終業のチャイムが鳴り響く中、教師という初めての経験と見知らぬ環境に心身ともに疲れながらネギとアーニャは校舎を出た。放課後は朝の大混雑とは違って下校する生徒の姿がちらほらと見えるのみだ。何処かに行く宛てもなく、人の通りの少ないベンチに並んで座る。
「ふ――、やっと一段落だ」
「流石に疲れたわね」
荷物を下ろして今日の出来事を思い出しながらリュックから水筒を取り出して飲んでいるネギの横で首を鳴らすアーニャ。
「プリントの結果はどうだった?」
「見てみる? 凄いわよ。見た時から規格外なクラスかと思ったら成績まで極端だったわ」
アーニャは言いながら取り出したプリントの束を広げた。水筒を下ろし、横からプリントの点数を見たネギは苦い野菜を食べたかのように渋くした。
「うわぁ。出来てる人は完璧だけど出来てない人は酷い」
分かりやすいように点数順に並べられたプリントの端と端を見比べると点数差は一目瞭然。
「時間もあったから二学期以前の成績を見せてもらったけど、もう極端すぎるわこのクラス」
プリントの束を広げているアーニャは手元を周りに見えないようにしながら魔法を展開し、なんともいえない表情をするアーニャに顔を寄せたネギは眉間に何重もの皺を作る。二人の気持ちは同じだった。悪い方向に。
「学年トップクラスが何人もいるのに最下位近くが五人もいる」
「逆にバランスがいいっていえばそれまでだけど、24もクラスがあるんだから普通はもう少しバラつかせないかしら」
今後の展望の先行きさ不透明にネギとアーニャはガックリと肩を落とした。
「なんたってアスカもいるからね」
ネギの声でアーニャが顔を上げれば、一緒に来た当のアスカはブレザーの上を脱いでYシャツの袖を肘まで捲り上げてイメージトレーニングをしていた。
二人の悩みなんて考えもしていないだろうアスカは、ボクシングのシャドーのように拳を振るっていたがイメージトレーニングの相手は恒例の高畑らしく、直ぐに防戦一方になって回避行動ばかりが増えていく。
「同年代と比べてもバカなのにあれでよくネギと一緒に飛び級出来たわよね」
「アスカの場合は実技が抜群だったから。後、テストの山勘が冴えすぎて点だけは取れたから運良く」
「なにその羨ましいの」
アスカの山勘は魔法学校では有名だったのが兄弟に負けじと必死に勉強していたアーニャは知らなかったようだ。普段は勉強できないのにテストの点数は良かったことに不審を覚えていたが、長年の謎は解けて万々歳とは言えない。ネギ達に置いていかれないようにアーニャがどれだけ努力してきたことか。
学生最大の最難関を突破する都合の良い能力を持っているアスカに嫉妬の視線を向けた。
「で、どうする? 下位陣のこの点数と成績は早めにテコ入れしておいた方がいいと思うけど」
「高畑先生が偶に小テストをして、あまりにも得点の低い生徒に放課後に居残り授業をしていたからそれを継続したらいいわ。これがしずな先生に貰った居残りリスト」
アスカ関連のことでは切り替えが早いアーニャは、準備よく鞄から取り出した顔写真入りのリストを取り出してネギに渡した。
渡されたリストをパラパラと捲ったネギは予想通りのメンバーに頷く。
「成績下位五人組とプラスアルファか」
「その成績下位五人組をバカレンジャーなんて呼んでるらしいわよ」
「アーニャは情報早いなぁ」
水筒を片付けてクラス名簿を取り出し、渡された顔写真入りのリストと成績表の三つを照合していたネギは行動が早いアーニャに感嘆する。
「クラスにずっといたアンタと違って私は英語の授業以外はフリーだったから色々と動いてたのよ。新任だからみんな親切に教えてくれたお蔭ね」
言葉は殊勝ながらも「私を敬え」とばかりに鼻をピクピクと震わせるアーニャに、面倒だからネギは突っ込まずにさっさと話を進めることにした。
「居残り授業のメンバーはバカレンジャーとアスカは外せないとして」
「後、何人かも加えておきましょうか。そうね、500位以下のこの四人がいいかしら」
「合わせて十人か。ちょっと多くない?」
十人を二人で見るのは苦しくないかと思うネギに対して先を見ているアーニャの意見は対立するとまではいかなくて少し異なる。
「少しずつクラスの意識を変えていかないと意味ないじゃない。無理そうなら次回からはバカレンジャーとアスカだけにすればいいし。実習生だからって赤点をとるような生徒がいると困るじゃない」
クラスに溶け込もうとするネギと、教師と話をして内情を調べて来たアーニャでは根本から意識が違う。この場合はどちらが間違っているというわけでもない。
「大変よね、教師って」
「本当」
考えなければいけないこと、しなければいけないことが多すぎて二人は疲れたようにため息を吐いた。視線の先ではイメージトレーニング相手の高畑に殴られたのか、首を大きく振ったアスカがゆっくりと地面に倒れていく。
Yシャツのままでアスファルトの地面に背中から倒れた瞬間にアーニャが口を大きく開けた。
「ああ!? なにやってんのよボケアスカ! 誰が洗うと思ってんのよアンタは!」
ネギがあっと思った時には隣のアーニャが立ち上がり、怒声に息を荒げている横になったままアスカが顔だけをこちらへと向けた。ドシドシと足音がしそうなほど強い足取りでアスカを説教しに行ったアーニャの背中を見送ったネギは、一人で息をひっそりと吐いた。二人のことは意識からあっさりと弾き出し、別のことを考える。悩みは教師としてだけではない。他にも懸念はあった。
「まさか父さんが退治した闇の福音が生きてたなんて」
ホームルーム直後にアスカが引き起こしたごたごたで、退治されたはずのクラス内に闇の大魔法使いの存在を知ったネギは頭を抱えた。超高位魔法使い身近に、それも自分が教える生徒の中にいるなんて想像もしていなかった。想定外の事態に強いアスカとは反対に弱いネギは悩みの中にあった。
「生きてるってことは父さんは退治しなかった。生徒として通ってるってことは最低でも学園長は知ってるってことだよね」
うーん、と唸りながら明かされていない情報に頭を働かせる。エヴァンジェリンを退治しなかったことも、学園側が何らかの意図を以て生徒として通わせていることもネギとしては本音を言えばどうでもいい。問題はエヴァンジェリンがスプリングフィールド兄弟に向ける殺気混じりの視線にあった。
「なんか僕まで睨まれてるし、絶対父さん何かやったな」
アスカだけなら初対面でのいざこざから理解出来るものの、碌に会話すらしていないネギまで廊下ですれ違った時に殺気混じりの視線を受ける道理はない。
