魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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第57話 百年後の勝者

 

 反魔法場(アンチマジックフィールド)発生装置による広域魔力減衰現象下では魔法で空を飛んで呑気に観戦とまではいかず、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは己が従者であるチャチャゼロを連れてどこかの建物の屋上に降りていた。

 

「舞台は最終幕といったところか」

 

 気だるげに酒を口を運ぶエヴァンジェリンが言った。

 

「ツマンナサソウダナ、ご主人」

「ああ、つまらんとも。他人の掌の上でいいように扱われて気分良く酒が飲めるものか」

 

 上等な酒も状況によっては駄酒に成り下がるのだと、隣で人の酒を掻っ食らっている初代従者であるチャチャゼロに答えたエヴァンジェリンは、一時的な静寂を取り戻した夜空を見上げる。

 

「つくづく超鈴音は食わせ者だったということだ」

 

 2500体を超える人型ロボット群と多数の多脚型のみならず、麻帆良地下で封印されていた鬼神も機械で制御して数体投入している。アスカを自らの手駒とした手腕に、切り札・奥の手を二重三重に隠し持っていた。

 全開状態ならまだしも、今の状態で超と戦うことはエヴァンジェリンでも避けたい。

 

「ほう、あなたがそこまで言うとは、珍しいこともあるものですね」

「いきなり人の背後に現れるな、アル」

 

 気配もなく背後に出現して声をかけてきたアルビレオ・イマに今更驚くことはなかった。学園長が手助けを断られたと言っていたので、どこかで見ていることは間違いなく、なんとなく声をかけてくるだろうと予感があった。

 首だけを後ろに向ければ、何時ものように胡散臭い笑みを浮かべた白いローブ姿の男がそこに立っている。

 

「犬上小太郎君の容態はどうですか?」

 

 聞かれた内容にピクリとエヴァンジェリンの目元が動いた。

 

「珍しいな、アル。お前が他人を気遣うなど」

「気に入った者を気にするのは誰であろうと同じですよ。私も、そしてあなたもね」

「相変わらず口の減らん奴だ」

 

 皮肉を返すか、相手を弄らなくては満足できない気質なのか、アルビレオのことをそう考えて直ぐに忘却する。長い付き合いではあるが、アルビレオの人間性を理解したいわけではない。

 

「純粋に彼の身を案じての事ですよ。小太郎君の気質は好ましいものですし、彼のように命を賭けて友に報いれる者は貴重です。きっとこれからのアスカ君の助けになってくれるでしょう」

 

 アルビレオが小太郎のことを気に入っているのは事実だろうが、エヴァンジェリンにはその内容が普通の人にとってはとても好ましいものとは思えないことは簡単に想像がついた。

 

(前からこんな奴だったか?)

 

 十五年以上前と比べて現在のアルビレオとの乖離に内心で首を捻る。

 以前は掴みどころのない男であったが、今は大きな目的の為に邁進し過ぎてその他のことを粗雑に扱っている節がある。その大きな目的にアスカの存在が不可欠なようで、アスカを成長させる為に小太郎を利用しようとしている。

 僅かな言葉だけでエヴァンジェリンにここまで察せさせることは以前では考えられなかったはずだ。

 

「別荘に連れてきた木乃香に治療をさせている。オマケで刹那がついてきたが、木乃香の治癒なら後遺症も残らんだろ」

「それなら安心です」

 

 と言って、アルビレオはチャチャゼロがいるのとは反対側に立って空を見上げる。

 

「まさか広域魔力減衰現象を人工的に再現するとは恐れ入りましたよ。実に興味深い。貴女のクラスは本当に面白いですね」

「おもしろクラスであることは否定せんが」

 

 自分は吸血鬼だし、従者はガイノイド。生徒に魔法使い・幽霊・魔族・半妖・半魔・特異能力者・忍者・科学者・大財閥御令嬢二人・料理人がいて、教師は陰陽師・魔法使い・魔法使い見習い二人と、自分も当人ながらよくもここまでバリエーション豊かな面々が揃ったものだと感心してしまう。

 

「とどめに未来人で最後の魔法使いで気鋭の魔導士だとか、超が一番のネタキャラだな」

 

 十五年も中学生をやっている自分の身を棚に上げて、一人で納得して頷くエヴァンジェリン。

 

「一度じっくりと話してみたいものですね、彼女と」

 

 特に突っ込むことをしなかったアルビレオは先程ネギと共に墜落した超がいるであろう麻帆良湖岸に目を向けている。

 口では興味が出たからと嘯いているものの、その眼は爛々と輝いている。どう見てもにこやかな話よりも超の持つ技術・彼女が来たという未来に注目していることが丸分かりで、そこもまた以前のアルビレオでは考えられないほど他人に望みが見えている。

 

「おや?」

 

 アルビレオの思惑を紐解こうと黙考していたエヴァンジェリンは彼の声に顔を上げ、視線を上空に向けてその意味を理解する。

 

「飛行船からドラゴンとは、また豪快なことで」

 

 広域魔力減衰現象下では視力を強化するにもエヴァンジェリンにとっては多大な魔力を消耗して見えたものは、最初に超がネギと戦っていた飛行船が爆発して機竜が出て来ていた。

 爆炎を切り裂いた飛行する機竜はまっしぐらに都市に向かってくる。

 

「加勢しなくていいのか? 碌に力も使えない私と違って、お前なら多少はなんとか出来るだろ」

「私もこの状況下では大した戦力にはなりませんよ。こうやって分身体を維持するだけで精一杯です」

 

 言った一瞬だけアルビレオの姿がブレた。広域魔力減衰現象下で魔力で構成している分身体を動かすだけでも重労働なので戦闘はとても行えないと言いたいのか。

 見ている先で機竜が口から地上に向かって火炎を噴き出した。

 

「お前の目論み通り、アイツらがなんとかするだろうよ」

「私に目論みなどありませんよ」

 

 宙を飛ぶ斬撃が火炎を消し去るのを眺め、二人は一観客として舞台を楽しむ。

 この舞台が英雄譚となるか、悪漢譚となるか、まだ決まっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 麻帆良都市上空に異形の影が浮かんでいる。

 

「グルアウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 自然にあるまじき建物が乱立する都市の空には似つかわしくない獣の雄叫びが響く。雄叫びを上げる獣は空想上の産物とされている機竜そのものの姿で、人が造ったことを示す金属質な輝きを煌めかせながら相対する者をその紅き眼で睨み付けている。相対する者は十メートルを優に超える機械仕掛けの機竜に比べれば遥かに小さい。

 

「五月蠅いなぁ」

 

 機竜の雄叫びを耳障りだとばかりに顔を顰めて言った相対者は鎧を身に纏い、肩に大剣を担ぐ姿は騎士そのもの。後頭部で纏めた亜麻色の髪の毛を後ろに流し、何の支えもなしに宙に浮く騎士の名をアスカナといった。

 アスカ・スプリングフィールドと神楽坂明日菜が合体した騎士アスカナは、明日菜の魔法無効化能力の特性もあって反魔法場(アンチマジックフィールド)発生装置による広域魔力減衰現象下であっても制限なしに魔法を使うことが出来る。

 浮遊術で浮かび、アスカナが相対していると機竜がなんの前触れもなく顎を開き、極大の炎を放った。

 アスカナはなんの防御策も取ることなく、回避行動にも移らない。

 

「私には効かない」

 

 肩に担いだハマノツルギを動かすことなく直撃した黒炎は、しかし始めから存在を許されなかったかのようにアスカナに触れることなく掻き消える。

 幾ら機竜が対広域魔力減衰現象でも十分に力を振るえるといっても完全に減衰を無効化しているわけではない。アスカナの持つ魔法無効化能力の前では如何なる奇跡の力も無と化す。

 

「グルァアアア――――!」

 

