方じゃないが、確かに気合を入れるにはいい方法だ。

 右手でグラスを塞ぎ、勢い良くカンっとテーブルにグラスを叩きつけ、そのまま一気に飲み干す。

 味も何もない。ただ喉を焼くアルコールの感触。

「……よしっ」

 

「甲っ、何がどうなってるのかくらい説明しなさいっ」

「すまん。ちょっと通話したいところがあるんだ」

 自分の手当てが終わってレインが、静かに俺の横に立つ。額の傷口がわかりやすいように、俺は姿勢を変えつつ、あわせて回線も共有する。

 

 視界の中央に呼び出したアドレス帳、いまだ一度もかけたことの無いそのアドレスをポイントしながらも、まだためらいが残っていた。

 ふと視線をずらすと、少し上目遣いのレインと目が逢う。

「……甲さん」

「すまんな、レイン」

 

 呼び出し音(コール)は三度、こちらが考え直すよりも早く、相手は通話に出た。

 門倉永二。蒼い作業着姿のもみあげ親父、いい年のはずだが、どこかガキ大将のような雰囲気は記憶のままだ。作業着の胸元には「門倉運輸」のワッペンが貼られているが、そちらはあくまでダミーだ。実際は統合の認可を受けたPMC、傭兵会社「フェンリル」の隊長にして、俺の父親である。

 

『お……おう、久しぶりだな、甲』

「悪いないきなり連絡して、今はだいじょうぶか、親父」

『息子からの連絡を後回しにするような事態なんざ、ありゃしねぇよ。どうした、何かあったのか?』

 映像回線で繋いだせいで、額の傷は向こうにも筒抜けだ。普通に考えれば、そうか……警察沙汰になって親に電話かけてるように見えるな、コレは。

 

「この傷は関係ない、別に喧嘩騒ぎで都市自警軍(CDF)に厄介になってるとかじゃねぇよ。連絡したのは、ちょっとヘンな頼み聞いてもらいたくて……」

 言いかけて、さすがに言葉に詰まる。よくよく考えれば本当にヘンな話だ。

「と、とりあえずシュミクラムの腕前を見てもらいたいんだ、その道に関しては間違いなくプロだろ?」

『そりゃぁ……べつにかまわんが』

 

「まあアレだ。新人(ニュービーズ)戦でいいところまで行ったガキが、粋がってプロに意見してもらおう……ってのじゃダメか、親父?」

 もうちょっとまともな理由を考えておけばよかったというにはもう遅い。以前雅に言われた言い訳が、口を点いてしまった。しかし親父が言葉を濁すのもわからないではない。学園生レベルの闘技場(アリーナ)と、実際の戦場での動きは似ているようでまったく違う。

 

「ちょっと事前に説明するのが難しい状況なんだ。見てもらってからのほうが話が早いと思う。入隊試験があれば、そっちが良いんだが、フェンリルはやってなかったよな?」

『ん、ああ。うちはほとんど知り合い経由で隊員を増やしてるからな。そういう入社試験みたいなのは無いな』

「じゃあ、俺とあと一人、時間はいつでもいいので、そっちの都合がついたら折り返し連絡もらえないか?」

 さすがに授業の最中の時間などは無理にしても、それ以外なら俺もレインも都合は付けられる。最悪、三日くらいなら学園を休んでもいい。

 

 と、そこまで話してると、横から千夏がつついてきた。

「ちょっと持ってよ、甲。腕を見てもらうってのはいいけど、あたしはまだどういう状況下いまいちよくわかってないんだけど?」

「いや、行くのは俺とレインの二人で……」

「はぁっ? なんでよっ、シュミクラムの腕って言うならあたしか雅じゃないのさっ」

「いや、それはそうかもしれないけどさ……そうじゃなくてだなー」

 

 千夏の言い分もわかるのだが、シュミクラムの腕をというのはわかりやすいからだけで、見てもらいたいのは俺とレインの連携なのだ。ただそれをこの場で言うとさすがにいろいろとまずい。

『なにかありそうだが、甲よ。こっちは二人でも三人でもいいぞ』

 しまった、レインに回線共有した関係で、この部屋の音声データまで向こうに送っていたか。

 

「……わかった。俺を含め四人面倒見てくれないか」

「四人?」

「おい、雅。お前も付き合うだろ?」

 こうなったら逆に比較してもらったほうがわかりやすいかもしれん。新人(ニュービーズ)戦のときのデータとあわせて、千夏と雅も一緒に見比べてもらうのもいいだろう。

「ふたりまえだろ、俺だけ除け者にされたくはないぜ。行けるならもちろん行くさ」

 さすが我が友。このあたりの良い意味での腰の軽さは非常に助かる。

 

『四人でもこっちはかまわんさ。全員、星修に居るのか?』

「ああ。みんな如月寮に居るよ」

『わかった、なら今から迎えをやる。ちょうどそっちに集配に行ったやつがいるはずだ』

「は? 今からって、そりゃ没入(ダイブ)すれば今からでもいいが……集配って現実(リアル)でどこに連れていくつもりだよ、ハバロフスクとかブエノスアイレスとかは勘弁してくれ」

 集配ということは門倉運輸の仕事のほうか、と思ったものの、行き先が不安だ。フェンリルがまともな場所に居るはずが無い。だいたいシュミクラムの腕を見てもらうだけなら仮想(ネット)で十分だ。

 

『何言ってやがる、清城だ、清城市。俺達はちょっとした仕事で昨年末からこっちに居るんだ、知ってて連絡してきたんじゃないのかよ』

 確かに清城ならすぐにいける。今から出ても日が変わる前には着いているだろう。

「仕事って、アーク、聖良叔母さんからか?」

『そのあたりはお前にも教えられん。が、それはともかくちょうど週末だ、こっちに来て明日の朝から訓練に顔出してみるのが一番じゃねぇか』

 

 明日はもう土曜日。授業はあるが、午前のみだ。言われてみれば都合はいいな。それに現実(リアル)での動きを見てもらうのも悪くはない。

「千夏、雅。いきなりだが、明日というか今からでもいいか?」

「あたしはいつでもオッケー」

「俺も付き合うからにはいつでもいいぜ」

 授業をサボる算段をしている俺達に、空の視線が厳しいが、ここは見逃してもらおう。

「悪い、空……」

「わかってるわよ、あなた達が取ってる講義のノートくらい用意してあげる。ちゃんと親孝行してきなさい」

 

 

 