「毎度毎度アンタは懲りるってことを知らないの!」
腕を組んで首を捻るネギの視線の先では、アスファルトの上で正座させられて仁王立ちしたアーニャにガミガミと説教されていた。やれ、何時も何時も汚して誰が洗濯すると思っているのだとか、普段から考えて行動する癖を身に付けろだとか、もはや今回の一件には関係のない説教に突入しているが、ネギは全くこれっぽっちもアスカを助ける気にはならない。下手に助けを出せば今度はネギの方に嘴が来ると分かっている経験からだった。
「本人に問い質すか、学園長に助けを求めるか」
エヴァンジェリンには魔力を殆ど感じなかったので、もし戦うことになっても三人なら負けはないと思うが下手なリスクは取らない方が賢明と、言いながらネギは後者の選択を選ぶことに決めた。
「あ~、酷い目にあった」
説教が終わったらしくブレザーを肩に背負ったアスカが首をコキコキと鳴らしながらネギの下へとやってくる。そういうことを言うから後ろにいる般若顔のアーニャを怒らせるのだと分かっていない双子の弟に、深く長い溜息を吐きながら直した水筒を取り出して放り投げる。
「サンキュ」と言いながら危なげなくキャッチしたアスカは、イメージトレーニングで喉が渇いていたのだろう水筒を傾けてゴクゴクと呑み込む。環境や状況が変わろうとも何時も通りのアスカの姿に逆に安心感を覚えたらしいアーニャも怒りを収めたようだった。
「まどろっこしいことを考えてそうな面してんな。エヴァンジェリンのことだろ?」
水筒の中身を呑み込んだアスカは手の中で空瓶を弄びながら悪戯っぽい笑みを浮かべた。双子の弟の勘の良さは今に始まったことでもないので、ネギは自分がまどっろこしいことを考えている面をしているのかと顔を触りながらも素直に頷いた。
「下手の考え休むに似たり。ネギは顔に出やすいぞ」
「アスカが難しいことを言ってる?!」
カラカラと笑いながら忠告してくるアスカだったがネギは別のことに震撼していた。
「お前は誰だ! アスカのニセモノだな! 本物をどこにやった!」
脊髄反射で生きているアスカが諺やらを知っているがはずがない。ネギは即座に目の前にいるのは偽物だと断定した。
「どうせどっかで聞きかじったことを言ってるだけでしょ」
「そうとも言うな!」
立ち上がって指を突きつけるネギに呆れるアーニャの横で貶されたアスカは何故か笑っていた。難しいことを言えるはずがないと自分でも理解しているらしい。
「折角、強い奴が近くにいるんだから俺達の目的の為に利用してやろうぜ」
「利用って具体的には?」
「
「決まっているじゃないわよ、このアンポンタンが」
「なぁ、世に名だたる大魔法使い様なんだ。当たって砕けろとは言わねぇが聞く分にはタダなんだから利用しなきゃ勿体ないだろ」
うむ、とネギは無駄に自信満々のアスカの意見に黙考した。論理的ではないが悪いアイデアではないと結論付ける。リスクはあるが、どんなことであっても大なり小なりのリスクはあるものだ。学園長に助けを求めたとしても望んだ通りの結果が得られるとは限らない。で、あるながらば自分達の目的を達成するために最善と思える行動を取るのが当然のこと。
「悪くないアイデアだと思う。駄目なら学園長に助けを求めればいいし、アーニャはどう?」
「いいんじゃない。確か六百年は生きてるんでしょ。味方になってくれればこれほど頼もしい相手もいないわ。対立すらなら怖い相手だけど、悶着起こっても逃げ場があるなら私も文句は言わない」
「なら、決まりだな。善は急げだ。早速
妙にアスカが「当たって砕けろ」「善は急げ」などの諺を使おうとするのは、今学期一杯で定年退職予定の国語の老年教師が言っていたことを真似しているのだ。どうも意味合いとフレーズが気に入ったらしい。
拳を握って戦う気満々のアスカに教えを乞う気があるのかどうか、そこはかとない不安を覚えたネギだったが、その時になれば自分とアーニャで止めるしかないと諦めて立ち上がった。
「この時間だともう家に帰ってるんじゃないかしら。家知ってるの?」
広場にいれば下校する生徒たちの姿も見えたので何時までも学校にいるとは限らない。
時間はもう夕方。部活動をやっていないとすれば既に帰宅していても不思議はない。
「知らねぇ。これから調べたらいいだろ」
「思い付きで行動してるからアスカって計画性ないよね」
提案者のくせして能天気なアスカに、三人で並んで歩きながら嘆息するネギ。
「生徒の家って教えて貰えるのかしら?」
「良く授業をサボってみたいだから家庭訪問をするって理由をつければ大丈夫だと思う。やる気のある新任教師の行動だと見えるように努力しないといけないけど」
「出来んの?」
「多分」
「大丈夫だって。いざとなれば俺に任せろ」
「その根拠のない自信にあやかりたいよ」
小首を傾げたアーニャに自信なさげに顔を下げるネギとは反対にどこまでもアスカは自信満々だった。
「ん?」
学校に戻る為に鐘を鳴らす女子普通科付属礼拝堂を通り過ぎて、西欧文化の流れを汲んだ石像を中心に置いた広場に到着した時、ふいにアスカが何かに気づいたように顔を動かした。アスカの動きに吊られて視線の先を見た二人は、今まさに階段を下りようとしている一人の少女を見つけた。
「あれ……あれは27番の宮崎のどかさんだったかな」
「たくさん本持って危ないわね」
見覚えのある少女にクラス名簿を取り出して確認するネギ。その横でアーニャが不安を帯びた顔をした。
三人の視線の先で宮崎のどかは手すりの無い階段を大量の本を持ってヨロヨロフラフラと危なっかしく階段を下り始めた。
「ん? あれ、あいつは」
階段を下りるのどかと広場にいる三人の対角線上で、両者を視界に入れる位置にペットボトルが入った袋を持った神楽坂明日菜がいた。
「あっ」
「!! やっぱし!」
三人の危惧通り、足を踏み外したらしく大きく本が散らばり姿勢を崩したのどかが階段の外側に落ちた。手摺がないので十メートル近い高さから真っ逆さまに落ちていく。
「アスカ!」
アーニャが隣にいるアスカの顔を見ずに大声を上げた。その前に既にアスカは踏み込んでいて、のどかが階段の外側に落ちた瞬間には体が前へと動いていた。
肩に乗っけていたブレザーを置き去りにして、普通の人には一瞬にも思える時間でのどかまでの距離をぐんぐん縮めるアスカだったが、同時に致命的なまでの事実にも気が付いてしまった。
(間に合わない!)