 機竜は怒ったように吠え、再び黒炎を放つ。

 

「無駄なこと――」

 

 アスカナの持つ魔法無効化能力の前では、楯突く者の叫びを嘲笑うかのように軽々と、その力を消してしまう…………はずだった。

 

「はぁああああああああああああああああああっ!!」

 

 今度の黒炎に危機感を感じたアスカナは左足を引き、腰を落とし、背筋を引き絞って満身に力を漲らせ、障壁という形で解き放つ。世界全体に響き、感じた者の魂を鷲掴みするような黒炎の塊が障壁を打ち砕かんと襲い掛かってきた。

 

「………熱ッ……」

 

 あまりの眩しさに目を瞑った。瞼を通して赤い輝きが映る。全力で障壁を張っていても熱波が越えてきて息が詰まる。同時に機竜が吐き出した炎流が空気を引き裂き、完全に受けきったはずのアスカナを衝撃だけで遥か遠くに吹き飛ばした。

 

「魔法的な力ではなく現象としての火を吹いたのか。器用な奴」

 

 馬鹿になったように耳鳴りのしている耳を抑えながらゆっくりと目を閉じ、開く。瞼から赤い輝きが消えて目を開けると視界に映る何もかもが、ぼやけた輪郭と曖昧な色彩に染まっていた。

 視界が晴れて見ると、炙られた大気が煮え立ち、空気が赤熱化して泡立っているかのような錯覚すら覚える。機竜の炎が舐めた一帯の空気が煮立ち、その余波は恐らく数十メートルの広範囲に渡って熱せられ、遠方では一足早い夏の到来と勘違いしている者もいるかもしれない。

 

「こんな威力の攻撃を殆どタメ無しで撃ってくるなんて反則だな。しかも魔法無効化能力に引っ掛からないときてる」

 

 クツクツとアスカナの口から笑みが零れる。

 

「随分と怒ってるじゃないか。効かなくて焦ってるのか」

 

 機竜は低く唸りながらアスカナへと視線を向けて吼える。防がれたことにご立腹のようで、怒りを湛えた真紅の瞳をアスカナに向かって向けてくる。

 

「こっちも全開で行く」

 

 ハマノツルギを上空に放り投げ、両手を開く。

 左手には魔力、右手に気を宿して、相反する力を胸の前で近づけた。

 

「――合成」

 

 もう少しで両手が合わさるかと思われた瞬間、両方のエネルギーが触れ合った。バチッと両方のエネルギーが反発するように紫電を纏ったが直ぐに収まり、一瞬強い風が吹いてアスカナの全身を凄まじいオーラが纏う。

 咸卦法を発動して極大な力を纏うアスカナは落ちてきたハマノツルギを掴み、オーラを伝播する。

 

「かかって来い」

 

 挑発するアスカナに向かって、風を切り裂きながら機竜はその巨体に似合わない速度で一直線に飛翔する。

 が、何故か前方にいるアスカナに向かって風が襲い掛かった。

 

「くっ! 風だけ起こしてっ!?」

 

 機竜はその巨体故に羽ばたくだけで周囲の気流が乱れる。普通ならば前方の離れた位置にまでいるアスカナにまでその影響が伝わるということはありえない。意識的に行われていると考えた方が自然で、となれば機竜は羽の羽ばたきで飛んでいるのではなくもっと別の力学が作用して飛んでいる。

 突撃に対応しおうとしているアスカナは気流の乱れに翻弄され、機竜は攻撃することなく横をすり抜け、力学を無視するかのように反転して尾が薙ぎ払うように振るわれた。

 

「疾ィッ!」

 

 黒炎のブレスとは違って、風を切り裂き物理的な衝撃を伴う機竜の尾の一撃をやり過ごして、間髪要れずに近づいて目の前に聳え立つ脚を、ハマノツルギで一刀の下に切断しようと振り切る。

 鱗が数枚、弾け飛んだ。が、そこまでしかいかない。何万枚とある鱗を数枚無くしたところで機竜に痛痒などあるはずもない。

 

「硬ったぁ! 何で出来てんの?!」

 

 硬質の音を響かせて、ハマノツルギ刀は内部に傷をつけることも叶わず跳ね返された。未知の金属で構成されている鱗は恐ろしく硬く、またその下の分厚い筋肉を模したゴムのような物が衝撃の殆どを吸収してしまう。

 斬り付けた手に痺れを覚え、アスカナは毒づいた。直上から吹き付けられた炎を、ハマノツルギを旋回させて防ぐが、熱気が迫って顔を灼く。

 先程の一点集中の黒炎の塊とは違い、空中から四方へと巻き散らされるのは拡散型のブレス。着弾と同時に炎の形は崩れ、周りの空気を喰らいながら急激に燃焼する。つまり起こるのは爆発。

 

「っ! 白い雷!」

 

 爆発に押されるように距離を取りながら、咸卦法で強化された白い雷を放つ。

 直進する白い雷を前にしても機竜は周囲を一切警戒しておらず、速度も易々と回避されるような速度ではない。完全に直撃コース。だが、白い雷は機竜に届く直前で光の壁のようなものに阻まれ弾かれた。

 

「障壁、それもかなり強力なやつか。ただでさえ硬そうな奴なのに面倒臭いことで」

 

 アスカナの眼でも詳細は分からぬほど幾何学的な構成の障壁は、咸卦法で強化された白い雷を防ぎ切るほどの堅牢な硬さを持つ。突破するには魔法無効化能力が付与された斬撃攻撃か、白い雷以上の威力を以てしかない。

 接近すれば障壁も関係ないが、遠・中距離の攻撃は高すぎる防御力を持つ機竜相手では殆ど効かないことを示している。守りの時だけ展開するようだから隙を見つければいいが、守勢に回られると突破するのはかなり困難。

 

「グルルルルゥ」

 

 機竜は、ゆっくりとその頭をアスカ達へと向ける。

 鎧のような鱗に身を包み、鋭い爪と牙を持つ機竜。その真紅の瞳は自らの獲物を睥睨するかのように、アスカナを映し出す。ただそれだけの行為で機竜から放たれるプレッシャーが増大したように感じられる。

 魔法で作った炎は効かないと分かれば直ぐに現象としての炎で切り替えたり、風を操作しての尾での一撃等から機竜が実に計算高いことが分かる。神話の時代より語り継がれる暴力の象徴、王権の裏づけ、自然の化身と言われる姿を模しているのは伊達ではないということか。

 

「「「!」」」

 

 両者は同時に動き出した。

 アスカナが超速で移動し、負けぬとばかりに機竜がその巨体に似合わぬ快速で周囲の気流を乱しながら猛追する。

 

「うらぁああああ――――――!!」

 

 アスカナが機竜の懐へと潜り込み、切り上げたハマノツルギで機竜の顎を突き上げる。その大きさの対比は、蟻がアフリカ象を殴り飛ばすにも等しい。

 中々にシュールな光景だったが、アスカナはその隙を逃さず、仰け反った機竜の首を狙って切り返したハマノツルギに極大の力を込めて振り下ろした。技の理はアスカが習得し、明日菜が刹那に習っていた神鳴流の斬岩剣を応用し、狙い澄ました一撃が切れ味鋭く首に埋まるほど切り裂いた。

 アスカナがハマノツルギを抜いて距離を開けると、切り裂かれた跡から噴水のように黒色のオイルが噴き出す。しかし、それも全体から見れば微々たる物でしかない。

 

「グルルルルアアアアアアアアアアアアア――――――――!」

 

 機竜の咆哮が空気を震わせた。アスカナはそちらに視線を向け、思わず目を丸くする。

 白銀に輝く巨竜を囲むように、機竜の背後に光り輝く魔法陣が描かれていた。

 二重の同心円に内接した六芒星が、ゆっくりと回転している。砲声が高まるにつれ、光は一層輝きを増し、表面に稲妻を走らせた。魔法陣をのたうつように走る稲妻は無数の雷球を生み、機竜の周りに漂わせる。

