魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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修学旅行編開始。

R-15、残酷・グロ描写あり。


第二章 宿命編
第13話 一日目


 

 アスカ・スプリングフィールドの朝は無意味に早い。一番鳥が朝を告げる前に眼を覚まして覚醒している。しかし、その日の朝は彼よりも早く起きている者がいた。

 

「クックック、アハハハハ、アーッハッハッハ!」

 

 アスカ達の家の前で高笑いしている馬鹿が一人。人の家の前で修学旅行が楽しみで寝れなかったのか目元に隈を作ったエヴァンジェリン(推定六百歳でも見た目十歳)が、変なテンションで仁王立ちして高笑いをしている。幼女とも言える小学生に見える外見のエヴァンジェリンが中等部の制服に身を包み、腕を組んで高笑いする姿はとてもシュールであった。

 

「なにやってんだ、エヴァ」

「そうよ、今何時だと思ってるのよ。まだ五時にもなってないじゃない」

 

 そろそろ起きる時間だったのでアスカはそれほど苦にはなっていないが、何時もならまだ夢の中にいる時間帯に高笑いで起こされたアーニャなどは凄い目つきをしていた。

 

「何を言っている。折角の修学旅行なんだぞ。寝ていられるか。お前達の血で修学旅行の間だけ呪いの精霊をだまくらかせたんだ。ああ、十五年ぶりの外の世界♪」

 

 スプリングフィールド兄弟+アーニャにエヴァンジェリンが出した弟子入り条件は、あれだけ勿体ぶったくせに結局は修学旅行に行くのに協力しろというものだった。ある場所で血を限界まで吸って回復し、また血を吸ってを繰り返して、一時的に呪いをだまくらかして学園長に修学旅行行きを認めさせたエヴァンジェリンだった。

 

「しかし、よく学園長が認めたわね」

「そこはあれだ。アホみたいな数のギアスを受けてやっとだ。今回ばかりは私も折れる気はないからな」

 

 学園長が根負けするまで延々と頼み続けたのだろう。この喜びようを見れば学園長の苦労も浮かばれるだろうか。

 

「ナギが力任せに呪いをかけた所為で呪いの精霊をだまくらかすのに別荘の秘宝級の財宝を振り撒くことになったが後悔はない」

 

 自信満々に頷く真祖の吸血鬼に、彼女の従者達はそれぞれ真反対の反応を見せた。

 

「モウ、好キニシテクレ」

「こんなにもお喜びになるマスターは初めてです」

 

 エヴァンジェリンのはっちゃけぶりに、チャチャゼロは真祖の威厳は何処に行ったのやらと呆れかえっていて、茶々丸は感無量とばかりに感動している。

 ツッコミを入れるべきなのかとアスカとアーニャは悩んで―――――テンションの高さについていけなさそうなので止めた。

 

「強力な呪いの精霊を騙し続ける為、複雑かつ高度な儀式魔法の上、学園長自らが一時間の一回『エヴァンジェリン(マスター)のハワイ行きは学業の一環である』という書類にハンコを押し続けなければなりません。魔法や変わり身などは使えませんので重労働になるかと」

「学業の一環である修学旅行に沿った行動しかできんし、魔力も完全に封印されている。今の私は完全に中学生だ。だから、なにかあっても巻き込むなよ」

「なんもねぇって」

 

 アスカが答えたが少しアーニャは心配だった。スプリングフィールド兄弟と遠出すると事件に巻き込まれるのは、ほぼ確定しているから少し不安を覚えた。魔法学校の時だけでも思い当たる節が何個か……。

 しかし、四泊五日の修学旅行の間、ずっと一時間に一回はハンコを押さないとなる学園長の苦労を忍ぶ方が大きかった。

 

「ネギ坊やともう一人の先生はどうした? まさかまだ寝ているのではないんだろうな」

 

 エヴァンジェリンにとっては十五年ぶりの外界へのお出掛けなので、行けることが分かってからはずっとこのハイテンションだ。

 

「お生憎様。あの二人は眠りが深いからアンタの騒音みたいな笑い声でも起きないわよ」

 

 特にネギは起きる気が無いと無意識に魔法で遮音結界や防御障壁まで使うので、昔のアーニャは目覚ましの音だけは結界や障壁をすり抜けるようにするように強要したものである。

 ネカネの場合は既定の時間になったから勝手に起きるアスカに似たタイプで それまでは岩が振ろうが槍が振ろうが絶対に起きない。そんなネカネでも起きるネギの寝癖は推して知るべし。

 

「いいから起こせ。始発で行く約束だったはずだ」

「そんな約束したっけ?」

「さあ?」

 

 始発にしたってまだ随分と早いが、言われたアスカには約束に心当たりがなくて首を捻った。アスカに聞かれたアーニャも理解できずに同じように首を捻った。二人がとぼけているわけではなく、本気で分からない風情にさしものエヴァンジェリンも焦った。

 

「ま、待て!? 昨日の昼休みに約束したではないか!!」

「昼休み…………昼休みねぇ」

「ほら、二人で茶々丸の弁当を食べた後に約束しただろ」

「う~ん」

 

 必死に迫るエヴァンジェリンに対してアスカは約束を思い出せずにいるようだった。

 血相を変えるエヴァンジェリンの様子に嘘はなさそうなので、アスカも首を捻ったり眉間を叩いて思い出そうしているがなにも出て来ないようだ。アスカの普段のテストの成績が悪いのは覚える気がないだけで、必要ならばネギに迫る頭の回転力と記憶力を持っている彼がこれだけ必死になっても思い出せないとなると、残されたのはたった一つ。

 

「もしかして言った時には昼寝してたんじゃない?」

「昼寝? ん、なにか思い出してきた」

「本当か?!」

「ガキニ振リ回サレルコレガ俺ノ御主人カト思ウト泣ケテクルゼ」

「姉さん」

 

 アーニャの言葉を取っ掛かりとして頭の中から何かを掴んだらしいアスカに喜色満面になるエヴァンジェリン。主人のあまりの威厳のなさに長年の相棒であるチャチャゼロはひっそりと涙を流し、そんな姉を慰める茶々丸。

 

「というか、私は二人が一緒にお弁当を食べたってところが気になるんだけど。茶々丸は一緒にいたの?」

「いえ、事前にマスターから一人で食べたいからと頼まれた二人前のお弁当をお渡しして私は教室に」

 

 茶々丸からの情報に、アーニャは白い目でアスカに迫るエヴァンジェリンを見つめた。

 

「エヴァンジェリンってネギ達のお父さんが好きだったんじゃ」

「惚レッポイッテコッタロ。ケッ、悪ノ魔法使イノ誇リハ何処ニ行ッタヨ」

「幸せそうなマスターです」

 

 ほっこりとして母親のような慈愛に満ちた茶々丸と違って、アーニャと特にチャチャゼロは荒んだ眼をした。

 

「なんであんなおたんこなすにみんな惚れるのかしら?」

「ナギノ野郎ミタイニアノ坊主モ無自覚ニ周リヲ惚レサセルタイプカヨ」

「ええ、私の親友もなんでかアスカが好きなんだって。分からないわ」

 

 そういえばナナリーは元気かしら、とアスカファンクラブ第一号だった親友がいるハワイの方向を見ながらふと思ったアーニャだった。

 ネギファンクラブと合わせて何故か名誉会長として崇められていたアーニャは、二人の昔の話や写真を売りまくって荒稼ぎした物である。荒稼ぎし過ぎて校長に見つかってメルディアナ魔法学校の全トイレ清掃をさせられたり、アスカらから奢らされたのは良い思い出なのか悪い思い出なのか。

 

「悪い思い出に決まってるじゃない」

「どうかしたのですか?」

「青春の過ちについてちょっとね」

 

