魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

53 / 99
お待たせしてすみません。
一年振り近く更新です。覚えていてくれる人がいるでしょうか?
色々と浮気しつつ、ようやく最新話が書き上がりました。
では、どうぞ。


第53話 戦争は夕暮れと共に

 

 まだアスカが別荘に篭り始めてそう長くない時期。

 

「これで封印は完了だ」

 

 伸ばされていたアスカの両腕から手を離したエヴァンジェリンは、深く息を吐いて汗を拭う仕草をする。

 

「すまねぇな、手間かけさせて」

「気にすることではない。これは元々は私の責任でもある」

「つっても影響が出るって分かった上で合体したわけだし、こうやって手間かけさせたのは悪いからよ。うん、やっぱ痛みがないのはいい」

 

 拳を握ったり開いたり、肘を曲げたり肩を回してみて調子を確かめたアスカが申し訳なさげに言うのを手を振ってやりすごして様子観察を怠らない。

 

「我慢強さは美徳の一つではあるが、無理のし過ぎでは意味がない。私は闇の魔法の専門なのだぞ。もっと早く言えば副作用の所為で犬にも負けることはなかったろうに」 

 

 エヴァンジェリンは少し前に押しかけて来た犬上小太郎との模擬戦を振り返って、疾空黒狼牙からのフェイントを入れての狗音爆砕拳に沈んだアスカがその直前に闇の魔法の副作用に陥っていたことを感じ取っていたからから不満そうに言った。

 

「さあ、どうだろうな。ヘルマンとの戦いで負った傷が痛むもんだとばかりに思ってたから闇の魔法の副作用とは全く思ってなかったけど、なくてもやっぱ負けたかもしんねぇぞ。あの一撃はそれぐらい効いたからな」

 

 打たれて暫くはノックアウトした一撃を振り返り、未だにジクジクと痛む腹部を擦りながら淡く笑うアスカは憑き物が落ちたように穏やかで、エヴァンジェリンもそれ以上は言葉を重ねられない。

 ヘルマンとの戦いから別荘に籠って周りとの関係を一切断ったアスカにとって、別荘にまで来て喧嘩を吹っ掛けてきたとはいえ、真正面から向き合ってくれた小太郎の存在がどれだけ救いになったことか。

 エヴァンジェリンにもそのことが分かっていたから勝利に喜ぶ小太郎に水を差すこともせず、看病の名目で茶々丸らを遠ざけて紋様を封印する機会を得たのだから。

 

「まあ、いい。副作用は封印したから収まるはずだ。次は勝て」

「言われるまでもねぇ。小太郎の勝ち誇ってくれた顔に全力の一発をお見舞いしてやるよ」

 

 闇の魔法の副作用で全身に痛みが走ることはもうないはずとあれば、アスカも遠慮なく戦えると歪んだ笑みを浮かべる。

 負けたことを色々と気にしているようなので、敗戦のダメージはそれほど大きくないと分かったエヴァンジェリンも表情を引き締める。

 

「やるのは勝手にすればいいが、封印では根本的な改善にはならんからな。理由は分かっているな?」

「一度刻まれた紋様は消えない、だろ。しかし、なんで消えないんだ?」

 

 病院を抜け出した後の一番荒んでいた時には、まるで生きているかのように腕から体の中心に向かって浸食が進んでいた。最初は前腕の中程までだった紋様は今、肘を超えて肩近くまで浸食したところで止まっている。封印されたことでこれ以上の浸食はないと封印前に言われたのだが、魔法的理論が頭に殆ど入っていないアスカには理由が分からない。今まできちんと勉強をしてこなったツケが回って来ていた。

 

「あくまで封印に過ぎん。封印で消えるわけが無かろう」

 

 首を捻っているアスカに、これは要勉強だなと脳内で描く今後の修行計画に大きな修正を加える。

 理論ではなく直感で魔法を発動させるのは本来ならば不可能なのだが、今までは父親譲りの魔力と才能とでなんとかなっても、ある一定の壁を超えるにはそれだけではとても足りない。魔力の制御が出来るようになっただけで格段に戦闘能力が増すほどで、アスカは潜在能力だけで上位魔族と戦えるほど並外れている。

 アスカの潜在能力を引き出し、どこまで伸ばせるかがエヴァンジェリンの課題でもある。その為には足りない頭の方を鍛えなければならない。

 

「お前の場合は例外中の例外だからだ。本来の習得方法で闇の魔法を会得したのではなく、合体による影響のもの所為か不完全なものになっている。封印を施したが今後、どうなるかは私にも未知の部分がある」

 

 言われてアスカが自分の腕を見下ろすも、そこにあるのは普通の肌色で紋様は浮かんでいない。よほど意識を集中して闇の魔法を意識すると、やがて薄らと紋様が浮かんでくる。あくまで薄くであって、封印の影響か直ぐに消える。

 

「なんとかしていくさ」

 

 除去することは、それこそ腕を切り落とすぐらいしなければならないとなれば、この紋様と一生付き合っていくしかない。そう考えれば諦めもつくというもので、封印下では大した影響もないので特に気にすることもなく言ったつもりだが、指先が微かに震えていた――――全く怖くないわけではないのだ。

 ヘルマンと戦っている時に感じた、まるで自分とは違う誰かから直接植え付けられたような負の感情に振り回された感覚は、自分が自分でなくなっていくような恐ろしさがあった。封印したとはいえ、エヴァンジェリンが言った通りならば不完全故に封印が持つかという疑念も僅かながらある。

 死ぬまでずっと不安に苛まれるかと思えば、如何なアスカといえど終わりのない迷路に迷い込んだような気分になる。

 

「どれだけ大丈夫だと思っても一抹の不安があれば、恐れるのが普通だ。怖さを感じろ、そして臆病になれ。恐怖と上手く付き合うために自分の中で戦う理由を見つけろ。そうすれば自分の感情に正面から向き合える」

「戦う理由…………」

「どんな主義主張でも、ナギに会うまででも、誰かの為って分かりやすい理由でも、なんでもいい。よく思い返してみるんだな」

 

 自問しても今のアスカに答えはなく、両の掌をしっかりと握り合わせた。

 

「明日も腹一杯に飯を喰いたいから戦う。男なら好きな女を抱きたいから戦う。それも立派な理念だ。結局はそれでいい。崇高な理念なんていうのは、そんな小さなものが膨れ上がって大きくなっただけに過ぎん」

 

 言葉の一つ一つが最もだとアスカは心の中で項垂れた。はたして自分のやるべきこととはなんだろうと考える。

 アスカは、自分の思考が麻痺していくのを感じた。思考の迷宮だ。

 

「我が子を守ろうとする母親、盲目的に生きようとする手負いの獣、それらは例外なく強い。戦うことに明確な意味があるからだ。判るな」

「…………判るような、気が、する」

 

 アスカはそれ以上の言葉を続けられなかった。

 何が敗北で、何が勝利なのか。何が間違っていて、何が正しいのか。正解が決して出ない問いだった。アスカを押し潰そうとしているのは、未来だった。正しい道など分からない。誰かが理由や指針をくれるわけでもなかった。正解も暫定的な答えもない。

 例えば裏返した52枚のトランプから、なんのヒントもなくたった一枚だけカードを選べと言われたようなものだ。手掛かりゼロで求められたカードを引き当てなければならねばならないとしたらどうなるか。自分の未来を決めかねないカードを選べるわけがない。

 選ぶこと自体が傲慢すぎて誤りだった。だが、選ばないことも、何もしないという選択だった。それでも責任は重くて圧し掛かる。それが一人で立つということだ。

 

