魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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第20話 挑む者

 

 

 村がゲイル一行の襲撃を受ける少し前。大婆に村に入れてもらえなかったネギ達は、村から離れた森の中で待ちぼうけをくらっていた。

 舗装なんてされていない獣道の中で待つことを強いられた中で最初に我慢の限界を迎えたのは犬上小太郎であった。

 

「遅い」

 

 森のど真ん中にある大岩の上で胡坐を掻いて座っていた小太郎は、イライラとした感情を隠しもせずに吐き出した。

 同じ思いを抱いても一行の面々は自制心に長けているので、不機嫌そうな小太郎の呟きに言葉を返す者はいなかった。ただ一人の例外を除いて。

 

「黙っててくれないか、さっきから何度も何度も。こっちまで移って来る」

「おい、兄貴」

 

 黙って瞑想し、時折瞼を開いて大きく溜息を吐いてはまた瞑想を繰り返していたネギは小太郎に文句を言った。

 カモが諌めようとするが口に出した言葉は戻らない。言われた小太郎は待ちぼうけを食らってイラついていたところなのでカチンときた。

 

「おい、ガキ」

「誰がガキだよ。僕と君は同い年じゃないか」

「ガキにガキつって何が悪いねん。口だけはよう回る奴やな。俺に舐め取った口を聞いとったらシバくぞ」

「やれるものならやってみろよ」

「ちょ、二人とも待てって」

 

 売り言葉に買い言葉。カモが止めようとするが二人は既に臨戦態勢。

 

「喧嘩売るいうんか。退屈しとったところや。喜んで買ったる」

「吹っ掛けて来たのは君の方じゃないか。人聞きの悪いことは言わないでくれないか」

 

 論理派と直感派は昔から仲が悪いと言ったのは誰か。この二人はアスカがいないと相性が悪いようで、直ぐに一触即発の状況になってしまった。

 拳を握り締めると小太郎と、杖を持って立ち上がったネギが睨み合う。その間に入ったのは茶々丸と刹那だった。

 

「お二人とも喧嘩しないで下さい」

「こんな所で問題を起こせば島から追い出されます。矛を収めて下さい」

 

 小太郎には刹那が、ネギには茶々丸がそれぞれ抑えにかかる。

 二人ともが小太郎とネギよりも上位の実力を持っているので力尽くで離される。相手の言葉が頭にキタだけで本気で諍いをしたわけではないのでされるがままに任せる。

 

「元気でござるな、二人とも」

「今の状況を見て呑気でいられるお前が凄いと思うよ、私は」

「平常心でござるよ平常心」

 

 やんちゃな子供を眺める老人のような雰囲気を醸し出す楓に、こいつは大物だなと思った真名は単純に何も考えていないだけではないかと勘繰った。限りなくどうでもいいことなので直ぐに忘却したが。

 小太郎とネギは互いのことなんて見たくないとばかりに背を向ける。

 

「「ふん」」

 

 同族嫌悪の逆。対極過ぎて馬が合わないのか。この二人は両方に理解のあるアーニャか耐性のあるアスカがいないと衝突してしまうようだ。

 話を逸らす意味も込めて茶々丸が先のネギの行動を思い返しながら口を開いた。

 

「先程、何度も溜息を吐かれていたようですが」

「頭の中で敵との戦闘をシュミレーションしていたんです。完璧とは言いませんが、ぶっつけ本番で戦うよりかはマシと思って。ですけど」

「結果は思わしくないというわけですか」

 

 コクリ、と頷いたネギに背中を向けていた小太郎は犬耳をピクリと震わせた。だが、何も言うことなく悔しげに唇を噛んだ。

 小太郎の表情を見れる位置にいた刹那は少年の気持ちが手に取るにように分かった。

 悔しいのだろう。敵と戦った中には刹那と小太郎も含まれる。楓と真名を含んだ上でシュミレーションをしたとしても戦闘結果が芳しくないのは容易に察しが付く。それほどに敵は強大なのだ。

 真名と楓の二人には微笑ましいものに見えるのだろう。口を出さずに見守っていたが、真名が何かに気づいたように顔を別方向に向けた。

 

「誰かが近づいてくる」

「敵でござるか?」

「分からん。だが、こっちに向かっていることは確かだ」

 

 暗くなった雰囲気を払ったのは静かに立ち上がった真名の一言だった。

 次いで立ち上がった楓が真名の前に出て敵に備える。

 

「これって血の臭いとちゃうんか?」

「なんでそんな臭いが?」

 

 狗族と人間のハーフである小太郎の嗅覚は近づいてくる方向から漂ってくる臭いをかぎ取って眉を顰めた。

 ネギが杖を持って一番後ろに下がり、茶々丸がその前に立つ。小太郎と共に二人の前に立った刹那は、ガサリと生い茂っている草むらが鳴ったと同時に夕凪に手をかけて抜こうとした。

 

「全員待て。様子がおかしい」

 

 刹那の抜刀を静止したのはまた真名の一言だった。

 その言葉が証明されたのは草むらから現れた人影にあった。

 

「ナルさん!?」

 

 現れた全身血みどろのナル・ディエンバーを茶々丸の影から見たネギは、守り人達のリーダーのあまりの姿にそれ以上の言葉を失った。

 次いで助けなければと踏み出したところで茶々丸に静止される。

 

「落ち着いて下さい。彼が敵でないという保証はありません」

「でもあんなに血が!?」

「擬態ってことを考えや。さっきのことを思い出せ」

 

 茶々丸だけでなく小太郎にまで諌められ、さっきのナルの不満に満ちた様子を思い出したネギは改めてその姿を見る。

 一番前で警戒する楓と真名に武器を向けられても気づいた様子もなく、フラついた足取りで歩いている。刹那が表情を読み取ろうとしているが、血と俯き加減でいることで顔が見えない。

 辛うじて見える口元は微かに動いていて、声は聞こえないが何かを呟いているようだった。

 

「あれが擬態とは思えません。ナルさん!」

「あ、ネギ先生!?」

 

 茶々丸の脇を抜け、止めようとした刹那の横を通り過ぎたネギは一路ナルを目指す。

 静止を呼びかける楓と真名の前に立って、ゆっくりとナルへと歩み寄って行く。

 

「ナルさん、なにがあったんですか?」

 

 最低限の警戒をしながら呼びかける。

 後ろの楓達も何時でも攻撃できるように武器を構えたまま、推移を見守る。

 呼びかけるとナルはネギへと倒れ込んできた。

 罠か、とネギも一瞬疑ったがナルを受け止める。体重差や身長差があるので殆ど押し潰されるようなものだが、魔力で身体強化をしてなんとか持ちこたえる。

 結果として近くなった顔の距離。ネギの耳は間近から発せられたナルの言葉を聞き届けた。

 

「村に…………敵が……大婆様、に…………」

 

 そこまで言ってナルは気を失ったのか、体から完全に力が抜ける。

 

「村に、敵」

 

 その言葉でネギが連想したのはゲイル・キングスであった。

 明晰なネギの頭脳は、このタイミングの良すぎる敵の襲来に瞬時に答えへと辿り着く。

 

「まさか僕達は後をつけられた?」

 

 考えられる限り最悪のシナリオだった。

 ならばナルの怪我も納得がいく。島外の者を嫌うナルがゲイル達を快く受け入れるはずがない。なんらかの理由で出会って戦って負った負傷なのだろう。

 

「アスカ達が危ない!」

「先行くで!」

 

 同じ危機感を抱いた小太郎が真っ先に飛び出した。

 真名の隣を通ってネギを追い越し、村を目指して走り出す。

 

「あ、待って!」

 

 アスカに認められている小太郎をライバル視しているネギも負けじと続こうとしたが、傷を負っているナルに圧し掛かられている現状では迂闊に除けることも出来ずに歯噛みする。

 ネギが治癒魔法を苦手としていることは初日の夜のことで分かっているので、刹那は懐から千草に貰った治癒符を取り出した。

 

「彼は私が。この治癒符を使って下さい」

「手伝います」

 

 手伝いを申し出た茶々丸と共に刹那はネギに圧し掛かるように倒れ込んでいるナルの体を協力して抱える。

 気絶している成人男性の体はかなり重い。機械の体を持つ茶々丸と気を扱える刹那なら支えるのは難しいことではない。

 

