魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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第4話 先生は大変です

 

 昼休み。それは勉学に勤しむ学生にとっては授業という名の牢獄から開放され、学校の中で暫しの間、自由を満喫する事が出来る数少ない遊び時である。それはここ、麻帆良学園でも例外ではない。

 広大な敷地を誇る中等部から大学部まで含めた女子学部の中庭では、昼食を取ったり、談笑をしたり、遊戯を行ったりと数多くの生徒達で溢れている。様々な行動で昼休みを謳歌する学生の中には2-Aの生徒達もいて亜子、アキラ、まき絵、裕奈の4人は、食後の運動に落とさないようにするだけの簡易バレーボールをしていた。

 

「ねー、ネギ君達が来て五日経ったけど、みんなは三人の事どう思う?」

 

 順番通りに回ってきたバレーボールを器用におでこで返しながら、脈絡無く亜子は他のクラスメイト達にそう尋ねた。

 

「ん………いいんじゃないかな? 子供先生って侮ってたけどちゃんと授業してたし」

 

 サッカー部のマネージャーをしている亜子がヘディングで回したボールはアキラへと渡り、やってきたボールを更に返しつつ、アキラはそう答えた。

 

「そうだね。二人とも教育実習生として授業も頑張ってるしね。出来ればもう少し優しくしてくれると私としてはありがたいにゃー」

「そうだよー」

 

 アキラの意見に賛成した裕奈が弱音を吐き、クラスの中で成績がかなり悪いまき絵が追従する。

 

「アスカ君は超フリーダムやね。ほら、あそこで寝てる」

 

 アキラからまき絵に渡り、まき絵から渡って一巡してきたボールをトスしてアキラに回した亜子は、中庭の端の木陰で寝ているアスカを指差した。

 木乃香が作った弁当を食べて、木陰で有意義にもシエスタを敢行している。特定の分野以外では緩み切っている表情で分かりにくいが、アスカの顔もネギと同様に十分に見れた顔である。寝ていれば天使とは正にこのことで、噂の少年を五日経ってもまだ見たことのない女生徒数人が遠くから眺めていた。他にも気になるのか、周辺で時折視線を向ける者達もいる。

 

「女ばっかで気まずいかなとって思ってけど全然そんなことなかった」

「気にしなさすぎるから逆にこっちが気を使ったしにゃー」

「体育の授業でさっさと教室で着替えて行っちゃったもんね。遠慮が無さ過ぎるからこっちが待ってから着替えるって感じになっちゃてるよ」

 

 また順番にトスを回しながら会話を続ける。

 アスカは性差など欠片も気にしていないのか、女子がいようが平気で着替えるし、目の前でふざけた祐奈が脱ぐふりをした時も平然としていた。

 

「スタイルに自信なくしたにゃー。最近は自信あったのに」

「祐奈でそうやったらうちらはどうしてらええの」

「あれ、私も?」

 

 前の席で話す機会の多い祐奈などはふざけて誘惑などしてみたが微塵も相手にされず、現在進行形で急速成長中の胸に自信を喪失かけていた。ついこの前まで平均並みだった祐奈の急成長に置いて行かれた亜子は気落ちしていた。亜子に同類扱いされているまき絵は首を捻っていたが。

 

「明日菜は体力勝負で負けたって話だし、古ちゃんも最初以外は勝ったり負けたりしてるって言ってた」

「勉強はともかく運動は出来るんだよね」

 

 アキラのトスがコースを外れたのを足で蹴り上げた亜子は数日前の体育の授業の事を思い出していた。これはバカレンジャーの大半にも共通していることだが頭の悪い面々は逆に運動面に優れていることが多い。アスカもその典型だった。

 

「運動が苦手なネギ先生と正反対だってアーニャ先生が言ってたよ」

 

 アーニャは生徒全員とまんべんなく話をしていて、まき絵がトスを上げつつ聞いた話を披露する。

 

「エヴァンジェリンさんと一緒に授業をサボって屋上で寝てたのを新田先生に見つかったぐらいやしな」

「二人でバケツを持って廊下で立たされていたのはちょっと笑っちゃったよ。仲良いにゃー、あの二人」

 

 まき絵からのトスを受けてレシーブでボールを上げた祐奈は数日前の珍事を思い出して笑った。

 

「そういえばこの前、街で長谷川が不良に絡まれてたのを助けたって神楽坂さんが言ってた」

 

 まき絵からのトスをレシーブで受ける姿勢を作ったアキラは次にボールを渡す相手を探す。

 

「うちも美沙達と偶々、その時そこにいたんやけど凄かったで。何人もいたのに全然負けなかったから。ドラマ見てるみたいやった」

「だから、千雨ちゃんとも話してたんだ。でも、なんで教室でいきなり殴られたんだろ?」

「また何かしたんじゃない。アスカ君って天然なところあるし」

 

 会話は続いたがパスは続かずにボールは、ぼふっと音をたてて芝生の上に落下したが、元々時間潰しの様な物なので気にせず話題を変えて話が続行される。

 

