1.物凄い強い
2.極悪な能力を持っている
3.圧倒的な数
4.その他
はたしてどれだ!!
アンナ・ユーリエウナ・ココロウァは悩んでいた、目の前の痴話喧嘩をどうしようと。
「なんで渡したばかりの指輪を付けるのよ!」
「だから仕方ねぇって言ってるだろ。まさか指輪が取れなくなるなんて誰が思うよ」
「付ける指を考えてよ。二人して左手の薬指に指輪をしているのを見られたら勘違いされちゃうじゃない!」
アーニャの目の前で明日菜がアスカを糾弾している。
珍しい光景ではあるのだが、どう見ても痴話喧嘩の息を出ない内容にアーニャならずとも辟易するものである。
アスカが明日菜から渡された指輪を面白がって遊び半分で左手の薬指に付けたはいいものの、外れなくなったペアリングの片割れを見聞していたネギが難しい顔で唸る。
「片方が身に着けると自動的に反対側にも同じように装着されるようになっているのかな」
アスカの手を取って様々な角度から検分していたネギの発言に、横から二人のペアリングを羨ましそうに見ていたのどかが首を突っ込む。
「どうやったら外れるんですか?」
「相当古い魔術具みたいですから、マスターならともかく僕ではもう少し時間をかけないと無理です」
知識はそれなり段階のネギよりも、六百年を生き数多の魔法具を保有しているエヴァンジェリンを押すネギ。この中で魔法に一番精通しているネギがこういうのだから、今すぐにどうこうするのは不可能という結論が出た。
恥ずかしがる明日菜はいいとして、どうしてアスカは左手の薬指に指輪をつけることの意味を理解しているのに気にもせずにシャドーボクシングをしているのか、アーニャには一生かかってもアスカの思考回路が理解できる気がしない。
「まあまあ、明日菜。そんなに照れんでも」
「照れてない! こういうのはもう少し段階を踏んでから……」
「本音が漏れてますよ、明日菜さん」
宥める木乃香と自爆する明日菜、突っ込む刹那のトリオも見慣れたものである。
アーニャが少し視線を横にずらすと、そこには頭を抱えている長谷川千雨の姿があった。
「ありえねぇだろ。なんで指輪がいきなり光って指に装着されてんだよ。しかも取れねぇとかありえねぇし」
「魔法具の一つのようですから、なんら不思議なことはありません」
「そんなものがある時点でファンタジーだよ!? は? 羨ましいだって? 幽霊のお前が言うな!!」
こちらはこちらで珍しいコンビが出来ているものである。というか、千雨がどうして魔法関係の関わっているのか、アーニャにはさっぱりだったが茶々丸が相手にしているなら魔法がバレた責任は茶々丸の主であるエヴァンジェリンが取るのだろうと気にしないことにした。
千雨の言から察するに、アーニャには全く見えないが相坂さよが近くにいるようだ。何故、アスカとそして千雨にだけさよが見えるのかは分からないが、アーニャが本題を切りださないとこの面子では話が進まない。
「で、いい加減に話を進めていいかしら? 拒否する奴にはアーニャフレイムバスターの刑だけど」
『どうぞどうぞ』
四肢に炎を纏いながら恫喝すると、全員が大人しく聞く体勢を作ってくれたので満足する。
そもそもアーニャが呼んだのはアスカとネギだけだったのだが、他の者まで付随して着いて来てしまったことに少しイラついていた。全員が聞く体勢に入っているのに、アスカだけ指輪を付けた左手で拳を作った感覚を確かめているので青筋が浮かぶが努めて気にしないことにする。
長年の経験からアスカに付き合っていると話が前に進まないので本題に入る。
「さっき超が学校を辞めるって言って来たわ」
「え、ホントに?」
「ええ。明日、学園祭が終わったら直ぐに学園を立つからって退学届も預かってる」
この話題にはアスカも話を聞く体勢になった。ネギの問いに答えつつ、アーニャはポケットから超から預かった達筆な字で書かれた退学届を取り出して見せる。
「辞めるって…………理由は? 中学校は義務教育なのにそんなに簡単に辞められるの?」
「故郷に帰らないといけなくなったって言ってたけど、まだ学園長までには伝わっていないらしいからどうなるかは分からないわ」
全員が驚愕しつつも、突然の報告に困惑しているのはアーニャも同じで超の言葉をそのまま伝えているに過ぎない。
集まった全員で、ああだこうだと意見を出すが情報が少なすぎて何の結論も出ない。
「超に直接聞けば早いだろ」
アスカの言葉にその場にいた全員が手を打ち合わせるのだった。
超鈴音は困惑していた。自他共に天才と称される彼女にしては珍しいことに。
「門出を祝福してくれるのは有難いのだガ……………………みんな、目的を忘れてないカ」
一番無難だろうとアーニャに退学届を渡した際、その場に居合わせた雪広あやかの号令によって集められたクラスメイト達によって壮大な送別会が組まれたことは照れるが嬉しい事である。
問題は最初は超を中心として盛り上がっていた送別会が、何時の間にか「二夜祭」とかいう垂れ幕に変えられた時から目的が変化してしまった。
「私の送迎会ではなかたのカ?」
「お涙頂戴は我がクラスに似合わないと仰ったのは超さんですわよ。盛り上がることは良い事です」
「あやかさん…………にしても、これはあんまりだと思うネ。ここにいる殆どが主題を忘れてしまてるヨ」
ははは、と愚痴を言うと会を取り纏めたあやかは誤魔化す様に笑う。
「クラスメイト全員に召集をかけましたから、もっと騒がしくなりますわよ。泣いて惜しまれながらお別れなど我がクラスではありえません。超さんには最後まで3-Aの流儀に従って頂きます」
こうしている間にも借り切った第三廃校舎の屋上に次々とクラスメイトが集まって来る。
合流したクラスメイト達は集まった本題である超に一言か二言ぐらい声をかけると、どんちゃん騒ぎに突入して行っている。麻帆良でもバイタリティではトップクラスと言われている3-Aが暴走するのは良くあることで、当初の目的を忘れて騒ぐ光景は何時ものことと言える。
「別れに涙はいらない、カ」
あやかの言葉から残照が呼び起こされる。
何度も呼び起こされた記憶はノイズが走るように鮮明ではないけれど、与えられた祝福と触れた温もりだけは今も覚えている。
大切な過去を思い出せたことに我知らずに笑みが浮かんでいる超を見て、少し驚いた様子のあやかが目を瞬かせながら口を開いた。
「あら、良い言葉ですわね。誰かの言葉ですか?」
問われて一瞬答えるか迷った。しかし、言ったところで大して問題が無いこともまた事実。
重く感じる口は傍から見れば滑らかに、そして素早く言葉を紡ぎ出す。
「…………初恋の人ネ。遠い地に行くからと別れる時に泣いてた私の頭を撫でながら言てくれた言葉ヨ」
「超さんが好きになるほどのお人なら凄い方なのでしょうね」
「当然ネ。世界を背負た人ヨ。凄くないはずがないネ」
ここであやか以外のクラスメイトなら『初恋の人』発言に目を丸くして、周りを巻き込んで大騒ぎになるどころだが、こういうところで人間性が出る。
今も穏やかに微笑んでいるあやかに言い過ぎたと頬に朱を散らしながらも、言ったことに対しての後悔はない。
「もしかして今回、故郷に変えられるのはその方とご関係が?」
「全くなイ…………とは言わないガ、出会た時にはその人にはもう恋人がいたからネ。昔から言うだろウ、初恋は実らないト。私もその口ヨ」
まさかあやかとこのような話をすることになるとは、人生とは本当に分からないものだと超は我が身を省みて苦笑する。
「超さんにもそういう過去があるのですね」
感心したように息を吐いているあやかに言い過ぎだと自覚しながらも、一度滑らせた口から言葉が止まることはない。
「委員長は私をどういう人間だと思ているのカナ? 世間で言われているような完璧超人では決してなイ。私だて泣きもすれば笑いもするただの人間ネ」
「ええ、こうやって落ち着いて話をする機会もなかったものですから勘違いしていました。本当の超さんは完璧超人なんかじゃなくて可愛らしい年頃の乙女だって」
「…………委員長は意地悪ネ。小さい頃に亡くなた曾祖母を思い出すヨ」
話している相手が相手なだけに故人を思い出してなんともいえない表情を浮かべた超に、あやかはその内容に驚いたものの手で口元を上品に隠して目を僅かに細める。
超が麻帆良に来る以前のことを、ましてや身内のことを話したことは一度もない。別れを前にして心の箍が緩くなったとしても、それだけ心を開いてくれているのだと二年以上を過ごしたあやかが嬉しくならないはずがない。
「私で思い出されたということは素晴らしい方なのでしょうね」
「素晴らしいかはともかく、優しくお年を召されていても綺麗な人であたヨ。ただ、私にだけは時々意地悪だたネ。今ならばその理由も分かるガ、当時は好いてはいても苦手意識があたヨ」