 

..■一月一五日 土曜日 四時五〇分

 

 VC147大型輸送機。

 空飛ぶ駆逐艦とまで言われた大型のVTOL輸送機。それがフェンリルの、文字通りの「移動基地(ベース)」だ。今はその巨体を、半ば放棄されつつある空港の片隅に、潜むように押し込んでいる。

 

 清城市に就いたのが昨夜遅くだったので、挨拶もそこそこに部屋を宛がわれて眠ってしまったが、一晩のうちに着替えが用意されていた。新品の下着類にしっかりと洗濯された制服。靴下にいたってはちゃんと替えの分まで含め三足置いてある。

 フェンリルは悪名高い傭兵部隊ではあるが、兵站に金を惜しまない様子からして、その名に恥じぬだけの結果は出しているらしい。

 

 起床時間になって部屋を出ると、隣のレインもちょうど出てきていた。門倉運輸の蒼い制服は、俺よりも似合って見える。

「おはようございます、甲さん」

「おはようレイン。足の怪我はどう?」

「痛みはもうありません。ブーツが馴染めば気にもならないかと」

 痛みを隠している様子もない。昨夜の、レイン自身の処置が手際よかったからだろうな。

 

「それを聞いて安心したよ。調子もよさそうだな」

「さすがに緊張はしていますが、どちらかといえば楽しみですね」

 言葉とは裏腹に余裕ありげな微笑。コンディションは良好だな。

 

 

    〓

 

 

「おはようございます、皆さん。〇八〇〇(マルハチマルマル)までの訓練は私が担当させていただきます」

 俺達の訓練担当軍曹だと名乗ったのは、昨日ここまで送ってくれた宅配の運転手だった。

「ほんとに運送業務と傭兵業務を並列してるんですね」

 雅が呆れたように感想を漏らす。

「はははっ、どちらも体力と速度が命ですからね。では、朝食まで軽く運動しましょう」

 

 簡単だか入念なストレッチの後、軍曹の指示に従って、空港施設の周りを走りだした。

 配給されたブーツがまだ脚に馴染んでいないのと、周囲の暗さに加えガレキの多さが地味に堪える。

 

「ランニング、と言うよりも不正地突破訓練だな、これじゃ」

 部隊員の訓練に使っているところだ。整備するつもりがあれば即日やっているはず。放置されているところを見ると、これも含めてのトレーニングコースなんだろう。

「門倉ーっ! ぼやく余裕があるなら、あと五キロ追加するかーっ」

「はい、軍曹殿! ありがとうございますっ、門倉五キロ、二周追加いたしますっ!」

 聞かれているとは思っていなかったが、ちょうどいい。

 横で一緒に走る軍曹に、威勢良く声を張り上げる。

「同じく桐島、五キロ追加いたします」

 レインにしても距離的に少し足りないのだろう。

 

「うえっ……おまえらすげぇな」

「雅っ、なに言ってるんだい、あたし達も追加するよっ」

 さすが千夏、というべきか。まあ実際、普通に五キロだけじゃあ朝錬にもならないな。

 慣れるまで意図してペースを落としつつも、俺達は走り続けた。

 

 

    〓

 

 

 そしてランニングの後はお決まりの筋トレ。

「う……スマン、甲、俺もう無理だ」

 最初にぶっ倒れたのはやはりというか雅だった。

「須藤っ、貴様は少したるんどるようだなっ、お前に足りないのは練習とビタミン!! そして…神への祈りだっ。明日からはもっと鍛えるように」

「あ、ありがとうございます……」

 へたり込む雅を横目に、俺達残り三人は淡々とスクワットを続ける。千夏も脚のほうはもう完全に治っているようだ。

 

「どうだ、そろそろ時間だが、すこし組手でもやってみるか?」

 そんな様子をどこか楽しげに眺めていた軍曹が、切り出した。

 いいかんじに身体を動かした後だ。このまま終了ではどこかもったいない。

 

「よろしくお願いします、軍曹」

「まずは、そうだな……」

「あ、あたしからでいいですか?」

 そういえば千夏は、どこかで海兵隊のにいちゃんに格闘習ってたっていってたな。本職に試したい気持ちはよくわかる。

 

「ん、渚か、よしっ」

 千夏は、一礼して軍曹に向き合う。

 シュミクラムと同じく、腕をあまり上げない蹴り主体の構え、か。

 軍曹もそれを見越して距離を保ったまま、二人はゆっくりと円を描く。

「はぁっ」

 気合の入った千夏の掛け声とともに、顎先を狙った鋭く伸びる右の蹴り。

 

「っえ?」

 素人離れしたその動きは、しかし軍曹に軽くいなされ、そのままの流れで投げられる。

「いい筋だ。ただ、少しばかりまっすぐすぎるな」

「くぅ……ありがとうございましたっ」

 投げ方も受け方も綺麗だったからか、千夏はダメージはないようだ。残念そうだが、そこは隠さず一礼して下がる。

 

「では、次は俺が行かせてもらいます」

「ん、門倉か。よし、こい」

 一礼して、構える。

 千夏との組手を見てわかったが、軍曹はこちらの手を待ってくれるようだ。

 つまりは隙は作らず、完全な受身の姿勢。下手なフェイントなどは無用だろう。初手から持てる最大の一撃で……と考えたところで思い至る。

 なるほど、千夏がいきなり大技切ったわけだ。

 ならシンプルに全力で、胸を突き放して倒すっ!

 

 が、俺はあっさりと地面に投げられていた。脚を極めにきていないのは軍曹の情けか。

「ありがとうございます、軍曹」

「残念だったな門倉。ふむ……少し肉が落ちてるのではないか?」

「ご指摘ありがとうございます。冬休み、怠け過ぎていたかもしれません」

 身体が思ったほど動けていない。やはり基礎のところで筋力不足だ。

 

「最後は、桐島か」

「よろしくお願いします」

 先と同じように両者は距離をとって一礼。

 いつものように流れるようにレインが軍曹に近づく。

「っ!」

 腕をとって投げたっと思えたが、軍曹は叩きつけられると同じく身体を回し、後方に飛び退る。

 

 両者が再び距離をとる。

 レインもわずかに驚いたような表情を浮かべたが、それよりも軍曹の顔つきが変わった。

「桐島、加減してくれて助かったよ。朝っぱらから関節外されるのは遠慮したい」

「いえ、私もまだまだです。かわされるとは思ってませんでした」

「よしっ、いい時間だな。皆さん、シャワーを浴びて朝食をどうぞ」

 さすがにそのまま続けるというのも無しだろう、ということで早朝のトレーニングは終わった。

 

