BALDRSKY World7+Flat / バルドスカイ 世界7+♭ 作:ほんだ
.
..■一月二一日 金曜日 一八時三七分
「失礼しますっ」
飛び込むように、俺とレインはアーク社長室に入った。
すでに親父もシゼル少佐も来ている。
「坊主、状況は聞いているな?」
「真ちゃんが誘拐された。犯人はおそらくドミニオン教徒、連れ去られた先はミッドスパイア、だよな?」
ここに来るまでにレインと亜季姉ぇが纏めてくれた状況報告は見てきた。
俺やレインと聖堂で別れた空は、そのまま学園周辺をふらふらしていたらしい。そして夕飯の仕度の最中、足りない食材に気付いた真ちゃんが、買出しのついでに空を呼びに如月寮を出た。
だが寮から歩いて二分ほど、空と合流する直前に、真ちゃんは星修学園の制服を着た男三人に連れ去られた。ご丁寧に
すぐさま飛び出していきそうな空は、密かにガードしていたアーク保安部隊の隊員に保護され、今は千夏と亜季姉ぇ監視の下、寮に縛り付けている。
「申し訳ありません、真さんを一人で寮の外に行かせた私の判断ミスです」
レインが聖良叔母さんに頭を下げる。その横顔、透けるほどに白い肌は、いまや蒼白だった。
「あなたに落ち度はないわ。顔を上げて、桐島レインさん」
「そうだな。嬢ちゃんのことだ。周辺に不審者がいないことは確認した上で、送り出したんだろ?」
叔母さんと親父とがレインを慰めるように言う。
実際、アーク保安部隊のほうも、まさか誘拐に学園生が関与するとは想定していなかったようだ。しかも偽装ではなく、三人は間違いなく星修の学園生だという。
ただ三人共に昨年まではドミニオンと接触があった様子はなく、最近になって入団したらしい。やはりこのあたり「灰色のクリスマス」の記憶というのは俺達
「ありがとうございます、橘社長、門倉大佐」
慰められてそれで納得するレインではない。すでに真ちゃん救出へ意識を切り替えたはずだ。
しかし親父はともかく、シゼル少佐まで来ているということはフェンリルが動いているのか?
「失礼ですが、門倉大佐、シゼル少佐。フェンリルはこの件に対し、どのように関与するのでしょうか?」
「心配するな、嬢ちゃん。さっき聖良さんから正式に依頼を受けた。依頼人の被後見人が誘拐されたので、その安全な解放、が俺達の目的だ」
俺が聞く前にレインが尋ねてくれたが、わかりやすい理由だな。
アークがフェンリルに依頼、ではない。この場合は聖良叔母さん個人の問題に止める、ということか。相手側の構成が不鮮明な今は、いい決断だと思う。
「どのように関与するという話であれば、君達二人こそ、この場に居る理由がないのではないか?」
シゼル少佐が、逆に俺達を問い詰める。
「あー……それは」
「被害者の友人かつ同居人であり、事情説明のために、ということで何か問題あるでしょうか?」
レインが鋭く切り返すが、本人も自覚しているだろうが、言い訳の範疇だな。説明だけで済ますつもりが、俺にもレインにもないのだから。
「シゼル、止めとけ。どうせなに言っても首突っ込んでくるさ。違うか、坊主?」
「坊主と呼ぶのを止めていただけたら、考え直すかもしれませんよ、門倉大佐」
ぬかせっと簡単に切り捨てられる。どの道考え直すつもりはないな。
まあこの話はこれで終了だ。いい具合に俺もレインも、落ち着かせてもらった。ここからは
「しかしミッドスパイアか。またよりにもよって邪魔くさいところに」
親父がぼやくのもわかる。
真ちゃんに付けられている
しかしミッドスパイアに入ってからの足取りは不明だ。外部からの通信をほぼ完全に遮断しているミッドスパイアの中では、
「何とかしてミッドスパイア内部に入って、水無月真君の
シゼル少佐の、濁したような物言いだが、問題はその「中に入って」だ。
