魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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夜勤明けで帰って来て直ぐの投稿。これから寝ます。


第5話 挑め、期末試験

 

 暖かな陽気が昼食後でお腹が一杯になって生徒達が甘美なる誘惑である睡魔と戦っている頃、学園長室に二つの人影があった。

 

「そうか。なかなかうまくやっとるのか、ネギ君とアーニャ君は」

「はい、学園長先生。生徒達と打ち解けていますし、授業内容も申し分ありません。二人共とても10歳とは思えません。この分なら指導教員の私としても合格点を出してもいいと思っていますが………」

 

 学園長室にて、ネギとアーニャの指導教員であるしずなが学園長に二人の報告をしていた。

 ネギとアーニャが麻帆良学園に赴任して見てきたことを学園長に伝えている。最後に言葉を濁した理由を知っていながら学園長は笑みを崩さない。

 

「フォフォフォそうか、結構結構。では四月からは正式な教員として採用できるかのう。アスカ君の方はどうじゃ?」

「彼の場合は学園長の方が良くご存じでしょう」

「そうじゃの。教師からの苦情や物を壊されたと被害が出ておる。が、それを上回るほどに皆に好かれているようじゃな」

「どうか憎めないところがありますから彼には」

 

 噂の当人が今この瞬間に学園長室の外でくしゃみをしたのが聞こえて二人で笑い合う。

 

「問題はあるが破天荒な所が魅力と言うものもおる。彼は暫く現状維持じゃな。報告、ご苦労じゃった、しずな先生。おや? どこじゃ?」

 

 しずなからの評価を聞き、学園長は白く長い髭を片手で弄りながら、好々爺然とした笑みでコクコクと頷き、立ち上がってしずな先生と握手を交わしながら何故か狙ったように豊満な胸に顔を埋めた。

 

「上ですわ、学園長先生」

 

 しずなは何時もの穏やかな表情のまま、自身の胸に顔を埋めたままの学園長の長い頭に手加減抜きの拳を落とした。セクハラ爺への鉄拳が振り落とされる。

 

「ただし、もう一つ」

 

 学園長は殴られた額から血を流しながらふらふらと席に戻り、何事も無かった様に左手の人差し指を立て片目を開けてしずなに告げる。

 

「は?」

 

 殴られたことにも、殴った方にも反応が薄いのはこれが常態と成ったからか。

 

「彼らにはもう一つ、課題をクリアしてもらおうかの。なに、未来ある若者には苦難を与えろじゃ」

 

 しずなは退出を命じられ、学園長は廊下に待っている三人に入室を命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園長室の帰り。教室へと戻る帰り道でネギ達は他のクラスの様子を窺っていた。

 

「他のクラスの人達はピリピリしてるね」

「学期末が近いもの。呑気にしてるのはうちのクラスだけよ」

 

 通り掛った時に見えるクラス全てでホームルーム前の開いた時間にも関わらず、切羽詰った顔でガリガリとシャーペンを動かしたり、ピリピリとした雰囲気で友人に教え請う生徒の姿を見て自分達のクラスの違いに憮然となった。

 

「テストはもう来週の月曜からなのに」

 

 他の生徒達とは違って暢気にしている2-Aの状況に余裕があり過ぎる生徒達に肩を落とした。

 

「エスカレーター式だからって怠け過ぎなのよ。ずっと学年最下位でも気にしないんだから弊害もあったもんだわ」

 

 どうせ教師をやるのなら真面目な者が多いクラスの方が良かったという考えが脳裏を過ったが、二人の後ろを歩きながら大きく欠伸をするアスカも同じクラスに入ると思うと今の方が良かったと思えてしまうアーニャだった。

 

「あのお花みたいなトロフィーが学年トップになったクラスに貰えるんだよね。欲しいなぁ」

 

 ふとネギが足を止めたクラスにある花の形をしたトロフィーを物欲しそうに見る。そんなネギを横目に、後方から知っている気配がやって来るのを感じてアスカは後ろを振り返った。

 やってきたのは白いセーターに紺のスカートの大人の魅力あふれるしずなで手に二つの手紙のような物を持っており、珍しくどこか焦っているような感じが見受けられた。

 

「ネギ先生、アーニャ先生、それとアスカ君」

「どうしたんですか?」

「学園長先生が渡し忘れたからって貴方達にって…………」

 

 アーニャがその深刻な顔に何かあったのかと聞くと、手に持っている封がされた手紙を三人に差し出した。

 

「え、何ですか。深刻な顔して」

 

 どうしたのかと聞いているネギを置いておいて、アーニャは嫌な予感を感じて先に渡された白いしゃれっ気も何も無い手紙を受け取って繁々と眺める。

 裏は蝋で留めてあり、蝋には学園の校章が押されていて表には『アンナ・ユーリエウナ・ココロウァ 教育実習生 最終課題』と書いてある。

 

「最終課題ですか……」

「えっ!? 最終課題!?」

 

 アーニャの言葉を聞いたネギも急いでしずなから手紙を受け取る。興味のなさそうだったアスカも一番最後に手紙を受け取った。

 ネギが手紙を持って目を牛乳のピンゾコのようにぐるぐると回しているのを見るに、どんな課題なのかと考えているのだろう。

 

「ドラゴン退治なら喜んでやるぞ、俺は」

「そんなの望むのはアンタだけでしょうが。普通に考えてこの世界にそんなドラゴンがいるわけないじゃない」

「じゃあ、攻撃魔法二百個習得とか」

「見習いに出来ることじゃないでしょ、ネギ。身の程を知りなさ…………アンタなら何時かやるかもしれないわね」

 

 一瞬でも二人の意見に同調しなかったわけではないが、教師という役職とこの時期を考えれば精々期末で2-Aを最下位脱出ぐらいしか思いつかないアーニャだった。

 アーニャが封を指で破りながら中の便箋を取り出して目を通す。それにはこう書かれていた。

 

『  アーニャ君へ

 

 次の期末テストで2-Aが最下位を脱出できたら、実現可能なことを叶えてあげる                   

 

 麻帆良学園学園長 近衛近右衛門 』

 

 ネギは丁寧に封を切り、アーニャに少し遅れて中の便箋を取り出して目を丸くする。

 

『  ネギ君へ

 

 次の期末テストで2-Aが最下位を脱出できたら、申請していた図書館島にある魔法書の一部閲覧を許可してあげる                   

 

 麻帆良学園学園長 近衛近右衛門 』

 

 アスカはビリビリと乱暴に封を破り捨てて、一番最後に便箋を取り出して闘志に燃えた。

 

『  アスカ君へ

 

 次の期末テストで2-Aが最下位を脱出できたら、近衛詠春と戦わせてあげる                   

 

 麻帆良学園学園長 近衛近右衛門 』

 

 後者のやる気が地球を突破して宇宙にまで到達したのをしずなは目撃した。

 

「やるよ、アスカ!」

「応! やってやるぜ!」

 