「すみません。後はお願いします」

 

 ネギもナルを横にどかすのを手伝い、地面に置いていた杖に跨って小太郎を追った。

 

「龍宮と楓は…………もう行ったか。一言ぐらい声をかけて行けばいいものを」

 

 ネギを見送った刹那は茶々丸にナルの体を支えてもらいながら傷口にペタペタと治癒符を張りながら辺りを見渡して、真名と楓の姿がないことに気づいて気に入らげに僅かに眉を顰めた。

 一刻を争う事態に既になっている状況で急ぐのは当然だが、仲間なのだから勝手に行動するのは止めてほしいと思う刹那だった。

 冷静で慌てない刹那の対応に茶々丸は過去のデータから検証する。

 

「変わりましたね、刹那さん。以前は抜き身の刀のような鋭さがありましたが、鞘に収まったような安心感があります」

「え、そうでしょうか?」

「はい。木乃香さんと仲直りしたお蔭でしょうか」

 

 鈍ったということだろうか、と刹那は思いもしたが違うとは言えなかった。

 刹那自身も明日菜とも仲良くなって木乃香のことだけを考えていた頃とはだいぶ変わってしまったと自覚していた。それが良い事なのか悪い事なのかは刹那にも分からない。

 だが、少なくとも鶴子からは麻帆良に渡ってからの二年間の間に年月分の成長はしていても、想定以上ではなかったと言われている。変な言い方になるが尖っている間は木乃香を気にし過ぎて修行に身が入っていなかったのか。

 春休みに鶴子と素子に課せられた生と死の境界を行き来する地獄のスパルタを乗り越えた時の方が、この二年間よりも強くなった実感がある。その事実を鑑みれば茶々丸の言葉もあながち否定は出来ない。

 大の大人が昔の不良時代を他人の口から身内に説明された恥ずかしさに襲われ、結局はYesともNoとも言えずに口をまごつかせたまま治癒符をペタペタと張り続けるのであった。

 

 

 

 

 

 村までもう少しというところで木の影に隠れる形で留まっている小太郎を見つけたネギ。

 

「小太郎君!」

「シッ、声が大きい」

 

 乗っていた杖から飛び降りて、魔法を使って着地したネギは直ぐ近くなのに村に入ろうとしない小太郎に声をかけるも、即座に口の前に人差し指を当てて抑えろと返事が返って来た。

 

「拙者達の行動の方が遅かったようでござる。敵は既に村に入り込んでいるようでござる」

 

 真名と共にネギよりも先んじて到着していた楓が木の枝の上から村の様子を観察しながら苦渋の表情を浮かべていた。

 小太郎が身を隠す木の枝はネギが一緒になっても隠れるほどの幹の大きさだが、小太郎とは反対側から村の様子を見ようとしても木で遮られている。微かな隙間から様子は窺えるが家の壁程度しか見えない。

 

「ナーデ……」

 

 別の木に隠れて銃のスコープを覗いている真名がポツリと漏らした、彼女らしからぬ弱々しげな声にそちらに向きかけたネギは村から轟いた爆音に意識を移した。

 爆音の発生源である衝撃波は村外れにいるネギ達の所に届き、風圧に木の影から出ている顔の前に腕を掲げる。

 衝撃波は一瞬で通り過ぎたが、本当の衝撃は上げていた腕を下ろした先にあった。

 

「ゲイル・キングス……っ!?」

 

 衝撃波の発生源。内側から爆発したように壁が無くなった家に立つ男であるゲイル・キングスにネギは歯噛みする。

 ネギのいる位置からは背中しか見えないが世界を闇に染め上げるような存在は一度見たら忘れようのない男である。その存在を唾棄すれど間違えることなどありえない。

 

「不味い。エミリア殿が敵の手に落ちたようでござる」

 

 はっ、と楓の言葉にネギがゲイルの背中から視線を動かすと、白髪の少年に囚われているエミリアと少し離れた場所に佇んでいる大婆の姿を捉えた。

 いるべきはずの人間がいないことにネギは焦りを持ちながら目を動かし続ける。

 

「アスカの姿が見えへんな。もしかしてやられたんか?」

「まさかアスカが」

「今の状況になる前に壁が壊された音が聞こえたでござる。恐らくどちらかに攻撃を受けて家の外に弾き飛ばされたのでござろう」

 

 倒された可能性は消えないがアスカが死んだと決まったわけではない。

 見える範囲にアスカの姿がないことに不安は感じるが、信じるしかないと心の中で決めて状況を見守る。

 

「どうしますか? 行きますか?」

 

 ネギは判断に窮して周りに問うた。

 実戦経験ではこの中では一番下であろうことは薄々感づいていたので、生徒や敵視している相手に聞くのは内心で思うところはあったが、急場に自身のプライドを優先するような愚かな真似はしない。

 

「状況を見るに厳しいでござるな。エミリア殿は人質に取られ、他にも多数の村人が包囲されているでござる。刹那や茶々丸殿も合流すれば数的有利はこちらにあるでござるが、正直向こうの実力は拙者の想像以上であった」

 

 上の方の木の枝に乗っている楓を見上げれば、彼女にしては平静を欠いているようだった。その頬に流れているのは冷や汗だろうか。

 冷や汗を掻いているのは楓だけではない。真名も小太郎も、そしてネギもこれだけの距離が開いているにも関わらず、冷や汗が止まらない。

 ガサガサ、と後方から響く草の根にネギは大袈裟にビクついた。

 慌てて杖を向けると、キョトンとした表情の茶々丸が草を掻き分けて現れた。

 

「状況は?」

 

 茶々丸の後ろから現れた刹那が言葉少なに問いかけるのが適切であるのに場違いな気持ちになるのは何故だろうか。

 杖を下ろしたネギに倣うように、構えを解いて武器をそれぞれが下ろす。

 

「ナルさんは大丈夫なんですか?」

「出来る限りの治療はしてきました。眼も覚まされ、自分は放っておいて良いと仰られたので申し訳ありませんが置いて来ました」

 

 刹那の後ろに続く人影がないことから大体の予想はついていたネギは、少しだけナルのことを考えたが直ぐに頭から追い出した。自分で大丈夫と言ったのだから、どうにかなっても本人の問題である。

 ネギ達が考えるべきは問題は直ぐ傍にあった。

 今度はネギが二人に状況を伝えようとした正にその時だった。

 

「させるかっ!」

 

 聞き覚えが物凄くある声が聞こえて、話をしようとしていたネギは振り返っていた顔を大急ぎで元に戻した。

 後ろを振り返った視線の先で雷光が走り、雷光の先で別の光がまた瞬いたと思ったらアスカが現れた。

 獣が敵を見つけたような獰猛な顔を見せるアスカに目立った怪我は見られない。ネギはひとまず双子の弟の安否だけは分かって一息を吐くも、状況は多少の好転は見せているものの最悪から一歩分だけマシになった程度でしかない。

 

「あっ!?」

 

 何を話してるんでしょうか、と聞こうとしたネギよりも早く木の枝に乗っている楓が動揺した声を上げた。

 スコープを覗いている真名、ネギと同じ光景を見ているはずの小太郎も舌打ちをした。

 

「どうしたの?」

「…………村人が一人殺された。あの野郎、やりやがった」

「え」

「落ち着いて下さい、ネギ先生」

 

 小太郎が尖っている八重歯を剥き出しにして憤りながらの発言に、事実を受け止めきれなかったネギは呆然として普通に声を出してしまった。それを混乱の前兆と判断した茶々丸がネギの口を押える。

 ネギは顔色を青くして茶々丸の拘束を振り解くことが出来なかった。

 他の面々が表面上落ち着いているのは、血の臭いや肉眼で既に犠牲者が出ていることで半ば覚悟が出来てしまっているからか。

 少ししてネギが動揺を表面上とはいえ、落ち着けて茶々丸に拘束を解いてもらおうとしたところで再びアスカの叫びが響き渡った。

 

「止めろ――っ!!」

 

