魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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前提として超がいる未来は原作とは違いますので、あしからず。


第55話 君を想う

 

 それ(・・)が自身を自覚した時、既に自分に関する殆どのことを失っていた。覚えていたのは自分の名前と結果だけ。

 生まれたばかりの赤ん坊というほど無垢ではなく、世俗に慣れた大人というほど磨れてもいない。殆ど空っぽの器が怯え、拒絶することはない。困惑したが、名前と結果以外の物を持っていなかったから直ぐに受け入れた。

 次に始めたのは周囲の観察だった。

 正確には意志すら持っていなかったそれが漂っていた中で見ていただけで、理解していたわけではない。

 自分とは違うもの。似て非なる者達を見続ける。見続けて、見続けて、徐々にではあるが理解していく。

 知識を得るには良い環境にいたこともあって、数ヶ月後には自らで思考を重ねることも出来るようになっていた。確固とした自我を獲得した彼女(・・)は考える。何故、自分は――――――相坂さよは死んで幽霊になっているのだろうかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 鮮やかな紅色が印象的な夕焼けの空を飛行船が泳ぐように飛んでいる。眼下には斜陽に暮れる麻帆良学園都市があり、その中心で魔法使い等の超常の力を持つ者の眼には絢爛と輝いている世界樹が一般人の眼にも映るほどの発光を始めていた。

 上空からヘリが現れるが、ガラスから見る限り中継をしているのだろう。イベントの一環として、ようやく舞台が整った。

 飛行船の機体の大部分を占める気嚢の上部には直径二十メートル以上の巨大な魔法陣が描かれている。その両端で暫くネギと向き合っていた超は世界樹を中心として吹き上がっている数本の光の柱を確認して視線を動かす。

 

「タイムリミットは近イ。始めなくていいのかナ、ネギ先生」

 

 問いかけにもネギは口を開かず、動かずに超から視線を離そうとしない。

 このまま制限時間に粘られるのは超としても面白くない。折角、自身が主催した祭りなのだからジッとしたまま終わってしまっては味気なさ過ぎる。

 

「三ヵ所のポイントが我が手に落ちタ。残る三ヵ所…………天ヶ崎先生と高畑先生が守るポイントは苦労するだろうが物量の前には抗えまイ」

 

 強力なロボット群による豊富な物量と、学園トップクラスの強さを持つ神多羅木や葛葉刀子といった強力な戦力が真名の放った強制時間跳躍弾(B.C.T.L.)によって三時間先に送られ、他の戦力もロボット群によって未来に送られたことで、士気の低下と戦力の減少によって既に三ヵ所のポイントが落とされた。

 木乃香の魔力で召喚した鬼達で物量を揃えた千草と個人的武勇で持ち堪えている高畑が守護するポイントを落とすのは生半可なことではないが、二人以外が守る残りのポイントを落とし、物量に限界のある千草を先に狙って落とせば高畑も時間の問題となる。

 

「…………その前に僕が貴女を倒せば全てが終わります、超さん」

 

 ようやくネギが言葉を放つ。言いながら杖の先をこちらに向け、戦意を滾らせた眼が闘争を頼エさせる。

 

(これまでに行動に出なかったのは時間稼ぎカ、何らかの作戦を練る為カ)

 

 一万通りほどの予想と予測を立てられるが、悪役の役割(ロール)を演じる為に視線の先にいるこのゲームを彩るヒーローユニットへの対応を優先して思考を切り替える。

 

「陽が落チ、もう直ぐ夜がやてくル。それまでに私を倒せるト?」

 

 既に空の向こうには星々の輝きが瞬き始めていると示し、挑発も兼ねて不敵に笑う。これで怒りを示すならば更に煽り、性急に事を進めるならばその隙を突くのみ。

 

「もう、決めました」

 

 ネギは揺るがない。冷静に状況を判断している目でこちらを見つめ、一挙手一投足を見逃さないとばかりに注視する視線に超は背筋をゾクゾクと走る歓喜を覚えた。

 

「では、最後にもう一度だけ問うネ。私の同志にならないカ? 世界にバラせば君達魔法使いに意義が生まれル。私と共に悪を行イ、世界に僅かながらの正義を成そウ」

 

 物語の中で、魔王が勇者に「部下になれば世界の半分を与えよう」と言うように誘う。

 ネギは油断なく杖を構えたまま、暫く考えた上で口を開いた。

 

「答えはNoです」

「意義が欲しくはないのかネ?」

「言い分は分かります。僕自身はその提案にとても心惹かれるものがありますから。その上で答えます。僕は超さん、貴女を否定しません。ですが、貴女の仲間にもなりません」

 

 苦し気に答えたネギは右手で胸元を掴み、左手で持つ杖に力を込めて立ち続ける。

 

「今、この瞬間にも助けられる命を無視しても、カナ?」

「この行動が正しいとか正解なんて、僕には分かりません。ですが、魔法を公開することで失われる命が出ることは確実です。そのリスクは考えなければなりません。魔法公開の議論を貴女を倒してからします」

 

 新しい世界秩序を創る―――――つまり、一つの思想、あるいは価値観で世界観を席巻するということだ。古来多くの人間がその手の欲求を覚え、自分が『かくあるべき』と考える世界を地上に創り出そうとしてきた。一つの思想で世界を塗り潰し、違う色のものを排除、矯正してしまえば、争いなどはなくなる。誰も妬まず、憎まず、望まず、誇らない。

 答えが出たわけではないが、ネギの答えに超は真剣に頷く。

 

「よく言タ。でハ、始めよウ。私も持てる全ての力を揮イ、自らの力を以て我を通そウ」

 

 纏っていたローブを脱ぎ捨て、特製の戦闘強化服を起動させると備え付けた航時機(カシオペア)に光が灯る。

 流れる静寂、聞こえてくるのは4000メートルの上空を流れていく風の音のみ。もはや言葉は要らぬとばかりに、互いに沈黙を守っている。

 

「行くヨ」

 

 先に動いたのは超だった。悠々と左手を前に突き出すと、背後に浮かんでいた援護ユニットが腕に追従する。援護ユニットの砲門をネギに向けながら右手を腰の後ろに回して注意を引く。

 手の動きに視線が引き寄せられたネギの背後で飛行船の屋根の一部が開き、砲台が3機浮上して内蔵された弾丸を吐き出す。当然ながらその全てが強制時間跳躍弾(B.C.T.L.)で、着弾すればエヴァンジェリンですら回避不可能な代物。

 如何なる手段によってか、背後の砲台に気づいたネギが杖を超に向けながら後ろを向いて腕を振るう。牽制として魔法の射手を放つのを忘れていない。

 腕の動きに沿うように烈風が奔り、強制時間跳躍弾(B.C.T.L.)がネギから逸れていく。

 

「この程度でっ!」

「やられてはくれないだろウ。だガ」

 

 ネギが振り返るよりも早く、風の魔法の射手が着弾する寸前になっても超は回避行動を全くとろうともせず、その場で拳を振り上げて何もない空間を殴りつけるように振り下ろす―――――途中でまるで画面が切り替わったかのように一瞬で彼女の姿が消えた。

 超は別時間別空間に時間跳躍し、同時刻同空間への超高速連続時間跳躍を行なうことで得られた疑似的に時間を止めたような効果でネギの背後へと一瞬にして移動し、振り下ろされている拳の形にした指の合間には細長い円筒状のライフル弾―――――強制時間跳躍弾《B.C.T.L.》の薬莢が二つ挟まれていた。先程、腰の後ろに手を回した時に用意した物だ。

 

「これでチェックメイトだ」

 

 後は振り下ろすだけでネギは三時間後へと送られ、早くもネギの敗北が決まるはず。

 

「やった!」

 

 観戦の立場にあった葉加瀬が勝利を確信して思わず声を上げるほど、例え超反応を見せたアスカであろうとも回避が間に合わぬタイミング。アスカ程の反射神経もなく、電撃による神経速度の加速している様子もなかった。

