BALDRSKY World7+Flat / バルドスカイ 世界7+♭   作:ほんだ

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注)本文字数制限のために、+3章は分割しております。

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第13+3章 回帰 / Chapter13+3 Remigration

 

 

..■一月一五日 土曜日 一七時二六分

 

「まったくあの親父、理由も説明せずに病院送りとは、なに考えてやがる」

 先に寮に帰ることになった雅と千夏とは清城の中央ステーションで別れて、俺とレインは二人、指定された病院の前に居た。

 

 一四時過ぎからはじまったアーク保安部隊とフェンリルとの合同演習は、基本的には小規模部隊での追撃と離脱の演習だった。フェンリル側が基本テロリスト役で、データを奪う、あるいは持ち出して逃走する。アーク保安部隊はそれを阻止、あるいは撃退する。

 テロリスト側は時間以内に逃げ出せない、もしくは敵を殲滅できなかった場合は、敵増援と周辺エリア封鎖によって殲滅される、と想定されていた。

 つまり隠れてやり過ごす、という策は使えなかった。まあ実際でもそれは不可能ではある。基本的に逃げる側よりも追う側のほうが装備は充実しているし、周辺地域にも精通していて当然だ。

 

 しかし突然の演習への参加ということで、俺は小隊の下っ端、補充兵扱いだと思っていたのだが、その予想は完全に外れた。下っ端どころか、俺は小隊指揮官で、レインはその副官。

 俺とレインは昼食の席で直接通話(チャント)導入(インストール)させてもらったあと、いきなり言い渡されたその役職をこなすために、参加隊員のデータを受け取って即席のチーム編成をはじめた。事前の講習も受けず、しかも指揮官という異様な立場での参加だったが、小隊に入ってくれたフェンリルのメンバーが皆優秀だったおかげで、全ての状況で最低限の被害で勝利を収めた。

 

 その結果、なぜかこの病院に送り出された。

 

 ちょうど清城市の、しかもアークも出資してる病院だから、とここを紹介されたが、清城市でも一二を争うほどの大学病院だ。どことなく星修学園に似た印象がある。

「アークはネット関連だけだと思ってたが、医療機関にも手を伸ばしているとはねぇ、叔母さんはどこまで会社大きくするつもりなんだ」

「あら甲さん、ご自身の学園を思い出してくださいな。星修もアークの関連事業の一つに数えられていますよ」

 からかわれるようにレインに指摘されてしまったが、それもそうだ。影ながら何かと支援してもらっているのを忘れるようでは、俺も親父のことを責められないな。

 

 しかしそのアークの関与とは無関係ではないのだろうが、清潔な外見とは裏腹に異質な病院だった。

(……レイン?)

(はい。監視センサの反応が多数あります。巧妙に偽装されていますが対人兵装も……)

(重要人物の入院に対応した警備体制、といったところか)

(いえそれが、外部に向かっての警備と同程度以上に、内側への警戒態勢が引かれているようです)

 

 レインが目線だけで、瀟洒なデザインの街灯を示す。言われてはじめてわかるが、ライト部分の下に銃口がある。そしてその射線の先は、病院の中央エントランスだ。

(重度の殺人快楽症患者でも入院させてるのか? あまり関わりたくないな)

 通り過ぎる患者や病院関係者には、監視されているといった緊張感はない。その上辺の見た目だけは、明るく清潔な病院なのだ。

「まあ、さっさと検査を終わらせて、寮に帰るか」

「ですね、菜ノ葉さんのお料理も食べたいですし」

 

 予約は入れているからそのまま指定フロアにいけ、と親父からは言われていた。受付も通さず、そんなあいまいな指示でだいじょうぶなのかと思いつつも、指示通りのフロアでエレベータを降りる。

 そんな俺の不審を覆すように、出迎えてくれる人影があった。

 

「フェンリルからの依頼……と聞いているが、君が門倉甲君と桐島レイン君で間違いないな」

 そう言ったのは、どう見ても場違いな、人形のような可愛らしい女の子。いちおう病院ということなのか、白衣姿ではある。ただ大人用のそれは、ずるずると裾が引きずられている。

 

「はい、門倉と桐島です、が……」

「私が担当のノイだ。私の外見に関する無用なコメントは差し控えたほうがいいぞ門倉甲君。外見で人を判断する輩は嫌いだ」

 先をこされて何も言えず、レインと顔を見合わせる。白衣を引きずるほど小さな先生だが、その勢いには圧倒されてしまう。

 

「なにをしている。来たまえ、診察室はこちらだ」

 やはり一見は清潔な病院のフロアなのだが、先に見た警備体制以上にどこか異様な造りだった。

 エントランスやエレベータなどは普通だったのに、このフロアだけは非常口などの最低限の案内表示しかなく、ルームプレートの類もどこのドアにもまったくない。

 

 診察室、と言われて連れてこられた無駄に広い部屋も、確かに診察室と言われればそう見えなくもない。ただ医療用診察設備のほかに、学園の教室と研究室とあとは一人暮らしの私室を混ぜあわせた乱雑さで、実体としてはマッドサイエンティストの研究室といった趣だ。

 

「ま、適当にその辺に座ってくれ。盗聴などに関しては気にするな。超伝導量子干渉計(スクイド)を持ってきても、このフロアの情報は掴めまい。ここはこの州で二番目にセキュリティの高いエリアだ」

「二番目、ですか?」

 設備を誇っているはずのノイ先生の口調には、どこか投げやりな影がある。

「一番目は、間違いなくアークの社長室だよ。では、はじめるとしようか」

 

「どう話していいものか、ちょっと難しいのですが…」

 親父からここを紹介されたと前置きして、俺とレインとで昨年末に同じような夢を見て、ありえないはずの記憶があること、それに合わせてシュミクラムの腕前などが実際に上がっていることなどを説明する。

 

「ふむ。だいたいの話はわかった。二人ともに共通する未来の記憶がある、ということだな?」

「はい。未来かどうかはわかりませんが、学園生以降の体験を覚えている、といった感じです」

 レインが簡単にまとめる。

「そちらの検査衣に着替えて、隣の部屋の操作席(コンソール)で寝てくれ。とりあえずは簡単に検査してから、詳しいカウンセリングといこう」

 