 ネギらがいる場所からでも見えた噴き出すアスカの魔力。

 直後、轟音が連続してネギが飛び出しかけたが未だに茶々丸に拘束されたままでは果たせない。

 

「…………駄目だ。一人を弾き飛ばしたがもう一人に押さえつけられた………………あの状態のアスカに当てるとは。腕は衰えていないか」

「どうするでござる? このままではアスカが」

「待ちぃ。様子が変や」

 

 と、刹那が手を放してくれない茶々丸に一声かけてくれたお蔭で解放されたネギの感に触るものがあった。嫌な予感と言い換えてもいい。

 

「行きます!」

「ネギ先生!?」

 

 もう待てなかった。ネギは杖に跨って飛び出す。

 茶々丸が止めようと手を伸ばすがもう遅い。唯一反応した小太郎が並走するのを横目に見ながら飛ぶ。

 木々の群れを抜けて村人達の後ろに出ると、直上から目に見えない何かが落ちてくるのを感じ取った。

 

「アデアット!」

 

 アーティファクトを呼び出して首輪を装着した小太郎とのアイコンタクトは一瞬。それだけでネギは自分が何をするべきかを悟る。

 

「風よ!」

「狗よ!」

 

 ネギが魔法を、小太郎が狗神を無数に放つ。

 風がネギが掲げた手の進行方向に沿って無差別に広がる。地面はコンクリートを固めたアスファルトではないので、風に煽られて砂煙が大量に発生する。それだけに留まらず、村人達の足下から吹き上がった突風が念動力とぶつかる。

 その砂煙の中を狗神が疾走し、村人の足下に到達するとその体を地面に広げる。数十人ほどの村人の足下全てに広がるとその体を呑み込んでいく。

 全ては瞬く間の間に起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲイル達が去ったというのに一向に砂煙が晴れない。

 数秒、長くても十秒程度しか留まらないはずの砂煙が滞留している状況は異常であった。

 

「…………助かったネギ」

「心配かけないでよ、もう」

 

 ネスカ最大魔法である雷の暴風すら逸らしたフォンの念動力で押し潰されたはずのアスカ。砂煙を割って風で念動力を防いだネギが相変わらずの弟に苦笑を漏らす。

 ネギの後ろから小太郎も現れる。

 

「俺にはなんもなしかいな」

「小太郎にも感謝してるって。愛してるって言ってやろうか」

「止めぃ。キモイわ」

 

 苦笑したアスカは本気で嫌な顔をする小太郎から視線を外して、半身を影に沈めた村人達に目を向けた。

 

「良く間に合ったな、あのタイミングで」

 

 砂煙がネギが生み出した風によって晴れる。

 村人達は未だに下半身が影に沈んでいる者も多く困惑は深そうだが、既に亡くなっていた者はともかく念動力によって怪我をした者はいなさそうだった。

 

「ナルさんが僕達に知らせてくれたんだ。間に合ったのはあの人のお蔭だよ」

「あいつが」

 

 いがみ合っていた男の意外な殊勲に表情を綻ばせたアスカの視線の先に、ネギ達の後を追ってきた楓達の姿があった。

 知り合いの名が出て来て大婆は伏せていた顔を上げた。

 

「…………ナルは無事なのか?」

「怪我はされていましたが私達に自分を置いてここに向かえと言ったのは彼です。可能な限り治療は行ったので無事かと」

 

 村の歴史と共に隠し続けてきた秘密を暴かざるをえなかった大婆は憔悴も深い顔ながらも、茶々丸の返答に僅かながら救われたように頷いた。

 

「そうかい。アンタらがいて助かったよ」

「助かってなんていない!」

「…………マリエ」

 

 大婆の言葉を否定しながら立ち上がったのは、先程月詠に殺されかけた母子の女性だった。

 マリエと呼ばれた女性は恐怖で気を失っている子供を抱き抱えたまま、小太郎が生み出していた影が消えて地面に膝を付いているアスカを睨み付けた。

 

「そいつらが結界が張ってあるこの島にアイツらを連れて来たんでしょ!」

「マリエ……」

 

 行き場のない怒りと、大切な人を無惨にも殺された憎しみが責め立てる。

 諌めようとした大婆を静止して、立ち上がったアスカは無言のまま非難を受け止める。

 

「なんで私達がこんな目に合わないといけないの?」

「そうだ! 島外の問題を持ち込んだお前達が悪い!」

「返してよ。あの人を返してよ!!」

 

 マリエを始まりとした村人達の悪意をアスカは唇の端を噛んで一身に受ける。

 村の平和な日常を冒したのはアスカ達の存在が原因であることは事実。非難は尤もで、殺された者もいるので謝って許されることではない。黙って耐えることだけがアスカに出来ることだけだった。

 

「出て行け……」

「出て行け」

「出て行け!」「出て行け!」「出て行け!」「出て行け!」「出て行け!」「出て行け!」「出て行け!」「出て行け!」「出て行け!」

 

 罵倒をされても耐える。耐えるしかない。

 言い返そうとした小太郎をアスカは手で抑え、一歩も退かずに耐え続ける。罪だと、受けるべき罰だと言わんばかりの態度が余計に村人達の気持ちを逆撫でするとしても。

 

「止めぃ――――――――っ!!!!」

 

 村人達の暴走を止めたのは大婆だった。

 今は遠く離れたであろうゲイル達にも聞こえそうなほどの大声。だが、村の長たる大婆の一声は、それこそ魔法のように村人達の時を止めた。

 その場にいた全員の視線を集めた大婆は焦燥も深い表情のまま、持っている杖でカツンと地面を叩いた。

 

「そやつらを村に招き入れたのは儂さね。責があるとすれば大老たる儂にある」

「なにを言いますか大婆様!?」

「そうですぞ。島外の者を庇うとは」

「庇うのではなく事実さね。この方々は巻き込まれただけで、関わる筋合もないのに手助けをして下さっておるんだ。感謝こそすれ、非難する理由はないさね」

 

 疲れたように息を漏らしながら犠牲となった者達の無惨な姿に目を向けた大婆の目に宿った悲しみに、赤ん坊の頃から面倒を見てもらって下の世話すらされた経験の多い村人達に強い反論は吐けない。

 悪戯をして親を泣かせた子供が二度と悪いことを誓うように、大切な人の悲しみは時に悪意よりも心を挫けさせる。

 

「すまないね。村の者が迷惑をかけた」

 

 謝罪にアスカは首を横に振ることで答える。

 エミリアに情報提供されたとはいえ、この島に来る決断をしたのはアスカである。平和な島に乱を持ち込んだと責任を背負う背中は、謝るのも礼を言うのも筋違いだと戒めていてネギにかける言葉を失わせる。

 

「俺は行く」

 

 決意だけを滲ませてアスカは言った。

 

「そうかい。帰るといい。短い付き合いだったが達者でな」

「ああ」

 

 言葉少なにアスカは身を翻した。その足はゲイル達が向かったナマカ山を向いていた。

 大婆もアスカが行こうとしているのが村の出口ではなくナマfカ山であることに気づく。

 

「どこへ行く? お主達が来たのは反対側であろう」

「忘れ物があってな。約束を果たさなきゃなんねぇ」

 

 足を止めたアスカ。だが、その目も足もナマカ山に向いたまま振り返りはしない。

 背中から迸るのは自身に対する怒りか。

 

「ナナリーは助けたかもしれない。でもな、そこにエミリアがいなきゃ駄目だろ。こんな結末を俺は認めない。認めたら俺の魂が穢れる。行かなきゃなんねぇんだ」

 

 強い語気で言い切ったアスカに止まる気がないのは短い付き合いでもある大婆にも分かった。

 歩き出したアスカに内心で笑ったネギは、意識がないアーニャとナナリーに付けられている魔法具を解除しながら近くにいた茶々丸の顔を見上げた。

 

「アーニャとナナリーさんを僕達が乗って来た船に運んでもらっていいですか?」 

「分かりました。直ぐに戻りますのでどうかご無事で」

 

 最短距離を行く為に空を飛べ、子供とはいえ二人を抱えられる茶々丸に頼んだネギは崩れているアーニャの髪の毛を整えて立ち上がり、アスカの肩に手を置く。戦うのは一人ではない、背負うのは一人ではないと伝えるために。