 

 

 

 

..■一月一五日 土曜日 八時一五分

 

 トレーニングのあと簡単にシャワーを浴びて、たっぷりと朝食を取った。如月寮の食事に比べると残念ながら味は劣るものの、量も質も十分以上だ。ただ雅はあまり喉に通らなかったようだ。

 制服の時にも思ったが、このあたり本当にフェンリルは設備が良い。悪名のわりに部隊が存続しているのにも納得できる。

 今俺達が横になっている操作席(コンソール)も使い込まれてはいるが、手入れは万全だ。簡単にチェックを済ませた後、首筋の神経挿入子(ニューロジャック)操作席(コンソール)とを有線で繋げる。

 

「お手数をおかけします、シゼル少佐」

「気にするな、甲君。それに私の手を煩わせていると思うなら、言葉での謝罪ではなく、結果で示してもらいたいものだな」

 現実(リアル)でのトレーニングと変わって、今回はシゼル少佐が担当してくれている。フェンリルで二番目の凄腕(ホットドガー)の少佐を、学園生の相手に回してくれるとは、親父には感謝すべきだな。ちなみに認めたくはないが、間違いなくこの部隊で一番の凄腕(ホットドガー)は俺の親父、門倉永二だ。

 

「さて、次はいよいよお待ちかねのシュミクラムでの演習だ。準備はいいか?」

「問題ありません」

 他の三人の様子を確認して、俺が答えた。

「では各自没入(ダイブ)

 

 

没入(ダイブ)

 

 転送(ムーブ)された先は、広々とした空間だった。

「学園の模擬戦闘場(アリーナ)に似てるな」

「あそこよりは広いんじゃない?」

 

 空は薄く曇っており、視界が続く限りのコンクリートの地面。ところどころに破壊されたビルと思しき瓦礫の山がある。

「というか見ていて気が滅入る風景だな」

「春の草原で暴れたいわけじゃないだろ、雅」

 雅と同じ感想だったが、シュミクラムで走り回るのだ。これくらい殺伐としたところのほうがやりやすい。

 

「それよりも気を抜くなよ。ここはほとんど制限(リミッター)が効いていないぞ」

「うぇ、マジかよ……」

「それこそ気合が入るってもんでしょ、覚悟決めなっ」

 二人とも緊張しすぎだな。

 わざとらしくぼやく雅に対して、千夏も少しテンションが高すぎる気がする。千夏に関しては、やはり制限無し(リミッターオフ)無名都市(アノニマス・シティ)でジルベルトに足を撃たれたことが、いまだに乗り越えられていないのかもしれない。

「甲、そんなに気にすることないよ。せっかくの機会なんだから、楽しもう」

「……わかった」

 

 レインに眼をやると、仕方ありません、と言いたげな表情だ。

 確かに俺とレインは、ある意味おかしいのだろう。

 あのクリスマス・イヴに見た夢の、地獄のような経験が、真実なのかどうかを親父に確認してもらいたかったのだが、もう今の時点でわかってしまった。

 

 これが俺とレインにとっては、日常(リアル)なのだ。

 

 間違いなく初めての軍事演習なのに、そこにあるのはすでに慣れきった、幾度となく繰り返したありふれた日常だった。

「……レイン、問題ないか?」

「思うところはいろいろとありますが、いけます」

 確認したいことはわかってしまったし、ここで帰ってしまってもいいな、と馬鹿げたことが頭によぎった。が、そんな意識を一気に吹き飛ばすシゼル少佐の指示が来る。

『各自、問題なければ移行(シフト)しろ』

了解(ヤー)

 

 

移行(シフト)

 

 シュミクラムに移行(シフト)したと同時に、その感知装置(センサー)にあわせて視界が広がる。全能感に満たされる瞬間ではあるな。

 簡単に機体各部を確認するが、問題はない。

 

『では、はじめるぞ、開戦(オープンコンバット)っ』

 シゼル少佐の声とともに、一二機のバグが俺達を囲むように転送(ムーブ)された。皿に四本の脚が生えたような、カニじみた機体だ。人が直接操作しない自立兵器ウィルスは、シュミクラムに比較して安価な仮想空間(ネット)兵器であり、ちょっとした警備などには広く使用されている。

 もちろん中にはシュミクラムを凌駕するほどに巨大で強力なものも存在するが、そういった機体はそうそうお目にかかるものではない。

 

 一二機のバグが、ガシャガシャと音を立ててまっすぐこちらに向かって走ってくる。移動目標に対する機体動作試験としてはうってつけだ。

 バズーカを先頭に撃ち込み、続いてその横にハンドガンを三射、適度に熱の溜まったところでガトリングを呼び出し、斉射。横ではレインが投げナイフらしきもので一機をしとめ、残りを薙刀で斬り払っていた。

 

「こちら門倉。火器の準備など問題ありません。よろしくお願いいたします、少佐」

「こちら桐島。同じく機体に問題ありません」

 簡単にシゼル少佐に報告するが、起動確認としてはターゲットが少なすぎないか?

 

「えー渚、です。まったく動けてません」

「え、と。こちら須藤。同じく手が出てませんが大丈夫、です」

 雅と千夏にいたっては言うとおりほぼ動いてないし、俺も実のところ格闘系は確認していない。まあ今の射撃でも挙動には問題がなかったので、気にする範囲ではないな。

『あ、ああ。でははじめるとしよう』

 

 

    〓

 

 

 一〇分ほど、四人で大小合わせてウィルスを一〇〇体ほど破壊した後に、少佐から小休止の号令が下った。小休止ということで、離脱(ログアウト)はせずに除装しただけだ。

 グラウンドに固まっている俺達の前に少佐が現れた。いつも険しい印象の人だが、今は素直に「怖い」と言いたい。

「君達は、機体の整備や調整は自ら行っているのか?」

「はい、少佐。自分は、基本的には自前でやっております。ただ定期的なメンテナンスとしては、なにぶんカスタム機ですので、製作者である西野亜季に見てもらっております。須藤雅、渚千夏も同様です」

「私もおなじく、セッティングは自分でやっております」

「……わかった。しばらくそのまま待機」

 

 俺とレインの返答に納得したらしく、シゼル少佐が消える。離脱(ログアウト)したのか転送(ムーブ)したのか、ここからでは確認できない何かがあるのか?

