魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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アスカのアーティファクトに悪い評価つかなくてなによりです。

さて、今話を読む時はサイヤ人編の悟空とベジータがフュージョンして、ゴジータになってフリーザに挑んでいるぐらいの気持ちでどうぞ(ゲス顔



第11話 光をこの手に

 

 瞬動で距離を詰めて怒涛とも言える連打を続けるネスカの攻撃を軽々と余裕を以て捌き、時に痛恨の一撃を叩きこみながらエヴァンジェリンは思う。

 

(―――――これほど、とは。まだ未熟な二人が合体してこの強さ。単体で高位に至った二人が合体すれば一体どれほどの強さになるのか)

 

 ゾクゾク、と自分で描いた想像にエヴァンジェリンの背筋は粟立った。

 十の攻撃を捌きながら五の反撃を叩き込み、百の牽制を読み切って逆に罠にかけながら別の事を考える余裕があった。

 

(侮っていたつもりはなかったが……………つくづくこちらの予想を上回ってくれる。だが、だからこそ面白い)

 

 この一瞬の隙が命取りになる緊張感。全身をゾクゾクと駆け抜ける興奮。楽しい、そう感じさせるに足る戦いというのは、本当に何年ぶりだろうか。テンションのボルテージは上がる一方だ。

 

「これを受け切れるか!」

 

 中空の空気がギシギシと固まり、氷柱を生み出した。ネスカ目がけて降り注ごうとする。

 

「受け切ってみせる! ラス・テル・マ・スキル・マギステル 闇夜切り裂く一条の光 我が手に宿りて敵を喰らえ 白き雷!!」

 

 叫ぶと、ネスカの手の平か生まれた激しい雷撃が氷柱へと命中する。水晶が割れるみたいに、氷の礫は雷撃に焼かれて壊れる。だが、バラバラに砕けた氷柱は消えなかった。細かい針状となってネスカに襲い掛かった。

 腕を頭上に掲げたが、突き刺さった氷の針がネスカを無残な針鼠にした。白き雷の残滓が、それをゆっくりと溶かして流れる血と共に身体を伝い落ちた。

 

「ちっくしょうが」

 

 ネスカが牙を剥き、全身に魔力を纏った。全身に突き立ったままの氷がキラキラと結晶となって消えていく。

 

「まさかこの程度で諦めるなんて言ってくれるなよ!」

「舐めるな!!」

 

 ネスカ意識は常にないほど冴えている―――――自分の五感の他に、別の誰かが加わっているかのように。空間を支配し、敵の動きを全て読み取れる。

 視界の中で迫るエヴァンジェリンがスローモーションに見えたかと思うと、心臓の音が聞こえるほどに集中力が高まる。意識が周囲に拡散して、視覚だけではなく五感全てがドンドン広がっていく。

 ネスカは先程から、ある種のトランス状態にあると言ってもよかった。それが、自身よりも遥か上の強さを持つ相手と戦っていることで脳が脳内麻薬を過剰に分泌されて極度の興奮状態を引き起こしたのか分からないが、理性的な思考よりも本能的な反射の側により多く反映されていた。

 だからといって、ネスカの意識が本能の陰に隠れて休眠しているわけではない。彼の理性は冷静に戦いを見つめていた。だが、そこは透明で強固なガラスの壁で隔てられているように戦場の傍ではない。肉体から遊離したように己と敵の戦いを見下ろしている。余計な何もかもを排除し、今の自分に辿り着けるとは思えない遥かな高みへと至ろうとしていた。魂が至高の瞬間にまで昇り詰めていく。

 

「ここに来て更なる成長を見せるか!」

 

 戦っているエヴァンジェリンだからこそ分かる。間違いなくネスカは今少しずつではあるが強くなって、一方的にやられていたのが少しずつやり返せるようになってきている。

 己の全てを賭してでもなお上の相手と戦うには、今の自分を超えるしかない。歴戦の勇士であるエヴァンジェリンの戦い方を模倣し、取り込み、自分のものとして組み込んで新しい戦い方を生み出してゆく。

 面白い。何と面白い。戦っている間に強くなるなどフィクションのような世界の出来事を彼女は今まさに目の前で目撃していた。音が聞こえる。エヴァンジェリンやナギがいる領域に確実に一歩ずつ歩み寄っている足音が。

 

「私について来れるか、ネスカ!」

 

 今のネスカはエヴァンジェリン・A・K・マグダウェルが、伝説の真祖の吸血鬼が本気を出すには実力が全然足りていない。だが、十合後はどうだ、百合後は、千合後ならどうだ。

 

「―――――ついて来れるか、じゃない」

 

 避けられなかった攻撃が避けられるようになり、防げなかった攻撃に耐えられるようになり、当てられなかった攻撃も当てられるようになってきている。徐々に思考と感覚が研ぎ澄まされ、代わりに余計な動作が無くなって行き、繰り出す攻撃は必然にも近いシンプルなものへと昇華されてゆく。

 

「直ぐに追い越してやる! ノロノロしてたら置いてくぞ――――っ!!」

 

 吼えたネスカの右脚が強かにエヴァンジェリンの腹部を打ち据えて弾き飛ばすも、氷の女神そのものである彼女にダメージらしいダメージを与えるには至っていない。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 集え氷の精霊 槍もて迅雨となりて 敵を貫け」

 

 それでも衝撃までは殺しきれずにピンボールの球のように吹っ飛ばされたエヴァンジェリンは、くるくると回って体を制動して氷壁に着地。両腕を振り上げたと同時に、辺りの冷気が急激に強まり、彼女の周りにキラキラと輝く光の結晶のようなものが無数に出現した。

 

「氷槍弾雨!!」

 

 ダイヤモンドダストは寄り集まると、氷の槍の形を成した。氷で出来た数え切れぬほどの槍が得物に凶暴な牙を突き立てんと待ちわびている。それはその一つ一つが山を穿ち、川を裂き、天を突くエネルギーを備えていた。

 

「小僧が良くも吼えた。その言葉が大言壮語と成り果てないことを祈るんだな!!」

 

 どこまでも余裕を見せつけるように増えていく氷槍を背にしてエヴァンジェリンは冷然と笑う。

 やはりナギの息子だ。土壇場の気迫が良く似ている。どんなに絶望的な状況でも、根性で覆せてしまえそうな気迫。スプリングフィールドの血が喚起する気性が真っ直ぐにエヴァンジェリンを貫く。

 伝わってくる腹の底を震わせずにはいられない闘志が、女にしか分からない子宮の震えとなってエヴァンジェリンを歓喜させる。

 

「大言壮語か、その身を以って味わえ! ラス・テル・マ・スキル・マギステル 影の地 統ぶる者スカサハの我が手に授けん 三十の棘もつ愛しき槍を」

 

 姿勢制御を放棄して慣性のまま跳びながら迎え撃たんと、ネスカの背後に空気の引き裂ける音を立てながら驚くべき密度と圧力を持つ雷の槍が出現した。

 

「雷の投擲!!」

 

 どんどん大きさを増していく雷の槍から迸る雷によって周囲が圧力でビリビリと震える。空気を普通に感じ取る能力があれば、それがどれだけの威力を持つか、見ただけでハッキリと分かる。それほどの術だった。

 ただでさえ、脅威の威力を発揮しそうな雷の槍が更なる増大を見せた。際限なく魔力を込められ、ブルブルと小刻みに震えると、轟音と共に身の丈を遥かに超えて麻帆良大橋を覆い尽くすほどの大槍へと成長する。