聖良叔母さんの後ろのスクリーンに、入管ゲートの現在の様子がいくつも映し出されているが、歩兵のみならず装甲車まで配備されている。もちろん、
「だいたいなんで
「昨日清城市内で行われた反AI派集会において、参加していたミッドスパイア住人が暴漢に襲われた、とのことです」
レインがニュース記事をこちらに転送してくれる。事件そのものは実際にあったようだ。
「つまりはまったくの事実無根ってわけでもねぇが、警備出動の根拠としては薄いわな」
「敵は短期での収束を目論んでいるとお考えですか、大佐?」
レインが確認するように親父に問う。
「目論むというか、その目処が付いてるんだろう。時間が必要なら、もうちょいともっともらしい言い訳をしてくるさ」
それこそミッドスパイアに対して偽装テロでも起こせば、治安出動の名目は作れる。それすらしていないということは、次の事を起こすまで猶予はないか。
「つまり我々とっては逆に時間がないということだ。相手側が篭城するつもりであれば侵入に時間もかけられたが、おそらくはその余裕はない」
「長くて一週間、普通に考えて三日もすれば警戒は解除されるでしょうね。リミットはそのあたりですか」
明日の朝には封鎖解除、とまではありえないだろうが、週明けまではもちそうにないな。
〓
「しかし、これは本当に米内派の犯行なのでしょうか?」
「どういうことだ、レイン?」
「いえ、調べてみたのですが、米内議員はかなり慎重な性格です。そして以前言われていたように、利に聡い。このような形で真さんを誘拐して
「米内の政治的立場は今非常にまずい。失脚寸前だが、確かにそれを力ずくで解決ってのは、ありえんな」
親父もレインの推測に同意する。
「お前達の見た夢…というのも、そうだな。災害があったからこそ、その機に乗じたって話だったよな?」
「はい。しかもあの場合は、暴走したAIから
そうだ。ドミニオンと結託してまで、現在の米内にトランキライザーを動かすなにか思惑はあるのか?
「逆なのかもな。相手が米内かどうかはわからないが、ドミニオンがなんらかの政治取引をもってして
真ちゃんが攫われた。ドミニオンと
事態はそうなのだが、そこに敵の意図が見えてこない。
「ドミニオンと
シゼル少佐が指摘する。
「この場合、真君はドミニオンに攫われただけで、
「
まあ可能性の話ですが、と少佐。
「しかし、敵の動きはどこか不可思議です。ドミニオン主体にしても、狂信的な行動というよりも、稚拙といったほうが的確な印象です」
レインの言いたいこともよくわかる。
意図が見えないのではなく、考え無しに暴力を振るっている。どこか子供じみた印象なのだ。
「甲君、レイン君、相手の行動を予測するのは大切だが、そこに拘ると動けなくなるぞ」
考え込みそうになる俺達を、シゼル少佐が諌る。確かに今すぐ答えの出そうな話ではない。
「ご忠告ありがとうございます、少佐」
とりあえず今考えるべきことは、相手の動きよりも、こちらがどうやって先手を取るか、だな。
「
「可能かどうかであれば、もちろん可能だ。が、それをやっちまうとミッドスパイア側は決してバルドル譲渡を認めんぞ」
「わかってるさ親父。そんなことになったら、それこそミッドスパイアとバルドルが『AI派に対する最後の砦』として祭り上げられるだけだ。GOATもそれを後押しするだろうしな」
「入っちまえば相手はドミニオンと
「ゲート部分の
いまはミッドスパイアの目が
「ですが、あそこは
防御側は最悪、兵を引き上げて回線を閉じてしまえばいいのか。ゲートなどは
となると、ゲート部分のセキュリティは、ミッドスパイア内部から逆に侵入し中から開けるしかない、か。