 

没入(ダイブ)

 

「……ここは?」

 着替えた俺達が転送(ムーブ)してきたのは、診察という印象とは程遠い場所だった。

 少し丘になった草原。

 暖かな日差し、柔らかな風に、草葉の香り。

 

制限(リミッター)が、効いてない?」

「なんだか、落ち着きますね」

 ピクニックに行く、と聞いて思い浮かべるような穏やかな場所だ。

「そうだな……仮想(ネット)における最も新しき神話創世の場所、とでも言うべきか。そこの再現、と言われている」

 どことなく亜季姉ぇのプライベート空間にある草原とも似ているが、ここにはヘンな太陽もなければ大仏もない。どこまでも静かで穏やかだった。

 

「ここで初めて花が摘まれたらしい。花を摘みたい、そう願った誰かの意思をAIが汲みとり、世界はそこで新たに生まれ変わった。ここは、その場所を模した空間だ」

 事実かどうかなんぞ私は知らんがね、と続けながらもノイ先生は誇らしげだ。

 

「まあ、カウンセリングにはいい場所だろう?」

 ノイ先生の言葉どおり、この雰囲気だと普段は話しにくいことでも口にできそうだ。

「さて、ざっと診たところ君達二人とも身体的にも脳内(ブレイン)チップにも問題はない。精確な検査は今並列して行っているが、おそらく異常はないだろう。となると意識か記憶のほうなのだが……」

 正直なところ脳内(ブレイン)チップの異常といわれたほうが安心できた。それ以外の原因となると、俺には想像できない。

 

「まずは君達二人、双方の記憶を照らし合わせるのが一番早そうだ」

 俺が見た夢、レインが見た夢、それぞれの内容を確認しあう、か。

 どうやってこの記憶を得たのか、そして身体になんらかの異常があるのか、今後この記憶とどう向き合っていくべきなのか。問題は多々あるが、レインと似た記憶を持っているということからしても、確かに二人の記憶を照らし合わせるのは解決への糸口かもしれない。

 

「となると、俺達が見た夢の内容を詳しく話し合って確認していく、とかですか?」

「まさにその通り。ただし通常の方法でそれをやってしまっては、話しているうちにどんどんと記憶が書き換えられていく。君達もそういう経験はないかね?」

 普段の会話だと、そうだな。記憶どころか話している内容もその場で変化し続ける。

 それでは今回のようなケースだと、ソースとなる記憶までが書き換えられてしまって、原因追求が不可能になってしまう。

 

「よろこべっ、まさにこの事態にうってつけのナノをちょうど造っていたところだ」

 人は日々記憶を蓄え整理し積み重ねる。しかしながら記憶したそのものの形では、それを呼び起こせない。人の記憶というのは、思い出したその瞬間に、変容してしまうのだ。

 しかも特定内容の記憶だけを精確に思い出していく、というのは学園のテストではないがそれはそれで難しい。

 

「が、このナノによって、特定記憶に対して書き込みも削除も可能な限り避け、かつ目的とする記憶再生を誘導する。まあちょっとしたサポートはこちらでするがね」

「あのぉ聞くからに物騒な、といいますか……そのできれば影響の残らない方法がいいんですが」

「影響など残るものか。ちょっと半覚醒状態で私の質問に、二人で答えていってもらうだけだ」

 睡眠導入効果のあるナノを使って尋問する、と言われている気がしないでもない。

 

「ふふふ……本人にとっては忘れてしまったと記憶でさえ、思い出せないだけで記録としては脳に書き込まれたままだ。そのような記憶であっても、このナノの前では白日の下に晒されるであろうっ」

 先生の言葉を聞くに、どう良い方向に考えても自白剤のように思える。

 それどころかこの先生のことだ。下手をすると治療と関係ないことまであれこれと審問されるのではないか。

 

「いきなりあの患者に使うわけにもいかずに、臨床実験をどこでしようかと考えていたところだよ。あ、いやいや。この私が作ったものだから、なにも問題はないぞ」

「え、えと……」

「心配するな、診察代は格安にしておいてやる、おたおたせずに彼女を見習え」

 

 いつのまにかレインは隣で草原に寝そべってしまっている。

「こ、う…さん……?」

 潤んだ瞳でレインが俺の名を呼ぶ。すでにナノの効果が現れているのか。

 そう思ったときには、俺の視界も霞みはじめた。突然の酩酊感と発熱。

「あー……」

 草原にレインと並んで身を投げ出す。

 意識せずに、俺はレインに手を伸ばし、レインもその伸ばした手を掴んでくれる。

 

「ナノが活性化次第、私が君達から話を聞こう。なに、記憶への書込み防止処置の関係で、君達自身の知覚としては眠っている間に終わるさ。いや思い出す記憶によっては、数日、あるいは数年にわたる永い眠りかな……」

 ノイ先生の言葉がひどく遠くから聞こえる。地面の固さも、顔をくすぐる草葉の感触もなにもかもが遠い。

「目を閉じて……そう、自分の記憶に没入(ダイブ)するんだ」

 言われるままに、開けていたのかさえ定かではない瞼を閉じる。

 

良い旅を(グーテライゼ)

 

 そして繋いだ手の暖かさだけが、俺のもとに残った。

 

 

 

 

 

..■XX月XX日 XX時XX分

 

 「灰色のクリスマス」

 後にそう呼ばれるようになった、イヴの惨劇。

 すべてのはじまりは。そこからだ。

 ドレクスラー機関からのアセンブラ流出と、その後の統合による対地射撃衛星群(グングニール)による市街地への直接砲撃は、信じられないほどの被害をもたらした。

 そして俺は、空が失われたことを忘れないため、新しくやり直すことを否定し続けるために、事件の真相を暴くという名目を掲げ、傭兵となった。

 

 そこにレインを巻き込んでしまったのだ……

 

 

 

 

 

..■一月一六日 日曜日 九時二〇分

 

 柔らかな日差しに、どこか甘い香り。

 うっすらと目を開けると、俺の左胸にレインが頭を乗せている。

「……すぅ」

 少し唇を開いた、めったに見られないあどけない寝顔。

 頬にかかる髪を整えてやっていると、レインがゆっくりと目を開けた。

 

「おはよう、レイン。わるいな、起こしてしまったか?」

「おはようございます、中尉」

 また少し寝ぼけているらしい、階級で呼びかけつつも、甘えるように頭を俺の胸元に寄せてくる。

 自然と、俺達は互いの首に腕を絡ませ、身を寄せ合う。

 そのまま俺は慣れた動きで服をはだけようと、レインの肩に手を伸ばした。

 

 が、その服、検査衣で手が止まる。

(っ!)