ニコニコと喜びで微笑んでいるあやかに首を捻りながら超は幼い記憶を穿り返し、当時の自分の感情に唇が我知らずに尖って、周りからは拗ねている超という珍しい光景が見られた。
「あら、では超さんは私にも苦手意識があるのですか?」
「そういうことをわざわざ聞くところがそくりヨ」
「ごめんなさい。私、何事にも言葉にしてほしい性質なもので」
からかいも込めて伝えると超は頬に朱を散らして、「知らないネ」と顔を逸らす。照れていると分かる動作に微笑ましさしか感じなくてあやかも殊更にそれ以上は突っ込みもしなかった。
「超」
背けている顔の方向とは反対側から聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、超がそちらを向くと後ろに手に袋に覆われた棒状の物を持った古菲が立っていた。
「古……」
「全部聞いたアル。突然だったからビックリしたアル。少しいいアルか?」
寂しげな表情を浮かべて超の下へと歩み寄る古菲。
迎えるように立ち上がった超は、一瞬あやかに視線を向けるが彼女は静かに微笑んで送り出してくれた。
盛り上がっていくお別れ大宴会から離れ、二人きりになると古菲の方が先に口を開いた。
「すまないネ。本当なら古には先に伝えるつもりだたが、こういう結果になてしまタ」
「責めているわけではないアル。ただ、水臭いと…………止めておくアル。こんな場で愚痴を言うのは良くないアル」
「バカだが素直で一途な古にしては珍しく気を遣たのだナ」
「いきなりバカとは失礼アル」
騒いでる場から離れて和やかに話す二人。こうやって話すことが出来ることも今後無くなると思えば、一分一秒がとても大切に思えて全てが愛おしい。
超は故郷のことを殆ど話さないので同郷かは分からないが、少なくとも中華系の留学生ということで出会った当初から仲良くなった二人は、出会ってから今までを振り返るように穏やかに話す。
「しかし、どうしてこの時期に転校などするアルか? もう少しすれば皆と一緒に卒業できるのに」
「故郷に帰らねばならないヨ。私としても卒業までいたかたが、この時期を逃すと次は二十二年後になるからネ。どうにもならないヨ」
話の中でどうしても避けられない超の転校。切りだした古菲に対して、周りに高い建物がないお蔭ではっきりと見える世界樹へと視線を移した超は儚げに笑って答える。
「…………また、会えるアルか?」
「私の故郷はちと遠いから難しいネ。残念ながら場所は言えないヨ」
飛行機や船等で世界の大体のところに行けるようになった現代において、今を帰らねば二十二年後になるまで帰ることが出来なくなる故郷がどこなのかは大いに気になるところだったが、超の返答は問いを拒む雰囲気を滲ませていた。
「今までありがとうネ、古。この二年と少しは楽しかたネ。特に古と友になれたことは私の生涯の宝物になタ」
世界樹から古菲へと視線を戻した超は寂しげに笑う。
これが別れの儀式であると悟った古菲は、本当に二度と会うことは出来ないのだと実感が押し寄せて来て涙が込み上げてくるのを感じながら、後ろ手に握った袋に入った棒状の物を強く握った。
「私も超と友達になれて良かったアル。これ、餞別アル」
会うことが出来ないのならば、せめて物が二人を繋ぐ絆になってくれればと持っていた棒状の物を超の前に差し出しながら止めていた紐を解く。
「我が師からもろた双剣アル。超にやるアル」
封を解かれた袋から二つの柄頭が覗く。
一つの鞘に収まった双剣を差し出された超は、見覚えのある柄頭に目が吸い寄せられた。
(こういうことカ……)
視線の先にある双剣に故郷での記憶が刺激される。
記憶にある赤と見覚えのない青が、家に伝わる言い伝えと繋がって一つの答えを導き出す。
「超の故郷は遠くて、もう会うのはアルネ? せめてこれを超に貰って欲しいアル」
目尻に涙を浮かべて双剣を渡そうとして来る古菲に、超が答える言葉は決まっている。歴史の規定事項などではなく、そうすることが正しいと知っているから。
「受け取れないネ」
双剣を手で抑えると古菲の表情が激変する。正しい意味で言葉が伝わっていないと苦笑しながら、伸ばした手で双剣の片方の柄を握って引く。
引かれていく腕に合わせて、双剣の片方の刃が姿を現す。
「貰うのはこちだけにしておくヨ。私達はもう会うことは出来なくとも、きっとこの双剣はもう一度巡り合えるはずネ」
鞘から引き抜かれた刃に纏っていたローブから取り出した袋に入れて笑顔を返す。すると、古菲もようやく安心したように微笑んだ。
「まさか断れるんじゃないかと思って心臓が止まったアル。超はこんな時でも変わらないアルよ」
「ふふ、泣くとでも思たカ? 科学に魂を売た悪魔である私は、別れぐらいで涙は流さないネ」
「そう言うと思ったから超が相手だと私も泣くに泣けないアル」
別れる時に涙はいらない。互いの未来を想うならば、笑って別れる関係でいられることが幸せだった。
拳をぶつけ合った二人が、もう少ししたら倒れるのではないかと言いたくなるテンションで騒ぎまくるお別れ大宴会に戻ったところで、屋上に通じるドアが開いて集団がやってきた。
集団のメンバーはクラスメイト達であり、その中に目的の人物がいることに確認した超は楽しい時間が終わりに近づいていることを実感し、それでもこれから披露される舞台の脚本家として笑って見せた。
迎えるように待つ超の前に、目的の人物の腕を引っ張りながら連れて来たネギ・スプリングフィールドがやってくる。
「超さん、話があります」
恐怖劇と英雄譚の同時開幕の前に、脚本家たる超は静かに嫣然と笑った。
お別れ大宴会を抜け出して、世界樹の間近の広場にやってきたネギ達と超は向かい合っていた。
「教えて下さい、超さん。なんで突然、退学届なんかを?」
両者の間に蟠る沈黙を最初に破ったのはネギ。開口一番に切り込む。
先を立って移動していた超はネギの言葉に振り返り、世界樹を背後に従えて何時ものように不敵に笑う。
「そんな怖い顔しないで欲しいネ、ネギ坊主。学園に戦いを挑むのだから形式として必要なことヨ。悪の組織のリーダーが学生では恰好がつかないだろウ?」
「ふざけないで下さい!」
ニヤリと笑う超の真剣とは思えぬ言葉に、温厚なネギにしては珍しく口調を荒げる。
「ふざけてはいないヨ。悪というものは形を大事にするとエヴァンジェリンを見れば分かるだろウ。私はその流儀に乗とているに過ぎなイ」
怒声に堪えた様子のない超は、冷静らしからぬネギを見るのもまた一興とばかりに応用と受け流して自説を展開する。
口調こそおどけているが、超の眼は笑ってはいなかった。ネギの一挙一動を見逃さないように見定めている。
ネギが彼にとっては、超の自分勝手と思える主張に更に激昂しようとしたその瞬間にアーニャがネギの肩を抑えた。
「落ち着きなさい、ネギ。超の術中に嵌ってるわよ」
「アーニャ……ごめん、少し下がる」
冷静なアーニャの言葉に自分が平静を保っていられないことに気づいたネギが一歩下がる。
「選手交代よ。で、超。百歩譲って退学は良いとして、どうして世界に魔法をバラそうとしているのかしら?」
ネギに代わって前に出たアーニャが腰に手を当てながら傲然と問いかけた。
アーニャの目は超の本心を見透かさんばかりに眼光鋭く、毅然とした態度は嘘は許さないというポーズである。
「逆に問おウ。どうして魔法をバラしてはいけないのかト」
「何故って、それは……」
「そういう決まりであり、魔女狩りの再現をさせない為カ?」
アーニャは答えを沈黙とすることで肯定を返した。
「中世ヨーロッパに実際に行われた虐殺。歴史を紐解けば、現代ならば誰もが知ることが出来る悲劇ネ」
魔女狩りとは、キリスト教国家で中世から近世に行われた宗教に名を借りた魔女とされた人間に対する差別と火刑などによる虐殺。
魔女かどうかを判別するために、被疑者に鉄球をつけて湖へと落とすのだとか。その判別も浮かんできたら魔女、浮かばなかったら魔女ではないという随分な適当な代物が多い。
「教会の権威と威光を示すためのデモンストレーションみたいなものだたにしロ。教会の人間にとて奇蹟とは信仰に厚い聖人のみが行えるもノ。だから神を信じない魔法使いの魔法は奇蹟ではなク神の力ではないのならば悪魔の力を借りたものダ、故に魔法使いは悪魔の使徒であル、と当時は信じられタ。処刑された殆どが無辜の民だとしてモ」
超が底知れぬ笑みを浮かべながら、歴史の裏に隠された魔女狩りの真実を語る。
「でも、実際に教会により多くの魔法使いが殺され、それまでは普通に暮らしていた魔法使いたちは人里離れた地へと移住するしかなくなった。それまでは秘匿なんてなかったけど、魔女狩りを経験した魔法使い達の恐怖によって制度が作られた。魔法が世間に知られれば、また魔女狩りが起こる。これが一般に魔法を隠匿する根拠よ」
「それだけではないだろウ。公開された場合の兵器転用や民間被害の問題もあル」