「よし。情報の少ない現状、これ以上敵の動きを予測している場合じゃない。そして今回はとくに時間との勝負だ。
聖良さん。アークの保安部隊は、イヴの防衛を最優先にして、ここを守り抜いてくれ。フェンリルはまず入管ゲートの
こちら側から
「いえ、大佐。入管ゲートの
「おいおい……私達が、だろ? レイン」
レインには、ミッドスパイアにまっすぐ正面から入る手段があるのだ。ただ、それを一人でさせるつもりは、俺にはなかった。
..■一月二一日 金曜日 夜二一時一七分
清城
清城市の、そしてこの州の中核にして、スペースコロニー開発の技術を転用して作られたこの閉鎖都市は、それ自体が小さな国家ともいえる。そして当然、入国管理局もある。
星修から清城の外れまでフェンリルのVTOLで運んでもらい、そこからは跡を付けられないように適当に公共機関を乗り継いで来た。そしてここからは、週末のデート帰りという風を装って、レインと腕を組んで入管ゲートへ向かう。
振り返って確認するわけにはいかないが、少し離れたビルの一角から、フェンリルによって俺達の姿は監視されているはずだ。ゲートを通過しようとする市民に対する対応で、
ミッドスパイアへの潜入を、部外者の、しかも公式には素人未満の俺とレインに任せろという話は、当然ながらシゼル少佐の猛反発にあった。だが正式なミッドスパイア市民であるレイン以上に、安全に内部に入る手段は無く、時間的制約は付けられたものの、潜入は俺達二人に一任された
与えられた時間は今からおよそ二時間。日付が変わる前に、入管ゲートの
「遅くなりましたね、甲さん」
「仕方ないさ、服を選ぶのにかかりすぎたからね」
事実、情けないことに時間がかかったのは、着てくる服を選ぶところだった。
防具として考えれば、先日二人で買った軍用コートに勝るものは無い。防弾性はともかく防刃性は十分なものだ。ただアレを着て、
レインは最初、鳳翔の制服で来るつもりだったらしいが、俺が普段着だと釣り合わないし、かといってAI派の筆頭のような星修の制服で、反AI派の牙城ともいえるミッドスパイア付近に近づく度胸はない。
結局レインが着ているのは、動きやすいようにと黒い細身のパンツスーツ。
俺もそれに合わせて、さすがにいつも着ている安物のシャツはまずいだろうと、適当にそれっぽいジャケットを雅に見繕ってもらっている。レインと並んで見劣りするのはこの際仕方がない。
ただ俺もレインも足元は、走り回れるようにとスニーカーだ。着ている物とはまったく合っていないので、あまり見られたいところではないな。
「なあ、今日ってなにかあったっけ?」
「さあ? 外のニュースなんて興味ありませんし」
入管ゲートに近づくと、嫌でも目に付く位置に多数の歩兵戦闘車が展開していた。わざとらしくならない程度に俺達は適当な話をする。
(やはり対テロ警戒、その程度の装備か)
(ですね。重火器も配備されていませんし、
上空のほうも警戒にVTOLが飛んでいるということもない。展開中の兵士にしても、どこか真剣さが足りない様子だ。これはこちらから話しかけたほうがいいな。
「あのーすいません兵隊さん、なにか事件でもあったんですかー?」
好奇心丸出しのガキに見えてくれますようにと、馬鹿っぽく尋ねる。
「なんだね、君達は?」
「せっかくのお休みなので、二人で街の外に遊びにいってたのですが……」
レインは俺の腕に手を添えたまま、少し上目遣いで答える。こちらは間違いなくミッドスパイアのお嬢様に見えるはずだ。
「ああ、事件といいますか、昨日急進的なAI派に襲撃を受けたというミッドスパイア住人の方が居られまして、そのために一時的に警戒しておる次第です」
「あら……それは怖いですね。お仕事がんばってください、兵隊さん」