 魔法陣で自然現象に干渉して生み出されたそれぞれが細い稲妻でつながれた雷球は、機竜を戒める雷の檻のように見えた。

 

「更にお怒りのご様子で」

 

 アスカナは輝きを増す魔法陣を見ながら、火に油を入れてしまったことに気づいて冷や汗を垂らす。

 

「グギャアアア!」

 

 短く鋭い叫びを合図に、雷球が一斉に射出された。狙いも定めず、ただ漠然と前方にばらまかれた雷球の群れは、それ故に予測不可能な軌道を取ってアスカナを襲う。

 

「多芸だな、とっ!」

 

 アスカナは全身に雷を纏い、音すら置き去りにするようなスピードで空を奔った。降り注ぐ雷球の間隙を縫うように、機竜に比べれば小さすぎるアスカナの身体が空を飛び回り疾走する。

 強化した身体能力に任せてスピードを瞬時に殺す急速停止と、慣性の法則を無視した方向転換。そして、停止から一気にトップスピードに乗せる驚異的な加速力が、奇跡とでも言うべき体捌きを可能とした。

 無数の雷球に触れることさえ許さず、避けられないものを防御障壁で受け流し、虚しくエネルギーを散らしていく。

 

「抜けたッ!」

 

 雷の奔流を潜り抜け、機竜の懐に潜り込んだ。叩きつけられる鉤爪と尻尾を容易く躱し、飛び乗った背中に全体重をかけてハマノツルギを深々と突き刺さんと振り下ろした。

 がぎぃん、とやたらと固そうな音を立て、切っ先が白銀の鱗を貫いた。その程度の傷は、機竜にしてみれば針に刺されたようなものでしかない。アスカナの狙いはその先にあった。

 

「――っ!」

 

 呼気と共に、機竜の体内に入り込んでいるハマノツルギに限界以上の咸卦の力を注入して爆発させる。

 

「グウオオオオオオオオオオ!」

 

 強靭な鱗も筋肉も、身体の内側で生じる爆発には無力だった。機竜の背中に、人が一人ほど身を収められそうな大穴が開く。

 

「グルアアアアアア!!」

 

 流石に頭に来たのか機竜が怒りの咆哮を上げて身を捩った。

 出鱈目に振り回される鉤爪や尻尾を冷静に見切り、爪を、牙をミリ単位の見切りで躱し、ハマノツルギを尾の付け根に突き刺す。間を置かず、雷を流して切れ味を増して切り裂き、切っ先に力を集中させて内部で爆発させる。

 

「グウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 爆発はアスカナの何倍も大きい尻尾の一部分を抉った。尻尾を波打たせ、巨機竜が咆哮する。が、爆発でできた痕は機竜の巨体からしてみればやはり微々たる物しか過ぎない。

 とても小さな生き物が自身の障害となっていることへの煩わしさだけでなく、自身を滅ぼしえる牙を持つことを理解したのだろう。憤怒がアスカナの全身を刺し貫くように叩きつけられる。

 

「悪いけどやられる訳にはいかない。返り討ちにさせてもらう」

 

 咸卦の力を込めると刀身が稲光を発して光り輝くハマノツルギを手に、アスカナは単身で機竜に立ち向かう。

 全身から発せられる咸卦のオーラが、闇夜を照らすように輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠い空の向こうで走る閃光と爆発に足が竦みそうになる。長谷川千雨は殴り合いの喧嘩をしたこともなければ、腕っぷしに自信があるわけでもない。それでも今、行動しなければ千雨はきっと後悔すると確信があった。

 

「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!」

 

 一般人が隔離された地区を長谷川千雨は一人で走る。

 運動を得意とするわけでもなく、インドア派の千雨の走る速度は遅く、息が切れるのも速い。それでも足を止めない。

 

「なにが最後だ! なにが別れに涙はいらないだ!」

 

 千雨を前へと進めさせている原動力は怒りだった。

 現状を認められない子供の我儘とも取れるその怒りを前進する力へと変えて、何も出来ないと知りながら戦いの場所へと向かう。

 

「認められるものか。今まで散々、人に迷惑をかけておいて、自分だけさっさといなくなるなんて許さないからな、相坂!」

 

 夢見枕のように背後に立って、いきなり『さようなら』なんて言われて納得できるはずがない。言いたことだけ言って消えた相坂さよに物申すために千雨は走る。

 

「何が後は頼むだ! 自分の分までアスカを見てくれだ! そういうことは自分でやれって言ってやる!」

 

 叫びながら走っていると、少し先の道に上空から誰かが降り立った。

 

「……お前は!?」

 

 例えそこにいるのが敵であっても千雨はたった一つの目的の為に邁進する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気が抉れて轟音が鳴り響く。轟音の原因は巨大な体躯の機竜。機竜と死闘を繰り広げるのは相手と比べればあまりにも矮小で小さな影、アスカナだ。

 機竜自身の攻撃も随分も前から黒炎の塊やブレスだけでなく、翼や尾による直接打撃や翼の羽ばたきによって起こされる突風など多岐に渡るようになっている。オマケに固定砲台のようにその場で静止するのではなく、機竜自身も空中を移動しながら攻撃してくるのだから始末に終えない。

 

「巨体だからノロマだって言ったの誰だっ!」

 

 とても数十メートル級の巨体とは思えない素早さにアスカナは堪りかねて叫んだ。

 巨体というのは『大男総身に知恵が回りかね』という言葉があるように、愚鈍なイメージがあるが、実の所巨体というのは想像以上に恐ろしい。巨大な体は当然ながら莫大な質量を秘め、一撃一撃の破壊力を増大させる。当然、耐久力も桁違いで、強烈な一撃による被害を相対的に軽減させる。

 そして地味に厄介なのが、巨体は小さな人の身と比べ、僅かな身動きであっても大きな移動距離を取る事が出来る、という事だった。これを現在の戦闘に当てはめてみれば、いくら横に回り込もうとしても容易に相手は修正が可能。傍目にはスローに見えても実際の速度は1.5倍と考えていい。

 

「これでも、大分削ったんけどなぁ」

 

 攻撃の合間に距離が離れたので改めて機竜の体を見れば、体の所々に傷がある。内部まで届いた損傷を物語るようにオイルも所々から流れている。アスカナの攻撃によって産み出された傷だ。

 数十メートルの巨体が素早く動き、攻撃してくるのは大変なプレッシャーを感じる。機竜自体が相当なプレッシャーを発しているのだからアスカナの精神的疲労はかなり蓄積されている。

 

「まいったなこれは。キリがない」

 

 疲労の滲んだ声で、アスカナは呻いた。息を弾ませ、身体のどこかしらに軽くない傷を負っている。

 手も足も出ない、というわけではなかった。戦いにおいては対等、もしくは有利に進めているといってもいい。

 問題は敵が鉄の塊であり、生物でないことにある。損傷を負っても怯みもしないので、まるで大地に拳を振るっているようなもので徒労感を与えている。相手があまりにも巨大すぎて、攻撃しても意味がないと感じるほどだ。意味があるほどの成果に繋がらないような気分になる。

 一定のダメージを与えているにも関わらず、まだ機竜は動く。一体、後どれだけ戦い続ければいいのか。どれだけの傷を与えれば沈むのか、と戦闘が長引くと雑念が混じってしまう。

 考えている暇は無い。雑念は集中を阻害する。余計な思考を奧に押し込むようにして蓋をして戦闘を続行しようとしたその時だった。

 

「グルアウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 放たれた機竜の火炎のブレスを、アスカナは見栄も体裁もなく飛び退いて躱した。