 しかしすぐに戻ってきた少佐は、唐突な許可を俺達に与えてくる。

「本日に限り、フェンリルの各種機材を無制限で貸与する。各自好きなように装備及び調整しろ。時間は、そうだな一〇〇〇(ヒトマルマルマル)まででよいか?」

 

 無制限で、貸与……?

 隣のレインも、見るまでもない、戸惑いを隠せない気配だ。

「返事はどうしたっ」

「や、了解(ヤー)っ。一〇〇〇(ヒトマルマルマル)までに機体の再調整を行います」

 雅と千夏はいまいち状況が飲み込めていないのか、返事が無い。

 

「ご質問よろしいでしょうか、少佐」

「何だ、桐島?」

「サポート用のツールなどの使用も許可していただけますか?」

「制限なし、と言ったぞ、桐島」

了解(ヤー)。では一時間でセッティングいたします」

「いい自信だ。それが虚勢でないことに期待している」

 

 

    〓

 

 

「すげーな甲、見たことどころか聞いたこと無いようなものまで並んでるぜ」

「どうやって使うんだろうね、コレとか……」

 さすがフェンリルだ。ありとあらゆる、といっていいほどに装備が充実している。

 千夏や雅の言葉ではないが、学園生が買えるはずもない武装が並んでいる。俺も機体への各種プラグイン導入(インストール)の傍らで武装のリストアップをはじめた。

 

「二人とも、あまり時間は無いぞ。使いやすいものをリストして、装備していこうぜ」

 少佐には好きに使えといわれたが、逆に目標が不鮮明で困る。先の敵編成のままと予測するならば、範囲攻撃兵装がいいのだろうが、わざわざ無制限の使用許可を出した上で、同じ演習は無いだろう。

 ならば少数同士の対シュミクラム戦か、あるいは大型ウィルス相手か?

 悩みだすと手が止まってしまう。小型ウィルスが数で攻めてきても、一定火力があれば各個撃破は容易だ。ここは俺の影狼(カゲロウ)の長所である機動性を殺さないように、防御に移行しやすく、かつ単純化された装備で固めるべきか。

 

「……言うは易く、行うは難しってところだな」

 入れていくとすれば機動面ではスウェーバックナイフにサイス、威力を考えればクラッシュハンマーかギャラクティックストライクなどか。火力と機動性のバランスとなれば、影狼(カゲロウ)の場合どうしても近接系装備になる。さらに火力強化という面では、今まで持っていた兵装のなかではガトリングだが、これは外す。武装の廃熱を利用してのヒートチャージ対応の兵装であれば、ガトリングよりもこれまた近接兵装になるが、ブンディダガーのほうがいい。

 防御兵装としては、ブロックバリアかチャフ、それにシールドあたりだな。積載量に余裕がないので、どれかか一つに絞るしかない。

 あとはイニシャライザの設定は当然として、なにかフォースクラッシュを装備しておくか。

 

「甲さんっ、ファイナルアトミックボムは無しです」

 リストから導入(インストール)しようとしたところ、レインから止められた。サポート関連の各種装備をしつつ、こちらにもしっかりと注意を払っていたようだ。さすがだ、レイン。

「う……すまん、レイン。じゃ、じゃあ、こっちで……」

「甲さん……ギガマインも無しです」

「レイン、お前なら間違っても踏むことは無いだろう?」

 困り果てたような顔で、レインがこちらにもダメ出しをする。

 

 しかしレインが俺の仕掛けたというか、敵味方問わず地雷やトラップに引っかかるとは思えない。

「作戦内容が不鮮明な現在、味方機への誤射誤爆となりうる要因は、可能な限り避けるべきです」

 一瞬レインの視線が、俺以外のところに流れる。

 確かにレインは地雷の効果範囲に入ったりはしない。それは疑うまでもなく明らかだ。ただ、雅と千夏、そしてそれ以外のなんらかの防衛目標が入り込まないとは保障できない。

 

「言いたいこともわかる。その上で、使用に関して周囲の状況把握はいつも以上に留意する。ただ敵戦力が不明な以上、一定の火力は欲しいんだ」

「……わかりました。こちらでも気を付けます」

「すまんな、レイン」

 こうして俺達の装備は、予定時間以内に完了した。

 

 

 

 

 

..■一月一五日 土曜日 一〇時二五分

 

 構造体の各所に敵が出現し、それを排除していく。サバイバル、というのが相応しいのか。開始から二〇分程度、今のところは順調だ。

 影狼(カゲロウ)に追加した各種のプラグインも、問題なく機能している。

 レインから送られてくる周辺情報と合わせて、俺の視界に表示されている情報は、先ほどまでの数倍に膨れ上がっているが、それにもすぐに慣れた。

 いや逆だな。今までの表示が少なすぎたのだ、俺の意識としては。

 

「しかしレインさん、すげーな」

「最初その機体で移行(シフト)してきたときは、正直何事かと思ったけどね」

 確かに、こちらのデータ表示などとは比較できないほどに、レインの機体は変化していた。

 

 レインのアイギスは、もともとの細身だった面影はもはや無い。サポート能力に重点を置いて、全身に感知装置(センサー)を拡張、主兵装をランスとライフルに換装したそれは、俺が良く知るアイギスガードになっていた。

 見慣れた……そう、ありえない話だが、俺が知っているレインの愛機はこちらの姿なのだ。

 

「ほんと、サポートが居てくれるだけで、こんなに戦いやすくなるとはね」

 千夏の言うとおり、フェンリルから支給された火器による単純な火力アップよりも、レインからの指示が俺達の戦力を引き上げていた。敵の不意打ちは一切無く、常に先手を打てるのはアイギスガードとレインの情報処理能力の恩恵だ。

 

「サポートのありがたさを理解したところで、雅と千夏は自分の安全を第一に考えてくれ。さっきみたいな平野だったらともかく、今はご覧のとおりの市街地だ」

「ま、護衛くらいは任せてくれ。いくらレインさんでも全部の敵を常時監視ってのは、難しいだろうってか?」

「それは……っ」

 反射的に雅の言葉に反論しそうになる。レインが周辺索敵で敵機を見逃すとは思えない。それに索敵に集中していようと、ウィルス程度ならレイン自身が排除してしまうだろう。

 が、それくらいの心構えで居てくれるほうが助かるので、ここは流しておこう。まだ演習は序盤にも達していない。緊張で身体が動かなくなるよりはいいだろう。

 