 だからこそ、拳が対象に触れることなくネギを通過した時、超はすぐさま別時間別空間に時間跳躍を行なって回避行動に移った。

 

「こっちこそチェックメイトですっ!」

「ガハッ……!?」

 

 なのに、別時間別空間にいるのに背後からネギの声が聞こえて来たのと同時に背中に衝撃が走って、超の口から空気が漏れた。握りしめていたライフル弾は指から零れ落ちて、元の空間に戻る。

 電撃がスパークし、元の空間に戻った超の背後に吐息を吐けば当たりそうな距離にいたネギが弾かれるように離れて距離が開く。

 両者の立場は極端に別れる。背中からバチバチと火花を散らせて膝をつく超と、その彼女を少し離れた場所で悠然と見下ろすネギ。

 

「…………航時機(カシオペア)が壊されたカ」

 

 背中の航時機(カシオペア)が小爆発を起こし、その機能が完全に使えなくなったことを認めた超は油断なく杖を構えているネギへと視線を移す。

 

「成程、そちらがオリジナルカ。さきまで話していたのハ、さしずめ風の分身といたところかナ」

「そうです。僕にはアスカのような力技で超さんの航時機(カシオペア)に対処する方法がありませんでした。だから、申し訳ないですけど全てを偽らせてもらいました」

「別に責めるつもりはないヨ。これはゲームであてゲームではない。現実で勝つ為に手段を選べるのは強者のみ」

 

 納得した様子で苦笑を浮かべながら立ち上がる超に対して、言葉通り申し訳なさげなネギという対照的な態度で視線が混じり合う。

 全てはネギの作戦だった。

 ネギにはアスカのように超の時間移動に反応して防御・攻撃を行なえるほどの速度はどうやっても出せない。ならば、ネギには航時機(カシオペア)に対処が出来ないのかといえばそうでもない。

 アスカとの戦いで航時機(カシオペア)の観察をしたネギは、航時機(カシオペア)も決して万能な完璧な物ではないと知っていた。

 

航時機(カシオペア)を制御しているのは、あくまで人間である超さんです。マスターのような超人でもなければ、アスカのように戦いが巧いわけでもない。そこに付け入る隙があると考えました」

「そうして私に分身を誤認さセ、本物は隠れながら隙を伺ていたというわけカ」

 

 ネギが得意としていたのは風属性の魔法。本体は光学迷彩で景色に溶け込んで本物そっくりの分身を矢面に立てさせたり、魔法の遠隔操作や声の伝導、空気を屈折させて見える位置といる位置を錯覚させたり、方法は幾らでもある。

 

「懸念は超さんが僕よりも優れた魔法使いであるかどうかです。僕より魔法使いとしての技量が優れていれば、この策は何の意味も無くなる。ですが、超さんがこの魔法の分野においても超一流とは限らない。賭けは僕の勝ちです」

 

 とはいえ、ネギも決して勝率の高い賭けだったわけではない。超は自らをスプリングフィールドの末裔と自称した。一概に信じるわけではないが、仮に末裔が本当だとすれば魔法を使えても何もおかしいことはない。

 才能はともかく、魔力量などは遺伝によって伝わっていくケースが多いので、超の全ての方面における万能性を考えれば魔法使いとしても優れていても何も不思議ではない。

 この作戦の胆はどこまでネギの策を悟らせずに隠れ、転移した瞬間の一瞬の気の抜けたタイミングで航時機(カシオペア)に一撃を与えて破壊するかにある。超に魔法で隠れるネギを見つけられる技量があったら、この作戦は何の意味も無くなる。

 

「別空間別時間に逃げて気の抜けた私に一撃を与エ、航時機(カシオペア)を破壊すル。言葉にすれば容易いように見えるガ、私に分身を見破らせない魔法の技量と優れた観察眼、その時を見逃さずに決行するメンタル、その他諸々……。ネギ先生、君は誇ていい。それだけ出来れば十分に高位魔法使いを名乗れるネ」

 

 絶対の武器を破壊されて使用できなくなったのに、ネギに賞賛を送る超にはまだ余裕が見てとれた。

 

「下手をすれば別空間に私共々取り残される危険すらあたものの、よくぞこのような博打を打てたものだヨ」

「あ」

 

 そこまで頭が回らなかったらしいネギが口をポカンと開けて、その事実に今更ながらに思い至って顔を真っ青にする。完璧なようで抜けているネギに超の口から笑みが零れる。

 

「第一ステージは私の負けヨ」

 

 と、超が言った瞬間に眼下の麻帆良学園都市にまた光の柱がもう一つ立った。

 

「全体の勝負は私がまた一つ駒を進めたネ。残るポイントは後二つヨ」

「その前に僕が貴女を倒します。アドバンテージはもう殆ど無くなりました。強制時間跳躍弾(B.C.T.L.)は脅威ですが、このまま戦っても超さんの勝ち目はないはずです。今からでも遅くありませんから、降伏して儀式を止めて下さい!」

 

 降伏勧告に超は笑う。人から見たら本心を悟りにくいほどの底知れないものに感じる笑みで、心の底から楽しそうに笑っていた。

 

「この程度で負けを認めるようなラ、最初からこのような行動は起こさないネ。ここまでは想定の範囲内ヨ。それにネギ先生、君は勘違いをしているネ」

「勘違い……?」

 

 ネギの反芻に答えず、何か行動を起こせば直ぐに抑え込めるように杖を向けられている超は、臆する事無く誰かと同じような不敵な笑顔を浮かべると口を開いた。

 

「私の手が航時機(カシオペア)しかないと何時言タ?」

 

 途端、ネギの肌が粟立ったのは魔法使いの本能か。

 

「ラスボスをやるのならば第二形態や第三形態があれば別だガ、人間の私が変身など出来ないから代わりに切り札や奥の手を二つや三つ持ていなければ面白みがないネ。そしてこれがもう一つの切り札ヨ」

 

 麻帆良学園都市をなにかが覆っていく。ネギの感覚で近い物を上げるならば結界魔法に包まれたものに近い。

 ネギが直上を見ると、透明のドームのようなものが形成されていく。魔法使いとしての本能的にこのままドームを完成させてはならないと直感し、魔法の射手を放とうとした。

 

「なっ!?」

 

 出来上がったのは想定しないほど弱々しい風の魔法の射手。一応、放たれたもの少し進んだところで空気に霞むように消えてしまった。

 術式の構成、魔力…………何一つ不足などなかった。ネギの眼には放たれた魔法の射手が、空気抵抗にあったかのように徐々に威力が減衰して、最後には形態すらも維持できなくなったように見えた。

 普通では起こりえない現象にネギが目を剥いていると、得意げな超がマジックの種を披露する。

 

「百年後の未来においテ、魔法はとても身近なものになるネ。素人であても金銭さえ払えば簡単に魔法が使えるようになる魔法アプリも開発さレ、魔法犯罪や魔法を使たテロも爆発的に増えたヨ。当然ネ。魔法の破壊力は銃器を凌ギ、人の裡にある魔力を使うのだから物的証拠がなく未然に防ぐことが出来ないからネ」

 

 例えば飛行機に乗る際、空港で爆発物や危険物を発見してテロを未然に防ぐことが出来るが、魔法が使えれば道具なしにそれ以上のことが出来る。現代で魔法を公開する際のネックとなる問題の一つの解決方法を超が楽し気に語る。

 

「それらを事前に防ぐ為に注目されたのガ、今より二十年前の魔法世界で起こた大分裂戦争末期に発生した広域魔力減衰現象ネ」

「ま、まさか……」

 

 それだけを聞いて、ネギは一体何が起きているかを大体把握した。

 

「人工的に広域魔力減衰現象を機械で再現したというんですか?!」

 