 球体型ではなく、火炎放射のように辺りに広がるブレスタイプは障壁でも防いでも長時間放たれ続けると機竜の姿を見失う。実際、一度されて大ダメージを負いそうになったので、アスカナは受けるよりも回避を選んだ。

 ブレスが途絶えた瞬間を見計らって近づき、豊富な咸卦の力にモノを言わせて攻撃を放つ。振り下ろしたハマノツルギから生み出される斬撃の風が瞬く間に暴風となった、

 咸卦の力で構成された斬撃が三日月の刃となって、ブレスを放った直後の機竜の口腔に吸い込まれ、口腔内にある炎をことごとく刻む。一瞬の後、機竜の口で制御を失った炎が大爆発を起こし、首を滅茶苦茶振り回して炎を消そうとする。

 

「はぁぁああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 機竜の隙を見逃さず飛び出したアスカナの咆哮が響き渡る。

 凝縮された咸卦の力でハマノツルギを覆い隠して構成された三倍ほどの刀身を勢いよく振り下ろした。

 機竜の体に食い込む咸卦の刃は未知の金属の鱗を突き破り、筋肉を模したゴムを抉るかのように深く突き刺さる。その瞬間、咸卦の刃が破裂した。

 破裂によって機竜の体を抉り、オイルを噴出させる。噴水のように湧き出るオイルの中で機竜が身を捩らせ悲鳴を上げた。

 

「次っ!」

 

 続いて頭部に近寄り、切れ味を上げる為にハマノツルギに雷光を走らせて斬り付ける。

 鱗をやすやすと切り裂き、オイルが上がる。だが、機竜は頓着しない。どれほど深く切り裂いても、自分の巨大な身体には些細な傷だと知っているから。頭部を振り回し、巨大な尾をくねらせてアスカナを払い、打ち砕こうとする。

 

「舐めるな!」

 

 機竜の攻撃を躱して新たなダメージを刻み込むも、このままではジリ貧だということを誰よりもアスカナが知っている。

 咸卦の力を振るうアスカナの力は減り続けるの対し、機竜は全く減っていない。寧ろ体が温まったかのように動きが激しくなっている。

 何度か攻撃を加えてはいるが、効いたようには見えない。なにせ巨大すぎる。比喩ではなしに山ぐらいあった。まだ致命的なものにまでは至っていないが、このままではいずれアスカナが力尽きてしまうのは明白だろう。

 

「グルァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 機竜が再び黒炎の塊を吐こうとしていた。だが、その狙いはアスカナではない。

 

「街に――っ!?」

 

 ほぼ平行を飛んでいたアスカナではなく、明らかに眼下の麻帆良学園に向けて黒炎を吐いた。

 第三者を巻き込むことは戦いにおけるルール違反ともいえるが、厳密には両者の間でそのようなものは制定されていない。本来ならば製作時にそのような行動が出来ないようにアルゴリズムされていたが、呪詛の残滓に取りつかれたことで消されていた。

 今までアスカナが都市に攻撃がいかないように動いていたのを観察し、弱点が別にあると学習した機竜は目の前の邪魔な羽虫を片付けるべく最善の行動を取る、

 

「くっそぉおおおお――――!」

 

 機竜の思惑を知りながらもアスカナは急加速し、黒炎を追いかけて咸卦の出力を目一杯上げる。

 辛うじて黒炎に追いついてハマノツルギで掻き消したが、狙っていたかのように機竜が飛来する。

 その一撃は余りにも疾すぎた。風を斬る処ではなく、抉る、もしくは砕くと言った方が正解に近かっただろう。回避も防御も間に合うタイミングではない。避けられるとしたら方法は一つ。

 

「!?」

 

 動きの止まったアスカナに機竜の尾の薙ぎ払いが当たるその一瞬前に二人の合体が解けた――――その場に留まった明日菜と、尾の軌道上から弾かれるように分離したアスカに。

 

「明――」

「後は任せたわよ」

 

 明日菜は信頼を眼差しを向け、アスカが手を伸ばすが間に合うタイミングではない。

 尾が薙ぎ払われ、アスカの耳にもビシィと何か乾いたものが砕ける音がした。

 薙ぎ払われた尾によって明日菜はあっという間に眼下へと突き落とされ、麻帆良湖の図書館島近くに落ちて大きな水飛沫を上げた。

 

「テメェ――!」

 

 怒りに染められたアスカが機竜を見ると、既に攻撃の準備を整えている。

 機竜の背後に魔法陣が浮かび上がり、無数の雷球を従えて何時でも放てるように準備を整えていた。明日菜と分離し、アスカに魔法無効化能力がないと分かっているかのように傍目からでも分かるほど嗤っていたのだ。

 

「グルゥウウアアアアアアアアア!!」

「笑うな――!」

 

 機竜が雷球を放つと同時にアスカも詠唱を破棄して雷の暴風を放つ。

 

「くっ、魔力が!?」

 

 明日菜と分離したことでアスカにも広域魔力減衰現象が作用し、雷の暴風の威力が急速に減じていく。

 空を飛んでいるだけで多大な魔力が必要とされる。明日菜の魔法無効化能力なら無効化出来た魔力減衰が如実に表れていた。

 

「グルアアアアア!」

 

 更なる魔力を注ぎ込もうとしたアスカの耳に聞こえてきた再びの雄叫び。悪寒を感じて雷の暴風を放つのを止め、その場から飛び退くと迂回した雷球が上下左右から迫っていた。

 後一歩でも後退が遅ければアウトだった。

 

「はっ!」

 

 もはや長期戦はない。短期決戦を望んで、全力の虚空瞬動で一気に機竜の懐に飛び込んで全力の一撃を放つ。

 

「うっ!?」

 

 アスカナならば砕けた、アスカ渾身の拳の一撃は鱗の一枚も砕けていなかった。広域魔力減衰現象と単純な出力不足によるアスカの攻撃力の減少が原因だ。

 無防備なアスカの隙を機竜が見逃すはずもない。前足を振るってくるのを避けて機竜の後方に流れたアスカだったが、振り返った機竜が口を開き、喉の奥、真っ赤に煮え滾った溶鉱炉のようなそこから、炎の気配が生みだしているのを戦慄が走る。

 

「フェアリー・テイル・マイ・マジック・スキル・マギステル。契約により我に従え、高殿の王」

 

 機竜の胸の辺りがぽこりと膨らむ。洞窟の奥から吹き出す風のような音。それが見る間に高まり、無数の炎の玉が機竜の巨大な顎に満ちる。水晶のように透き通った牙を噛み合わせると、口の中で幾つもの火花が散った。

 火球の一つ一つに、膨大な力を惜しみなく練りこんでいるのだ。あまりの高熱のためだろうか、牙の間から放射される光は紅と共に白い輝きさえ帯びていた。 解放される前から強烈と分かるその火炎は、尚も渦を巻き集束する。

 同時に、胸に満ちた空気を一気に吐き出す。死が満ちる。それが今、狙いを定めていた。

 

「来れ巨神を滅ぼす、燃ゆる立つ雷霆。百重千重となりて走れよ」

 

 生半可な方法では明らかに今までとは異なる機竜の攻撃に対抗することは出来ない。そう考えたアスカが現在放てる最強の魔法を放つ。

 

「グウオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――!!」

「千の雷――!!」

 

 極大の火炎と極大の雷の雨が正面から激突した。

 

「うおおおおおおおおおおっ!!」

 

 底が抜けたかのように魔力が放出されていく。莫大な魔力を持つアスカだからこそ持つのであって、並の魔法使いならば千の雷も放てずに魔力切れで気を失っていたことだろう。

 

「グルルルルルルアウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 まさか拮抗するとは思っていなかったのか、機竜が黒炎を放ちながら怒りの叫びを上げる。

 

(もっと強く、鋭くだ)