 やる気を全身から分かるほど漲らせる腕を組み合った二人を見たアーニャは一人で静かに溜息を吐くのだった。学園長は実によく二人の気質を見抜いて利用しようとしていた。他人から見れば課題に他に書き方は無かったのだろうか。あまりにも軽すぎる。なんとも軽いノリの文章ではあるが、内容は決して軽くない。そして最も二人が望んでいるものを与えてくれようとしていた。だが、同時に自分にとっても悪い条件ではないと認めざるをえない。脳をフル回転させて考える。もう、グイングインと蒸気が上がるほど猛烈に。

 

「頑張ってね」

 

 学園長は2-Aが今のクラスになってから2年間、ずっと最下位を取り続けている事を理解しているアーニャの肩を軽く叩くしずな。

 2-Aの生徒達は決して頭が悪い生徒の集まりというわけではない。通称『バカレンジャー』と不名誉極まりない呼び名で呼ばれる5人は最下位を競っていると言っても、クラスには学年1、2位がいるので、学年最下位になるのは一重に真面目に勉強する人が少ないためだ。

 クラスの大半が無駄に楽天的で成績に興味がなく、試験前でも切羽詰って勉強する人は少ないので全体的に平均点が低い。もちろん勉強が一番大事だとは思わないが、幾ら何でもこれはないんじゃないかと思っても無理は無い。

 

「ネギを旗印としてなんとかやってみます」

 

 クラスのマスコットであるネギの進退が関わってくれば、生徒達もやる気を出す可能性があるので一概に無理だとは思わないが、一体どんな意図を持ってこんな試験を出したんだろうかとアーニャは訝しげに内心で首を捻った。

 

(高畑先生のことはいいのかしら?)

 

 現状、2-Aの担任はネギとアーニャで兼任しているようなものだと周りは認識している。その中で例え最下位を脱出した場合、本職の教師である高畑でもできなかったことを教育実習生が出来てしまえば、高畑の教師としての適正が問われるのではなかろうかとの懸念がアーニャにはあった。

 

「やるぞ――――っ!」

「ファイト・オー!」

 

 完全に二人が熱血モードに突入しているのを見たアーニャは、まず落ち着かせるべく鉄拳制裁を下す為に袖を捲り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん聞いてください! 今日のHRは大・勉強会にしたいと思います。次の期末テストはもうすぐそこに迫ってきています!」

 

 頭に大きなたん瘤を作って教室に入って来た二人に注目が集まるのもそこそこに、教壇に上がったネギは高らかに言った。

 いつにも増して張り切りながら勉強会の開催を宣言するもネギの張り切りようとは対照的にクラスの喧騒は一瞬にして沈黙へと変わってしまった。クラスの大半は、「で、何をどうするの?」といった空気が占めている。しかし、その空気を打ち破る歴戦の猛者が一人。

 

「勉強あるのみ!」 

 

 サボりと居眠りの常習者であるアスカが額に鉢巻なんぞを巻いて、期末試験の教科の教科書を机の上に置いてネギに負けず劣らずのやる気を示せば事態は変わる。

 

「二人の背中にやる気の炎が見えるようだわ」

 

 二人の今の状態を的確に表現した明日菜は、たん瘤が出来ていることからどこかで頭を打ったかと考えた。

 突然の宣言に騒ぐ生徒達の中で、あやか一人だけが「お二人とも、素晴らしいご提案ですわ」とハートマークを振舞っているのが印象的だ。あやかの隠された本音が分かってしまった数名の生徒が騒然としたクラスの中で溜息をもらしてしまうのは何故だろうか。自分に正直なことを突っ込むべきか。

 

「はーい♪ 提案提案」

「はい! 椎名さん!」

 

 無駄にカリスマすら発しだしたネギは手を上げた桜子の名前を呼ぶ。

 しかし、立ち上がった桜子の笑顔に不審なものを感じたのは二人のやる気に置いてけぼりの感があるアーニャだけだろうか。何故か嫌な予感がした。

 

「では!! お題は『英単語野球拳』がいーと思いまーすっ!!」

 

 その桜子のあまりの言葉を聞いた明日菜は、豪快な音を立てて机に頭を打ち付けた。あまりにも強く打ち付けた肉体的ダメージと不意打ちの一撃に明日菜のライフが一気に低下した。

 

「おお~~~~っ」「あはは、それだーっ」

「なっ、ちょっ!? 皆さん!?」

 

 明日菜は誰かが否定してくれると願ったが、それを聞いた生徒の半分が声や態度で賛成を表明する。周りが意見に賛成してはしゃぎ立てて、止めようとしたあやかの言葉を聞く生徒はいない。

 ノリが良かったり、負けても別に構わないと思っている生徒達が賛成している中で、表立って『英単語野球拳』を否定しているのはあやかぐらいだ。それも人数差に負けて結局『英単語野球拳』をやる流れになってしまっている。

 

「え、と、椎名さん。『英単語野球拳』って何ですか?」

 

 聞き覚えの無い単語が何なのかしばらく考えていたネギ。隣にいるアーニャも首を傾げている。

 名前的に考えて英単語が関わる勉強法かと思ったが、分からないまま生徒の自主性に任せて採用するのは不味いと考えて素直に訊ねた。

 ネギはまだ2-Aというものを理解できていなかった。2-Aの人間で自分から勉強をしようとする真面目な人間は少数派である。特に悪ノリをしてしまう傾向が多い。『英単語野球拳』を提案した椎名桜子や了承した生徒達を考えれば分かるというもの。

 こればかりは接した時間が多い方が理解出来てしまうのは当然。まだ一ヶ月も経っていない二人に生徒達の性格とクラスの特色を完璧に理解しろとは言えない。なので、分からないままで放置せずに素直に聞いたのは英断。何もせずに採用するようだったら止めようと考えていた明日菜も様子を見ようと引き下がった。

 

「英単語を答えられなかった人が脱いでいくんだよ。野球拳だもん」

「……………」

 

 桜子の説明を聞いたネギの顔は何というべきか。口を大きく開けて目の焦点は合わず、分かり易い唖然とした表情だった。 

 

「え、と…………ドンマイ?」

 

 そこまで常識で2-Aの面々に期待していないのとやる気がネギほどではないアーニャの方が復活は早かった。近づいてネギの肩に手をかけて励ましたのが悪かったのか。傍目に分かるほどネギが落ち込んだ。

 濃い陰影を背負って、教室の隅に向かって三角座りを始めてしまった。

 ネギは桜子を信頼したからこそ『英単語野球拳』を選択肢に入れたわけで、裏切られたといえなくもない心情を計ることは余人には出来ない。流石に今のネギの様子を見て『英単語野球拳』をしようとするほど生徒達も人の心が判らぬはずがない。

 

「え~、あ~、プリントを持ってきたのでそれをやってもらいます。構わないわよね、ネギ」

「…………あ、うん。お願い」

 