ええ、とアーニャは重々しく頷いた。
「では、表に出て来れない現代で魔法と魔法使いに意味はあるのカ?」
超の言葉にアーニャは押し黙り、眉が内側に寄った。
それは魔法という概念の根源に関わる疑念であった。魔法世界よりも旧世界にいる魔法使い全てが抱えている疑念。
ないからだ。現代という世界は、魔法を必要としていない。科学という果実が落とす利益は、魔法で得られるそれを遥かに上回っている。裏の世界では利用されていたりもするが、例え魔法の全てが嘘や偽りでも全世界の人々が困ることはない。現に旧世界において大多数が魔法を知らずとも当たり前に暮らしている。この事実は動かしようがない。
「敢えて、言うネ。現代に魔法は必要とされていなイ。それどころか広まればデメリトの方が多いヨ」
世界に魔法をバラそうとしているはずの超のまさかの否定に場がざわつく。
だが、超はニヤリと笑うのみで憎々しげに表情を歪めたアーニャとネギを見つめるのみだった。
「現代において必ずしも魔法は必要なものではなイ。空を飛ぶなら飛行機に乗ればよイ。遠くの人と話すなら携帯電話を使えばいイ。街を焼き払うような魔法よりも、爆弾の方がよほど確実ダ。個人の才覚に頼らざるをえない魔法と、万人が使うことを前提とされた科学の違いは歴然ダ」
だけど、このような科学全盛の時代でも、魔法を選ぶ者はいる。魔法を選んでしまった者がいる。選んでしまったのならば、その価値こそが絶対だ。世界がどれほど無価値と言おうが、そんな言葉は何の意味も持たない。
「魔法を知ても悪用をしなイ。あくまで希望的観測を多分に含んだ理想論に過ぎないネ」
それだけ語って、超は静かにいったん言葉を切った。
こう在ればいいという未来。勿論綺麗ごとだけで世界は廻っておらず、現実的な問題や障害はいくらでもあるだろう。
「現実問題として魔法を悪用して危険を及ばすことがあるかもしれなイ。いいや、必ずあル。どんな技術でも戦争に、破壊に利用してきたのが人類ヨ」
科学という力によって生存領域を広げてきた現代社会にとって、魔法との出会いはあまりに破滅的だ。魔法と共存可能な新しい社会が構築されるまでの間、どれだけの命が散っていくか想像も出来やしない。新たな戦争や紛争が勃発しても何ら驚くには値しないだろう。
だが、善と悪は表裏一体。どのような技術でも、概念でも、見方や使い方によっては善にも悪にもなってしまう。技術があれば利用したくなるのが人類の性。
牛肉や豚肉を食べることに、罪の意識を覚えないのと同じだ。或いは、人間が自然を喰い散らかして、生存権を広げていったのと同じだ。化学が自然環境に強いてきた痛みと何ら変わることがない。魔法もまた、科学と同じ悪性を孕んでいるという、それだけのことに過ぎない。
「ハキリ言て便利な力を知れば必ず悪用する者が出てくるヨ。人間の中の悪を撲滅できないのと同じように、悪用することを防ぐことは出来なイ。だけど、悪いのはあくまでそれを使う側の問題であて技術に問題はないネ」
物を切るためのカッターナイフで強盗をするように、人を遠く離れた場所に運ぶ飛行機をテロで乗っ取ってビルに突っ込ませるように、使う人間全てがそれを正しく扱うとは限らない。使い方を間違えれば魔法は簡単に人を殺せる。でも、悪いのは魔法じゃなくて、そんな使い方をする人間が悪いだけだ。
人は言葉を持つ生き物だから話し合えば必ず解決する、などという麗しい考えは通用しない。話し合うのは、まず自分や周囲の安全を確保してからだ。それをせずに言葉を繰っても、その間に自分が害されてしまう。
「変なことを言い出すのね。とても魔法をバラそうとしている人間の言葉とは思えないわ」
「必要なのハ、こうやて議論することヨ。何が正しくて間違ているかなどを一面だけで見るのは愚かだと私は言いたいのだヨ」
「魔法使いだけでなく、一般の人間も魔法を知った上で議論をしろと言いたい訳?」
そうだヨ、と返すに超にアーニャは徐々にその狙いが見えて来て渋面を浮かべる。
「知らないからこそ人は不安に駆られて過剰な防衛行動に出ル。私はこの世界樹を利用して全人類に強制認識魔法をかけ、魔法の存在を信じる土台を作ル」
超の発言に合わせたかのように世界樹が薄らと光る。
「魔法をかけるといてモ、地球規模の魔法が個人に与える影響は魔法等の超現実存在へのハードルを下げる催眠術程度。魔法があるかもしれなイ、魔法使いがいるかもしれなイ、と思うだけで、もとも混乱も暴走も少ない魔法公開ヨ」
世界樹の光が少し距離を開けて立つ超の表情を覆い隠し、その時の彼女がどのような感情を抱いているかは単調な口調だけは容易に察することが出来ない。
「確かに被害は少なくなるかもしれないけど、いくら言葉を変えようともそれは洗脳です! 人が人に最もやっちゃいけないことですよ!」
聞いていて我慢が出来なくなったネギが怒鳴るが、超に効いた様子はない。寧ろ笑みを深めたのが光の向こうの雰囲気で感じた。
「ならば、魔法を知たからといて記憶を消すのは正しいのカ? 一方的な理屈を振り撒く魔法使いこそ害悪ではないカ」
現代において外的要因による魔法の存在に気づくケースは少なからず存在している。事件に巻き込まれるなどの已むに已まれぬ理由によって知ってしまうことは往々にしてある。どのような場合であっても不足の事態は起こり、巻き込まれるのは何時だって何も知らぬ一般人なのだ。
一般人が魔法を知った場合の選択肢は限られている。記憶を消すか、口を閉じるか、足を突っ込むか、大なり小なりの差はあれど、その三択に別れる。この三択において、口を閉じておくというケースは少ない。いくら専門機関が常に魔法バレが起きないように見張っていようとも人の成すことに完璧はありえない。ならば、記憶を消すなりした方が遥かにリスクが少ないのは誰が見ても分かる。旧世界の人口はこの数十年で激増しているのに、魔法使いは現代に入ってからも目に見えるほどの増加にないのはそこに関係している。
それだけの力が魔法協会にはあるのだ。古くより権力社会と結ぶついてきた組織は、地方都市一つぐらいは容易に隔離しうる。情報操作、偽装工作――――そういった類の行動はお家芸といってもいい。
「話を摩り替えないで、超」
「摩り替えてなどいないヨ、アーニャさん。私は人を、魔法を信じているヨ。一般人でも努力さえすれば魔法は使えることは、魔法に関わて来なかた木乃香さんが証明していル」
話を向けられた木乃香がビクリと体を震わせ、彼女を守るように刹那が庇う。
超は一年前には想像も出来ない二人の姿に時の流れを感じて視線をアーニャに戻す。
「今の魔法社会の体質は閉鎖的すぎル。技術も議論も、もと広めなければ生産的なことではなイ」
楽しくて仕方ないとばかりにクツクツと笑う超は更に言葉を重ねていく。
「あらゆる科学技術と同じように、気をつけるしかなイ。法律をしかり作て、魔法の悪用を取り締まるしかないネ。そうすればデメリトの大部分は解消できるネ」
「理想論よ。世界はそんな単純に出来てない」
「確かに私の言ていることは理想論に聞こえるかもしれないが魔法世界はこうやて回ているはずヨ。私を否定するということは魔法世界の秩序を否定するのと同義。それとも魔法世界は法律もない無法な場所なのかナ?」
アーニャの断定にも落ち着き払った声音の超は小動もしない。相手のルールには乗らず、隙あらば自分のペースに引き込む言葉を繰りだしてくる。
完全に超のペースだった。
「実際に法律を整備し、旧世界の全ての人々に魔法を悪用させないようにするには長い時間がかかるだろウ。しかし、一般の世界では周知されていない魔法が彼らにも使えるようになるにもまた長い時間がかかル。私が行う方法こそがもとも混乱を最小限に抑エ、最短で事態を収束させるネ」
それは、疑いを挟むことを許さない強い言葉だった。
「魔法があれば救える命のあるかもしれなイ。災害に、救急に、ありとあらゆる失われるかもしれなイ、これから失われていく命を前にしテ、秘匿を理由にして見捨てるト? 人を助けることに重きを置く旧世界の魔法使いに大義名分が生まれるのだゾ」
アーニャもネギも絶句した。想像もしなかった考えに、一瞬硬直した。或いは、認めたからでもあった。その言葉のどうしようもない身を溶かしてしまいそうな甘さを。情けないほど簡単に二人の心は揺れた。
魔法使いの意味と価値。それは、旧世界に生きる魔法使いへ、常に突きつけられている問いであった。単に個人レベルではない。
魔法もまた、科学と同じように長い時間をかけて習得するものである。そこまでしてもなお、現代において魔法は無意味なのだ。全ては一般人に知られてはならないという不文律があるが故に。
ならば、優秀な魔法使いほど、自らが研鑽してきたものを誇り、現代における自分の存在の価値の低さに絶望するしかない。そこから目を背けるか、受け入れるかは別として、砂を噛むが如き徒労感を味合わぬ者はいない。