 今のところ敵戦力は小型ウィルスを中核としたもので、一度に遭遇する機数的にもそれほど脅威ではない。ただ先が見えないぶん、追い立てられているという意識はどうしようもない。

 

「索敵範囲を狭めれば、もう少しデータ精度を上げられますが……」

「いや、今のまま半径一〇〇仮想キロまでの広域探査を維持。シュミクラム四機程度に無いとは思うが、間接支援砲撃を警戒しろ」

了解(ヤー)

 レインがこちらの気配を察して、そう進言してくれる。確かに演習エリアとして区切られているのは二〇キロ四方程度だが、その外側に敵性勢力が居ない、とは断言されていない。

 

 もちろんこの一〇〇キロ先から攻撃された場合、現状の装備では直接的な対処は不可能だ。だからこそ今怖いのは眼前に群がるウィルスやシュミラクムではない。不意打ちの砲撃が危ない。

 たとえ間接砲撃があったとしても、射撃自体が確認できれば対応はできる。しかも一度その射撃位置さえ判明してしまえば迎撃も回避も、格段に難易度が下がる。

 結果、レインにはこの構造体全域に対する索敵を続けてもらっている。

 

「近接航空支援でしたら、対応しやすいのですが」

 苦笑交じりにレインが言うが、そのとおりだ。中近距離仕様の俺達にとっては近づいてきてくれるほうが迎撃しやすい。

 そんなことを言っていると、再び敵出現の警報が鳴った。

 

「敵増援、転送(ムーブ)確認。北西北二キロ地点に小型ウィルス一二、中型六」

 報告と同時に、細かな機種データがこちらに転送される。おなじみのアイランナーが一二に、赤いザリガニのようなエグゼダーが六。ともに動きには注意が必要だが、今までと同じくさほど脅威ではない編成だ。

 

「待ってくださいっ、砲撃確認。北北西六五キロの地点から砲撃、数は四。弾速から見てロケット弾と思われます。着弾までおよそ一〇〇秒」

「レイン、一五〇メートル後退して、十字路南で敵弾を迎撃。俺は前方のウィルスを足止めする」

了解(ヤー)

「二人も一度下がっていてくれ」

「わかったよ、甲」

 

 敵の火力が低く、対して機体数の少ないこちらとしては、乱戦に持ち込みやすい開けた場所のほうがいいかとこの広場にいたが、支援砲撃が加わるとなると話は別だ。こんな場所で砲撃を受ければ、回避しようにも、自殺を厭わないウィルスに囲まれて脚をとられる。

 敵ウィルスがレインのほうに行かないように、俺は小刻みに位置を入れ替えながら、広場南の道路に位置取った。エグゼダーの二機を叩き斬ったものの、それに時間を取られた形で、アイランナーを潰しきれていない。

 

「初弾着弾まであと、五、四……」

 レインのカウントが途切れるが、その直後に頭上で爆音。サインミサイルとライフルとで、四発すべて迎撃に成功している。

 

「敵支援砲撃第二波、数は同じく四」

「迎撃は任せた、俺は一気に敵をっ」

 このまま粘られると場所的に苦しい。一度広場に戻って一気に残りのエグゼダーを排除したい。群がってくるアイランナーに強引にナイフで斬り込み、合わせて突進してくるエグゼダーを力任せにハンマーで潰していく。

 

「初弾着弾まであと、五……弾頭分裂っ! 回避を!!」

 レインが警告にあわせて、チャフをばら撒く。これでいくらかは敵弾を削れるだろうが、ロケット四発分の子弾となると、少々の防御兵装で防げるものではない。

 

 即座にイニシャライザを起動。

 

 体感時間を仮想(ネット)論理(ロジック)限界まで引き延ばし、擬似的な時間加速状態に入る。通常の数倍の情報を脳に送り込むことで、周囲の状況がスローモーションのように感じられるが、周りから見ればこちらの動きが早くなっているわけではない。無駄を排し、最適な行動を選択することによって、早くなっているかのように見せかけるだけだ。

 そのイニシャライザ中に、脚元にしがみつきそうなアイランナーをサイスで切り上げ、慣性で浮き上がった影狼(カゲロウ)を眼前に近づいたビル壁面を地面に見たて着地。不安定な姿勢そのまま、援護のために前にでていたアイギスガードと、そこに突進するエグゼダーを確認する。

 

「見切った!」

 スウェーバックナイフの初期動作で、ダッシュ以上の加速度で一気にエグゼダーまでの距離を詰める。

 ナイフで刺し貫いた背部装甲に、続けてフィッシャーストライクを叩き込んだ。

 敵ウィルスの爆破と同時に、背後では子弾が雨霰と降り注ぐ。イニシャライザの起動時間も終わり、ギリギリのタイミングだった。

 

「レイン、こちら廃熱まであと三〇秒。敵残存ウィルスへの牽制は任せた」

了解(ヤー)っ」

 イニシャライザは魔法の技術ではない。仮想(ネット)論理(ロジック)の中での言ってみれば抜け道的な運用だ。一見機体の熱量限界を突破しているにしても、貯まった熱の処理は後払いとなって押し付けられる。

 

 広場に残るウィルスは中型が一機。小型が三機。周辺警戒をしながらでも、この程度ではレインの敵ではない。もはや脅威は去った。

 そのわずかな安心感、ロケットからの退避も成功したというちっぽけな達成感が、俺の緊張を途切れらせてしまった。

 

「甲っ」

 そして俺の視界が爆散した。

 左のこめかみに釘を打ち付けられたかのような、強烈な衝撃。

 

「対シュミクラム装備の歩兵四。左側面、一〇時方向、高度七。水平ですっ」

 さっきの攻撃で視覚データが一時的に焼けている。修復まで待たず、レインの指示に互い、左拳をビルに叩きつける。

「……甲、あんた」

「すげぇな……」

 

 回復しつつある視覚の中で、叩き潰したいくつもの人体も、俺の拳にこびり付いた血肉も消えていく。個人携帯可能な対シュミクラムロケットを持った歩兵か。

「雅、そこから動くなっ」

「どうした、甲?」

 

 すでに広場の敵はレインが殲滅していた。今すぐ敵が転送(ムーブ)されてくる様子は、さすがにない。しかし退避予想先に歩兵を用意するくらいだ。これで終わりということはないはずだ。

「レイン、どうだ?」

「五〇メートル先から次の交差点まで地雷が施設されています。ここからは下がれませんね」

 