「ウチら来年は高校受験やし、やっぱり子供が先生じゃ、ちょっと頼りなくない? 高畑先生は二人が来てから偶にしか顔を出さないし」

 

 しゃがんで落ちたボールを拾い再び空中に放って、亜子が少し不安そうに言った。

 

「受験てあんた、私たち大学までエスカレーターじゃん」

 

 不安気な亜子にお気楽な調子で裕奈がそう返した。確かに麻帆良学園は大学までエスカレーター式ではあるが、学園内には多くの学校がある為、成績によって通える高校、大学がある程度選別される為、このメンバー内でも成績の良い生徒と、成績の悪い生徒は違う学校に進学する可能性が高いのだが、言っている本人はそこまで深く考えていない。

 

「やっぱネギ君やアーニャちゃんは十歳だし、大人の高畑先生と違って悩み事なんて相談できないよねー。逆に私達が聞いてあげないと」

 

 高畑のような大人の男性ならばいざ知らず、例えどれだけネギやアーニャが精神的に大人で頼りになったとしても、感情が抑制をかけて相談しようと言う気にはならない。

 

「アーニャ先生なら『アンタ達如きに聞く程度ならしずな先生に聞くわよ』って言いそうだけど」

 

 ご尤もなアキラの意見に想像が出来てしまった亜子のトスが乱れた。

 

「もう、ちゃんとトス上げてよね」

 

 ころころと転がっていくボールを追いかけていくまき絵。そしてまき絵が追いかけるボールは、誰かの足に当たって停止した。

 

「ちょっと、あなた達?」

「え?」

 

 頭上から、声がしたのでまき絵はボールから視線を上げると、そこには女子高生の一団が腕を組んでまき絵を見下ろしていた。

 

「「「あ………、あなた達は……!!」」」

 

 騒動を予感させる生徒達とは別に、ネギ達は職員室にいた。昼休みの職員室で大半の先生が昼食を終えてリラックスした雰囲気が流れる中、隣同士の席のネギとアーニャは仕事の話をしていた。

 

「学期末試験まで後一ヶ月ぐらいしかないのに、このままで大丈夫なのかな」

「ペースは悪くないはずよ。生徒達もやる気を見せてくれてるし、現状はこのままでいいと私は思う」

 

 主となって授業をするネギは不安を口にするが、調整役のアーニャが現状維持を認める。

 

「しずな先生はどう思いますか? 今はここまで来てて、今週中にはここまで終わらせようと思ってるんですけど。このペースで学期末の試験に間に合いますか?」

 

 アーニャだけでは頼りなかったのか、ここはやはり本職に聞くのが望ましいと判断してネギはアーニャとは反対隣りにいる源しずなに聞いた。

 食後のお茶を飲んでいたしずなは、ネギが言った範囲を見て頷いた。

 

「ええ、十分に間に合うと思いますよ。二人とも、もう十分に先生とやっていけそうな感じですね」

「いえ、まだまだです。何もかもが思考錯誤ですから」

「先生なんて皆そんなものですよ」

 

 しずなの褒め言葉を否定したアーニャだったが、ふと魔法学校の先生方もそうだったのかと考えた。ここでこうやって頭を悩ませていることがその答えのような気がした。

 

「当面はこのペースを維持して、寮で私は刹那を」

「僕が明日菜さんとアスカを個人的に勉強を教える形をとっていれば多少なりとも今後の展望が開ける、開けたらいいな、開いてほしい」

 

 最初は自信を持っていたネギが最後に行くほどに自信を喪失して行った。寮での勉強具合はあまりよろしくないらしい。

 

「何事も積み重ねよ。一朝一夕で全てが上手くいくなら先生なんていらないわ」

 

 そう言いながらアーニャが座りながら背伸びをすると、ゴキッと身体の骨がなった。存外に教師生活は精神的にだけではなく、肉体的にも負担を覚えているようだった。

 身体の違和感がなくなったので、机に置いていた水筒のカップに口を付けてお茶を飲む。

 ネギが午後からの授業内容の見直しを行っている横で、アーニャがお茶を飲んでのんびりしている最中、職員室の扉が勢いよく開かれた。

 

「うわあああ~~ん。先生~!!」

「ネギ先生~、アーニャ先生~~っ!」

 

 職員室中の教師の視線が扉に集中し、大声と共に亜子とまき絵が職員室に泣きながら入って来た。

 

「………はい?」

 

 ネギは驚き、呼ばれたのでアーニャがつい零した返事と言うか疑問の声に、二人は慌てた様子でこちらにやってくる。

 

「こ、校内で暴行が……!」

「見てください、この傷ッ! 助けて先生っ!」

 

 かなりパニックに陥っており、目には涙を溜めて額や手の甲に負った小さな傷を見せてくる。

 

「え、ええ!? そんなひどいことを、誰が……!?」

「何があったの?」

 

 単純なネギが憤慨している横で、アーニャは慌てず騒がずに何があったのかとまき絵よりかは落ち着いている亜子に話を聞いていた。

 

 

 