 茶々丸が意識のない二人を抱えて旅立った後に、小太郎が刹那が楓が真名が続く。

 

「ついてくんなよ。これは俺の拘りだ。みんなを巻き込むつもりはない――――――死ぬぞ」

 

 そうやってアスカが喋るのは、自分を後戻りさせないためだった。逃げたかった。今でも逃げ出したい。当たり前だ。けれど、逃げるよりもっと怖いことがあった。

 

「覚悟の上、だよ」

「俺を舐めんな。敵が強いからって逃げるような腰抜けとちゃわう」

「貴方を止められないのと同じように、貴方も私たちを止めることは出来ません。こっちは勝手についていくだけですから」

 

 刹那の見たことのない穏やかな笑みに、腹の底がジンワリと温かくなのが感じられた。気恥ずかしいような、後戻りできなくなるような複雑な気分を味わいながらアスカは皆に目をやった。 

 嘗てない強大な敵との戦いに赴こうしている少年少女達に訊いた。

 

「本当にいいんだな?」

 

 愚問だ、と真名と楓の雰囲気が言葉よりも先に言っていた。

 

「ここで背を向けたら一生後悔することになるような気がするでござる。この選択の結果がどんなものであっても受け入れるござるよ」

 

 アスカは否定しようと思った。だが、それを否定するのは間違っている気がする。代わりに真名が、そっと囁いた。

 

「戦いに赴くのなら道ずれは多い方が良い。なに、私にも戦うべき理由がある。君は君の道を行くといい」

 

 言い切った黒色の瞳は、まるで天宮を支える不動の石だった。

 真名は大きな戦いを目前に控えながら、その気配は凪のように静かだった。穏やかに微笑んでさえいる。余裕――――があるわけではないだろう。彼女はこの場にいる誰よりも多く修羅場を経験している。もしかしたらアスカよりも。このような危機的な状況でも凪を保っていられるだけの胆力を身につけているのだ。

 

「何故じゃ、何故そこまでしてくれる? エミリアはお主らとそんなにも親しかったのか」

「ぶっちゃけて言えば昨日今日顔を合わせた程度の仲しかねぇ。でもな、それでも戦う理由はここにある」

 

 大婆の声に顔だけ振り返ったアスカは、拳を握り締めて一語一語噛み締めるかのように言葉を紡いだ。大婆へ向けてというより、内なる自分自身に対する決意の言葉だったのかもしれない。

 

「死にに行くようなものさね。エミリアのことはええ。お前達だけでも逃げな」

「もう誰も見捨てないって決めた。エミリアを見捨てたら俺が俺でなくなる。止まれねぇよ」

 

 信念というのは貫かなければならないものではない。何があっても貫きたいと思う強い気持ちのことを言うのだ。

 

「じゃあな、婆さん。忠告感謝する。生きてたら、また会おうぜ」

 

 その遺言とも取れる言葉だけを残して、大婆と村人達の見ている先でアスカ達はナマカ山へと向かって行ったのだった。

 村人達も大婆もその背中を見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両肩にそれぞれアーニャとナナリーを抱え、腰部分と両足裏のバーニアを全開にして空を飛ぶ茶々丸。

 

「センサーに感なし。目的地まで後数十秒」

 

 備え付けられている感知系の電子機器を稼働して敵性存在を警戒しながらも全力飛行は止まらない。

 目論み通りエミリアを奪取して、大婆から生贄の地であるナスカ山のことを聞き出していたゲイル一行が今更茶々丸らを狙うとは考えにくいが、警戒し過ぎるに越したことはない。

 茶々丸が抱える二人がまた敵に捕まるようなことがあれば戦況は、最悪の一歩手前を通り越して絶望へと堕ちる。

 与えられた任務に基づき、飛行を続ける茶々丸のセンサーが程なく目的地である乗って来たボロい漁船を捉えた。

 

「船上に熱源反応? それも二つ……」

 

 ガイノイドであり、機械的な感覚器官で人間よりも遥かに早く情報を察知できる茶々丸はセンサーに二つの熱源反応をキャッチした。それも目的である船の上に、である。

 敵かと思ったがその可能性は低い。言っては悪いが既にアーニャとナナリーに人質としての価値は薄い。数的優位に立っていようとも純粋な実力で上回るゲイル一行が今更人質を取ろうとするとも考えに難い。考え難いだけで皆無ではないので茶々丸も警戒していたわけで、敵二人に先回りされている可能性もないわけではない。

 敵性存在か、それとも別の相手か。茶々丸がセンサーの感度を上げてデータと照合するのは当然の流れだった。

 

「データベースにヒット有り。神楽坂明日菜と宮崎のどか…………何故?」

 

 熱量の大きさ、感度を上げたセンサーで捉えた各種データの数々が熱源の正体を正確に言い当てていた。

 正体が判明すれば、何故ここにいないはずの人間が二人もいるのだと茶々丸の電子脳が答えを導き出せずに熱を上げる。

 明日菜はともかく一般人ののどかがいることから最初から船に乗っていたと予想するが、ならばどうして自分達は密航者の存在に気づかなかったのかと新たな謎が生まれる。

 

「聞けば分かることです」

 

 と、幾万通りの方策が電子脳で導き出され、その殆どが不可能として斜線を引かれたが最終的には当人達に聞けば分かると結論付ける。

 これでも茶々丸なりに混乱しているのかもしれない。

 もう少しで人間の目でも目視できる距離に船と茶々丸が近づくと、バーニアが発する音もあるのだろうが明日菜が早くも気づいたようだった。 

 

「信じられない五感です、明日菜さん」

 

 茶々丸の拡大された視線の先で明日菜が隣ののどかの肩を叩いて頭上を指差している。

 試しに茶々丸が軌道を変えるも、明日菜が指し示す指先は外れない。きちんと目視出来ている証拠だった。

 明日菜ほど五感が優れてないのどかは信じられない様子だったが、やがて茶々丸が彼女にも目視できる距離まで近づくと驚いた顔をしていた。

 おかしいのは明日菜だと結論付けた茶々丸は、前進する勢いを徐々に弱めてボロ漁船の上空からゆっくりと降りて行く。

 

「茶々丸さん!」

 

 意識のない二人を慮って安全運転で降りて来た茶々丸に真っ先に声をかけたのは明日菜だった。

 しかし、茶々丸は明日菜に答えることなく両肩に抱えていたアーニャとナナリーを床にそっと置く。

 

「大丈夫なの、二人は?」

 

 どうして敵に捕まったはずの二人が茶々丸が連れていたのかは分からないが、明日菜にとっては身の安否の方が重要である。

 

「魔法か魔法具によって眠らされているものと推察されます。怪我もありませんから自然と効果が切れるのを待つか、効果を解除することが出来れば自然と目を覚ますでしょう」

 

 それよりも、と問いながら膝を曲げて二人にそっと触れた明日菜に茶々丸はハッキリと怒りの混じった目を向けた。

 明日菜が二人に触れた瞬間、アーニャとナナリーの瞼がピクリと震えたことに茶々丸は気付かない。

 

「確認の為に聞きますが、お二人が密航できたのは超の手引きですか?」

「そ、そうよ」

 

 物静かで冷静沈着。悪い言い方をすれば感情を表に出さない。というのが茶々丸のクラス内でのイメージである。

 そんな茶々丸が怒気を滲ませて詰問してくるのに、密航したことに対する後ろめたさがあった明日菜はどもりながらも頷き、足元に置いてあったレインコートを拾い上げた。

 

「このレインコートを着れば一流の達人や茶々丸さんの電子機器にも引っかからないって貸してくれたの」

「………………」

 

 発せられる威圧感に竦みながらも答えた明日菜。だが、茶々丸は言葉を返さない。眉尻を顰めての攻撃的な沈黙だった。

 明日菜はゴクリと唾を飲み込む。乾いた喉に張り付いた唾液の感触がぎこちない。

 

(やはり超が…………。しかし、何のために二人を?)