 

 千の雷を放ちながら、減衰を減らそうと魔法の構成を変えて魔力の扱いを先鋭させていく。アスカは自制の上に自制を課した。これでは届かないという諦観の衝動を抑えつけ、己に命じ続ける。刹那よりも短い間に更に無駄な行程を絞り込み、それでも最大限の効果を発揮するように魔法に反映させる。

 この行為は限界ギリギリまで走り続けたマラソン選手に短距離走のペースでもう一度走って来いと言う行為に等しい。心臓は生物としての限界を超える勢いで鼓動し、激しい血流のせいで体中の毛細血管が破裂する。

 

「くっ! うぉおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 苦しいどころの話ではなく、意識が吹き飛ばされそうになるどころか身体が爆散しそうなほどの力の奔出だ。

 

「このぉおおおおおおおおおおおおおおーっ!!」

 

 アスカが吼えて限界の壁を更に一歩踏み越え、咆哮と共に千の雷の威力が増した。強大な電気エネルギーはアスカの吼え声さえ飲み込み、轟音がアスカの意思を受け止めてさらに轟雷を高ぶらせる。荒れ狂う雷は雷獣と化してその牙を機竜に打ち立てるべく飛び掛る。

 瞬く間に千の雷が黒炎を呑み込み、機竜が危険を察して展開した障壁を突破して身体に触れた途端、無数の大砲が間近で炸裂したかのような爆音が轟く。

 

「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

 

 機竜に命中した千の雷が込められた力の全てを解放して猛威を振るう。

 圧縮された全てのエネルギーを開放して、機竜を中心とした数百メートル四方を雷の雨で呑み込んで焼き尽くそうとする。響き渡る雷が存在を許さんと猛って焼かれる激痛に悶えるように機竜は声にならない叫びを上げた。響き渡る苦痛の叫び。

 

「ぬあっ!」

 

 魔力の大半を千の雷につぎ込んだアスカはあまり威力の反作用に空中を跳ね飛ばされる。嘗てない威力で放った技の余波は、刹那だがアスカの意識を混迷の世界に引き込む。

 体勢を建て直しながら頭を振り、周囲を確認する。

 

(限界を越えても届かないのかっ!)

 

 破裂した向こうで、向かってくる機竜の両眼を睨み据えてアスカは心中で叫んでいた。

 機竜は尚も健在だった。今までの戦いで体表を覆うかなりの鱗が剥がれ落ち、多くの損傷と全身から蒸気を噴き出すなど、決して少なくないダメージを負ってはいるように見えるが五体そのものは無事で戦闘は可能であった。

 文字通りの全身全霊を傾けた魔法すらも打倒するほどダメージを与えることが出来なかった。

 

「ちくしょう――!?」

 

 疲労で一直線に向かってくる機竜への反応が鈍い。

 避けることは出来ず、防御の甲斐もなく突進で弾き飛ばされ、超重量の衝突に全身の骨が軋んだ。

 機竜の攻撃はまだ終わらない。その場で前回りをするように前転宙返りをして振るわれる尾をまともに食らった。

 真っ直ぐ都市に向かって落ち、魔法で急制動をかけるも地面に叩きつけれる。弾き飛ばされた勢いのまま、アスファルトを割って作ったクレーターの底に埋もれてしまった。

 

「――っ?! ゴホッ」

 

 咄嗟に自分から跳んだことで大部分の威力を軽減したにも関わらず、身体中の何箇所かの骨に罅と、その何倍もの打撲等が出来ている。内臓にもかなりのダメージが出ていることだろう。

 痛みに呻きながら顔を上げると、機竜が羽を畳んで真っ直ぐにこちらに向かってくる。

 あの勢いでアスカを踏み潰す為だけに地上に降りれば、都市は無事ではすまないだろう。「くっ」と呻いてアスカが体を起こそうとするが、痛みで動作が遅い。機竜が下りてくる方が圧倒的に速い。

 

「豪殺・居合い拳」

 

 閃光が奔った。太いビームかと思うほどの閃光が奔り、一直線に落下していた機竜を打ちのめす。

 

「グルアアアアアアアアアアア!?」

 

 これは完全に予想外だったのか、弾き飛ばされた機竜が麻帆良湖に墜落して大きな水飛沫を上げる。

 雨が降ったかのように落ちてくる水に濡れながらアスカが閃光の発信源を見遣ると、数多のロボット群の前に鮮烈に立ち塞がる高畑・T・タカミチの背中があった。

 

「タカミチ……」

 

 今また生身で田中さんの胴体を拳でぶち抜いた高畑の背中に向け、思わず弱気の声を向けてしまったアスカの声を聞き届けたのか、田中さんを投げ飛ばしてロボット群の前で爆発させた高畑がアスカの下へと一足で辿り着く。

 未だに立ち上がろうとしないアスカをちらりと見下ろした高畑も無事とは言えない。大きく息を乱し、大量の汗を流しながらも君臨している。

 ポケットに両手を入れた何時もの戦闘スタイルを取っているものの数多の傷を負いながらも、戦意が欠けるどころか益々猛っている高畑は横目でアスカを見下ろして口を開く。

 

「――――手を貸そうかい?」

 

 たったその一言だけを口にした。

 それだけでアスカの表情が変わる。変わらざるをえなかった。

 

「はん、必要ねぇよ」

 

 遠方で麻帆良湖から上がった機竜の脚が地面に叩きつけられる。それだけであまりにも圧倒的な質量が大地に叩きつけられ、大量のアスファルトを巻き上げる。

 

「舐められっぱなしでいられるか。アイツを倒したらこっちを手伝ってやるよ」

「期待しないで待っておこう」

 

 二人が言葉を交わすのはそれだけで十分だった。

 高畑は再びロボット群との戦いに挑む。その身を包むのは最低限の身体強化だけ。ただそれだけを以て、高畑は千以上のロボットと戦い続ける。

 対するアスカは歯を食いしばり、痛む体に鞭を入れて体を起こす。罅の入った骨が軋みを上げ、傷ついた内臓が蠕動を続けて全身の至るところが痛むが精神力で押さえ込む。

 再び上空へと浮かぶ機竜と立ち上がったアスカの視線が混じり合う。

 

「「!」」

 

 機竜とアスカが同時に空を飛ぶ。

 ダメージが少ない機竜が上を取り、また顎を開いて火炎を放とうとする。

 

「また街を!?」

 

 その狙いは都市に向いている。

 アスカが避ければ都市に被害が、戦っている高畑が間違いなく巻き込まれる。

 避けるという選択肢はなくなった。しかし、受けることもありえない。このような広域魔力減衰現象下では障壁に使っている魔力も弱まり、壁が弱くなる。ならば、迎撃かといえが大半の魔力を失っていて果たして出来るかどうか疑問である。

 

「受け切ってみせる……!」

 

 土壇場で開き直った意識が瞬時に先鋭化していた。アスカは両腕をクロスさせて、機竜が放とうとしている黒炎の射線上に留まる。

 魔力が少ないからどうしたと自分に言い聞かせ、息を深く吸って吐いて、血管から神経、細胞の一つに至るまで力を絞り出す。

 

(こんなことをしてなんになる――――)

 

 それは彼の胸中の呟きではあったが――――アスカ自身の声ではなく、また耳ではなく心に響いた。

 この機竜に勝てるはずがない。アスカの力でそのことは疑うべくもない。竜と呼ばれる超越種は人の手に余るもの。幾ら模したものであろうとも、この広域魔力減衰現象下であっては機竜は伝説すらも遥かに凌駕しかねない脅威。敵とするならば間違いなく最悪の相手だった。