 見慣れぬ服装に、一気に覚醒した。

 俺だけではなくレインも気付いたようだ。目が鋭い。

(レインっ、今はいつで、ここはどこだ?)

(一月一六日九時二三分、医療用操作席(コンソール)に着いてからおよそ一八時間経過。移動した形跡がありません。おそらくはノイ先生の治療フロア、その周辺かと)

 

 となると、この場所でこの状況は問題だ。ノイ先生の性格からしていろいろまずい。

(盗撮……されてるのは間違いないな)

(本気で隠すつもりもなさそうですね、いくつかカメラらしきものがあります)

「いい朝だ。顔を洗って何か食べるか、レイン?」

「ですね、日曜とはいえ、お休みしすぎです」

 

 二人揃ってベッドが身を起こし、さてどうしたものかと周りを見渡していると、勢いよくドアが開いた。

「つまらんなー君達はっ」

 病院とは思えぬほどに音を立ててドアを開けたのは、間違いなくこの部屋の主だ。

「おはようございます、ノイ先生……俺もレインも、露出狂の気はありませんよ」

「まったく若さが足りんぞ、若さがっ!! だいたいだな露出などは、溢れる衝動の前には当然の結果だっ、衝動こそが人類の……」

 俺とレインは、部屋に備え付けの洗面所で顔を洗わせてもらうので、自身の理論に白熱しているノイ先生は、そっとしておこう。

 

 

    〓

 

 

 顔を洗って一息ついて、ノイ先生が差し出してくれたコーヒーを受け取りながら、意識を切り替える。

「さて。少し確認しておきたいが、記憶のほうはどうだね?」

「おかげさま、といいますか、傭兵だったことはしっかり思い出しました。学園時代のことを忘れそうなくらいですよ」

「中尉の、いえ甲さんのおっしゃるとおり、自分がまだ星修の学園生の身だということに違和感があります」

 階級を口にしてしまうくらいには、レインも混乱しているのだろう。

 口元にカップを運ぶ動きが、いつも以上に丁寧だ。

 

「ふむ。二人とも、アセンブラ流出事件……その『灰色のクリスマス』以降に傭兵になった、と?」

 環境浄化を目的とした、自己増殖能力を持つ新世代ナノマシン、アセンブラ。環境汚染の続くこの世界を救える、おそらくは唯一の技術だ。

 久利原先生が心血を注いで開発を進めていたそれは、昨年のクリスマスイヴに完成した。先生自身はそれ以前に体調不良でドレクスラー機関を休職されていたが、機関の職員すべてが先生の意思を継いで完成に漕ぎ着けたのだった。

 

「はい。アセンブラが未完成のままに流出して……」

 現実には完成してるアセンブラは、しかし俺達の記憶の中では、未完成だった。

 俺やレインの眼の中では、先生は休職せずそのまま研究を進めていた。それでもアセンブラは完成せず、クリスマスイヴの夜に、研究所から流出。周辺を汚染しつつ自己増殖するナノマシンに対処するために、統合は対地射撃衛星群(グングニール)の使用を決断、星修学園都市は文字通りに焼き払われた。

 流出の原因は事故かテロかは不明だったが、事件前には職員が逃亡していることから、なんらかの関与はあったと目された。

 

「復讐……とは違いますが、なにも知らないままに事件を風化、忘れてしまうのが怖かったんですよ。それで俺はドレクスラー機関を、久利原先生を追い求めていました」

「電脳将校であれば、その類の情報に接する機会も多かった、というわけか。なるほどな。

 そしてドレクスラー機関を追い求め世界を転戦。そしてこの清城市に戻ってきた、ということかね?」

「はい。清城市の有力議員の庇護の下、ドレクスラー機関が潜伏しているという情報を得て、我々はこの街に来ました」

 その潜伏先と思しきプラントを襲撃した際に、俺は論理爆弾(ロジック・ボム)をくらい脳内(ブレイン)チップを損傷、記憶障害に陥った。その結果、今眼前にいるノイ先生の治療を受けることになったのだ。

 

「しかし私が闇医者とはね、まったくそういう『自由』があるとは、思いもしていなかったぞ」

「先生……?」

「いや、これは私個人の問題だな。気になっているのは、その先だよ」

 そういえばノイ先生の生まれと育ちは、非常に微妙な政治的な問題を孕んでいる。今のノイ先生の立場は、よくて保護観察下といえるものだな。実質的には軟禁どころか、この病院内に監禁されているのかもしれない。

(やはりこの病院の不自然な警備体制は、ノイ先生を監視、拘束するのが目的でしょうか?)