レインがわざとらしく、肘の上がりすぎた下手な敬礼をする。
「お二人もお気をつけて。今週いっぱいはあまりこちらには出てこられないことをお勧めいたします」
「ありがとう兵隊さん」
俺も気楽に挨拶をして通り過ぎる。疑われるようなことは、なかったはずだな。
(どうもやる気のなさそうな警備だな。一応、親父達のほうにデータは送っておいてくれ)
(
レインは、ものめずらしそうに
不振がられない程度に周りを見たあと、レインと俺はがら空きの受付端末に向かった。
「滞在許可を願います。フィアンセと私、計二名、滞在期間は一週間」
もともと使う人間の少ない、ミッドスパイア市民用の入管端末。とうぜん今日は誰もいない。
「申請は許可されました」
機会音声があっさりとレインの申請を受け入れる。
偽装でもなんでもない。レイン本人の正式な身分証明書だ。そう、桐島の実家はこのミッドスパイアにある。もちろんレイン自身、ここの市民権を生まれたときから持っている。
拒絶されるとしたらフィアンセとされた俺に対してだが、今の俺は特に犯罪暦もない、ただの学園生だ。市民からの紹介での入国は、簡単な確認だけで承認されるのだった。
そして開かれた市民用ゲートを、一見何の審査もなく通過する。もちろんスキャンはされているはずで、俺達は武器の類は身に着けていない。
短い境界のトンネルを抜けると、果てが見えないほどに高く広がる空間、眩いまでの白を基調とした階層都市が眼前にあらわれた。
「市民番号二五六八八九、桐島レイン様……おかえりなさいませ」
ゲートから都市内に入ると、すぐに機械式のメッセージが呼びかけてくる。間違いなく都市管理システムに常時監視されているのだ。
(ここからは
(ですね。どうしても見詰め合ってしまいますから)
「さてとーすぐ家に行くかい?」
「いえ、まずは……そうですね、お夕飯の材料のこともありますし、家に帰る前に買い物にお付き合いくださいな。せっかくですから新しいナイフとフォークも揃えてしまいますか?」
〓
買出しの後、形だけレインの自宅ではなく、一時期母親と二人だけで住んでいたという別宅に立ち寄った。今からの俺達に必要なものがそこにあるのだ。
「ありました、甲さん……行きましょう」
その「探し物」を見つけたレインは、一瞬だけ悲しそうな、それでいて何かを懐かしむような表情を見せる。
しかし今の俺達に感傷に浸る余裕はない。即座に俺達は裏口から出た。
目当ての下水道点検孔はすぐ近くだった。ただし住人の安全のため、ということでその点検孔はロックされている。しかもすべて機械式だ。
「まったく。
この時刻、もともと住人の少ないミッドスパイアとはいえ、人目はまだある。夕食の材料とともに買い込んだ日用品程度のツールを取り出し、手早く
眩いばかりのミッドスパイアといえども、裏側はやはり汚れるところは汚れている。整備点検は行われているのだろうが、こびりついた臭いはいかんともしがたい。
「まるでドブネズミになった気分だぜ」
少し奥に歩きつつ、暗がりの中で周囲に簡単な警戒用の対人センサーを設置し、
まして今は
「レイン、こちらの準備は完了。そっちはどうだ?」
「今、
レインのお母さん、エイダさんが使っていたという端末を、レインは壁面の点検用パネルに
レインの別宅に立ち寄った目的が、これだ。個人の
その端末に
「……」
ここから先、俺は人を殺す。
たとえ傭兵の記憶があるといっても、今まで、この俺は人殺しなんてやってきていない。それは横にいるレインもそうだ。
しかしこの先、今から向かう場所は間違いなく戦場だ。相手がたとえ
俺は、いい。真ちゃんを助けるために、これは避けては通れない。そして俺が逃げ出して、誰かに殺しを押し付けるのは間違っている。
だが、レインはどうだ?