 やはりそうか。

 小型ウィルスの飽和攻撃で足止め、間接砲撃による制圧。さらには退避予想地点での歩兵による奇襲、か。おまけに地雷での戦域封鎖とはね。敵は兵力の出し惜しみはしないらしい。

 

「これじゃあホントにサバイバルだぜ、いつまで戦うんだよ。もうそろそろ二時間くらい経ってないか?」

「現在、戦闘開始から二八分経過。二時間は大げさですよ、須藤さん」

 極度の緊張から、体感時間がずれてくるのはよくあることだ。俺も演習開始からのタイマーに眼をやらなければ、時間の感覚を失いそうだ。

 

「サバイバルって、あたし達全員が負けるまで続くって事? 悪名高い傭兵組織の訓練にしてはずいぶんゲーム的だねぇ」

「それにしても、そういうわりには敵の攻撃がえらく的確な気がしないか? それこそもっとゲームっぽくさ……」

「雅の言うとおりだね、どばっと敵が出てきて、端から順に潰していくとかなら、スカッとするんだけど」

 敵襲撃に間ができたせいか、余裕が出てきたらしく、雅と千夏が愚痴のような掛け合いをはじめる。

 

「ゲーム的……作戦目標不明の、軍事……演習?」

 なにか引っかかるな。事前情報無しで始まったところからして、すでに状況の一要素か?

「レイン、わかるか?」

「……迂闊でした。ただの残敵掃討かと勝手に思い込んでました」

 表情画面(フェイスウィンドウ)の中で、軽く眼をつぶるレイン。周辺警戒を一段上げたようだ。

 

離脱妨害(アンカー)妨害装置(ジャマー)を展開している、指揮タイプの中型ウィルス(クロガネ)が一機、ここから北西一二仮想キロの地点にいます」

 レインから送られてきた情報をもとに、俺の視覚が書き換えられていく。

 

 敵は(クロガネ)か。

 ウィルスとは言うものの、あれは生半可なシュミクラムよりも危険だ。厚い装甲に身を固め、主兵装は中長距離用の高出力レーザーとスパーク。かといって迂闊に近付けば四本のクローでこちらの動きを封じられる。

 ただ機動性は皆無といっていい機体で、良くも悪くも拠点防衛や後方支援でこそ真価を発揮する。単体であればそれほど脅威ではない、が。

 

「レイン。ここからはそれ以上の探査は無理か?」

「その周囲に敵反応はありませんが……間違いなく居ますね」

「まあこの通話も聞かれてるんだ、せっかくのお誘い、受けようじゃないか」

 状況はどうやらサバイバルではなく、逃走する俺達テロリストと、それを追撃する保安部隊、という形になっていると見て、間違いなさそうだ。

 

 

 

 

 

..■一月一五日 土曜日 一一時五分

 

 レインの指示の下、指揮ウィルスが居ると思しきエリアに向けて、市街地を横断する。

 途中幾度か小規模なウィルスの襲撃はあったものの、こちらが高速で移動しているためか、あれ以来間接砲撃はなかった。

 

 だが目標地点まであと三キロといったところで敵は現れた。

「これは……嵌められたかな?」

 レインの情報も、そして予測も正しかった。敵の指揮ウィルスは居たが、その(クロガネ)の周辺には、四機ほど小型の護衛のウィルスが見える。おなじみのガードバグだ。

 

 そして今、俺達の右手方向には、紫のシュミクラムが五機。

 即座にレインから該当する機体情報が転送されてきたが、それを見るまでもない。

「前方の四機は鉄狼(アイゼンヴォルフ)系の改修型、兵装は中近距離仕様と思われます。後方の指揮官機と思しき機体は……」

「っておい、甲これって……」

 データを見た雅が慌てるのもわかる。

「後ろのはフレスベルグ、だろ。所属はフェンリル」

 そして間違いなくパイロットはあの人だ。四人で真正面から突っ込んでは、勝てる相手ではない。

 

 敵シュミクラムからは直視できないビルの陰に入り込み、対策を練る。

 フェンリルのシュミクラムは脅威だが、手が無いわけではないな。指揮ウィルスたる(クロガネ)を護るためにも、あまりこの場から離れるわけににもいかなそうだ。現に今もこちらを確認しつつも、攻撃距離に近寄ってこようとしない。

 問題は位置関係か。俺達と(クロガネ)、そしてフレスベルクが三角形のように配置されてる現状は苦しい。できればより直線的に……

 

「レイン、二人を援護しつつ、一度下がれ」

「え、甲っ、あたしら下がってどうすんのよっ」

「いや、千夏。ここは甲の指示に従おうぜ」

 突っ込みかねない千夏を雅が止めた。雅の、こういう冷静さは本当に助かる。

 

了解(ヤー)。攪乱のあと、お二人を連れて直接(ダイレクト)火砲支援(カノンサポート)可能限界距離まで下がります。一二〇秒ほど時間をください」

 レインがわざわざ言い直してくれた。こちらの意図は完全に伝わってる。

 

「タイミングは任せる。カウントはじめてくれ」

了解(ヤー)。五、四……」

 三を数える前に、アイギスガードがビルから飛び出し、チャフを連打。

 霞んだ視界の向こうで、敵シュミクラムがこちらに向いた。仕掛けてくるか?

「チャージ完了! スタン…フレアッ!」

 カウントゼロと同時に、敵シュミクラムに向けてのスタンフレア。

 構えていたこちらの視界情報さえ白く塗りつぶすほどの閃光と、そして爆音。それは敵シュミクラムの動きを強制的に押し止めた。

 即座にアイギスガードが反転し、全速で今まで来た道を下がる。

「行けっ!! 千夏、雅っ」

 

 動き出さない二人に声を掛け押し出し、俺は逆に動きを止めた敵シュミクラムに向かってサーチダッシュ。

 しかし攻撃ではない。できるかぎり敵眼前にブロックバリアを展開。そのままの動きで、離脱妨害(アンカー)を搭載している(クロガネ)との間に入りこむ。挟撃されるような形だが、どちらからも今のところは射程外だ。

 

『自らを囮として、味方を逃がしたか……』

 後方のシュミクラム、フレスベルグから通話が入った。予想通りシゼル少佐だ。

 もうしばらくは動けないはずだと思っていたが、さすがはフェンリル。復帰が早い。

『少しばかり君のことを過大評価していたようだ、甲君。あの三人を逃したところで、今ここで君が倒れてしまっては、君達が勝利する可能性はゼロだな』

「どうでしょうね、少佐」

『それに、だ。今の桐島君のスタンフレアとチャフの同時展開。あのタイミングでこちらの戦力を少なくとも二機は削るべきだった』

 