(だろうな。ただ、この人が本気になったら、あの程度では意味がなさそうだ)

 

「あー君達。続けて良いかね? 清城市の騒乱の中で未完成のアセンブラが流出し、対地射撃衛星群(グングニール)の制御権を得るために統合軍対AI対策班(GOAT)がトランキライザーを起動させた。これはどうかね?」

 俺達の直接通話(チャント)には気付いているだろうが、そこは流してくれる。

 

 しかしトランキライザー、か。

 それは分類としてはウィルスとなるが、あまりにも巨大な仮想空間(ネット)兵器だ。現実(リアル)の陸上兵器ではありえない巨体を装甲で包みこみ、各種兵装を積み込んだあの姿は、歩く城砦といってもいい。

 ただトランキライザーの真の恐ろしさは、その巨大さでも、まして火力や防御力ではない。

 

「すいません先生。おそらくは記憶障害の影響だとは思うのですが、そのあたりからどうもあやふやで……トランキライザーの起動どころか、流出自体あったのかどうか。レインはどうだ?」

「申し訳ありません。私も甲さんとともにノイ先生の診療所へ向かったことまでははっきりしているのですが、それ以降はなにかすべてが同時に起こっていたような感じです」

 

 レインも正確に覚えていないということは、これは俺の記憶障害とは関係ないのか。だいたい前後が不鮮明だが、俺とレインが本気で殺しあっていたなどという記憶まである。あまり信用できるものではないな。

「そのあたりは昨夜聞いた話に一致するな。なにか要因があるのかもしれんが……まったく面白いかこれは」

 

 

    〓

 

 

 このままノイ先生を楽しませるのは、身の危険を感じる。できればはっきりとした原因が知りたいところだ。

「で、診察の結果、どうなんですか? 俺とレインの脳内(ブレイン)チップが揃って異常をきたしている、とかなら一番ありがたいんですが」

「この場合は残念ながらというべきか、昨日も言ったように君達二人ともに問題はない。脳内(ブレイン)チップも肉体的にも、だ。理想的なまでに健康体だな……つまらん」

 狂ってるのは記憶だけ、か。

 言葉の最後に、物騒な感想があった気がするが、そこは無視しておこう。

 

「では、あの夢……いえ、記憶そのものは正常なんでしょうか? 私と甲さんが似たような、そうですね書籍やセンスホロなどで得た知識を自分のものだと勘違いしてしまっている、とかではないでしょうか?」

 レインがありそうな仮定を立てる。世界滅亡ネタなら良くも悪くも題材としてはありふれてるからな。俺も古今東西のそういった作品を亜季姉ぇに見せられた経験がある。

「確かにそのような外部からの知識を自らの記憶として置き換えてしまう症状は、今も昔もそれなりにある。ある種の……そう、宗教的な洗脳ではよくある話だ。

 しかし君達の知識はそういったものではない。そして時系列を無視してしまえば、記憶そのものもまったくの正常と言える」

 

 そうだな、思いつき程度でよければ……と、ノイ先生が前置きして話しはじめた。

「もっとも可能性が高いものは、AIによる未来予測が君達に反映された、という推論だな。AIもアセンブラには興味があったようだ。それがもし暴走したら世界がどうなるか、といったシミュレートはしていたとしてもおかしくは無い。もちろん確認しようがないがね」

 このあたりはマザーにでも聞いてみればいいのかもしれない。シミュレーションの有無だけなら、問題がなければ話してくれるだろう。

 

「あるいはそうだな……量子通信機能の拡大で、平行世界からの情報を受け取ったとか、あるいは……」

「B級センスホロじゃないんですから、大宇宙の意思とか、ソフィアのお告げってのは無しにしてくださいよ、先生」

 ノイ先生に任せておくと、最後には俺とレインが世界を救う救世主になってしまいそうだ。

 

「とまあ、まったく原因はわからん。わからんが事実として、君達は細かな差異はあれども共通する記憶を有している。そしてそのこと自体には異常がないために、治療は不可能だ。

 だいたいこの場合、治療とはなんだね?」

 聞き返されて、俺もレインも答えに詰まる。

 

「えー言われてみれば、治してもらいたい問題は……」

「とくにこれといって……ありませんね」

 レインも俺も、顔を見合わせて苦笑するしかない。

 親父には医者に見てもらえと紹介されたが、その医者から治すところがないといわれると、確かにそうなのだ。

 

「あとはその知識、記憶から来る心理的なストレスなどだが、正直なところ、私はそちらのケアは専門外だ。必要なら優秀な者を紹介もできるし、なんなら記憶そのものの消去も可能だぞ。どうするかね?」

「それは……」

 俺自身はどちらも必要ない。が、レインには人を殺めた記憶はもっていて欲しくはない、という気持ちはいまでもある。

 

「私は必要ありません。この記憶も消したくはありません」

「……いいのか、レイン」

「言ったはずです。人を殺して生きていく覚悟はあります。それにやはり、あの想いをなくしたくありません」

 すまない、と何度繰り返したかわからない言葉を口にしかけたが、いま伝えなければならない言葉はそうじゃない。

 

「ありがとう、レイン」

「こちらこそ、受け入れてくださってありがとうございます」

 自然と、レインに手を伸ばす。

 俺の右手と彼女の左手が絡み合い、硬く交わされる。

 レインの体温が、触れ合えるほどに近い。

 

「あ~二人とも。私の眼が邪魔なら退散するが?」

「え、あっ、いえ。ぜんぜんっ、はい、ぜんぜんまったくもんだいありませんっ」

 

 

    〓

 

 

「問題は、だ。君達自身にはなく、その夢……記憶の、内容だな」

「内容というと、やはりトランキライザー……いえ接続者(コネクター)とその関連情報、ですか」

 超巨大仮想(ネット)兵器であるトランキライザー。無人自律兵器ではないが、分類上ウィルスとして扱われている。その理由は、拡張された電子体であるシュミクラムとは違い、トランキライザーにはコクピットがあり、あくまで人が操作するからだ。

 そしてトランキライザー本来の機能を発揮するためには、特別な遺伝情報を持った「接続者(コネクター)」と呼称される搭乗者が必要不可欠だった。

 

「現在確認されている唯一の接続者(コネクター)は、水無月真さん……ですね」

「水無月空君と真君は私の患者だ。その患者が危険に晒されているのをこのまま放置はできん。しかもなんだ? 君達の記憶によればこの私のところから真君を奪われたという話ではないかっ」

「落ち着いてくださいよノイ先生……真ちゃんは、今は無事なんですから」

 自分で話していて興奮してきたのか、ノイ先生は両手を振り回す。ただ、白衣の袖口をはためかすその様子は、子供が駄々をこねているようにしか見えない、とは思っても口に出してはいけない。

 