「それよりもまず、自分がやらなければならないことを片付けてからだ。目の前の、やるべき事を片付ける。それが出来ない男に正義だとか悪だとか、理想を語る資格はない」

 

 それだけの事。たったそれだけの事なのだろうか。いや、だが自分はそれだけのことすら出来ていなかったのではないか。目の前の、やらねばならないこともせず、たた逃げていただけはなかったか。

 半分正解だが、半分間違いだ。確かに今現在は、そのことを考えている。だが、本当ならば、もっと根源的な別の事を考えなければならないことも、彼は薄々理解しているのだ。しかし、心の準備がまだ整っていない。いま、迂闊にそのことを考えてしまうと、自分は最悪な選択をしてしまいそうな予感がある。

 エヴァンジェリンが言おうとしていることが何なのか、明確にはまだ見えない。そして戦える理由も見つからない。それでもアスカは、歩み続けることを決めた。それが今、自分に出来る唯一のことだったからだ。

 

「…………」

 

 アスカ・スプリングフィールドは静かに奥歯を噛み締めた。覚悟というには足りないし、決意というほど高尚なものではない。それでも彼は、自分の手足を動かすための原動力ぐらいになるものを手に入れていた。

 

「焦らなくていい」

 

 エヴァンジェリンは自問自答しているアスカへと向けて自らの想いを絞り出した。

 

「色々と悩んでるいるのは分かっている。でも、焦ったところでいい結果なんかでない。肩の力を抜いて事に当たった方が良い結果が出るぞ。なに、封印が解けて闇に呑まれたのなら私が助け出す奴らの手助けをしてやる。一度だけだがな」

 

 アスカはエヴァンジェリンの言葉を聞いて、しばらく黙っていた。

 

「手助けってところがなんともエヴァらしいな」

 

 と、微笑みながら答えた。久方ぶりに見る、重い荷物を下ろせたような笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネギ達に出来ることは多くなかった。既に事は彼らだけで収められる領域を超えていたから、解決できるだけの能力と権力がある身近な大人に相談するのは当然の流れだった。

 麻帆良祭の二日目の夜、突然の集団の訪問にも嫌な顔一つせず迎えた学園長も最初は好々爺とした笑みが徐々に消えていき、全ての話を聞き終わった時には苦い表情を浮かべていた。

 

「成程のう、超君が……」

 

 麻帆良で最も権力を持ち、魔法使いとしての能力も抜きん出ている近衛近右衛門はネギ達から話を聞いて唸った。唸りはしたが、超が行動を起こしたこと自体には動じていない祖父の様子に一番早く気が付いた木乃香が口を開く。

 

「お爺ちゃん、あんまり驚かへんのやね」

「十分に驚いておるとも。世界樹を使って魔法を世界に公開すると聞けば、とても平静ではおられんよ」

「ううん、そういうことやなくて…………超のこと予想してたん?」

 

 孫娘の問いに、学園長は顎鬚を摩るだけで直ぐに答えようとはしなかった。

 言うべき言葉を探しているのか、何かを木乃香らに伝えるのを躊躇ったのか。数秒か、数分か、学園長は言葉を発さず、ようやく重い口を開く。

 

「何らかの行動は取るだろうと考えてはおった。それが何時かは、どのような行動かは分からんかったがの」

 

 抽象的で曖昧な表現に、聞いていたアーニャが眉を潜める。

 

「以前から超が怪しいと踏んでいたのなら……」

 

 思考を続けていたアーニャは困ったように眦を下げる学園長を見て、続く言葉を呑み込んだ。

 目の前にいる学園長はアーニャの何倍も生き、権力の椅子に座っている男である。アーニャが考える程度のことは既に織り込み済みだと悟ったから言葉を呑み込まざるをえなかった。

 アーニャの様子から相変わらず機微に長けた聡い子であると感心した学園長が話す。

 

「彼女が起こした今までの行動は、危険視されても疑念を超えるものではない。この日本は法治国家であり、魔法使いであろうとその理から抜け出すことは出来ん。確たる証拠もなしに下手な行動は取れんのじゃ」

 

 疑わしきは罰せずの理を前に超を見逃すしかなかった学園長にアーニャが何を言えるはずもない。

 

「超さんは今まで何をしたんですか?」

 

 学園長の言葉から超が過去にも怪しい行動を取っていたのだと読み取ったネギが疑問を投げかける。

 

「茶々丸君を知っておろう。彼女は超君と葉加瀬君がエヴァンジェリンに話を持ち掛け、生み出した。あれほどまでに科学と魔法を融合させた技術を儂は知らん。魔法と科学を結びつけた超君がどこでそのような技術を習得したのか、何も分かっておらんのだ。留学生として麻帆良に来る前の経歴は全て偽造となれば、疑ってほしいと言っているようなもんじゃよ」

 

 ふぅ、と溜息を洩らした学園長は疲れているようでもあった。

 

「彼女が為した功績は麻帆良に留まるものではない。機械工学を始めとして様々なジャンルで技術革新を引き起こし、環境問題にも着手して砂漠を緑に変えた。とても一学生で収めてよい器ではない」

 

 少年少女達が伝えた事実に驚くのを然に非ずと内心で考えながら見ていた学園長は目を細めて思考に没頭する。

 

(昨日の世界樹に現れた機械も超君の物じゃった。彼女を庇ったアスカ君がこのようなことになるとはの)

 

 アスカを捕え、魔法公開という魔法協会との明確な敵対を行動を取りだした超。敵となった彼女の目的を探るべく、学園長の眼差しが鋭くなる。

 

(世界樹を使って全世界に魔法を認知させるとなれば、大規模な儀式魔法を行う必要がある)

 

 学園長の脳裏に、もし自分が超と同じことをするとしたらどのような儀式魔法を行うのかが正確にシュミレートされる。

 現在の麻帆良は通常通りとは言い難い。世界樹の活発期で、異常な量の魔力が地下に蓄積されて、六つもの魔力溜まりが発生している。

 魔力溜まりとは言葉通り、世界樹が放出する魔力が集中して溜まる場所の事だ。麻帆良大学工学部キャンパス中央公園、麻帆良国際大学付属高等学校、フィアテル・アム・ゼー広場、女子普通科付属礼拝堂、龍宮神社門、世界樹前広場の六ヶ所。

 六ヵ所を線で繋げば六芒星が出来上がり、魔法陣となってその効果が増大する。

 弊害として、半径三㎞にも及ぶ巨大すぎる魔法陣を発動させるには、天井がないような遮蔽物のない開けた場所で複雑な儀式と呪文詠唱が必要になり、詠唱は機械などでの代用は不可。発動にはかなりの制約が伴うが、全世界規模の魔法を行うと考えれば安い物だろう。

 超が言ったように勝負は世界樹の魔力が最も満ちる時、二千五百体のロボットと一流の戦士である龍宮真名と敵に回る可能性の高いアスカ。超ほどの天才ならば奥の手や切り札を二つ三つ隠していても可笑しくはない。学園の戦力が総出になってかからなければ勝機はない。

 

「超さんのことは僕に任せてもらえませんか?」

 

 ポツリとネギが呟くように言った。

 隣にいるアーニャがその発言に眉を顰める。

 

「超には航時機があるのよ? アスカは無理やり対応したけど、アンタにどうにか出来る手段があるの?」

「マジックも種が明かされていればやり様はいくらでもあるよ。100%とは言えないけど、僕に任せてほしい」

 