広場のアスカ達がいた場所とのどかが落ちた階段まではかなりの距離がある。しかものどかは数冊の本を抱えたままなので重量によって落下速度が速い。のどかが落ちた瞬間には動き出したといっても常人ならば絶対に間に合わないタイミングであったが、覆すのが魔法使いたる彼らならば可能である。
制約によって全力を封じられていても、オリンピックの金メダリストよりも遥かに速い速度で駆けられても、間に合わないものは間に合わない。それはのどかの危機に気づいで走り出そうとした明日菜も同様だった。
「
アスカが走り出したようにネギが咄嗟に手に取った杖が集中と同時に先端の布が解けていき、魔法を発動して風を生み出した。駆けるアスカの足先を文字通り風が走り抜け、のどかが落下す真下から上昇気流となって彼女の落下スピードを遅らせる。
これを好機と見て更にアスカの駆ける速度が増したが、どうしても後一歩分の距離が足りない――――――と、考えていたアスカの背中に一条の炎の矢がぶち当たった。アーニャが無詠唱で放った魔法の射手・火の一矢である。
「だあああああああああああっっっっ!!」
最後の助力を得て体を前進させたアスカはのどかを見事に受け止めた。肩とスカートの下の剥き出しの太腿を抱き留め、走る勢いを止める為に足を踏ん張ってブレーキをかける。
靴裏で地面に二筋の轍を数メートルも作りながら、ようやく停止する。
「あっちぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!」
助けたのどかを地面に下ろして膝をついたアスカが痛みに悶える。完全に意識外にあった背中に魔法の射手・火の一矢を受けた背中は、恒常的な障壁を張っていないアスカでは被弾した箇所のYシャツが燃えて軽度の火傷を負うことは避けられない。
土下座の近い姿勢で震えるアスカの近くで、のどかは落ちた精神的衝撃で気絶しているのか目を閉じたまま起き上がらない。 そこへようやく追いついたネギがのどかが気絶していることを確認して治癒魔法をかける。
「緊急事態だから仕方ないけど、やりすぎだよ」
アーニャ、とゆっくりと足音を立てて近づいてい来る下手人の名前を呼ぼうと治癒魔法をかけながら振り返ったネギの顔は、そこにいるはずのない人間がいて絶句した。
「あ……アンタ達……」
ここにいてはらならない神楽坂明日菜は火傷を癒したネギの手と痛みが引いて顔を上げたアスカ達の前で、タイミングが良いのか悪いのか驚愕の色を浮かべながら立っていた。
「あ……いや、あの……その」
明日菜の後ろにいるアーニャが天を仰いで「あちゃー」と手で顔を覆っているのはともかく、当事者であるアスカが「これはマズった」と少しも気にした様子がないのは、どうやって状況を打開するべきか全開で頭脳を働かせているネギの癪に障ったが現実はどうしようも出来なかった。
「ぅ……うぅ」
ネギと明日菜は互いに動かなくなったまま見つめ合いが続いていたが、気が付いたらしいのどかの声が状況を動かす。動いた明日菜がアスカの襟首を掴み、反対の手でネギを抱えて走り出した。
明日菜に見られたことでまだ固まっていたネギは上手く抵抗することが出来ず、アスカは色々と諦めた風情で攫われて行ってしまった。
「あ~あ、どうしましょう」
「せ……先生?」
アーニャは視界外にいたお蔭で気付かなかったらしい。明日菜によって連れられた二人を見送って、のどかが起きたのを見ながらこちらもどうしようかと悪知恵を働かせなければならないアーニャだった。
子供二人を抱えて全力疾走するという力技を成し遂げた明日菜は、木々が生い茂る場所で二人を放した。
「子供が教師なんておかしいと思ったけど、ああああんた達は超能力者だったのね!!」
「い、いやちがっ」
放り出されてゴロゴロと転がって木にぶつかりがながらも律儀に答えるネギと、受け身を取ってYシャツの背中部分を肩越しに見ているアスカの二人を見比べ、明日菜は前者を詰問することに決めた。押しに弱そうなのはどう見てもネギの方である。
「誤魔化したって駄目よ。目撃したわよ。現行犯よ!! 答えなさい。みんなを操って何が目的よ!」
「あうう~~~っ」
明日菜はネギのコートの襟元を掴んで感情が高ぶってきたのか涙目で詰問する。
「白状なさい。超能力者なのね!」
「ボ、ボク達は魔法使いで……」
「どっちだって同じよ!!」
ネギを振り回して白状させようとした時に、明日菜は吐かれた言葉に重大な事実が潜んでいることに気が付いた。
「え、魔法使い?」
Yシャツの背中側の真ん中に開いた穴の端から焼け焦げた部分を毟っていたアスカは、うっかり漏らしたネギの失言にポカンと口を開けている明日菜に色々と諦めたのだった。
前後不覚になったネギや、もうすっかり諦めて不貞寝モードになったアスカではなく、後から来たアーニャが明日菜への説明を行なっていた。
「つまり、アンタ達は魔法使いの卵だってこと?」
あまり頭の良い方ではない明日菜は難しい話をされても分からない。込み入った話もあってこんがらがりながらもなんとか要点だけを捉えていた。
「見習い魔法使いの方でもいいわよ。一人前って認められるのは修行を終えた後だから」
「へぇ、魔法を使えたら魔法使いってわけじゃないんだ」
感心した様子で頷いた明日菜の直ぐ横で似たような髪型をしているアーニャの髪の毛が揺れる。
「でも、なんで魔法使いの修行で教師とか生徒をやってるの? 修行ってファンタジー的に考えて竜を倒すとか、金銀財宝を見つけるとかじゃないの」
校外から下駄箱に入って靴を履き代えながらの明日菜の問いにアーニャは鼻を鳴らした。
「漫画とかの読み過ぎよ、明日菜」
先に靴を履き代えたアーニャは歩みを進め、髪を靡かせながら笑う。
「現代の魔法使いは普通の人達に混じって生活してるわ。この修行も魔法の世界から離れて普通の人の中で暮らす術を見に付けろってことでしょ。それでなんで教師なのかは理解に苦しむけどね」
明日菜が足を進めれば二人の身長は大きいので簡単にアーニャに追いつく。追いついた後は足を進めるスピードを緩めなければならないが苦痛に感じるほどではない。ガサツに見られることの多い明日菜だが気の利かせられる女なのだ。
「じゃあ、もし今回みたいに魔法がバレちゃったらどうするの?」
「普通なら今は仮免期間中みたいなものだから強制送還。酷い時は刑務所行きかしら」
「え"」
「勿論、明日菜は私達の未来の為に黙っていてくれるわよね。ねぇ、あ・す・な」
絶句した明日菜の前に出たアーニャは嫣然と笑って近づき、明日菜の名を呼びながら顔を近づける。小悪魔的な魅力を全開するアーニャが脅しをかけているのだと気づいた明日菜は唾をゴックンと呑み込んだ。その呑み込む音がいやに大きく響いた気がして羞恥を覚えたが、足を止めた明日菜の後ろでネギが一度解かれたはずの杖の布を解き、アスカが拳を握ってポキポキと骨を鳴らしていることに気が付いて戦慄した。
前にはアーニャ、後ろにはネギとアスカ。三人とも魔法使いで、明日菜には助けることの出来なかったのどかを助ける能力を持っている。抗える状況ではなかった。