 人に語れるほどの誇れる内容ではないので、聞いてくる茶々丸からそっと顔を逸らすアーニャだった。

 逸らした視線の先でアスカが記憶の掘り出し作業をしていた。

 

「なにかエヴァンジェリンが言ってたな。確か一緒に……」

「うんうん」

「シャツを着ようって。なんでだ?」

 

 始発に乗ろうをどう聞き間違えればシャツを着ようになるのか。意味が分からないアーニャだった。

 ようは寝ぼけていたのだろうとは分かるが、エヴァンジェリンの様子を見るに相当楽しみにしていたのだろう。ちょっと可哀想かなと、十五年も中学生をやっていると聞いた時に次いで思った瞬間だった。

 

「あ、あ、」

「あ?」

 

 虫が入りそうな口を開けたエヴァンジェリンが途切れ途切れに言おうとしている言葉を読み取ろうとアスカが繰り返すが、それは全くの逆効果である。

 プチン、と堪忍袋の緒が切れたエヴァンジェリンが大口を開けて叫びを上げた。

 

「阿保かぁあああああああああああああ!!」

「アンタがアホや!!!!!!! 今何時やと思ってんねん!!」

 

 アスカの目の前で、スプリングフィールドの血族+アーニャの住む家の隣の窓がガッと開き、中から怒り心頭の形相の天ヶ崎千草が全力投球で投げた時計がエヴァンジェリンの後頭部に直撃した。

 

「ぐはっ」

「あ」

 

 割と危ない倒れ方をしたエヴァンジェリンを危なげなく抱きしめるアスカ。

 

「ふんっ」

 

 うるさい元凶を仕留めて窓を締めようとする千草の後ろにあったベッドで寝こけている小太郎の姿をアーニャは見た。一瞬だが間違いない。

 

「あいつったら性格に似合わずに千草と一緒に寝てるのね。これは後で弄れる材料になるわ」

 

 けけけ、とチャチャゼロも面白げになるほどの悪女の笑みを浮かべたアーニャだったが、視線をアスカ達に向けると途端にテンションダウンした。

 

「この一場面だけ見たら感動的なシーンなのにね。実際は朝早くから騒いで隣人に時計をぶつけられて気絶したのを支えてる図だからリアクションに困るわ」

 

 仰向けになっているエヴァンジェリンが地に倒れないように肩を支えているアスカ。これでキスでもすれば物語もフィナーレだろうが、こうなっている原因を考えると途端にくだらなくなってくる。

 エヴァンジェリンが旅行鞄を背負っているので手を離しても大丈夫と気が付いたアスカは、さっさと手を離して立ち上がった。

 

「んじゃ、走りに行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 

 と、あっという間に走りに行ってしまったので、放置されたこのメンバーをどうするか考えたアーニャは、色々と面倒くさくなった。寝起きなので考えるのが億劫になったと言ってもいい。

 

「取りあえず、家に上がる?」

 

 他に言うことを思いつかないアーニャだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハワイにある豪邸。本来ならば華美過ぎて、一般の感性を持つ者ならば眉を顰め、そして部屋を彩る調度品の金額の高さに尻込みをしていることだろう。その一室を今は最高級品のマホガニーの机と椅子に座る壮年の男以外は不釣り合いな屈強な男達で埋め尽くされていた。

 

「これで本当に大丈夫なのかね?」

「ええ、オッケンワインさん。我ら飢狼騎士団にお任せ下さい。どんな敵が来ようとも守ってみせます」

 

 組んだ手の下に口元を隠した壮年の男の焦りを滲ませた問いに、最も位が高いと分かる甲冑を見に纏った金髪の男が顔を向けた。飢狼のシンボルが描かれた甲冑を纏った騎士団は壮年の男―――――オッケンワインを安心させるように、男臭い笑みを浮かべて首肯した。

 

「アメリカ魔法協会の切り札である名も高き飢狼騎士団団長の君までが護衛の任についてくれたのだ。信用していないわけではない。だが――」

 

 本当に大丈夫かと思ってしまう相手が敵なのだ。地元ハワイの名士にして魔法使いとして過去に有名を馳せたオッケンワインといえども焦りを覚える。

 

「大丈夫です。あの闇の福音が来ようとも我らの防御は鉄壁です。守ってみせますよよ、貴女もお嬢さんも」

「なら、よいが」

 

 飢狼騎士団はアメリカ魔法協会が誇る最強の騎士団である。魔法世界との交流も活発なアメリカが最強を謳うだけあって、その実力は折り紙付き。本国の騎士団にもひけを取らない強者揃いとの評判もある。それでもオッケンワインは不安だった。

 

「正体不明の敵に御息女を狙われているのです。心配されるのは当然です」

 

 オッケンワインの不安を汲み取って騎士団が揃って甲冑を鳴らす。飢狼の牙をモチーフにした二股の槍――――イエス・キリストを貫いたロンギヌスの槍のレプリカを掲げる騎士団数名の姿は頼り甲斐のあるものだった。ようやく強張っていたオッケンワインの表情が若干緩む。

 そこで騎士団全員が部屋の入り口を見た。遅れてオッケンワインも部屋に近づいてくる複数の気配に気が付く。近づいてくる気配の一つが自分に近しい者であることに気が付いて、オッケンワインは既に厳戒態勢を解いている騎士団を見て自分が衰えていることを自覚する。

 騎士団各個人の能力は優れているが若い時の自分の方が優れていると自負している。だが、オッケンワインの全盛期は遥か昔。衰えは仕方ないとしてもプライドの高いオッケンワインに容易く認められることでなかった。

 

「お父様!」

 

 部屋の扉が勢いよく開いて、気を利かせて道を開けた騎士団の間を縫って走り寄ってきた愛娘を抱き寄せる。茶色のウェーブがかかった髪は亡き妻譲りのもので、ここ最近特に美しく成長していく娘の姿を見る度にスプリングフィールド兄弟を受け入れることが出来なかったことを悔やむ。

 飢狼騎士団を招き入れたように、アメリカだけでなく魔法世界にも手や耳が存在しているオッケンワインには、英雄ナギ・スプリングフィールドの兄の子供ということになっている双子が戸籍を改竄されていることを知ることが出来る能力を持っていた。特A級として扱われている情報を得るために散財したが後悔はない。オッケンワインはプライドの高い男であるが、必要であることには労力を惜しまない優れた能力の持ち主であった。故にこそ、彼一代でここまでオッケンワインの家を大きくすることが出来たのだ。魔法世界との交渉の為の、そして英雄の血を入れることで家の拡大を狙っているオッケンワインの目論見は何者かの手によって阻まれた。よりにもよって代わりにやってきたのが愛娘に似ていることがオッケンワインの神経を逆撫でした。

 

「…………様! お父様ったら!」

「おお、どうしたエミリア」

「聞いて下さい、お父様。この人達ったらあれはしてはいけないこれはしてはいけないって五月蠅いんですの。もう窮屈で仕方がありませんわ」

 

 考え事をしていたオッケンワインの前で愛娘のエミリアはプクリと可愛らしく頬を膨らませた。本人としては怒っているつもりなのかもしれないが、愛らしさしか感じさせない。

 

「分かっておくれ、私のエミリア。お前に危機が迫っている。彼らはその為の護衛なのだ。少々の窮屈さは我慢してくれ」

 

 自他共に厳しいオッケンワインも娘の前では形無しで、なんとか宥めて部屋から出すだけでも長い時間が必要だった。

 

「ふぅ、すまんな。我儘娘で」

「いえ」

 

 己の職務を弁えている騎士団の団長は無駄な言葉を吐かなかった。オッケンワインはもっと娘の自慢がしたかったようだが職務に忠実過ぎる団長を面白くない男と捉え、また高い椅子に座って時間を待つ。