 

 実際には創造主の一人である超鈴音の思惑が分からなくて、過去のデータから類似する思考パターンを割り出そうとするも果たせない。機械故の論理的な思考に囚われた茶々丸の限界だった。

 のどかに聞かなかったのは、彼女が「茶々丸さん、飛んでた…………。え? え? え? ロボットなの!?」と耳の突起や頭の後ろのゼンマイに各関節の異常さに今更ながらパニックに陥っていて聞ける雰囲気ではなかった。

 

「二人を助け出せたってことは勝ったってこと? どうなのよ、茶々丸さん」

「…………その前に聞かせて下さい。どうしてお二人は超の手伝いがあったといってもこの船に乗り込んだのですか?」

 

 質問に対して別の関係のない質問を被せることは失礼に値するだろうがこの時の茶々丸は構わなかった。

 二人なら超の目的を聞いているかもしれないと考えての問いだった。

 

「私はみんなが心配だったから……」

「わ、私は超さんがネギ先生の秘密を知りたいなら明日菜さんに付いて行けってそれで」

「事情は、分かりました」

 

 結局、超の目的は何一つ分からずじまいであることだけが分かって、茶々丸が感じ取った感情は人間でいえば落胆にも近いものだった。

 

「ど、どうして手引きしたのが超さんだって分かったんですか? もしかしてなにか不味かったでしょうか?」

「そのような発明品を開発できるのは超か葉加瀬ぐらいなものです。このような行為に出るとしたら超の可能性の方が高いと、それだけのことです」

 

 目の前で魔法関係の話をしといて今更だが、のどかは過去係累を幾ら遡っても魔法や異能とは全く関係のない至極真っ当な一般人のはずである。遅まきながらその事実に気づいて、割と焦っている茶々丸だった。

 明日菜に目をやれば彼女もどうしたものかと困惑した様子であった。もしかしたら茶々丸が来るまでに一問答あったのかもしれない。

 

「あの、ネギ先生達はどうしたんですか?」

「いえその、えと……」

 

 困惑しながらも嘘は許さない強い眼差しで問われたら黙っているわけにはいかない。茶々丸が二年と少しの間に構築してきた性格は、これほどに必死に問われたら否とは言えないものになっていた。

 上手い誤魔化しもできなくて口ごもる。こういう時、製造されてから二年と少ししかない経験の浅さが足を引っ張る。

 

「明日菜さん。あなたは今回のことがどれほどの大変なことか理解しているはずです。なのに何故こんなことをしたのですか?」

 

 と、のどかが言ったことを聞かなかったことにして、誰がどう見ても責任転嫁としか思えない状況を作り出す。

 論理的ではない思考に困惑したのは、言われた明日菜ではなく言った茶々丸当人の方だった。

 

(私は何を……?)

 

 困惑は強く、どこかにエラーが発生しているのかとチェックしても異常はどこにもない。

 一度吐き出した言葉は二度と戻ることはない。

 それでも茶々丸が選んだのは謝罪ではなく更なる詰問だった。

 

「明日菜さん」

 

 茶々丸に強い口調で詰問された明日菜が毅然とした表情で顔を上げた瞬間だった。

 島が爆音で揺れた。

 

「「「!?」」」

 

 島の中心部に聳え立つナマカ山の辺りから火山が噴火したような爆音が轟いて、その衝撃は島から数百メートル離れた船すらも揺らした。

 島の方向からやってくる衝撃が高い波を生み出して船を揺らし、堪えることが出来た茶々丸と咄嗟に近くの船首を掴めた明日菜と違ってのどかは立っていられずに倒れ込んだ。

 

「のどかちゃん!?」

「下手に動かさないで下さい。頭を打っている可能性もあります」

 

 衝撃は一回のみで波は何度もやってくるが茶々丸と明日菜ならば耐えられない程ではない。倒れ込んだまま起き上がらないのどかに駆け寄った明日菜を静止した茶々丸は、ゆっくりと頭部を持ち上げて触った感触を確かめる。

 

「感触からどうやら頭は打っていないようです。あの大きな音と倒れ込む際に頭を揺らしたことで気を失ったのでしょう」

 

 大事に至ってはいなさそうなので安心しながら、これはこれで都合の良い展開であると茶々丸は判断する。

 のどかが気絶している間に事態を収め、全員で口裏を合わせてしまえば気が強い方ではない彼女ならば追及することも出来ないと考えた。

 解決したわけではないがのどかの状況は好転しているので、この案件に使っているメモリを他に振り分ける。

 先の爆音と衝撃で可能性が高いのはアスカ達の行動を考えれば決まっている。

 

「もう戦いが始まってしまっている」

「え?」

 

 自分が戻る前に始まってしまった戦いに焦りを覚えた茶々丸は迂闊にも明日菜の前で口を滑らせてしまった。

 

「三人をお願いしますっ!」

「ちょ、ちょっと待って私も!」

「お願いしますと言いました!!」

 

 語気も荒く、背中と足裏のバーニアを全開にして船上から飛び上がる。目指すは戦いの舞台になっているだろうナマカ山である。辺りを警戒せずにバーニアに食わせて加速装置であるブースターを作動させて、ナマカ山へと向かおうとする。

 しかし、後少しで島の空域に入ろうとした瞬間、茶々丸は見えない壁に弾かれたように弾き返された。

 

「これは…………概念結界!? それも今までにない高度な術式」

 

 衝撃によるダメージを出しながら、機械で魔法的な事象を解析するために備え付けられている目を通した茶々丸の視界には、島全体を覆う巨大な結界を目撃する。

 超や葉加瀬の手によって、エヴァンジェリンの知識をデータベースにインプットされているにも限らず、欠片も解析できない結界を前に茶々丸は腕を差し出した。

 

「解析できない程度で諦めるわけにはいきません。マスターに任されているのです。侵入を拒むタイプの結界と推定。結界解除プログラム始動」

 

 茶々丸の内でモーター音が駆動する。

 0と1の世界で概念結界を解析しようと全ての機能が集約される。この時代ではありえないオーバーテクノロジーと六百年を生きるエヴァンジェリンの知識を融合された科学と魔法の融合。その全能力が目の前の結界を破壊せんと挑む。

 

「!?」

 

 しかし、結果は無残なものだった。

 結界を破ろうとした反作用か、茶々丸は弾かれた。神に挑んだ哀れな人間を憐れむように全能力を傾けていた茶々丸は墜落する。

 

「茶々丸さん!」

「大丈夫です、明日菜さん」

 

 かなりの距離を弾き飛ばされて船の上に落ちて来た茶々丸を受け止めようと腕を広げた明日菜だったが、その前に茶々丸はバーニアを吹いて体勢を立て直す。

 

「感謝を。気持ちだけ、ありがとうございます」

「ああ、うん」

 

 一瞬だけバーニアを吹かして船上に危なげなく着地した茶々丸を前にして、受け止めようとした明日菜の腕は向き所を失う。

 感謝されようがどこかスッキリしない気分で上げていた腕を下ろす。

 

「でも、どうしたの? いきなり空中で止まってたけど」

「この島には侵入者を阻む結界があるようです。一度出てしまったので入れなくなってしまいました」

「ん? アスカ達は普通に入ってたじゃない」

「恐らく島の人間、もしくはその血縁が一緒の時には結界は解除されると推定されます。それ以外の方法での突破は容易ではないでしょう」

 

 茶々丸は改めて島の結界を仰ぎ見る。

 結界を張った術者は現代ではありえぬほどの力量のようで、ただでは弾かれずに末端とはいえ解析に成功していたのに先程から術式が更に変化している。解析されたことに反応して術式が変化するような術式が組み込まれているのか。

 

「エヴァちゃんなら」

「マスターでも、です。結界を張った者は、この分野ではマスターを遥かに上回る技量を持っています。地脈の力を組み上げているので、正攻法もそれ以外の方法でも破るのは無理かと」

 

 これほどの結界で守られた伝承ならば信憑性も湧くだろう、と明日菜に語りながら結界破壊の方法を模索している茶々丸は、与えられた任務をこなす為の最適解を求め続ける。

 アスカらのような直感など存在しない茶々丸は思考し続けるしかない。そして論理で動く者は直感で動く人間の行動を予測できない。

 

我は汝が一部なり(シム・トゥア・パルス)、アスカ・スプリングフィールド!」 

 

