魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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第25話 さよならは言わない

 

 

 

 

 滾り落ちるというに相応しい強烈な陽光が照りつける。そよそよと涼しい風も何のその、何もかもが白く焼き尽くされて傲慢なほどの光の圧に拉がれていた。

 空港のエントランスにいて窓ガラスの向こうから注がれる陽光に照らされた天ヶ崎千草は、常夏の楽園に相応しき眩しさに目を窄めた。

 そんな千草の横に並んだネカネは、しっかりと陽光に当たらない様に注意しながら口を開いた。

 

「千草先生、そのままだと日焼けして――――――――――シミになりますよ」

 

 こいつ何時か殺すと、最近とみに遠慮がなくなってきたネカネにでこピンを放つ。

 魔力で防御する辺りは強かだが甘い。こっちだって気を使ってるので、放ったでこピンは近くにいた者が思わず見るほど大きな音を上げた。「あいたっ!?」と顎が上がってがら空きの喉にチョップを入れようかと思ったが、流石にそれはやり過ぎかと自重する。

 

「痛いですぅ」

「ええ気味や」

 

 涙目で真っ赤になった額を擦るネカネに溜飲が下がった千草は、粛々と出国準備を進めている生徒達へと振り返った。

 三日目にテロ騒ぎがあったが、何も起こらなかったということで四日目には鬱憤を晴らすかのように遊び狂った生徒達は、まだまだ遊び足りないとばかりにその表情は生き生きとしている。

 

「ガキは元気やのう。羨ましいぐらいや」

「そういうことを言うから」

「んん? なんやネカネ」

「なんでもありませんよ、勿論」

 

 またぞろ余計な言葉を捻り出そうとしたネカネを威嚇すると笑顔で回避されてしまった。次言ったら全力全開ぶっ放しをするつもりで気のオーラを漂わせたのが日和らせてしまったようだ。

 別にネカネをへこましたいわけではないので千草も早々に話題の切り替えを図ることにした。

 

「出国準備は終わったんか?」

「もう少しかかりそうです。やはりテロ騒ぎの影響で出入国の制限がかけられているようで」

「まぁ、しゃあないか。なんも起こらんかったとはいえ、テロ予告なんてものがあったんやしな」

 

 千草が辺りを見渡せばガードマンらしき堅い制服を着ている者が数人散見している。

 

「予定より早く来といて正解やったな」

 

 テロ騒ぎによって封鎖されていた空港は厳戒態勢を解かれたことで出国ラッシュを迎えていた。皆予想はしていたのか混乱はないが荷物チェックやら来歴チェックで時間がかかり、出国の人数も多いので税関を通るのに時間が莫大にかかっている。

 麻帆良生は修学旅行で訪れているので身分のチェックはまだ緩い方だ。でなければ三十人を超える麻帆良生が飛行機に乗れるのは何時間先になっていたことか。

 

「観光業が盛んな国ですから、テロが起こったら生命線を切られるようなものなんでしょう。この警戒態勢も仕方有りません」

「こっちに煽りが来てんのが叶んわ」

「まあまあ」

 

 観光地であるハワイではテロが起こると収入に大きな打撃を被る。観光を目玉にしているのに危険があると知れば誰も来ようとはしない。となれば、住人よりも多い観光客が落としていく金が入らなくなり、生活が立ちいかなくなる。

 理解はしても並んで待つということが嫌いな千草の機嫌はあまりよろしくない。

 結局、テロ自体は予告のみで事件が起こることはなかったが、数日しか経っていない間は警戒態勢は続くだろう。千草がつらつらとそんなことを考えていると、順番待ちの生徒達の中にいる桜咲刹那の姿を見つけた。

 

「辛気臭い顔しとんの、刹那は」

「戻って来てからずっとあんな感じですよね。なにかあったんでしょうか?」

「鶴子姉さんが来て早々にとんぼ返りしたのとは関係なさそうやし、戦いの中でなにかあったんちゃうか」

 

 特に気にした風のない刹那へのぞんざいな扱いにネカネは苦笑を浮かべた。

 嫌いとかではなく寧ろ好意的なのだが、どうも千草は仲良くなればなるほど遠慮が無くなるタイプのようだ。実際は面倒見も良いのだが、人に誤解を与えやすいタイプなのは間違いない。