 量ではなく質で勝るといわんばかりの巨大さの雷の投擲の切っ先を、エヴァンジェリンの周りを囲い込んでいる氷槍弾雨へと向けた。

 

「「行け!」」

 

 巨大な雷の投擲と、数えることすら億劫になる氷槍弾雨が同時に放たれた。

 中間点で激突したと同時に、ふわっとした感覚が周囲の空間を包んだ。氷と雷の槍の全てが溶解し、爆発せしめた。もし、誰かがいれば穏やか過ぎて、直後に隕石が衝突したような途方もない衝撃が来るまでそれが爆圧であることなど気付かなかったほどであろう。

 

「「!」」

 

 互いの魔法は相殺された。衝突した周囲数㎞が爆炎に覆われ、爆風に押されるように更に距離が空く。相殺した爆発だけで周囲の物を根こそぎ吹き飛ばし、空間に悲鳴を上げさせながら煙を割って二つの影が飛び出した。

 次々と轟く爆音が消えぬ間に二人とも動いている。氷結を撒き散らすエヴァンジェリンとほんのりと白く輝く流星となったネスカが急迫し、二人の右拳が間近で大砲が着弾したような音と共に衝突した。

 

「うううううぁぁぁぁぁっっっ!!」

 

 右腕を前に出せば、自然と反対側の腕が後ろに下がっている。その勢いと溜めた力を活かし、ネスカが喉から雄叫びを迸出しながら左手をエヴァンジェリンの胴部に向けて突き出した。 

 

「ぬうっ!」

 

 エヴァンジェリンは左手で受けた攻撃によって痺れるほどの衝撃を堪えて外に弾き飛ばして、引き戻した右腕を畳みながら捻った回転力で増した肘をネスカの側頭部に叩き込もうとする。ネスカは急速に体を後退させ、この攻撃を逃れた。

 そのまま爆発的に光量を噴射させて弾丸のようにエヴァンジェリンの下へと舞い上がった。そのまま螺旋を描くように周りを旋回する。と、ネスカが一周もしない内にエヴァンジェリンが後を追いかけ、接近してきた。

 空中を疾走する二人の光は、まるで白と紫の尾を引いた二つの流星が縺れ合いながらダンスを踊っているかのようだった。二つの流線が交差する度に、激しい轟音が響き、派手な閃光が散る。それが二度、三度、繰り返された時、流星が正面から激突しあった。これまでにない轟音によって世界が揺れるように空気が激震する。

 数瞬、二つの流星は力が拮抗したかのように空中で静止したが、互いに腕を動かした直後、爆発の煽りを食らったかのように左右に吹っ飛んだ。その左右に別れた二つの流星が互いにそうすることを分かっていたかのように旋回させ、再び正面から突進しあう。激突は必至だった。

 

「はあああああああああっっ!」

「うおおおおおおおおおっっ!」

 

 そして、二つの拳がぶつかり合った。拳の間から衝突したエネルギーに耐え切れぬかのように周辺にスパークが四散する。ギリギリと押し合いながら相手を睨みつけるかのように顔をにじり寄せた。

 拳が、肘が、脚が、膝が、頭突きが、氷が、雷が、ありとあらゆる攻撃を交し合いながら時に掠め、時に弾き合う。一撃一撃に思いを込め、まるで対話するように攻撃を交し合う。

 舞踏会のような戦いにも終わりがやってくる。特にネスカの方はボロボロである。服は殆ど原型を留めておらず、傷だらけで残りエネルギーも少ない。

 加速度的に消耗を重ねる精神でも支えきれぬほどに限界が迫っているのを感じる。高速戦闘の最中で呼吸をすることすら辛くなってきた。体中の筋肉が軋み、骨が筋の一本一本が軋みながら悲鳴を上げている。肉体が限界を超えて急激な熱に浮かされて、視界が揺れ出した。

 ネスカの体感時間では遥かに時間が経っている。合体の限界時間も近い。

 

(次が最後……!)

 

 これ以上の時間の浪費は許されない。残エネルギーを考えれば許されるのは一撃のみ。ネスカは大きく後方に跳んで距離を取った。

 

「――――決着を望むか」

 

 一瞬にして離れたのは距離にして約一㎞。それだけの間合いを離され、エヴァンジェリンは瞬時にネスカの狙いを悟る。間合いはエヴァンジェリンが得意とする遠距離戦の距離だった。

 敢えて自分から不利な距離を望んだということは、ネスカが求めているのは次なる一撃での決着。最大の力での衝突。それでなにもかも決しようとしている。ならば自身にできる迎撃手段は一つだけ。最大の攻撃には、最大の攻撃を以って応えるのみ。

 

「エヴァァァァアア…………………!!!!!」

 

 半身になったネスカの姿勢が両腕を抱えた状態で定まる。最低限の止血と防御の為に要する魔力すら使い、体に残る力その全てをかき集め、ただひたすらに光を高め続ける

 

「―――――来るがいい、ネスカ――――!」

 

 体内から発せられ、そして体外へと発せられる。胸の前で手を合わせるという自然な動きが、エヴァンジェリンの強固な意志力によって、ここまで眩く、胸を打つほどの美しさを備える。

 距離を取ったネスカ、意図を悟ったエヴァンジェリン。二人はほぼ同時に、集中に入って詠唱を開始した。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 来たれ雷精、風の精!」

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 来たれ氷精、闇の精!」

 

 必勝の覚悟を決めて唱え始めたネスカの詠唱を聞き、瞬時に放たれる魔法を看破したエヴァンジェリンは驚きながらも詠唱を紡いだ。

 それは呼び出す属性の差はあれど、間違いなく同種の呪文。エヴァンジェリンの唱える呪文が、今の自分が使える最強の魔法と属性は違えど同じ魔法であることに気付いたネスカは驚きを隠せない。だが、萎えそうになる心を叱咤して呪文を唱え、術式を編む。

 

「雷を纏いて吹きすさべ、南洋の嵐!」

「闇を従え吹雪け、常世の吹雪!」

 

 全く同じ速度と調子で、二人の詠唱は紡がれていく。それぞれの手に、今までとは比べ物にならない魔力が集まり始めた。

 ネスカの足下に風が渦巻き、魔力が収束する右手は放電が起き始め、対するエヴァンジェリンは周りの温度が急低下し、吹雪のような冷徹さをもって手の中で渦巻いていく。両者のあまりに強すぎるエネルギーに、周囲の空間が歪む。

 水面に浮かべた絵の具がかき回され、排水溝に吸い込まれてゆくようだった。二人を中心とする空間が光の屈折率を変更したように歪む。一秒の後に襲い来るであろう敵が放つ光の波動を断ち切らんと魔法が展開される。

 互いの攻撃の吼え声が大気を渦巻かせ、轟かせていく。ただ一点に収束し、今にも解放されようと荒れ狂う。

 爆発的な、いや、それすらも生ぬるい光の本流が迸り、空を覆う。圧縮と膨張を繰り返しながら、今か今かと撃ち出されるのに耐えかねた空間の絶叫。空間が捻じ曲がり、それはまるで世界の終わりに歌う引き金の祝詞。

 破滅的な力の渦に、空間が戦慄き、大気が咆吼する。力の一端にでも触れれば跡形もなくなる絶対的な死の予感を前にして、なお戦士は引かず、眼前の死を更なる死で殺し尽くさんとばかりに、ただただ力を絞り出す。