 これまた高い壁掛け時計が鳴らす秒針の音だけが室内に木霊する。

 

「…………時間だ」

 

 そして全ては反転する。部屋を照らしていた電気が一斉に消えた。

 

「珍しい、停電か?」

「護衛形態!!」

 

 座っていたオッケンワインが驚いて疑問符を上げるのと、騎士団団長が予め決められた陣形を取る為に叫んだのは同時だった。そして何かが暗闇の中で閃き、辺りに水っぽいものが巻き散らされるのもまた。

 

「ぁ……」

「何だ! 何があった!?」

 

 誰かが消えそうな呟きを発した後に、ドスンと人が倒れるような音と共に同じ現象が次々と相次ぐ。何人もの手練がいるのに何かをしたと思われる下手人の気配一つ無い。何かが可笑しいと気付いた者達の一人が危険ではあったが灯りの魔法を、倒れる音が響いた場所に放った。

 

「ひ――――っ!」

 

 灯り魔法によって照らされた光景に誰かが喉の奥で悲鳴を上げる。そこには騎士団の精鋭が、首を掻き切られたり、頭からなにか重い物で叩き潰されたように右半身と左半身で別れていたり、眉間をなにかで撃ち抜かれていたりして絶命していた。

 先程、自分達に掛かった水っぽいものが血であることに気付き、まだ入団して日が浅い新人の一人がパニックを引き起こした。その瞬間には胴体に穴が開いたのは幸運か不運か。

 正体不明の何者か達によって命を刈られ、部屋にいる人間がどんどん減っていく。その中で騎士団団長と幹部数名がオッケンワインを中心に置いて守ろうと背中を向けて円陣を組んだ。

 普通の相手ならこれで十分だったが今回は相手が悪すぎた。騎士団は次々とその数を減らしていき、遂には団長ただ一人だけになってしまった。

 

「イヤアアアアアアアア!!」

 

 団長は気配一つ無い下手人を燻り出すために、このままでは埒が明かないと考えて持っているロンギヌスレプリカに魔力を注ぎ込む。魔力が込められた槍はその能力を発揮し、如何なる防御障壁をも貫く絶対の武器となって近づいてくる刺客へと振るわれた。

 

「がッ!―――ヒュ―――」

 

 しかし、槍に手応えはなく、それどころか喉仏に衝撃を受けて猛烈な勢いで後ろに流れていく。

 吹き飛ばされて窓を突き破って下へと落ちて行く。その喉仏には小刀ようなものが突き刺さっており、団長の意識は霞んだ声と共に暗闇に沈んだ。団長は不思議そうな顔をして死んでおり、自分がどうやって殺されたかに気付くことはなかっただろう。

 カーテンを閉めていた窓が破られたことで、色の異なる月の光が部屋に入り込む。

 

「こ、こん、な――――ば、馬鹿な……………ぁあぁッ!?」

 

 月の光で照らされた広間を見たオッケンワインが信じられないと悲鳴に似た声を上げる。部屋は血の海だった。床は赤黒く染まり、吸収しきれなかった血液が血溜まりとなって点在している。壁と天井はペンキで塗ったかのように赤一色で彩られ、しかもあちこちにミンチ状の肉片が飛び散っていた。

 生きとし生ける者全てが死に絶え、死の大地をイメージさせるような死骸しかない。正に死が充満する地獄のような光景だった。かつて人であった者達がその身から血を流して、力尽き……………一人の例外もなく完全に絶命している。

 鉄の匂い、血の香り、肉の臭い、死のニオイ。全てが綯い混ざった、喩えようもなく濃厚なソレが部屋にたゆたう闇を侵していた。まるで巨大なミキサーで人間を粉砕したかのような凄惨な状況である。窓から差し込んでくる月光か、その血肉をより生々しく見せていた。

 そして人の肉の臭いが生々しく残る室内にオッケンワイン以外に生きて動く者達が五人もいた。これだけの惨事に逸早く机の下に隠れたオッケンワインですら多少の血を浴びたというのに、この惨事を生み出した五人の衣類や肌に血がついた形跡はない。

 

「ば――ばけ、も――」

 

 オッケンワインは一歩足りとも動けず、広間の死体達の中で立っている五人の集団を見て譫言のように呟く。地獄。それは、そこにあるソレラは、そう呼ぶに相応しい。いや、そうとしか呼べないものだった。

 この地獄の中にいてすら五人の集団は異様だった。地獄が似合うからこその異常。

 まず目が行くのは娘と同じぐらいの年齢の少年だった。感情の起伏が感じられないまるで人形のようだった。

 次はゴスロリと世間で言われている衣類を纏った子供である。片手に太刀を握ることから団長を殺した小刀を持っていたのはこの子と思われる。

 三人目は妙齢の女性だった。肉感的ともいえる肉体を白いジャケットと黒いインナーで包んで銃を持っている。

 四人目はハルバートという槍斧の基準から見ても更に巨大な武器を纏った男。筋骨隆々な肉体が振るうハルバートを受ければ人を引き裂くことが出来るだろう。

 そして最後の一人。

 この五人目こそが尤もな異常だった。年齢はオッケンワインよりも一回りは上の男であったが、放つ圧力は魔法世界の大戦にも参加した彼が知る誰よりも禍々しい。 

 

「ま、待て、待て待て待ってくれッ。金なら幾らでもやる! だから助けてくれ!!」

 

 オッケンワインの心は折れた。目の前の五人組が地獄を作り上げたと確信できたのは、五人全員の全身から放射されている気配が熱気ではなく、皮膚を刺す冷気にも似た不吉な死の匂いであったからだ。

 濃厚すぎる血や臓物の匂いもあって曖昧な世界において、五人目の男の紅い眼だけが爛々と輝いていた。

 オッケンワインは経験から一瞬で理解してしまった。自身を見る眼が屠殺場で精肉される豚を見るような眼だと。人間を人間と認識せず、空気を吸うように平然と凄惨に殺す人外化生の眼だと――――。

 自身の惨たらしい末路を悟った彼は必死に命乞いをし、一筋の望みに賭ける。

 

「い、命だけはッ!!」

 

 必死の願いは空しく、壮年の男は直立の姿勢のまま足元から吊り上げられるように前方に跳躍して、間にあった騎士団の死体を飛び越えてオッケンワインの頭部を掴む。

 

「……………?」

 

 直ぐに殺されると思ったオッケンワインは、閉じていた眼を恐る恐る開くと、其処には皺が浮き始めた手が自身の頭を掴んで立っているだけ。

 これだけ近くにいるのに壮年の男の顔の輪郭がハッキリとしない。変わらず紅い眼だけが強すぎる印象を男に与えた。

 オッケンワインが感じたのは幾多の戦いを経て克服したと、慣れたと思っていた死への恐怖。唇から尾を引く涎。間断なく動く口は酸素を求める肺の欲求に応え続けており、それは生きている証。心臓は過剰労働への不満をあげ続けている。しかし、縋りつかれた壮年の男にはそれらの言葉を聞き届けはしない

 涙が視界を遮り、鼻水が呼吸を妨げるが、それをどうこうすることもできない。考えるのは如何に助かるか、ただそれだけ。だが、それは無駄に終わる。死ね、と隠そうともしない溢れんばかりの邪気を内包した眼が無言で呪詛を吐く。

 

「…………っ!」

 

 生物としての生存本能が恐怖となってオッケンワインの心を抉り、情けない悲鳴を上げさせようとしたが出来なかった。

 

「――――――ァガッ」

 