 珍しい自信を滲ませるネギに対応に困ったアーニャが学園長を見るも、学園長は「全ては超君を発見してからじゃな」と明言を避けた。そんな学園長に向けて明日菜が一歩、前に出る。

 

「あの、アスカを助けられるんでしょうか?」

 

 超の策略により共に消えたアスカの身を案じて明日菜が問うた。

 

「魂魄浸食型の呪詛と言っておったのじゃな」

「はい。後、祟り神クラスの怨霊群だとかも」

「儂は現場を見ておらんかったからどうとは言えんが、どうじゃったのじゃ、木乃香?」

 

 学園長も元陰陽師であるからして専門家ではあるが、流石に実際に見たわけではなく状況を聞いただけでは判断は難しい。まだ未熟ではあるが木乃香と専門ではないが知識がある刹那の意見を聞こうと顔を向ける。

 学園長の眼差しを受けた木乃香は当時を思い出し、呪詛の悍ましさに小さく身を震わせたが隣に立つ刹那が手を握ってくれたお蔭で平静を保つことが出来た。

 

「人が耐えられるような物とは思えへんかった。幾らアスカ君でも自我が残ってるかどうか」

「そんな……!?」

 

 木乃香は苦渋を滲ませて自らの私見を述べる。

 明日菜の愕然とした声を聴きながら、聞いた情報から判断して無理もないと学園長は内心で呟いた。

 数十から数百万の人間の怨念が込められた呪詛を個人で耐えるのは、どう考えても不可能というもの。寧ろその場で発狂死していないことがアスカの強い精神力を物語っており、不幸な結果になるかもしれない可能性を秘めている。

 

「私の斬魔剣ではとても斬り払えませんでした。神鳴流が総出になれば或いは」

「魅力的な案ではあるが、とてもではないが現実的ではないのう」

 

 斬魔剣を使える神鳴流を麻帆良に集め、アスカに向けて放つ案は時間と手間を考えれば現実的とは言えない。それは刹那も分かっているから、己の力の無さを悔やんで沈黙するしかない。

 ありていに言えば助ける方法がない。アスカが味方であればどれほど頼もしいかと、敵に回って始めて思い知ったネギ達を見やって、学園長は大人の話をしなければならなかった。

 

「アスカ君がどうれであれ、超君の企みは阻止しなければならん。その為にお主らの力を借りたい」

「力を貸すのはいいんですけど、具体的には?」

「超君が世界樹を利用しようとするなら狙うポイントは限られておる。まだ確定ではないが、ポイントの一つを任せたい」

 

 学園長は話すべき内容を頭の中で纏め、言葉にした内容にアーニャがハッキリと分かるほどに表情を変えた。

 

「私達を戦力に組み込むと、そう言いたいのですか?」

「そう解釈してくれて構わん」

「アスカをどうするか、一言も言おうとしないのに協力しろと?」

「彼を確実に止められるのは、エヴァンジェリンと高畑君だけじゃろう。恐らくエヴァンジェリンは超君との関係で動かん。高畑君に頼むしかあるまい。これで満足かの?」

 

 敢えて学園長もその止める方法については明言しなかった。

 二年間、別荘でエヴァンジェリンの薫陶を受け、戦うごとに強くなってきたアスカの実力は呪詛によってどのような影響があるのかも分からない。アルビレオが引き受けてくれればよかったのだが、彼は「これも試練です。乗り越えてくれなければそれまでですよ」と躱されてしまった。

 呪詛に侵され、無事であるかも分からないアスカが敵となれば、止めるには戦う両者が命を賭ける必要がある。戦えば、その結末はアスカか高畑、どちらかの死であると語らずとも物語っていた学園長の眼差しにその場にいた者達は絶句する。

 

「敵の戦力は莫大じゃ。戦いにおいて最も有効な戦術とは、相手よりも多くの兵を用意する事であることは言うまでもあるまい。数とは単純にして最も強力な力。戦力で劣る我らが手段を選んでいる余裕はない」

 

 学園長とてこのような非情な手は取りたくない。だが、状況が許さず、相対して無事でいられる人間もまた限られているのならば手段を選んでいる時ではない。

 

「ちょい、待ちぃ」

 

 不意に部屋の隅からいないはずの人間の声がした。

 殆どの者達がハッとして声が聞こえた方向を見ると、床に出来た影から犬上小太郎が浮かび上がってきた。

 

「その役目は俺にやらせろや」

 

 陰から出て床を踏みしめた小太郎は傲岸不遜な笑みを浮かべて言い切った。

 学園長は今の小太郎の転移と立ち振る舞いから実力を推察し、冷酷な現実を突きつけなければならない。

 

「言いたくはないが、君では勝てんよ。むざむざ命を捨てに行く必要はない」

 

 小太郎の年で影を使っての転移を扱える時点で天才と称されてもおかしくなくとも、アスカは現段階でも世界で上位に食い込もうとしているほどの鬼才。将来的な到達点はまだしも現段階の戦闘能力は比べるべくもない。

 

「ふん、勝つ必要はないやろ。ようはその超って姉ちゃんを倒すまでの時間稼ぎをすればええんちゃうか」

 

 小太郎の言葉の裏に隠された本音を垣間見つつ、学園長は眉をピクリと動かした。

 

「超君ならば解放する手段があると?」

「話を聞いとったら超って姉ちゃんは自分はアスカかネギの子孫や言うやないか。自分が生まれなくなるようなへまはせんやろ」

「彼女が未来人という証拠はない」

 

 希望的観測を述べる小太郎の言を否定しつつ、超の全てを疑っているのだと示す。

 ロボット軍団を従えているのは武道大会に出た『田中さん』の存在があるので事実であると考えているが、2500体という数も自己申告でしかない以上はどこまで真実か分かったものではない。

 魔法を公開することだって超自身の詳しい動機も語られていない。本人も自らを『嘘つき』と称していたのだから魔法公開すらブラフである可能性もある。

 

「そうやろな」

 

 心底どうでも良いとばかりに小太郎も頷いた。

 

「まあ、本当かどうかなんてどうでもええことや。高畑さんはこの学園防衛の要。アスカの相手は俺の方が適任や」

 

 主戦力の一人である高畑が学園防衛から外れた場合、内外に問題は大きい。高畑以外で候補を上げるならば、別荘で二年を共にして最もアスカと戦ってきた小太郎が一番生存確率が高いだろう。

 学園長はその場にいる全員を見渡し、立ち振る舞いから大体の実力を予想をすると小太郎の言が正しいことを認めるしかなかった。

 視線から意図を読み取った小太郎はニヤリと笑う。

 

「敵さん2500もいるんやろ。俺の心配するよりもそっちの方がヤバいんとちゃうか?」

 

 学園長室の空気を呑み込むように強さと弱さを同居させた瞳をギラギラと熱を発する小太郎。その熱は学園長室を覆い隠そうとせんばかりに広がって誰もが呑まれた。ただ一人、熱に呑み込まれなかった学園長だったが、小太郎の言うことも事実であり、どのように翻意させるかが問題なのである。

 

「私もやります」

 

 スッと手を上げたのは明日菜だった。

 明日菜の隣にいたアーニャがギョッとした表情になるのを他人事のように眺めながら、学園長の頭脳は高速に動く。

 

「私の魔法無効化能力なら十分に小太郎君の助けになるはずです。それにもしかしたら呪詛も解けるんじゃ」

「ない、とは言い切れんが危険すぎる」

「覚悟の上です」

 