今なら、まだ止められる。
だがそんな考えは、レイン本人によって打ち砕かれた。
「甲さん、置き去りはイヤですよ。だいたいここに来ると言い出したのは、私なんですから」
「……レイン」
やはりレインには見透かされるか。
「真さんは私の大切なお友達です。そして私が戦うことで、たとえ私の手が血に塗れても、他の誰かの手を汚さずにすむなら……大好きな空さんや渚さんが人を殺さずにすむなら、そこには意味があります。それに……」
「それに?」
「もし耐えられなくなったら、甲さん。お願いですから、その時には一緒に泣いてください」
「……わかった約束する。一緒に行こう、レイン」
『
「ドミニオンと協力している
「ミッドスパイア内部で、自分達に反抗しようって勢力がないと思い込んでるな」
事前にフェンリルから受け取っていたデータに、今確認したデータを上書きしていく。ウィルスもシュミクラムも、ほとんどが入管ゲート前面に展開している。
「しかし、その推測はおそらく事実でしょう。この都市の住人には、外に出ようとする意思がありませんから」
塔の中の、作られた平穏。
「城壁を巡らせて外界を遮断。閉ざされた平穏の中でまどろみ続ける……か。まったくアークの箱舟計画と比べても、どっちが
「塔の中で生まれて、塔の中で死ぬ。そういう幻想を皆で作り上げた
揺り篭から這い出して目覚めてしまえば、
「よしっ、まずはミッドスパイアの防壁に穴を開けて、フェンリルを入れる。予定通り入管ゲートの
「
..■一月二一日 金曜日 二一時四六分
ミッドスパイア内部、裏側からの侵入、ということで入管ゲートの
「敵機捕捉。
「さすがにもぬけの空ってわけにはいかないな」
敵シュミクラムの情報がレインから送られてくる。編成は、
位置的にはほぼ三仮想キロ先、
「
「だろうな。眼前のドミニオンも裏からの侵入を警戒してるんじゃなくて、中の
つまりはこの八機と戦っていても、
「デコイを使って、何機がおびき寄せますか?」
「いや、増援を呼ばれる危険もある。それに時間が惜しい。
策も何もない、勢いに任せた正面突破。
奇襲の利点があるとはいえ、戦力比は単純に一対四。常識的に考えればありえない方法だ。
が、八機程度なら、俺とレインにとっては障害ではない。
「四機のセンテンスは俺が引き付ける。レインはルースのほうの撹乱を頼む」
「
……ああ、そうか。
俺もレインも、すでに人としては壊れているのか。
今から行われるのは演習ではない、間違いなく初めての戦闘、殺し合いだ。しかしそれを自覚すればするほどに、
「もちろんだ。行くぞっ」
「
『
戦闘機動に入ると同時に、おなじみの
攻撃可能範囲まで、可能な限りの連続ダッシュで距離を詰め、最も近いセンテンスにスウェーバックナイフの初期機動でもって斬り込む。あとは幾度も繰り返し、身体に染み付いた挙動で、まさに一個の機械として眼前の敵を打ち砕く。
そして止めとばかりに、膝を叩き込み、ガードが開いた顎へアッパー気味に拳を放つ。
視覚上に表示されるデータよりも、金属同士が擦れあう音よりも、なによりもその拳の感触から、俺はそれを悟る。
どこまでも冷静に、俺は今「人を殺した」ことを、受け入れた。
「っ!!」
感情とは無関係に、積み重ねられた経験から、身体は自動的なまでに動く。
着地まで一秒、さらに、上がった熱を逃がすのに二秒。
その時間、棒立ちするほど間抜けではない。
空中で、わざと背面を見せたままに、もう一機へと距離を詰める。
着地と同時にナイフを構えて踏み込み、最後の数メートルを一気に詰め寄る。先ほどとまったく同じ動作で粉砕。
崩れ落ちる二機のセンテンスを見て、ようやく残りの連中が動きはじめた。
後方ではルースが地雷を散布する間もなく、レインのライフルによって一機が破壊。頭部が綺麗に砕かれているところからして、あちらも確実に