「魔法でなければ防げぬ悲劇、魔法でなければ救えない人がいるなら迷うべきではないのではないカ?」
そうだ、とネギは思う。もしも、秘匿という前提が覆るなら、今まで秘匿の壁に邪魔をされて出来なかったことも出来るのではないか。それはあまりにも甘く、致命的な毒だった。
「幼い頃、不思議に思えた様々な出来事に惹かれて科学者になった者が、研究を重ねる内にその不思議自体をただの現象に引き摺り下ろしてしまうみたいニ。このまま時が進めば、何時か旧世界の人間は魔法そのものを排除してしまうだろウ。魔法が世に出るならば今しかないヨ」
更なる難題が積み重ねられていく。
科学はこの数十年に圧倒的な進化をしてきた。その進化は留まる事を知らず、この百年の間は鈍化している魔法は何時か追いつかれ、やがてはあっという間に追い抜かれる時が来るかもしれない。
「……………」
一通り聞いた後、訪れたのは静寂だった。
解決力を超えた難問をぶつけられて立ち尽くしていた。
それぞれがさっきの話を反芻して、なんとか自分の内側に消化しようと努めているいるのであった。まるで周辺の空気が海底へと変じて、誰も彼もが塩水に沈んでしまったかのようにも見えた。
最も効果的な言葉を切り出すのに、最も効果的なタイミングを待つ。この場にいる全員の表情を、その裏に動く感情を見定めるように超は見渡した。
彼らの理解と感情が、丁度目的のラインに達したと見た瞬間、超は告げる。
「私の仲間になレ。より多くの人々を救うためニ」
揺れた。特に生粋の魔法使いであるネギとアーニャの心がその言葉に揺れる。
もしもヒーローの条件を、世界を変える力と意志ある者だと単純化するなら、超鈴音はそれを満たしている。彼女は世界に魔法を暴露するという手段を握り、世界の価値観を一変させる意志を有しているからだ。
「仲間になるかどうかの前に聞きたいのだけど」
「なにかナ?」
あまりにも突拍子のない話が続いているので、もはや何を言われても盲目的に受け入れるしかなくなっている。それがアーニャには今一つ釈然としないところでもあったが、だからといって真偽を確かめても無意味であることは分かりきっている。
考える。考える。考える。思考し、思索し、思案する。疑問符を幾つも繋げていく。ただ、可能性を上げていく。考えられるだけの可能性を、いずれも否定せずに列挙する。
アンナ・ユーリエウナ・ココロウァは、けして聡明な方ではない。相手の思考を高い精度で探り、逆手を取るような叡智には恵まれていなかった。その代わり、ありとあらゆる可能性を虱潰しに辿っていくような執念と集中力にはただならぬものがある。
これまで積み重なった経験からいくつものパターンを照らし合わせ、可能な限り精密に検証を繰り返す。何度となく見てきたパーツは組み合わせを変える度、まるで日本の折り紙のように毎回多種多彩な形を織りなしていく。
それでもまだまだ情報が足りない。ピースが揃っていない。その為の情報を、ピースを求める。
「行動には動機が、理由が必要になる。アンタはどこの誰で、何の目的があって魔法を公開しようとしているのか。何一つ語らないまま、仲間になれというのは無理があるわ」
「…………道理ネ。逆に簡単に仲間になると言ていたらスパイかと疑ていたところヨ」
超が握り拳を作って口元に近づけて、コホンと咳払いする。
「では改めて自己紹介させてもらおウ。我が名は超鈴音。ある時は謎の中国人発明家! クラスの便利屋兼恐怖のマッドサイエンティスト!! またある時は学園NO.1天才少女!! そしてまたある時は人気屋台である超包子オーナー! …………その正体は!!」
意味深に言葉を切る超に、ネギがゴクリと空気を飲み込む。
超は勿体ぶるかのように時間を開け、纏っているローブを後ろに放り投げた。
「――――なんと末来から来た火星人ネ!!」
背景に太陽でも背負ってそうな勢いで言い放った超の姿は、まるで蛸みたいな一昔前の火星人の格好に変わっていた。
どういう仕掛けか、一本一本の動きに違和感がない蛸足が動いているのをアーニャが少し嫌そうに見る。実はアーニャ、生きている蛸が苦手なのである。
若干引いているアーニャ、素で言葉の意味を考えているネギ、その他それぞれは取りあえず黙っている。
結果として、そこには沈黙が流れていた。
予想外の無反応に超は若干顔を赤らめながら咳払いをする。自他ともに天才と称される超といえど、流石に今のを外したのは恥ずかしかったらしい。
「未来から来た火星人、ねぇ……」
「末来火星人、嘘つかなイ」
「私、生きてる蛸が嫌いなの。こう、ニョロニョロ動いているのが気持ち悪くて。そんな物を着ている人を信用するなんて、とても出来ないわ」
「脱ぐヨ。だからそんな侮蔑するような目で見ないでほしいネ」
アーニャに駄目だしされて、一度脱ぎ捨てたローブをいそいそと拾って着直した。
ローブに袖を通すと何故かその手に蛸足はなかった。
「どうなってるのよ、そのローブ……」
アーニャが摩訶不思議なローブに興味を持つと、超は得意気に笑うのみで答えようとはしなかった。
話がグダグダになりそうだったのでネギが顔を出す。
「それで未来の火星から来た超さんは、何の目的があって魔法を公開しようとしているんですか?」
「言葉にそこはかとない棘があるような気がするのだガ…………まあ、いイ。問われたのなら答えよウ!」
ノリノリで答えようとしている超に、ネギは内心でもう放っておいていいんじゃないかと思いもしたが、このノリをどこかで知っているように思えて首を傾げながら続く言葉を待った。
「秘密ネ!!」
ババーン、と無駄に恰好良くポーズを取った超にネギとアーニャの顔から表情が抜け落ちる。
「よーし、この構ってちゃんを捕まえるわよ。行き先は病院でいいでしょ」
「ま、待つネ!? 目的に関しては時間保護法で本当のことを言えないようになてるネ」
「もう、だからそういう冗談はいいのよ! 誤魔化さずにさっさと白状しろっての!」
後ろで話を聞いてなさそうな最終兵器に実戦投入を指示しかけたところを、超が必死に止めるがアーニャとしては堪ったものではない。
もう関わり合いになることすら嫌だと顔に書きながらも、生来の面倒見の良さ所為で仕方なく話を聞いてやることにしたアーニャが続きを促す。
「未来から来た火星人であることは事実ヨ。何しろ……」
ホッとした様子で続きを話し始めた超は、そこで言葉を止めてスプリングフィールド兄弟を見た。
「私はスプリングフィールドの末裔。サウザンドマスターから数えて五代目が私ネ」
「な……何?」
いきなり告白された話の内容に、アーニャだけではなくその場にいた全員が呆気に取られる。あまりにもその内容が信じられなかった。スプリングフィールドの末裔、サウザンドマスターから数えて四代目というならネギかアスカの子供の子孫ということになる。
アーニャは数メートル先に立つ超の顔をマジマジと観察した。
アジア系の超とヨーロッパ系のネギやアスカとでは似ている点を探す方が難しいが、何世代も経過し、かつ間に国際結婚したとすれば可能性はゼロではない。
「証拠……」
は、と問いかけようとしたアーニャの言葉よりも早く、瞬間アーニャの鼻先に超の姿があった。
「なっ!?」
反応する間もなく殴り飛ばされる。超に殴られたのだと気づくのと、身体の奥まで響く衝撃を感じたのはほぼ同時だった。防御の体勢を取る暇もなかった。
吹き飛ばされ、後ろの方にいたアスカに受け止められる。
「今のが証拠ヨ」
「だから…………なに、よ……って、体が…………痺れ、る」
「この軍用強化服に仕込まれているスタンガンに似た物ネ。達人でもしばらくは動けないから無理はしない方が良いヨ」
アーニャが痺れる体に齷齪していると、これまた何時の間にかローブを脱いでいた超が指先まで覆う衣装を披露しながら告げる。
「ネギ、麻痺解除を」
「わ。分かった。アスカは?」
「超の相手をする」
油断なく超を観察していたアスカは隣に立っていた明日菜にアーニャを任せ、ネギに治療を頼みながら数歩前に出た。
その背に向けて、アーニャを抱えた明日菜が口を開いた。
「ちょっと、アスカ。大丈夫なの?」
「さあな…………刹那、さっきの見えたか?」
「いえ、見えませんでした」
「刹那もか」
重い声で言ったアスカだが、その口調に反して楽しげであった。
超がローブを脱ぐのとアーニャの前に移動する過程が見えなかった刹那が思わず不安になって表情を曇らせる。
「策はあるのですか?」
「なんとかするさ」
つまりは策などないと言っているようなものである。
超が実力行使に出た以上、この場で最大戦力であるアスカが立ち向かうのは戦略上でいえば定石である。逆に言えば移動の過程を失くす種を暴けずにアスカが倒されば敗北が確定される。