 再度、命乞いをしようとして唐突に感じた痛みで、できなくなる。最初は窮屈な感じを覚え、次第に壮年の男の手がオッケンワインの頭を締め付けていく。

 手が頭蓋骨をギリギリと締め付け、オッケンワインは痛みから逃れようともがくがビクともしない。十秒程、そんな事をしていた壮年の男が眼を細めた次の瞬間………。

 

「グギャアアあああアァアあああアアァ――――――!?」

 

 奇怪な悲鳴と共に、壮年の男は実に呆気なくオッケンワインの頭を握り潰した。頭部が柘榴のように破裂して最早、原型を留めていないオッケンワインの体はゆっくりと崩れ落ちる。頭部に当る部分からは血以外に脳漿らしきものが流れ出す。

 現場を見ていない人間がこの死体だけを見たら一体如何なる鈍器を用いればこうなるのか、と考えるだろう。しかし、在り得ない事を成し遂げた壮年の男は全くの無手であり、右手は血や脳漿らしきもので酷く汚れていた。壮年の男はそれを見ても何も感じた様子もなく、腕を振るって簡単に汚れを落とす。何故か頭を潰されたはずのオッケンワインは、畳の上に転がる眼球でその光景を見ていた。

 オッケンワインが最後に見たのは、眼球だけで世界を見ていた自分を踏み潰そうとする壮年の男の靴の裏だった。眼球を踏み潰された瞬間、地獄の時は巻き戻される。

 

「――――夢は、見れたかね?」

「ハッ!?」

 

 オッケンワインが次に自意識を取り戻した時、地獄は巻き戻されていた。全てが元通り。血塗れの部屋で、化け物の五人に囲まれている。

 

「ご当主…………そろそろ、御決断をしてほしいものですな。我々の要求に従ってもらいたい」

「う、………がぁ………ぐ」

 

 思い出す。同じ会話をさっきもして断ったからこそ、先程の頭を握りつぶされて眼球を踏み潰された幻覚を見せられた。オッケンワインには壮年の男が如何なる魔法を用いて幻術にかけたのか見当もつかない。そもそも死を原体験させるような幻術をかけられる魔法を知らなかった。

 

「こんなことまでしてまで……………300万の賞金首である闇の魔法使いゲイル・キングスほどの男が私の娘になんのようだ」

 

 オッケンワインの声が震える。今の彼を支えるのは娘を守るという親心だけだった。

 

「このハワイの地の神話に登場する四大神。その一柱であるカネの子孫である君の娘を渡したまえ」

「なにが、なにが望みだ……」

 

 エミリアが神の子孫などとは眉唾としか思えない。だが、これだけの惨状を引き起こす集団が確信を持っていなければ行動するはずがない。であるならば、エミリアを神の子孫と仮定するとするならば、アメリカ魔法協会の傘下の一魔法使いの家の生まれであるオッケンワインではなく、地元の人間であるエミリアの母からの繋がりであるとしか可能性は無い。しかし、今となっては仮定にも可能性にも意味はない。

 

「君が知ることはない。娘を差し出すか、奪われるか。どちらかだけだ」

 

 自分からか、そうでないかの選択肢を与えられたオッケンワインには、どちらの選択肢も選べるはずがなかった。だが、このままでは奪われるだけ。

 与えられた残酷な運命の前に屈するしかなかったオッケンワインに、追い詰められた脳裏に天恵の如くアイデアが閃いた。地獄に仏ではなく悪魔の如きアイデアを、しかし娘を守ろうとする父親にとっては天から降りて来た蜘蛛の糸だった。

 

「…………分かった。娘を差し出す」

 

 遂にオッケンワインは悪魔の選択を選んでしまった。

 

「君が懸命な選択をしたことに感謝しよう」

「こっちだ」

 

 悪名高き闇の魔法使いに感謝されても嬉しくなどない。オッケンワインは歪な笑みを浮かべるゲイルの紅い目から逃れたくて、足早に部屋を出ようとした。ニヤニヤと笑う男、黙している女、ニコニコと無邪気な子供、眉一本動かすことのない少年。悪魔よりも邪なこの五人から一刻も解放されたくて、オッケンワインは悪魔になることを選んだ。

 

 

 

 

 

 二階の角部屋の自室で、ナナリーは恐怖に震えていた。豪邸の主であるオッケンワインから今夜は部屋から一切出るなと厳命されていたから膝を抱え、数日前にエミリアから渡された修学旅行でハワイを訪れるという内容が書かれたアーニャからの手紙を胸に抱えるように抱きしめることで恐怖を紛らわそうとする。

 男の悲鳴や怒号、それらが聞こえなくなって久しい。時間の感覚は既になく、一秒が無限に長いかのように錯覚する。

 

「アーニャ……」

 

 恐ろしい。なにがあったのか分からない。なにが起きているかも分からない。ただ、こうして膝を抱えていることしかナナリーには出来ない。だが、残酷な運命を指名されたナナリーに救いはない。

 部屋のドアが急に前触れもなく開けられた。

 

「お館様」

 

 全身をビクリと震わせたナナリーだったが、ドアを開けたの豪邸の主であるオッケンワインだと分かると体から力を抜いた。

 オッケンワインはナナリーを無視はしても暴力を振るったりはしない。

 なにがあったのか分からないが大丈夫だと安心したナナリーの前で、オッケンワインは歪に笑った。まるで物語に出てくる悪魔のような歪な笑みを浮かべるオッケンワインに、ナナリーの全身が粟立った。

 

「さあ、おいでエミリア(・・・・)

 

 間違えるはずのない娘の名前を呼んだ手を伸ばしたオッケンワインの姿は、ナナリーの目には人ではなく異形の悪魔にしか見えなかった。

 固まったナナリーの腕を掴んだオッケンワインは胸の中に抱き留めた。

 

「これもエミリアの為なんだ。代わりをやってくれなければ君の家族を殺す」

 

 異形は異形の言葉を発し、理解したナナリーの頭にオッケンワインは魔法をかけた。急速な眠気を感じて睡魔の底に落ちて行くナナリーには抗う術はない。

 

「アスカ君……」

 

 ナナリーは悪魔によって地獄へと墜とされていく。救ってくれるヒーローはどこにもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 成田空港を出発して七時間近く。飛行機の中でも大いに騒ぎまくった3-Aの生徒達は、八つあるハワイ諸島の一つであるオアフ島のホノルル国際空港へと降り立った。出入国ゲートを通り抜けた神楽坂明日菜は、飛行機の中で座り続けたことで固くなっている筋肉を解していた。

 

「流石に七時間も座りっ放しは辛かったわね」

「うちもよう眠れんかったし、時差ボケが辛いわ。せっちゃんはずるい。一人で寝ちゃうし」

「すみません」

 

 明日菜の隣を歩く木乃香は、時差ボケ解消の為に飛行機内で寝ることになっていたが座りながら寝ることは出来なかったらしく、眠そうに目元を擦っていた。木乃香とは反対に休息するのも戦士の努めと理解している刹那は十分に寝ており、頬を膨らませた木乃香を心配しながらも苦笑した。

 木乃香は苦笑した刹那から近くにいた年下の先生へと顔を向けた。

 

「アーニャちゃんらは日本に来た時はそんなことなかったん?」

「時差ボケは万国共通、直に慣れるわ。こういうのは一日もあれば順応出来るものよ」

「僕はアスカやアーニャみたいに直ぐには慣れなかったけどね」

「あら、それは嫌みかしら」

「まさか」

 

 木乃香の質問を皮切りに何故か睨み合いに移行してしまったアーニャとネギ。皮肉を織り交ぜるアーニャと少しばかりの妬みがあったネギの間でバチバチと弾ける火花に、木乃香がおろおろと二人の間で右往左往する。密接な関係の対人経験が貧弱な刹那も木乃香の後ろで目を泳がせる。動いたのは最後の一人。