 明日菜は魔法使いと仮契約を結んだ者が契約者の魔法使いから魔力を借り受ける呪文を唱えると、アスカから借り受ける白い魔力の光が全身を覆い、閃光のように船首を蹴って飛び出した。

 明日菜が唱えたのは、カモに事前に聞いていた魔法使いからの魔力供給ではなく、従者から主の魔力を引き出す魔法であった。

 魔法使いが眠りについていたり意識を失っていたりした場合、魔法使い自信が呪文を唱えて魔力を貸し与えることは出来なくなってしまう。しかし、そのような場合も、魔法使いと仮契約を結んだ者は、魔法使いの身を守らねばならず、そのために、自ら魔法使いから魔力を引き出す呪文がこれである。しかしながら、魔法使い自身が自ら魔力をコントロールするのとは異なり、その魔力運用には無駄が多い。

 それはともかく。

 力の使い方を、アスナは知っている。

 力の使い方を、明日菜は知らない。

 明日菜は自分ならばこの力を使えると信じれた。

 

「壁なんてものは叩き続ければ壊れるものよ! アデアット!!」 

 

 明日菜には目の前の結界は自分が叩けば壊れるという不思議な確信があった。

 確信のままにアーティファクト『ハマノツルギ』を呼び出すと、大剣(・・)を両手に握って一歩目の踏み出して何十メートルも跳躍する。

 眼の前の結界など、己の前には紙屑同然だとアスナは知っている。

 眼の前の結界など、己の前には紙屑同然だと明日菜は知らない。

 明日菜は自分にはこの結界を破壊することが出来ると確信していた。

 

「はぁああああああああああああああ――――――――っっっっ!!」

 

 雄叫びと共に背の後ろに回していた大剣を目前に迫っていた結界へと叩きつけた。

 結界はまるでガラス細工のように甲高い音を立てて壊れる。

 

「やった!」

 

 超高位魔法使いであるエヴァンジェリンですら破壊できないはずの結界をいとも容易く崩した明日菜は、己が為した偉業がどれほどの意味を持つかを知る由もなく空を飛ぶ術を持たないので呆気なく海に落ちた。

 

「明日菜さん…………一体、あなたは。いえ、今考えることではありません。この事態を活かさなければ」

 

 三人を残していくことに不安はあれど、明日菜こそが状況を好転させるキーパーソンになるのではないかと機械にあるまじき予感を覚えながら、バーニアを吹いて空へと飛び上がった。

 

「ん、ぅ……」

 

 茶々丸が飛び立った直後、揺れた船上でアーニャの瞼がゆっくりと開かれていくことに気づく者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナマカ山の麓から続く大洞窟。入り口を遮るように現れた門番に始まり、立ち塞がる神獣や妖精・精霊を除けて辿り着いたのは何もない空洞だった。

 

「ここが祭壇……」

「……………」

「何もないように見えますえ。つまらないです」

 

 目的地に辿り着いた中で呆れ以外の感情を表しているのはゲイルだけだった。

 黙したまま周囲をそれとなく警戒するナーデは置いておき、真っ向から感情を表に出した月詠とまではいかなくてもフェイトもあまりの何もなさに呆れているようだった。

 三人とは違ってフォンは、生贄の地をくまなく探し、普通の学校の体育館よりも遥かに大きい空間の中で目立つ、ただ一つだけ異質な穴を見つけた。

 

「違うとすればこれぐらいか」

 

 遥か頭上で開いている穴から漏れる太陽の光が地上の穴へと降りていて、光に照らされているはずなのに穴の底は見えない。

 

「月の魔力が満ちる時、光の道が出来る。そこへ生贄を捧げることで水が湧き出す。伝承通りだ」

 

 どちらかといえば感情を表情に表すことのなかったゲイルが喜悦も露わにしながら語る。

 

「じゃあ、夜まで待たなあきまへんの? 退屈やしませんかアシュラフはん」

「もう何年も待ったのだから数時間ぐらいどうってことない」

「うちは退屈ですわ。そうや、フォンさん。ちょっと殺し合いません?」

「しねぇよ。お前と殺り合うとしつこいからもうしねぇ」

「フェイトはんは?」

「僕もパス」

「みんないけずやわぁ」

 

 暇潰しで殺し合いを提案してくる月詠にゲイル以外の全員が閉口する。

 相変わらずフェイトは傍からでは感情が読み難いが、月詠から少しだけ距離を取っていることから好き好んで殺し合いをするつもりはないのだろう。

 フォンは以前に付き合わされたので、もうコリゴリだと言わんばかりに獲物のハルバートと肩に担いでいるエミリアを抱え直す。

 ナーデなどは関わる気がないと言わんばかりに態度。

 誰も相手をしてくれないことに頬をプクゥと膨らませた月詠にゲイルが笑いかけた。

 

「それほどに殺し合いがしたければ外で待っているといい。直に獲物が自分から現れよう」

「ん~、ほんまでっか? 一般人が来たってうちの渇きは治りませんで」

「先の村にいた英雄の息子の仲間がいるだろう。人数だけは多少いたのだ。退屈を紛らわすぐらいは出来よう」

 

 その言葉の最中にゲイルがフェイトを見たのは、彼がアスカ達をわざと見逃したことを見抜いているのか。計略を立てて人を欺くことには人一倍長けている男なので、フェイトは表情一つ動かすことなく受け止める。

 全てを抜いた上で試しているのか、ゲイルは特に追及することなくフェイトから視線を外す。

 

「そら、来たぞ。そう時間もかかるまい」

 

 隠す気がないのか、それともゲイルが張っていた警戒網に引っ掛かって隠れて行動することが出来なかったのか。

 どちらにせよ、弱くとも敵と断定できる者達がやってきて万が一にも祭壇を破壊されればゲイルの願いは叶わない。

 

「夜が満ちるまでにはまだ時間がある。この祭壇を壊されるわけにはいかん。各自、迎撃に当たれ」

「了解!」

「…………ああ」

「了~解です♪」

「分かった」

 

 この仕事の最後の命令を下したゲイルは、各々が返事をして大洞窟の外に向かうのを見ながら邪悪に唇を歪めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナマカ山を目指していたアスカ達一行にも大洞窟から出ようとしているフェイト達の強大な気配を捉える。

 かなりの距離があるがゲイル達は気配を隠す気など更々ないように大きい。魔法を使わなくとも感知能力が高いアスカには十分に感じ取れる距離と気配の大きさだった。

 

「奴らの気配だ!」

 

 先頭を走っていたアスカが並走しているか若干後ろを疾走している仲間達に警告する。

 この場に決死の思いで戦いに来たのだから仲間達も既に覚悟は出来ている。それでも敵の存在を告げられて心や表情に一瞬の細波が走る。

 

「テメェら覚悟を決めろよ! もう直ぐだ!」

 

 後ろを振り返ることなくアスカが叫ぶ。

 鼓舞するように放たれた叫びは仲間の動揺を感じ取ったのか。グンとスピードを上げて並走していたネギと小太郎の前に出た背中はそれ以上の言葉を語らなかった。

 どのような顔をしているのか、どのような気持ちを抱いているのか、後ろにいるネギに推し量ることは出来ない。

 推察することに意味はないと分かっていても、一度は殺されかけた相手にまた挑める精神を前にすると双子の兄であるネギですら理解できない面がある。

 

(昔から無鉄砲なところはあったけど…………何時も通りか。六年前もキレて悪魔を殴り飛ばしたぐらいだし)

 

 小さい頃から死ぬと確定した戦いに身を投じるような男だったろうかと考えて、可能な限り思い出したくもない六年前にアスカの行動が蘇って来て直ぐにその考えを否定する。

 あの時の状況と今の状況と、はたしてどちらが悪いのだろうかと戦いを前にして現実逃避にも似た思考を脳裏を過る。

 

「ボケっとすんなネギ!」

「わ、分かってるよ!」

 

 前を向いていても後ろには気を配っているのか、アスカの叫びにネギは動揺しながらも強い声で言い返した。

 戦いを前にして意識を別に向けるなど言語道断。戦闘には慣れているが殺し合いには慣れていないネギを見た小太郎は顔を逸らした。

 