自身の行動如何によってこの場の敗北が決定すると分かっていても、何時だってアスカの戦いはそうだったから臆することなく足を進めた。
「なあ、超」
「何かナ?」
「この時代は楽しかったか?」
予想外の問いだったのか、超は意表を突かれたように目を丸くして表情を和らげる。
「楽しかたヨ。ちょとだけ何も考えずにこの時代にいられればと思うほどにハ」
嬉しさと気恥ずかしさと何か別の成分を等分ずつ混ぜ込んだような表情。その配分があまりにも絶妙過ぎて、この少女が実際にどう思っているかは、他所からは窺えなかった。
「それでも、やるんだな?」
「無論。私はこの為にこの時代に来たのだからネ」
ならば、是非もなしとばかりに構えるアスカ。
「んじゃ、やろうぜ」
「ああ、思いを通すは」
武道大会の時よりも腰が高く、待ち構えてはいるが動き易いように重心を低くすることを嫌ったのだろう。超の動きを見逃さんと眼を皿のように広げていた――――はずだった。瞬きもしていないと断言できる。
「何時も力ある者のみ」
「!?」
一瞬も逸らさなかったのに彼女の姿を見失い、またもや途中の時間を切り取ったかのようにアスカの背後に現れていた。
アスカは振り返る暇もなく超反応で腕を動かして振り上げられていた超の蹴りを受け止めるが、攻撃の威力を殺し切ることは出来ずに数メートルに渡って二本の轍を生み出す。
アスカが体勢を整えた時には、またもや超の姿が過程を切り飛ばしたかのように背後にいる。如何なる手段によってかアスカに知覚されることなく背後に回り込んでいたのだ。
「ちっ」
アスカは舌打ちをしながらもすぐさま反応して、身体を反転させようとする。刹那が瞠目するほどの尋常ではない反射神経。にも拘らず、超はその上を行く。
「何時の間に!?」
振り返った超の姿がまた消え、殆どタイムラグもなしにアスカの死角に回り込んでいる。恐るべき反応速度と恐るべき瞬発力でアスカが咄嗟に出した腕を攻撃と勘違いして退いたが、アスカが振り返る頃には確実に超の姿を見失っている。
「速すぎる!」
相手の攻撃が速すぎてアスカの攻撃は全て空振り、姿を視認することすら殆どできていないようだった。
瞬動だとしたら、超の実力は刹那では計り知れないものだと言う事になる。それぐらい気配がなかった。高畑に勝ち、アルビレオと良い戦いをしたアスカをこうまであしらえる超の実力の底が知れない。
「ふむ、良い事を思いついタ」
どちらも有効打はないものの、圧倒的優勢の中で攻撃を止めて距離を開けた超が呟く。
アスカも追撃をしない。移動法を見破れていないのか、超を注視したまま動かない。
「もし、私に勝てたら魔法を公開する理由を語ろウ。それと今からしようとしている事も止めるネ。だがもし、アスカさんが私に負けたら――――こちらの仲間になて貰うネ」
言葉が終わるか否か、超は一気に距離を詰めて掌撃を連打する。
その攻撃はかなり鋭く、しかもスピードの速さから攻撃をガードするのが精一杯のように見えるアスカ。
「あれ?」
「気づきましたか、明日菜さんも」
「うん…………超ってそんなに強くなくない?」
猛攻を仕掛ける超と捌くアスカの構図だが、先程のような過程を切り飛ばしたような移動法を使わないので素の実力が見えた。この数ヶ月で初心者の殻を破って信じられない速度で強くなっている明日菜よりも素の実力は劣っている。アスカが押されているように見えるのは、それだけ謎の移動法を警戒しているからだ。
二人が分析していた次の瞬間、またもや超の姿が消えた。
「ぐっ!?」
今度は横に現れて放った崩拳を受けたアスカが吹っ飛ばされる。その背後に次の瞬間、忽然と姿を現し、振り返りざまに肘を打ち込む。
これもアスカは防御するが、防戦一方のように映る。
「問題はあの移動法です。瞬動術にしては前兆が無く、転移にしては早すぎる。あれさえなければ……」
少し離れた距離を縮める為に超がゆっくりと脚を踏み出し、地が踏まれる前に姿が消える。
文字通り、消えたのだ。その僅かな消失時間は0.1秒にも満たない。またもや轟音と共にアスカが吹き飛ぶ。
「…………早いってわけじゃねぇな」
ダメージを負ったのか、口端から流れる血を拭ったアスカは静かに呟く。
「瞬動術を使ったのなら空気が動く。転移だとしても魔法反応はあるはずだから気づく。だとすると、俺が気づかない方法で移動したことになる」
重ねて超が言った自らが未来人であるということと、アーニャを殴り飛ばした時に言った『証拠』の意味。ピースは大体揃った。
「答えは出たのかナ?」
超は追撃を仕掛けず、導き出される答えが合っているか評定するが如くアスカの言葉を聞いている。
「別に答えはいらないだろ。大体分かったからな」
「何が分かたというネ?」
「トリックの仕掛けが分からなくたってやりようはある」
言い捨て、今度は深く腰を落したアスカの真意を探るように見つめていたが、待ち受ける体勢のまま動こうとしない敵を前にして超の行動は限られる。先に動くか、アスカの動きを待つか。
「待つのは私らしくないネ」
ニヤリと笑ってアスカの左斜め後ろに唐突に出現する超。
既に紫電を纏わり付かせた右腕を振りかぶっており、アスカは背後にいる超に気づいている様子はない。どうやっても回避できないタイミング。
「!?」
にも関わらず、超が気づいた時には自らの頬にアスカの裏拳が向かってくるところだった。
触れて殴り飛ばされる寸前にまた消えて今度は右横に出現するが、完全に裏を掻いたはずのアスカが相対していることに気づいて最初の場所に戻った。
ゆっくりとアスカは超に視線をやると、彼女の表情は明らかに強張っていた。余裕たっぷりの笑みはもはや欠片もない。
「ナゼ、私の場所が分かル?」
奥の手を破られたに近い状況に、こめかみから汗をタラリと流しながら超は目つきを鋭くする。
「見て感じて反応してるだけだ。言っちゃ悪いが超の実力は古菲より二段も三段も下だ。どれだけ早く移動できたとしても瞬動術や空間転移の延長の過ぎない。俺の敵じゃあない」
パシ、と言い放ったアスカの頭部付近から紫電が走る。
その意味を誰よりも早く推察した超が苦み走った笑みを浮かべた。
「雷を操作して全身の電気信号を加速させているのカ。また随分と無茶するネ」
「やり過ぎると頭がフラフラするからあんまやりたくねぇんだが、結果は見ての通りだ。勝てんぜ、お前」
勝利宣言とも取れる発言に超は両手を上げた。
「まさか純粋な
「
「未来人だと言ただろウ。つまりはタイムマシンネ」
「ってことは、さっきのは時間移動ってことか」
「疑似時間停止に遡行。そう捉えて貰ても構わないヨ」
「本当にあったのか、タイムマシン」
「これで信じる気になたカ?」
「なったなった。時間移動が出来るのか」
「世界樹の莫大な魔力を使うことでようやく実用できたヨ。戦闘においてカシオペアを有効に運用するには、ナノ秒以下の精密操作と跳躍後の時空間の正確な事象予測が不可欠。私もこの二年間の膨大なシュミレーションの末にようやく実用化にこぎつけたヨ」
ネギらは超の行った技術に絶句していたが、当の本人らは呑気に会話していた。
「カシオペアを使えば時間を移動できル。事前の察知はほぼ不可能…………なのに、どうして私の居場所が分かタ?」
種をバラしても防ぐことは出来るはずがない、と挟持を滲ませて眼光鋭く問う。
「もし、時間を止めている時に攻撃できるならどうしようもないが、時間移動をしても攻撃する瞬間は必ずそこにいて、移動の過程は省けても攻撃のモーションが必ずある。現れた瞬間から攻撃が当たるまでに十分に反応できる」
「間があるといてもコンマ数秒のないはずなのに反応するカ。生身でカシオペアを制御している人工知能を超えるなんて化け物ヨ。では、趣向を変えてみよウ」
言った直後、超の身体が不自然にブレる。
「「「「「「「「「「これでどうかナ?」」」」」」」」」」
十人に増えた超が上方と四方からアスカに襲い掛かる。
「フェアリー・テイル・マイ・マジック・スキル・マギステル、来れ雷精風の精、雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐」
一歩も動こうとしないアスカが静かに呪文を唱える。その間に超が接近する。それでも動かない。
「雷の暴風、固定」
放つかと思われた魔法がアスカの掌の先に留まり、雷の暴風の莫大なエネルギーが野球ボール大に圧縮される。
上位魔法が放たれるかと思われたが、アスカの謎の行動に多くの超は眉を顰めたが、既にかなりの距離を詰めている。早い超の一人は既にアスカまで後僅かの距離まで近づいている。
ゼロ距離で放たれようともカシオペアを使えば回避できると考えた超達は止まらない。
後少しで触れる距離になったところでアスカの口が続きの言葉を呟く。
「解放」