 

「はいはい、折角の修学旅行なんだから喧嘩しないの」

 

 火花を散らす両者の間に立った明日菜がメンチを切り合う二人の頭を抑えて遠ざける。

 ネギとアーニャも通常のじゃれ合いだったので大人しく引き下がる。そしてそこにいる全員がふと疑問に思った。何時もならこの集団の中心にいるか、中心でなくてもなんらかの形で関わるはずのアスカがなんの反応もしない。

 

「どうしたの、アスカ?」

 

 当のアスカは集団の後ろからボ~とした顔で歩いている。声をかけた明日菜にも気づかず、集団を追い越して歩いて行く。

 夏季や冬季の観光シーズンに直撃していないとはいえ、空港のゲート付近は相当の人でごった返している。主要産業が観光であることを考えると、ここから人が途絶えることはハワイ諸島のシステムの他意を意味すると言っても過言ではない。人混みは全体的に幾つかのグループに分けられる。明日菜達のような観光客、仕事で来ているビジネスマン、首からカードを下げているのは火山か熱帯魚の研究者だろうか。欧米系そのままの人種のアスカが人混みに紛れると、子供という最大の特徴を持っていようと探し出すのは容易ではない。

 

「アスカ!」

「お、おう。どうしたネギ? そんな大きな声を出して」

「声かけても反応しないアスカが悪いんじゃないか」

「どこだ、ここ?」

 

 追いかけたネギが肩に手をかけながら耳元で呼びかけたことで、ようやく反応したアスカは自分が今いる場所も理解していないのか辺りを見回していた。

 

「オアフ島のホノルル空港よ。本当にどうしたの。飛行機に乗ってから変よ」

「変って、おい」

 

 変扱いされたアスカは気に入らない様に憮然としたが他の面々も同じ思いだった。

 

「何時もとは様子が違うんいうのはうちも賛成や」

「私も同感です」

「話しかけても上の空。飛行機の中でも寝ずになにか考えてたじゃない」

 

 木乃香・刹那・明日菜と怒涛の三連撃にアスカはよろめいた。

 

「なにかって何よ」

「アスカに考え事は向かないんだから相談してよ」

「俺だって考え事の一つや二つはするんだい」

 

 更にアーニャ・ネギからも追撃が入って、アスカは膝をついて床に「の」の字を書いた。

 イジケてしまったアスカに困った顔を見合わせた五人に近づく一人の影。

 

「なにやってんねん、アスカ」

 

 「の」の字を書いていた床に陰が差し込み、アスカが顔を上げた先には犬上小太郎がいた。小太郎を見たアスカは首を捻った。

 

「女子中の修学旅行なのになんでいんだ、小太郎?」

「ほんまにアカンわ、こいつ」

 

 本気で分かっていないアスカに小太郎は一瞬の停滞も見せずに匙を投げた。

 匙を投げつけられたネギは、どうしようかコイツとアスカを見ながらも双子の弟を見捨てずに口を開く。

 

「小太郎君まだ麻帆良に来たばかりだから学校が決まってなくて、家に一人で置いておくことも出来ないから特別に許可が出たって集合した時に新田先生が言ってたじゃないか」

「そうだっけ?」

 

 うんうん、と頷いている小太郎の横で懇切丁寧にしているネギに、やはり覚えていないのかアスカは首を捻っていた。

 その時、ポーンと電子音が鳴り響いた。空港の各所に設置されているアナウンス用のスピーカーからだ。明日菜らは揃って顔を上げたが、続いて流れる流ちょうな女性の英語を聞いて眉を顰めなかったのはウェールズ組の三人だけだった。

 

「なんて言ってるんや?」

「ゲート付近では立ち止まらずに進んでください、だと」

「アスカって英語分かんのか!?」

「俺は英語が生活圏の人間だぞ。分かって当然だろうが」

 

 小太郎の問いに答えたのはアスカだった。驚愕する小太郎にアスカは怒るでもなく呆れていた。

 

「よく考えればアスカも日本語が出来るんだから頭良いわよね」

 

 日本語しか喋れない明日菜のちょっとした嫉妬からの発言だった。明日菜の発言にネギとアーニャはクスリと笑い、アスカは明らかに顔を逸らして遠くを見つめている。

 

「アスカは日本語は喋れませんよ」

「勿論、書くことも読むこともね」

 

 事情を良く知っていそうな二人の含む発言に、麻帆良組と小太郎は遠くを見つめているアスカに視線を向けた。

 

「え、それでは普段のあれは」

「数少ないアスカが使える魔法で誤魔化してるの。日本語って難しいからそっちを覚える方が手っ取り早かったのよ」

 

 グサグサ、とアスカの体に刺さりそうなほどの視線の矢が方々から向けられる。

 

「翻訳魔法って便利なんだ」

「ようはイカサマじゃない」

「そうとも言うな」

 

 ダラダラと冷や汗を垂らしたアスカは、もう開き直ることにしたのか胸を張ってふんぞり返った。

 

「ええんちゃう。うちも英語は話せるほどじゃないし、アスカ君がいてくれたらハワイ観光に心強いやん」

 

 と、木乃香がアスカを通訳することに暗に示しつつ纏め上げたことでゴタゴタは解決した。しかし、根本的なことがまだ解決していない。代表してネギが口を開いた。

 

「で、何を考えてたの?」

「ん~、どうもずっと誰かに呼ばれてるような気がしてな。気になってしょうがない」

「誰かって誰やねん」

「それが分からねぇから考えてんだよ」

 

 感が触り続けているのか、首の後ろ側を擦りつつアスカはあっさりと答えたがハッキリとしない呼び主に苛立っているようだった。小太郎以下、麻帆良組は訳が分からない様子だったがネギとアーニャは深刻な面持ちに変わった。

 

「また厄介事なの?」

「修学旅行まで来て事件に巻き込まれるのは嫌だなぁ」

 

 若干、諦めが入っていたネギは小太郎+麻帆良組から視線を向けられて説明するために過去のことを思い出した。

 

「アスカがこういうことを言う時って大概事件に巻き込まれる前触れなんです」

「「「「え~」」」」

 

 早くも事件の前触れは少年少女達の頭の上を掠めていたことを知る由もない。

 

「コラァ、お前達! 何時までも喋ってないで早く集合せんか!」

「「「「「「「は、はい!!」」」」」」」

 

 その前に新田の大声に足を速めなければいけなかった一行だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホノルル空港からホテルへ移動して荷物を預けた後、3-Aは一般には公開されていないプライベートビーチへとやってきた。

 空はどこまでも蒼く、海もまた、それを映したかのように蒼い。漂う雲がなければ、その境界線が定かではない程に両者は渾然と溶け合っている。空の青さは、俗説で信じられているように海の色を反射しているためではなく、大気中に含まれる酸素や窒素の分子、塵や水蒸気といった微小物質に波長の近い青色の可視光線が反射して散乱するためだ。サンゴ礁の海が鮮やかなコバルトブルーの色を発している。熱帯性の植物が浜辺を彩り、白い砂浜がカレンダーに反して夏を主張していた。

 雪広財閥や負けず劣らずの那波家の御令嬢がいる3-Aに貸し切られているのでビーチに人の影はない。学園都市の大口の出資者である二つの家に学園側が配慮した形か。

 

「「「「海だ――――っ!!」」」」

「海、白い砂浜! と、きたら海水浴しかないじゃあ、ありませんか!」

 

 砂浜に鳴り響く歓喜の絶叫。歓声を挙げながら青い海と白い砂浜が広がる他に誰もいない貸し切りのビーチに飛び込む少女達。どこに行こうとも元気印の麻帆良学園中等部の3-Aの生徒であることは変わらないらしい。