 すでに演習は終わった。そう言いたげに少佐は俺達の行動評価をはじめた。

 いや、スタンで障害の起こった感知(センサー)系の回復を待つために、時間稼ぎをしているのか。それはそれで俺にとってはありがたい。

「それだとこっちは二機やられますよ」

 

 敵ウィルスやシュミクラムの行動を問答無用で停止させるスタンは、非常に便利な兵装だが、問題点もある。それはスタン中は内部信号からの指示を受け付けないのと同様に、外部からの情報破壊に対しても一定の抵抗力があるということだ。

 つまりはスタンしている敵に撃ち込んでも殴りつけても、その攻撃は通常以下の威力でしかないのだ。

 そしてその程度の攻撃では、フェンリルのシュミクラムを、あの短時間で破壊しつくすことなどできない。結果生き残った敵に、俺達の半数は返り討ちにされたことだろう。

 

『確かにそうだ。しかしそれでも君と桐島君は生き残り、その後の勝率を高められたはずだ。それともなにか、君はたった一機で我々と渡り合って勝つつもりか』

 シゼル少佐一人なら俺だけでも何とかなる。いや、今の俺なら、この程度の戦力相手であれば勝てる……か?

 だが、先の話と同じだ。なんらかの手を打たなければ、今度は逆にシゼル少佐が俺の足止めをし、残りの機体で雅と千夏とを撃破するだろう。

 それではこの演習に勝ったとはいえない。

 

「いえ、長々と話に付き合っていただいたおかげで、確実に勝てそうですよ」

『少、少佐っ、敵シュミクラム三機が指揮ウィルスにっ』

 ちょうどレインが必要とした一二〇秒が過ぎた。

 傍受されることを恐れて通話は切っていたが、予定通り対処しているようだ。

 

『迂回させていたのか、そんな指示をいつ出したっ』

「さっき分かれるときに、レインには伝えてましたよ」

 直接通話(チャント)が使えなくとも、迂回挟撃程度の指示ならハンドサインで十分だ。それにレインなら機体セッティングのときの俺の装備を見て、今からやるべきことを予測しているだろう。

『全機攻撃開始っ、眼前の敵を排除し、突破。指揮ウィルスを守れ』

了解(ヤー)っ』

 

 少佐を後方に置いたまま、敵シュミクラムが俺に向かって一斉に突進してきた。

 この位置関係なら、敵は迂回する時間的余裕は無い。そんなことをしていれば、(クロガネ)は間違いなく落ちる。左右のビルに挟まれた狭い道。回避する場所は無いが、それは俺も相手も、だ。

 先ほど配置したブロックバリアは、敵の射撃ですでに消えつつある。

 

「三人を逃がした……のは正解ですが、そちらの攻撃からじゃないんですけどね」

 ビルとビルとのわずかな隙間を遮蔽物に使い、マシンガンをバーストで小刻み撃ちつつ、二機ごとに交互に突進。教科書に載せたいくらいの綺麗な連携だが、ほどほどに機体は熱を持っているはずだ。

 

 縦横に広がる仮想空間(ネット)での戦闘のために人型をしているシュミクラムだが、こんなビルの乱立する市街地では、光体翼(オプティカルウィング)を装備した機体でもなければ、その機動力は大きく制限される。

 そして仮想(ネット)論理(ロジック)はすべてに平等に再現される。速度ののったシュミクラムはその質量ゆえに急停止は難しく、電子体である人体の構成上、そうそう急激な後退はできない。

 

「さて、と……踏むなよ、絶対踏むなよ?」

『各自回避行動っ!』

 俺の意図を察したシゼル少佐の指示もむなしく、フェンリルの四機のシュミクラムは、俺が今設置したギガマインの直撃を受ける。

 こちらの視界も聴覚も、焼き焦がされるほどの爆発。

 

「……つぅ」

 しかし爆破の閃光からモニタが回復したときには、後方のフレスベルグを含め、五機のシュミクラムは健在だった。

「なるほど魔狼(フェンリル)の名は伊達ではないな。この程度では墜ちんか」

 眼前に立っている機体は四機ともに、装甲は大きく破損しているものの、いまだにその戦力は衰えているようには見えない。

 

 しかしそれでも、先ほどまでと同じような突撃は無理だ。あと数発ほど直撃を受ければ、どの機も擱座する。それがわかっているとパイロットとしてはなかなか脚が前には出ないはずだ。

 そしてその躊躇いの時間があれば、レインには十分だった。

 

「敵指揮ウィルス撃破、離脱妨害(アンカー)解除されますっ」

「よし、各機離脱(ログアウト)っ」

了解(ヤー)

 後ろの二機が消えるのを確認して、俺とレインも離脱(ログアウト)プロセスに入った。

 

 

離脱(ログアウト)

 

 

 

 

 

..■一月一五日 土曜日 一一時三〇分

 

 あのまま離脱(ログアウト)した俺達に、シゼル少佐から直接は一言も無く、まずは食事しておけと通達された。

 食事よりも先に雅と千夏あたりは医務室送りかとも思ったが、二人の様子を見るにそこまでは酷くなさそうだ。ただ、雅は先ほどからほとんど皿に手をつけていない。

「雅、食っとけよ。朝も残してなかったか?」

「無理……胃が受け付けねぇ……」

 

 たいしてレインや千夏は、平気な顔で箸を進めている。このあたりは、日ごろの鍛錬の差だな。

 それにしても、やはりレインの食べ方は丁寧で綺麗だ。フェンリルの隊員が特別粗雑(クルード)だとは思わないが、こうやって大勢の中で見比べると、はっきりとわかる。こちらに向けられる好奇の視線の中でも、レインへの注目が間違いなく多い。場違いなお嬢様の存在に戸惑っている雰囲気だ。

 

「よぉ、大活躍だったな、坊主」

 しかしそんなレインへの視線が、一気に俺に集まった。

 俺自身、来るとは予想してなかったその声に、飛び上がりそうになる。

「敬礼はいい。食堂はそういうの無しだ」

 立ち上がりかけた俺とレインを、親父は押しとどめた。そういえば周りの隊員も目礼はするものの、そのまま食事を続けている。

 