留められていた雷の暴風がその文言と同時に解放され、アスカを中心して暴風と雷の閃光が走る。触れられるほどの間近にいた超の回避は間に合わない。
「なっ、ぐぁっ!?」
カシオペアの回避が行えた超が次々とその場から消える中にあって、間近にいたことで避けることが出来なかった超の全身に拡散された雷の暴風の余波が直撃する。全身に走る雷によって思考が散り散りに乱れてカシオペアを使うことが出来ない。
苦痛に呻いたところに暴風を切り裂いて接近したアスカに殴り飛ばされ、欄干に叩きつけられる。
「攻撃する瞬間に時間移動することは出来ないみたいだな。なら、時間移動をする前に攻撃を当ててしまえばいい」
「簡単に言てくれるネ」
アスカは手加減したのか、超は痛みに顔を顰めながらも立ち上がる。
「柔軟な魔法の使い方をするようになたネ。情報では少し前までまともに魔法も使えなかたのニ」
「別荘で二年間、エヴァに基礎をみっちり仕込まれたお蔭だ」
「その腕の紋様も封印してもらたのカ?」
超の発言にアスカの表情が変わった。
「なんで知ってる? 小太郎や茶々丸も知らないはずだ。まさか」
「怖い顔をしてほしくないネ。エヴァンジェリンに聞いたわけではないヨ。言ただろウ、未来人でありスプリングフィールドの末裔だト。未来情報ネ。知りたいカ? 末来のことヲ」
アスカと視線が合うと超は少し困った様子で小首を傾げながら尋ねた。
「いや、別に」
「そこは聞いときなさいよ」
思わず即答したアスカに突っ込みを入れてしまうアーニャ。チラッとネギのお蔭で麻痺は取れたようだが、一人で立ちながらも痺れが残っているようで時折眉を顰めるアーニャを見た超は、クスッと笑う。
「残念だが聞かれても時間保護法で教えられないヨ」
「じゃあ、聞かないで下さいよ」
「様式美ネ。さて、困たことに、このままでは負けそうだから揺さぶらせてもらうヨ」
ネギの突っ込みを流して再び取り出したるは、世界樹の光に照らされて怪しく光る懐中時計。
チェーンを持ってブラリと垂らしながら超は厭らしく笑う。
「世界樹の魔力でこのカシオペアを使えば百年の時を遡ることが出来るヨ。例えば六年前のあなた達の故郷の村が壊滅する前に行くことも出来るネ。変えたくはないカ? 不幸な過去を」
一瞬アスカ達の脳裏を過る赤。赤い。空も、大地も、そこに存在するもの全てが赤い。見渡す限り辺り一面が赤黒い世界だ。血よりも濃い火の赤だった。それは、一言でいうなら地獄だった。
空が赤く染まっていた。燃える夕焼けの赤ではない、暗い血の色の赤だった。落日の空は血の色だった。見渡す大地も血の色だった。
「変わるわけないだろ。もう終わったことだ」
揺さぶりをかける超の甘言を切り捨てるアスカ。
ネギとアーニャと違って一瞬の迷いもなく言い切ったアスカを楽しげに見つめた超は、更なる揺さ振りをかける。
「アスカさんはリアリストだネ。少しでも変えたい思わないカ?」
「思わない。今の俺はここにいて、過去を変えて何になる。自己満足に浸りたいなら勝手にやってろ」
「死んでしまた人に会いたイ、幸せだた時間を取り戻したという思うのは間違ているというのカ?」
「振り返ってどうする。何も変わらないし、何も変えられない。今を見ない人間の戯言だ」
かつての光景、失われた人もいるけれど、それを振り向かない。胸の中で礎として進むだけだ。アスカは今までそうしてきたし、これからも変わらない。他人に強制する気はないが、他人に強制されるのも拒否する。
アスカにとって過去は終わったもので、振り返るものでは決してない。見えるのは只一つ、遥か先にある父の背中とその道程だけ。
「皆がアスカさんのように強く在れるわけではないヨ」
言う超の背後に二つの影が降り立つ。
増えた人物が三人なのは影の一つがお姫様抱っこで抱えられていたからである。
「真名に茶々丸に…………葉加瀬か」
「あれ? 私の名前を呼ぶ時だけガッカリされたような」
「気の所為だ」
茶々丸から下りた葉加瀬聡美は乱れ放題の蓬髪をガリガリと掻き毟ると、丸眼鏡の奥で黒色の瞳を細め、眉間に縦皺を刻む。厳めしい顔を作っているが、生まれつきの童顔と、広く愛らしい額が威厳の邪魔をし、才気に溢れる気難しい少年のように見せていた。
「で、今度は四人で来んのか? いいぜ、かかって来いよ。そっちの方が楽しめそうだ」
アスカの挑発を耳にした葉加瀬の顔が蒼褪めた。戦闘員でもない自分まで戦力に数えられては堪らない。
だが、否定の言葉は口から出ずに喉が上下するのみ。闘気に溢れた双眸に見据えられただけで身動きが取れなくなった。表情こそ何時もと変わりなかったものの、そこに紛れもない闘志を認めてしまい、生物の本能として決して勝てぬと判断した肉体が戦う前から怯えているのだ。
「いいや、私達はただの観客さ」
葉加瀬と違って臆した様子のない真名が静かに応えた。途端にアスカから発せられていた威圧感が薄れ、フラついた葉加瀬を茶々丸が支える。
「こんなタイミングで出てきておいて観客だと?」
「今でなければ聞けないことがある」
視界と意識を超から外さぬまま、アスカは真名の言葉の意図を計りかねて首を捻った。
「『この世界に魔法は必要かどうか』と、私の質問に答えていないだろう?」
問いにアスカは僅かに体をピクリと揺らしたのみで直ぐに答えようとしなかった。
数秒か数十秒か、決して短くない時間が経過した後、アスカは深々と長い溜息を吐き、静かになった場に返答を紡ぐ。
「知るか、俺が」
この戦いを否定するかのような言葉を返したのだった。
「奇妙なことを言うネ。では、私と戦おうとする理由は何ヨ?」
「今、魔法バレして世界が混乱すると俺が困る。親父を探せない」
「随分と自分勝手な理由だ。魔法が認知された世界ならば多くの人が救えるのだぞ」
超は面白いとばかりに理由を問い、真名は納得できぬとばかりに詰問の語気を高める。
真反対な二人の反応に面倒くさいという態度を隠しもしないアスカが肩を竦めた。
「俺達が生きているのは過去でも未来でもなく今だ。もし、たら、れば、を語る気はねぇよ。魔法が公開された時、確実に麻帆良にいる魔法関係者はその責任を取らされる。そんなのは御免だ」
「自分の為に救えるかもしれない命を見捨てるなど……」
「それだけではないのだろウ? アスカさんが反対するのハ」
銃を取りだそうとする真名を制するように横から口を出した超が挑発的に問いかける。
「人を信じると言ったな、超? そう言ったお前自身が自らの言葉を裏切っているからだ。魔法の論議をすることは必要だろう。だが、お前は準備に二年をかけたと言いながら最も最初にすべき魔法を公開するべきか否かの論議をしていない」
真っ直ぐ目を見ての否定に超は笑っていた、哂っていた、嗤っていた。
「至極最もな意見ネ。だが、それではこの機会を逸してしまウ。次の大発光は二十二年後。とても待てないヨ」
「待つ気が無いの間違いだろ」
アスカが言うと超がニヤリと否定することなく笑う。
その顔を見て、アスカは表情を引き締めて眼光を鋭くする。
「否定しないこと自体がおかしい。魔法をバラすと言いながら、そこに熱がない。本心を隠してる奴の仲間になるなんて御免だ」
「本心、本心カ」
何が面白いのか、クツクツと口の中で笑った超は軽く髪を掻き上げると強くアスカの眼差しを直視し返す。
「では、敵となるカ」
「最初からそのつもりだ」
ザリッ、と地を踏みしめた超に警戒して構えを取るアスカ。
戦闘態勢に戻ったアスカに真名と茶々丸も警戒しているが、何故か超は動く気配も見せずに笑っているのみ。
「三人なら負けないっていう余裕のつもりか?」
「戦う必要はないヨ。既に勝利は決まていル」
懸念を含んだ問いに超は笑みと共に答え、手に持ったままの懐中時計の鎖をジャラリと鳴らした。
今更に気づいたがアスカには見覚えのある時計だった。なにしろ全く同じデザインの物がポケットに入っているから。
「勝負とは戦う前に終わらせておくものだヨ。コード■■■、■■■■■」
武道大会の激しい戦いでも傷一つつくことのなかった懐中時計と同じ物を取りだし、て何をするのかと問おうとするよりも早く超が聞き取れない言葉を呟く。
「何を……?」
「敵と定めた者から貰た物を何時までも持ているのが悪いネ」
「!?」
瞬間、悪寒が全身に走った。
無数の蛇が肌の下に入り込み、ぞよぞよと蠢く生理的な不快感にアスカは身を震わせる。その発生源はズボンのポケットの中から。
確信を持ってポケットから懐中時計を取り出すと、竜頭が無くなっており空いた部分から邪悪そのものの気配が撒き散らされている。直ぐに遠くへ投げようとするが接着剤でくっ付いたように手から離れない。
「どうして……!?」
「細工は流々、仕上げを御覧じろヨ。全ては我が掌の上。嘘つきの言葉を信じてはいけないネ」
語る超の言葉は、アスカには聞こえていなかった。
―――――苦しい………! 殺してやりたい………!!