 まだショックが抜け切っていないようで、三角座りをしたまま壁を見つめて顔を向けすらしない。

 ネギのあまりの落ち込みようにクラスの空気も比例して重くなる。未だ教師として未熟な身なれど、一生懸命な姿を見せるネギがどれだけの情熱を持っているか知らぬはずがない。アーニャは自分はこんな役ばかりだと思いながら重くなった空気を変えるためテスト対策用に作って持ってきたプリントを見せる。他の教科の先生方にネギと二人で頭を下げて作った代物である。

 アーニャにはこれ以上の言葉をネギにかけられず、許可は貰ったのでさっさと配ってやってもらい、HRが終わる前に答えのプリントを配り終わった時に終了のチャイムが鳴る。

 

「桜子、来なさい。新田先生に説教してもらうわ」

「流石にネギ君に悪いことしちゃったかなぁ。後で謝っておかないと」

 

 桜子もネギのあまりの落ち込みように罪悪感を抱いていた。肩を落として教室を去っていくネギの後姿には年に似合わぬ哀愁が漂っていて、まともな感性の者ならば同情を持ってしまうほどに。

 発端となった桜子には、プリントをやっている間や今も級友達の若干の非難の視線が向いていた。若干なのは同意した生徒もいたので我が身を振り返っていたから。

 

「なら、私が言いたいことも分かるわよね? もし、『英単語野球拳』なんてやってることが外部にバレたら貴女だけじゃなく、みんなや私達にも責任が降りかかってくるのよ」

 

 万が一、こんなことをしていることが表に出れば、生徒達は退学、アスカやネギには管理責任を問われて実習資格を剥奪も在り得る。

 自分の処罰自体にそれほどの興味のないアーニャだが、一ヶ月麻帆良に滞在して愛着も涌いているから余程の理由がない限り離れる気はないし、生徒達やネギに何らかの処罰が下されるのも避けたい。

 桜子が頷くのを確認して、

 

「行動に移す前に止めたからいいけど、もっとよく考えてから行動しなさい」

 

 周りにも言い聞かせるように言う。この言葉はアーニャの本心だ。このクラスは特に後先考えずに行動する生徒が多いが、それは麻帆良だからこそ許されている面も多いし、麻帆良を出てから問題を起こしても遅いのだからそれを理解して欲しい。

 

「新田先生には事情は説明しておくから存分に怒られてきなさい」

「う……! 出来ればそれは……」

 

 謝罪と反省の気持ちはあるが進んで「鬼の新田」の説教を食らいたくはない。なんとか回避しようとするも、そうは問屋が下ろさない。

 

「因果応報。今回はそれだけのことをしようとしたのよ。流石に見過ごせないわ。大人しく怒られてきなさい」

「はい……」

 

 肩を落とす桜子をクラスメイト達は気の毒に見ている中、申し訳ないが新田に事情を説明して怒ってもらおうと決める。アーニャ達では怒っても年下な分だけ反発心を招く恐れもあるので新田の方が生徒のためになる。

 こういう何でも楽しめることはいいことではあるが、やっていい事と悪い事は区別はつけて欲しいから社会に出る前に分からせておくべきだろう。

 

「よっしゃぁ! 帰って勉強すんべ!」

「アスカは平常運転ねぇ」

 

 物凄い集中力で休み時間まで勉強していたアスカの、ある意味では普段とは変わらないマイペース振りに癒された明日菜とクラスメイト達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食後、部屋に戻って来てからも勉強熱が冷めないアスカに巻き込まれ、異様な熱意を見せて明日からの授業のカリキュラムを組むネギに教えてもらった勉強で疲れた頭を冷やすために、明日菜は大浴場『涼風』に入っていた。

 珍しく木乃香はおらず、なにやら祖父である学園長の下へ行っているらしく、この場にはいなかった。

 明日菜と同じように今まで試験勉強をしていたのだろう、ふやけた頭をしたバカレンジャー全員が『涼風』に勢ぞろいしていた。

 

「明日菜、明日菜。大変や~」

「な~に~? こ~の~か」

 

 そう叫びながら同じ図書館島探検部の夕映、ハルナ、のどかと一緒に木乃香が大浴場『涼風』に駆け込んできて、湯船に浸かりながら試験勉強で疲れた頭と体を癒して茹蛸のように茹っていた明日菜が振り返って延び延びの声で聞いた。

 

「お、ちょうどバカレンジャー揃っとるな。反省会か? 実はな、噂なんやけど次の期末で最下位を取ったクラスは解散なんやて!」

「えーっ! 最下位のクラスは解散~!?」

 

 木乃香から噂の内容を聞き驚いた明日菜は湯船から思わず立ち上がる。バカレンジャーのレッドとも呼ばれ、クラスの順位を下に引っ張っている自覚があるだけにその話題は看過出来なかった。

 

「で、でも、そんな無茶なコト……」

「ウチの学校はクラス替えなしのハズだよ」

 

 麻帆良はクラス替えなどないから、そんな噂は信じられないと消極的に明日菜たちは反論する。

 

「詳しいコトわからんのやけど、何かおじ…………学園長が本気で怒っとるらしいんや。ほら、うちらずっと最下位やし」

 

 二年間も最下位ならおかしいことではないと彼女たちの頭脳でも理解できた。そんなことは普通はあり得ないと事実も、普段の学園長を知っているのであり得ることだと考えてしまう。一般常識よりも重い学園長の奇行の数々が木乃香の荒唐無稽な話に説得力を持たせる。

 

「そのうえ特に悪かった人は留年!!どころか小学校からやり直しとか……!!」

「え!?」

 

 しかし、嘘をつかない木乃香の言葉と万年最下位という事実が噂の信憑性を高め、あり得るかもと不安に思ったところで、木乃香の言葉を継いだハルナの言葉に固まるバカレンジャー五人。バカレンジャーの脳裏にはランドセルを背負ってみんな仲良く集団登校する絵が浮かんでいる。

 

「ちょ、ちょっと待ってよーッ!」

「そんなの嘘よーっ!」

 

 想像もしたくない未来に悲鳴を上げる明日菜達。否定の言葉を発する明日菜とまき絵だが、明日菜の脳裏にはHRでネギが言っていた「大変な事」とはコレの事ではないかと考える。ネギとアスカが異様なやる気を見せていたのも気になる。

 騒ぎを聞きつけて、風呂にいたほかの生徒達もぞくぞくと集まってくる。

 

「今のクラスけっこう面白いしバラバラになんのイヤやわー、明日菜ー」

 

 と、木乃香が自分に対しても当てはまると思って、湯船に浸かりながら心配そうに明日菜を見る。

 

「んー」

「ま、まずいね。はっきり言ってクラスの足引っ張ってるのは私たち五人だし……」

「今から死ぬ気で勉強しても月曜には間に合わないアル」

 

 まき絵がおろおろと楓に向かってどうしようとうろたえて、古菲も今から必死に勉強しても間に合わないと深刻な表情を浮かべる。

 何とかしたいと考えていても唯でさえ勉強が苦手な上に、もうテストまで残り数日と時間が無いのである。と、いってもほかに手が無いのもまた事実。こうしている間にも時間は無常に過ぎていく。