 

「もう、千草さんはツンデレなんだから」

「…………うちにはあんさんが時たま何を言ってんのかが分からんようになるわ」

「どうかしました?」

「こっちのことや。気にせんでいい」

 

 頭痛がしそうで千草は頭を振りかけたが、変な慣れもあって我慢できてしまった。

 ネカネの相手をしているとどうしても疲れてしまう。それはスプリングフィールド兄弟とその幼馴染も含まれるのだが。そう考えると千草の癒しは残った一人、養い子の犬上小太郎だけになる。

 当の小太郎はこの修学旅行で仲良くなったらしい村上夏美と那波千鶴と何やら楽しそうに話している。話している内容までは距離があるので聞こえないが、小太郎と夏美が意地を張り合ったり、千鶴の怒りの琴線に触れて揃って震えたりと仲良くしているようだ。

 良くも悪くも可愛がってきた小太郎が子離れしていくような気分であまり心穏やかにはいられないが、成長を喜ぶべきことなのだろうと心にチクチクと刺さる針を見ない様に心掛ける。

 

「それよりも気になるんは」

 

 視線を少しずらして木乃香と何やら楽しそうに話している神楽坂明日菜を見る。

 

「神楽坂が魔法無効化能力保持者っていうのがな。いや、カモの言うことを信じひんわけやないけど」

「普通の少女だと思ってた子が実は凄いお姫様だったみたいな感じですもんね」

 

 ネカネはどっかずれてる、と思った千草はきっと悪くない。

 

「あんま驚いとらんようやな」

 

 返答はずれているがどこか納得も滲ませているネカネは落ち着いたものである。カモに明日菜の能力の話を聞かされた時も多少の驚きはあれど平静を保っていた。

 

「驚いてますよ。でも、考えてみれば明日菜ちゃんの立ち位置っておかしいって思って」

「立ち位置?」

「木乃香ちゃんと同じ部屋だったり、高畑さんが保護者だったり、一時期とはいえネギとアスカと同居したり…………一般人にしては特殊し過ぎるんじゃないかって」

「言われてみればそうやな…………」

 

 一つ一つ分けてならともかく、全てが合わさると明日菜の立ち位置は特殊であった。ネカネが言ったことを吟味した千草は納得を覚えて頷いた。同時に記憶を回想する。

 

『姐さんの伝手で明日菜の姉さんのことを調べてもらえねぇか』

 

 千草の伝手を使って神楽坂明日菜の身元・出身などあらゆることを調べてほしいと言ったカモの言葉を思い出す。

 

『どういった経緯で知り合ったにせよ、明日菜の姉さんは高畑の旦那の庇護下にある。学園長も格段に目をかけてるしな。関東魔法協会と、学園長と繋がりのあるメルディアナには頼れねぇ。俺っちも独自のルートで探るつもりだが、姐さんも頼みたい』

 

 ようは明日菜周りには偉い人が多いので、関西出身の千草ならその枠の外から調べられるはずだから頼めないかという話だ。

 明日菜本人は頭は良くないが人望もある方だし、木乃香にも近く信用に置けるが、逆に近くにいるからこそその身元を明らかにもしないといけないとその時の千草は考えた。

 だが、教師稼業や木乃香への裏方面での授業で空いた時間ならと返してしまったのは早計だったかもしれない。十分に超過勤務である。

 

「ああもう、ほんまに長いわ」

 

 いい加減にネカネと話すのにも飽きて来た千草は遅々として進まない出国準備に髪を掻き上げた。

 

「でも、私達があれこれ言うのは間違っていると思いますけど」

「うっ」

 

 こんな事態を引き起こした遠因は自分達にあることを良く知っている千草はネカネの突っ込みに口を噤み、そして長く深い溜息を吐いた。

 

「お蔭で助かったんやから文句言えへんのがな」

 

 テロ予告なんて大それたことをやってくれた超鈴音を見ると、隣に並ぶ龍宮真名とにこやかに話しをしている。

 二人の組み合わせが珍しい事と、超と比べて真名の方は逆に表情が固いことに首を捻るが仲良くしていることは良いことなのだから気にしないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうカ、そうカ、ようやく決心を固めてくれたようデ、私も嬉しいネ」