超の言葉よりも多くの無数の声が押し寄せ、神経を焼き切るようなこの世の悪意を凝縮したような感情が伝わってくる。
荒々しい憎しみ、寒々しいまでの絶望。アスカの内面に吹き荒れたのは、個人が抱ける限界を遥かに超えていた。
―――――助けて! どうして! なにもかも嫌だ!! あいつさえ居なければ! 復讐してやる……!! どうせ上手く行かない…… あいつばっかり……!
一瞬でも気を抜けば、我を失ってしまいそうな怨念が襲いかかる。
「ガ、アアアアアアアア――ッ?!!!!!」
アスカの体は、千以上の肉片に引き千切られ、更にその先々で人間一人が抱えるには余りある負の感情を拾い上げては個人に還元されているのだ。如何に力強く在ろうとも、それはただの幻。ほんの一瞬だけ強く燃え盛って消える蝋燭の最期と何ら変わらない。むしろ敵といえるのは、目の前にいる超ではなく魂を犯す穢れに他ならない。
「アスカ――ッ!?」
「超さん! 何をしたんですか!!」
暴風の如く荒れ狂う呪詛の中心にいるアスカの身を案じて叫ぶ明日菜と、感じる気配に産毛を総毛立たせたネギが誰何する。
「魂魄浸食型の呪詛を解放したネ。下手な手助けはしない方がいいヨ。如何にアスカさんといえど、いや人に抗えるものではなイ」
「貴様――ッ!」
「あかん、せっちゃん!? 向こう側に行ったら!!」
愉悦そのものの笑みを浮かべながら語る超に、刹那が鞘に納めたままだった夕凪を抜き払って憤る。幼き頃から魔に慣れ親しみ、その身に宿しているからこそ感じられる呪詛の醜さに怖気すら感じて恐怖した。こんな状況を作り出してしまえばクラスメイトであろうとも関係ないと、超を斬らずにはいられずに踏み出しかけた刹那に木乃香がしがみ付く。
「いくらせっちゃんでもあの呪詛にタダではすまへん! みんなも今のアスカ君に近づいたら呪詛に取り込まれるで!」
千草より陰陽術を習っている木乃香は、アスカが持つ懐中時計から発せられる数多の無念・悲痛・怨念に心を折られそうになりながらも動き出しかけた少年少女達に叫んだ。
必死な木乃香の叫びに動きかけた明日菜とネギの足が止まる。
「でも……!」
「木乃香さんの判断は正しいヨ。アレには百年かけて熟成され、満ち満ちた祟り神クラスの怨霊群が封じ込められていたネ。ハワイのカネ神に力は及ばずとも後一歩でも近づけば瘴気の餌食になるヨ」
そうしている間にもなんとか脱出しようとしているアスカに纏わり付く呪詛は全身に広がり、瘴気が姿を覆い隠そうとしている。
不味くなっていく状況に焦りながらもアーニャは一人思考を走らせ、この場における唯一の打開策を導く。
「刹那、斬魔剣よ! あれなら呪詛だってを斬れる!」
「ハッ…!? 分かりました!」
アーニャに言われ、鞘から抜いていた夕凪を構える刹那。
今度は武道大会のような暴発はしないと心に決め、振り上げた刀身に気を込めていく。超のいる場所はアスカを挟んで反対側だから妨害も出来ない。十分に気を込めて刹那は心を引き締めて夕凪を持つ手に力を入れる。
「神鳴流奥義――――斬魔剣!!」
振り下ろすと同時に刹那は確かに技の成功を確信した。
無色の斬撃が、微かに足掻く手が見えるだけのアスカに直撃する。その技名の如く、魔を斬り払ったに思えた斬撃は一瞬だけ苦悶に満ちるアスカの顔を見せ、即座に再び呪詛が覆い隠す。
「馬鹿な!? 斬魔剣が効いていないだと!!」
「そうではないヨ。この呪詛は数十万から数百万の人間が生み出したものネ。群体であるから一つや二つを斬たところで意味はないネ。アレを斬り尽くしたいならば青山宗家総出でもなければ不可能ヨ」
近づけば巻き込まれ、外から打ち払える斬魔剣も徒労でしかない。
ネギは、アーニャは、明日菜達は嘗てない絶望を感じていた。何も出来ず、ただ見ていることしか許されないことが彼らに出来ることだった。
「ウガァアアアアアアアアアアアアア――――ッッッッ!!!!」
ネギ達の絶望ですら、呪詛に犯されていくアスカの苦痛の前には霞む。体の中に何かが入って来る異物感に絶叫する。
修学旅行でエヴァンジェリンと合体した影響で腕に現れるようになった紋様の封印が解かれ、煌々と光っているのが見ないでも分かった。呪詛に反応して、封印されていた憂さ晴らしをするかのようにアスカに牙を剥く。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――ッッッッ!?!?!?!?!?!?!?!?」
赤く、赤く、世界が真紅へと染まっていき、アスカの脳裏に、断片的な映像が走った。
それは呪詛の中の、エヴァンジェリンの記憶を、遺伝子のように閉じ込められていたものが、アスカの魂と直接触れ合うことで、具現したもののように感じられた。
立ち込める粉塵、粉砕された家屋、そこそこに散らばる人だったモノの残骸。余熱を燻らせる瓦礫の山には、無数の死体が埋もれているのだろう。そこからドス黒い煙が噴き上がり、意思のあるもののように渦巻くのをアスカは見た。
殺す者と殺される者、両者から等しく放出されたそれは、肌を刺す冷たい皮膜になってアスカを押し包み、平穏な死を得られなかった人の怨嗟を伝えてくるかのようだった。
数千、数万の烏が、深紅の猛煙に燻された空を舞っている。地上では、腐臭を放つ、人とも獣ともつかぬ遺骸が散乱しており、それらを見繕って、烏は一心不乱に嘴を突き立てていた。
すぐさま現われる、別の映像。降伏の傍を掲げている、どこかの民族、どこかの集団が、野盗の集団に惨殺されている。女は慰み者にされ、男は嬲られ。子は売られ、老人は打ち捨てられている。
かと思うと、骨と皮ばかりにやせ細った者たちが現われる。砂に埋もれ、身に纏うものさえ持たない彼らは、誰に看取られることなく、青空の下でひっそりと死んでいった。
アスカの心に、走馬灯となって現われては消えてゆくのは、夥しい、人々の嘆き、苦しみ、狂気、恐怖、混乱、憎悪、一切の負の想念が濃縮されたものだった。
目に映る情景は、悉くが歓喜や幸福とは無縁だった。ただその一点においてのみ共通の、乱脈な景色の万華鏡。何時の時代、どこであるかも定かではない。慟哭があった。屈辱があった。無数の怨嗟と喪失があった。
流血と焦土。裏切りと報復。数多を費やして何一つ得ることのない、限りなく高価な徒労の連鎖。
鳥肌が、立った。血液が、細胞が沸騰する。鋭敏になった神経の節々まで行き渡る、内奥から注入された負の奔流は、邪悪で凶暴な意識を宿しながらも、アスカの身体を熱く燃え上がらせていく。
そんな彼が、最後に見たもの。映像の締め括りとして現われたのは、莫大な負の想念が視覚化されるほどの力を持ち、成長を遂げた、怨霊、魔獣、魑魅魍魎の大集団が、闇の道を猛進してくるものだった。
五感全てから注ぎ込まれるモノで潰されていく。
正視できない闇、認められない醜さ、逃げ出してしまいたい罪、この世全てにあると思えるほどの、人の罪業と呼べるもの。
変わりに目の前に現れたのは絶望の光景。
幸福など欠片もない戦場。ただ硝煙と血の匂いだけが薫る地獄。世界からはあらゆる笑顔が失われ、ただ嘆きの声と涙だけが流される。
突きつけられる死の狂騒。人の手による人の殺害。ありとあらゆる殺人行為が目の前で繰り広げられていく。
絞殺。撲殺。圧殺。轢殺。銃殺。爆殺。刺殺。皆殺し。
あってはならない地獄の釜。開かれてはならない煉獄の扉が世に顕現し、世界は嘆きに包まれた。この世全てとも思える悪性が、アスカの中で流れて増え、連鎖しながら渦を巻く。肉の身に起きたそれを―――――きっと地獄だと人は言う。
長谷川千雨は、どうにも相坂さよに弱い。
押しが弱そうな見た目のくせしてこうと決めたら一直線なさよに対して、対人関係では強みに欠ける千雨は大体の場合において押し切られることが多い。
超鈴音のお別れ大宴会の後、更に騒ごうとしているクラスメイトから離れて寮に戻って休もうとしていたところに、朝倉和美の下から戻って来た相坂よさの駄々によって無理やりにアスカ達の後を追わされて目撃したのは、超と対立する彼らの姿だった。
『超さんが魔法公開派で、アスカさん達は反対派みたいですね。世界樹を利用しての全世界規模の魔法周知。超さんは考えることが大きいです』
「そういう問題じゃねぇだろ……」
隣の建物の屋上にいるので会話の内容は聞こえないが、幽霊のさよが一々中継する所為で千雨が厄介事に関わりたくないと思っても聞こえてしまう。