「いいのかよ。だいたい佐官なんだから、仕官食堂とかは……」

「このベースにそんなもんねぇよ。まあ客が来たとき用の設備はあるが、あれもほとんど予備倉庫だな」

 いくら大型輸送機といえど、余分な空間があるわけではようだ。

 よく考えればフェンリルは電脳将校も多い。仕官食堂に十分なスペースをとろうと思うと、さすがに無理か。

 

「お前らの大雑把な腕はわかった。まあ食いながらでいいから聞いてくれ」

 そう言いながら、親父もトレイをテーブルに載せた。

「雅と千夏……だったか、そっちの二人は、学園生としちゃあ優秀だ。しかもシュミクラムに乗りはじめて一年たってないってんなら、最初に教えてくれた先生が凄腕(ホットドガー)なんだろうな」

 

 コーヒーが並々と注がれカップを片手に、親父が解説をはじめる。

「ただまあ、どっちかって言えば統合や自警軍のほうがお似合いだな。二人とも集団の中でいい動きをしそうだ」

「ありがとうございます」

 千夏が素直にうれしそうに返事をする。統合へ進むつもりの千夏にとっては、間違いなくいい知らせだ。

 

「それと、な。あとで二人とも医務室行っとけよ。いくら制限(リミッター)有りとはいえ、かなり撃ち込まれてたみたいだからな」

「ははは……面目ありません」

 こちらは飯も食えない雅にとっては重要だな。しっかりと療養しないと、明日明後日は筋肉痛で寮のベッドから動けないかもしれない。

 

「甲よ。お前とレイン嬢ちゃんはアレだな……確かにこりゃ話聞いたら笑い飛ばすところだったぜ。見てなきゃ信じられんわ。詳しい報告はもう少し後になるが……」

 親父が何か言いあぐねるように、顎を掻く。

 予測はついているのだが、やはり第三者から言葉にしてもらいたい。

 

「シゼル少佐の報告は、どんな感じだ?」

「お前に嵌められたってのが、かなり堪えてるな、ありゃ。来週いっぱい使い物になりそうもねぇ」

「……おいおい」

 少佐なら、すでに的確な評価を下してると思っていたが、これまたはぐらかされた。

 

「ああ見えてメンタル面は弱いんだよ。だいたい、直接遣り合って負けた、とかならまだ納得するんだろうが、完全に作戦面で裏を掻かれてるからな。指揮官としては正直落ち込むのもわからんではない」

 いや殴り合って、もし俺が勝ちでもしたら、あの人はそれはそれで落ち込みそうだ。

 

「で、だな、坊主。二人の腕はともかく、気になることがあるんでお前と嬢ちゃんとで昼からウチらの合同演習に出てみるか?」

「は……ぁ?」

 坊主はやめろという前に、親父の言葉に呆れ果てる。

 

「なあ親父、合同ってアレか? アークの保安部隊とフェンリルとのか? さすがにそれは無理だろ」

 朝からベース内外でアーク保安部隊の制服を着た連中が何人か見かけた。フェンリルがこの街に来ていると聞いた時に思ったとおり、取引相手はアークらしい。おそらくは保安部隊の教導か何かなのだろう。

 アーク・インダストリーはここ清城市に拠点を置く、仮想(ネット)関連の先端(エッジ)企業だ。その事業は広範囲で、中には顧客へのサービスの一環としての保安事業もある。ただしその規模は、すでに付加サービスの範疇を超え、都市自警軍(CDF)にも匹敵するほどの組織だ。

 

「ってやっぱりアークだって気付いてやがったか。

 まあそりゃいい。なにもアーク側で出ろって話じゃない。午後は座学が終わったら週末の仕上げの演習だ。それでウチの部隊でどうだって話だよ」

 それはそれで無茶な話だ。

 俺にもレインにも、フェンリルの作戦行動などに関しての知識も経験もない。

 アーク保安部隊といった、比較的定型的な部隊運用をされているところであればともかく、フェンリルはそのあたりかなり不鮮明だ。ただ、場数は間違いなく踏んでいるから、外部との共同作戦などは手馴れたものなのだろうか。

 

「指示された程度には動けるかもしれんが……まともな連携とかは期待されても無理だぞ?」

「ま、そのあたりも見てみたいところではあるな」

 俺達に失敗を経験させてみたい、といった感じでもなさそうだ。なんらかの思惑はありそうなのだが、いまいち腹が読めない。

 

「というか気になるって、何がだよ」

「それこそ今の段階では言いづらいな。俺の思い過ごしなのかどうか見てみたくなったんで、やってみねぇかって程度だよ」

 これ以上、問い詰めてもはぐらかされそうだ。

 

「レインはどう思う?」

「決断は甲さんにお任せしますが、私は受けてもかまわないかと」

 これを受けても、俺達には不利益は無い。むしろ確かめてもらいたい身として判断材料が増えるという面では助かるのか。

「……わかった、親父。どこまでできるかはわからんが、やってみよう」

 

「よし、じゃあまずはこれだな」

 転送されてきたのは、脳内チップ用のツール。

 直接通話(チャント)、か。一対一のみとはいえ、ほぼ完全な秘匿通信である直接通話(チャント)が使えれば、確かに作戦行動時になにかと助かる。

 無いとは思うが、ウィルスチェックの後に展開、実行する。

 

 

導入(インストール)

 

(どうだ、レイン?)

(問題ありません。しかし直接通話(チャント)がないと落ち着けなかったというのは、やはりおかしなものですね)

(まったくだな。使うのはこれが初めてだっていうのが信じられないよ)

 夢と、そして先ほどまでの演習の影響だろうか。自分が学園生であるという自覚がなくなりつつある。気を付けていないと分裂症になりそうだ。

 

「あとはこっちにサインしてくれ」

 続いて贈られてきたのが……契約書か。

 決まり決まった宣誓書と、各種の契約事項。ざっと流し見したところ、無理な条項もなさそうだ。レインも確認したのか、小さく頷いた。

 素早くサインして送り返す。

 

「よぉし、じゃあメシ食ってしまえ。午後からはちょっとハードになるぞ、坊主」

 まったく、仕掛けたいたずらが楽しくて仕方がないというのか、ガキのように親父は笑っている。どちらが坊主かこれじゃわからんな。

 ただ、せっかくの機会だ。俺も思いっきり楽しませてもらうとしよう。

 

 

 

 

  異相 / Discord

            終

 

 

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