「そう、まさに君が言ったように『今は無事』なのだ」

「……なるほど、米内派は現時点でも真さんの情報を把握しており、状況によっては拉致することもありえる、またそれだけの武力行使が可能であるということですね」

 レインがノイ先生の疑惑をまとめる。

 夢の記憶では、アセンブラ流出後の混乱があったとはいえ、その直後には真ちゃんは誘拐されていたのだ。状況は違っているとはいえ、真ちゃんは昨年から監視下にあったと考えて間違えないだろう。

 

「今からそのあたりの対応を含め、橘社長との面談を予定している。君達にも出てもらいたいのだが、いいかね? いちおう君達も私の患者ではあるし、患者のプライバシーを親族とはいえ第三者に開示する訳だからな」

 

 

 

 

 

..■一月一六日 日曜日 一〇時二五分

 

 アーク・インダストリー。

 仮想(ネット)関連では世界的に有名な先端(エッジ)企業。主な事業は、脳内(ブレイン)チップやNPCはてはウィルスにシュミクラムに至るまでの開発運営、仮想空間(ネット)創造など多岐に渡る。というべきか、仮想(ネット)関連はほぼすべて網羅しているといっていい。そしてその中核はAI事業、この州を管轄する「イヴ」の管理を、統合から委託されている。

 

 俺達が歩いているのは、社長室へと繋がる巨大な仮想(ネット)の空間。そうアーク社長室は現実(リアル)には存在しない。ある意味では万全のセキュリティともいえる。ここに入れるのは、幾重にもチェックされた無防備な電子体のみだ。

 

「まったく。現実(リアル)の建物も大きくなってるらしいが、仮想(ネット)のほうがやっぱりすごいな」

 複雑に絡み合いつつも、どこか整合性の取れている構造物の広がり。そしてスペースコロニー内部のようにも見えるその空間のはるか下方には、巨大なアイリスバルブがある。

 昨日の記憶遡行で見ていたとはいえ、今あらためて眼下に見下ろすと、その巨大さに圧倒される。

 あの向こうはエスの領域、人が立ち入れぬネットの深層部だ。

「圧倒されますね、美しいのですがどこか怖い……」

「あの向こうがどうなっているか、今は知ってしまってるからな……行こう」

 

 ここで足を止まらせているわけにもいかない。

 今から会う橘聖良社長、俺の母さんの妹でもあるその人は、この下に居るAIイヴと並ぶほどの人物である。第二世代(セカンド)の先駆にして、一代でアークを築き上げた、経営者としても科学者としてもすでに伝説とも言えるべき人だ。

 だが俺は、聖良叔母さんが誤解はされやすいが、本当は優しい人だと知っている。だからこそ心配はかけたくない。

 

 

    〓

 

 

「失礼しますっ」

 気を引き締めなおして、社長室の扉を開く。

 

 中は、外とは違った意味で荘厳な空間だ。白く輝く水晶宮。その中に聖良叔母さんは遠くを見通すような視線で立っていた。

 すでに親父やノイ先生も来ていたが、この部屋の主を見間違えるはずはない。

「昨年は、お世話をおかけしました」

「謝るのは私達のほうね、甲さん。ごめんなさい、クゥさんのことは、私も残念だわ」

 いつもながら聖良叔母さんの表情は読み取りにくいが、心からクゥのことを思ってくれているのはわかる。

 

「甲よ、お前また聖良さんにいらん心配かけてたのかよ」

「……うるせー親父」

 昨日はいきなり演習参加をねじ込んだという大迷惑をかけてしまっているので、反論にも力が入らない。実際、このところ親類縁者にはいろいろとお世話になりっぱなしだ。

 

「と、ノイの話の前に昨日の結果を伝えておく。お前と嬢ちゃんの、個人情報を一切無視した、演習の結果からのみ算出した報告だ。とりあえずざっと見てくれ」

 そう言われて、転送されてきた報告書はかなりの量だった。

 

 二人ともに、統合軍や都市自警軍(CDF)といった正規軍ではなく傭兵で、この州で訓練を受けたこと。系列的には統合軍ではあるが、特定の傭兵組織への所属経験は少ない。警備などの防衛的な任務よりも、拠点襲撃や要人暗殺といった攻撃的かつ少人数での作戦の経験が多い。なお実戦経験は数年から一〇年程度。

 そのような概略が纏められており、それらの推測要因となった使用火器の傾向や被弾箇所から、果ては作戦時の細かな姿勢など多岐に渡る追加情報までが添付されていた。

 

「フェンリルの分析力はすごいな。五時間程度の演習から、ここまでプロファイリングされるとは」

「調査目的で演習を受けたとはいえ、この短期間でここまで纏められるとは、驚きです」

 しかもデータの後半は俺達との共同作戦での運用方法や、逆に敵対した場合の対応策まで含んでいる。

 

「おいおい……お二人さんよ、驚くのは内容じゃなくてウチの能力かよ。まったく、この報告書もあながちデタラメってわけじゃなさそうだな」

 あらためて見れば、この州の学園生としては無茶苦茶なデータが並んでいる。すでに昨日の時点で自覚していたとはいえ、こうやって第三者からの視点で見せられると異質さが浮き上がる。

 

「まあそのあたりのことも含めて、ノイ先生の話を聞いてください。聖良叔母さん、親父」

 俺とレインの能力に関しては、あとで親父から詳しく聞けばいい。いまはそれよりもノイ先生のほうだ。

「あ~門倉甲君と桐島レイン君の、その分析結果は間違いなく本人達の記憶とも合致する」

「あ? 甲も嬢ちゃんも、学園通いつつどこかで隠れて傭兵やってましたってことか?」

「お前の発想も私に劣らずB級センスホロ並みだな……」

 ノイ先生は親父の言葉に呆れたのか感心したのか、説明が止まった。

 

「さて、話を戻すぞ。事実として現時点でのこの二人が学園生であることには間違いない。ただ、同時に傭兵であったという知識や経験もまた、こちらの診断及びフェンリルの分析から間違いのないものだ」

「すまん、ノイ。耄碌してそうなおっさんにもわかりやすく説明してくれ」

 