「…………勿論、黙っているに決まってるじゃない! もうやだな、アーニャちゃんは」
アハハハハ、と頭を掻いて虚ろに笑う明日菜は全力でヒヨッた。理不尽な暴力には抗うタイプであっても敗色濃厚な戦いに身を投じる猪ではない。彼らの未来の為と言い訳をして、明日菜は反抗心を心のドブの底へと押し込めた。
神楽坂明日菜十四歳、魔法使いに身も心も屈した瞬間であった。
「平和的な手段で解決して嬉しいわ。ねぇ、アンタ達」
「うん、良かったぁ」
「え~」
「そこのボケアスカは黙ってなさい。なんで残念そうなのよ」
普通に安心してるネギと違って暴れるられることを期待していたアスカに突っ込みを入れつつ、アーニャは無理矢理に明日菜を手を握って友好をアピールする。握手するアーニャの笑顔の背後に悪魔を見た明日菜は抵抗も出来なかった。振り回される任せて握手を続ける。
「で、アンタ達ってどんな魔法を使えるの?」
歩みを再開した三人に明日菜は先の恐怖を忘れる為に問いかけた。純粋な興味が混じっていたことは否定できないが。
問いかけにアーニャは顎に手を当てた。
「修行中の身だからあんまり多くないわよ。特にアスカなんて数えるほどだし、私も平均よりちょっと多い程度。ネギはアホみたいに多いけどアイツは例外中の例外。参考にはならないわね」
「惚れ薬とかないの?」
「あるけど、持っているだけで犯罪よ。人の心を操る魔法とか薬品系は常識的に考えて禁止されるに決まってるじゃない」
先を歩く二人の後ろで、ネギがアスカの背中のYシャツの空き具合に気が付いてちょっかいを出していた。
背中をつぅと擦すられた実はくすぐったがりのアスカが身を悶えさせ、ちょっかいを出したネギに頭に拳骨を落していた。
「ううっ…………お金のなる木とかないの!?」
「意味わかんないわよ。金のなる木はともかくとして、特定の国のお金がなる木なんてあったら逆に引くわ」
拳骨を落されたネギは頭を擦りながら「何時までも背中の開いたYシャツを着ているのはマズいよ」と真っ当な意見を出していた。それもそうだと頷いたアスカだがどこに制服を貰いに行けばいいのかと首を捻り、二人で取りあえず事務室に行くことを決めてとっとと離れて行った。
あっという間に姿が見えなくなった二人を見送ったアーニャ達は階段の踊り場に到着した。
踊り場の窓から夕陽が照らし出され、世界は一時だけ幻想染みた世界へと移り変わる。
「魔法だからって万能じゃないわ。死んだ人を生き返らせることなんて出来ないし、過去へと戻ることも出来ない」
言ったアーニャの顔が夕陽に照らされて、逆光になって明日菜からはよく見えなかった。一瞬だけ見えた表情はどこかアーニャらしくないものに見えた気がしたが見間違いだと気にしなかった。
「これはうちの学校の校長先生が言ってたことなんだけど」
一度言葉を切ったアーニャの顔は笑っていた。
「『儂らの魔法は万能じゃない。僅かな勇気が本当の魔法』。高畑先生を振り向かせたいなら魔法なんて物に頼らず、自分で告白することね。魔法で好きになってもらっても嬉しくないでしょ?」
生意気でこまっしゃくれた少女は悪戯っぽく笑っている。高畑に振り向いてほしいがそれが魔法であったならばやはり自分は悩むことになるだろう。明日菜は胸を突かれた思いだった。
「アーニャちゃんって本当に魔法使いみたい」
「馬鹿ね。私は元から魔法使いよ」
どうしようもなく胸の奥から笑いが込み上げて来て、アーニャと二人で笑い合った。
「アーニャちゃんにはいないの? 好きな人とか」
「いないわ。今はやることがあるから恋愛なんてしてる暇なんてないし」
「さっきの二人とかどうなの。幼馴染なんでしょ?」
「あの二人が恋愛対象になるわけじゃない。ガキよガキ。どんだけ頭良かろうが、どんだけ運動神経が良かろうが、あの二人だけは絶対にないわ」
幼き頃に淡い想いを抱きもしたが、今ではそれは小さな子供の過ちだったと自覚しているアーニャは言わなかった。
「どうなってるの?」
「さあ?」
仲良く話をする二人を、運良く早く制服を入手できたネギとアスカが物陰から覗きながら顔を見合わせていた。団子のように上下に並んで顔を出す二人は全然隠れていない。真っ先にアーニャが気づいた。
「あ、こらアスカ。またネクタイちゃんとしてないじゃない」
「げっ」
「ほら、逃げないの」
見咎めたアーニャが足早に上っていた階段を下りて来るから逃げようとしたアスカの襟首をネギがしっかりと捕まえる。彼我の身体能力差なら十分に振り解けるが逃げたところで意味はないと知っているアスカは大人しくアーニャに捕まってネクタイを締められる。当然、出来た後には緩めるが。
「仲いいわね」
ギャーギャーと集まって姦しい三人を明日菜は微笑ましく思えて笑った。
ギャーギャーと言い合う三人を先導しつつ、明日菜は2-Aの教室へと辿り着いた。
「ほら、アンタ達で開けなさい」
うっかりと自分で開けそうになった明日菜は寸前で留まって、後ろにいる三人組に問いかけた。
自分で開ければいいのに譲った明日菜に不審も露わにするネギとアーニャだったが、こういう時に決まって真っ先に行動するアスカが気にせず朝のようにスパーンと扉を開けてしまった。
『ようこそネギ先生&アーニャ先生&アスカ君――――ッ!!』
開けた瞬間、中からクラッカーが幾つもならされて巻き上がった紙吹雪や紙テープがアスカの髪の毛や肩に舞い降りる。
「さあさあ、主役達は真ん中に行った行った」
朝倉和美が言いながらアスカの背中を押し、雪広あやかと那波千鶴がネギとアーニャの手を引っ張ってクラスの中心へと座らせる。
ポカンとしている前者二人は為すがままだった。
「ふ~ん、明日菜は私達を連れて来る役だったのね」
二人と違ってクラスの人間の性格を同性として感じ取っていたアーニャは大凡の流れを掴んだ。
椎名桜子に紙コップを渡されて和泉亜子にジュースを注がれているネギと、超鈴音と四葉五月から特製肉まんを振る舞われて食べているアスカを見て、クラス全体の準備の良さから状況を推察したアーニャは近衛木乃香に問いかけた。
「本当はうちらが呼びに行く予定やったんやけど、のどかが先生らに会ったて聞いて明日菜も一緒にいるいうから頼んでん」
「私達の為にご苦労なことだわ。ありがとうと言っておくわ」
「ふふ、どう致しまして」
改めてクラス全体を見渡したアーニャは、エヴァンジェリンを始めとして何人かの姿がないことに気が付いた。
「全員がいるわけじゃないのね」
「こういう場が苦手な子もどうしてもおるからな。勘弁したってや」
「気にしてないわ。こういう会を開いてくれただけも感謝しないと罰が当たるもの。文句を言うつもりはないわよ」
騒がしいネギやアスカのいる席周辺に比べれば、木乃香と話していることもあってアーニャの周りはまだ静かな方だった。
性格的なものをいえばアーニャも騒がしい場の方が好みだが、だからといって静かな場が嫌いというわけでもない。木乃香が話し上手で聞き上手なこともあって思い外、会話は楽しく感じていた。
「ん?」