 反対に呪詛が解けずに制御している術式を破壊してしまったら最悪の結果に至りかねないので学園長も即答しかねた。

 麻帆良に来た頃より確実に魔力を増して、エヴァンジェリンの薫陶を受けた今のアスカの魔法は強大である。正面切っての同種の魔法の打ち合いになれば、学園長いえども油断すれば一敗地に塗れかねない。防ぐ術を持ち合わせているのは魔法無効化能力を持つ明日菜を含めて数える程度しかいないこともまた事実。

 明日菜が遠距離魔法を打ち消し、小太郎が近接戦闘に持ち込むことが出来れば持ち堪える可能性はまだある方ではある。

 単純に強い高畑か、近接能力と魔法無効化能力を持つ小太郎と明日菜のペアか、考えながらも戦うその結末はあまり喜ばしいものにならないと学園長は予測する。悩む学園長に、そこへネギが明日菜達の援護射撃をしようと口を開く。 

 

「超さんは魂魄浸食型の呪詛って言ってました。なんらかの術式があるなら明日菜さんの魔法無効化能力で呪詛を追い出せませんか?」

「可能性はなくはないと思いますが、本気のアスカさんに明日菜さんで一撃を与えられるかどうか」

「でも、可能性はあると思うで」

 

 魔法無効化能力も当てなければ意味がない。今の明日菜の実力では本気のアスカに一撃を加えられると思えなかった刹那が否定する。

 木乃香が希望的観測を述べる中でネギの肩の上でカモが顔を上げる。

 

「ネギの兄貴がマスター権限を使ってアスカの兄貴の絆の銀で明日菜の姉さんと強制的に合体させれば、必ずしも一撃を当てなくてもいいんじゃねえのか」

 

 合体したとしても魔法無効能力で呪詛が離れてくれる保証もなく、仮に呪詛が離れたとしてもそれはそれで問題がある。

 

「うむぅ」

 

 確実性を期すならば高畑に任せるべきなので、どうやって納得させようかと視線が彷徨い、訴えかけるような眼差しを向けてくる明日菜の手に止まる。

 

「明日菜ちゃん、その指輪は……」

「え? いや、これはそのちょっとしたアレで」

 

 指輪のことを聞かれた明日菜は、学園長からの突然の問いに目を丸くしながらも一般的に左手の薬指につける理由が理由だったので、しどろもどろになりながら右手て隠す。

 

「もしや、片割れを付けているのはアスカ君かの?」

「そうですけど、どうして学園長がこの指輪がペアリングであることを知ってるんですか?」

「優れた魔法使いの眼から見れば分かるものじゃよ」

 

 自身も優秀な魔法使いであるネギ辺りはこの断言に疑問を覚えたが、まだまだ身分的には見習い魔法使いであることから口に出すことはしなかった。単純に学園長が魔導具をアルビレオ・イマに行商に化けさせ、買ったアスカ経由で明日菜と木乃香に魔導具を渡させたとは考えもつかない。

 すらっと本当のことを言わずにスル―した学園長は老いたりと謂えど老獪さを増していく頭脳をフル稼働させて思考する。

 

(あのペアリングは心を繋げる機能を持っておる。本当は木乃香と刹那君を本当の意味で仲直りさせる為の物だったんじゃが)

 

 一度だけ保持者を守ってくれる守護の力が刻まれたペンダントは木乃香から刹那へと渡り、修学旅行で彼女を危機から救った。望んだものとは大分違うが、刹那も武道大会で半妖であることを打ち明けられたようなので結果が良ければ問題はない。

 

(二人とアスカ君の関係性はこの中では深い方じゃろう。外と内側から呼びかけて、合体して呪詛を追い払えれば何の問題はないが)

 

 とはいえ、それもアスカの自我がまだ残っているという前提がなければならない。数百万に及ぶ怨霊群による祟り神クラスの呪詛に一個人が耐えることなど不可能なのだから、希望的観測を含めてもアスカの解放は絶望的である。

 仮に自我が無事で解放できても怨霊群の問題が残る。もし、怨霊群の呪詛が都市内に広まればどれほどの惨事になることか。究極的に言ってしまえば、アスカの内にある間に殺してしまった方が後に残る問題が少ない。

 アスカを殺せるとすれば高畑しかいないとなれば、やはり高畑に任せる方が良いのか。

 

(今のアスカ君に周りへの配慮などないじゃろうし、戦う場所の問題もあるからのう) 

 

 街中で二人が戦えばその被害は甚大なものとなるだろう。超の目的を阻めても一般人にまで危害が及んでは意味がない。

 

「二人の気持ちは有難いんじゃが」

「おい、爺っ!」

 

 どうにも今日の学園長は話を途中で邪魔される運命にあるらしく、学園長室のドアが外から蹴り開けられように開く。

 全員が入り口を見ると、両手にそれぞれ荷物を抱えたエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがドアを蹴り開けたらしい右足を下ろすところだった。

 

「話は聞いた。私にも一枚噛ませろ」

「噛ませろと言うがのう、誰から話を聞いたんじゃ?」

「こいつからだ」

 

 本人の風格から割れた人垣の間を縫って学園長の前まで来たエヴァンジェリンは右手で掴んでいる、ここまで荷物扱いで引き摺って来た人物を示す。

 

「なんで千雨が?」

 

 猫のように襟首を掴まれて学園長の前に出され、涙目になっている長谷川千雨を見たアーニャが言いたくなるのも無理からぬ話がある。エヴァンジェリンの突然の登場と千雨の関連が読めない。

 

「さよがこいつと行動を共にしていたのは知っているか?」

「私達にさよは見えないけど、二人からはそう聞いてるわ。っていうか、いい加減に離してあげたら?」

 

 振り返りつつ言うエヴァンジェリンに、アーニャはここに来るまでにずっと引き摺られてきたのだろう、割りとボロボロな千雨を慮って言ってみた。

 

「む、そういえばそうだったな」

 

 エヴァンジェリンにとって千雨を連れて来ることは理由の説明以上のことはなかったので、掴んでいた襟首を離す。

 ようやく自由を得た千雨は「痛つつ」と立ち上がりながらセーラー服についた汚れを手で払っていると、木乃香が「ウチが治したるえ」と許可なく治癒魔法を施す。

 瞬く間に小さな擦り傷が治っていく光景に「ありえねぇぞ、ファンタジー……」と一人ごちている千雨を放っておいて、エヴァンジェリンは話を進めていた。

 麻帆良祭最終日が近くなって世界樹の魔力が増していて、封印状態であってもエヴァンジェリンが扱える魔力が増えている。ここに来るまで魔法で盗聴でもしていたのか、話はスムーズに進んでいる。

 

「さよ君が呪詛に侵されているアスカ君の下へ向かい、それから姿を見ないじゃと……」

 

 エヴァンジェリンから話を聞いた学園長は表情を苦み走ったものへと変えた。

 

「呪詛に巻き込まれた、と見るべきだろう。これを聞いてもまだ強硬策を取れるものなら好きにしても構わないぞ」

「出来るはずがないと確信している言い方じゃのう」

「で、どうする気だ?」

 

 ニヤニヤと笑うのみで、エヴァンジェリンは問うばかりで答える気はなさそうだ。エヴァンジェリンならば学園長とさよの関係を調べることが出来る諜報能力のある茶々丸がいるから知られていても不思議ではない。

 答え難い問いを簡単に放たれ、学園長の悩みは深まるばかりだ。

 

「爺、今回の一件、私が手を貸してやる。感謝しろよ」

「何?」

 