 ネギも父を追う過程で歴史を紐解き、広域魔力減衰現象のことは良く知っている。超がしたことは要は明日菜の魔法無効化能力の劣化バージョンを広域に広げたものを機械で再現したということだが、公開されている論文にある程度は目を通しているネギにとって信じられることではない。

 

「どうして広域魔力減衰現象が起こるのかすら分かっていないのに成功するはずがない!?」

「出来ているネ、百年後にハ」

 

 認めたくなくとも現実としてネギの魔法の射手は減衰されて消滅した。現在の技術力で再現することは出来なくとも、或いは百年も時間があれば原理を解明して再現することも可能かもしれないという考えがネギの脳裏を過る。

 

「この技術の発達によテ、魔法使いは絶滅するネ。この旧世界で、ただの人に追われた魔法使いが魔法世界に逃れたようニ、やがて人の技術が奇跡を駆逐するヨ。なニ、心配は要らないネ。魔法は科学に組み込まれて発展していくヨ。魔法科学を使う魔導士として」

 

 超人はただの人へと帰り、科学は魔法をも呑み込んで進歩していく。ただ違うのは、人類史として当たり前の流れと同じく、魔法使いが過去の遺物として消えてなくなることだけだ。

 

航時機(カシオペア)の破壊を検知した時、麻帆良中に仕掛けた反魔法場(アンチマジックフィールド)発生装置が起動するようにしてあたヨ。広域魔力減衰現象下においテ、等しく魔法も気も使えなくなていくネ。ネギ先生のように膨大な魔力量を誇る者を完全に無力化するには時間がかかるガ、我が兵団はこの日の為に世界樹の魔力を溜め込んだ電池で問題なく戦闘能力を維持して三時間は動くネ。はたしてそれまで学園は持つかナ?」

 

 反魔法場(アンチマジックフィールド)の効果が強くなれば、学園側最大戦力である千草の鬼達も維持できなくなり、魔法も気も使えなくなれば高畑も持ち堪えることは出来なくなる。ネギがしたことは虎の尾を踏んだようなものだった。龍の逆鱗に触れたと言い換えてもいい。敵の戦力を削ぐどころか、結果的に味方の戦力を削いでしまう。

 

「改めて問うネ、ネギ先生」

 

 救援は望むべくもなく、あったとしても反魔法場(アンチマジックフィールド)によって無力化されて戦力にならない。やがてネギも空を飛ぶことすら出来なくなる中で、出来ることは何もなくなる。翼を捥がれた鳥は地に落ち、地を駆ける獣に喰われるのみ。

 

「この技術があれば魔法を公開した際のリスクを抑えられるネ。私以上の方法で魔法を公開できる者が他にいるかナ。否、いないヨ。私の仲間として世界を変えようじゃないカ」

「…………それでも、それでも僕は!」

 

 ネギの魔法使いとしての誇りは既に剥ぎ取られた。残ったのは人としてのネギの気持ちだけだ。

 

「この街が、麻帆良が好きです。ここに、のどかさんともっと一緒にいたいんです!」

 

 もしかしたら超以上に魔法公開を上手くやれる人材はいないかもしれない。超に従うことが正しく、逆らったところで得る者は何もないかもしれない。子供っぽくて構わない。エゴイストと呼ばれても構わない。恨まれても、憎まれても、ネギにはまだ人として戦う理由がある。

 

「僕が貴女を倒せば、この戦いも終わる! ラス・テル・マ・スキル・マギステル 地を穿つ一陣の風 我が手に宿りて敵を撃て 風の鉄槌!!」

 

 魔力が減衰して魔法を放てないのならば、並の魔法使いを数十人から百人以上を合わせたぐらいの魔力量を活かす。

 普段使う十倍の魔力を使って中位魔法を放っても、どう好意的に見ても通常時の半分以下の威力しかない。それでも十分に超を昏倒させるぐらいの威力はあった。超を気絶させて葉加瀬に儀式を止めさせれば、この戦いに勝利しなくても目的を達成することが出来る。

 

「そう、後は私を倒すしかない、ガ」

 

 超は慌てることなく右手を肩の高さにまで上げると、突如として空中から刀身から柄まで真っ黒な太刀が現出して握り、そのまま振り下ろした。

 軽く振り下ろされた太刀によってネギが放った風の鉄槌が切り裂かれる。威力が弱まっているとはいえ、容易く魔法を切り裂いた太刀も気になるがネギにはもっと注目する点があった。

 

「そ、そんな……今のは魔法!?」

 

 太刀を取り出したのは魔法に他ならず、ネギには超が大して魔力を込めずに魔法を発動したことが分かった。この魔力減衰現象が発動している中でありえないことだ。

 

「私が魔法を使えるとおかしいカ? 私はサウザンドマスターの子孫ネ」

「例えそうだとしても広域魔力減衰現象下では使えるはずがありません!」

 

 現にネギが放った風の鉄槌は十倍の魔力を使っても半分以下の威力しか発揮できなかった。その中で超だけが無制限に魔法を使えるとでもいうのか。

 

「もう一度、歴史の話をしようカ」

 

 ネギの混乱を楽しむように不敵に笑う超が手に持つ太刀をゆらゆらと揺らす。

 

「大分裂戦争終結後、千年の都と謳われた空中王都オスティアで行われていた記念式典中に起こた魔力消失現象下においテ、ただ一人だけ無効化されずに魔法を使える者がいたネ。その者は魔法世界の文明の発祥の地である歴史と伝統のウェスペルタティア王国の血を引いておリ、彼女が持つ王家の魔力だけは魔力消失現象下においても無効化されなかとされるネ」

 

 情報が与えられ、ネギの中でパーツが組み上がっていく。

 ずっと不思議だったのだ、どうして自分達には母親の名前すら教えてくれないのだと。

 幼い頃からアスカと話した中で生まれた推測の一つとして、母は今もどこかで生きていてネギ達が名前を知ることで不利益を被る立場にいること。だが、これはネギ達が大人になったら教えるということに矛盾する。或いは、それだけの時間が経てば母が不利益を被らなくなるのか。

 もう一つ、アスカとネギはこれが有力としている説がある。

 母親が犯罪者であることだ。子供の時では、その事実に耐えられないのではないかと大人達が考えても無理はない。

 

「まさか、まさか……!?」

 

 ヒントはあった。村の誰もが口を揃えたネギのナギの生き写しであるという容姿と違うアスカである。金髪で青眼というナギの遺伝では決してありえない特徴。ネギは父の足跡を辿る為に歴史を調べたことがある。その中にいたのだ、金髪と青眼の持ち主で特一級の犯罪者とされる人物が。超がネギかアスカか、どちらかの子孫であり、魔力減衰現象下でも何事もないかのように魔法を扱える魔力を持つ者の条件にも当て嵌まる。

 

「私は最も古き血を継ぐ最後の魔法使いにしテ、最も先を進む先駆者たる魔導士なリ」

 

 これ以上話すことはない、とばかりに答えとばかりの言葉で打ち切って超が口の中で何事かを唱えると、ぼんやりと光の薄膜が彼女の体を覆う。

 光の薄膜の正体は身体強化の魔法であり、体を覆った光の膜が強化服に染み込んで神経のような回路が全身に走る。魔法使いとしての眼で見ても、身体強化に使用した術式と魔力から換算した位階はネギの数段下。しかし、強化服が拙い技量を補佐するように身体強化を数倍に強化している。

 

強制時間跳躍弾(B.C.T.L.)には対抗呪文処理を施してあるヨ。無効化されるとは思わないことネ」

 

 超の前に魔法陣が浮かび、そこから数多の強制時間跳躍弾(B.C.T.L.)が縦に5発と横に50発、合わせて250発の弾丸が整列する。本来なら撃鉄が必要なのだが、超は強化服の腕部に仕込まれた電撃を魔法で強化して、動くことなく一瞬で全弾に着火。一斉に弾丸を発射した。

 

「くっ!?」

 

 避けなくては三時間後に送られる。杖に乗って、莫大な魔力を使うことで空を飛び回避する。

 