 

 

 中庭には裕奈、アキラと対峙するウルスラ女学院の一団の姿があったが、ネギとアーニャの姿はまだない。まだ到着していないのだ。

 ネギ達よりも先に到着する者がいた。

 

「いい加減におよしなさい。おばサマ方!!」

「ぶ!!?」

 

 制服から見てウルスラ女子高等学校の生徒の一人が、裕奈をその場から退けようと襟首を持ってずるずると引っ張っている時に、あやかの言葉と共に明日菜が力任せに投げて高速で飛来したバレーボールが後頭部を直撃した為に出た悲鳴である。

 

「な、何だとコラァ!!」

 

 年頃の女子高生としては言われたくない言葉を言われた為に、不穏当な言葉を吐いて高等部の学生達はボールが飛んできた方向に、憤怒に染まった視線を向ける。

 場の雰囲気が加速度的に悪くなっていく。

 

「「アスナ、いいんちょ!!」」

 

 高等部の学生達が視線を向けた先には明日菜とあやかが立っており、その姿を見た裕奈、アキラがその名を呼んだ。その後ろには、シエスタを途中で起こされて木乃香に腕を引っ張られてやってきたアスカが欠伸をしていた。

 

「ここは何時も2-Aの乙女が使っている場所です。高等部の年増の方々はお引き取り願えます? あまり運動するとお体にも毒でしょうし、おばサマには……」

 

 あやかは手にバレーボールを持ち、右手を口元に当ててそう言う背後には百合の花でも咲き乱れそうな優雅さで、神経を逆撫でるように挑発する。

 年若さを強調する発言に、高等部の学生達の頭に血が上り、全員がはっきりと見える青筋をピキピキと立てた。

 

「なっ、何ですって~!?」

 

 高等部の学生達の彼女たちは十分若いのだが、これぐらいの年代で一歳の違いは大きい。

 

「とにかく皆さんは帰ってください。先輩だからって力で追い出すなんて、ちょっとひどいんじゃないですか!?」

 

 続いた明日菜の言葉は敬語で、それは至極真っ当な事で正論なのだが、前のボールを投げるのとあやかの暴言さえなければ、まだよかったのだが相手もそれでは収まらない。

 

「ふん、言うじゃない。ミルク臭い子供のくせに。知っているわよ? 神楽坂明日菜と雪広あやかね。中等部のくせに色々出しゃばって有名らしいけど……先輩の言うことにはおとなしく従うことね。子供は子供らしく隅で遊んでなさい、神楽坂明日菜」

 

 高等部の学生達のリーダー格の子供、という言葉に明日菜がカチンと頭に来たのが誰でも分かることだった。

 

「そうそう確か貴方達のクラスの担任は可愛い子供達だったわね。可愛い男の子もいるっていうし、両方とも私たちに譲らない?」

 

 正確には担任補佐なのだが勘違いしているらしい女子高生の言葉に、ブチンと真性ショタコン雪広あやかがキレたのが隣にいた明日菜には分かった。

 

「誰が譲りますか、この産業廃棄物ババァッ共が!!」

「今時、先輩風吹かせて物事通そうなんて頭悪いでしょ、あんた達!!」

「なによやる気、このガキーっ!」

 

 ウルスラ側の激昂にも堂々とした態度の明日菜とあやかだが、相手側の挑発にあっさりと沸点を越える。

 女達の叫び声にビックリしたらしいアスカが目をパチクリと明けた。

 

「喧嘩か!」

「なんで嬉しそうなん?」

 

 喜色満面で飛び出したアスカの背中に木乃香は声をかけたが、当の本人は今まさに飛んだところだった。言葉通り、アスカは地を蹴って空を飛んだのである。

 

「俺も混ぜろ――っ!」

「ぐえっ?!」

「アスカ!?」

 

 取っ組み合いの喧嘩が始まろうとしたところで、横合いからリーダーの女子高生の脇腹に飛び蹴りが決まった。明日菜に掴みかかろうとしたリーダーは見事に吹っ飛ばされ、味方に激突して倒れる。

 痛みに呻きながら立ち上がったリーダーは軍隊を指揮する指揮官のように勇ましく吠えた。

 

「よ、よくも……子供だからって容赦はしません。やっておしまい!」

「おら、かかって来いや!」

 

 さっきまで寝ぼけ眼だったアスカは突然の乱入に唖然とする周りのことなど知らず、啖呵を切って向かってくる女子高生グループに突撃して行った。

 

「あぁ…………地獄だ」

 

 まき絵と亜子に連れられて中庭にやってきたネギ達が見たのは一つの惨劇の現場だった。

 

「助けて!」

 

 最初は子供と侮っていた女子高生達が悲鳴を上げて逃げ惑う。

 流石のアスカも手加減しているのか女子高生も目立った怪我はしていないが、転んで汚れたりスカートが乱れてパンツが丸見え状態になっている状態である。部外者になってしまった明日菜達が気の毒に思ってしまう状況だった。