(レイン、ヘッドショットにこだわりすぎるなよ)
(くすっ……
「貴様ら、何者だっ!?」
問われて応えるはずもないのに、残りの二機のセンテンスが武器を形だけ構え威嚇してくる。まったく、この状況を見てまだ攻撃に移らないとは、集団で恫喝するしか能がないのか。
俺は聞く耳も持たず左側の機体に向かってサーチダッシュ。
呆れて溜息をつくまでもなく、この場の戦闘は終わった。
〓
「敵シュミクラム全機の破壊を確認。戦闘終了、お疲れ様でした」
「ああ。そちらも被害はないな」
呼吸を整える意味で、わざと
「もちろんです。あと敵の通話
目的たる
レインが続けようとする言葉を先取る。
「
「申し訳ありません。隔壁内部の状況は不明です」
「いいさ。ソフィアの身元に行ったこいつに、現世での最後の仕事をしてもらおう」
まだ消えていないセンテンスの残骸を、無造作に左手で引きずり上げる。
レインは何も言わないが、俺のやろうとすることには気付いたようだ。それでも止めるようなことはしない。
敵だったとはいえ死体まで使うことに、我ながら非道だと思う気持ちも、わずかに残っている。
しかしこうするほうが敵味方、いやこの場合敵のみだが損害が少なくなるのは明らかなのだ。
「レイン、開けてくれ」
「
気にしだすと身体が動かなくなる。今はただ、作戦を遂行するのみだ。
〓
程度の低いセキュリティなのか、
隔壁のその先、入管ゲート
どちらも
「な、何者だ貴様らっ!?」
ただ、この錬度の低さは俺達にとっては、大いに喜ばしい。無駄な殺しをしなくてすみそうだ。
「カルト野郎どもはご覧のとおりだ。いつもお世話になっている公僕の皆様には、常日頃から感謝の気持ちの証として、投降の機会を差し上げようという、納税者からの心配りだよ」
適当なことを言い捨てながら、上半身だけとなったセンテンスを、四機の晴嵐の真ん中に放り投げる。
ガシャンと音を立てて地面に崩れ落ちるシュミクラムの上半身。
それだけで、
(あと一押しで、投降するかな?)
「た、たった二機でいきがってんじゃねぇぞっ、あんなクソカルト連中と俺達を同列にするんじゃねぇっ、おめぇらさっさと畳んじまぇっ!!」
後ろの颪が小隊長なのか、そんな怒声を飛ばす。
カルト以下、チンピラレベルの発言。まったく
(失敗しましたね、こちらが少なすぎて数で押せると考え違いしたようです)
「わかったわかった。死にたくなかったら、すぐに除装しろよ?」
硬いだけの
〓
「と、投降するっ、い、命だけはっ」
「はいはい、口上はどうでもいいから、とっとと除装して、脚開いて壁に手を付け」
晴嵐も颪も、防御性能だけは一級品だ。一人も欠けることなく、七人ともに壁に並ぶ。二人ほど、立つこともできず這いずっているが、生きているだけありがたいと思ってもらいたい。
そして指揮官らしき颪に乗っていた男が情けなく声を張り上げだした。
「俺は米内のところのガキに唆されただけなんだよっ、ミッドスパイアの女を紹介してくれるって話に釣られたんだ、助けてくれよぉっ」
「……市民権目当ての偽装結婚、ですか」
結婚による市民権確保、か。レインにしてみれば、いい思い出ではない。一気にその声が低くなり、即座にアイギスガードの手にライフルを実体化させている。
「殺すのはあとにしろ。
「……
あっさりとライフルを消すが、不機嫌な声は隠せてないな。まあ脅しにはちょうどいい。
下手にここで殺して、
「お前達もだ。それ以上口を開いたら、即座に射殺する。何があっても口を開くな、いいな?」
壁に並んだ七人は、がくがくと首を振る。一番左のやつは、もうすでに小便を漏らしているな、気の早いことだ。
「ひいっ!?」
そいつに向かって対人用テイザーを指先から撃ち込むと、殺されたとでも思ったのか隣のヤツが声を上げた。まあ一回目だ。聞かなかったことにしてやろう。