 日本では味わえないこのリゾートは南国の特権。おいそれと来れる場所ではないので全員が楽しく遊んでいるようだ。

 

「行くぞ小太郎!」

「おう!」

 

 少女達の最前線を走るのは我らが突撃小僧アスカ・スプリングフィールドと犬上小太郎であった。

 

「元気だな、二人とも」

 

 教師なので二人ほどにははっちゃけることが出来ないネギは、水着の上にパーカーを着て最後尾をネカネや千草、新田といった他の教師達と歩く。一緒に混じりたいという本心を隠しきれずに顔に出ているネギを見た新田は苦笑した。

 

「ネギ先生も行っても構いませんよ」

「でも、僕も先生ですし」

 

 持ち前の責任感から仕事を引き受けようとするネギに、新田は唇が笑みの形になるのを抑え切れなかった。

 

「先生である前に子供です。天ヶ崎先生もスプリングフィールド先生も多少の羽目は大目に見ます。あなた達も楽しんで来て下さい」

「しかし、新田先生。それは」

「貴方達が全てを背負うことはありません。その為に私がいるのですから」

 

 熱気が籠る海岸に来ながらもスーツの上着を脱いで軽装になってもキチリとした服装のままの新田は、眼鏡を外してポケットから出した眼鏡拭きでレンズを拭く。

 

「こういう役は私のように偏屈で頑固な年経た教師の仕事です。貴方達若い者がそこまで肩肘を張る必要はありません」

 

 どこか静かな威圧感を感じる言葉に、千草は呆けたように新田を見ることしか出来なかった。誰も好き好んで自分から苦労を背負い込もうとは思わない。決して人気があるわけでもないが、千草はそこに教師としてあろうとし続ける姿を垣間見た。

 

「アーニャ先生も友達の所へ行ってるんです。ネギ先生も楽しんで来るといい」

「ありがとうございます!」

 

 ネギは純粋に感謝の気持ちで揃って頭を下げる。この人は間違いなく教師であり、そして自分経ちにとって間違いなく尊敬できる人であると思ったからだ。

 

「怪我だけはしないようにね」

「うん」

 

 ネカネに見送られながらアスカ達に合流するためにネギは走り始めた。

 ネギの小さな背中が3-Aの生徒に呑み込まれてもみくちゃにされる様子を、その場に立ち止まって新田は優しい笑みで見送った。

 

「あかん、ちょっとドキッとした」

 

 新田の優しい笑みと視線に込められた慈愛を感じ取って、うっかり胸をトキめかせてしまった千草は顔を逸らした。その逸らした顔の先にいたネカネが口を開く。

 

「千草さんってオジサン趣味だったんですね。知りませんでした」

 

 ネカネの指摘に、恥ずかしさから千草が金切り声を上げるまで後数秒。ビーチバレー、遠泳、貝殻集め、砂遊びなどやっていることはバラバラだが海に集まったクラスの面々は楽しそうに遊んでいるその頃。

 

「あ~、暑い。流石は常夏の楽園だわ」

 

 海へとはしゃぎながら飛び込んでいく級友達を、スポーティーな水着を纏った神楽坂明日菜は呆れたように見ていた。

 

「みんな、元気やわぁ」

「その最たる者がアスカさんと小太郎君ですが」

 

 三人の視線の先で遠泳に挑戦しているアスカと小太郎は、誰も見えないぐらいの距離になってからは海の上を走るという超人的な行動に移っていた。刹那でも気で視力を強化しなければ肉眼では見えない距離なので、今いる場所がプライベートビーチであることを考えれば目撃者はいないと踏んだのだろう。

 

「あの二人。海の上を走ってない?」

「良く見えますね明日菜さん」

「豆粒ぐらいだけど辛うじては。刹那さんがそう言うってことは本当に海の上を走ってるのね、あの二人は」

「え、そうなん? うちには全然見えん」

 

 よほど目が良くなければ見えないはずだが明日菜は二人の姿を捉えているらしい。隣の木乃香が目を細めて見ようとしているが影すらも分からないらしい。数百メートルも先にいる二人の姿を捉えられる明日菜の視力の方が異常なのだ。

 

「ふん、誰も彼も、たかがハワイに来ただけで浮かれおって」

 

 フリフリの可愛らしい水着を着てパラソルの下でサマーベットに横になりながら、斜め後ろにロボット特有の関節の継ぎ目を隠すために全身を覆うダイバースーツのような水着を纏った茶々丸を従えているエヴァンジェリン。

 横になりながらトロピカルジュースを飲んで茶々丸に持たせているエヴァンジェリンを明日菜は白い目で見た。

 

「アンタだけには誰にも言われたくないと思うわよ、エヴァちゃん」

「だから、私をちゃん付けするな」

 

 浮かれていることを否定しないのは本人に自覚があるのか。これでは真祖の吸血鬼も形無しだと思った明日菜は悪くない。

 

「全力で楽しんでるわね」

「十五年振りの外なんだ。楽しんでなにが悪い」

「悪いなんて言ってないわよ。さよちゃんもそう思うわよね」

「皆さんが楽しければ私も嬉しいです」

 

 サイドテーブルに座っている人形は、ネギ達が恐山で手に入れた藁人形から作った人型で相坂さよが憑りついている。何分即席なので自立移動も出来ず、話しか出来ないがエヴァンジェリン同様に麻帆良の外に出れて本人は至ってご満悦な様子だった。

 

「ほら、さよちゃんもこう言ってるじゃない」

「さよは私と同じく外に出て浮かれているんだ。鵜呑みにするな」

 

 エヴァンジェリンはアスカに近づいて行くようになってから、必然的に明日菜との会話も多くなっている。じゃれ合いのような会話を続ける二人を木乃香は温かく見守っていた。

 刹那はといえば、大胆な木乃香の水着に視線が釘付けになっていた。体の前面(胸の谷間部分にスペードの形をした穴有り)と腰回りは水着は覆っているが、脇腹から背中全域にかけては隠すものは何もない。下にしても食い込みというか角度が激しく、大人しい木乃香の性格を考えれば大冒険な水着に刹那の気持ちは揺れ動きまくりである。

 

(駄目だよ、このちゃん。その水着、大胆すぎるよ)

 

 思わず内心ながらも昔の呼び方で木乃香を呼んでしまうほどに刹那は動揺していた。

 

「せっちゃん、顔赤いで」

「え!?」

「うん? どうしたん?」

 

 エヴァンジェリンから視線を振り向いて顔を向けて聞いてきた木乃香に、刹那の頭の中ではサーカス団がダンスを踊っていた。

 

「いえ、お嬢様! 別になんでも……」

「顔真っ赤やで。風でも引いたんちゃんうの」

「こ、これは熱いからです!」

 

 近づいてくる木乃香の顔を見れず、何故か胸の部分にあるスペード型に開いている素肌を見てしまう刹那。

 

「ん?」

「熱いからです!」

「ハワイやし、ここはビーチやで。暑いのは当然やん」

「私の煩悩が熱いのです!」

「?」

 

 木乃香には刹那が何を言いたいのかが分からなかった。

 木乃香が刹那の珍妙な発言に首を捻っている頃、水の中で遊んでいた鳴滝姉妹はビーチボールで朝倉や柿崎と遊んでいたが、ふと目に飛び込んで来たモノに呆然となった。それは、あまりにも大きなものだった。

 

「ちづるってやっぱり…………」

「おっぱい、大きいです」

「ま、奴がクラス№1だかんな」

 

 鳴滝姉妹が自分たちの平地と比べてボソリと呟いた事に、律儀にフォローを入れる№3の巨乳をもつ朝倉。彼女がフォローしてもあまり大きな効果はなく、逆に嫌味だった。

 

「あう――――っ!!」

 

 そこへ、まき絵や亜子、ハルナやのどかに追いかけられて逃げてきたネギがやってきた。

 

「もが!?」

「あらあら?」

「千鶴さ――――んっ!?」

 

 かなり際どい水着を着ている面々は多いが、特に千鶴の推定90cm以上のナイスバディの水着姿である。その谷間に少女達の包囲網から逃げたネギがすっぽりと収まっていた。

 

「ち、ち、千鶴さん! ネギ先生を胸の谷間に挟みこんで何を――――っ!?」

「いえ、これは先生の方から。あら、大変抜けませんわ」

 

 千鶴はあやかに否定しながら、柔らかいマシュマロみたいな感触に混乱しているネギがもがく所為で余計に抜けないので困ったように笑った。千鶴の苦笑が喜んでいるように見えたあやかの脳裏に天恵の如く雷撃が落ちた。

 

(はっ、まさか今まで興味ないふりをしておいて、その豊満かつ母性的なボディでネギ先生を悩殺しようと…………!?)