 逃げ惑うグループの中で果敢にアスカに挑み続けている、ある意味でこの地獄を作りだしているリーダーも髪の毛が乱れに乱れ、首元のネクタイが解けていてかなりの状態だった。

 

「負ける、もんですか!」

 

 それでも年上としての挟持があるのか、意地としても退かずアスカに向かって行った。

 向かって来られるアスカは彼女らのあまりの歯応えのなさに既にやる気を失っており、シエスタを途中で中断したこともあって眠そうだった。

 アスカは戦うのが好きであっても弱い者虐めをするのは好まない。突撃してくるリーダーをあっさりと避けて、残していた足でリーダーの足を引っ掛ける。

 

「キャーッ!」

 

 向かってくるリーダーを転がせ、それに巻き込まれたグループの一人が悲鳴を上げる。さっきからこれの連続であった。

 人が激突してくるのはかなり痛い。死屍累々となった彼女達をこうした原因の半分はリーダーの無謀な突撃にあった。

 

「どういう状況なの?」

 

 ある意味で惨状になっている現場を一目見たアーニャは、聞いていた話よりも意味不明なことになっているので、近くにいた刹那の腕を掴んでいる木乃香に問いかけた。

 

「委員長が向こうを年増扱いして挑発して、向こうもこっちを子供扱いして、大好きなネギ君を寄越せって言われた委員長がキレたところにアスカ君が乱入したんやけど、強すぎたみたいやな。あっという間に向こう側が戦意喪失したんやけど、あっちのリーダーさんが諦めてなくて今みたいなった、かなぁ」

「良く解る説明をありがとう」

 

 簡潔に纏めて説明してくれた木乃香に礼を言いながら、乱入しながらこの事態をどうしたらいいものかと味方を巻き込んで倒れながらも立ち上がってくるリーダーに困って頭を掻いているアスカへとアーニャは走った。

 十分な助走を取ってからアスカまで数メートルの距離で踏み切る。全ての怒りと事態のアホらしさを込めて、元凶へとぶつける為にアーニャは飛んだ。

 

「ようは全部アンタの所為かこのボケアスカ!」

「ひでぶっ!?」

 

 見事な飛び蹴り――――アーニャドロップバスターキックが後頭部に決まったアスカが変な奇声を上げて道の脇にある葉のオブジェへと突っ込んで行った。

 

「何時も何時も騒ぎを大きくする無自覚トラブルメーカはそこで頭を冷やしなさい」

 

 頭から突っ込んで行って足だけが見えているというアスカに、二人目の乱入を果たしたアーニャは飛び蹴りから着地しながら鼻を鳴らした。そして周りを見渡して場の空気を掌握したことを予想通りだと確信する。

 

「もう昼休みも終わるから教室に戻りなさい。文句があるなら私が聞くわ。授業に遅れるわよ!」

 

 なんともいえない空気の現場が立ち直る前に、アーニャはさっさと締めにかかった。更に視線をちょっとずらして、高畑がやってくるのを教えられれば高校生たちの腹は決まった。

 

「英子、このままじゃ不味いって」

「…………ふんっ、アンタ達覚えておきなさい」

 

 納得のいっていない様子で戻っていく高等部の生徒達。今後も何かいちゃもんつけて来る可能性は高そうだ、とアーニャは心のメモに記しておく。後で彼女達の事を調べておこうと心に決める。

 高等部の生徒達を見送ると、オブジェに上半身を突っ込ませたまま動かないアスカを気にしている2-Aの生徒達が残っていた。

 

「雪広さん」

 

 アーニャとは別口で話を聞いていたネギがあやかに声をかけた。

 

「僕達のことを想ってくれるのは嬉しいですけど、ボールをぶつけたりするのは良くないです」

「ネギ先生……」

「わざと体にボールをぶつけてしまっては、始まりがどうであろうとそれはただの暴力でしかありません。ですが、その思いは尊いものです。今回は間違えましたけど、次は間違い得ないように心において生かしてください」

「はい。以後、気を付けます」

 

 俯いているあやかに語りかけて、励ますように背中をポンと叩いて促す。

 

「さあ、皆さんも教室に戻りましょう」

 

 先導して歩き出したネギに遅れて動き出した皆の視線の先では、アーニャによって足を引っ張り出されて上半身を見せたアスカであった。気絶しているのか、ぐったりとしたまま動かない。ちょっとやり過ぎたかと思ったアーニャは気にしないことにしたらしく、アスカの足を持った引きずり出した。

 アーニャが動き出したので吊られて動き出した明日菜は、彼らが初日に気絶したネギを引き摺って校長室に向かったのを思い出して顔を引き攣らせた。ネギが全く双子の弟のことを気にしていないのといい、この三人は互いの扱いがゾンザイすぎる。これで関係が険悪かと思えばそうでもなく、隙を見せるのが悪いと考えている節すらあった。

 

「ああ、それとあやか」

 

 ガン、ゴンとあちこちに気絶しているアスカをぶつけながら引き摺っているアーニャを極力見ないようにしている生徒達。余計な騒ぎを引き起こしたアスカに壮絶な怒りを抱いているアーニャに余計な茶々を入れられるほど勇気のある者はその場にいなかった。