他愛もないことを木乃香に加えて綾瀬夕映や早乙女ハルナも交えて話していたアーニャは、話している三人以外に見られていることに気づいて首を巡らせた。他人の視線や気配に逸早く気づくのはアスカの専売特許だが、今回は自分に向けられたこともあってアーニャも気づいた。
巡らせた顔の先でアーニャを見ていたのは、何故か片手に木刀のようなものを持っている鋭い目をした少女だった。顔を向けると少女は自然と一度は合った視線をずらされた。歓迎会の主役に注目が集まるのは当然。勘違いと言ってしまえばそれまでだが見ていただけというには少女の視線には感情が籠り過ぎていた。
アーニャには以前にも似たような視線を向けられた記憶があった。魔法学校時代に顔だけは良いネギとアスカと親しくしていたアーニャに向けられていた嫉妬。少女に向けられた視線にはそれに似た感じがあった。
「どうしたの?」
ハルナに声をかけられて、木刀を持った少女に嫉妬に近い感情を向けられる理由が分からなかったアーニャは顔を戻した。
「ねぇ、あの子って」
クラス名簿はネギが持っているので、接する時間が短かったアーニャでは生徒全員の顔と名前の一致が出来ない方が多い。このような場では以外に周りの目を気にするアーニャではクラス名簿を広げるなんてことは出来なかっただろうが。
「あの子って…………せっ、桜咲さんがどうかしたん?」
「どうってわけじゃないけど」
逆に木乃香に問われて答える言葉を持たなかったアーニャは窮した。まさか嫉妬に似た視線を向けられてなんでだろうとは聞けない。アーニャの勘違いかもしれないし、間違えていたら恥ずかしい。
「桜咲さんが木刀を持ってるのは剣道部だからですよ。寡黙な人ですが無暗に暴力を振るうタイプではないので安心して下さい」
「そうなの? 良かったわ。就任直後で問題児発覚なんて洒落にならないから」
どうして先程、木乃香は刹那の事を呼ぶ時に詰まったのかと別方向の思考に飛んでいたアーニャは、気を利かせたつもりで実は勘違いしている夕映に問題のない返答を返す。
ふと、クラス名簿の刹那の欄になにか気になることが書いてあったことを思い出したアーニャは、今夜の寝宿について考えなければならないこともあって宮崎のどかから何かを受け取っているネギを見た。
「ネギ! 鞄持ってこっちに来なさい!」
のどかから何かを渡されて戸惑っているネギは渡りに船とばかりに席を立ち、足早に鞄を持ってアーニャの下へと困惑も露わに詰め寄る。
「ちょっとアーニャ。宮崎さんに何を言ったのさ。なんか僕が彼女を助けたことになってて図書券をお礼だって渡されたんだけど」
「顔が近い…………ああ、そういえば言ってなかったけどアンタが助けたことにしたんだっけ」
「助けたのは僕達三人でじゃないか。なんで僕一人が助けたことになってるんだよ」
周りに話せない話だったので顔を寄せて来たネギを手で遠ざけつつ、ごめんごめんと適当に謝るアーニャだった。
「私はネギ
「だからなんで僕なんだよ。アーニャでもアスカでもいいじゃないか」
「アスカは下手うちそうだから却下。私も面倒。アンタ達は明日菜に拉致されてたし、残った私がどう伝えようが勝手でしょが。文句があるなら明日菜に言いなさい。それよりいいからクラス名簿」
さっさと寄越せと手を差しだすアーニャに言いたいことの百や二千はあったが、やがてネギは諦めて鞄を差し出した。クラス名簿を取り出して渡さなかったのはせめてもの意趣返しである。結局、クラス名簿を取り出したアーニャが用済みとばかりに鞄を放り捨てたことで逆に意趣返しされたが。
「神鳴流ね。流石に同地同名の武門があるわけないわよね。なら、決まりね」
仲いいね、と言ってくるハルナらに、あいつらは私の奴隷兼下僕と返しつつ、今夜の寝宿の当てを決めたアーニャは立ち上がった。
アーニャが立ち上がって桜咲刹那に近寄っていくのを見たアスカは、肉まんを呑み込んで次のを貰う。ブラックホールに消えていくが如くことに面白がって勧めて来る柿崎美沙・釘宮円・椎名桜子から受け取った肉まんを口一杯に頬張っていた。
「良い食べっぷりアル」
刹那に何かを話しかけているアーニャを見ていたアスカは、不意に話しかけられて顔を上げた。顔を上げた先にいたのはエキゾチックな肌をした片言気味の日本語を放つ少女――――古菲である。
二人の視線が混じり合った瞬間、口の中の肉まんをごくりと呑み込んだアスカが椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
「な、なに?」
近くにいた明石祐奈、大河内アキラ、佐々木まき絵の三人が思わず何かあったと思う態度の急変。その間にもアスカは古菲と視線を合わせ続ける。
一秒か、十秒か。それとももっと長くか。実際には短い時間だったがそれで十分だった。二人が相手のことを理解するのは。
「「友よ!」」
手を差し出して二人は固く固く握り合った。なにか二人だけで通じ合うものがあったらしい。
置いてけぼりをくらった周りを視線の中心で、甘い意味では断じてない近い距離で椅子に並んで座った二人はなにやら熱く語り合っていた。近くにいた長瀬楓がうんうんと何度も頷きながら話に相槌を打っていることが余計に周りの置いてけぼり感を強くした。
「あれだけ二人とも近いのにラブ臭がしないのよね。それどころか熱血スポコン漫画のライバル的な空気を感じるわ」
他者の恋愛感情に反応する頭のアホ毛をしなびらせながら、そんなことを言う早乙女ハルナがいたりいなかったり。アスカは何時も通りだな、と恐らくバトルマニア的な同類が見つかってしまったことに軽く戦慄するネギ。
アーニャが置いていったクラス名簿を放り捨てられた鞄を取ってくれたザジ・レイニーデイにお礼を言いながら直したところで、近くに古くからの知り合いが座っていることに気が付いた。
「やあ、ネギ君お疲れ様」
「タカミチ、しずな先生も」
生徒達が盛り上がっているところを邪魔しないクラスの中心から離れた場所にいる高畑としずな。ネギは二人で並んで座っている席へと向かった。一番後ろの端の席にいる二人の対面の席に座ると、早速とばかりに高畑がコップにジュースを注いでくれる。
高畑達が飲んでいるのと同じオレンジジュースだった。流石に学生がいる場で酒は用意されていなかったようだ。
「ありがとう。僕も入れるよ」
「いいよ。この場は君達が主役なんだ。初日で疲れているだろうから気にしなくていい」
お返しとして注ぎ返そうとしたらやんわりと手で押し留められた。気を使ってくれるなら有難く受け取っておこうとネギは自分のジュースを飲んだ。
座って一息ついたところでしずながネギを労わるように見た。
「クラスの方はどうだった? いい子達ばかりでしょ」
「はい、みなさん元気一杯で困ってしまうぐらいです」
「ははは、元気印が取り柄のクラスだからね。大変だとは思うけどよろしく頼むよ」
しずなの笑顔の問いかけに、授業態度や休み時間の様子がクラスのあり方を大体推察したネギは苦笑を浮かべつつも悪い印象は持っていないことを努めながら返した。正直な感想に高畑が笑う。その顔を見てネギはアーニャ達と三人で話していた懸案事項の一つをここで解決しようと決めた。