 そこには言い訳も、容赦も、何もない。倒してくれる都合の良い武器もない。

 まだほんの一瞬しか経っていない中でそこまで思考が回る。

 常に心掛けている力の制御に更なる集中を加える。幼い頃から練磨し続けた力の通り道は筋肉の如く鍛えられており、アスカの要求する水準へとすぐさま到達した。

 

「俺は――」

 

 足りない。まだまだ全然、足りていない。

 もっと力が必要だ。肉体から発する程度の力ではとてもではないが足りるものではない。

 反魔法場(アンチマジックフィールド)発生装置による広域魔力減衰現象によって魔力結合が解除されてしまって魔法が使えなくなるが、魔力自体が消えてなくなっているわけではない。寧ろ空気中にある魔力は世界樹が大発光するほど濃度を増していく。

 力が足りないのならば、あるところから引き寄せれば良い。元より全能ならざる人の身であれば、どんな悪あがきでも試してみるしかあるまい。

 黒炎が放たれ、その猛威が確実に自らをこの世から消し去ると分かっていてもアスカは一歩たりとも引かない。

 

「俺はアスカ・スプリングフィールドだ! 俺に出来ない事なんてない! 俺に出来ない事なんて――――――――――ないっ!!」

 

 直後、着弾して麻帆良学園都市上空に大きな爆発が起こった。

 爆炎が薄れて黒煙がゆっくりと晴れていくと、中心に小さな光が煌めいた。最初は小さな煌めきだった光は、黒煙が晴れていくとその輝きを強めていく。まるで星々が輝いているかのような光の集まりに機竜はたじろぐ様に羽をばたつかせた。

 

「これは――」

 

 中心にいながら纏わりついてくる蛍の光に戸惑うように立っていたアスカに一つの光が触れた。

 

……………! ………………!

 

 声が聞こえた。意志というには弱く、願いというには乏しい声が。

 

……………! ………………! ………………!

 

 やはり聞こえる。何者かが、大勢の者たちが遠くから呼ぶ声。

 十や二十、いやもっと多い。こんなに沢山の人たちの声が何故か聞こえる。よく聞こえない。だが、戦ってくれと勝ってくれと懇願されているような気がする。

 

……………! ………………! ……………! ………………!

 

 声は止まない。群集の声、仲間の声、小太郎の、身代わりとなった明日菜の声が次々とアスカへと降りかかる。

 アスカは顔を上げて、周囲を見渡した。その瞬間に、理解した。『光』を届けたのは真下にある世界樹で、中継点として祈りを届けてくれている。

 世界樹は願望機としての機能を持っており、何万人もいる人々が同一の願いを抱けば力に方向性が定まる。今がそうだ。アスカに勝てと求める人々の願いを世界樹が反応して、魔力以前のマナが光となって現れていた。

 

「俺は馬鹿だ。この麻帆良祭の主役が誰かを考えもしなかった。俺が勝つ必要なんかない。祭りは楽しんだまま終わらせなきゃな」

 

 振り返れば、もう太陽が落ちて夜がやってきている。都市を照らすのは麻帆良祭の光で、それを照らしているのは祭りの参加者たちだ。 

 物語をハッピーエンドで終わらせる為に、光がアスカへと集っていく。真っ白な光が集いて一気に輝き、まるで太陽のようだった。

 アスカの周囲の空間に白色の輝きが次々と現れ、一つは小さな光にすぎなくても全部が集まれば大きな力となる。自分では輝くことができなくてもその輝きがあれば、夜であろうと旅人に道を示す月のように、それは集い、収束してゆく。

 祭りを邪魔する者を打ち払えとばかりに、闇夜を照らす一筋の光によってアスカが照らされる。

 

「みんなの力、借りるぜ」

 

 天空に捧げられた両腕に紋様が浮かび上がるも、アスカの心の変化に対応するように模様を変えていく。

 最初からアスカの腕の紋様は闇の魔法とは微妙に紋様とは異なるものだった。刻まれた闇の魔法は合体による不完全なもので、エヴァンジェリンですら今後どのようなものに変わっていくか予想のつかないものだった。

 変化していく闇の魔法に合わせて、ここで明日菜と合体したことで完全魔法無効化能力を発揮したことで魂が反応し、遺伝子の奥に埋もれていた素質が開花する。

 アスカは腕を黒く染めることなく両腕の紋様を輝かせる。右手の紋様は光り輝き、左手の紋様が黒く輝き、両者が相克するようにその輝きを強めていく。

 

「怒りだけじゃ駄目だよな。善も悪も、強さも弱さも、全てを認めて受け入れ、糧として前に進もう」

 

 呑み込むのではない。アスカはアスカのまま、何も変えずにその力に方向性を与えて前に進む力へと変える。バランスを取るのではない。力はただ力として認め、その全てを制御下に置く。

 

「右手に気を」

 

 火星の白――――全てを消し去る光の力を宿す紋様が白く輝く。

 

「左手に魔力を」

 

 金星の黒――――全てを呑み込む闇の力を宿す紋様が黒く輝く。

 

「――――」

 

 無心となる。喜怒哀楽全てを中庸にして、ただ受け入れるだけ。

 これから自分がしようとしていることが無謀であると分かっている。腕の紋様が何か分かっていなくても、本来なら気と魔力と同じく同時に存在することが出来ないことも、本能的に良く知っている。

 それでも、今の自分ならば出来ると確信があった。

 

「――合成」

 

 胸の間に持ってこられた両手が近づき、もう少しで合わさるかと思われた瞬間、両方のエネルギーが触れ、紋様が重なった。

 一瞬無風になり、凄まじい閃光と共にアスカの全身を凄まじいまでに強大なオーラが覆う。咸卦法と呼べるかどうかも怪しい莫大なエネルギーは、麻帆良都市上空を覆うほどに広がり、一個人が持てる力を遥かに超えていた。

 あまりの力の収束に空間が歪み、にも関わらず脅威を感じさせるような威圧感は全くない。大きな山のような自然エネルギーの雄大さに感服はすれど恐れる必要はない。

 世界樹からの光を取り込み、自らの魔力と気を合成し、火星の白と金星の黒が混じり合った今のアスカの力は世界に溶け込みそうなほど自然で雄大だった。

 

「はぁああああああああ――――!!」

 

 その力の全てを右拳に集中させる。魔力とも気とも言えない練り上げられた純粋なエネルギーは、世界そのものとすら感じられた。

 世界は歪を嫌い、認めない。世界を歪ませる呪詛はその最たるものであった。機竜の奥にいる呪詛の残滓は、あの力に触れれば自分は存在しえなくなると感じ取って、機竜が羽をばたつかせて全身を震わせた。

 

「グルァアアアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!!」

 

 機竜は恐慌したように自らの全てを搾り取る。開いた顎の奥には今までの比ではない黒炎が燃え盛り、背後に展開された魔法陣は世界を呑み込まんばかりに大きく広がって数えることすら出来ない数の雷球を作り出す。

 

「行くぞ」

 

 反対にアスカはゆっくりとすら感じるほど穏やかに光を纏って飛翔する。

 

「グルォオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――ッ!!!!」

 

 雷球が発射され、その全てがアスカに着弾するも、まるで力を吸い取られたかのようにアスカの周りを共に飛行する光に変わっていく。

 

「グルルルルルゥゥゥゥゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――ッッ?!?!?!?!」

 

 アスカを目視すら出来ない程の光に覆われたところで今までで最大の、麻帆良学園すら灰燼に帰すほどの威力の黒炎が放たれた。

 それほどの黒炎すらアスカを殺すことは出来ず、光に当たって霧散する。霧散した後に周囲から集っていく光が勢いを増していくのだから、まるで闇をも吸収したかのように突き進む。

 暗黒を貫く一条の閃光のように闇を切り裂いて一直線に機竜に向かって飛んでいく。遠くから眺めたその姿は夜空に輝き流れていく流星のようであった。

 

「いるべき場所へ、還るんだ」

 