 そして、解き放たれる前の一瞬の静寂。極限に高まった一対の業。苛烈なる光はそのままに不思議なほど空間に静寂が満ちた。まるで今から起こる出来事に備えるように。

 風雷の精霊と吹雪の精霊が、それぞれの手に集まる。そして、二人は同時に魔力を溜めた手を振りかぶる。

 

「――――雷の」

「――――闇の」

 

 拳銃の撃鉄が落ちるように魔法の名前が唱じられ、今か今かと待ちかねたエネルギーが解放される。

 

「暴風――――――!!!!!!!!!」

「吹雪――――――!!!!!!!!!」

 

 光が跳ねた。解き放たれた膨大すぎるエネルギーの激流は、何もかもの存在を許してはおかぬというように事象の全てを粉砕しながら迸る。それらが通る空気は奔騰し、荒れ狂い、もし間に形成すものがあったとしても悉く融解するだろう。

 そして触れる物を例外なく呑み込む雷の暴風と闇の吹雪という相反する力同士が激突した。

 激突した爆音は小さかった、というよりアーニャの耳が轟音の大半を拒否したのかもしれない。或いは、爆発の一瞬、気を失っていたのだとしても否定する気にはなれなかった。

 耳を弄する轟音、眼も開けていられない閃光、一瞬で吹き飛ばされそうになるほどに吹き荒れる烈風。世界を染め上げる二つの閃光が、己以外の光は要らぬと牙を剥き出しにして鬩ぎ合う。

 光が拮抗し、互いを喰らいあう。荒れ狂う閃光と灼熱。互いを力のみで押し合い、空間に境界線を作り上げる。鬩ぎ合うのは光と闇であり闇と光。雷霆の台風と漆黒の氷嵐。光は全てを呑み込み、膨大な熱と極寒の氷と矛盾した圧倒的な衝撃をばら撒き、渦を巻いてその場の全てを壊し尽くし、そして吹き飛ばす。

 

「きゃっ!?」

 

 轟音と光の眩しさに、茶々丸と戦っていた明日菜が悲鳴を上げた。

 吹き荒れる烈風は瓦礫を薙ぎ払い、ぶつかり合う閃火は爆発する太陽となって目蓋を焼く。閃光が視界を焼き、目前にある自身の手すらも分からなくなる。光も熱も区別できぬほどの、圧倒的なエネルギーが腕で目元を覆っても傍観者達の瞼の裏で弾ける。感じられるのは圧力だけだ。

 

「オ~、タマヤ~」

 

 これほどの凶事に巻き込まれているのに、呑気な口調で花火が上がったようにチャチャゼロは無邪気には笑う

 世界を二つに割るのではないか、と危惧するほどの拮抗した両者の奔流。僅か数瞬の拮抗は、永遠の戦いのようにも思われた。だがしかし、拮抗は数瞬で終わりを告げた。

 

「ガ―――――!」

 

 伸ばした右腕に伝わるその感触に、全てが宿っている。叩きつけられる剥き出しの力。エヴァンジェリンの魔法に押される勢いによってネスカの突き出した右腕がブレる。

 

「グ……ああ―――!」  

 

 押される。押される。押され続ける。なんとしても耐えなければならなかった。まだ止めるわけにはいかない。両者の光は未だギリギリのラインで拮抗している。ここで力を抜けば、一気に突破される。

 

「く……ぉ、あ……っ!」

 

 堪らず吼える。跳ね回る右腕を左手で必死に押さえつける。

 

「これに持ち堪えるとはな……驚きだぞっ!!」

 

 崖の淵で耐え凌いでいるネスカとは対照的に、エヴァンジェリンにはかなりの余裕が見て取れた。

 

「だが、これで終わりだ!」

 

 抗えることに驚きを示しつつ、末尾に混めた叫びと共に更なる力を込める。

 

「づ……………! あ、あ、あ―――――!」

 

 増大する力が奇跡ともいえるバランスで何とか拮抗していたエネルギーが急速にネスカの方へと傾く。

 徐々に勝利の天秤がエヴァンジェリンに傾くのと同時に、無数の氷片が混ざった凍れる風がネスカの方へ吹雪いて来た。生身で喰らえば生き物は無残に切り刻まれる。しかも、瞬く間に凍りつく。なのにネスカの全身を襲っているのは冷気ではなく灼熱感だった。余波でしかない冷気に晒された身体が、超低温を火傷のような痛みとして認識したのだろう。

 まさしく魔性の風。余波だけで世界が凍りつく。凄まじい氷結地獄。直撃を受けたら、きっと魂も残らない。

 

「―――――!」

 

 ガタガタと震える唇の端から泡が吹き零れる。今、ネスカの肉体は氷結させられる寸前だった。骨まで震えるどころではない。骨すらも凍りつきそうな冷気。余波だけでも容易く人を屠らん冷気に、それでも歯を食い縛り、力を注ぐの止めない。

 全身の皮膚の内側を凄まじい熱が蠢いている。ぞりぞりと皮膚と肉の間を鱗で削りながら、骨を啄ばみ、神経の一本ずつを舐め上げて毒を注ぎ込んで益々膨れ上がる毒蛇のよう。左腕も、左腕を押さえている右腕も、踏ん張っている両足も、抑えきれずにがくがくと大きく痙攣している。

 

「ぎ―――――あ、あア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――!」

 

 眼球が裏返りかけて意識が途切れるのを必死で引き止めるために、骨から脳髄までその感覚に冒されそうに鳴りながら吼えた。骨と筋肉を直接削ぐような熱と体内と体外の痛み、悶絶すら出来ぬ感覚に自分が失われていく恐怖を追い返さんと絶叫する。

 

「お前は良くやったよ。この私にここまでの戦いをした。誇るがいい。貴様の名は未来永劫、忘れはせん」

 

 だが、それもここまでだとエヴァンジェリン(強者)は言う。

 

「これでフィナーレだ!」

 

 エヴァンジェリンの左手に、無詠唱で生み出された別の闇の吹雪が生まれる。その数三つ。一つ一つは詠唱した物よりも威力も規模も遥かに劣るが、三つを合計すれば上回る。一つでも拮抗することが出来なくなっているのに、三つも受けることは出来ない。放たれればネスカの敗北は決まってしまう。

 エヴァンジェリンは目の前のことに集中していた。当然だ。彼女であってもネスカが放つ雷の暴風を受ければ無事では済まない。そして僅かであっても拮抗しているので意識を逸らすことなどありえない。

 

「小太郎!」

 

 この時を待っていたアーニャは唯一つの勝機を引き寄せるべく、事前に打っていた布石を今こそ動かす。

 

「狗神!」

「!?」

 

 エヴァンジェリンは背後から何かが近づき、しかし超絶の二つの魔法のパワーの余波だけで爆発するまで存在に気づかなかった。

 麻帆良大橋の上に立つ学ラン姿の少年から放たれた狗神は、結果として碌なダメージを与えられず、近づくだけで余波のエネルギーで消滅したに過ぎない。それでもエヴァンジェリンの意表を突くには十分だった。

 圧倒的強者であるが故の傲慢。その唯一の隙が生まれる時を見守るアーニャは待っていた。自身の想いも絶望も全て押し込め、アーニャは仮契約カードを取り出す。

 

「アデアット! 女王の冠よ、我が能力を主人へと貸し与えよ!」

 