 学年トップクラスが三人もいるのに2-Aが最下位を突っ走っているのは、自分たち成績下位組みが原因だと二年もあれば頭の悪い彼女達でも理解できてしまう。誰かに責められたことがあるわけではなくても自然と理解できてしまったのだ。

 自室でアスカと共に行われるネギの勉強会で明日菜も最近は少し成績が上がっているが、平均点には遠く及ばない。それにクラスで自分が一番足引っ張ってる自覚があるため必死に考える。

 ネギ達なら頭がよくなる魔法を知ってるかもと思った明日菜だったが、さっきまでの熱意を見せていたネギを考えるに難しそうだし、アーニャに至ってはそんなことを許しもしないだろう。こと勉学において妥協という言葉を知らないからそんなことをしたらどんな目に合うか。考えるだけで恐ろしい。

 

「ここはやはり…………『アレ』を探すしかないかもです……」

 

 もはや手はない。そんな状況で夕映がぽつりと呟いたその一言にバカレンジャーだけでなく、そこにいた全員の視線が一斉に彼女に集まる。

 

「夕映!? アレってまさか……」

 

 なにか心当たりがあるのか、ハルナが夕映に驚きを含めた視線を向ける。

 

「何かいい方法があるの!?」

 

 夕映の発言に続いてハルナも意味深な言葉を言うので、この壊滅的な状況を打破できるならと藁にもすがる気持ちで明日菜は夕映に問いかける。

 

「『図書館島』は知っていますよね? 我が図書館探検部の活動の場ですが」

「う、うん」

「一応ね。あの湖に浮いているでっかい建物でしょ? 結構危険な所だって聞くけど」

 

 同じバカレンジャーの四人に向き合い、夕映の図書館島を知っているかと問いに、同室の木乃香が図書館探検部なので話を聞いた事がある明日菜が答える。勉強嫌いとは言わなくても頭が悪いので微妙に苦手意識があってあまり頻繁に利用はしなくても話は聞いている。

 

「実はその最深部に読めば頭が良くなるという『魔法の本』があるらしいのです」

 

 一同はその突拍子もない単語に驚きの表情を浮かべるが、魔法と聞いてこんな反応をするのは当たり前である。魔法などという御伽噺の中にしか存在しないものが、実在すると夕映が言い切るのだから。楓だけは夕映の飲んでいる「抹茶コーラ」に驚いているが。

 

「まあ大方出来のいい参考書の類だとは思うのですが、それでも手に入れば強力な武器になります」

 

 夕映も魔法があるとは信じておらず、試験まで残り数日となった段階で焦った自分たちではそのようなものがあればラッキーぐらいの認識を持っていた。

 

「もー夕映ってば、アレは単なる都市伝説だし」

「ウチのクラスも変な人たち多いけどさすがに魔法なんてこの世に存在しないよねー」

「あー、アスナはそーゆーの全然信じないんだっけ」

 

 シーンと一同は沈黙する。皆、魔法の本が信じられなかったのだ。その沈黙をのどかが破り、まき絵も2-Aを引き合いに出して魔法の存在を否定し、ハルナが明日菜を見て夕映の話を笑い飛ばす。

 

「いや……待って…………」

 

 みんなが笑いながら思い思いのことを言う中、明日菜はその話を完全に否定できなかった。

 ネギ達という魔法使いがいるのだから、もしかしたら本当に魔法の本があってもおかしくないと明日菜は考えた。同じように魔法を知った木乃香に視線を向ければ彼女も頷いた。

 魔法が現実にあると知ってしまった二人は魔法の本が実在する可能性が高いことを認めざるをえない。これ以上皆に迷惑は掛けられない。手段を選んでいる時間はない。故に僅かな可能性にも賭けてみようという思考に明日菜はなった。例えその存在が魔法でなくとも、夕映の言う通り勉強が捗る参考書なら力になる。

 

「明日菜、どうするん?」

 

 考え込んでしまい黙った明日菜に木乃香が尋ねる。

 彼女もまた図書館島探検部の一員。木乃香は魔法の本なんて物が本当にあるのか、知りたいという欲求を抑えきれなかった。木乃香は魔法の実在を伝えられても、他のことはまだ何も知らされてないのだ。純粋な好奇心が木乃香を迷わせ、同類の明日菜に判断を委ねた。

 

「もう一度、小学生なんて嫌」

 

 ニ度、小学生をやっている自分を想像してしまった明日菜は決断した。

 決断した明日菜はくるりと皆の方を振り向くと満面の笑顔で力強く宣言した。

 

「行こう! 図書館島へ!」

 

 こうして、図書館島へ行くことが決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紆余曲折があったが、今晩早速図書館島に行く事に決めたバカレンジャー+図書館探検部所属の木乃香、地上連絡係ののどかとハルナ。行くと決めたのなら善は急げとばかりに、割とさくさく話が決まり八人は速攻で寮に戻り支度を始めた。

 

「図書館島に魔法の本を探しに行くだって?」

 

 時刻はまだ八時前だったのと試験勉強の為に起きていたアスカに話を振った明日菜は頷いた。

 

「そ。一緒に行かない?」

 

 誘いながら明日菜の中では打算があった。図書館島探検部のメンバーが何人かいるが、これから向かう場所は中学生部員は立ち入り禁止で危険なトラップがあるとかで、楓や古菲を信用していないとは言わないが魔法使いがいてくれるのは何かと心強い。

 学校での出来事然りで、反対される可能性が高い生真面目なネギとこういう手合いを嫌いそうなアーニャを除外すると残っているのがアスカだったいう理屈であった。

 

「面白そうだな。乗った」

 

 数秒の黙考の後に、笑みと共に頷いたアスカに楽観的過ぎることに一抹の不安を覚えながらも明日菜達は図書館島に向かった。

 

「水、冷たっ!」

「この裏手に私達図書館探検部しか知らない秘密の入り口があるです」

 

 図書館島の裏手から侵入するには周りが水に浸かった場所を通る必要があり、まだ春には少し早い時期もあって靴に染み込んでくる水は冷たい。

 

「これが図書館島…………」

 

 バカレンジャーのように頭が悪い人間はあまり図書館島には近寄らない傾向があるらしい。

 

「でも……大丈夫かな―。下の階は中学生部員立ち入り禁止で危険なトラップとかあるらしいけど……」

「なんで図書館にそんなものが………」

 

 図書館探検部なら下の階は未熟な中学生部員立ち入り禁止で危険なトラップがあることを知っている。当然、所属していない者が知るはずもなく、ただ島になるぐらいに大きいだけの図書館という印象を持っていた、普段図書館島によりつかない生徒にとって驚きの事実であった。

 この中では一番大きい楓よりも更に大きいドアが音を立てて開いていく。

 