 光は優しく機竜に触れ、抵抗らしい抵抗もなく突き進む。

 抵抗らしい抵抗もないまま呪詛が憑りついた機竜の核を貫き、そのまま背中を突き破って大空へと解き放たれたアスカ。

 アスカから離れた光は機竜に纏わりつき、一瞬の強い閃光の後にその姿を呑み込んで弾けた。

 呪詛はその根元から光によって浄化され、アスカの言葉通り在るべき場所へと還っていく。同時にそれは相坂さよの魂が解き放たれたことを意味していた。幽霊…………魂だけの存在であるさよが還るべき場所は輪廻の輪以外にありえない。

 

『ありがとうございます』

 

 ふと、そんな声が聞こえた様な気がした。

 光の拳は確かに呪詛を浄化し、その核となっていた相坂さよを縛っていた全てを解き放った。浄化されたさよの魂は輪廻の輪に戻り、何時かまた現世へと生まれ直す。アスカは彼女と交わした助けるという約束を確かに果たしたのだ。

 アスカは夜空に浮かぶ月を見上げ、吠えた。

 

「見つける! 何度生まれ変わっても必ずお前を見つけてやるからな。絶対だ、さよ!」

 

 いなくなったさよに向けて向けて声の限りに叫んだ。例えこの世のどこにいなくても聞こえるように声を振り絞って。例え世界が違っても、輪廻の輪の向こうにだって届かんばかりの大きな声を発するために息を吸い込んだ。

 

「待ってろ――!!」

 

 残っている力の全てを振り絞って声の限りに叫び、全て使い果たしてぐらりと力を失って身体が落下していく。

 体の裡にある全ての力を使い果たしたということは、浮遊術で飛ぶことすら出来なくなるということ。魔力だけではなく気も使い果たしたから瞬動術で落下速度を落とすことも出来やしない。

 麻帆良学園都市に季節外れの真っ白な光が舞い降りる。その光の雪を多くの人々が天空を振り仰いで眺めた。

 輝き弾けた光の雪は、柔らかく麻帆良学園都市を満たしていった。音もなく、香りもなく、ただひたすら自らの振り落とす純白の舞。目を擦ったりすれば、直ぐに掻き消えてしまいそうなほどの美しい光景。

 季節外れの雪にも似た、悲しくも美しい景色だった。

 

「真っ白だぁ」

「……う、わあ」

「すげぇ」

 

 感受性豊かな学生達が反応するのは当然の流れでもあったろう。最初は初等部以下の子供達が歓声を上げ、その熱に煽られるようにして年長の学生達も続く。やがては大人達にも伝播して、それぞれの想いを込めて真っ白に染まる空を見上げた。

 その光の雪の中をアスカが落ちて行く。

 地面は確実に迫りつつある。アスカは己の為すべきことを為し、何の後悔はなかった。普通なら背中に風が鞭となって食い込んでいくような痛みが走るはずなのに、遠ざかっていく意識の中でひどく身が軽くなっている。

 このまま終わってしまうのならば良いのではないかと思うほどの充足感に包まれ、大空から落下していたアスカは「ドサッ」と地面に落ちたにしては小さい衝撃に疑問を覚えたが眠くて仕方なかった。

 

「――――こ――カ―!」

 

 誰かが耳元で大声で叫んでいる。

 あの世にしては騒がしく、ゆっくりと寝かせてくれないことに微かな苛立ちを覚えた。

 死んだと思った自分が声を聞こえることに、遂に自分は狂ってしまったのだろうかと思った。心を蝕まれて、都合の良い幻覚に耽溺するようになったのか。重たい瞼をゆっくりと開いていく。

 

「起きろつってんでだろ、このアホ!!」

「アガッ!?」

 

 誰かの顔が眼前に近づいたと思ったら額に走った痛みに、目から星が出るような衝撃で意識が完全に覚醒する。

 暫くの間、アスカは自分が目を覚ましていることにも気づかなかった。辺りはただ乳白色に覆われているかのように他には何も見えなかったからだ。

 頭に鈍いシコリが残っているような、眠り半ばで叩き起こされたような状態でいる内、乳白色の世界に映る影が人の形をしていると見えた瞬間、焦点が絞り込まれてあっという間に顔の形を浮かび上がらせる。

 温かなものがアスカの頬に滴った。

 

「…………千雨」

「ようやく起きやがったか、このすっとこどっこいが!」

「今ので危うくあの世に行きかけたぞ」

 

 目の前にいたのは涙顔の長谷川千雨だった。乳白色に見えたのは白い雪が降っているからで、目が開いたアスカにキツイ目付きで睨め付けながら千雨がポロポロと涙を流す。

 アスカの頬に滴ったのは千雨の涙だ。

 

「なに泣いてんだよ」

「うっさい! 泣いて悪いか!」

 

 自分の置かれた状況よりも千雨の涙が気になって重い腕を上げて指で拭うと、彼女は顔を赤くしながらアスカの背中を支えて体を起こしてくれた。

 そこでようやくアスカは今の自分の状況を理解する。

 

「なんだこりゃ」

 

 地面が近いわけではなく、まだアスカは飛んでいた。いや、正確には飛んでいる何かの上に乗っている。その理由は千雨の後ろから顔のあちこちを引っ掻き傷や青淡だらけの葉加瀬聡美が首を出して教えてくれた。

 

「超包子の路面電車屋台です。超さんがこんなこともあろうかと作っておいた飛行機能で飛んでるんですよ」

 

 はぁ~、とアスカは馬鹿のように口を開けて葉加瀬の話を聞いていた。

 アスカは、どうして路面電車屋台に飛行機能が積んであるのかよりも葉加瀬の顔の傷の方が気になった。

 

「その顔、どうしたんだ?」

「千雨さんにやられました。うう、私は非戦闘員なのに」

「なんでまた?」

 

 本気で痛いのだろう。涙目の葉加瀬は怖いのか、アスカに話しながらも千雨から微妙に距離を取っている。

 

「偶々、道で千雨さんと会って、どうにかしてアスカさんの下に連れてけって無理やり…………五月さんが助けてくれなければどうなってたことか」

「全部お前らが悪いんだろうが!!」

 

 理由を説明していた葉加瀬は千雨が怒鳴ると、「ひぃ」と怯えたように身を竦める。意識を澄ませば感じるもう一人の気配の主である四葉五月が運転しているのだろう。

 

「まあそんな怒ってやんなって。お蔭で俺は助かったしよ。割とマジで」

 

 クラスメイトがこうなってしまってはアスカがフォローに入ると、千雨はキッとした強い視線をアスカへと向け、だが力を失ったように女の子座りをしている自分の膝を見下ろす。

 

「そうじゃねぇ、そうじゃないだろ……さよが」

「ああ……」

 

 小さく呟かれたその言葉だけでアスカはどうして千雨がそこまで激昂したのかを理解する。

 

「友達だったもんな」

 

 体は痛むが、俯いたままポロポロと涙を零す千雨に手を伸ばして頭を胸に抱え込む。

 アスカの知る限りでは、幽霊のさよを認知できる者は少なく、数少ない認知できた千雨に懐いていたように感じていた。武道大会の時に二人は言いたいように言葉を交わし合える仲だったように見えたので、その友達が理由はどうあれ、消えてしまったのは超が学園に戦いを仕掛けたからと見ることも出来る。

 

「でもな、さよは俺を護る為にああしたんだ。こいつらは関係ない。さよをどうこうする気はなかったんだ。許してやれよ。恨むなら俺を」

「違う! そうじゃないんだ……」

 

 アスカの言葉に腕の中で千雨は小さく首を振る。

 

「私は、アイツに何もしてやれなかった。友達だったのに何時も邪険にして何一つしてやれなかったんだ。別れに涙はいらないって言われて、泣かないことしか出来なかった」

 