 懊悩の中で予想外のエヴァンジェリンの問いに学園長は素で驚いた。

 

「お主は魔法がバレようがバレなかろうが気にしないと思っておったんじゃがな」

「ああ、魔法のことも学園もどうなろうとも構わん。だが、アスカとさよに関しては別だ」

 

 そう言って学園長に向けて、千雨を掴んでいたのは別の手に持っていた箱らしき物を投げる。

 しっかりと受け止めた学園長はその箱がなんであるかを直ぐに見抜く。

 

「封魔の箱…………それも最高級品ではないか」

「別荘の倉庫に仕舞っていた物だ。呪詛の封印の役にたつはずだ。戦う場所も私の別荘でやれば、他に被害がいくこともないだろう。誘導も手伝ってやる。戦うのがその二人であるならば、だがな」

 

 その二人が明日菜と小太郎であることは分からないはずがない。

 

「エヴァちゃん!」

「うるさいぞ、明日菜。ええい、抱き付くな。うっとうしい」

「でも、でも、ありがとぅ……」

 

 手助けしてくれるエヴァンジェリンに学園長が自分達の提案を拒否する方向に動こうとしていたのを感じていただけに、明日菜は感極まったように涙目になりながらエヴァンジェリンに抱き付いた。当の本人には邪険にされていたが。

 

「分からんのう。どうしてそこまでする? 普段のお主なら酒の肴に見物しようとするじゃろうに」

 

 15年の付き合いからエヴァンジェリンの性格を知っている学園長には、法外とまでいえる協力体制を取ることが不思議でならない。

 

「話に聞いただけだが、普通のアスカならば今の状況に陥ることはなかったはずだ」

「どういうことですか?」

 

 独白するように呟いたエヴァンジェリンにネギが問う。

 

「超から渡された時計から呪詛が迸ったというが、アスカならば全身を侵される前に抜け出すことは可能だったはずだろう」

「でも、現に取り込まれて…………待って下さい。アスカなら呪詛に取り込まれる前に発生源の時計を握っていた手を自分から切り落とすぐらいはしたはず。どうしてあの時、取り込まれるままになっていたのか」

 

 危険には敏感だったアスカならば腕を失うことになろうとも躊躇はしない。その事実に行き当たったネギは、アスカがそうできなかった理由を探る。

 

「単純にその暇がなかっただけちゃうの? あれだけの呪詛や。一瞬で魂まで浸食されてもおかしないし」

「私もそう思います。唯人では何か出来るとは思えません」

 

 疑問を抱いたネギに対して呪詛の専門家でもある木乃香と刹那の意見は違った。それほどにアスカを襲った呪詛は醜く強大であったと知っているから。

 

「いいや、アスカの兄貴ならやると思うぜ」

「やろうな。アスカならやりかねんわ」

 

 カモと小太郎も意見を出し、彼・彼女達を見たエヴァンジェリンは長い髪を掻き上げて払う。

 

「修学旅行で私とアスカが合体したのは覚えているな?」

「ああ、俺もしたしな」

「僕も」

 

 小太郎はアスタロウ、ネギはネスカに一度ずつなっている。そして最後はエヴァンジェリンがアヴァンになったことは、この中で修学旅行で同行していない千雨しか知らないことだ。学園長も報告で聞いている。

 

「アスカのアーティファクト『絆の銀』は装着者を合体させ、アスカとの相性によって強大な力を得る。これはメリットではあるが、同時にデメリットも孕んでいる」

 

 このことは何度もアスカと合体しているネギが良く知っている。

 

「アスカが影響を受けること、ですか」

「そうだ。アスカの魔力が増大していっているのは、ネスカになった時に膨れ上がった器が合体解除後にも引き継がれているからだ。恐らく合体時に素体になっているのはアスカなのだろうよ」

「なんとく分かる気がするわ。俺がアスカと合体した時も獣化するのは危険やって感じた気がすたしな」

 

 アスカと合体した経験があるネギと小太郎――――特に小太郎は強く頷いて納得していた。

 

「アスカは人間だ。獣化などすれば合体解除後に体にどんな影響が出るか分からんから本能的に避けたのだろう――――――で、ここからが本題だが」

 

 腕を組んだエヴァンジェリンは改めて学園長を見る。

 

「私と合体してアヴァンになった際、闇の魔法を使っている。その影響か、解除後もアスカの腕に紋様として残っていた」

「闇の魔法? また物騒なネーミングな」

「私の固有技法だ。闇の眷族の膨大な魔力を前提とした技法の為、並の人間には扱えない…………これは蛇足だな」

 

 ファンタジーに巻き込まれているな、と思いつつ千雨は今更かと諦めて、聞いていたエヴァンジェリンの話に首を傾げた。

 

「『闇』の魔法ってアスカに一番似つかわしくなくないか?」

「確かに。膨大な魔力が必要って点からこの中の面子で言うと性格的にネギの方が向いている気がするわね」

 

 千雨の疑問に同調したアーニャの意見に全員がネギを注視する。話を向けられたネギからすれば納得できない。

 

「え!? どうして?」

「だってアンタ、よく悩む上に一人の時は暗いし。ネギとアスカでどっちが光か闇かって言ったら、どう見てもネギの方が闇っぽいかなって」

「で、でも最近のアスカも似たようなものだったじゃないか!」

 

 アーニャの批評にネギがショックを受けたように胸を抑えて後退り、なんとか持ちこたえると反論するも自分のことに対する反論にはなっていないことに本人だけが気づいていない。カモだけが「まあまあ」と慰めていた。

 一度は拒絶された明日菜にとってはネギの言も否定できないところである。そこに一石を投じたのはエヴァンジェリン。

 

「修学旅行後からのアスカの変調は闇の魔法の後遺症かもしれんぞ」

「そういえば、アスカの様子がおかしくなったのって修学旅行の後からよね。夢見が悪くなったとか言い出したり、別荘を使い過ぎるようになったり、いきなり明日菜を遠ざけようとしだしたり」

 

 思い当たる節があったアーニャは顎に手を当てて記憶を思い返しつつ、修学旅行後からのアスカの異変の原因はそこにあったのかと得心する。

 

「闇の魔法の源泉は負の感情だ。負とは否定、恐れ、恨み、怒り、憎悪…………アスカにはどれも縁遠いものばかりだ。怒りにしたってアイツの場合は負の感情というより正の感情から発露しているからな」

「多分、スタンお爺ちゃんが荒れてた頃のアスカに正しい怒りを持てって常々言っていたからだと思います」

「変わった爺だな。まあそこへ、腕の紋様が負の感情を想起させるのだ。普段抱かない感情に、さぞ振り回されたことだろうな」

 

 主に振り回されたのは明日菜達のような気もするが、その問題自体は遅かれ早かれいずれ向かい合わなければならないことであったから学園長も嘴を突っ込む気はなかった。

 

「そういうことがあったのならば、事前に報告しておいて欲しかったがの」

 

 本格的に闇の魔法を習得したわけではないにせよ、不完全にしてもアスカに影響を及ぼすならばその危険性を学園長には報告しておいてほしかった。明日菜の件では高畑だけではなく学園長も気を揉んでいたのだ。アスカの暴走の遠因が闇の魔法にあったのならば対処のしようもあったのだから。

 

「私もあそこまで振り回されるとは思っていなかったのだ。その上、ヘルマンが現れたタイミングも悪いとしか言いようがない。封印はしたが、心は不安定なままだ。まあ、もう過ぎたことだがな」

 