 

 何がそんなに嬉しいのかと、真名は思いはしたが思考を口に出すことはなかった。

 ニコニコと笑みながら隣に立つ少女の来歴を真名は知らない。いや、知る者が麻帆良学園都市にいるかも怪しいと見ている。中国からの留学生という触れ込みで麻帆良に現れた超鈴音は異常だった。

 経歴は全て調べれば偽造と分かる物で、二年以上を同じクラスで過ごして一度たりともその内奥に近づけたと感じたことが無い。

 従来の遥かな先を行く科学力と年に似合わぬ能力の数々。裏に関わる前から魔法を知っている素振りを見せながら、魔法の世界と何の関係性も持ち合わせていない。にも拘らず、エヴァンジェリンと葉加瀬の協力があったとしても数年で科学と魔法を融合させ、絡繰茶々丸を生み出したその能力。まだ十四歳の少女が持ち得ていい能力ではなく、また持つはずがないのだ。

 それでも構わないと真名は思う。

 

「しかし、本当にいいのかナ。前にも言たが私に協力するということハ、成功してモ失敗してモ麻帆良に留まることハ恐らく出来ないヨ」

「構わない。世界を変えるのだろう? 私のことなど気にせず、お前はお前の望むようにすればいい」

 

 私もまた望むようにするだけなのだから、と心の裡にだけ呟くが、超はお見通しだと言わんばかりに目を細めた。

 そして足を進め、真名の前に立ち振り返って正対する。

 

「私は世界を変えル。その為に友と戦う覚悟はあるカ?」

「友、だと?」

「クラスメイトと、あの島で共に戦った戦友達と………………なによりも、自分の為に死地へと赴いてくれた楓さんと戦えるのかと聞いているのだヨ」

「………………」

 

 答えは沈黙であった。

 そこまで考えてはいなかったと言えば嘘になる。想定はした。が、そこまでだ。果たして真名の為に命を賭けてまでくれた楓と戦うことが出来るのか。ましてや斃すなどと。

 

「ところで、真名サン。強くなりたくはないカ」

 

 生じた心の隙間を縫うように超が言葉を発する。

 魂を代価として願望を叶えると誘惑してくる悪魔のように。

 

「ああ、当然だ」

 

 真名に選択肢はない。

 強ければナーデを止めることが出来た。強ければナーデを一人で孤独な道を歩ませずに済んだ。強ければ、コウキを死なせずに済んだ。

 所詮はあり得たかもしれない可能性だ。だが、可能性だからこそ求めてしまうのは人の性か。

 

「これヲ。連絡すれば戦う場所を用意してくれるだろウ。既に話は通してあル」

 

 そう言って渡されたのはどこかの名刺だった。

 

民間軍事会社(PMC)だと?」

「世界でも屈指の規模を誇るガングニール。少しツテがあってネ。おっと、手間賃はいらないヨ」

「ガングニールの名は私も知っている。その悪名もな。随分と用意周到で、手回しが良いことだ」

「それだけ真名サンを必要としているのだヨ、私は」

 

 一枚剥がせば何があるのか分からない、薄っぺらい笑顔で内心を悟らせない超を真名は信用しない。

 

「これだけは聞かせろ、超」

「何かナ?」

 

 本心を覗かせない笑顔を向けて来る超の内奥を暴くように目に力を込めて口を開いた。

 

「お前は何の為に世界を変えようしている?」

 

 この不意の問いは予想外だったのか、超は意表を突かれたように目を丸くした。

 そして道化師のマスクのように張り付いた笑みを浮かべる。

 

「勿論、皆の為に決まっているヨ」

 

 結局、超は最後まで本心を明かすことはなかったのだと真名は悟っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うだー」

 

 出国準備待ちをする麻帆良生達から少し離れた椅子の背凭れにぐったりとその身を凭れさせているアスカ・スプリングフィールドの口から気の抜けた声が漏れていた。

 傍にいるのは双子の兄であるネギと幼馴染のアーニャ、そして見送りに来たナナリーとエミリアの四人であった。

 