「ぷくく」

「笑うな!」

 

 悪いのは自分であると自覚はあるが小太郎に笑われると納得できないものがあるのか、怒髪天を突かんとばかりに気勢を上げるネギ。

 

「二人ともこんな時に止めて下さい」

「戦いを前に余裕があるのは良い事でござるが、余裕がありすぎるのも問題でござるよ」

 

 喧嘩腰で睨み合う二人を止めようとする刹那と諌めようとする楓。

 そんな四人を最後尾で眺めていた真名は静かに二年前も握っていた愛銃をその手に持って我関せず。意識は完全に戦いに向いていた。

 村から出立した時は打って変わってチームワークの欠片も無い五人に、一人杖に乗って疾走するネギの肩の上で快適な空の旅を満喫しているはずのカモが前足を上げた。

 

「緊張を解すのはいいけどよ。アスカの兄貴が焦れて一人で突撃してるぜ」

「ああ!?」

「何時の間に!?」

 

 ネギと刹那が慌ててもアスカは大分離れた前方を驀進していた。何時もならこういう場で積極的にムードをぶち壊すのはアスカなのに役を取られて不貞腐れているのかもしれない。

 遅れている一行の中で小太郎が真っ先に飛び出したことがネギの神経を逆撫でする。今回の戦いでアスカの相棒を努めるのが自分ではなく小太郎であることが特に。

 

「小太郎君!」

 

 それでもこれまでずっとアスカの相棒をやってきたネギだからこそ小太郎に言わなければならないことがあった。

 

「なんやねん」

 

 名前を呼ばれた小太郎は嫌々ながらも走るスピードを緩めることなく顔だけを横にやってきたネギに向ける。何気に世話焼きなところがある刹那などはハラハラとした様子でまた喧嘩をするのではないかと二人を見ていたりする。

 

「アスカを頼む」

 

 心底からうざったいという感情を表情に乗せて放たれた言葉に返ってきた言葉は小太郎の予想の範囲外だった。

 互いに性格が合わないこともあって嫌みの一つでも言われるのかと思ったらまさかの「アスカを頼む」なんて信頼全開の言葉を向けられたのだ。耳にアスカのアーティファクトである『絆の銀』を付けた小太郎は動揺した。

 

「今回は剛腹で信じられなくてありえなくて最悪で最低なことに、君がアスカの相棒を僕の代わりに務めることになってる」

「失礼なやっちゃの。つか、どんだけアスカのこと好きやねん」

「家族が好きで何が悪い」

「…………俺が悪かったからそんな怖いすんなって。人間、スマイルが一番やぞ」

 

 笑って笑って、とネギの琴線に触るワード第一位の『家族』に触れてしまって気圧されてしまった小太郎は下手に出るしかない。

 ヒヨッた小太郎の態度に満足したのか、一瞬で感情を素に戻したネギは改めて表情を引き締める。

 

「アスカを頼む」

「そこで戻すんかい」

「今回は君がアスカのパートナーだ」

 

 魔法に頼りきりで六感で気配を感じ取る能力が低いネギでも敵を感じ取れる距離まで近づいている。流石にこれ以上は無駄話をしている余裕も無いので呆れている小太郎を無視して話を進めるネギだった。

 

「本当なら認めたくないけど、アスカが()一番強くなれるパートナーは君だ。僕じゃない」

 

 殊更に「今」を強調しているところにネギの気持ちが出ているのを、後ろで聞いていた刹那は感じ取った。

 刹那は朝の会話を思い出す。

 

『この中で一番強いのはアスカとネギ坊やが合体したネスカだ』

 

 この島に来る前に、この面子の最強戦力であると言ったのは全員を知りネスカと戦ったエヴァンジェリンである。

 

『私を上回る魔力にネギ坊やの魔法とアスカの近接能力が合わさり、遠中近と苦手な距離はない。逆に言えば特化した能力や距離がなくて没個性になりがちだが、そこは二人の特性が上手く噛み合っている。今の二人が合体したところで極大の魔力による力押しでは本物(・・)には勝てんがな』

 

 エヴァンジェリンが言った本物――――フェイト・アーウェンルンクスにネスカでは勝てないことは、ネギもアスカもその身で十分に分かってしまった。

 アスカのアーティファクト『絆の銀』は他人に譲渡は出来ない。片方は必ずアスカに限られ、ネギ以上に相性の良い者はいない。どうやってもネスカ以上の戦士は生まれえないのだ。だが、相性が良ければ足し算どころか乗算以上の効果を生むアーティファクトを使用しないなどありえない。

 そしてネギ以外に白羽の矢が立ったのが小太郎だった。 

 

「アスカと良く似た単純で直情的な性格。これは理知的な僕にはとても真似出来そうにない。羨ましいぐらいだよ」

「なあ、楓姉ちゃん。俺は貶されとるんか?」

「ネギ坊主は偶に素で毒を吐くでござるからな」

 

 殴ってええかこいつ、と小太郎の同意を求める言葉に否定も肯定もしていない楓に、上手い躱し方だなと内心感心したのは刹那だけである。

 

「なんといっても君のアーティファクト『繋がれざる首輪』の能力強化の効果が大きい。認めたくないけど君に託すしかない」

「ネギ……」

「恥を忍んで頼む。アスカを君に任せる」

 

 強い眼、強い言葉で言い切ったネギに小太郎は今までの蟠りが解けていくのを感じ取った。

 

「男にここまで言われて応えな男やないで。アスカのことは任せろや、ネギ」

 

 和解のアクションだと言わんばかりに小太郎は並走するネギに向けて拳を突き出す。

 小太郎からの歩み寄りにネギもまた拳を以て答える。

 

「勝とう」

「当然や。俺は負けるつもりで戦う気はないで」

 

 ゴツン、と痛みすら感じる強さで拳をぶつけ合った二人の大分前で、自分を巡っての小っ恥ずかしいやり取りをされたアスカの耳は林檎のように真っ赤なのを真名だけは見逃さなかった。

 

「…………いた!!」

 

 それから少し走って、遂にアスカ達は大洞窟の前に陣取る敵の姿を捉えた。

 事前に決めていたようにネギが詠唱を唱える。

 

風よ(ウェンテ)!!」

 

 直進するネギの直線状に風が吹き荒れ、疾走するアスカ達の姿を隠して大洞窟前の空間が砂塵で埋め尽くされる。

 

「小癪なんだよ!!」

 

 視界を覆い尽くす砂塵を鬱陶しく思ったフォンが獲物のハルバートを振るい、その風圧で砂塵を払いのけようとした直後に飛びこんでくる十数の気配。

 敵のなんらかの術や魔法であることは間違いない。視界を遮る砂塵を払うために獲物を振るうことは、同時に自分の隙に繋がりかねない。フォンが躊躇った一瞬に動いた人影があった。

 

「入れ食いですわぁ」

 

 ゆらりと月詠が動くと仲間であるはずのフェイト達が回避行動に移った。念動力で十数の気配を纏めて叩き潰そうとしていたフォンも続かざるをえない。

 フェイトらの回避行動の意味が分かっていないのか、飛びこんできた十数の気配は構わず直進する。回避の「か」の気配もない。

 

「神鳴流奥義…………二刀・百烈桜華斬」

 

 動き出しは緩やかだった。しかし、二刀を以て再現された神鳴流の奥義は、その緩やかな動き出しとは違って苛烈な剣閃を無数に放ち、十数の気配を一瞬で寸断する。

 寸断した中に実体が混じっていないことは斬った感触で分かった月詠だったが落胆はしなかった。

 

「月詠ぃっ!!」

「ああ、センパイやぁ」

 

 自分と同じはぐれ者である刹那が掻き回された砂塵を割って向かってきたのを受け止めれば落胆など覚えるはずもない。

 体格差と技後硬直で気の練りが甘い月詠は、刹那の体当たりにも近い打ち込みを二刀で受け止めて飛ばされるに敢えて任せた。

 

「ちっ、月詠!」

「お主の相手は拙者でござる!!」

「私達も混ぜてもらおうかしらマナ!」

「やってやるナーデ!」

 