 色々と間が悪かったということなのだろう。腕の紋様で心を乱され、ヘルマンによって掻き回されたアスカは不安定過ぎた。

 武道大会で明日菜と仲直りし、高畑に思いきりぶつかり、偽物とはいえナギと再会できたことでアスカの心は平穏を取り戻した。

 

「問題は超鈴音が負の感情の塊である呪詛なんてものをアスカに向けたことだ。その所為で施していた封印が破れ、外と内から浸食にアスカも成す術もなかったろうよ」

 

 平静であったならば呪詛の発生源であった時計を持っていた手を切り落としてでも逃げれていた、と話すエヴァンジェリンに誰もが息を呑む。必要ならば自身の腕を切り落とすことも厭わないアスカの異常さを示すことでもあったから。

 

「それにしてもエヴァが手を貸す理由にしては薄いのう。修学旅行で合体を持ちかけたのはアスカ君の方からじゃろ? 闇の魔法に侵されたのも言い方は悪いが自業自得というもの。結果としてアスカ君が死のうとも、そうなったらそこまでの男だと言うじゃろう」

 

 突っ込むとエヴァンジェリンは若干照れくさそうに頬を染め、視線を僅かに逸らす。

 

「私が直接戦ってやろうというわけではない。そこの長谷川千雨が『私の血をやるからさよを助けてくれ』と泣きついて鬱陶しくてな。アスカはともかく、さよを助ける多少の手助けしてやるだけだ」

「お主も素直じゃないのう」

 

 自身のプライドもあるから直接的な手助けは出来ないが、「私は泣いてなんかないぞ!」と突っ込みを入れている千雨を言い訳にして動こうというのだろう。修学旅行でさよの面倒を見ていたから情が湧いたのもあるだろうが、アスカも助けたいのは朱に染まった頬を見れば分かる。

 なんとも丸くなったものだと考えながら、天秤は大きく明日菜・小太郎が戦う方へと傾いている。

 

「…………分かった。アスカ君はお主らに任せよう」

 

 告げると学園長室に安堵の空気が流れる。

 エヴァンジェリンまで協力するとなれば、認めなければ彼らだけで事を為そうとするだろう。ならば、最初から手綱を握れる立場にいた方が良いという結論に至っての結論だ。

 

「エヴァよ。もしもの時は分かっておるな?」

「…………ああ、約束は守るさ」

 

 その約束の意味が少し違う気がしたが、学園長の進んで突っ込みはしなかった。

 エヴァンジェリンも、伊達に15年も顔を突き合わせていないから最悪の時は対応してくれるだろうという信頼があるから、どのような意味でも構わなかった。

 少なくともこれで懸案の事項の一つの対処は出来たことになる。

 

「さて、残るは真偽はともかく、2500はいると思われるロボット軍団をどうするかじゃが」

「それについても、僕に一つ考えがあります」

 

 ネギは温めていたであろう策の詳らかにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 麻帆良学園都市中にアナウンスが流れ出したのは、正午を少し回ったぐらいだった。

 

『最終日学祭イベントの変更をお知らせします。詳しくは配布チラシ、もしくは学祭専用ホームページをご覧下さい。繰り返し、お知らせします…………』

 

 二度、三度と同じ文言を繰り返してアナウンスは終了する。

 一時間毎に放送されるアナウンスを聞き終えたアーニャは、大分日が落ちて来た太陽から視線を外して室内へと目を向けた。

 仲間、と呼べる者達が来たるべき時に備えてこれから行われるイベントに似合った格好に着替える女子更衣室であるのだが、その服装は些か日常とはかけ離れたものである。例えば神楽坂明日菜にとって女騎士の風体はとても馴染みのあるものではないらしく、居心地悪そうにしていた。

 

「元気がないでござるな、アーニャ殿」

 

 声が聞こえたので顔を上げると、忍者装束とでもいうべき恰好をした楓が直ぐ近くに立っていた。

 

「眠たいだけよ。それよりも気配もさせずに傍に立たないでくれる――――うっかり燃やしかけたじゃない」

「これは失礼したでござる」

 

 忍者装束というには少し露出が激しすぎる格好と、その恰好が映える楓に殺意を覚えて右手に炎を纏わせたアーニャに、楓はやや苦笑気味に身を引く。

 見透かされた上に気を使われたと分かったが、突っ込む気力はなかったので「何の用よ」とつっけんどんに問いかける。

 

「感謝を。拙者が真名の相手を出来るように口を利いてくれたのでござろう。一言、言っておこうと思ったでござる」

 

 軽く頭を下げる楓を、身長差から見上げなければならないアーニャは何を食べればこんなにも背も身長も大きくなるのだろうかと関係のないことを考えていた。

 

「別に礼なんていらないわよ。真名の相手が出来るなんて学園では数えるほどしかいないらしいから、仲の良い楓相手なら負けてくれるかなって打算からの提案をしただけで、決めたのは学園長よ」

「口を利いてくれなければ戦うことも出来なかったかもしれなかったござるから、拙者としては礼をするには十分でござるよ」

 

 修学旅行で真名と楓の間に何かがあったのはアーニャも知っていた。表面上は問題なくても真名が楓を遠ざけているとも。

 戦いではメンタルが大きく左右するので、真名が敵対すると知った時点で実力の面からも楓に任せるのが良いのでは考え、本選出場者の楓はその実力もあって学園側に引き寄せるだろうから学園長に上申してそれが通っただけでアーニャ自身には礼をされても困る。

 

「どっちの道、戦うつもりだったんじゃないの?」

「何分、真名に避けられているようでサポートがなければ難しいでござる」

 

 確かに真名が本気で逃げを打てば捕まえるのは難しいかもしれない。学園側に属すれば組織からのサポートが入り、戦いやすくなるだろう。

 

「まあ、友達関係が続けられる程度に頑張んなさいな」 

「うむ」

 

 軽く言うのに頷きが返ってきたところで、臨時の女子更衣室のドアが小さくノックされた。

 話が切れたこともあって近くにいたアーニャが楓に断りを入れてドアを開くと視線の先には誰もおらず、慣れた感覚で下を見るとアルベール・カモミールがそこにいた。

 

「うっす。様子を見に来たんだが、着替えは終わったかい」

「終わったわよ。見に来たって言うけど…………本当の理由は?」

「兄貴はともかく、俺っちが出来ることは何もなくて暇になった」

 

 紳士らしく全員の更衣が終了したことを確認してから入室して来たカモはアーニャの肩に駆け上がってきた。個人的な準備に忙しい主であるネギと違って暇していたらしい。カモの姿を見つけた明日菜がアーニャの下へ、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら向かってくる。

 

「ちょっと、カモ。これ派手過ぎない?」

「似合うぜ、明日菜の姉さん」

 

 作戦の立案をしたネギの参謀を務めているカモに、明日菜が恥ずかしげに言うも返って来たのは笑み混じりの返答であった。

 納得のいっていなさそうな明日菜に、カモが肩に乗っているので会話に加わらないわけにはいかず仕方なさげにアーニャが口を開く。

 

「明日菜は数少ない戦士ユニットの一人なんだから派手な方が客受け良いんじゃないの」

 

 アーニャの見立てでは、エヴァンジェリンが別荘から引っ張り出して来た魔導具であるバスターソードを借りた明日菜の恰好は、武器を持たない左手側はガントレットと肩当てで固めていて防御を重視している。その胸元は大きく開いていてはいるが、無骨過ぎず、かといって見世物にならない実用を重視した装備である。