「つまりだなっ、外的要因によってこの二人は各種技能情報がアップデートされたようなものなのだ」

 なにか大雑把な説明なのに、それはそれで納得しやすい。言われてみればそんな感じだな。俺というハードはそのままで、傭兵時代の記憶追加というソフト面でのアップデートにより、身体能力も最適化された、といったところだろう。まあ、筋力不足は今後の課題だな。

 

「しかしだなぁ、何が原因なんだよ」

「この現象の原因や、その記憶による二人の心身への影響は、この際問題としていない」

「……おい、坊主に嬢ちゃん。医者とも思えんとんでもねぇ言葉を聞いたんだが、いいのか?」

「いいんだよ親父。この記憶を消したいとは、俺もレインも思ってない」

「お心遣いありがとうございます、大佐。ですが私も問題ありません」

 それについては病院で確認したとおりだ。心身に異常はなく、たとえ今後何が起こったとしても、レインと二人ならこれまでと同じように乗り越えられる。

 

「原因については、そうね……量子通信時のエラーによる、別事象のAIからの情報流出、かしら?」

 それまで薄く目を閉じて俺達の話を聞いていた聖良叔母さんが、あっさりと、それこそとんでもないことを言う。

「能力の拡大まで含むと非常に稀な事態……とはいえるけど、情報流出自体は珍しいものではないわね」

 

「珍しくないんですかっ?」

「ええ。私はそういう情報はできる限りノイズとして遮断しています。でも、そうね……水無月真さんなどは、情報をそのまま受け取ってしまって、あまり区別できていないようですね」

 真ちゃんは、そうか……普段から他人の精神を読み取っている関係か、そういった部分での区別は苦手なのかもしれない。しかし別事象、か。聖良叔母さんの言葉でなければ笑い飛ばしていたところだ。

 

「それはそれで興味深い話だが、繰り返すが原因も影響も、今は一度無視してくれたまえ」

 ノイ先生が学者としての好奇心を抑え、話を進める。

「二人の記憶……わかりにくいな、並列記憶、とでも呼ぶべきこれらの知識の中から、我々にとっていくつか問題視すべき事態が明らかになった」

 

 

    〓

 

 

「第一に、アセンブラ暴走をドミニオンが計画している」

 これは今のところ阻止できているがね、とノイ先生。

「そういやドミニオンがまたぞろ動き出してたな。偉大なる教祖様の復活……だったかねぇ」

「そうだ。ドミニオンの、というよりはグレゴリー神父の計画だな。一般の教徒は目的も知らされてはいないだろう」

 

 ドミニオンは新興宗教結社だ。AIを神と崇め奉り、この現実世界こそが仮想(ヴァーチャル)であり真の世界は仮想(ネット)の先にあるという教義を掲げている。よくあるカルトと言ってしまえばそれまでだが、AI派の最右翼であり、当局からマークされるほどの狂信的な武装集団でもある。

 一度は教祖であるグレゴリー神父を筆頭に仮想(ネット)内での集団自殺という結末で瓦解していたものの、預言された教祖の復活という噂とともに、再び規模を拡大している。

 

「あのクソ神父が死ぬ前に、教団幹部になんらかの計画を残していたってワケか? 元学者様の考えはほんとにわかんねぇな」

 ドミニオン教団の設立者であり指導者だったグレゴリー神父は、もともとは心理学者だった。大戦後、鹵獲された反統合勢力の生きた対情報兵器であるノインツェーンの解析グループに所属し、その人権獲得にも尽力したといわれている。

 当時すでにサイバーグノーシス主義者だったグレゴリー博士は、その思想をノインツェーンにも話したらしい。ノインツェーンはそれを組み上げ直し、逆に教義として博士に伝授した。それがドミニオン教団の成り立ちである。

 

「ん? ああそうか、大佐は知らなかったんだな。グレゴリー神父は復活してるぞ」

「なんじゃそりゃ? ノイよ、センスホロの見過ぎで本格的に脳が壊れたか?」

 普段のノイ先生の発言を知る身としては否定しづらいところだが、残念ながら事実だ。

「あ~親父。復活というと語弊はあるが、神父は現存してる」

 

「門倉甲君。この頭の固い頑固親父に、君から説明したまえ」

 ノイ先生が、俺の理解を確かめるためか、説明役を押し付けてきた。説明すること自体はいいが、しかしその内容は、あまりレインには思い出してもらいたくはない。

 気になってレインに目をやると、大丈夫だという風に小さくうなづく。

 

「神父の自殺方法は、ノインツェーンと似たような方法ってのは、いいよな?」

 ドミニオン教団にとって神祖ともいえるノインツェーンは、「バルドル」と呼ばれる大戦中に自らが使用していた機械式AIの一機に、脳を直結しその知識を焼き付けるようにして自殺。そしてグレゴリー神父と一部教団信者も、真の世界へ転生するためと称して似たような方法で集団自決をしていた。

 この時点で間違いなく、現実(リアル)のグレゴリー神父は死んでいる。

 

「ただ、神父達が真の世界に至ったかどうかは知ったことじゃないが、焼きこまれたほうのバルドルには、ちょっとしたトラップが仕掛けられたんだ。自決事件以降あのバルドルに接続すると、なんらかの要素を持つ場合、その電子体というか人格がグレゴリー神父に変質する」

「つまり、今神父として活動しているのは、意識を乗っ取られたどこか別のヤツってことか」

 

「そう、そして今汚染されているのは、久利原先生だ」

 先生はアセンブラ開発のために、その理論を完成させたノインツェーンの知識を必要とした。そして非公開の情報を得ようと、非合法(イリーガル)な手段まで用いてバルドルに接続したのだ。

 

「症状と原因とがはっきりしてなかったが、二人の話からようやくわかったよ。久利原直樹はストレスからくる二重人格などではなく、バルドルによってグレゴリー神父の意識を書き込まれていた、とはね」

 そういえば久利原先生は今この清城市のどこかの病院で治療中だったはずだ。あとで時間を作ってお見舞いに行きたい。

「まったく死んでからも厄介なヤツだな、あの糞神父は」

 