 月詠が刹那と共にこの場から離れて行くことを感じ取ったフォンに複数の分身で体当たりを仕掛ける楓。

 月詠達とは反対方向に弾き飛ばされたフォン達を追って示し合わせたようにナーデと真名が後を追う。

 

「残ったのは僕だけか」

「いいや、お前もこの場から離れてもらうぜ!」

「俺達に倒されるためにや!!」

「君達程度では無理だよ」

 

 気配と声からゲイル一行の中でただ一人残ったと感じ取ったフェイトは、愚かにも声を放つ二人がいる方角へ向けて片手を掲げる。二人の作戦はフェイトには幼稚すぎた。

 フェイトが障壁突破・石の槍を放てば間違いなく二人を貫く。しかし………。

 

「来れ地の精 花の精 夢誘う花纏いて蒼空の下、駆け抜けよ 一陣の嵐 春の嵐!!」

 

 砂塵を抉り取るように旋風が自らへと直進していた。

 幼稚すぎる策だと思って離れた場所で詠唱していたネギの気配探知を怠ったフェイトの油断だった。

 フェイトは放とうとしてた障壁突破・石の槍をキャンセルして障壁に力を注ぐ。直後、凄まじい轟音を立てて春の嵐が強化した障壁にぶち当たった。

 

「くっ、無駄に魔力を込めて…………!」

 

 片手で受けきろうとしたフェイトに咄嗟に両手を使わせるほどに込められた魔力は甚大。魔力を全て注ぎ込んだのではないかと思うほどに、普通の春の嵐よりも強力であった。

 しかし、もう少しで春の嵐が途切れると、徐々に障壁にかかる圧力が減っていることから察することが出来た。

 

「確かに俺達は一人一人は弱い。でもな、力を合わせればどうだ!!」

 

 なのに、障壁を突破しようと轟音を発する中で信じられない声がフェイトの耳に届いた。

 信じられないことに春の嵐の中からアスカと小太郎が特攻していた。なのに、その身には春の嵐の影響は殆どない。中級魔法ではあるが中心部を直進しながら、二人が服が切り裂かれ肌に多少の裂傷を負うだけに留められるのは信じられないほどのネギの制御能力であってこそ。

 

「「合体!!」」

 

 小太郎と共に突撃していくアスカの姿が重なる。

 春の嵐が掻き消え、砂塵が掻き回されて余計に悪くなっている視界の中で光る一条の光。

 

「よっしゃ――――っっ!!」

「!?」

 

 ネスカとはまた別の気配にフェイトもまた一瞬の驚きを得る。

 

「アスカと小太郎が合体してアスタロウや! 以後、お見知りおきおってな!!」

 

 目の前のアスタロウと自らを称した存在から魔力と気が同時に発現されて、フェイトは十年振りの隙を生み出してしまう。

 アスタロウはその隙を逃さない。右手に力を集めて障壁に叩きつけた。

 

「!?」

 

 堅牢を誇る魔法障壁が「アスカ+小太郎=アスタロウ」の一撃によって罅が入った。莫大な魔力を込められた春の嵐とアスタロウの全力の一撃によって障壁が限界を超えようとしているのだ。ネギの春の嵐があってこそだが、その拳の一撃の威力は中級魔法にも匹敵するということか。

 アスタロウの実力では罅など入るはずがない。そうタカを括っていたフェイトの表情に小波のような感情が走った。

 

「いっけぇぇえええええええええええええ!!!!」

 

 障壁はまだ持ち堪えている。それでも受けた防御を揺るがされるほどの衝撃にフェイトの足は宙に浮く。

 

「ネギ!」

「任せて!!」

 

 小太郎のアーティファクトである『繋がれざる首輪』の効果を全開にして、能力を倍加させたアスタロウはフェイトの体を直上に弾き飛ばす。その眼下で遮る者のいなくなった大洞窟に単身侵入するネギをサポートする。

 アスタロウがフェイトを弾き飛ばした距離はナマカ山の中腹にまで及ぶが、何時までも無防備にやられてくれるはずがない。

 

「あああああああああああああっ!!!!」

 

 アスタロウが全身から更なる光を迸らせて力を込めると障壁の罅が次々と広がり連鎖していく。

 そして遂には――――。

 全力を込めた拳は難攻不落の障壁を突破した。これでフェイトとアスタロウの間に遮るものは何もない。アスタロウの顔に勝機を確信した笑みが広がって―――――直ぐに愕然とした表情に変わった。

 

「―――――――成る程、僅かな実戦経験で驚く程の成長だね。アスタロウといったっけ。見事だよ」 

 

 拳はフェイトの顔面を捉えるはずだった。その前に掲げられた掌さえなければ。

 全力を込めた拳を小さな子供が殴りかかってきたのを受けるようにあっさりと止められていた。

 

「だが、今の君では僕に遠く及ばない」 

 

 そんなことはフェイトの言われるまでもなく分かっていた。

 倒せなくても一撃を入れて僅かな時間稼ぎをするため。なのに、これほどあっさりと止められるとは。

 

「やってくれたね。分散されたか。だが、僕の仕事は終わっている」

 

 言いながら膝蹴りをアスタロウの鳩尾に叩き込み、回り込んで後頭部に裏拳を叩きこんでナマカ山にめり込ませたフェイトは、誰もいなくなった大洞窟の入り口を見遣る。

 

「がはっ、ぐっ……。ふざけんやないで!」

 

 めり込んだ体を起こしながらアスタロウは戦意も高く宙を浮くフェイトを睨み付ける。

 見た目が小太郎と混ざったようでも、アスカの時と何一つ変わらないその眼がフェイトの脳裏に何も果たせなかった英雄を想起させる。

 

「その眼は不快だ。彼を思い出させる」

「うっせぇ。人のことなんか知るかいな」

「他人の評価などどうでもいいとばかりの、そういうところが特にだ。君を見ているだけで僕の中で気持ち悪い何かが込み上げてくる」

 

 フェイトは全身に魔力を纏い、冷たい目で苛烈に山腹に立つアスタロウを見て胸に手を当てた。

 

「こっちだって同じや。テメェだけは最初から気に入らんかったんや!!」

「同感だ。僕も君が気に入らない」

 

 指を指して気勢を上げるアスタロウを見下ろしたフェイトは自分の感情に納得が言ったように、胸に当てていた手を外した。

 同意が得たかったわけではないアスタロウは、気になっていた事柄を尋ねる為に口を開いた。

 

「お前、名前はなんていうや?」

「今更仲良くでもしたいのかい? 残念だけど僕にはその気がこれっぽちもない」

「違うわい。ぶっ倒した相手の名前ぐらいは知っとくのが最低限の礼儀やろ」

「…………弱い奴ほどよく吠えると言うが本当だったようだね。だが、良いだろう。君だって自分を殺した相手の名前が分からないんじゃ、困るだろうからね」

 

 互いに戦闘の気運を高めながら、フェイトは同時にある種の昂りが自分の中に生まれつつあるのを感じ取った。

 

「僕の名は……」

 

 何と名乗るべきかと一瞬フェイトは逡巡した。

 主より与えられた名か、それとも自分で名づけた名か。

 逡巡は一瞬だった、目の前の男は十年前の英雄とは違う。だからこそ、自分もまた十年前の僅かとはいえ英雄に期待した過去との決別を図る為に名乗る前は決まった。

 

「フェイト・アーウェンルンクスだ!!」

 

 不思議な高揚を胸にフェイトはアスタロウへと飛び掛かったのだった。

 

 

 

 

 




エヴァンジェリン 到着予定・翌日(日本で学園長が頑張っており、ホテル内で待機中)
高畑 到着予定・数時間から数十分先(海の上を疾走中)
鶴子 到着予定・9時間後(ハワイ行きの飛行機の中)

結界破壊方法 A.明日菜の魔法無効化能力による結界破壊でした。
そして早めのアルビレオ・イマの登場。戦闘には関わりませんが彼のお蔭でエヴァンジェリンが間に合うかも。
もし、明日菜が結界を破壊しなかったら高畑とエヴァンジェリンが間に合っても結界を前にして立往生する羽目になってました。

アーニャも目覚め、なにか行動を起こすかも。
のどかはこのまま気絶。魔法に関わったようで知らないような立ち位置です。

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