「この図書館は明治の中ごろ、学園創立と共に建設された世界でも最大規模の図書館です。二度の大戦の戦火を避けるべく世界各地から貴重書が集められ、蔵書の増加に伴い地下に向かって改築が繰り返され、今ではもはや全貌を知るものはいません。そこでその調査を行うために麻帆良大学の提唱で発足したのが―――」

 

 夕映が図書館島の解説をしながら、薄暗いレンガ造りの螺旋階段を七つの人影がゆっくりと降りてゆく。夜の図書館に怯えるまき絵、楽しげな古菲やアスカなど、反応はそれぞれだ。

 

「我々『図書館探検部』なのです!」

 

 中を進みながら説明をしていた夕映が一際大きな木製のドアを押しながら最後の言葉を紡ぐ。

 

「中・高・大、合同サークルなんや♪」

 

 どこか弾んだ声の夕映の言葉を引き継ぎ、木乃香が合同サークルであることを告げる。

 ドアを開けて視界が開けると、かなり広いホールがあり、中世のダンスホールを思わせるような階段が遠くに見える。果てが見えないような広大なフロアには何故か樹木があちこちに生えており、その合間に本棚が群れるように林立するように立っている。

 

「うあ~~~っ」

 

 明日菜がその威容に感心したような声を上げ、図書館島探検部である木乃香と夕映以外も似たような反応を示した。

 一体どうやって本を取り出すのか分からない高さの本棚がまるで壁のように立ちはだかっており、数多ある本棚には世界にこれほど本があったのかと思う程に見渡す限りの本がある。しかも驚くことにほとんどの本棚が固定されているようには見えない。今にもこちらに倒れてきそうで恐ろしいことこの上ない。

 至る所に梯子やら階段やらが無目的にかけられている為、更に混沌とした様相を示していた。

 

「ゲームの迷宮みたいアルね」

 

 本棚の間から響く風が竜の唸り声のように響く地下。これで最下層に本当に隠された財宝を守る門番の竜でもいれば古菲の言う通りゲームそのものである。

 

「ここが図書館島地下三階…………。私達中学生が入っていいのはここまでです」

「へ~、なんでまた?」

 

 表層の一階ぐらいなら木乃香に付き合って入ったことはあっても地下は明日菜にとって完全に未知の領域。中学生が入っていいのが地下三階までの基準が分からない。

 

「論より証拠です」

 

 奇怪な名前のパックジュースを飲みながら夕映が本棚に歩み寄り、中にある一冊の本を無造作に引っ張った。すると、カチッという音と共に、本棚の隙間から一本の仕掛け矢が射線から退避していた夕映の横を抜けて、無防備な明日菜目掛けて飛んでいく。

 

「うひゃ!?」

 

 警戒していたなら持ち前の並外れた反射神経を発揮して避けることも出来たが、説明を聞いていて無防備だった。

 あわや、矢の鋼鉄の鏃が明日菜を貫通するかと思われたその瞬間、傍に居たアスカが難なく仕掛け矢を手で受け止めそのままパキッと折る。

 

「貴重書狙いの盗掘者を避けるために、罠がたくさん仕掛けられていますから気をつけてくださいね」

 

 夕映が淡々として、学校の図書館にそんな物を作っていいいのかと突っ込みたくなるとんでもないことを、さらりと言ってのける。

 

「うそー!」

「って、危ないわね?! 死ぬわよ、それー! ホンモノ!?」

 

 その話にまき絵が驚愕の叫びを上げ、真剣に命の危機を回避できた明日菜は半分涙目になりながら突っ込みを入れる。

 現にアスカが仕掛け矢を止めなければ明日菜の頭に風穴が開いていたかもしれない。そんなものが学園の中にあるとは明日菜の埒外であった。

 

「へぇ、うちの学校の禁呪書庫よりしっかりしてんじゃん」

 

 木乃香がわざとトラップを作動させて防いでいるアスカがふと漏らした言葉を聞き逃さなかった。

 

「やっぱり魔法学校ってそんなんがあるんや」

「ああ、ネギが入りたがってアーニャが良く手引きしてた」

「アスカ君は?」

「忍び込むのに付き合って中で寝てた。本に囲まれると眠たくなる体質なんだ俺」

「今と変わらんやん」

「違いねぇ」

 

 二人で笑い合っているがアスカがわざと罠を作動させているので矢が射られたり盥が落ちたりと危険が降りかかっていた。明日菜は気が気ではなかったがアスカが発動したトラップを見もせずに全て防いでいるのでしまいには気にしないことにした。全てに一々反応していたら最後まで持たない。

 

「ねぇ、夕映ちゃん。後どれくらい歩くの?」

「はい。内緒で部室から持ってきた地図によると、今いるのはここで………地下十一階まで降り、地下道を進んだ先に目的の本があるようです。往復でおよそ四時間。今はまだ夜の七時ですから…………」

 

 詳しい目的地までの距離を知らないまき絵の問いに、夕映は荷物から地図を取り出して開いて分かり易く指で指し示しながら説明する。

 

「ちゃんと帰って寝れるねー。良かった、明日も授業あるし」

 

 夕映の説明に明日も授業があるので、まき絵は徹夜せずに済んだとほっとした表情でコメントを入れる。

 

「よし……私も、試験でバイト休みだし。手に入れるわよ「魔法の本」!!」

「やっぱりココ怖いよーやめた方が……」

「大丈夫、ベテランのウチらに任しときー」

「遠足気分アルねー。にょほほ♪」

「んー♪」

「では、出発です!」

「「「「「「「「「「お――――っ!」」」」」」」」

 

 そんなやり取りがあったりしたが、気を取り直して一行は図書館島の深部へと進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女子寮の自室で教師から直々に勉強を教われるという羨ましくないポジションにいる桜咲刹那は泣きそうな顔でノートに向き合っていた。正確には当人の望みとは関係なく向き合わされていた。

 

「いい。他の成績はまともなんだから刹那は頭が悪いわけじゃないの。日本人特有なのかもしれないけど英語の基本が出来ていないのよ」

 

 全部屋共通の机に向かい合っている刹那が開いているノートは英語の物だった。

 刹那は大半の日本人が抱く英語に対して苦手意識を持っている。育ちからして人間は日本人しかいない山奥なので、外の環境を知る術が限られていた刹那は麻帆良に来た当初英語の授業の壁にぶち当たった。

 最初のイメージが悪かったのか、心の奥深くに苦手意識が根付いてしまって、ぶっちゃけると中学一年生のレベルで止まってしまっている。そこから改善されていないのだから成績が振るわないのも当然だった。

 

「英語は所詮単語の羅列でしかないわ。日本語の方が遥かに難しいのよ。私だけじゃない、これは世界の共通認識」

 

 アーニャによる勉強会は居候してから数日して始まった。刹那は当然、文句を言った。だが、双子相手に身に着けた上から目線に、下っ端根性が骨の髄まで染みついている刹那には抗えなかった。

 一つの言葉を吐いたら百の言葉が返って来る相手に口で勝てるほど口達者でもない。木乃香の為、自身の鍛錬の為、と言い訳を作ろうともアーニャの弁論の前には張り子の虎も同然である。