 召喚されたアーティファクトはアーニャの頭に出現し、叫びに合わせて冠の中央にある宝玉が輝いた。

 アーニャのアーティファクトの効果が発動する。

 女王の冠は、被った者の能力を主人へと与えるという変わったアーティファクト。この場合の主人とは仮契約をしたネギであり、現在はアスカと合体しているネスカである。アーニャの能力、魔法適性と魔力がネスカへと貸し与えられる。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 激痛に魂まで犯されながらも、アーニャから力が流れ込んでくるのを察したネスカは文字通り全てをかなぐり捨てた。魂すらも絞り作りして、己が身すらも顧みずにエネルギーを出し切る。

 雷の暴風にアーニャから借り受けた弱い火が混ざり、各々の属性が混ざって勢いを増していく。火によって風が勢いを増し、煽られた風が雷を生み出す。増殖していく雷同士が弾け合って火を強めていく。三つの属性は増幅し合って力を高める。僅かでも、一瞬でも意識を後ろに割いたエヴァンジェリンが増大したパワーに気づいた時には全てが遅い。

 

「しま……っ!?」

 

 世界を二つに割るのではないかと危惧するほどの拮抗した両者の奔流は、唐突に終わりを告げた。雷と火を纏う暴風は【雷火の嵐】となって傾いていた天秤を破壊して、闇の吹雪を呑み込んで世界を眩いばかりの閃光に染め上げた。閃光は、世界を沸騰させて色褪せた世界をそのまま洗い流す。 

 眩い閃光が綾なすと、右手を掲げて防御をするエヴァンジェリンの全身を揺さぶる衝撃が襲った。やがて光は明度を失い、世界は元の暗闇を取り戻す。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 息も絶え絶えに爆煙の向こうを見つめるネスカには、もう魔力が微かにしか残されておらず、戦闘能力は皆無にも等しい。

 あの雷火の嵐に呑み込まれては、如何な真祖の吸血鬼といえど無事ですむはずがない。勝敗は決したと、命令されて奇襲をした小太郎も、茶々丸との戦いを一旦止めた明日菜も、狙い通りに行って会心の笑みを浮かべるアーニャも疑わなかった。

 

「オイオイ、コノ程度デ御主人ガヤラレルヨウナラ今頃生キテチャイネェヨ。ヨク見ロ」

「え?」

 

 主人の敗北に慌ても騒ぎもしないチャチャゼロが言った呟きがアーニャの耳に届いた。

 爆煙が晴れていく。

 

「…………見事、見事と言う他あるまい」

 

 爆煙が晴れて先に、エヴァンジェリンは無傷でそこにいた。いや、無傷ではない。雷火の嵐を受け止めたであろう右手の手の平が焼け爛れている。だが、それだけだ。全力の全力、これ以上はない会心の状況で放たれたネスカ最強の魔法を受けて、たったそれだけの傷しか負わせることが出来なかった。

 やっとのことで与えたその負傷すらも瞬く間に治って行く。真祖の吸血鬼が持つ回復力は僅か数秒の時間で元の肌を取り戻す。

 

「ば、バカな…………た……大して、き、効いていないだと!?」

 

 目を見開いて震撼する。この戦いが始まって初めてネスカは戦慄していた。

 足元ぐらいには近づいたと思っていた。しかし、それはネスカの驕りであった。実際には足下どころか、その影すらも見えてなどいなかった。

 

「ほ、本気ではなかったというのか?」

「本気ではあった。本気で遊んでいたとも。兎がじゃれついてきた程度で獅子が死に物狂いになるわけがなかろう」

 

 本気は本気でも、ネスカとエヴァンジェリンとでは意味が違った。エヴァンジェリンは狼狽も深いネスカから視線を外し、麻帆良大橋の上で呆然とする犬上小太郎を見る。

 

「部外者の助太刀は予想外ではあった。横入りは剛腹だがあわやと思うスリルはあったぞ。褒めてやろう。一瞬とはいえ、この私を焦らせたのだ。誇るがいい」

 

 勝利を確信していたアーニャの、築き上げた全てが津波に流れて行ってしまったような顔へと視線を移す。そして最後に飛んでいることすら出来なくなって、麻帆良大橋に着地して膝から崩れ落ち、地に手をつくネスカを悠然と見下ろす。

 圧倒的強者との戦いで精神もすり減らし、更に無茶をした所為で制限時間を迎えた合体すらも解ける。

 

「「あ」」

 

 合体が解けた二人は地に伏した。限界まで力を使い果たした二人に、もう戦う力は一片も残っていないかった。

 

「ま、まだだ。俺は誰にも負けられねぇんだ」

 

 直ぐには起き上がれないネギの横で、アスカが体を起こした。盛大に息を乱して震える全身であっても片膝をつき、息を整えているが体に力が入らない。疲労で額には汗が浮かび、心臓は早鐘を打ったようにガンガンと鳴り響いていて、とても戦いを続けられる状態でない事は誰が見ても明らかであった。だが、体は動かなくとも闘志は今だ健在と、眼だけが戦う意思を示していた。

 尚も足掻こうとする魂の輝きに、エヴァンジェリンは笑みを深めた。

 

「そこそこは楽しめたよ、坊や達。血を吸いはしないが、今はただ自身の未熟を理解し、世界の広さを知れ。そして最強と呼ばれる者の力を知るがいい」

 

 エヴァンジェリンの手に再び闇の吹雪の塊が幾つも浮かび上がる。

 

「ち、ちくしょう……」

 

 立ち上がることすら出来ないアスカ、起き上がることすら出来ないネギ、せめて二人を守ろうと飛び出したアーニャと明日菜、代わりに戦おうと飛び降りた小太郎。その誰よりも早く、エヴァンジェリンは闇の吹雪を放とうとして――――。

 

「……!? いけない、マスター! 戻って!!」

 

 茶々丸が何かに気づいてエヴァンジェリンに呼びかけたが既に遅い。橋塔部に鎮座していた大型電飾が乾いた音と共に発光して今にも闇の吹雪を放とうとしてエヴァンジェリンを照らし出す。

 

「な……なに!?」

 

 次いで橋の電飾に次々と電気が灯って行くのを見たエヴァンジェリンは、己がミスを悟る。

 エヴァンジェリンの全開状態には制限があった。まるで舞踏会に出席したシンデレラの魔法が午前0時になったら解けるのと同じように、暗闇に沈んでいた麻帆良学園都市に電気が戻ると共にエヴァンジェリンに何かが繋がった。

 

「マスター!」

「きゃんっ!」

 

 エヴァンジェリンを光が撃った。同時に闇の吹雪が霧散する。光はエヴァンジェリンを呑み込み、彼女の中にあった魔力という名の全能感を奪い去る。

 吸血鬼の能力すらも失って、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに与えられた運命は、人の身に墜とされながら空に憧れて飛んだイカロスが太陽の熱に炙られて翼を失うが如く地に落ちて行くことだけ。

 

「ど、どうしたの!?」

「停電の復旧でマスターへの封印が復活したのです! 魔力がなくなればマスターはただの子供! このままでは氷の湖へ!」

 

 明日菜の問いに律儀に答えながら茶々丸は背部スラスターを吹かせて、主の下へ馳せ参じようとする。

 しかし、それよりも早く動いた者がいた。

 

「エヴァ!」

「!?」

 

 茶々丸よりも早くアスカが橋より身を躍らせた。

 

杖よ(メア・ウイルガ)!」

 

 そして一拍遅れてアーニャとネギが続く。

 

 

 

 

 