 

「はい、何でございましょうか?」

 

 人が立ててはいけない音を立てて引き摺られているアスカを助けるために勇気を振り絞って声をかけるべきかと思案していたあやかは、なにかを思い出しように話しかけてきたアーニャに話のとっかかり見い出した。

 

「さっき高等部の人達に年増とか言ってたらしいけど、アンタ達も後一年ちょっとで同じ立場でしょ。私から見たらどっちもどっちなんだけど」

 

 世界が凍った、と言わんばかりにその場にいた全員(理解して苦笑している高畑と何のことか分かっていないネギと引き摺られているアスカを除いて)が固まった。

 

「それとあの場に私以外の女の先生がいたら、一体どんな反応をするでしょうね」

 

 あやかがだらだらと冷や汗を掻き、他の生徒達はそんな彼女を気の毒そうに見ている。

 

「挑発するなら、もう少し周りや自分達に被害がいかない言葉を選んだ方がいいわよ」

「…………たった今、骨身に染みて理解しましたわ」

 

 校舎に入って教師陣と別れて、教室に向かうあやかの後ろ姿は、とても沈んでいたとだけ言っておこう。

 放置されてボロボロになったアスカをどうしようかと頭を悩ませる面々と合わせて、とても奇妙なメンバーであったことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒達と別れて職員室に戻り、ネギ達は学年主任である新田に騒ぎが収拾した事を伝えた。

 

「高畑先生、さっきの彼女たちのこと知ってますか?」

「ああ、ウルスラの子達のことなら知っているよ」

 

 新田への報告をネギに任せたアーニャが高畑に問題を起こした生徒を知っているかと聞くと、まだ麻帆良に来て五日目のアーニャ達は知らなかったが彼女らは特定の分野で有名人らしくクラスと名前を教えてもらった。

 教えてもらった情報を元にプライバシーに引っ掛からない程度に調べる。スリーサイズとかを調べたわけではないので得た情報は、リーダーの子がドッチボール部に所属していて関東大会で優勝している事と担任の名前ぐらい。

 

「ネギ先生、アーニャ先生、申し訳ありませんが体育の先生が急用で帰られてしまったので 代わりに監督してくれませんか?」

 

 丁度二人とも五時間目は授業がないので空いている。新田もそれが分かっているから頼んだのだろう。時間の空いている二人に断る理由はない。

 

「あ、はい。分かりました」

「少し遅れますけど構いませんか?」

「別に構いませんよ。それではお願いします」

 

 新田の頼みにネギは直ぐに頷いたが、アーニャは万が一の事を考えて、急ぎ高等部への電話番号を調べておきたいので遅れる事を言うが、それでもOKが出た。学校が違えば校舎も違うのであれば電話番号も当然違うので調べないといけない。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 二人で授業内容を聞き、ネギは一足早く自習を行う屋上へ向かった。アーニャも高等部の電話番号を調べてから少し遅れて職員室を出た。で、階段を登って屋上の前まで来たのだが…………さて、目の前の状況を何と言ったらいいかと内心で首を捻ったアーニャだった。

 

「あんた達の方がガキじゃないのよ―――っ!」

「やる気!? かかって来なさいよこの中坊―――!!」

「ネギ先生をお放しなさ―い!!」

 

 屋上特設コートの入り口で2-A生徒達の後ろに立ち、昼休みのように取っ組み合いに発展しかけている彼女達の様子を伺う。

 

「一体、何があったの?」

「高等部の生徒が自習で先に来ていて、同じバレーボールということでダブルブッキングしてしまったようです」

「で、ネギ先生が彼女達に捕まってしまったということさ」

 

 一番近くにいた刹那に聞き、刹那の横にいた真名が後を引き継いだ。

 何時か仕返しに来ると思っていたが、高等部の生徒達はアーニャの思惑よりも早く動いたようだ。と言うか、何で捕まってるのかとネギに突っ込みたいアーニャであった。

 

「痛ぇっ……。なんでこんなにあっちこっち痛いんだ?」

 

 アーニャの後ろから階段の昇って来たアスカが痛む全身に首を捻りながら聞いてきたがアーニャは無視した。

 

「遅刻よ」

「仕方ないだろ。気が付いたら保健室で寝てたんだ。なんで俺は寝てたんだ?」

「知らないわ。どうせ昼寝して起きないから誰かが気を利かせて運んでくれたんじゃないの」

「そうか?」

 

 納得がいっていないらしいアスカはしきりに首を捻っていたがアーニャは知らぬ存ぜぬを貫き通した。分からないなら分からないでいいか、と気にしないことにしたらしいアスカを横目で見た刹那は一人で震撼していた。

 昼休みの話は教室で一杯されていたので経緯は刹那も知っている。アスカがしたこともアーニャがしたことも知っているので、知らぬ存ぜぬを貫き通して罪の意識を欠片も感じさせないアーニャの面の皮の厚さに一人で震えていた。