「ラスト・テイル・マイ・マジック・スキル・マギステル」

 

 後を追うように反重力システムで高度4000メートルの飛行船から浮き上がった超が再び始動キーを唱える。

 

「契約に従い、我に従え、炎の覇王」

 

 強制時間跳躍弾(B.C.T.L.)から発生した無数の力場が呑み込まんとするのを、高速機動で間一髪回避するのに精一杯なネギに超の詠唱を止めることは出来ない。

 

「来たれ、浄化の炎、燃え盛る大剣。ほとばしれよ、ソドムを焼きし火と硫黄」

 

 呪文を唱えるにつれ、超が掲げた左手の中に激しい光の炎が収束されていく。

 黒太刀を持つ右手は強制時間跳躍弾(B.C.T.L.)を吐き出し続け、広範囲梵焼殲滅呪文に対抗しなければならないネギに回避以外の行動を取らせてくれない。

 

「罪ありし者を、死の塵に――――――燃える天空」

 

 爆炎が空気ごと大気を燃やす。空間内に熱が伝播し、高速離脱を図って逃げる先を強制時間跳躍弾(B.C.T.L.)が飛来して足を止めたネギをも飲み込まんと広がっていく。一瞬遅れて大気が歪んで迫る爆炎を前に振り返ったネギは遅きに逸していた。

 全てを灰燼に帰す爆炎にネギは成す術もなく呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 相坂さよは自身がこの麻帆良学園都市の一教室に縛られた地縛霊であると気づいても、大した感慨も何がしかの想いも抱くことはなかった。まだ、相坂さよという名前と死んで幽霊になっているという事実以外に分かっていることはなく、小さな子供のような自我は悲嘆を覚えるよりも周囲へ興味を示した。

 教室の最前列窓側の席から殆ど動けないにも関わらず、さよは全く困らなかった。授業はとても新鮮であったし、生徒達を見ているのも楽しかった。

 姿が誰にも見えていなくても、声を出しても誰にも聞こえなくても、存在を誰にも認識されなくても、相坂さよはそれでもよかったのだ。なのに、ただ一人だけ例外がいた。

 彼は、何時もさよを見て悲し気に見つめてくる。彼は、さよの声に言葉を返さなくても耳を傾けてくれていた。さよの存在を彼だけが認識していた。どうして、彼――――近衛近右衛門は幽霊の相坂さよを認識できていたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 少し時間を巻き戻す。まだ反魔法場(アンチマジックフィールド)発生装置が作動する前、龍宮真名と長瀬楓の戦いは近づくか近づかせるかの瀬戸際を争うものだった。

 真名は近接戦闘を不得手とはしないまでも、やはり楓と比べれば一歩も二歩も劣る。強くなったといっても真っ向正面で近接戦闘を及んで勝てるとは流石に思っていない。逆に楓の方からしても遠距離では攻撃方法が少なく、遠距離戦をすれば十中八九勝ち目はない。

 距離を開けたい真名と、距離を詰めたい楓。戦いはどちらにも有利とはいえない距離で始まり、真名が時間跳躍弾を撃ちながら下がり、楓が分身を駆使して如何に近づけるかを競い合って既に幾合。

 

「近づかない事には……!」

 

 戦況は自分に不利だと楓は悟る。このまま距離で戦い続ければ、負けるのは自分であると。

 分身の密度を下げれば真名の魔眼に気づかれ、維持したままでは消耗が大きすぎる。時間跳躍弾は当たれば回避不可能な弾丸だから、回避するには分身を犠牲にしなければならない程に真名が修学旅行時よりも技量を上げている。

 距離を詰める為に繰り返される瞬動。文字通り、瞬くように動いているのに油断すれば当たるタイミングで狙われているのには恐れ入る。

 戦況は長期戦の様相を呈し始めている中で、今の気の消耗具合では短期決戦を挑まざるをえない。

 

「ぐっ……!?」

 

 強制時間跳躍弾が分身に着弾し、強制転移の為の力場が発生する脇を体勢を崩しながら通る。そこへ更に迫る弾丸を回避するために分身が囮になり、別の分身の足を差し出して足場にして体勢を整えながら前進する。

 狙って放たれた跳弾を回避し、消えた分身を生み出して、また後退する真名を追って屋根を蹴る。

 真名の特異な弾丸も無限ではなかろうから何時かは弾切れを起こすだろう。だが、ただ待つには希望的観測が多すぎる。微妙なこの距離は楓のものではない。この距離が続けば、いずれ仕留められてしまうだろう。実際に戦っている楓には未来予知とも言えるレベルでその未来が幻視出来た。

 

「何を以ても距離を詰める!」

 

 屋根に着地するたびに繰り返される瞬動、空中で軌道を変える虚空瞬動の中で、一瞬たりとも停止していない分身が入り乱れた楓を狙い打てる真名に消極策は下策と判断。安全策を取って時間切れを待つぐらいならば、一か八かの賭けに出てでもチャレンジする。

 

「来るか」

 

 自身の有利を感じ取り、楓が状況を好転させる為に行動に出ると戦場の流れから感じ取った真名は、この距離が自分のものだとしても油断はしないと不穏な動きをした分身を撃ち落とす。 

 

「学校の成績は良くもないのに、戦いばかり上手くてはな」

 

 中々、仕留めらずにいる不満を口にしつつも、それによって銃口を揺らしはしない。戦場に感情を持ち込むのは狙撃手としては二流であると、修学旅行の時に学んだ真名の見据える目に曇りはない。

 一直線に向かってくる楓の姿に奇妙な喜びすらも感じていた。 

 

「流石だ」

 

 嬉しいと感じる感情の正体にすら気づかぬまま実弾と強制転移弾を織り交ぜて、飛来してくる苦無を撃ち落とす。戦況ほどに真名にだって余裕があるわけではない。少しでも気を抜けばやられるのは真名の方だ。

 瞬動である以上、直線的な動きしか出来ないのに糸を繋いだ苦無を方々に投げて、どこかに突き刺さった苦無に取りつけられた糸を引っ張って軌道を変える。自由自在に空を飛べるわけでもないのに空中戦が本当に上手い。

 

「む……」

 

 一度地面に降りた楓を狙うも突然斜線を遮ったのは、超包子のロゴが付いた路線バス。

 

「怪力馬鹿めっ!」

 

 楓が気で増加させた身体能力に任せに大質量の物体を投げたのだ。真名が避ければ、流石にバスが落ちる被害が大きすぎる。

 回避行動をとればそれだけ弾幕が止み、接近を許すだろう。考えるよりも早く銃を大口径の物に取り換えて、バスに向けて放つ。放たれた弾丸の強制転移弾が及ぼす範囲はバスを覆いつくすほど。必然、真名の視界から楓を見失わせるほどに大きい。

 

「真名なら、そうしてくれると信じていたでござるよ!」

 

 空中を掴んだまま足に爆発的な気を集中させたことで空間が軋む。縮地无疆による長距離瞬動で彼我の距離が一気に縮める。

 バスを転移させた力場が消滅した瞬間の空間を超えて楓が弾丸の如く真名へと肉薄する。間に遮る建物はなく、一直線に繋がった二人の視線がぶつかり合う。

 超速で向かってきながら無数に分裂した楓にも焦ることなく、狙いをつけて巨大力場を生み出す弾丸を放つ。

 

「ここで決めるでござる!」

 

 巨大な力場を叫びを上げた楓を呑み込む――――直上にいた分身二体の足を持った本体が軌道を変える。別の分身が両手を固めて足場を作り、本体が瞬動で蹴って更に加速することで強制転移弾を躱した。

 

「やるな」

 

 真名の呟きは最後の距離を詰める為に虚空瞬動をしようとしたコンマ一秒にも満たない静止の瞬間に、何時の間にか背後に真名が存在していた。

 

「転移符!?」

「正解だ。そしてさようならだ」

 