「大丈夫、アスカ君?」

「優しいのはナナリーだけだ、本当に」

 

 気遣う言葉にほろりと来た様子のアスカが残る三人を咎めるように見る。

 

「昨日、十分に人をこき使ってくれたじゃないか」

「無理したんだから当然よ、当然」

「わ、私は心配なんかしないんだから!」

 

 ネギ・アーニャ・エミリアの三者三様の返答であった。

 戦いの翌日に一人グロッキーになっていたアスカの世話をしたのはネギである。小太郎はさっさと逃げたので、動けないことを良いことにあれやこれやと動かされたネギの優しさは一日で無くなったので呆れ気味である。

 アーニャは自分でとった行動の結果だろうと突き放していた。無理をし過ぎるアスカに心配を分からせようと言う意味もあるのか。

 エミリアはただのツンデレである。

 

「ナナリー、本当に一緒に日本に来ないのか? 割と切実に」

 

 優しくない面々にマジな顔で提案してくるアスカにナナリーは苦笑を返した。

 

「うん、エミリアさんと頑張るって決めたから」

 

 ナナリーに頷きかけられて隣に立つエミリアは頬を染めていたりするがアスカ達は気にしない。

 

「そっか、ナナリーさんが来てくれればアスカの暴走も抑えられると思ったんだけど」

「逆に張り切りし過ぎて危ないんじゃない? 過去の前例から考えて」

「…………お前ら、俺をなんだと思ってやがる」

「「トラブルメーカー」」

「そ、そんなことないよ! アスカ君は騒動に愛されてるだけなんだから」

「それって褒めてるの?」

 

 やはりネギとアーニャはアスカには優しくないようだ。ナナリーも間違ってはいないがどこかずれており、エミリアの突っ込みは的を射ていた。

 ハワイでのアスカの行動を未だに容認していないアーニャと、長い者に巻かれたネギの攻勢は留まるところを知らない。アスカも皆を巻き込んだ責を感じているので大人しく受ける。グチグチと言うぐらいなので我慢できている面もあるが。

 一通りアスカをへこませたアーニャは改めて気づいたようにエミリアを見た。

 

「見送りは有難いけどアンタの家、結構ヤバかったんじゃないの? 離れて大丈夫なの?」

 

 嘴を向けられたエミリアは苦笑と自嘲が入り混じった笑みを浮かべた。

 今回の事件で狂って自殺した前オッケンワイン当主。彼が築き上げた財産に群がってエミリアが知りもしない親戚が大挙して押し寄せて来ていたことは周知の事実であった。

 

「私と家を維持する分だけを残して多少の散財はしたけど、有名な高畑さんや色んな人が手を貸してくれたからお蔭様でなんとかなったわ」

 

 魔法世界では有名人である高畑と彼を通じて関西呪術協会の近衛詠春。関東魔法協会の近衛近右衛門とメルディアナ魔法学校校長らの後ろ盾は金目当ての有象無象を追い払う力が十分にあった。

 本当の親戚には今回のこともあって縁を切るつもりで手切れ金代わりにして渡したので、エミリアの下に残ったのは数年分の生活費と家の維持費ぐらいである。

 

「でも、本当に良いの? 賞金殆ど貰っちゃって」

 

 ゲイル・キングス他数名を討伐した賞金は莫大である。その殆どをアスカらはエミリアに渡していた。

 生活費と維持費は確保していても不意の出費は必ずあるのでお金はあって困るものではない。助かると言えば助かるのだが…………。

 

「いいのよ。使い道なんて殆どないし」

「僕、買いたい魔導具があったんだけど」

「俺は特にないな」

「ほら、こんな風に趣味に走るか、物欲がないかしかないんだから。必要な面々には渡してあるから問題なしよ」

「でも……」

 

 傭兵である真名や忍者である楓に幾らかと、アーニャが個人的な理由(断じて着服ではない)で少々分け前を貰ったぐらいで十分なのである。未だに納得いってなさそうなエミリアを説得する材料をアーニャは持っていた。

 

「ナナリーと二人でやって行くんでしょ? お金はあった方がいいわよ」

「む……分かった。これは貸しにしておくわ」

 