さよの言葉は幽霊だから空気を震わして耳に届かせるのではなく直接頭に響いてくるようなもので、どれだけ耳を塞ごうが意味がない。
自分も大声を出せば聞かないでいることは出来るだろうが、その場合は確実にアスカ達が気付く。かといってこの場から逃げようにも丁度良いタイミングでさよが戻って来るので果たせず。
「なあ、もういいだろ。どこにでもいる一般人が聞く話じゃないって。疲れてんだから帰らせてくれ」
『クラスメイトが争ってるんですよ? なにかあったら間に入れるようにしとかないと』
「この距離で私にどうしろっていうんだよ。お前がやればいいだろ」
『超さんには私が見えていないんですから千雨さんにいてもらわないと、こう大声を出して止めるとか』
さよの方が正論なので堂々巡りで、すっかり逃げるタイミングを逃してしまった千雨も諦めて終わるのを待つしかなかった。
行ったり来たりをしなければさよも千雨に話しの内容を伝えられないので、どうやっても間の話が抜けてしまうので千雨からすれば超とアスカの話は理解が難しい。
良く見ようと顔を出すと勘の良いアスカに気づかれる可能性もあるので、考えることを放棄していた。
「そういえば朝倉の所に行って何してたんだ?」
しまいには見ることを止めて手摺に腕を乗せ、その上に顎を乗せてさよと話をしていた。
『どうして武道大会の司会をしたのかなって聞きに行ってたんです』
「朝倉の性格なら十分にありうることだろ。大方、超に頼まれたんじゃないのか?」
『そうなんですけど、麻帆良祭が始まる前に聞いた予定だと報道部の取材で色んな所を回らないといけなくて、全然予定に余裕がないっていう話をしていましたから気になって』
「へぇ~」
流石は自称『麻帆良のパパラッチ』だ、と心の中で感心した千雨は別におかしいことだとは思わなかった。武道大会だって十分なネームバリューがあってネタになるだろうし、報道部は和美一人ではないのでオファーを受けた時に自分の受け持ちを他の部員に任せることも出来たはず。
「ネタ的には武道大会の方が大きいからそっちを取っただけじゃないか?」
さよが見えることを本人経由で知って最近やたらと構うようになってきた和美の性格を考えた千雨が言うと、さよは『あ、そうですね』と今更に気づいたようだ。
(この天然、どうしてやろうか)
死んだからこうなったのか、死ぬ前もこうなのかは分からないが、生来の気質は真面目な千雨は話しをしているとどうにも疲れる。
「で、聞きに行った結果は?」
どうせ自分の推測通りだろうと特に気にせずに訊ねた。
『それが良く分からないんです。アーティファクトの結果に従ったまでってどういう意味なんでしょう?』
「アイツは何時から電波系になったんだ」
クラスメイトが宗教にでも嵌ってしまったのかと静かな戦慄を覚えていると、聞き覚えのない単語があることに気が付いた。
「ところでアーティファクトって何だ?」
『魔法使いの人とキスすると手に入れられる素敵アイテムらしいです』
「何時から世界はファンタジーに…………魔法がある時点で十分にファンタジーか」
魔法使いがいるぐらいなのだからキスして素敵アイテムが出ることもあるだろうと、魔法少女ビブリオンのような世界が現実にあると思えばありえなくもないかと絶望する現実に深く肩を落とす。
『あれ?』
さよの声に、今度はどんな非現実なことが起こるのかと視線をアスカ達の方へと向けた瞬間、全身が硬直した。
想像を絶する光景と感じる瘴気に怖気が走り、千雨は混乱して容易く正気を失った。
「なんだよこれ!? なんなんだよ!!」
千雨が人より感受性が高いのかは分からないが、アスカに纏わり付く
近くにいていけない。尊厳を凌辱され、魂が穢される。自分だったものが少しずつ汚染されて呑み込まれる。それは生きたまま食べられる感覚に近かった。
逃げたい、少しでも離れた所に行きたいと思っているのに肉体は怯え、膝が震えて一歩も動くことが出来ない。
人は自分のことが一番大切で、他人は二の次とはよく言ったものだ。千雨もアスカを助けるだとか、そんな考えは一切持つことはなかった。
「―――――――アアアアアアアアアアァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッツ!!」
「ひぃ――っ!?」
アスカがいると思われる場所から、この世とも思えない悪魔の雄叫びとも思える叫喚が迸る。
千雨は耳を塞ぎ、目を閉じて蹲ることしか出来ない。そう、千雨は。
『アスカさん――――っ!!』
思念とでも呼ぶべきなのだろうか、遠ざかっていくさよの声を千雨は確かに聞いた。
「数十万から数百万の人間の念が込められた呪詛から逃げることは叶わないヨ。これでカシオペアに対抗出来る者はいなくなるネ」
呪詛に囚われているアスカを助けることも出来ず、ただ見ていることしか出来ないネギ達を見る超の顔は晴れやかだった。
徐々にアスカに集って凝縮されていく呪詛に無力感を抱いていた木乃香が顔を上げる。
「なにがしたいんや超? アスカ君をこんな目に合わせて」
「私の目的は既に述べた通りネ」
「こんなことをする必要はないやろ!」
飄々と問いに答える超に流石の木乃香も堪忍袋の緒が切れた。
陰陽師の修行をしていたからこそ、込められた呪詛の凶悪さ、危険をこの場の誰よりも分かっていた。そして同時に未熟な木乃香では祓うことも干渉することすら出来ないことも。
「木乃香さんは最悪な敵はなんだと思うネ?」
「何を……!」
「純粋に強い者か、強力な能力を持つ者か、それとも圧倒的な数か…………私の答えは違うヨ。私が考える最悪の敵とは――」
直後、アスカに纏わり付いていた呪詛が跡形もなく消えた。
アスカが破ったのだと考えたネギ達の思考は、ゆらりと顔を上げたアスカに否定される。
「――――――最も強く、心の支柱である仲間が敵に回ることネ」
ぞっ、とその意味を理解した瞬間に全てが反転する。
顔を上げたアスカがゆっくりと閉じていた瞼を開き、蒼穹の如く青い瞳は血のような真っ赤な色へと変貌し、壮絶な殺意を眼差しに乗せた。同時に口元が異様に歪んでいく。
アスカの体から見えない何かが噴き出した。
「ッ――!?」
不意にゾクリと血が凍るような戦慄を覚えて、明日菜は目を限界まで見開いた。
遠く祭りの音が途切れ、一切の音が完全に消えて静寂が溢れる。呼吸が死んだ。理由もなく、肌に感じる雨が叩く感触が一気に失せた。
全身の五感が、まるで現実から逃げていくように薄れる。胃袋に重圧が落ち、呼吸が乱れ、心臓が暴れ回り、頭の奥がチリチリと火花みたいな痛みを発して思考が止まる。
アスカから発せられる
「な、何なんこれ?」
経験したことのない殺気に、直接戦闘の場に殆ど出たことのない木乃香が肌を泡立たせて鳥肌が立った腕を摩ったりして体を震わせていた。闘争の場に慣れているネギ達は動くことすら出来なかった。
殺意。あたかも世界そのものが敵に回ったかのような、全方位から迫る威圧感。世界樹すら怯える揺らした葉の音がやけに耳に響いた。空気が押し潰すように圧し掛かり、死神の鎌を首筋に当てられたような、そんな凍てついた恐怖を囚われていた少女達は感じていた。
「学園最強の学園長、№2の高畑先生、封印状態のエヴァンジェリンを除けば単体戦闘力で随一のアスカさんがこちらの戦力になタ。我が2500体のロボット軍団と合わせれば学園の全戦力と戦おうとも負けはないヨ」
真名や茶々丸らも含めて誰も動けない中で超だけは何の影響もないようで高らかに謳う。
「安心していイ。まだアスカさんは安定していないネ。勝負は世界樹の魔力が最も満ちる時。その時までに私に付くか、決めておくがいイ」
時間移動をしたのか、超の姿が一瞬消えて動こうとしないアスカの背後に現れる。
「最善の選択を期待してるネ」
アスカを連れて消える。後を追うように真名が集団転移魔法符を取り出し、茶々丸と葉加瀬と共に消える。
残されたネギ達に出来ることは何もない。打ち拉がれたようにアスカがいた場所を見つめるのみだった。
洗脳されたアスカが敵に回るのは当初の予定通りです。
当初はオリキャラが出て来て…………だったんですが、出来るだけオリ敵を登場させないように考えていたところ、UQホルダーの小夜子(懐中時計の呪詛のモデル)が出て来たのでこれだと、こういう展開になりました。
超の本当の目的、アスカの状態、さよの行方、頑張って執筆続けます。