 顔だけ振り返る楓の驚愕の顔に向かって言い捨て、無数のマズルフラッシュが連発して全てを覆い隠す。勝利は明白、なのに真名の中に不審があった。

 

(上手くいき過ぎている)

 

 と、直感した真名だからこそ、横合いから放たれた苦無の一撃を辛うじて銃で受け止めることが出来た。

 

「さっきのも分身か!」

「そうでござるよ!」

 

 放たれた気弾を避け、至近距離からの銃を弾き飛ばす。が、何時の間にか、真名は両手に取り回しの良いハンドガンに取り換えている。顔面を狙った銃口を楓は間一髪で顔を傾けることで躱し、回避先まで追って来る銃を苦無で弾く。

 

「くっ!?」

 

 右手の銃が動かしにくい体幹を狙ってくるので苦無で防ぐが、連発された弾丸に持たずに折れる。その前にもう片手の苦無で持ち堪え、フルオート6発を耐えきる。

 弾倉交換を銃ごと取り換えることでタイムラグを最大限まで減らす真名に対して、分身と忍具を用いて捌き切る。交差する銃撃と苦無。接近戦に持ち込んだからと言って、すんなりと勝たせてくれる程、真名という女は甘くない。

 

「まだまだ――」

 

 楓の動きが爆発的に早まる。後先考えないかのような速度の上昇に真名の対処が遅れる。

 ここで斃さんとする楓の意気に真名も戸惑う。

 

「何故、そこまで」

「真名が友達だからでござろう!」

 

 唯一の救いは、この距離での強制転移弾を使えば真名も巻き込まれるので実弾重視になること。それでも単純な破壊力は苦無に勝る。

 苦無が掠り、皮膚が切れて血が飛び散る。銃弾が脇腹を掠め、衣服と共に血が舞う。互いの血が混ざり合い、どちらがどちらか分からなくなってくるような熱さの中で発された叫びは確かに真名の耳にも届く。

 

「修学旅行で拙者は真名に何も出来なかった。その後、碌に話すことも出来なかった。だからこそ、今度こそ真名とちゃんと話がしたいのでござるよ!」

「話など……!」

「言葉を交わさなければ相手を理解することも出来ないでござろう!!」

 

 今更意味はないと言いかけた真名を詰め寄って来た楓の眼光が封じる。

 右手の銃と左手の苦無が弾き飛ばされ、右手の苦無と左手の銃が火花を散らして鬩ぎ合う。空いた手は互いを拘束して、二人の動きが力比べの様相を呈して空中で鬩ぎ合う。

 互いに決め手を欠いて拮抗が生まれれた瞬間に反魔法場(アンチマジックフィールド)発生装置が起動し、鬩ぎ合いに集中していた二人を空中に留まらせていた力が減衰し、消滅する。

 

「「!?」」

 

 驚きは両者同じ。この拮抗を崩すことは相手の先手を与えることになり、下手な行動を取れない二人は重力に任せて落ちるに任せる。

 二十メートル、十メートル、五メートル、三メートル、一メートルとどこかの建物に向かって落ちて行っても動く隙は見せられず、二人は屋根をぶち抜いて落下した。落下の衝撃は優れた術者であり、まだ身体強化が消えていない二人をして、その衝撃は決して無視できる範囲ではなかった。

 

「ぐっ……くぅ、無茶をする」 

「…………そうでも、しなければ……真名を止められんでござるからな」

 

 落下したドサグサで離れた二人は、地面に転がって全身に走る苦痛に呻きながらも相手から目を離さない。

 

「どうしてそこまで私を気にする?」

 

 持っていた治癒符と護符、転移符が軒並み動かないことに眉を顰めてダメージの回復に努める傍らで問う。楓の戦いの動機への疑念であり、ここまで痛みに呻きながらも対話を止めようとしない疑問である。ダメージから回復するまでの時間稼ぎではあったが、問わずにはいられなかった。

 

「―――――真名のことが好きだから、でござるよ。勿論、友達として」

 

 同級生にこのような話をすることに気恥ずかしさがあるのか、僅かに頬を赤く染めながら震える手で体を支える。

 

「拙者は馬鹿でござるから、上手く話しが出来ないかもしれないでござる。それでも真名と話をしたいと思ったのでござるよ。後悔しない為に、今出来ることをする。真名もそうであろう?」

「後悔しない為に今出来ることを……」

 

 時間稼ぎをするだけなのに妙にその言葉が真名の頭に響いた。

 ズリズリと地面を這って向かってくる楓に真名の頭の中から戦闘の二文字が薄れた。まるでその瞬間を狙ったかのように、手を伸ばせば触れる距離まで這って来た楓が真名の手を掴んで笑う。

 

「油断大敵、拙者の勝ちでござる。全部、終わったら話をするでござる」

 

 笑って言う、楓のもう片方の手には強制転移弾。ダメージは抜けきっておらず、それを押して動こうとするも楓の手が握って離さない。

 楓が弾を握りつぶして、強制転移の為の力場が二人を包み込む。着弾すればエヴァンジェリンですら回避不能な強制転移の力場に包まれ、真名も諦めたように肩から力を抜いた。

 

「勝手だな、お前は」

 

 真名の意志も願いも全て呑み込んで強制転移は発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年が経って、さよの行動範囲は座席から教室内、廊下、学校内と動ける距離が飛躍的に伸びていった。誰に見られなくても、誰と話が出来なくても、誰にも認識されなくても、さよは退屈しなかったし、幽霊であることを辛いとも思わなかった。

 活動範囲が大きくなれば出会える人間は増え、行動範囲が広くなれば出来ることは増えていった。

 誰にも認識されないという幽霊の特権を使う、この頃のさよの趣味は人間観察だった。

 年上から年下、学生から教師まで同じ人間は一人もない。表では良い人間で通っている人でも、一人になれば裏の顔を見せることがある。悪い人間が裏では良い人なんてこともあるので、そのギャップを楽しんでいた。

 ポルターガイストの力で本を読むことも出来たので、この頃のさよは心の底から幽霊生活を楽しんでいた。ただ、喉に小骨が刺さるように気掛かりが一つだけだった。唯一、さよを認識できていたであろう、近衛近右衛門が学校のどこにもいないのだ。

 やがて日常の中で気掛かりも忘れ、冬を越えて春を迎えた。

 誰に見られなくても、誰と話が出来なくても、誰にも認識されなくても、数年を共に過ごしたクラスメイト達と一緒に卒業できると信じていた。意味もなく、理由もなく、単純に、馬鹿なほどに。

 さよは生前のことを覚えていなくて、今は幽霊で地縛霊である。そんな彼女が卒業式を迎えても、卒業できるはずがなかった。

 卒業式が終わって、春休みが過ぎ去って、変わらない教室で新しいクラスになって。

 夏が来て、秋が過ぎて、冬を越えて、また春を迎えて…………そのサイクルを幾度か繰り返した。

 学区内から出られず、誰にも認識されないことにさよは遂に絶望した―――――――――孤独という言葉の本当の意味をその身を以て味わうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガシャン、と明日菜は手に持っていたバスターソードを地面に落とした音で飛んでいた意識を取り戻す。

 アスカとの戦いの最中なので慌ててバスターソードを拾おうと手を伸ばして、全身に走った痛みに硬直して指に引っ掛かった武器を取り落とした。

 

「はっ、ぐ……」

 

 苦痛の呻きを漏らすも全身を支配する鈍痛は消えてくれない。額の上からドロッとした液体が垂れて来て、腫れ上がった左瞼の上から下へと流れ落ちていくのを拭うことすら出来なかった。

 無事な右眼で全身を見下ろせば、傷だらけの痣だらけで無事なところを探す方が大変だという有様だ。魔法的処置が内部に埋め込まれた左半身の鎧も壊れて取れるか、ベコベコにへこんでいる。無理もない、と明日菜は心中で呟いて顔を上げた。