 

「確かにそうだ。私も同じことを聞いたことがある」

 

 刹那の隣の机で同じように勉強する真名は何カ国語を使い分けるマルチリンガルである。その中には英語も入っており、真名自身決して頭も悪くない。それどころか、学年の上位とまではいかなくても本気を出せば簡単に成績を上げられる卑怯者であった。

 苦手な距離はないと豪語するだけあって、全教科に隙は無い。その中でも英語は大の得意だと嘯く女郎である。思わず「裏切り者!」と叫んだ刹那は悪くないはずだった。

 

『目立つのは私の信条に反する』

 

 と、どうして本気でやらないのかと理由を問うた刹那へ訳の分からないことを言って雲に巻いた真名である。英語で満点は取れるが目立ちたくない。成績も同様でクラスの中で埋没するのが望ましいのだそうだ。

 事実、真名の成績は学年トップの超鈴音らや底辺のバカレンジャーとは違って、クラスで丁度中間ぐらいをキープしている。純粋な実力でバカレンジャー予備軍扱いされている刹那とはえらい違いだ。

 

「真名のことはいいから。春休みに木乃香と一緒に京都に報告に行くんでしょ。赤点とって独りだけ置いてけぼりにはなるのは都合が悪いんじゃないの?」

 

 目の前の元凶が何を言っているのかと一瞬殺気を放ちかけた刹那だが、結果として木乃香が喜んでいるのでは怒りも窄んでいく。

 刹那は知らなかったが木乃香に魔法のことを話すのは以前から決められていたことらしかった。成人か十八歳までには話す予定で、家と本人の資質的に話さない選択肢はなかったと。今回は、それが若干前倒しにされただけで誰も責められいない。寧ろ本人が喜んでいるので良かったという風潮すらある。

 刹那が魔法がバレてはいけないことを理由にして近づけなかったと勘違いしている木乃香に真実を話せる勇気などないことは心苦しいが、泣いてまで喜んでくれた大切な人を振り払えるほどの気概も強さもない。

 離れたいが離れられない。それが今の刹那の心境だった。

 関西呪術協会がある場所は木乃香の生まれ故郷である。だが、嘗て政争に巻き込まれる可能性あるからと麻帆良に預けられたのだ。何があるか分からない関西呪術協会に単身で向かわせるほど刹那も耄碌していない。この時期にこのタイミングでまさか京都に帰るなどとは想像だにしていなかった刹那は、既に関西呪術協会には話が通っていて迎え入れる姿勢が出来ていると聞かされれば意地でも付いて行かないわけにはいかない。

 

「頑張ります」

「その意気よ。じゃ、次はこの文を訳してもらいましょうか」

 

 赤点を取って春休みを補習で潰さない為に張り切ったやる気が鼻から溜息となって抜けていく。英文の壁は、まだまだ今まで戦ったどんな敵よりも高く刹那の前に立ちふさがっていた。

 

「ん?」

 

 刹那が羨むほどスラスラとアーニャが出した問題を解いていた真名が何かに気づいたように顔を上げた。

 その直後だった。部屋の扉がノックもされずに開いたのは。

 

「アーニャ!」

 

 さっきまでシャワーでも浴びていたのか、濡れた髪も渇いていないまま部屋に転がり込んできたのはネギだった。

 

「なによ。こんな時間に騒々しいわね」

「ここここここれ」

「紙っきれ? こんなものがどうし」

 

 動揺も著しい幼馴染が差し出した紙を受け取ったアーニャの言葉が止まった。直後、紙切れを握りつぶして全身が火に包まれる。比喩ではなく本物の火である。アーニャの激情に精霊が反応したのだ。

 

「あの、ボケどもが!」

 

 この時のアーニャの顔を見れなかったのは刹那にとっても真名にとっても幸いだったのだろう。目撃してしまったネギが凶悪殺人者を前にした一般人のように尻餅をつきながら震えて怯えていたのだから。

 ちなみにアーニャが紙切れに書かれたのは『ちょっと図書館島で魔法の本を探して来ます。朝までには帰るので心配しないで下さい。明日菜・木乃香・アスカ』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元気一杯に出立した一行はその後、本棚から落ちたまき絵がリボンを手足のごとく操って戻るが、誤って罠を発動させてしまい、落ちてきた身長の十倍はあるだろう巨大な本棚を一撃で蹴り飛ばす古菲。本棚は古菲が蹴り飛ばしたが、楓が落ちてくる数十冊に及ぶ本を落ち着いた感じで回収。

 異常とも言える運動神経の持ち主が数人いるので、大学の図書館島探検部もびっくりの驚異的なスピードで全行程の半分ほどを踏破。

 予定していた休憩地点で休憩してまた目的地を目指していた。その途中でアスカは体に走った突然の寒気に身を震わせた。

 

「なにか嫌な感じがするな……」

「どうかしたの?」

「う~ん、竜の逆鱗に触れてしまったような気がする」

 

 第六感か、単純に偶に訪れる虫の知らせに似た悪い予感か。

 感じた悪寒から碌でもないことを予感しながらアスカは問いかけて来た明日菜に笑いかけて足を進めた。決してちょっとでも現実を先送りしようとする気持ちがなかったわけではない。

 湖を渡り、本棚をロッククライマーの如く道具を使って降りて、這わなければ進めないほど狭い通路を通る。ここまで来ると人外魔境と言いたいほどの様相を呈しており、本当に図書館なのか疑わしくなってくる。

 その果てにRPGのラスボスのような部屋に一行は辿り着いた。狭い穴から躍り出た一行は、ただただその威風に圧倒されている。

 

「す、す、凄すぎるーっ!? こんなのアリー!?」

「私こーゆーの見たことあるよ、弟のゲームで♪」

「ラスボスの間アル!」

「魔法の本の安置室です。とうとう着きましたね」

「こ、こんな場所が学校の地下に……ハハハ」

 

 皆が驚嘆の声を上げる中、夕映は拳を握り締めて達成感をしみじみと感じている。

 夕映の横では明日菜が、非常識さに冷や汗を垂らして空笑いを浮かべていた。はたしてもっとも現実的な反応をしているのは誰だろうか。魔法のことを知っていたし、もしかしたら魔法の本もあるのじゃないかと考えていたがこれは予想外だった。

 

「見て! あそこに本が!?」

 

 それぞれの反応の中、まき絵が祭壇に祭られた本のようなものを発見して指差す。

 

「あ、あそこに何かそれっぽい本があるよ!」

「確かに分かり易い感じに置かれています! 間違いありません。あれが魔法の本です!!」

 

 まき絵が指差した先にある安置されている本。それっぽい現代に出来た祭壇らしき台座の上に開かれた本の光景は、ここに来るまでに疲労していた少女達の眼には紛れもない本物の「魔法の本」に見えた。

 

「あれって本物なん?」

「っぽいけど、俺には分かんねぇ。こういうのはネギの領分だからな」

 