 轟々と風が逆しまに叩きつける中、背中に風が鞭となって食い込んでいくような痛みが走る。

 身体が落下していくのが分かる。目を見開いた先には空があった。星々を煌めかせる空をとても綺麗だと思った。橋の下はエヴァンジェリンの魔力によって氷結している。魔力を失って普通の十歳児と変わらないエヴァンジェリンが百数十メートル以上の高さから落ちれば、潰れたトマトのように死ぬしかない。

 地面は確実に迫りつつある。エヴァンジェリンは覚悟するようにすっと瞼を下ろした。

 ひどく身が軽くなっていた。報われない想いは終わり、後は何も感じなくなる。悲しむことも、苦しむことも、痛むこともない。空はどこまでも広がっていて、都市の光によって星が塗り潰されていく。光から遠ざかって落下していく感覚はひどく頼りないもので、永遠にどこでもない場所へ落ちていくのではないかと思われた。

 

「ああ……!」

 

 声が出てしまう。恐ろしさよりも心細さが強かった。

 

(嫌だ) 

 

 死の諦念に冷たく閉ざされかけたエヴァンジェリンの胸に一点だけ熱い灯火があった。それは意識しまいと目を閉じていたエヴァンジェリンの心にも強く輝いて、あっという間に胸を染め上げてしまう。

 

「……助けて」

 

 呟きは自然と唇から漏れた。

 ごおごお、と耳に風が流れていく音がする。落ちていく。夢破れて、どこまでも堕ちていく。しかし、空気を体で切り裂いて生まれる風の轟音が自分の声すらも耳に届けない。

 

「助けて」

 

 ただ、内臓が吐きそうなぐらい熱かった。グチャグチャと熱が蜷局を巻いて、内側から燃えてしまいそうだった。グツグツと煮え滾って腸から溶けていく感覚が恐ろしくてたまらない。口を開くごとに吐息の変わりに炎が噴き出しているような錯覚を覚える。 

 ごおごお、と風の音がする。でも、感覚は無い。熱と音だけだ。自分が上空何メートルにいて地面とどれだけの距離があるのかが分からない。恐怖だけがエヴァンジェリンを染め上げる。

 

「助けてっ」

 

 何て自分は虫がいいのだろう、とエヴァンジェリンは思った。多くの命を奪ってきて、助けてもらう価値なんて自分にはないと決めたはずなのに、最後の最期には助けを求めてしまうのだ。

 

「助けてっ、ナギ」

 

 何度も呟きながら、遂には観念するようにギュッと力強く目を閉じた。

 

「助けてっ、――――ナギっ!!!!」

 

 墜落していくエヴァンジェリンは、身の内にある光の方へ必死で手を伸ばした。

 

「エヴァっ!!」

 

 応える声に瞼を引き剥がす勢いで目を開いたエヴァンジェリンの目に、助けを求めた者の息子――――アスカ・スプリングフィールドの姿が見えた。

 

「――――手をっ!」

 

 魔力を使い果たして立つことすら出来なかったアスカが、喉も裂けよと叫びながらひたすらに手を伸ばしている。

 

「手を伸ばせ!」

 

 今まさに消えんとする蝋燭の輝きであったが、エヴァンジェリンにとっては絶えず求めていた光だった。温もりを求めずにはいられない手だった。

 

「来いっ!!」

 

 気がつくと、震える手がアスカの方へ伸びていた。

 

「くっ」

 

 どうしようもない落下の最中で、少しずつ二人の距離が近づいていく。

 秒が切り刻まれる。刹那が永遠に引き伸ばされる。果てしなく緩慢になった時間の中で、世界は二人だけのものだった。

 互いの指が、互いを求めて彷徨い、擦れ合う。アスカは落ちていくエヴァンジェリンに向かって、身を捩って伸ばされた手を何度目かの挑戦で遂に掴んだ。強く、強く、ありったけの力を込めて握った。

 

「……あああ…………あああああああああああっ!」

 

 アスカは吠えながら渾身の力でエヴァンジェリンを己が手の内に引き寄せた。

 引き寄せたエヴァンジェリンの体を両手で抱き抱え、無為に落ちるしかない状況で地面に落ちる衝突に耐えるように目を閉じた。一瞬、無重力状態のような浮遊感がしたが、次の瞬間には凄まじい勢いで落下していく。アスカが浮遊術を発動させたが魔力が足りない。

 二人で空から零れ落ちていく。アスカ一人なら落下速度を落とすことが出来るかもしれない。それでもこの手は離さない。離してはならないと自分に言い聞かせ、アスカは腕の中の温もりを全身で抱きすくめた。

 破滅の時、少年と少女は抱き合っていた。エヴァンジェリンはアスカの血の入り混じった匂いしかしないシャツの胸を、手が親を求める子のように縋るように捕まえていた。

 落下時特有の血も凍る感覚が身を包み、みるみる内に地面が近づいて来るのが分かる。凍り付いている地上に叩きつけられれば骨は砕け、内臓は破裂し、これだけの高所から落ちているのだから二人揃って原型も残さず確実に死ぬ。

 共に墜落しながら、エヴァンジェリンは抱いてくれるアスカの向こうにある遠くどこまでも高い夜空を見た。星は見えない。光からは遠ざかって行く。でも、この身を包んでくれる温もりがあれば、もう何も恐れるものはなかった。

 

「諦めるのは早ぇ。俺達は一人じゃない」

 

 残酷な運命に愛されたエヴァンジェリンを救ったのは人だった。投げ捨てたように見えたが実際には橋の裏に糸で吊るされていた杖を呼んで跨ったネギとアーニャが、氷原に落ちる前に二人の体を受け止める。

 

「くっ……!!」

 

 杖を操って二人分の落下速度を受け止めたネギのこめかみに浮かび上がっていた青筋から血を噴いた。同時に魔力切れと気力の限界で意識をプッツリと落とす。

 

「もう、限界」

 

 アーティファクトで能力委譲を行なったアーニャにも魔力は大して残っていない。四人分の体重を支える一瞬の静止と浮遊が精々。四人揃って落ちかけたところへ、スラスターを吹かした茶々丸が纏めて受け止めた。

 機械仕掛けの肉体の茶々丸だからこそ、魔力切れの心配もなく強大な力を持って四人を抱えたまま氷原へと降りる。

 

「マスター、良かった」

 

 茶々丸は表情を崩し、飛び降りることが出来ずに橋の上から見ていた明日菜はホッと息を漏らした。魔力切れやらで四人とも氷原に横になったところで、エヴァンジェリンは隣で今にも死にそうな顔をしているアスカを見た。

 エヴァンジェリンは己の迂闊さを悔いてはいたが、この失策は戦士として許されざれるミスであるので大人しく受け入れていた。

 

「私も驕ったな。闇の福音という綽名に溺れすぎたようだ」

 

 戦闘のために有効な真理は、基本的に相手を打倒しようとする強い意思にある。強い意志がなければ、ここぞという時に瞬発力は発揮できない。

 勝機の万全たる期して初めて戦いは勝つのであって、気力とか偶然による勝利などは早々あるものではない。相手が強者であるならば、その対処の仕方、作戦を立案して望まなければならない。力押しの戦いなぞは、よほどの力の差があってこそ成り立つ。それでも戦闘では、圧倒的な力の差が原因で墓穴を掘ることもある。「矛」と「盾」、その言葉が生んだ「矛盾」という概念こそ、戦闘の本質をついている。

 