立ち上がり、高畑の下へ行ってその袖を引っ張りながら耳元で囁く。
「聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
周りに聞かれては困るとネギに雰囲気から悟ったのだろう。高畑はネギに引かれるままに教室の隅へと行く。
「なんだい? もしかして魔法関係のことかな?」
「違うよ。実はエヴァンジェリンさんの家がどこか教えてほしいんだ」
「エヴァの?」
本来なら敵対していても不思議ではない超高位魔法使いの名前を略称で呼んでいることから、高畑がエヴァンジェリンとかなり親しい間柄にあることは察することが出来た。
訝しげながらも疑問ではなく疑念の声音に、ネギ達がエヴァンジェリンに接することが望ましくない事態であることもまた同様に感じ取った。
「うん、彼女ってよく授業をサボっているみたいだから家庭訪問をしてなにか理由があるか探ってみようと思って」
部屋の隅に行ってもネギ達が注目されないのは、視線を合わせた瞬間に同類を見つけあったアスカと古菲が廊下に出て試合を始めてしまったからだ。
あの馬鹿弟は、と思いながらも表向きの理由で裏などないと表明しながらネギは高畑の表情を窺う。
「初日で良くそこまで調べたね。気付くとしたらもう少し後だと思ってたのに」
感心した様子の高畑の表情からそれ以外の感情も考えも読み取れない。こういうのは本来ならアーニャの役目のように思えるが彼女はアスカに負けず劣らず直情傾向にある。二人とも腹の探り合いには向いていない人間なのでネギがやるしかない。
「アーニャがやってくれたんだ。クラス内に問題があるなら早めに取り掛かるに越したことはないからね」
若輩者のネギに比べて相手は大人で、幾百の戦場を渡り歩いている猛者である。容易く読み取らせてくれるほど生易しい相手ではなかった。敗北感を感じても悲観はしない。
学園側に属する高畑にこちらの目的を話しておくことはデメリットにはなりえないが、エヴァンジェリンの交渉のカードの為にも黙っておいても損にはならない。秘密で話をしに行ったというのは相手の機嫌を上げる可能性もある。目的の為には手段を選ばないのがネギであった。
「分かった。彼女の家は奥まった区画にあるから口頭で伝えるよりも地図を書いた方がいいだろう。ちょっと待ってて」
そう言って高畑は近くにいた村上夏美に声をかけ、借りたペンと紙でスラスラと地図を書いていく。
「一報は入れておくから、頑張ってくれ」
あっさりと地図を渡しながら言う高畑の意図を、ネギは最後まで推し量ることが出来なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
歓迎会も盛り上がつつも終わった後、ネギ達は女子寮へと帰る生徒たちは違う方向へと歩いていた。
「アーニャの部屋は出席番号15番桜咲刹那さんの所に決まったんだ」
「ええ、同室者も関係者らしいから気兼ねしなくていいわ」
暗い夜道を怖がることなく歩く小学校中学年の子供数人は一般人の目かすれば奇異にも映るだろうが、この三人は魔法使いであるので平然と進み続ける。
「彼女、やっぱり神鳴流の遣い手らしいわよ」
「マジで? 近衛詠春が使ってたあの」
「そっ。詳しい話を聞く時間はなかったけど、木乃香の護衛の為にこっちに派遣されたんだって言ってたわ」
頭の後ろで腕を組みながら歩いていたアスカが動物の耳がピンと立ったであろうとリアクションをするのに一々突っ込む気のないアーニャは、川の上にかかった橋を渡りながら人を寄せ付かせない鳥のように警戒心の強い刹那とのことを思い出していた。
「木乃香さんの護衛ってなんで?」
「アンタ、馬鹿ぁ? 木乃香って関東魔法協会理事の一人の学園長の孫で、関西呪術協会の長の娘でもあるのよ。日本を二分する二大勢力に関わりのある重要人物に護衛の一人や二人付けるのは当たり前でしょうが」
ご尤も、と問うたネギは納得した。何故か罵倒されたような気もしたが大人しく納得することにしたネギだった。
「木乃香の魔力って俺達超えてるし、そんな重要人物の孫にして娘ならえらいサラブレットじゃねえの」
父親である近衛詠春は魔法世界の英雄の一人でもあるのだから、似たような立場にいるのにあっさりと異国に送り出されたネギとアスカとでは凄い違いである。
「父さんは魔法世界の英雄で有名人、爺ちゃんは魔法学校の校長でイギリス魔法協会の理事の一人なのにこの違いはなんなんだろう」
言葉はともかくとして、特に気にした風でもないネギがアスカと笑い合う。メルディアナ魔法学校は悪い場所ではないが、彼らの才に対して世界が狭すぎた。広い世界に足を踏み出したのに制約がつくのは面白くないと考える二人である。この双子は、とアーニャは考えながらも護衛が付いている姿が想像できなくて、無言で足を進めることにした。
「そろそろ着くんじゃないの? あまり遅い時間に帰ると色んな所に迷惑がかかし」
「タカミチの地図によると、もう着くはずだと思うけど…………あっ、あそこかな?」
高畑に書いてもらった地図に目を落していたネギが指し示した先には、吸血鬼の居城というには不似合いなログハウスだった。
「普通だな」
「吸血鬼だから墓場とかに住んでるのかと思ったけど」
「馬鹿ね。郷に入っては郷に従えなんて諺がある日本で暮らしてるんだから、墓場なんてありえないでしょうが」
前者二人は素直な感想を漏らし、アーニャだけは違うように見えて実は内心で同じことを思っていたりする。
「うし。さあ、行くぞ」
心の準備なぞ、なんのその。流石に怖気づいた様子で足を止めたネギとアーニャを置いて、アスカは逆に足早にログハウスへと歩いて行ってしまう。変わらず折れず曲がらずのアスカの背中に溜息を吐きながらも勇気づけられた二人も後を追う。
玄関前に立ち止まったアスカはドアノブを捻った。
「あ、鍵かかってねぇや」
カチャリとあっさり開いたドアに頓着せず、アスカはログハウス内に足を踏み入れた。
「誰かいませんか――」
暗闇の所為でベルが分からず、遠慮の欠片も無いアスカの後ろにつきつつ呼びかけたのはネギ。さっさと室内に入ってしまったアスカに呆れつつ追従したアーニャと共に絶句した。
ログハウス内は外観はともかく内装こそはおどろしい物であると想像をまたもや裏切り、ソファーやテーブルの上に人形が散乱している実にファンシーな装いである。想像を悉く覆す光景の連続に感性が麻痺してしまったようだった。
「うわぁ、人形で一杯」
ネギが言うようにエヴァンジェリン邸はちょっとした人形屋敷だった。
目の前に人形、テーブルの上にも、並べられたソファの上にも、床の上にも、タンスの上テレビの上にも、とにかく大小様々なたくさんの可愛らしい人形たちが思い思いに座って所狭しと飾られているので、まるで大量のぬいぐるみを詰め込んだ玩具箱のようである。壁面には大きな暖炉が備えられており、その中の炭と置かれた薪が、それがただの飾りではなく実際に使用されていることがわかる。