 木乃香が魔法使いであるアスカに小声で尋ねるが返って来た返答は頼りない物だった。

 

「やった――!!」

「これで最下位脱出よ!!」

 

 そこにいたアスカ・明日菜・木乃香以外の全員が感嘆の声をあげる。あるかどうかも疑わしかった魔法の書が、本物らしいとわかると各々の目の色が変わった。そもそも彼女たちが探しに来たのは『魔法書』なのだ。どんなものであれ、頭が良くなるならなんでも構わない。

 

「一番ノリある♪」

「あーあたしも!」

「あ、みんな待って!!」

 

 誰が号令を掛けるでもなく、コレまでの苦労が報われたと歓声をあげながら本に向かって一目散に駆け出していた。唯一、魔法の本が無くても成績の良いこととバカレンジャーほど運動神経のよくない木乃香だけが数歩出遅れた。しかし、彼女達は失念していた。こんなゲームのような場所で簡単に宝が手に入るはずがないと。

 

「キャーッ!」

 

 歓声が悲鳴に変かり、祭壇へと続く石橋が中央からぱっくりと二つに分かれて、追いかけた木乃香とアスカも纏めて全員落ちた。アスカ・楓・古菲の三人は何事もなかったかのように着地したが、幸運な事に落とし穴にはほとんど落差がなかったので受け身も取れなかった者も含めて全員に大きな怪我もないようだ。

 

「コレって……?」

「ツ、ツイスターゲーム?」

 

 上部に『☆英単語ツイスター☆』と書かれており、平仮名の描かれた円が無数に並んでいる変な文様の石版の上に落ちたようだ。明日菜とまき絵が足元の石版を見て、呆然とした声を上げる。

 ツイスターとは、アメリカのとある会社が発売している体を使ったゲームである。スピナーと呼ばれる、ルーレットのような指示板によって示された手や足を、シートの上に示された4色(赤・青・黄・緑)の○印の上に置いて行き、出来るだけ倒れない様にするゲームである。形としては大分違うがそれでもツイスターゲームであることには変わりなかった。

 

「フォッフォッフォ……」

 

 足元を不思議そうに見つめる一行に、突然しわがれた老人の声が頭の上から降ってきた。飾りとした感じで立っていた筈の石像が突如動き出した。

 

「この本が欲しくばわしの質問に答えるのじゃ、フォフォフォ♪」

 

 皆一斉に頭上を振り仰ぐと、そこには巨大な石像が二体、自分達を押し潰さんばかりに迫っていた。

 

「ななな、石像が動いたーっ!?」

「いやーん!」

「…………!?」

「おおおお!?」

 

 魔法書の左右にあったゴーレムの一体が動き、明日菜達の驚愕の叫びが部屋に響き渡る。まき絵が「あわわわ」と言い、ガクガクと震えて怯えるのも無理はない。

 驚く一行を余所に石像は勝手に話を進める。

 

「―――――では第一問。DIFFICULTの日本語訳は」

「ええ――――!?」「何ソレ――――!?」

 

 参加者たちは突然動き出した石像の言葉を聞いてパニックに陥っていた。しかも、頭の良い木乃香が石版に上がろうとすると、石像が威嚇して邪魔をする。

 木乃香と同じように石板に上がっていなかったアスカはジッと石像を見ている。

 

「み、みんな、落ち着いて!! 落ち着いて「DIFFICULT」の訳をツイスターゲームの要領で踏むのよ!」

「そうやで、流れ的にちゃんと問題に答えれば罠は解けるはずや!」

 

 石像の行動の意味するところを動物的直感で直ぐに理解した明日菜がすかさず全員を落ち着かせて指示を飛ばし、ゲームに参加できない木乃香がみんなの奮起を促す。

 

「ええーっ、そんなこと言っても」

「「ディフィコロト」よ。え~と…………」

 

 基礎的な英単語にも、四苦八苦なまき絵に聞かれて最近の勉強の成果からいいところまでいくが、それ以上に踏み込めない。

 

「ちなみに教えたら失格じゃぞ」

 

 思わず答えを教えようとした木乃香を石像が遮る。

 主にというか、片方しか喋らない石像を見ていたアスカは何かに気づいたように口を開いた。

 

「なにやってんの学園長?」

「「「「「「「は?」」」」」」」

 

 と、突然変なことを言い出したアスカに石像も含めて全員の頭の上に疑問符がついた。

 

「え、何言ってんのアスカ」 

「いや、声は変えてるけど喋り方が完璧に学園長だからこんなところで何やってんのかなって」

 

 全員の疑問を代表して明日菜が問えば、アスカは何がおかしいのか全くこれっぽちも分かっていない顔でぶっちゃけた。

 改めてアスカを言ったことを考えて全員が固まっている石像を見る。

 

「そう言えばフォフォフォとか、じゃって学園長が良く使ってますです」

「まさか本当に学園長なの?」

「ということは、これは麻帆良工学部が作り上げたロボットアルか。学園長なら権限を使って動かすことぐらいはどうにでも出来そうアル」

「良く出来てるでござるな」

 

 バカレンジャー+αの視線が「石像=学園長」の確定させて疑わしげな視線で見つめる。

 疑われた石像は器用にも汗を掻いて固まっていた。

 

「お爺ちゃん」

 

 ビクリ、と静かな怒りを込めた木乃香の呼びかけに石像が震えた。その反応こそが、石像が学園長・近衛近右衛門であることを何よりも雄弁に証明していた。

 木乃香の優秀な頭脳がここに至るまでの道程を作り上げる。元々、明日菜達が図書館島に来たのは木乃香が聞いた期末で最下位を取ったクラスは解散という噂が原因だった。しかも特に成績が悪かった者は留年だけに留まらず、小学生からやり直しと来ている。現代日本の教育制度では、どんなに成績が悪かろうと中学で留年はない。当然ながら小学生からやり直しなど出来るはずもない。

 

「大っ嫌い!」

 

 いーっ、と歯を見せて石像に言い捨てると踵を返した。

 

「帰ろ、みんな」 

「そうですね。学園長がいるなら魔法の本は所詮デマだったというわけですから」

 

 木乃香の後を追って一番意欲的だった明日菜が皆を促し、魔法の本があるという言い出した夕映が動き出したこの場の趨勢は決まった。肩を落として元来た道を戻っていく。

 床に開いた穴から部屋を出て行き、動かなくなった石像と共に残ったアスカは首を捻った。

 

「なんでみんな帰ったんだ? 魔法の本はあるのに」

 

 シクシク、と泣き出した石像を鬱陶しく思いながら、放つ魔力から本物らしい安置されている魔法の本を前にして首を傾げていた空気をどこまでも読まないアスカの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日菜達が図書館島に侵入した翌日、朝の教室に委員長あやかの叫びが木霊していた。

 

「何ですって!? 2-Aが最下位脱出しないとネギ先生達がクビに――っ!? ど、どーしてそんな大事な事言わなかったんですの桜子さん!!」

 