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 獣が啼いている。それは決して獲物を屠った時に上げる歓喜の雄叫びでも、仲間を呼ぶ遠吠えではない。勝ち目がないと知りながらも避け得ぬ運命に立ち向かうべく上げられる現実に抗う叫びだ。

 

「アスカァァァァァァッ!!」

 

 喉も嗄れよとばかりに叫ぶ小太郎の声は荒れ狂うアスカには届かない。それでも尚、彼は拳と共に声を叩きつけることを止めようとしない。

 傷は明日菜とは比べようもないほどの酷い。平気なはずはない。このまま戦い続ければ小太郎はアスカに殺されるだろう。まだそうなっていないのは、千草が持たせた治癒符と護符のお蔭である。

 アスカの魔法攻撃を警戒して魔法無効化能力を全開にしている明日菜は魔法の力で動く道具の類を持てない。魔法無効化能力を使いこなせるようになれば、無効化したいものの選別も出来るようになるらしいが今の明日菜はまだその段階にはない。

 『治癒符と護符を持つ俺が戦うから姉ちゃんは援護してくれや』とは、戦いが始まる前に小太郎が言った言葉ではあるが、援護に徹していたはずの明日菜がもう殆ど動けなくなってきている。

 小太郎にしても殆どの治癒符と護符を使い果たした様子で、致命傷に陥りかねない攻撃は小さな傷を受けてでも避けている。明日菜にはとても出来ない芸当である。決して小太郎は弱くない。明日菜が十戦戦えば十戦とも負けるような領域にいるのに、まるで問題にせず捻じ伏せる圧倒的な力を振りかざすアスカが異常なのだ。

 

(紋様が全身を覆いつくしたらアウトって言っても……)

 

 エヴァンジェリンの忠告を思い出す。

 

『紋様が全身を覆い尽くせば、恐らく精神と肉体も完全に支配されて人外の化け物となる。呪詛に侵された状態でそうなってしまえば、破壊を振り撒く魔獣に成り下がるだけだ。その過程で耐え切れなければ死ぬし、仮に人外の化け物となれば二度と人間には戻れんだろう』

 

 と言い、エヴァンジェリンが知る限りでは腕部に留まっていたという紋様が頬にまで伸びているのを、戦いを追いながら確認する。

 

(服の下は分からないけど、もう顔にまで来てる。多分、もうそんなに余裕はないはず。それまでに正気に戻すなんて、私達に出来るの?)

 

 直感的に残された時間がそう残されていないことを感じ取り、二人掛かりで未だに一撃すら入れることが出来ない実力差に心が折れそうになる。

 絶望感が覆い始めている明日菜と比べ、ずっとアスカと戦い続けている小太郎は覇気を保っていた。

 

「もっと来いや、アスカッ!!」

 

 アスカの拳が振るわれて血飛沫が舞い、蹴撃によって口から吐かれた自身の血霞で覆われながらも小太郎が尚も叫ぶ。

 

「お前の方が強いいうんは分かってねん! 俺に才能が足らんこともな!」

 

 放たれた魔法の射手を狗神で迎撃し、生まれた間隙を縫うようにして避けたところでアスカの接近を許している。

 

「ネギみたいに頭が良くない! 明日菜の姉ちゃんみたいな特異な能力もない! 木乃香の姉ちゃんみたいな素質もない! ずっと前から分かっとったわ、そんなことは!」

 

 懐に入られたと同時に振るわれた拳を、腕をクロスさせて受けることで防御するも、小太郎の動きが全身が麻痺がしたように硬直して動きが静止する。今のアスカの前で動きが停止するなど自殺行為。無詠唱の雷の魔法の射手が込められて一撃からのコンビネーションといえば決まっている。次の行動が読めているのに明確な対処が取れない。

 

「それでも俺はッッ!?」

 

 アッパーカット気味の無詠唱の魔法の射手が込められた拳打で体が浮き上がっている小太郎は、狗神を使って自らを跳ね飛ばさせることでトドメの雷の斧を回避する。

 完全な回避は叶わず、左手の手首から先を焼け爛れさせながらも着地してアスカを見据える。

 

「お前を、ダチやと思ってる。だから、余計に我慢出来ん。答えろアスカ、俺がそんなに頼りないんか! 本気を出したら直ぐ死にそうな雑魚やとお前は思ってんのか! 俺を舐めんなや! 」

 

 小太郎は焼け焦げたズボンのポケットから半ばまで焦げている治癒符を取り出して左手に巻きつける。もはや効果があるのかも怪しい治癒符を神経が焼き切れたのか力の入らない左手に巻きつけたのは拳を作る為だ。

 力を入れることすら出来ないはずの左拳を強く握って掲げ、自分はまだ戦えるのだとアピールする。

 

「別荘で俺が初めて勝った時みたいに勝利を恵んでやろうっていう魂胆か? クソくらえや、そんなもん」

 

 ペッ、と吐き捨てた唾は真っ赤に染まり、叫ぶその両足も膝がガクガクと震えている。流れ出る血も負った怪我も既に満身創痍と言っていい状態なのに、犬上小太郎の戦意は衰えるどころか轟々とその勢いを増して、大きく猛々しく燃え盛っている。

 

「闇の魔法? 呪詛? 超鈴音? 魔法公開? 知らんはそんなもん。どうでもええし、俺達の戦いになんの関係もない。俺が言うことはただ一つ、本気の本気でかかってこいや!」

 

 小太郎の懐が淡く光る。何故か明日菜にはそれが小太郎が持っている仮契約カードのものだと感じ取れた。

 

「俺が本気のお前を受け止められへんと思ってんのか」

 

 明日菜は小太郎の仮契約の称号を思い出す。

 

「耐えられへんねん、ダチのお前に侮られるのは!」

 

 『誇り高き狼』と記された称号そのままだった男が、恥も外聞もなく本音を言葉にして叩きつける。

 

「俺とお前は対等やって分からせたらぁ!」

 

 決して使うまいとしていたアーティファクト「繋がれざる首輪」で潜在能力の全てを引き出しながら吐かれたその言葉は明日菜の裡にも響いた。

 明日菜の称号は『BELLATRIX SAUCIATA(傷付いた戦士)』。今の姿はそれに相応しい。そう考えると痛みさえ少し引いたようで、地面に落としていたバスターソードを拾い上げ、膝に力を入れて立ち上がる。

 

「私だってね、言いたいことは山程あるわよアスカ!」

 

 左手の薬指に意識の一部を割く。学園長の話では対のリングを付けているアスカとは心が繋がるらしい。どのような意味で繋がるのかよくわからないが、内部で戦っているはずのアスカを信頼しきれずに弱気に屈しようとしたことは許されることではない。

 意気を吐く小太郎を見習って覚悟を決め直す。

 

「超がなんか変なことやってるし、魔法公開だとか世界改変だとか難しいことばっかで、こっちは大変なのよ」

 

 血で滑るバスターソードを掴み直して、ギュッと離さないように左手で握る。すると、より薬指のペアリングを意識して口が回る。

 

「一杯色んな人達が動いてんのよ。何時までも寝てないで、いい加減に元に戻ってみんなを手伝いなさい!」

 

 これが神楽坂明日菜の生き方なのだと、揺るがない瞳で見据えてバスターソードを構える。

 

(………………ううん、違う)

 

 結局の所、これは言い訳だと自分の考えを否定する。

 自分は、ただ好きな人の笑顔を見たかっただけだ。楽しそうな、嬉しそうな笑顔を、もう一度覗いてみたかっただけだ。決して、あの呪詛に取り込まれている時に見せた苦しんでいる撫薰ナはないのだと

 なんて自分勝手な我儘。でも、その我儘は一体どうやったら叶うのだろうか。

 明日菜はひっそりと浅く強い息を吐き、迷いを振り切るようにして感情を見せないアスカを、空のように蒼い色とは似ても似つかない血のように紅い瞳を正面から見据える。

 

「もう一度、名前を呼んで」

 