 

「あ、あの!!」

 

 高等部の生徒の一人に抱き締められたままのネギが、中学生組と高校生組の間に流れる不穏な空気を感じ取ったのか大きな声を上げる。

 

「…………で、ではこうしたらどうでしょう? 両クラス対抗でスポーツで争って勝負を決めるんです。爽やかに汗を流せばいがみ合いもなくなると思うんですけど」

「いいわよ、面白いじゃない。私たち高等部が負けたら大人しくこのコートを出て行くし、今後昼休みもあんた達の邪魔はしないわ。それでどう?」

 

 ポカンとしていた女子高生達は、正当性は本来中学生組みにあるのに、ネギの案に乗って高圧的に出てきた。

 

「そ、そんなこと言ったって年齢も体格も全然違うじゃん!!」

 

 バレーボールだと体格の差が諸に出るからな。幾らこちらに中学生とは思えない身長の生徒がいるとしても、平均的に見たらトントンだから不利。

 

「ふん、確かにバレーではちょっと相手にならないわね。じゃあ、ハンデを上げるわ。種目は…………ドッチボールでどう? こっちは全部で十一人、そっちは倍の二十二人で掛かって来ていいわよ。ただし、私たちが勝ったらネギ先生を教生として譲ってもらうわ。いいわね?」

「な……!」

「え~~~~~~っ!?」

「…………!」

 

 ネギを譲れ発言にあやかやまき絵、のどか等のネギ大好き人間が抗議の声を上げる。

 

「始めからこれが狙いかしらね」

「なにがですか?」

「あいつらの狙いは最初からドッチボールをやることにあるんじゃないかって話」

 

 ドッチボールを競技として選んできたことに、アーニャは理解できなかったらしい刹那を無視して一人で黙考した。

 しかも、このコートの広さでは倍に増えても逃げる範囲が狭くなるだけで、足枷にしかならないのは分かっている筈だ。中学生と馬鹿にしながらもその中学生相手にズルをするとは、やっていることはかなりせこい。放っておけば明日菜辺りが挑発に乗って人数差を理解しないまま条件を認めてしまいそうなことが分かったので、アーニャは人垣を掻き分けて前に進んだ。

 

「分かっ」

「待った!」

 

 予想通り認めかけた明日菜の言葉を途中で遮る。

 睨んでくる高等部の生徒達を無視して、胸を張ってアーニャは彼女達の前に出た。

 

「二十二人もいらないわ。こっちは一人で十分よ」

「なんですってっ!?」

「こんな狭いコートで大人数がいても動きにくくなるだけじゃない。小狡い手を使ってくる卑怯者の相手は一人で十分って言ったのよ」

 

 胸に前で腕を組んで傲岸不遜に笑ったアーニャの前で高校生組が怒りを露わにしたが、ハンデを与えると言いながら真実を言い当てられて一瞬怯んだ。

 

「ちょっとアーニャちゃん。そんなこと言って大丈夫なの?」

「流石に一人は無理やで」

 

 高校生組と因縁のある明日菜が言い、木乃香が心配してくる。他の2-Aの生徒も同様のようだった。

 

「大丈夫よ」

 

 だが、アーニャには秘策があった。負けない秘策が。

 

「…………言うじゃない。そこまで言うなら十一対一でどこまでやれるか見せてもらおうじゃない。誰が出るのかしら? 神楽坂明日菜? それとも雪広あやかかしら。まさかあなたなんて言わないわよね」

 

 真っ先に復帰したリーダーが獰猛に笑いながら挑発する。

 アーニャは安い挑発するリーダーを鼻で笑った。そして後ろにいるこういう勝負事には無類の強さを発揮する男が呼ぶ。

 

「アスカ」

「おう、なんか良く解んねぇけど荒事なら任せろ」

 

 アーニャが自分を含めた三人ではなくアスカの名を呼ぶと、当の本人は戦いと知ってやる気満々で出て来た。

 

「あなた……!」

 

 進み出たアスカに鋭い視線を向ける者がいた。昼休みの騒ぎで足蹴りされ、翻弄されたリーダーである。

 

「ここで会ったが百年目。昼休みの借りはここで返してくれるわ!」

「アンタ、誰?」

 

 ポーズを取って指まで指したリーダーの視線の先でアスカは首を捻っていた。本当に分からないらしい。後頭部をアーニャに蹴られて記憶が完全に飛んでいるようだった。そんなことを知らないリーダーは自分のことを覚える値しない人物であると認識されていて、屈辱にアスカを指したままの指を震わさせた。

 

「…………ここまで私を虚仮にしてくれたのは貴方が始めてだわ。私達はドッチボール関西大会優勝チームなのよ。泣いたって許してあげないんだから!」

 

 指先だけではなく全身を震わせたリーダーは、ちょっと涙目になりながら宣戦布告をして去って行った。

 言いたいことだけを言って去って行くリーダーの背中を見送ったアスカは更に首を捻った。

 