 学園長率いる軍団の戦闘が行えるメンバーの中で、世間が想起しやすい戦士タイプは明日菜他数名しかいないのでそういう系統になっても無理からぬ面があった。

 

「私ってアスカと戦うんだから客受けを気にしなくてもいいはずだけど」

 

 相手が相手だけに人前で戦うことはない明日菜にとっては、ここまで派手さはいらないのではないかと気に入らなげに唇を尖らせる。

 

「チラシに載る以上は見栄えを気にする必要もあるのよ。武道大会もストーリーの中に入っちゃってるんだから文句言わない。文句があるならカモとネギ、捕まえた超に言いなさい」

「俺っちに文句を言われても困るぜ。問題の大元は超にあるんだから、そっちに回してくれよ」

 

 カモが非難の的にされては叶わぬと短い手、というよりは前足を横に何度も振る。

 気だるげに壁に寄りかかってカモの仕草を横目で見たアーニャは、自分には関係ないとばかりに近くに置いてあるチラシを手に取る。

 

「火星ロボVS学園魔法騎士団、ね。戦いが避けられないなら全部イベントにして誤魔化してしまえなんて、よくもまあ考えたものだわ」

 

 チラシには、華のある騎士然とした明日菜と魔法使いらしい恰好をしたアーニャが右端に映っていて、反対の左端には武道大会にも出場していたロボットの田中さんが複数いて、両者は対決の様相を呈した分かり易い出来である。

 

「千雨の姉さんが一晩で作ってくれたんだぜ。良い出来じゃねぇか」

「それは認めるけどね……」

 

 千雨作のチラシを絶賛するカモに対して、納得がいっていないと簡単に分かる奥歯に物が挟まったよう煮え切れない口調のアーニャ。

 

「まだ納得できてないの、アーニャちゃん」

「そういうわけじゃないわ」

 

 明日菜に答えつつ、アーニャでも上手く言葉に出来ない蟠りがあった。

 

「超に負ければ魔法がバラされるんだから、全力で阻止しなければならないのは当然のことよね。でも、その為には魔法をバラすことを前提に秘匿を無視して行動する超一派を止めなければならないけど、数で劣る学園側の方が秘匿に縛られて表立って行動出来ない矛盾がある」

「その矛盾を解消する為、ネギの兄貴と俺っちが秘匿を一時的に無視できる状況を作り出す作戦を考えたわけだ。超は学祭最終日に行動を起こすってんなら、その日に行われる学祭全体イベントを利用しようと考えたわけだ」

「戦いを公のイベントにすることで魔法を使っても科学の技術の産物に見立てるってことが、このアンタ達の考えなわけね」

 

 その結果がチラシに書いてある『火星ロボVS学園魔法騎士団』という、超一派対学園の戦いをカモフラージュする為のイベントだ。

 

「かなり派手なイベントになるかもしれねぇが、去年も凄かったんだろ明日菜の姉さん」

「ええ、鬼ごっこだったけどあまりに凄かったから今年は自粛しようって話になってたぐらい」

「それなら多少は目立っても問題はねぇと、俺とネギの兄貴は踏んだわけだ」

 

 誇らしげに鼻の頭を前足で掻いたカモは目に自信を覗かせている。

 

「武道大会とネットでの魔法の是非を巡っての情報戦もその前哨戦に過ぎない、と千雨の姉さんや学園のハッカー達が情報を流してくれている。まあ、その所為で本選出場者の姉さん達に騎士団の戦力――――ユニットとして出てもらうことになったで、大会のやらせ疑惑の話が出るのも仕方ねぇわけだが」

 

 明日菜他、本選出場した刹那・古菲・楓・高音・愛衣もなんらかのユニットとしてイベントに参加することになっている。小太郎だけは「俺の勝負服は学ランだけや!」と意気込んで譲りはしなかったが、古菲はチャイナ服と楓は忍者装束や高音・愛衣は影の鎧自体がコスプレ染みているので、実質衣装が必要だったのは明日菜と刹那だけだったりする。

 刹那は武道大会の時に来た和装メイドの服装が気に入ったのか、仮契約カードに衣装登録しているらしく、魔法の杖を持った陰陽術士というよく解らない恰好をしている木乃香に絶賛されて頬を染めて照れている。

 

「ねぇ、木乃香ってどういうユニットになるの?」

「姉さんは…………何になるんだろうな。千草の姐さんが木乃香の姉さんの魔力を使って鬼達を召喚する手筈になってるんだが」

 

 木乃香の恰好と装備からユニットの予測が出来なかったのでアーニャが訊ねたのだが、何故かカモも首を捻っていた。

 

「1000体の鬼達を召喚した後はフリーだが、貴重な治癒術士でもあるわけしな。まあ、なんでもいいんじゃねぇか」

 

 陰陽師でもあり、治癒術士でもある木乃香の役割は、その身分と同じく立場が曖昧なので、特に明確にする必要性が急務というわけでもなかったのでカモも適当に流した。

 アーニャも気になった程度で、どうしても知りたいというわけでもなかったから追及はせず、少し眉尻を下げた。

 

「結局、魔力タンクとして使われるのね」

「まだ数多の鬼達を召喚出来るだけの技量は木乃香の姉さんには無ぇってことだ。餅は餅屋に任せるのが適当ってもんだ」

「千草って何気に凄いものね」

 

 侘しげに明日菜が言うと、木乃香に聞こえない小さな声でカモが数度頷きつつ否定も肯定もしない。

 アーニャが知る限り、学園防衛の要は二人いる。一番重要な世界樹を守るタカミチ・T・高畑、そして最も敵が出現する可能性が高いと目される麻帆良湖湖岸近くに配備されたのが天ヶ崎千草と近衛木乃香と桜咲刹那の三人。

 最も強く頼りになる男が世界樹防衛を任されたのは当然である。千草達が最前線に配されたのは、木乃香の魔力を使えば持ちうる戦力数が最も大きかったからである。木乃香の魔力を使って召喚した鬼らを使えば1000は相手できる、とは千草の談である。 

 

「刹那もいるんだから何があっても木乃香は安全でしょう。問題はアンタよ、明日菜。本当に、大丈夫なの?」

「なんとかするわ」

 

 一瞬の遅滞もなく、即答した明日菜に逆に聞いたアーニャの方が驚いた。

 恐らくカモも同じ気持ちなのだろう。近くの唖然とした空気を感じつつ、明日菜を見ると彼女はニヤリと誰かのように笑って見せた。

 

「確かこう言うんだっけ。『私に出来ない事なんてない』」

 

 修学旅行から戻って来てから一度も言われることがなかったアスカの口癖を、まさか明日菜の口から聞くことになるとは思いもせず、アーニャも眼を丸くする。

 

「信じるわよ、自分自身を、小太郎君を――――アスカを」

 

 言い切った明日菜の眼がアスカと重なって見えて、アーニャはこの戦いにおいて大した役に立てそうにない自身の実力を顧みて自嘲する。

 作戦にも大した提案も出来ず、戦いの役にも立てない。そんな自分を外から眺めたアーニャは苦く笑う。

 

「もう、私に出来ることは何もないのかもね」

 

 三人だった時は戻らず、進み続けた道は別れる時が来たのだと意味もなく悟ったアーニャの呟きをカモだけが聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『守護対象「世界樹」の周囲5㎞は戦闘想定エリアとなっています。大変危険ですので立ち入らないようにお願いします。エリアにおられる方は係員の誘導に従って避難して下さい。繰り返します』

 