 これで終わりなど認めない。

 

「もっと、アスカに触れたい」

 

 こんな結末を受け入れることは出来ない。

 

「まだ告白だってしてないんだから、勝手に終わらせてんじゃないわよ!!」

 

 返答はない。元より期待しているわけでもなかった。これはあくまで決意楓セに過ぎないのだから――――だからこそ、アスカに変化が起こったことに驚く。

 

「ぐっ……うっ、うぅぅぅぅぅっ」

 

 アスカが頭を押さえる。よほど苦しいのか、目を閉じたままで眉間に皺を寄せ、ゼイゼイと荒い呼吸を繰り返している。まるで闇の塊を覗き込んだかのように震えていた。

 ずっと能面のような無表情だったアスカが戦い始めて変化を起こしている。しかし、明日菜も小太郎も迂闊に喜べなかった。

 

「胸糞悪い雰囲気やで」

 

 アスカを安易に倒すのではなく正気に戻す為だから、接近して下手な行動を取られるよりも今は体力の回復を優先させる。このまま呪詛が解ければ万々歳ではあるが、近くにいるだけでこちらの正気を侵しそうなほどに狂った気配を撒き散らしている状況で楽観視は出来ない。

 邪気を撒き散らすアスカは何故か苦しむように首を横に振った。

 

「戦ってるんや」

「戦ってるのね」

 

 二人にはその動作と言葉の意味が分かった。ならば、動かないわけにはいかない。

 

「「戻って来い(帰って来て)、アスカ!」」

 

 その声とほぼ同時に、二人は獣化した爪とバスターソードをアスカに叩きつけたが、アスカの全身を紋様が覆う方が早かった。

 手で触れそうなほどに増した圧力を放ちながら、真っ赤な魔力の中で渦を巻いてアスカの足下から発生した黒い影が禍々しく輝く紋様と連鎖するように広がる。黒い影に触れた小太郎の爪がゴキンと音を立てて折れて明日菜共々弾き飛ばされる。

 二人が着地し、顔を上げるとそこにいたのは人ではなかった。

 短かった髪がざわめいては逆立って腰まで伸び、険が浮き険しさ増した面立ちにはもはや理性を感じられず、その顔から正気の色は完全に消し飛んで魔顔の様相を呈していた。

 

「■■■■■■■■■■■■■―――――――――――ッ!!」

 

 魔獣が叫びを上げた。もはや、言語は人語ですらない。

 発せられる力に耐えられないとアスカを中心に地面が次々に捲れ上がって吹き飛ばされ、直下型の地震の震源地のように大地が激震する。ただ、そこにいるだけで壊れていく世界。まさしく破壊の権化。

 凄まじい衝撃波を撒き散らしながら、閃光と粉塵の塊が膨れ上がる。その向こうから現われたアスカの姿は先程までと違って人の形をしていなかった。体の輪郭はもはや人間の姿は微塵も感じられない外見となる。殺気に似た波動を振りまき、ひどく禍々しい存在を世界に知覚させた。

 上半身の着衣が内側から弾け、裂けて、後頭部からは耳のような突起が伸び顔全体も一変、顎が大きく開いている。手足が伸び尾が生え、皮膚の色も肌色から漆黒に変わって、破壊のための破壊、殺戮のための殺戮を求める魔獣のそれへと変貌していた。

 叫びだけで全身から濃厚な殺気が溢れかえる。それは一面の花園すら一瞬で枯野に変えるような死の匂い、悪意の気配、心臓が縮むような汚泥の如き圧力だった。

 

「アスカっ!」

 

 もはや誰の声も届くとは思えない。そうと分かっていても明日菜は叫んでいた。

 明日菜の声に答えるように、ゆっくりと目が開いていく。白目まで生き血でそのまま染め上げたような真紅の目。血のように完全に紅く染まった眼には炯々と獣性の光が灯り、そこに人の理性は欠片もみられない。

 

「―――――」

 

 血よりも尚も濃い真紅に染まった殺意を凝縮したアスカの双眸に見据えられ、小太郎は咄嗟に背後に飛び退っていた。幾つもの修羅場を潜り抜けた時特有の、心臓に針を突き刺されたに等しい戦慄が小太郎を大きく飛び退らせた。

 

(俺がビビったやと?)

 

 アスカの形をしたナニカと目を合わせた小太郎は、冷たい悪寒が背筋に走るのを感じた。確信というよりも戦慄。こいつは危険だ、生物としての本能が直感した。

 こうなってから何か攻撃をされた訳ではない。その素振りを見せられた訳でもない。ただ、放たれた殺気に戦士としての直感が危機感を覚えたのだ。それは物理的なものではない。ただ単なる命の危機だ。動物としての本能がギリギリと心を締め付けた。油断するとそのまま地面に潰れそうなほどの重圧だった。

 動かなければ殺されていた、と小太郎の戦士としての本能が叫んでいた。

 

「明日菜の姉ちゃん、逃げるなら今やで」

「小太郎君こそ」

 

 もう射程距離に入っていることを自覚しながらも二人は軽口を叩く。心臓が止まっていたかもしれない殺気を前にして、一人ではないことが救いだった。

 

「じゃあ、一丁やってやりますか」

「死ぬなや」

「そっちこそ」

 

 明日菜は両手でバスターソードを握り直し、小太郎は強く拳を握る。

 さっきまでのアスカと違う圧倒的な気配。先程まですら光と思えるほどの、あらゆる存在を拒絶する禍々しき闇。目の前にいるのはアスカ・スプリングフィールドの殻を被ったなにか。そう思わなけば説明できないほどの変わりようを前にしても戦意を失うことはない。

 ミチリ、と魔獣の体となったアスカの体から感じられる内圧が上がる。同時に瘴気が膨れ上がっていく。

 

「来る!」

「■■■■■■■■■■■■■――――――――――――!!!!」

 

 純粋なる破壊と殺戮を求める猛々しい獣のような咆哮が上がる。目を吊り上げて咆哮するアスカの顔は、鬼とも獣とも呼べるほどに険しい。

 アスカがゆっくりと身体を前に傾けて、このままでは倒れると思われた瞬間、足元が爆発したように見えた。もちろんそうではない。限界を超えた力の解放によって、蹴られた地面が吹き飛んだのである。もはや人間の動きではなかった。

 雄叫びが発せられた瞬間には、アスカは明日菜の懐に潜りこんでいた。前向きに倒れかけたアスカの身体が、瞬きする暇すらないほどの間に、空気を破裂させて自身が発した衝撃の広がりを追い越して明日菜の直ぐの目の前まで迫っていた。

 完全に「人」という種の速度を根本的に超えている。世界最高峰のスプリンターの疾走であっても静止画像に等しい。

 

「!?」

 

 明日菜は驚愕した。構えていたバスターソードに衝撃が走って呆気なく折れ、尚も黒く染まった腕が腹に突き込んでいたのだから。

 踏み込みが、尋常でなく速い。それなりの距離があったにも拘らず、地を踏み抜いた爆音が遅れて発生する頃には、アスカの攻撃が明日菜を襲っていた

 小太郎は条件反射で大きく後方へ飛び退っていた。明日菜への攻撃を認識していたわけではなく、彼の戦士としての本能がその場にいる危険を悟らせたのだ。真に驚くのはこの後のことだった。

 

「がァッ?!」

 

 背骨が折れるかと思うほどの衝撃が斜め上から背中を襲い、退避を優先することで精一杯で防御の概念すらなかった小太郎の身体が地面に叩きつけられる。

 着弾と同時にプラスチック爆弾を炸裂させたような衝撃と粉塵が巻き起こった。あまりの威力に前方に小太郎の身体が投げ出され、地面に溝を作り続ける。自律的な動きを止めた相手に、アスカはそのまま突っ込んで行った。