「なんなんだ、一体?」

「いいから、アンタも位置につきない。ゲームが開始したら投げられたボールを落さずに相手にぶつけたらいいから。くれぐれも怪我だけはさせないように」

「了解」

 

 納得しなくても戦うことが出来ることを知っているアスカは戦いに赴いていった。色々としっちゃかめっちゃかになってしまった現状を纏めようとネギもアーニャとは別に動く。

 

「皆さんは壁側に寄って下さい。あ、綾瀬さん、宮崎さん。申し訳有りませんが審判をお願いできますか?」

「は、はい」 

「分かりましたです」

 

 生徒達をコート外へと誘導し、審判の事を思い出して夕映とのどかへとお願いすると快く承諾してくれたことに笑顔を浮かべる。

 高校生組が制服を脱ぎ去ってユニフォーム姿になり準備が終わった。茶々丸がどこからか持ってきた花火を持って打ち上げ、それが合図となって試合が始まった。

 

「茶々丸、そんな物どこから取り出したんだ?」

「これはお約束、と言うものです。マスター」

 

 横で制服から着替えてすらいないエヴァンジェリンが茶々丸に尋ねるが、返ってきた言葉は意味不明である。様式美という奴だろうか。努めて気にしないことにしたエヴァンジェリンは、のどか達と一緒に審判の場所にいるネギを残して即製の観客席を見て口の端を上げた。

 

「ご苦労だったな、アーニャ先生(・・)

「先生が当て擦りにしか聞こえないわよ」

 

 やってくる場所を間違えたと顔を顰めたアーニャは、薄らと笑いながらからかってくるエヴァンジェリンから逃げたと思われたくなくて移動することは出来なかった。

 万全の観戦体勢のエヴァンジェリンの横に座ってポケットから携帯とメモを取り出し、メモの電話番号に電話を掛ける。

 

「~~先生ですか? 実はそちらのクラスの生徒が……」

 

 数回のコールの後に電話に出た相手に用件を伝えると、慌てた様子で謝罪と共に電話が切れた。一連の行動を見ていたエヴァンジェリンが心底楽しそう笑う。

 

「くくく、中々に手口が悪辣だな」

「使えるものは使う主義だから。でないと勿体無いでしょ?」

「違いない」

 

 その間にも目の前の状況は動いている。

 始まった試合は一方的だった。数の差は一目瞭然。たった一人で戦い、外野の人員すらいないのでは圧倒的になって当然かと思えば然にあらず。

 

「まあ、順当な結果でしょ」

 

 切った携帯電話をポケットに直しながら嘯くアーニャに集まる戦慄の眼差し。

 試合は一方的だった。数で勝る高校生をたった一人のアスカが圧倒していたのである。

 

「運動能力の違いは、どのスポーツでも大きいというわけだ」

 

 順当すぎて面白くないとばかりの言い方のエヴァンジェリンにアーニャも頷く。

 外野を経由して素早くボールを回しても、アスカの目はボールから離れない。太陽を背にして投げようとも同じだ。

 向かってくるボールを正面からキャッチし、軽く投げた球が剛速球となって高校生の一人に当たる。投げて来る剛速球を風船を受け止めるように片手でいともあっさりと捕球する敵が相手では、如何に関東大会優勝チームであっても旗色が悪い。

 

「この間は大変だったそうじゃないか。爺に聞いたぞ。近衛木乃香に魔法をバラしたんだってな。私と()り合う前に不戦勝になるかと思ったぞ」

 

 中学生組から声援を受けながら早くも半数を撃破したアスカを見ながら、エヴァンジェリンはふと思い出したようにアーニャを見ずに言った。

 

「なんで知ってるのよ」

「爺とは囲碁仲間だが試合の途中でポロッと零した。見事な土下座だったらしいじゃないか」

「あの耄碌爺が……っ!?」

 

 くくく、とこれ以上ない愉悦を感じさせる笑みのエヴァンジェリンに、傍で見ている茶々丸に分かるほどアーニャの顔が引き攣っていた。

 

「父親や祖父が組織の重鎮だからといって近衛木乃香も関係者だと勘違いしたのは無理からぬ話だが早計だったな。奴は父親の意向でこっち関係の話は教えられていない」

「聞いたわよ。聞かされてれば対処のしようもあったものの」

「言い訳はするな。同室の神楽坂明日菜が知らなかったことを考えれば察しはついたはずだ。事前に爺に確認しておけば良かっただけの話。バレてしまった今となっては後の祭りにしかならんが」

 

 学園長に責任転嫁しようとしたアーニャの言い分を言い訳と切って捨てた。

 先のスポーツをすることで両者を諌めようとしたネギの詰めの甘さがあったがフォローしたアーニャも肝心なところで抜けている。子供といえばそれまでだが、敵にも近い相手の不始末を笑わざるえないのがエヴァンジェリンという少女の悪徳だった。

 そこでエヴァンジェリンは視線をアーニャから横にずらした。

 

「ま、当の本人にとってはこの結果は喜ばしいことのようだがな」

「私もまさかこんな結果になるとは思いもしなかったわ。魔法バレして感謝されるなんてね」

 