 HR前の他のクラスでは一分一秒が惜しいとばかりに勉強に励む中、2-Aではちゃんと席に座っている人間すら稀である。

 

「あぶぶぶっ、だって偶々新田先生が話しているのを立ち聞きしただけだから本当のことか分からなかったし~」

「クビだって、ネギ先生達が」

「む………」

「それはかわいそうやな~」

 

 教室中にあやかの詰問の声が響き渡り、桜子の話に耳を傾けていたクラスメイト達が最下位だとクビという事実に騒然となる。

 あやかに詰め寄られてユサユサと揺すられている桜子は、立ち聞きしただけで真実かどうか分からないと話すことでようやく離してもらえた。それぞれが反応を返す中、エヴァンジェリンは二人がこの地を離れるのは良いことではないので、今回に限り真面目にやるかと考え、茶々丸にもそれを後で伝えるかと思いついた。

 

「とにかくみなさん! テストまでちゃんと勉強して最下位脱出ですわよ。 その辺の普段真面目にやってない方々も」

 

 自他共に認めるネギ贔屓筆頭の委員長は早速、普段真面目にやってないクラスメイトに発破をかけてまわる。

 

「げ……」

「仕方ないなあ……」

 

 引き気味の千雨は少し嫌そうな声を出し、円は渋々気にやる気を出す。

 

「問題は明日菜さん達(バカレンジャー)ですわね。取り合えずテストに出て頂いて0点さえ取らなければ………」

「そう言えばさあ委員長、バカレンジャーはどうするの? まだ来てないみたいだけど」

「あれ~ほんとだ。HR前なのにね」

 

 ちょうどその時、教室のドアが開き何故か薄暗い雰囲気を醸し出している八人組を引き連れたアーニャと、ボロボロになって気絶してるらしいアスカの足を引き摺るネギが入ってきた。

 その八人組の様子と嘗てない王者の覇気を撒き散らすアーニャとイラツキを隠せていないネギに教室にいた全員が固まる。

 

「全員、着席」

 

 必要最小限のアーニャの言葉に、全員が何かを言う事もなく全速力で自分の席に座る。葬式のように静かな教室の中、粛々とHRが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 期末試験から一週間経ち、運命を決める結果発表の日がやってきた。

 試験後、試験結果を表示する巨大スクリーンがある入口ホールには多くの生徒達が溢れ返り、落ち着かない雰囲気がそこかしこから感じられる。だが、そんな中で普段ならテストのことなど気にもとめない筈の2-Aが尋常ではない様子でスクリーンの前を陣取っていた。

 そのただならぬ気配に他所のクラスは近づくことも出来ず、少し距離を取って何事かと見守っている。だが、2-Aの生徒達はそれらに意識を割く余裕は全く無かった。彼女達の視線はこの場所に来た当初から何も表示されていないスクリーンを食い入るように見つめており、一切の私語がない。

 やがてテストの集計が終わり、アナウンスが流れて緊張の渦が高まっていく。

 

『2年生の学年平均点は75.9点でした! では第二学年のクラス成績を良い順に発表しましょう!』

 

 マイクとスピーカーを通してホール内に響いた声を聞き、そこに集まった生徒達はいよいよかと喉を鳴らす。

 

『な、なんと第一位は! 万年最下位の二年A組! 平均点は83.8点です!』

「「「「「「「「「「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~」」」」」」」」」」

 

 放送部員の司会の下、栄えある第一位が読み上げられた瞬間、2-Aが号泣と共に雄叫びを上げ、生徒数人が崩れ落ちる。

 

「良かった、良かったよ~」

「うう…………ぐすっ…………う………」

 

 万年最下位のクラスがトップに上がった事もだが、この2-Aの行動に他のクラスの生徒達から奇異の視線が向くが全員が気にすることもなく、思い思いの感情を爆発させる。中には言葉に成らず、嗚咽を漏らし続ける者もいた。

 何故ここまでの状態になったかというと、図書館島侵入の翌日から始まったアーニャ主導の下、寮の一室で行われた地獄の勉強会が原因である。

 HRで学園長から唆されたとは言え、バカレンジャー+αが読むだけで頭が良くなる「魔法の本」を求めて図書館島に入り、デマだと分かって引き返してきたことを教えられた。そんなに成績が良くなりたいなら教えてあげようと勉強会が開かれることになったのだ。出席は任意だが半ば強制なようなもので参加せざるをえない。アーニャとネギの怒りはそれほどまでに凄かったのだ。

 誰もが机にかじりついて勉強する。特に原因であるバカレンジャーと図書館島探検部ののめり込みようは凄まじかった。

 睡眠すらも削って勉強する様は狂気すら感じさせ、テストを寝不足で全員が血走った目で受けたので担当した教師が驚いていた。

 死ぬほどの勉強の結果としてその苦労は報われたので、歓喜を爆発させていたのだ。尚も成績発表は続いているが彼女達の耳には入ってなく、ただただ地獄から帰って来れた事を喜んでいる。だが、一部の生徒にはそれも許されなかった。

 

「…………神楽坂、近衛、綾瀬、長瀬、佐々木、古菲、宮崎、早乙女、アスカ君」

 

 突如騒がしいホールに決して大きくはないのに声が響き、2-Aの生徒どころか他の生徒の言葉すら奪ってしまった。

 司会が異様なプレッシャーを浴びて冷や汗を浮かべながらもプロ根性を発揮して成績発表を続ける。群集の最後尾から人々がモーゼの如く割れ、コツコツと靴音をさせながら一人の教師が現れた。学年主任の新田である。

 その後ろにはネギとアーニャが控えていたが、新田が醸し出す空気が恐ろしすぎて誰も見えていなかった。

 「鬼の新田」と呼ばれるほどの新田の顔は、この時は何の表情も浮かんでいない。そのことで周囲は本気で新田が怒っていると思った。

 新田に名前を呼ばれた生徒達は心では逃げたいと思いながら体が動かず、九人を残して他の2-Aの生徒達が巻き込まれる事を嫌って傍を離れる。新田が武道派ですら気圧されるプレッシャーを辺りに振りまきながら九人の前で静止するのを、周りは成績発表よりも注視していた。

 

「直ぐに生徒指導室に来なさい」

「「「「「「「「「「…………はい」」」」」」」」」」

 

 新田の拒否権の無い言葉全員が返事と同じく頷く。

 新田が先頭に立って歩き、その後を十三階段を登る死刑囚のように死相が出ている九人がついて行った。最後尾をまるで逃げないように見張るようにネギとアーニャがつく。後の地獄を想像し残った2-Aの生徒全員が胸で十字を切り、彼等の無事を祈った。後に2-Aの生徒達だけでなく、事件の概要を知った生徒達は一つの事を重く胸に誓った。

 

『どんなことがあっても鬼の新田だけは本気で怒らせてはいけない』

 

 この後に麻帆良学園都市に試験後出来た標語であったそうな。

 


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