よく整理された食器に、整えられた調度品。居間に据えられた木製のテーブルには真っ白なテーブルクロスがかけられ、四脚の椅子がそれぞれ並べられている。その内の二つの上にも、他と比べて少しだけ大きい人形が腰掛けられていた。
しかし、人形が雑多にあっても何らかの均衡が保たれているのか、不思議と散らかっているという印象は受けない。態とそう配置しているのが分かる、その証拠に人が動く生活動線は十分以上に確保している上、目に騒がしくない様な配置がされているのかもしれない。
トントントン、と誰かが階段を下りて来る足音に三人は揃って顔を上げた。
「――――これは皆様、ようこそいらっしゃいました」
階段を下りて来たのは黒と白のツートンカラーのメイド服を着た絡繰茶々丸。それもそこらの量販店で売っているような安物ではない。一見しただけでも上質な生地を使っていることがよくわかる。縫い目をしっかりとしており袖口やスカートの裾のフリルなどには、細かな意匠が施されている。オーダーメイド………………それも一級の技術を持った職人が手ずからに作った職人芸によって編まれたメイド服であろう。
「家庭訪問に来たのだけれど、ドアが開いてたから勝手に入らせてもらったわ。エヴァンジェリンはいるかしら?」
「こちらにいらっしゃいます。どうぞ、マスターがお待ちです」
不法侵入を釈明すらしないアーニャに茶々丸は気にした様子もなく、三人を主の下へと案内すべく先を立って歩き出した。
階段を上って二階に来た三人を待っていたのは童姿の魔王がソファーの上でふんぞり返っていた。
「よく来たな、先生達」
「お邪魔しています。エヴャンジェリンさん」
長いプラチナブロンドの髪が印象的なこの家の主たる少女――――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
確かに見かけは普通の少女に違いない。彼女はネギが担任を勤めるクラスの一員だが、クラスの中でも鳴滝姉妹に次ぐ背の低い方。数えで十歳であるネギとアスカとほぼ同じ背丈であるという事は、女子中学生――それも中学三年生――となれば、かなり低いと言えるだろう。実際、クラスの大半はネギ達よりも頭一つ以上高い者で占められていたのだから。しかし、彼女がその見かけを大きく裏切る内面の持ち主である事を、目を見れば良く解った。
「童姿の闇の魔王」「悪しき音信」「禍音の使徒」「闇の福音」と呼ばれる多額の賞金を懸けられた魔法使い。ナギが15年前に封印した間違いなく世界最高の位にいる存在。そんな様々な異名で語られる少女はぬいぐるみ達に抱きしめられるように、ソファに全身を預けていた。
「さて、就任直後で家庭訪問とは何事だ? 鍵が開いているからといって勝手に入って来る不作法者も同行していることも気になる。さあ、答えろ」
一般的な吸血鬼の住処のイメージとは天地ほどかけ離れたファンシーさに、思わず警戒心が緩んだところに抉り込むように言葉のボディブローが放たれた。
キッ、と原因であるアスカを睨んだネギとアーニャだったが当の本人はそっぽを向いて口笛を吹いていた。
「お願いがあって来ました。教師としてではなく魔法使いとしてです」
茶々丸の勧めに従ってエヴァンジェリンの対面に配置されたソファーに腰掛けた三人を代表してネギは早速、本題を話し出した。
「頼む相手が間違っているのではないか?」
「いいえ、僕達が頼みに来たのは闇の福音と呼ばれる大魔法使いであるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさん。あなたで間違いありません」
「ほぅ、兄の方は弟と違って礼儀を弁えているようだ」
と、エヴァンジェリンが見た先では頼みに来たのにソファーにふんぞり返って足を組んでいるアスカの姿。隣に座るアーニャが肘で突いているが、対峙している相手が相手だけに勢いは弱かった。
「ところで」
お願いがあって訪ねて来たにも関わらず、無駄に態度の大きいアスカに唇の端をヒクつかせたエヴァンジェリンの前でネギが思いついたように口を開いた。
「どうして闇の福音ともあろうお人が中学生なんかしてるんですか?」
「お前達の父親が登校地獄というふざけた呪いを私に掛けたからだろうが!!」
エヴァンジェリンは勘違いをしていた。ネギは確かに礼儀は弁えている。だが、本質はアスカと何ら変わらない。オブラートというか、礼儀を慇懃の上に巻いているだけに過ぎない。
一度噴き出した怒りは止まらない。
「十五年だぞ十五年! サウザンドマスターに敗れて以来、魔力も極限まで封じられ、十五年もあの教室で日本の能天気な女子中学生と一緒にお勉強させられてるんだよ!!」
「え………そんな………僕、知らな……ゲホ、ゴホッ」
よほど屈辱だったのか金髪の女性は腕をワナワナと震わせ、キッと目を鋭くしてネギの胸倉を掴み上げて理不尽な怒りをぶつける。理不尽とも呼べる憤りをぶつけられたネギは困惑して必須に弁解するも、怒髪天になったエヴァンジェリンの怒りは止まりそうにもなかった
助けを求めようとアスカとアーニャを見たが絶望した。
「登校地獄って学生を無理矢理学校に通わせるアレか?」
「サボってたアスカに校長先生がかけたやつでしょ。でも、あれって十五年も持続するはずがないけど」
「親父がそれだけ出鱈目だってことじゃねえの」
「変な方向に突き抜けすぎでしょ、アンタの父親は」
「俺に言われたってしゃあねぇべ。文句なら親父に言えよ親父に」
ネギから顔を背け、人によっては睦言を囁き合っているかのような距離で顔を突きあわせて二人にはネギを助ける気なんて更々なさそうだった。
そうしている間にエヴァンジェリンは更にヒートしていく。
「三年経てば解きに来るとか言いながらナギは来なかった。しかも十年前に奴が死んでせいでこの呪いは未だに解けん。この馬鹿げた呪いを解くには、奴の血縁たるお前達の血が大量に必要なんだ。だが、なのに……っ!!」
くっ、と歯を食い縛ったエヴァンジェリンの口元には吸血鬼の特徴の一つでもある尖った犬歯が普通の人と変わらなかった。
「魔力だけじゃなくて吸血鬼としての能力も封じられているわけね。血を吸えなければ意味なんかないわけか」
締め上げられている横にいたアーニャが頷くと、テーブルに湯気を上げるティーカップが置かれた。次いでアーニャ、ネギと同じ種類のカップが置かれ、エヴァンジェリンが座っていたソファーの後ろに下がったのはメイド服の少女――――絡繰茶々丸だった。
「はい。今のマスターは満月にならなければ普通の人間と変わりありません」
「茶々丸!? 敵を前にして迂闊に情報を漏らすやつがあるか!」
ネギをソファーに押し付け、茶々丸を振り返りながら怒鳴ったエヴァンジェリンが掴みかかろうとした。だが、その動きを止めたのは何気ないアスカの一言だった。
「親父は生きてんだから待ってりゃいいじゃん」
「なん……だと……?」
「親父は生きてるって言ってんだよ、なあ」
「世間的には十年前に死んだということになっていますが僕達は六年前に会っています。その時に受け取ったこの杖と」
「これが証拠だ」
ネギが六年前に父から受け取った杖を机の上に置き、アスカが同じときに受け取った水晶のアクセサリーを首から外さずに指で持ち上げる。