 二人の視線の先では木乃香が刹那に攻勢をかけていた。

 別に何かの勝負をしているわけではない。魔法を理由にして護衛でありながらも直近に近づかなかったことを知らされた木乃香が感動して、実は他の理由があるのだとは今更口が裂けても言えない刹那は迫られるに任せるしかない。

 逃げようとすれば木乃香が「うちが嫌いなん?」と泣くのだから、刹那個人の理由では大義がなく足を留めさせられている。何時の間にか「離れる=嫌い」という図式を作り上げられた刹那に逃げ場はない。

 中学進学と同時に麻帆良に来た刹那に、一度完璧に懐まで潜り込んできた木乃香を振り解ける気概も度胸も無い。事情を知った明日菜は木乃香の味方で、言わなくても本当のことを知っている真名は面白がって笑って見ているだけ。刹那に逃げ場はなかった。今も木乃香に捕まって、おろおろと動揺している姿が丸分かりだった。

 

「木乃香には感謝してるわよ。理由はどうあれ、私達のことを庇ってくれたんだから」

「神楽坂明日菜にも、だろ。宮崎のどかにバレた件に対して学園の設備不備を指摘したそうじゃないか」

「お蔭で強制送還も罰もないんだから、二人には足を向けて寝られないわ」

 

 言いながらも、明日菜と木乃香に迫られてやむなく受け入れたように見えた学園長の真意をアーニャは見抜けていない。魔法使いの掟は身内の懇願程度で許されるほど生易しい物ではないのだ。特に魔女狩りの悲劇が色濃く刻まれている旧世界の魔法協会が定めた掟は絶対遵守が基本。

 明日菜にバレたのは学園設備の不備が招き、木乃香には成人か十八歳に頃には明かされると決められていたことということで、今回は学園長が一存で握り潰したようだが果たして彼の望みがなんであるかは欠片すらアーニャには見えない。

 

(それだけの価値があの二人にあるってことでしょうけど)

 

 英雄の息子であるネギとアスカ。あの双子に関わりがあるのは間違いないとアーニャは断定する。英雄に関わりのあるエヴァンジェリンに仲間の娘である木乃香もいるのだ。疑いは濃い。

 

(私は精々がオマケでしょうけど、今回のことはこちらにもメリットがあるから黙っているのが吉か)

 

 アーニャ自身には何の後ろ盾も碌な力もない。そのことを理解しながら口を噤むことを選んだ。

 

「お、決着が着くか」

 

 エヴァンジェリンの言葉に顔を上げれば、試合は最後の一人を当てて勝利した瞬間だった。

 

「やった―――ッ!」

「勝った――ッ!!」

「バ、バカな……」

「私たちが負けるなんて……」

 

 まき絵や裕奈が勝ち鬨の声を上げ、負けた高等部の生徒達は地面にへたり込み落ち込んでいる。最後に当てられて俯いていたリーダー格の少女が何かを言おうと口を開いた瞬間、突然屋上のドアを開けた主を見て声を詰まらせた。

 

「コラァア、お前達。何をやっとるかあああぁぁぁ!!」

「「「ヒィィ!」」」

 

 やってきたのは彼女達の担任の先生で、怒り心頭の怒声に身を竦ませる高等部の生徒達。2-Aの生徒も比較的気の弱い数人の生徒が、巻き添えをくらって竦んでいる。

 事情を理解できない2-Aの生徒達は混乱している。ただ一人、事情を知っているエヴァンジェリンだけが一人腹を抱えて爆笑していた。

 

「済みません、アーニャ先生。私の生徒が迷惑を掛けてしまって」

「いえ、先生の所為ではありませんよ。ですが、またこんなことがあると困るのでくれぐれもご指導を願いします」

 

 急いでやってきたのか、息を切らしてペコペコと頭を下げて謝ってくる彼女達の担任の先生に、アーニャは次はないと釘を指すのを忘れない。

 慌てて頷いた担任の先生はリーダー格の少女を捕まえ、他の生徒達を連れて屋上から去って行った。連れて行った教師の様子を見ればそのまま説教に意向するのだろうと容易く予想できた。同じように予想できた生徒たちも「南無………」と言わんばかりの表情で手を合わせていた。

 

「さあ、邪魔者はいなくなったわよ。授業を始めましょう」

 

 出て行った人たちを見送って生徒達に振り返ってにこやかに微笑んで言うアーニャに恐怖を感じて、皆は恐れるように必死に頷く。

 

「ははは、怖がられてやんの」

「自業自得だよ」

 

 今回の立役者であるアスカが上機嫌に笑い、根回しが良さそうで詰めの甘いアーニャに呆れるネギがいた。

 

「私、頑張ったじゃない。みんなの為に頑張ったじゃない。なのに、この扱いはなんなのよ」

 

 怖がられていることを自覚して傷ついたアーニャは座り込んで地面に「の」の字を書く。流石に気が咎めた少女達がアーニャをよいしょして復活するまでに後数分の時間が必要だった。

 


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