 大砲の砲弾に匹敵する勢いで空気を切り裂きながら吹っ飛ばされる小太郎が地面に溝を作って生まれ続けている砂塵を突き破って、超高速移動でアスカが出現する。

 小太郎は辛うじて意識を飛ばされずにすみ、全身に最大級の警鐘が鳴る。このまま何もしなければ死ぬと。

 

「グゥォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッツ!」

 

 生命の危機に今まで出来なかった獣化奥義『狗音影装』によって一瞬で完全獣化した小太郎が、これも過去最速最大威力の爆発する狗弾を口から吐いた。

 

「■■■■■■■■■■――――――――――――――――――――ッッッ!!!!!!」

 

 通常時のアスカでは避けるしかない必殺を期した一撃である。だが、目の前に迫る狗弾を見据えたアスカは大きく口を開いて獣染みた叫びを放った。途端に狗弾が固い壁にでもぶつかったかのように、大きく弾き飛ばされて離れた地面に落ちて大爆発を引き起こした。

 叫びの中に高密度の魔力を込めて壁とし、狗弾を破壊するには至らなくても弾き飛ばすだけの密度を持っていた。狗弾が爆発した衝撃は先の一撃で完全に意識を失っていた明日菜の近く地面に大きな穴を開け、彼女の意識を取り戻させるほどの威力があったが、小太郎の視界からアスカをも隠してしまう。

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」

 

 小太郎の苦痛の呻きが響き渡った。超速で移動したアスカより放たれた突きが小太郎の体を貫いている。が、一瞬の後に獣化した小太郎の姿が霞の如く消えた。

 

「分身や!」

 

 地面を割って現れた獣化した小太郎がその大きな顎を間近で開いて、狗弾を近距離から放った。

 避けようのない狗弾が着弾し、大爆発が二人の姿を覆い隠す。

 

「こ、た……ろう君っ!?」

 

 口から大量の血を吐き出しながら、大爆発に巻き込まれた二人の安否を気にして叫ぶ明日菜。

 

「――――■■ッ!」

 

 爆発の影響が収まりきるよりも早く、また獣のような叫びが響き渡る。叫ぶ、ただそれだけの行為だけで、狗弾が押し返される。

 叫ぶ魔獣アスカから数百メートル近く吹き飛ばされ、地面に捲り返して何もかもを吹き飛ばして、小太郎すらもボロ雑巾のように飛ばされた。

 数百メートル近く飛ばされて地面に叩きつけられて、大きな岩がストッパーとなってようやく止まった小太郎はまだ生きている。絶命しなかったのは、完全獣化したことで魔物に近くなり生命力が上がっていたことと小太郎が生来持つ頑丈さのお蔭だろう。

 生きているといっても小太郎はもう虫の息。獣化すら解け、地面に倒れてピクリとも動かない。

 

「■■■ッ」

 

 アスカが凶悪なまでの喉の奥と思われる器官で唸り声を上げて殺意を滾らせ、ゆっくりと動かない小太郎に向かって歩き始める。

 そこにいるのは死神ほどの分別もなく荒れ狂う憎悪の塊であり、唯の悪意の化身である。道理を弁えずに無秩序に破壊を振りまく魔獣の姿だった。

 小太郎がもぞもぞと手足を動かし、赤ん坊よりも時間をかけて岩に身を預けるようにして座り込む。トドメを刺されるのは目前で、相打ちも出来ないにしても小太郎は残る全エネルギーを右拳を集める。

 そして、小太郎の下へ歩み寄った魔獣のアスカが腕を振り上げて――――下ろした。

 もはや魔獣となって理性の欠片すらも失ってしまったかに思われたアスカの腕が、後は振り下ろすだけで死に体の小太郎の息の根を完全に止められるのに、顔の上で凝固していた。

 

「ガァ――ッ!!」

 

 アスカが動きを止めた理由は分からずとも、意識があるかどうかも怪しい小太郎が全気力を込めた右拳を伸びあがるようにして、体の中心に叩き込んだ。

 ダメージを与えたかどうかは定かではない。ただ、小太郎としては満足だった。たった一撃を決める為だけに、誇りを投げ捨ててでも為さねばならないことがあった。それを為せたのだ。

 

「主役は別やからな」

 

 という言葉を残して小太郎の意識はブレーカーが切れるように落ちた。

 明日菜はここだと思った。小太郎が生み出したこの機会しかないと咸卦法の出力をオーバーロードさせて、半分に折れたバスターソードを携えてアスカに突っ込んだ。

 

「アスカァァァァァアアアアアアア――――ッ!!」

 

 集中力が極限にまで高まっているからか、明日菜の眼から見てアスカの反応が鈍かった。それでも明日菜よりも動きは遥かに速い。

 バスターソードを右斜め上から叩きつけて半分の半分に折れた――――――――――その寸前にバスターソードを手放し、超反応して防御したアスカの懐へと入り込んで――――――――――反応が遅れたその唇へと自身の唇を押し付ける。

 明日菜の服に幾層も練られ、織り込まれた仮契約の陣がその効果を発揮する光が意識を押し流す。左耳に付けた絆の銀が熱かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幽霊になってから十年か、二十年かの月日が経過していたのに誰にも見えないし、認識もされない。どれだけ声を張り上げようとも、さよの声は空気を震わすことはないから誰の耳にも届かない。

 最初から分かっていたことなのに、最初から理解していたことなのに、どれだけ努力しても誰も見てくれないことにさよは絶望していた。

 時にはポルターガイストの力で椅子や机を動かしたが、退治する為に呼ばれたお祓い師や高名な霊能力者にも認識されない。彼らの話から自分が他の幽霊と比べてもよほど存在が薄いのだと知った。

 騒動を起こした教室は閉鎖され、騒動が鎮火して忘れ去られて再び開かれるまでさよは自分のルーツを探した。

 見つかったのは、没年と今いる学校に通っている事実まで。地縛霊はこの世への未練や恨みで現世に残っているというが、生前のことを殆ど覚えていなかったさよにはどうしたらいいのか分からない。

 どうしたらいいのか、さよには分からない。大したことを望んだわけではない。ただ、クラスメイト達と話をして、馬鹿なことをして笑い合って、行事を楽しんで、一緒に卒業する、なんてそんな当たり前のことをしたいだけなのに。

 

『友達が欲しいだけなのに』

 

 泣いても、喚いても、誰も気づかれず。幽霊だから成長することも死ぬことも出来ないまま悪戯に時間だけが経過して行く。

 誰とも話せず、誰にも見えず、誰にも認識されないまま、幽霊になって三十年を超えれば、さよが絶望に倦んで全てに諦めて開き直るまで至るのに十分だった。狂うことも出来ないまま、嘗てはクラスメイト達だった者達が卒業して行くのを見続けた。

 誰とも意思疎通を交わせないさよは何時からか望み始めた、自分をこの境遇から救ってくれる人を――――――そんな人がいるはずはないと知っていても望まずにはいられなかった。

 




今話で判明した未来の一部を抜粋すると

「広域魔力減衰現象が解明され、機械で再現することが可能(反魔法場(アンチマジックフィールド)発生装置)」
反魔法場(アンチマジックフィールド)発生装置によって力を失った魔法使いは絶滅している。超が最後の魔法使い」
「魔法使いが滅び、魔法を吸収した科学である魔法科学を扱う魔導士がいる」
「超は魔力減衰下でも問題なく魔法が使える(ウェスペルタティア王国の血を引いている?)」

尚、航時機(カシオペア)が破壊されるのは計画通りとのこと。
超曰く、「それぐらいやてもらわねバ、ラスボスとして張り合いがないネ」と申されております。
しかもこれで第二形態で、まだ第三形態を残しております。

ネギが「高位魔法使い」の称号を得ました。
ネギが「策士策に溺れる」の称号を得ました。



反魔法場(アンチマジックフィールド)発生装置が起動するのがもう少し遅ければ、気が不足した楓が押し切られ、真名が勝利した模様。
結論:真名が押しきられたのは大体、超の所為。

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