「ただアセンブラに関しては、今後ともドミニオンに限らず軍事利用の危険は付きまとう。このあたりは監視機構の強化を推し進めてもらうしかないな」

「わかったわ。アークとしてもアセンブラへの危険要素は見過ごせません」

 このレベルの話になると、一介の学園生のである俺は当然としても、傭兵会社の社長たる親父であっても関与できる領域を超えている。聖良叔母さんに一任するしかない。

 

 

    〓

 

 

「第二に、接続者(コネクター)としての水月空真さんと、合わせて空さんのことが外部に漏洩している、と?」

 その聖良叔母さんはいつもながら話が早い。ノイ先生の報告は、すでに纏められて叔母さんは解析済みなのだろう。次の問題に意識を切り替えている。

 

「そうだ。この二人の夢によると、清城市議員の米内武が策謀、都市自警軍(CDF)を使って私の病室から真君を誘拐した。大規模な混乱の最中であったとはいえ、すでに先月の時点でそれが可能なまでに情報が流れていたわけだ」

 あの病院は、出資のみならず、警備もアークが担当しているらしい。ノイ先生と違い、聖良叔母さんの表情は普段どおり静かなものだが、内心穏やかではないと思う。

 

「その状況下で真さんを攫ったのは、暴走して対地射撃衛星群(グングニール)を撃とうとしたAIを停止させるため……トランキライザーを起動させたのね」

「そうだ。アセンブラ流出に対して、統合への意思表示のつもりでもあったのだろう」

 わかりました、と叔母さんは小さくうなづく。

「こちらに関しても、今のところ問題としては小さいわね」

「聖良叔母さんっ」

 真ちゃんの危機ということで、俺としては小さな問題とはいえない。思わず声を荒げてしまう。

「落ち着けよ、坊主。米内はそうそう動けんさ」

 

「あ……すいません叔母さん。そういえば、先月末に米内議員は贈賄か何かで逮捕されてましたっけ?」

 そんなニュースをどこかで聞いた気がする。

都市自警軍(CDF)に深く関わっている阿南よしおは逮捕されましたが、米内議員は関与が不鮮明でいまだに議員のままです。ただ、その息子が、名前は伏せられていますが、傷害の常習犯とのことで拘留されています」

 俺のあやふやな記憶をレインが補足してくれた。

 そういう状況であれば、なるほど米内派は真ちゃんに対して直接的な行動には出るのは難しそうだ。

 

「第三、最後にこれが最大の問題だ」

 俺が納得したのを確認して、ノイ先生が続ける。

「ノインツェーンは生きている」

 

 

 

 

 

..■一月一六日 日曜日 一〇時五三分

 

「ノインツェーンは生きている」

 Dr.ノインツェーン。今世紀最大の科学者にして、最悪の狂人。マッドサイエンティストの代名詞存在ではあるが、その才能は多岐に渡り、昨今の情報社会の立役者となった人物だ。多大な功績を残しながらも、人柄も容姿もそして経歴さえも一般には知られていない。

 その実態は、反統合勢力が作り出した情報兵器にして生体コンピュータ。人類、有機AIに次ぐ第三の知性体とも呼べる存在だ。

 

「いや、ノイ先生……何でそういう話になるんですか?」

 俺とレインの記憶から判明した問題、というにはあまりにも飛躍している。確かにノインツェーンの思想を基にした狂信者集団、ドミニオンと戦うことはあった。しかしそのドミニオンであっても、教義としては仮想(ネット)への転生であり、現実(リアル)への復活ではない。

 

「ふむ。君達はノインツェーンの死因は知っているか?」

「大戦中の愛機であった、ミッドスパイアにあるバルドルに自身を直結、自意識と記憶とをバルドル側に焼きこもうとして脳死……間違っているのでしょうか?」

 レインが簡単にまとめてくれる。俺の知っているのもその程度だ。

 

 しかしノインツェーンとバルドル、か。その二つは何処かしら似たものを感じる。

 バルドル、無限のライブラリと出力デバイスを持つ人工無能。単純な演算能力は有機AIネットワークを凌駕するが、結局は感覚質(クオリア)を獲得することはなかった。真空管から始まったチューリングマシンの究極進化形である。

 有機AIに敗れ、現在では環境建築都市(アーコロジー)の管理などにいくつかが使われており、ここ清城市のミッドスパイアの管理を行っているのも、そのうちの一つだ。

 

「まあそんなところだ。

 わからんかね、門倉甲君、桐島レイン君? バルドルに自身を焼き付けたノインツェーン。それと同様の自殺を図ったグレゴリー神父は、その死後どうなった?」

 俺が戦ったグレゴリー神父、あれは久利原先生が変質したものだった。アセンブラ開発のため、ノインツェーンの知識を得ようとバルドルと接続した先生は、そこに隠れ潜んでいた何かに汚染されたのだ。

 

「死んだはずのグレゴリー神父は、バルドルに接続した人間に憑依するかのようにして、復活している……」

「そうだ、人間の脳に作用するウィルスといったところかな。あれは神父の復活ではないかね?」

「おいおい、ノイよ。じゃあ何か、俺が頭をぶち割ったあの神父は、誰か別のヤツが成り代わっていたニセモノってことか?」

 そうか、親父も母さんを助けるためにグレゴリー神父と戦っていたのだった。そして一度は確実に神父を殺している。

「偽者、とは少し違うな。オリジナルの神父の目指した世界を実現するために活動する、いわばコピーのようなものだ」

 

「つまり、ノインツェーン自身も、神父と同様の復元手段を用意していた、ということですか?」

「もともとあれは、人間の脳を並列接続したものを推論部分として使用する複合データベースだ。知識部分は機械的な記録複製が取れるし、脳を中心とした生体部分もクローニング可能だと思われる。あとは先の橘社長の話ではないが、別事象から自己を観測でもすれば、元通りの感覚質(クオリア)を持って再生されるかも知れんぞ?」

 