「何か変な音が聞こえたが、幻聴だよな?」
「ゴミが燃える音でしょう、お気になさらず」
あとは騒ぎ出される前に、順番に気絶させる。
〓
全員の拘束を確認後、ようやく第一の目標である
ただ、この手の作業はレインのほうが俺より早い。
(俺は周囲の警戒にあたる。
(
聞かれているとは思わないが、ツーマンセルでの作戦行動中は
(一般の都市管理システムだ。悪質な
(お心遣いありがとうございます。そちらもお気を付けて)
話しながら隔壁外部のカメラモニタを確認するものの、敵の動きは一切ない。
そして待つほどもなく、レインの作業が完了した。
(入管ゲート周辺の制御、掌握しました。予定通り、
(いいさ。命令の真偽確認で手間取ってくれるだけでも、制圧がはかどる)
即座にフェンリルの陸上部隊も、地下を経由して侵入に成功したと報告が来た。
(さて、隔壁の封鎖で
(
フェンリルからの増援が到着するまで一五分ほど。それまでは警戒を緩めるわけにはいかない。
そうは言っても、この周辺の隔壁制御をレインが管理している今、組織だってこちらに迎撃に来れる部隊は少ないだろう。
たった一五分の防衛任務、それも敵地の真ん中とはいえ、襲撃の可能性は限りなく低い。普通に考えれば気楽な任務ではある。
ただ俺にとってはさっきのような強襲に比べると、この手の防衛はやはり慣れない。
いや、慣れるも何もないな。本来の俺にとっては、これが初陣なのだ。まったくもって意識と記憶と経験とがばらばらになっている。
(なあレイン、人の記憶ってその本人にとっての礎だよな)
張り詰めていた緊張が途切れ、作戦とは関係のない言葉を漏らしてしまった。
(はい……そう思います)
(なら今の俺はその礎が、まるっきり瓦解してる状態だな)
クゥを間に挟んだ形での、
それは俺本来の記憶や意識といえるのだろうか。
(甲さん。以前、私は父が嫌いでした。父の定めた基準に到達できず、失望され、反抗することすら投げ出していました。でも今は、そんなときのことが懐かしく、あれはあれで父なりの愛情だったのだろうと、うれしく思い出せます。
過去の記憶は、思い出す時々に変質する……たとえ悲しい記憶であっても、思い出す私自身が変われば、大切なものに変わっていく、今はそう思っています。それに……)
話し続けていたレインが、不意に言いよどむ。
(それに?)
(今こうして戦っているのは、間違いなく『今』の私達です。どこか別の事象の門倉甲と桐島レインの記憶ではなく、今ここにいる私達自身が新しく作り出しているものです)
その言葉は、レインが悩んだ末に出した結論だ。
そうだ。
なにを勘違いしていたのだ、俺は。
あのクリスマスから今日までのことは、間違いなく俺達自身の記憶だ。
そしてその流れの中で、俺は空と学園生として過ごすのではなく、こうしてレインと並んで戦っている。
(ありがとうレイン。まったく、目が覚めた気がするよ)
(どういたしまして)
(そのかわり、一つ我儘を言っていいですか?)
(我儘……? 俺にできることなら何でも言ってくれ)
(この作戦が終わったらで結構ですので、もう一度空さんと話し合ってください……その、へんなことを言ってるとはわかっていますが、お願いします)
まっすぐにこちらを見つめる、蒼い瞳。
クリスマス前、話すときに顔を上げることもできなかった少女の弱さは、もうそこにはない。
(……わかった。レインの我儘に、ちゃんと付き合うよ)
俺が何をどう選んでいるのかは気付いているはずだ。それでもレインは空との絆のために、俺と空とが話し合う機会を作ろうとしている。それはレインが空の親友であり続けるために、必要なことだ。
そして俺にとっては、なによりも俺自身が空との関係性をより良く続けていくために、ちゃんと向き合わなければならないの問題だった。
.