 

 特にネギの頭を落ち着かせようと撫でている辺りがあやかに妄想を抱かせた。

 

「そうはさせま――」

 

 せん、と言おうとしたあやかの背後に近づく二つの影。二つの影が同時に伸ばした右手と左手があやかのお腹に食い込む。

 

「ほふぅ!?」

 

 図々しくも花の乙女のどてっ腹に拳を叩き込んだ下手人二人は揃って海面から顔を出した。

 

「あ…………悪ぃ………」

「わざとじゃねぇんだ」

 

 水着姿のアスカと小太郎は勝負の勢いでぶつかってしまい、直ぐに気が付いて起き上がりながら謝ったが時既に遅し。

 

「キャ―――! いいんちょしっかり――!?」

 

 偶々、近くにいた夏美が見た時には海面にうつ伏せになりながら末期の如くピクピクと震えていた。

 

「一体何なんですの、貴方方は!?」

 

 数分後、浅瀬に移動してなんとか現世に復活したあやかが水面を勢いよく叩き、上がった海水を頭から被ったアスカと小太郎は正座をしていた。

 

「前方をしっかりと見て泳いで下さいまし! 朝に食べたお食事が口からピュルッと飛び出るところでしたわ!」

「まあまあ、あやか落ち着いて」

 

 無事に千鶴おっぱい包囲から抜け出したネギがまき絵達に連行されたこともあって、薄らと眼に涙を浮かべて怒り心頭なあやかを千鶴が取り成す。

 

「そうだよ、委員長。アスカ君も小太郎君も謝ってるじゃない」

「ですが……」

「二人もこうやって正座までして謝ってるし、前方不注意って言うならあやかも周りに気を配らないと、ね」

「むぅ、仕方有りませんわね。二人共、以後気を付けるように」

 

 浅瀬とはいえ、貝殻もあるので正座の座り心地は良くない。二人を擁護する夏美と千鶴に自分が悪いことをしているような気分になって、年上らしく諌める言葉と共に解放する。

 解放されたアスカと小太郎は目を輝かせ、立ち上がった。

 

「よっしゃ、次はあっちの島まで競争や」

「今度は負けねぇぞ」

「反省しなさいな、お二人とも!」

 

 わー、と反省の欠片もない態度で小太郎が指差した島に向けて泳ぎ始めた二人の背中に、近くに流れていたビーチボールで叩き落とすあやかだった。

 

「うぐぐぐ、………ネギ先生との二人っきりのパラダイスが」

 

 ネギを奪われ、はしゃぎまわる者達を見ながら雪広あやかは青空へ顔を向けて嘆く。目の前には白い砂浜に青く澄んだ美しい海があったのにあやかの気持ちはどんよりと濁り気味だった。

 

「もう、あやかの望み通りの展開になるわけがないじゃない」

「辛辣だね、ちづ姉」

 

 困った子だと言わんばかりに頬に手を当てている千鶴の腹黒さに、二人の家柄が同じぐらいで幼馴染の関係にあることを知っている夏美はそっと溜息を漏らすのであった。

 はしゃぎ回る元気一杯のクラスメイト達の輪から外れた龍宮真名は、もう一人と共に広い砂浜を散歩していた。

 

「真名はみんなと一緒に遊ばないでござるか」

 

 隣を歩く長瀬楓は喧騒から離れて行く真名へと話しかけた。

 

「あれほどはしゃぐような性格でもない。お前の方こそいいのか楓」

「にんにん。鳴滝姉妹から一緒にいると自分が惨めになるから離れてほしいと頼まれたでござる。なんででござろうな」

「双子にも小さくとも女としてのプライドがあるということだ。察してやれ」

 

 長身で胸もでかく、運動が得意なので手足も引き締まっている楓とこういう水着になる場所で一緒にいることは、普段は同年代なのに姉と慕っている鳴滝姉妹にとってもやりきれないものがあるのだろう。

 分かっているような分かっていないような。人に感情を読ませにくい表情が常の楓に真名は適当に言った。楓の条件はそのまま真名にも当てはまるからだ。いや、一部は凌駕すらしていると言ってもいい。

 

「察したからこそ、こうやって真名に付き合っているのでござるよ」

「私は付き合ってほしいなどとは言っていないが」

「一人で散歩というのも味気なかろう。というか拙者が寂しいので付き合えでござる」

「勝手だな、お前は」

 

 と言いつつも、真名は楓を邪険にはしない。折角の修学旅行なので一人になるのもどうかと思うので、こうやって散歩の道連れがいるのは悪いことではなかった。

 

「ところで」

 

 一歩も足を止めず、それもクラスで最も背の高い二人が歩幅も大きく歩いているので3-Aが上げる喧騒は既に遠い。その時になって楓が突然、真名の胸元を見た。正確には胸元に吊るされている勾玉型のペンダントを見ている。

 

「そのペンダントは誰かからの贈り物でござるか? 真名の趣味とは思えぬが」

「これか?」

 

 言って真名はペンダントを指で弾いた。

 

「男からの贈り物、と言ったらお前は笑うか?」

 

 少し遠い目をして水平線の向こうを僅かに目を細めて見ながらの真名の言葉に楓は自分が地雷を踏んだことを悟った。

 

「笑うわけないでござる。大事な物なのでござろう」

「…………今は亡き男からの、な」

 

 ハッキリ言いきって気を使ってくれる楓に、真名はらしくないと自分を笑った。

 

「私も修学旅行で舞い上がっているな。こんな話をするのはらしくない」

「誰にだってそういう気分の時はあるでござるよ」

 

 事実を受け止め、深くは聞かない楓だからこそ話したのだと真名は自分の中で完結させた。或いは誰かに話したかったのかと考えて苦笑し、水平線から浜辺の向こう側を見た真名は凍り付いた。苦笑を浮かべていた真名の視界に、ここにいてはならない人がいたのだ。その人は真名が自分を認識したと分かると、ゆっくりと歩み寄って来る。

 

「真名?」

 

 楓の問いに真名は凍り付いたまま答えることが出来なかった。例え一瞬でも視界の先にいる人物から視界を逸らすことが出来ない。やがて楓も近づいてくる人物が真名に緊張を強いていると分かると、体の先に力を入れた。

 弾丸の女。それが近づいてくる中東系の女を見た楓の率直な感想だった。人を無機物に例えるのはおかしいと思いつつも、的確な表現だと自身で納得ししてしまう不思議な女が二人から少しの距離を置いて立ち止まった。

 

「久しぶり、マナ」

「…………なんのようだ、ナーデ」

 