「強かった。流石は真祖の吸血鬼。桁違いの力だった」

「よせ、勝者にかけられる賞賛などいらん。今の私は敗者に過ぎん。制限時間を忘れて熱中するなど情けない」

 

 エヴァンジェリンは何時でも彼女自身という王国を支配する女王だった。だが、今は影を帯びてひどく儚かった。

 

「俺は勝ったなんて思っちゃいない。あのまま戦っていたら万に一つの勝ち目すらなかった」

「謙遜するな。結果的に勝利を求めて勝ち取ったのお前達の手柄だ。誇るがいい。この私を敗者にしたのだ」

「違う。誰がなんと言おうとエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは敗者なんかじゃない」

 

 六百年を生きた真祖の吸血鬼。魔法世界では闇の福音・人形使い・不死の魔法使い・悪しき音信・禍音の使徒・童姿の闇の魔王などの様々な異名を持ち恐れられているだけの実力を我が身を感じた。本気でなかったとも戦った肌身が直感と共に悟らせている。

 

「現実を見ろ。お前の勝ちだ」

「本気で戦っていない相手に勝ったなんて法螺は吹けない」

 

 今のアスカでは仰ぎ見るだけで、とても頂点を見ることは叶わない。歴然とした差に愕然とした想いを抱けども、遥か彼方の高峰にいる姿に憧憬と尊敬を覚えずにはいられない。そんな彼女が自らを敗者に貶めることを許せるはずもない。

 

「これだけは絶対に譲らない」

「この頑固者め」

「褒め言葉をどうも」

「褒めてない」

 

 そして顔を見合わせて二人で笑い合う。

 

「気安くなったものだ。初めて会った時は警戒心剥き出しだったものを」

「そっちこそ。今にも飛び掛かりそうな野獣の目をしていた癖に」

 

 言葉のあちこちに相手をからかう意図を織り交ぜていても詰まることはない。始めて会った時のことを思えば、会話にジョークを混ぜられるほど随分とフレンドリーになったものだと懐古せずにはいられない。

 全力でぶつけあって、でも後々の遺恨にならないような決着の着き方だったから、今まで間を隔てていた心の壁が大分薄くなったように互いに感じていた。今までに溜まりきっていた互いへの愚痴をこの時とばかりに突き合う。

 

「さて、負けるのは何年ぶりだったか。ここ百年はなかったことだぞ」 

 

 いい加減に喋り疲れたところでエヴァンジェリンは過去を思い出すように言った。

 

「紅き翼とは戦わなかったのか?」

 

 魔法世界で英雄とも呼ばれている紅き翼とナマハゲ扱いされているエヴァンジェリンの相性が良いとは思わなかった。

 英雄とは正しさの象徴、正しいからこそ民意を得て英雄と呼ばれるのだ。逆にエヴァンジェリンは物語の中なら英雄に討たれる役回り。両者が出会えば戦いになっても不思議ではなかった。故にこその問い。

 

「じゃれ合い程度ならしたかもしれんが本気で戦ったことはないな。奴らとは不思議と馬が合った」

 

 もう十五年以上前のことを今のことようにエヴァンジェリンは正確に思い出せる。

 

「どちらが強い?」

「負けるとは言わんが確実に勝てるとも言えんな。奴らはそれぞれに尖った強さを持っていた。やってみないと勝敗は分からんが、それでも勝つのは私だ」

 

 ナギという太陽のような光に出会い、いずれも劣らぬ輝きを持つ者達との交流は楽しかったと断言できる。エヴァンジェリンにとって自分の正体を知っても恐れず臆さず、けれど敵意を持たなかった奴らは六百年を生きてきて極少数だった。

 怖いもの知らずではない。弱いからこその諦めでもない。強者に縋ろうとする卑屈さもない。同格で同じ立場に立ち、対等でいられる力を持った者達との交流は初めてだったと言っていい。幾分、想い人であったナギというフィルターを通した事や、数百年来の付き合いのあるアルビレオがいたことは関係していたかもしれないが。

 

「まだ遠いか」

 

 果てまでの道は見えず、高峰を仰ぎ見ることしか出来ない。それがどうしようもなくアスカには悔しかった。

 

「…………何故、私を助けた? 私達は敵のはずだ。命を賭けて助ける理由なんてないはずだ」

 

 エヴァンジェリンには分からなかった。あれだけの戦いをして、敵対関係にあったエヴァンジェリンを救う算段なんてないはずなのに命を賭けてまで行動した理由が分からなかった。

 

「うるせぇ。体が勝手に動いたんだ。理由なんてない」

「嘘をつくな」

「嘘ついたってしゃねえだろうが」

 

 隣にいるアスカは疲労でもう口を開いているのも辛そうだった。だが、エヴァンジェリンには信じられない。信じられるわけがなかった。

 

「脊髄反射で生きてるアスカが理由ありきで行動するわけないじゃない」

 

 更なる言葉を重ねようとしたエヴァンジェリンを封じるように、アスカの隣で横になっていたアーニャがようやく動かせるようになった体を起こしながら言った。

 

「危ないと思ったから体が勝手に動いた。大方そんなところでしょ。理由なんて期待しない方がいいわよ」 

 

 エヴァンジェリンは繋がれたままのアスカの手に意識を集中する。決して離すまいと握られた手は温かくて、それ以上の否定の言葉を口にすることは出来なかった。

 握られた手に力が込められた。視線をアスカの顔に向けると彼は笑っていた。

 

「親父のことなら心配すんな。時間がかかっても必ず見つけ出す」

 

 穏やかに、しかし力強く宣言したのは僅か十歳ばかりの少年。少年から男になろうとする者だけが持つ、澄み切った熱情があった。

 笑うアスカの顔にエヴァンジェリンは光を見い出した気がした。錯覚なのかもしれない。でも、もう一度だけならば信じられるような輝きだった。他の誰にも負けないアスカだけの光。

 

「眩しいな。本当にお前の光は眩しい」

 

 光を発する気質は終ぞエヴァンジェリンには得られなかった資質だ。彼女は何時までも待ち続ける。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは彼女にとっての光であるナギ・スプリングフィールドを待ち続ける。永遠を生きられるから、彼女は待ち続ける。傷つきたくないから、諦めてしまいたくないから、追うのではなく待つ側でいたいと望む。一瞬でもナギという光に照らされたエヴァンジェリンの弱さだった。

 

「違う。光は誰だって持ってる」

「いいや、私にはない。だから正直に言うなら少し羨ましい」

 

 自らが光となって誰かを照らすことは出来なかった彼女の本音だった。

 今までの彼女の人生は酷いものだった。善人では生きることは出来ず、きっと悪人にならなければ途中で狂っていたことだろう。人が当然と持つ心の光を捨てなければならない世界を生きて来た。無条件で守ってくれる親も、頼れる友もいない。生きる為に殺し、殺すために生きると錯覚するような時代を生き抜き、遂には人を殺しても何も感じない化け物へと堕ちた。

 やがてはそんな自分にも慣れて気にならなくなる。時間とは残酷で優しいのだと誰かが言っていたがその通りだ。女と子供を殺さないと決めたのは、本当の外道にならない為の一種の防波堤のようなものなのかもしれなかった。

 闇に生きる自分でも照らしてくれるナギが放つ光は心地良い。麻薬と一緒だ。一度知ってしまったら止められない中毒が光にはある。裏表なく良い意味で子供のまま大人に成ったようなナギと一緒にいれば、自分も救われるのだと錯覚した。英雄なのに人の輪の中で過ごしていられるナギが羨ましかったのだ。