「寄越せ!」
首に巻いたままのアクセサリーよりも取りやすい杖を奪ったエヴァンジェリンは、暗黒に満たされた世界で見つけた一筋の光に希望を託すように奪い取った杖を見聞する。
手に取って杖を触り、角度を変え、極小の魔力であったが流して調子を窺う。
「確かにナギの杖だ。そんな…………奴が………サウザンドマスターが生きているだと?」
「六年前の時点では間違いなく」
生まれた希望が費えるのを見たくなくて目を逸らしながらも絶望したくないと思っている。だけど、今度こそは、と希望から目の奥が揺れているのを自覚しながらも、エヴァンジェリンは信じられないように問いかける。
エヴァンジェリンは十五年前にナギの杖を見て知っている。
極大な魔力を誇ったナギの杖は魔法発動媒体として極上。魔法世界では知らぬ者のいない有名人なので、まほネットにレプリカが幾つも出回っているが本物と遜色ない物を今までエヴァンジェリンでも見たことが無い。
そしてアスカの着けているアクセサリーは記憶を掘り返せばナギが着けていた物と酷似していた。
魔法剣士であるナギは杖を手放して徒手空拳で戦うことも多いから、杖とは別に常に身に付けられるタイプの最高級の魔法発動媒体を所持していたことも知っている。
これほどの物的証拠。疑う余地はあるが鼻から信じない理由も、またない。
「フ……フフ、ハハハハ、そうか奴は生きているか。そいつはユカイだ。ハ………殺しても死なんような奴だとは思っていたが、そうかあのバカ。まあまだ生きていると決まった訳じゃないがな」
いきなりエヴァンジェリンは思い切り笑いだした。
前後の話しを知らない人間がこの場面だけを聞いたら狂ってるとか思いそうだな、と見当違いのことをネギは思った。だが、仕方のないことかもしれないと同時に考えた。二人の間に何があったかをネギ達は知らないが十五年の間にあった思いはそれほどに強く、そして重い。
「嬉しそうね、エヴァンジェリン」
「ハイ。ここまで嬉しそうなマスターは初めて見ました」
エヴァンジェリンが笑いっぱなしなので、アーニャが茶々丸に話しかけると機械仕掛けだけど何処と無く嬉しそうに見えた。それが本当に人間らしく見えたのでアスカは一瞬であったが見惚れてしまった。
充分に堪能してから笑いの衝動を抑えたエヴァンジェリンは機嫌の良い顔で足を組んだ。
「今の私が気分が良い。言え。貴様らのお願いとやらも内容次第では聞いてやらんでもない」
ここからが本番だと腰を据え、ネギは気持ちを新たにして口を開いた。
「僕達を弟子にして下さい」
「何? 私の弟子にだと? アホか貴様」
居住まいを正したネギが弟子にしてくれと言うと返ってきたのはエヴァンジェリンの呆れたような言葉だった。
「戦い方などタカミチにでも習えば良かろう。お前達は知り合いらしいじゃないか、そっちに頼むのが普通だろう。私は十五年もこの地に封印してくれたサウザンドマスターに恨みがある。その息子達であるお前らの血を吸えば呪いも解けるのだ。ナギのことも呪いを解いた後に探せばいいのだからな。つまり、私は呪いを解くために貴様らといずれ敵になる」
と、ここで言葉を切ったエヴァンジェリンは一息ついた。
「だいたい私は弟子など取らんし面倒くさい」
言っていることは最もなのだが、最後が一番の本音っぽいのは何故だろうか。
「敵対関係にあるのは承知の上で来ました」
最後の言葉は聞かなかったことにしてネギは話を進めた。
「タイプの似ているアスカはともかく、魔法使いとしての位階を上げるならタカミチは向いていません」
「確かにあいつは生まれつき呪文詠唱ができない体質だ。なにより戦士タイプのタカミチに魔法使いの指導は出来んな」
「そうです。それにタカミチは海外に行ってることが多いと聞きました。時間を十分に取れないのであれば、一時の指導を受けるならともかく師とするには忙しすぎる人ですから」
ネギの声音に若干の申し訳なさが混じっているのは、少ない時間ながらも戦い方を教えてくれた師である高畑に対する罪悪感か。
「代価として血を望むなら日常生活に支障がない範囲なら提供も出来ます。どうかお願いします」
「悪名高い悪の魔法使いの薫陶を受けようとも構わないのか?」
誰かに弟子入りを志願する多くの人は、まず自信を失くしている。だから志願するのだが、習得においては謙虚さは都合がいい。ただ発揮する時には邪魔になるが。
謙虚さを表に出してエヴァンジェリンを持ち上げるその言動は嫌いではない。
「構わねぇさ。俺達は強くならなきゃいけねぇ。親父がいる場所に辿り着くまでの力が」
「父さんに並ぶ超高位魔法使いであるエヴァンジェリン以上に優れるだろう師はいそうにありませんから」
謙虚と不遜を垣間見せるネギとアスカの心意気と、その強さを求める背景がナギにあることを察したエヴァンジェリンの琴線を刺激する。あくまでも本気の様子を見せる真剣な表情の嘗ての想い人の息子達の言葉に、ピクリとエヴァンジェリンの鼻が動いた。褒められて悪い気がする人はいないだろう。それも想い人の面影を持つネギがいるなら尚更。
(条件は悪くない)
エヴァンジェリンは示された好条件に、表面上は足を組んで紅茶を一口飲みながら思考する。
どうやらネギ達の目的は強くなってナギを探し出すことにあるようだと当たりをつけ、それは例え呪いから解放されたとしても元高額賞金首で真祖の吸血鬼であることから制約の多いエヴァンジェリンには魅力的に映った。
微量ながらもナギをも上回りかねない魔力量を誇る二人の血液が大した苦労もなく手に入れられるかもしれないと判れば心が揺れずにはいられない。
「宜しくお願いします! 弟子入りを認めて頂けるなら、出来る限りなんでもします!!」
なんでもする、というネギの無防備な一言にいい響きを感じ取って思わずエヴァンジェリンの口の端がニヤリと吊り上ってしまう。土下座までしかねない勢いのネギを見つつ、ソファにもたれ掛って足を組み直す。
「ふふふ………そうかそうか、本気だな?」
「はいっ!」
エヴァンジェリンを言葉の限りに煽てるネギ。
その横でどこか浮かない表情のアーニャに気になったエヴァンジェリンだったが、ここで今までとは違う笑みを浮かべる。
「ふん、よかろう。そこまで言うならな。ただし! 忘れているようだが、私は悪い魔法使いだ。悪い魔法使いにモノを頼む時はそれなりの代償が必要だぞ?」
「よかろう」と言われて思わず顔を綻ばせるネギだが、次のエヴァンジェリンの言葉でその顔が不安そうに歪む。
「まずは足を舐めろ。我が下僕として永遠の忠誠を誓え。話はそれからだ」
己の失策を悟ったアーニャが何かを言う前に、エヴァンジェリンの見た目の年齢相応の小さな足が緩やかに動き、スカートの裾から伸びる白く細い太ももがゆっくりと露になり、ネギの前に差し出され、見下ろして笑みを浮かべて一言言い放つ。
くくくっと漏れるエヴァンジェリンの笑い声に、ネギの顔も引き攣っている。まさかのアダルトな要求にアーニャの顔も引き攣っていた。
ふわぁ、とアスカが欠伸をする声が馬鹿みたいに響いた。