 楓に立ち入れる雰囲気ではなかった。真名の知り合いらしいナーデと呼ばれた女は、肉感的ともいえる肉体を白いジャケットと黒いインナーで包んでいた。常夏の砂浜には暑い恰好であるはずだが汗を一つも掻いていない。

 

「あら、お師匠様に冷たい子だこと」

「嘗ての、だ。私が知るナーデレフ・アシュラフはコウキと共に死んだ」

「今は極悪指名手配犯って?」

 

 ナーデレフ・アシュラフと呼ばれた女は、気取った言い方をした真名がおかしかったのかくつくつと笑った。

 そして笑いを収めたナーデは太陽を見上げた。

 

「コウキが死んだのもこんな暑い日だったかしら」

「もう、二年も前の話だ」

「たった、二年よ」

 

 コウキという名前の誰かが二人の間にいて、その人物が二年前に死んだらしいことは話から楓にも推測できた。だが、二人の間では時間の認識が異なるようだった。

 

「まだコウキが忘れらないのか」

「それはマナも同じでしょ。聞いてるわよ。仕事で出会った引き受け手のない子供達の為にお金を稼いでいるって」

「『子供達に笑顔を』。それがコウキの願いだ」

「ほら、マナもコウキを忘れちゃいない。拾われた命だからってコウキの理想に身を捧げる必要なんてないのに」

「私が自分で決めて選んだことだ。ナーデにとやかく言われる筋合いはない」

 

 たった一人の人間がいなくなったことで生まれた歪。それが今の二人の関係を作りだしてしまったのか。目の前で繰り広げられる言葉のやり合いからしか楓には推測することは出来なかった。

 

「止めましょう。二年前の繰り返しになるだけだわ」

 

 先に折れたのはナーデの方だった。真名はまだまだ言い足りないようであったが、それ以上は口にしなかった。もっと気になることを問わねばならなかった。

 

「ナーデ、何故二年前に姿を消したのに今更になって私の前に現れた?」

「あなたに会いに来た…………って言ったら信じる?」

「信じない。ナーデがコウキ以外の人間を信用していないと私は知っている。二年前に四音階の組み鈴を脱退したことからも明らかだ」

 

 憎しみすら籠った視線で見つめられたナーデは否定も肯定もしなかった。ナーデは視線を真名から外して浜辺の方を見る。

 

「麻帆良女子中等部3-Aだったかしら。あなたが所属しているのは」

「それがどうした」

「ただの確認よ。そこにアスカ・スプリングフィールドという少年はいるかしら?」

「いるが…………彼になんのようだ」

「言ったでしょ、ただの確認」

 

 真名のみならず楓も知る名前が出て来た。意図を読もうとする真名に、しかしナーデは意図を読ませない。

 

「彼女が求めたヒーローがここにいる。これも運命なのかしら。もしくは出来の悪い物語なのか」

 

 全てを嘲笑うかのようにナーデは苦笑する。ただの苦笑が世を呪っているようで、楓の背に鳥肌が立った。冷や汗が流れて行く感覚が気持ち悪い。

 

「なんのようだと聞いているんだ!」

 

 常に冷静な彼女には似合わぬ激昂と共に銃を取り出そうとした真名の眉間にピタリと押し付けられる鋼の感触。

 

「くっ」

「スナイパーが冷静さを失っては意味がないと何度も言ったはずよ。アルカナである頃を考えれば人としては進歩していても、スナイパーとしては落第点」

 

 抜く手どころか取り出した拳銃を真名の額に押し付ける行程すら離れた楓に見えなかった手際で、ナーデは言葉通り冷徹とも言える眼差しを愚かな弟子へと向けていた。

 頭を撃ち抜ける体勢にされた真名は、本気の目をしているナーデにこれだけは聞かなければならなかった。

 

「何が目的だ?」

「コウキの蘇生。二年前から私の目的はなにも変わっていない」

「死んだ! コウキは、もう死んだんだ!」

「だから生き返らせるの。その鍵は手に入れたわ」

「馬鹿な! 死者は生き返らない。不老不死がいようとも生命の不文律を覆すことは出来ない」

「悪魔や神すら存在するこの世界に不可能などない…………って、二年前に同じ構図でこうやってやり合ったわね」

 

 二年前もまた真名はこうやって四音階の組み鈴を抜けようとしたナーデの前に立ちふさがった。今ここでこうして対峙していることを考えれれば、その結果は言うまでもない。

 

「私はあの頃とは違う」

「いいえ、私の目にはどれだけ体が成長してもなにも変わっていないマナ・アルカナしかいないわ」

 

 銃口を向けられた者と向ける者。弟子であった者と師であった者が対峙する。

 二年前と同じ構図。だが、ここにはもう一人いた。

 

「拙者がいるでござる!」

 

 瞬動でナーデの背後に回った楓の蹴撃が後頭部へと伸びる。

 

「この程度で」

「そうでもないさ」

 

 銃を持っていない方の手で楓を見ずに後頭部へと迫る蹴りを防御したが、視線は外さずとも意識は背後の楓と分割されている。突きつけられていた銃口を避けながら魔法で拳銃を握った真名の行動に先んじるには集中力が足りなかった。

 

「マナこそ私を舐め過ぎよ」

 

 真名と同じく魔法でもう片方の手で銃を握りながら、圧倒的な速さで真名と楓の顔面を撃ち抜く。

 顔を傾けることで銃弾を躱す二人だが、圧倒的な速さに震撼する。 身体能力ではない。弛まぬ鍛錬と潜り抜けた実戦が昇華させた一切の無駄のない動きが、まるで途中の動作を省いたかのような神速を体現している。

 ナーデは動き続ける。

 

「ぐっ」

「はっ」

 

 飛び上がりながら開いた足が真名と楓を防御の上から吹き飛ばす。靴の中に鉛でも入っているのか信じられない重さに二人が耐えきれない。瞬時に体勢を整えたが追撃は避けられないはずだが、ナーデは動かなかった。

 その手に転移魔法符を握ったナーデの足下が光る。

 

「私はコウキを生き返らせる。阻むというなら私を殺しに来なさい、マナ」

 

 言いたいことだけを言って、ナーデは二人の視界から消え去った。

 一秒、二秒…………十秒経ってもなにも起きないことに楓はナーデが去ったことを確認し、息を吐いた。

 

「強い御仁でござったな」

「私の師匠だ。弱いはずがない」

 

 楓と同じように今まで止めていた分の息を吐いた真名は胸元に手を伸ばした。豊満とも言える胸元から一枚の紙を取り出す。

 

「それは?」

「置き土産だ」

「まさか、あのやり取りの中で?」

「ああ」

「信じられぬ御仁でござるな」

 

 常は閉じているように見える両目を開いて信じられぬという感情を隠しきれない楓に同意しつつ、真名は折りたたまれている紙片を広げた。

 

「なんと?」

「どこかの住所と、アスカ・スプリングフィールドへと書かれている」

「どうするでござるか」

 

 楓の問いに真名は答えなかった。目的を阻むなら自分を殺しに来いと言ったナーデに渡された紙片を真名は握り潰した。

 




エヴァがギャグキャラ化。

敵オリキャラその一

名 前:ゲイル・キングス
年 齢;年齢五十ぐらいに見える
職 業;魔法使い、幻術を使うのか?
人間性:ヤバそうな人
備 考:魔法世界で指名手配中、三百万の賞金首。
戦闘力;1050(推定)



敵オリキャラその二

名 前:ナーデレフ・アシュラフ
年 齢;二十代後半
職 業;傭兵、スナイパー
人間性:一途過ぎた人、または愛の重い人
備 考:龍宮コウキのパートナーで真名の師。目的は死んだコウキの蘇生らしい。指名手配犯。
戦闘力;1500以上



注;修学旅行での敵の強さは全員アスカと同レベルかそれ以上。




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