 

「エヴァにだって光はある。この十五年の間、悪さをしていないじゃないか」

「十五年の間だけだ。私はお前達とは違う。あまりにも人を殺し、手を血に染めすぎた。もはや取り返しのつかんほどに。今更、光を求められんよ」

 

 全身を瘧のように震わせながらも肘を立てて体を起こしたアスカに驚きながらも、エヴァンジェリンは達観した笑みを浮かべる。

 

「私は悪の魔法使いだ。積み上げて来た多くの屍達の怨讐を前にしても誇ろう、私は闇の福音であると」

 

 人に害為す己が光であることは絶対に在り得ない。ならば、自分は人に仇名す悪であろうと名乗った。後悔はない。後悔なんて段階は当の昔に飛び越えている。

 

「じゃあ、どうして十五年も待ち続けた?」

「…………」

 

 答えられなかった。答えは分かっているのにエヴァンジェリンにはどうしても答えることが出来なかった。

 

「エヴァほどの魔法使いなら呪いだって解くことは出来たはずだ。なのに、待ち続けたのはナギ・スプリングフィールドを信じていたからじゃないのか」

 

 真に悪の魔法使いを標榜するなら人を、ナギを信じて待ち続けることはない。信じたのだ、ナギ・スプリングフィールドという男の言葉を。世間的には死んだとされていた男をずっと待ち続けた。

 エヴァンジェリンほどの超高位魔法使いであるならば、呪いを解くことだって出来たはずだ。少女染みた感傷だとしても、いじらしいとは言うまい。誇りを穢すことは決して出来ない。六百年の長きに渡り、孤独であっても生き抜いてきたのは彼女自身の力があってこそだ。最も辛い時代を自我を失わずに、決定的な人としての領域を最後まで乗り越えなかったのは彼女の強さ。

 

「悪の魔法使いだからとか、吸血鬼だからとか、そんな理由で救われたらいけないとか絶対にないはずだ」

 

 アスカの言葉は単なる綺麗事だ。残酷な現実に通じるはずもない。

 改めて、自分の事を再確認する。何のことはない。アスカ・スプリングフィールドが戦ってきたのは、けして勇敢だからでも善良だからでもなかった。我儘だからだ。自分の納得のいかない結果に、どうしても従えないからだ。

 現実はそんな行動を許容しないと分かっていても自分の言うことを嘘にしないためにこそ、アスカは馬鹿みたいな行動を繰り返している。

 

「求めてもいいんだ。願ってもいいんだ。じゃなきゃ、救われなさすぎる」

 

 小僧のアスカにエヴァンジェリンは絶対に理解できない。六百年だ。六百年の時を生きていないアスカにエヴァンジェリンの何が判ろう。例え同じ年数を生きようとも時代や辿って来た経緯が変われば、それどころか他人である以上は同じように生きようとも完全な理解はありえない。

 それでもアスカは願わずにはいられない。アスカが成りたいのは悪を倒す掃除屋ではない。悪をも救って見せる存在、全てを救うヒーロー。見果てぬ幻想そのものだ。アスカは信じたいのだ。この世に存在する全てを救うヒーローがいるのだと、悪でも救われてもいいのだと思いたいのだ。

 

『俺の息子達に手は出させねぇぞ!』

 

 あの日見た父の背中に追いつくために、アスカはエヴァンジェリンに手を差し伸べなければならない。

 

「何度でも言うが私は悪い悪い悪の魔法使いだ」

「…………」

 

 エヴァンジェリンの言葉をアスカは否定しない。彼女の生きて来た時間のどこを切り取っても、自身と他者の悲鳴と苦痛と涙に記憶は彩られている。

 

『――――光に生きてみろ』

 

 頭を撫でてくれたナギの言葉がエヴァンジェリンの中で木霊する。

 不死者であることも、悪の魔法使いであることにも、疑問も後悔もない。今更変えようとも思わないし、変えられるとも思っていない。なのに、脳裏に思い浮かぶ男の笑顔はどうしようもなく心の奥を疼かせる。

 

「五万と悪事を働いてきた。お前のような優しさは好ましいものだし、長き生の中では有難いと思うこともあったが、それだけでは割り切れぬものがあることを知れ」

「それでも俺が嫌なんだ。我慢できない」

 

 エゴイズムを全開にして、残酷な世界を受け入れられない子供のようにアスカは駄々を捏ねる。

 戦うとは即ち抗うこと。短い人生ながらも戦うことを選んだアスカ・スプリングフィールドは決断する。分かっていても、恥知らずでも、アスカは手を差し伸ばした。そうせずにはいられない。

 

「約束する」

 

 アスカにエヴァンジェリンは救えない。心の細波を起こせても変えることは出来ない。十にも満たないまだ何も知らない子供が六百年を生きた少女を救えるはずがない。当たり前で、分かりきっていたことだ。

 

「親父を見つけ出してエヴァの下に連れて来る」

 

 アスカにエヴァンジェリンを救えないなら、救える者を連れて来る。彼女の心身を縛る者、嘗ての英雄を此処へ。自分に出来ないのは剛腹だが。

 

「呪いの解呪にも全力を尽くす」

「お前はこの闇の福音を世界に解き放つと言うのか。そんなことをすれば将来に大きな禍根を残すぞ」

「悪を為さないと信じている」

 

 幸福が約束されない世界がないこの世で、他に何を言えるだろう。

 

「誰かに危害を加えたのなら俺が君を討とう。被害者たちに誠心誠意謝り、罪の代価に俺の死を望むならば代わりに命を捧げよう。それぐらいの覚悟もなしにこんな大それたことは言わない」

「この私を信じるというのか?」

「信じる。十五年の間、親父を待ち続けたエヴァなら信じられると思ったんだ」

「馬鹿め、それすらも私の策略かもしれんのだぞ」

「思わない」

 

 エヴァンジェリンは悪徳を積んでいても邪悪ではないと信じた。信じていたかった。エヴァンジェリンが十五年間もナギを求め続けたことは紛れもない光であると証明するために。

 

「闇の福音じゃない。不死の吸血鬼でもない。悪の魔法使いでもない。ただのエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを信じる」

 

 どこまでもアスカは突き進む。助けて上げたいなどといった上から見た気持ちではない。ただ、見たかっただけである。きっと綺麗な、エヴァンジェリンの笑顔を。

 

「奇態な奴め」

 

 エヴァンジェリンは悪態をつきつつも、握っている手に力を込めた。触れている手は温かく、人肌の温もりはどうしようもない感傷を抱かせる。

 十五年の月日の中でナギの温もりは遠い思い出の中。でも、きっとこんな温もりであっただろうことは分かった。

 積み上げて来た罪は数知れず、築き上げてきた屍は数知れず、この手を突き放すべきなのか。答えを知る者はおらず、この場には手を握り合う二人しかいない。

 

「お前達親子は風のように自由に生き、風のように気ままに振る舞い、……………風のように、何時の間にか私の心深くに入り込んで来る。嫌になるぐらいに」

 

 信用に対する対価は信用でしか返せないことを知っていた。短いといっても共にいた時間がある。嘘はないと分かってしまう。ナギも、ネギも、アスカも、それぞれ生き方も在り方も違っても根元で繋がっている。流石は親子だと賞賛してしまうほどに。

 

「私は不死者だ。お前達が死ぬまで待ち続けよう」

 