 バルドルという墓標から、いくつもの脳を掘り起こし積み重ねる。そしてその歪な脳の塊が、天から落ちた雷を受け、金属の身体を持って再生する……そんなフランケンシュタインの怪物じみた妄想が、俺の頭に浮かぶ。

 理性ではありえないとわかりつつも、ドミニオンが拠点としていた構造体を知っている身としては、簡単に否定することもできない。あの積み重ねられた仮想(ネット)での死は、それはそれで現実(リアル)のものなのだ。

 

「わかりました。ミッドスパイアのバルドルが危険なのは、間違いないようね。ですがあれを破壊することには賛成できません」

「聖良叔母さんっ」

「やはり知識データベースとして、ノインツェーンは重要、ということでしょうか?」

 俺が言い出し損ねた言葉を、レインが補ってくれた。それでもどうしても詰問するような形になってしまっている。

「もちろん、それもあるわ。でもそれ以上にあのバルドルは、ミッドスパイアの生活に必要不可欠。何の代替案もなしに止めることはできない。清城のほかの地区と同じく、AIの協力によるライフラインの構築が完了するまでは、あのバルドルは必要なの」

 

 ミッドスパイアは環境建築都市(アーコロジー)と言われるように、スペースコロニー建築のための技術を用いた、ほぼ完全な閉鎖システムだ。そして都市管理には、AIネットワークからも切り離された、独自の管理用システムを使用している。

 そのシステムを担っているのが、問題のバルドルだった。確かに今すぐ止めれば、ミッドスパイアは都市機能を失ってしまう。

 

「ミッドスパイアの住民には自覚がないとは思いますが、実際のところノインツェーンに人質にとられているような形ですね。いえ、あそこの住人なら進んで奴隷になりそうですが……」

 レイン自身、生まれも育ちもミッドスパイアだが、エイダさんと同じくその生活にも住人にも馴染めなかったらしい。故郷と呼び親しむには、思うところがありすぎるのだろう。

 

「そのあたりは問題なかろう。アセンブラの成功した今、反AI派の動きも小さくなってきている。環境改善のためにアセンブラをミッドスパイア内部で使用するようになれば、自然と反AIの意識も薄まるさ」

「そうね……アセンブラの有効性とあわせて、AIとの協調を進めるようにアークとしても働きかけましょう。その上で、バルドルをミッドスパイアの都市管理システムから切り離し、調査・研究目的でのアクセスに限定するように法整備も整えていくべきね」

「時間は掛かりそうだが、そういった方法しかねぇか」

 ノイ先生の推論を、聖良叔母さんが対策として取り入れていく。親父の言うとおり時間は掛かるかもしれないが、AI派と反AI派とが歩み寄れるならそれに越したことはない。

 

 

    〓

 

 

「ありがとうございます、聖良叔母さん」

「感謝されるほどのことはしていませんよ、甲さん」

 俺達の記憶から問題視された事案は、ほとんどすべてアーク、というか聖良叔母さんに押し付けた形だ。自分の力のなさが歯がゆいが、今の俺にできることは少ない。

 そんな自責に駆られていたせいか、次の言葉を危うく聞き流すところだった。

 

「それよりも初孫……いえ、正しくは初姪孫かしら? その顔を見せてくれることを楽しみにしてます」

 

「……は?」

 今この人は何を言ってるのだろう……?

 

「聖良さん、そりゃちょっと気が早すぎないか?」

「そうですね。永二さん、あなたがいきなり八重さんを連れ去ってしまったので、ちゃんとした式を挙げれなかったのが悔やまれます。今度はしっかりと予定を立てましょう」

 橘家のドレスは亜季さんに贈っているので、新しく作ってもらわなければなりませんし、離脱(ログアウト)する日程調整も必要ですね……などとなにかすでに具体的なことに入っている。

 

 さすがは聖良叔母さん、決断が早い。

 ノインツェーンの生存がほぼ確実視され、その対策を話し合っていたはずじゃなかったのか……いま予定しようとしているのは何のことでしょう、叔母さん?

 

「……あの? 甲さんと私はそういうのではなくてですね。そのなんと言いますか……」

「だめだレイン、ここははっきり言わないと、わかってもらえないぞ」

「それはそれで、少し、その、残念なのですが……」

 レインの否定にも力が入ってない。やはりウェディング・ドレスには興味があるんだろうなぁ、ということにする。

 

「まあそういう話は、すべて落ち着いてから楽しもうや、なあ甲に嬢ちゃん?」

 助かる、親父。このあたりの切り替えし、さすがは母さんとの結婚を叔母さんに認めさせただけのことはあるな。

「安心しろ、坊主。アセンブラを使うにはAIの管理下にないと無理なんだろ? 一年もしないうちに反AI派なんてものは狂信者以下の規模になってるさ」

「そうだな、人間生活の豊かさにはなかなか勝てん。今の反AI派のように仮想(ヴァーチャル)の暮らしには満足できずに眼を逸らしたとしても、アセンブラによる環境改善とそれに伴う食生活などの向上を拒絶できまい。まさに連中が常々掲げていた、現世の復興、だからな」

 親父のみならず、ノイ先生もそのあたりはかなり楽観視している。

「狂信者相手じゃないんだ。政治家である米内は、利益にならんことはせんさ」

 

「それは、そうなんだろうけどさ……」

 理屈はわかるし、対策としても十分だろう。第一、叔母さんの前で駄々をこねるような事はしたくない。長居するのも悪いので、下がらせてもらおう。

 聖良叔母さんもこちらの気持ちを汲んでくれたのか、軽く目を閉じる。会見は終わりだ。

「では、バルドルの件も含め、よろしくお願いします。失礼いたします」

「じゃあ、俺も下がらせてもらうわ、昨日の保安部隊関連の報告は、また別口で送らせる」

 親父と並んでレインともども敬礼。

 

「……待って、桐島レインさん」

「は、はい。なんでしょうか?」

「……」

 再び目を開けた叔母さんと、驚いたようなレインが見詰め合っている。直接通話(チャント)か。

 問いただすのも失礼な話だし、俺と親父はそのまま部屋を出る。

 

「ありがとうございます、橘社長。では、失礼いたします」

 

 

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