 スプリングフィールド兄弟は二人のやり取りを聞いて、素直じゃないなと感想を抱いたが懸命にも口に出すことはなかった。

 

 << 大変長らくお待たせしました。○○○○○便に御搭乗のお客様は2番ゲートより搭乗してください >>

「みんな! 搭乗時間だって!!」

 

 搭乗を呼びかけるアナウンスが流れ、明日菜がアスカ達に呼びかける。それは別れの合図でもあった。

 

「もう、行っちゃうの?」

「ああ」

 

 哀しげに問いかけたナナリーにアスカは振り返って、エミリアが驚くほどにあっさりと頷いてみせた。

 ナナリーを助けるために命を賭けることすら厭わなかったのに、もし声をかけなかったら振り返ることなく去って行っただろうアスカの行動が理解できないと、エミリアの表情が物語っていた。

 しかし、ナナリーは全てを分かった上でアスカに向けて口を開いた。

 

「もっと話したいことがある。もっと一緒にいたい。これでさよならなんて寂しいよ」

「俺も寂しい。でもな、さよならなんかじゃないさ」

 

 アスカは未練はないと振り返り背中を向けた。少しだけ、その声が震えている気がした。

 

「また何か会ったら俺を呼べ。地の果てだって駆けつける」

 

 片手を上げて、その手を握る。

 

「俺達は同じ空の下で生きてるんだ。望めば何時だって会うことは出来るさ。だから」

 

 言うべき言葉はさよならなんかじゃないと繰り返す。

 その言葉を最後にアスカは歩き始めた。

 遠ざかって行くその背中に、ナナリーは胸を突かれた。何も言えなければ、何かを言わなければならない衝動が込み上がって来た。

 

「今度は! もっと強くなるから! もう大丈夫だから! 私は一人じゃないから!!」

 

 ナナリーは何時までもアスカにアーニャにネギに寄りかかってばかりで、魔法学校を卒業しても何も変わらなかった自分が嫌いだった。

 そんな自分を変えようと微かながらも戦いの場にいた。絶対に引けない状況というものを知った。

 意地だった。願いだった。望みだった。

 だけど、ナナリーは見てしまった、知ってしまった。

 ナナリーは空高く飛ぶ鳥(アスカ)に付いていけない。彼女はどこまでも凡人で平凡な少女でしかなかったから、もうあの時のように戦場に向かうことは出来ないと知ってしまった。

 その力を持っている明日菜を、エヴァンジェリンがアスカに向ける視線を、そしてアスカが一人の少女に向ける視線を見てしまった。

 

「次に会うまでに一人で立てるように強くなるから!!」

 

 大声を出して空港中の人に注目されても構わなかった。

 

「元気で!!」

 

 全身の力を使い果たすつもりで、全てに向けて届け響けと力の限りにナナリーは叫んだ。

 

「ああ、また会う日まで――――――」

 

 顔だけ振り返ったアスカの安心した表情を目に焼き付け、二人は別れる。

 アスカの後を追うようにネギがナナリーの肩を、アーニャが背中を軽く叩いて去って行く。

 三人が離れて行く光景に自分一人だけが取り残される恐怖に心だけが前進するも、足は石像のようにその場から動かなかった。体は知っていたのだ。今の自分が為すべきことは三人に依存することではなく、自分の力で強くなることだと。

 

「あ………う、くっ………う、ああ………」

 

 何時の間にか涙が溢れ出していた。涙に霞んでいた景色が、さらに淡く滲んでいった。

 

「ナナリー……」

 

 傍にいてくれるエミリアの労わるような手が温かい。

 脳裏に浮かぶのは魔法学校時代で何時も目の前にあった背中だった。その背中を見ることに満足していた自分を変える為にナナリーは初恋にケリを付ける。

 

「さようなら、私の初恋。さようなら、私だけのヒーロー」

 

 ナナリーは天高く飛び立って行く飛行機に乗る初恋の人に別れを告げた。

 次に会う時は隣に立てるように頑張ろうと胸に秘めたナナリーの視線の先で、飛行機は日本へと向けてその翼を広げて飛び立った。

 

 

 

 

 




次回から悪魔編です

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