 麻帆良学園都市中に鳴り響く放送も遠く聞こえる飛行船の屋根の上から、少女は地表を下ろしていた。

 神の視点であった。王の視点であった。天上より人の愚かな行いを睥睨する如く目を細め、超はゆっくりと口を開いた。

 

「これは一本取られたネ」

 

 どこからか扇子を取り出して、頭にコツンと当ててボケを表現した超に神も王の視点もない。どこにでもいるただの人間だった。

 バッと広げた扇子には何故か『以後精進』なる謎な文字が書かれていた。

 

「一歩間違えれば秘匿無視で引ぱられかねない作戦を考えたのはアーニャ先生カ、それともネギ先生カ」

 

 言いつつも、「どちらでもいいカ」と扇子を仰ぎながら空中に映したモニターを見て、楽しげな笑みを浮かべる。

 

「どうするんですか、超さん。当初の想定とは大分変わってしまいましたけど」

 

 システムの調整をしながらその後ろ姿を見つめた葉加瀬聡美は、イマイチ真剣みが感じられないリーダーに苦言を呈する。

 

「何も問題はないヨ。予想外ではあるガ、想定を超えるものではないネ。向こうから一般人を排除してくれるなら感謝こそすレ、戸惑う必要はないヨ。まさか負けると思ているのカ?」

「私も負けるとは思いませんが……」

「いくらでも想定外は起こり得る。その為の奥の手に切り札ネ」

 

 自信満々な超の行く道のどこに落とし穴があるかは分からない。が、それを込みにした上でも自分達が負けるとは葉加瀬も思ってはいない。

 

「対魔法使いシステムにアレ(・・)もあるんですから私も負けるとは思いません。もし、これでも負けるようなら超さんの言った未来になると信じることも出来ます」

 

 けれど、と葉加瀬は続く言葉を濁しながらも当のシステムを調整する手は止まらない。思考と口と手を分離させて動かすことなど彼女にとっては容易い事なのである。

 

「アスカさんにあんな呪いを浴びせて、みんなを苦しめて――――――――本当にこの戦いは未来の為に必要なことなんですか?」

 

 自らの行いが未来の為になると信じることが出来ない――――アスカが呪いに侵される場にいたからこそ、葉加瀬の疑念は消えてなくならない。

 疑念を晴らしてほしかったから、その問いを超にぶつけると彼女は振り向いて笑って。

 

「さあ」

 

 と、自分が分かるわけがないと首を捻られたら、葉加瀬がギョッと目を剥いても無理はない。

 宥めるように手を振った超は、表情を引き締めて口を開く。

 

「私は私の出来る全力で悪となリ、立ち塞がる敵で在れと、私にとての10年前、今から100年後に交わした誓いネ。未来がどうこうではなく、今の私の最善としての最善の選択の結果ヨ」

 

 侵すべからずの誓いを胸に、そこだけは偽りではない決意を秘めて立ち位置を定めた超が君臨する。

 

「ここで私に勝てぬようなラ、彼らにこれから先の未来を戦う資格はなイ。あの人は世界を背負タ。この世界のあの人が背負えないなラ、変わりに私が舞台に立とウ。誰にどう思われようと構わなイ。私は私の目的を果たすまでネ」

 

 超は昔を、これからこの世界で訪れる未来を夢見る。

 何時でも、どんな時でも、小さな自分が見上げるだけだったその背中を思い出す。

 

「超さんってリアリストに見えて、結構ロマンチストですよね」

「悪いカ」

 

 これから世界に戦いを挑むのに、どうしてか二人して笑みが浮かんでくる。

 相手が信頼できると、身近な人であると実感すると心の奥から強さが湧き上がってくる。この時の葉加瀬もそうだった。

 

「楽しそうだな、超」

「!? エヴァンジェリンさん!!」

 

 聞こえて来た涼やかな声に葉加瀬が驚いて振り返ると、中空に箒に跨ったエヴァンジェリンが浮かんでいた。

 葉加瀬とは対照的に超は落ち着き払った様子で振り返り、無表情のエヴァンジェリンとは真反対の楽しげな笑みで相対する。

 

「最終日になってかなり魔力が回復したようネ。安心したヨ。その様子ならアスカさんを任せても大丈夫そうダ」

「ふん、下手人がよくもほざく」

 

 鼻を鳴らしたエヴァンジェリンは悪びれる様子もない超にそれ以上の言葉は言うこともなく、視線も鋭く見つめる。

 

「今は貴様の掌の上で動いてやる」

「言ておくガ、戦うのは明日菜さんと小太郎君だけで手を出しては駄目ヨ」

「言われんでも出さん」

「エヴァンジェリンさんは以外に甘いところがあるから心配ネ」

「出さんと言ったら出さんと言っているだろうが」

 

 おちょくられていると分かるのでエヴァンジェリンの白磁の肌に青筋が浮かぶ。遊ぶのはここまでとした超は「これで貸し借りはなしネ」と爆発する前に消火剤の言葉を撒いた。

 

「修学旅行でのことは今回の協力でチャラ。ご苦労だたネ、エヴァンジェリンさん」

 

 修学旅行で一時的に魔力を回復する薬を受け取る際に出来た貸し借りによって、対アスカの作戦を超のシナリオ通りにする為に学園側に働きかける駒としてエヴァンジェリンが動かされた。

 

「…………分からんな。一体、貴様は何がしたい? 貴様の目的を考えるならアスカは放置しておいた方が学園側の戦力を割けたはずだ」

「今のアスカさんは見境がないネ。魔法が公開された際に被害が出ているのは望ましくなイ。周りの眼がない状況の方がこちらとしても有難いシ、敵戦力を割けるのはどちらでも同じヨ。エヴァンジェリンさんが手を出さなければネ」

「ふん、狸め。まあ、いい。酒の肴に見物しておいてやる」

 

 エヴァンジェリンが学園長らに話した内容そのままに言う超が本心の全てを吐露しているとは思えない。が、元よりこの戦いを観戦する気だったエヴァンジェリンがこれ以上の介入の予定はない。

 

「我が脚本の舞台は、きと期待を裏切らないはずヨ。英雄譚となるカ、悪漢譚となるかは役者次第ネ」 

 

 そう言って、超は前エヴァンジェリンに向かって開いた手の平を掲げ、親指から順に指を折っていく。

 

「3、2、1…………0。では、アスカさんを頼むネ」 

「ちっ、もっと早く言え」

 

 中指、薬指、小指と折って、0をカウントした時、超とエヴァンジェリンの間の空間に人間大の大きさの光る球体が突然出現した。

 超の言葉でその球体の中にアスカがいることが分かり、エヴァンジェリンは飛行船に映る自身の影を伸ばして球体が消えた瞬間に現れた全身をがんじがらめにされたアスカが捕縛を破る前に呑み込んで、共に消える。

 影による転移魔法。二人で戦いの場と定めた別荘へと向かったのだろう。

 転移を見届けたのと同時に葉加瀬のシステムも調整も終わった。

 

「さあ、祭りの始まりダ!」

 

 手元のモニターで葉加瀬の作業が終了したのを確認し、どのような結果になろうとも未来を決める戦いが始まる。その背中の向こうで陽が沈んでいく。

 戦争は夕暮れと共に始まった。

 




時系列的に

・ヘルマン戦後、退院後の別荘で(エヴァ・アスカ)
・前話後の、学祭二日目の夜(学園長室)
・最終日の昼(女子控え室)
・最終日の夕方(飛行船の上)

となります。

次回、「学園攻防戦」です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。