 どんなに願っても想いは叶えられなくて、エヴァンジェリンの想いは何時だって届かなかった。幾つもの悲しいことがあった。辛いことがあった。苦しいことがあった。寂しい別れも一杯あった。だけど今、手の届く距離に受け入れてくれる光がある。

 エヴァンジェリンはこの十五年の間に弱くなったのかもしれない。甘くなったのかもしれない。それでも、彼女自身は今この想いを愛おしそうに抱きしめた。

 

「アスカ」

「エヴァ」

 

 相手の名前を呼ぶ。繋がった手が温もりを伝えてくれる。

 戦いながら触れ合って心をぶつけ合い、分かり合って名前を呼んで、言葉を交わして、温もりを伝え合う。二人は出逢って、少しずつ分かりあい、戦いながら触れ合って、伝え合って分かり合っていく。

 

「修学旅行にも行けるようにする。俺達に出来ないことはない。出来ないことは…………」

 

 ネギと同じく限界を超えて意識を保てなくなったのだろう。そこで言葉を途切れさせて、アスカの瞼は閉じた。

 規則正しい寝息を漏らすアスカの寝顔を見たエヴァンジェリンは、胸になにかが込み上げてくるのを自覚した。

 

「ナギは約束を守れなかった。でも」

 

 お前達が来てくれた、とエヴァンジェリンは胸の中で独白した。

 約束は果たされていない。それでも、エヴァンジェリンは今だけは寂しくはなかった。意識を失っても決して離さぬとばかりに繋がれた手から伝う温もりが今はとても愛おしい。

 

「お前は馬鹿だ。救いようのない馬鹿だよ」

 

 笑みの混じった言葉は眠っているアスカには届かない。負傷も疲労も治癒魔法で如何様にでも出来るが、傷ついた心身を癒すのに最良の方法は結局、眠ることなのだ。次の戦いに備えて、戦士は傷を癒すために静かに眠る。

 

「そんな馬鹿に親子二代に渡って振り回される私も同類か」

 

 少しだけ、本当に少しだけでもエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが救われたのかどうかは本人しか知る由はない。唯一つだけ言えることは、エヴァンジェリンは笑っていた。綺麗な、本当に美しい笑顔だった。それだけでアスカ・スプリングフィールドが人生を賭けられると思った笑みだった。

 

「あの、私達はどうすれば」

「今大事なところみたいなんだから放っておきなさい」

 

 気絶したネギを引っ張って二人っきりにしたアーニャと茶々丸がそんな会話をしたとかしていないとか。

 禍音は鳴らない。この時の世界には福音が満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺たち完全に蚊帳の外やん」

 

 上から降りて来た小太郎が隣に降り立って並んで眼下を見下ろしながらの一言に、明日菜は深く同意した。

 明日菜の肩の上でカモは煙草に火をつける。

 

「上手くいったんからいいじゃねぇか。これも一つのハッピーエンドってな」

 

 カカカ、と笑うカモに明日菜は表情を暗くした。

 

「私って、いなくてもどうにかなったんじゃないの」

「そうでもないでさ。明日菜の姉さんがいてくれたからこそ、兄貴達は合体が出来たんだ。姉さんがいなきゃ、どっちの道じり貧。ま、エヴァンジェリンの実力が桁違い過ぎて同じ結果になったかもしれねぇが、姉さんがいなくても良かったことはならねぇよ」

 

 肩の上で恰好をつけながら煙草を吸っているカモの言葉に明日菜は容易く頷くことは出来なかった。茶々丸の相手をしていたが、彼女は明日菜の身を案じていると分かるほど積極的な攻撃はしてこなかった。戦力になれたと実感がない状況では、カモの慰めを受ける気にもなれない。

 

「それよか、なんやね。あの二人が合体したあれは」

 

 落ち込んでいる明日菜の気持ちなど知ったことではない小太郎は、事情を知っているカモを睨み付けた。

 

「麻帆良に来て早々、あのチビジャリに合図をしたら敵を攻撃しろって脅されるし、アスカとネギが合体しよるし、しかも、戦うのは真祖の吸血鬼とか意味が分からんわ」

 

 カモは小太郎を見ながら肺一杯にニコチンがたっぷりと詰まったガスを吸い込んで吐き出す。

 

「アスカの兄貴の『絆の銀』の効果だぜ。二人の装着者を合体させて能力を倍増させるアーティファクト。装着者同士の相性や力が近ければ近いほど莫大な力を得ることが出来る。二人が持つ最大に最後の切り札だ。ちなみにネスカってネーミングは俺っちが付けさせてもらったんだ」

 

 一度だけとはいえ、油断しきった高畑に土をつけた切り札。双子というこの世で最高の相性を持つ二人が合体して生まれたネスカですらエヴァンジェリンの足下にすら届いていないことに、三人の願いを知るカモは煙草の煙を吐き出しながら果てしなき頂きの高さを再確認する。

 

「ネスカ、やと。まだまだ先があるやないか」

 

 小太郎はブルリと体を震わせる。互いに底を見せ合ったと思ったアスカにはまだ先があったことに、武者震いにも似た震えが体を襲っていた。

 ネスカの力は隠形で身を隠しながら橋の上からずっと見ていた。もし、エヴァンジェリンではなく小太郎がネスカの相手であったなら恐らく傷一つつけることも出来ないだろう。或いは手を使わず足だけでもあしらわれることも出来たかも知れない。合体によって飛躍的に能力を向上させたネスカの力はそれほどのものだった。そのネスカを歯牙にもかけないエヴァンジェリンの底力。

 

「本当、世界は広いで」

 

 井の中しか知らなかった小太郎は世界の広さを思い知り、今は苦渋を耐え凌ぐ。

 そんな小太郎の横で、近づけたようで実際には互いの距離の遠さを思い知らされた明日菜が眼下で動かないアスカ達を思う。

 

「まだまだ遠いな……」

 

 戦える武器も力も手に入れて、少しは近づけたと思った。なのに、アスカからの魔力供給が途切れた明日菜に橋の下に降りる手段すらもない。借り物の力と与えられた力では、この距離は永遠に埋まらないのだと明日菜は知った。

 明日菜の呟きを肩の上で聞いてしまったカモは空を見上げた。

 世界は、耳が痛くなるほどの静けさだった。ありとあらゆる喧騒が絶え、砲声や人の声ばかりか、鳥や虫の泣き声も一切聴こえない。少し欠けた十六夜の月が蒼く世界を浮き立たせている。普段の街からは考え難いほどに月は蒼く澄んでいて、何かの啓示を与えているようでもあった。

 




弱いネギとアスカが合体したところで(サイヤ人編の悟空とベジータが合体したところで)、エヴァンジェリン(フリーザ)に勝てるわけないじゃないか、という内容でした。

ちなみに、小太郎のことを知っているのはアーニャのみ。アスカとネギだけではなくカモも知りません。
もし、小太郎のことをカモが知っていたら明日菜は待ちぼうけ。明日菜vs茶々丸が小太郎vs茶々丸になっていました




以下、その夜の後に


エヴァ「結界諸々とご苦労だった、ジジイ」
学園長「スッキリした顔をしおって」
エヴァ「まあ、な」
学園長「だが、この氷河を解くまでは帰さんからの」
エヴァ「え!?」

そしてエヴァンジェリンは居残りを命じられたのである。





次回 「バースデー・パニック」

舞台は原宿。そこで起きる事件とは果たして。
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