 千雨は葉加瀬達を、誰かを恨んだりしているわけではなく、さよに何もしてやることが出来なかった自分に憤っていた。

 

「なのに、さっき『友達になってくれてありがとう』だって勝手に言い残して逝っちまった。こっちの事情も関係なく、何も言わせてもくれなかったんだ」

 

 心の奥から噴出する感情を押さえつけるように千雨の声が震えている。

 声だけではない。体も、そしても心も震えていることを接しているアスカが誰よりも感じていた。

 

「じゃあ、泣いちまえ。アイツは、さよはもういない。泣いたって誰も怒りやしねぇよ」

 

 地上は空から降ってくる白い光に包まれ、本当に静かであった。

 しん、と耳が痛くなるほどの静けさだ。ありとあらゆる喧騒が絶え、砲声や人の声ばかりか、鳥や虫の泣き声も一切聴こえない。その中で千雨が泣いたって誰にも聞こえやしない。世界が包み込んでくれるだろう。

 

「う、ぅわあああああああああああああああああ――――――――!!」

 

 少し欠けた月が蒼く世界を浮き立たせている。

 

「泣き終わったらさよの話をしようぜ。そんでまた泣くんだ。なんでいなくなったんだ馬鹿野郎ってな」

 

 普段の街からは考え難いほどに月は蒼く澄んでいて、ただ抱き締めるように二人分の泣き声を包み込んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………信じられん」

 

 エヴァンジェリンは先程のアスカが為した事の意味を悟り、何度も何度も唾を呑み込んでは同じことを繰り返す。

 

「この土壇場で咸卦法を発動しただけではなく、世界に遍く物を自らの力へと変える太陽道だと」

 

 手に持っていた酒を落としていることに気づかぬまま、ここ数十年で最大級の驚きに全身を震わせる。

 太陰道――――気弾・呪文に拘わらず、敵の力を我が物とする闇の魔法の究極闘法で、エヴァンジェリンですら完成形を思い描きながら技術的障害の多さと費用体効果を考え、開発を断念した技法。太陽道は構想しながらも完成形を描けなかった文字通りの幻の技法である。

 

「ナンダヨ、太陽道ッテ」

「そこに存在するだけで周囲に滞在するマナを吸い取り、我が物とする闘法だ。思想的には仙人が近いか」

「ドウイコッタ?」

「奴らは霞を食うと言うが、実際には大気に満ちるマナを吸収することで食事など要らんようになる。恒常的に行えば老いもしなくなる…………これは蛇足だがな」

「ヘェ、ツウコトハ、アスカノ奴ハ仙人ニナッタチマッタノカ」

「そういうわけじゃない」

 

 興奮でエヴァンジェリンも上手く言葉にすることが出来ない。一度、落ち着くために大きく息を吸って吐き、深呼吸を行なう。

 

「十年も恒常的に続ければ成れる可能性はあるだろうが、今は置いておく。問題はアスカは大気に満ちる膨大なマナを吸い込み、自分の力としたことだ」

 

 こめかみでドクドクと血管が脈動しているの感じる。それほどにエヴァンジェリンは興奮していた。

 

「マナ、魔力と呼び方に違いはあるが、厳密にそれほど差はない。だが、人一人が生成できる魔力など、たかが知れている。星が生み出して大気中に存在するマナは文字通り桁が違うのだ。しかもエネルギー切れは、まず有り得ない」

 

 エヴァンジェリンが太陽道と称した闘法を発動している限り、自ら熱を発し続ける太陽の如く理論上ではエネルギー切れはないということになる。

 

「ジャア、結構ナパワーアップシテンダナ」

「しかも咸卦法をやりながらだぞ! 今までのアスカとは文字通りの力の桁が違うようになる……」

 

 数倍の力を得る咸卦法を行いながら太陽道を並行して行えば、アスカの体力の続く限り力が無くなることはない。

 常人を遥かに超える魔力と気を持つアスカが数倍の力を振るっても、体力が尽きるまでは何時までも力を振るえるというのは反則と言うしかない。

 

「この短期間でこれほどとはな。実戦以上の修行はないということか」

 

 武道大会とこの戦いでアスカの実力は遥かに跳ね上がった。幾ら明日菜と合体して咸卦法を学んだとはいえ、とんでもない進歩…………進化ともいえるほどの成長速度だった。

 実戦こそが戦士を最も成長させるという言葉を、エヴァンジェリンは身を以て強く実感した。

 

「…………ふふ」

 

 ふと、隣で同じようにらしくない驚愕に浸っていると思われたアルビレオが笑ったことに気づいて、エヴァンジェリンは彼の顔を見上げてギョッとした。

 

「ふははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!」

 

 彼らしからぬ大きな声を上げて笑うそれは狂笑と呼ぶに相応しい。

 

「まさか、くっ、まさか、こんなことがあるとは…………これだから人生は面白い」

 

 手を額に当てて、抑えようとしても抑えきれぬ狂笑を漏らしながら、アルビレオにあったのは歓喜だった。

 

「火星の白と金星の黒、どちらも不完全であるが故に拮抗する危ういまでの綱渡りではありますが、不滅を滅する神殺しの刃が生まれた! それがよりにもよってナギの息子の手にあるときた! これ以上のご都合主義はない!」

 

 何を言っているのかその半分も分からないが、喜んでいるのに自虐しているでようでもあって、ただ一つ変わらないのは狂笑だけだ。

 ただ、その狂笑は呪いにも似た慟哭も混じっていたとエヴァンジェリンには思えた。

 

『ご連絡します』

 

 絡繰茶々丸の抑揚の薄いアナウンスが、降り積もることなく霞みのように消えていく白い光の残光に酔いしれていた観衆を現実に呼び戻す。

 

『敵首領・超鈴音と裏ボスである機竜の敗北が確定しました。火星ロボ軍団は残り一つの目標ポイントの攻略を果たせていません。首領・裏ボスの敗北にて現時刻を以てロボ軍団は活動を停止し、火星ロボ軍団は学園防衛魔法騎士団に全面降伏します』

 

 粛々と告げられた敗北宣言に、最初は静寂に包まれていた都市がやがて爆発し、歓喜の渦となって熱を生む。

 

『これより後夜祭を開始します。全体イベント『火星ロボ軍団VS学園魔法騎士団』の映像販売を行っていますのでご希望の方は……』

 

 続くアナウンスは都市中に広まった歓喜の渦から湧いた観客の声に掻き消され、アルビレオの狂笑を聞いたのはエヴァンジェリンとチャチャゼロだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どんなに楽しい祭りも何時かは終わりが来る。それはどんなに苦しい戦いであっても同じだ。

 都市中で麻帆良祭締めの後夜祭が行われる中、世界樹前広場の裏にある草原の麓で最後の賑わいを眺めていた超鈴音は近づいてくる人物の足音に気づいて振り返った。

 

「超さん……」

 

 その先頭に立つ葉加瀬聡美が既に潤んだ瞳を向けていた。

 

「泣くナ、葉加瀬。科学に魂を売り渡した者が泣いてはいけないヨ」

「でも、でも……!」

 

 別れが迫っているのだと強く自覚した葉加瀬は大きく目を見開いて口から耐え切れず嗚咽が漏れる。

 

「またく泣き虫だナ」

 

 震える言葉を放った超はゆっくりと瞼を閉じていった。その目から涙が流れて両頬を濡らす。超の涙を見て葉加瀬の涙が止まらなくなった。

 

「別れに涙はいらないネ。最後なのだから笑顔で別れよウ」

 

 超は一度だけ頭を振り、瞳を見せて微笑んで葉加瀬に言った。

 葉加瀬は何度も首を振った。伝えたいことは山ほどあったのに、言葉が出てこなかった。だから葉加瀬は超のように笑顔になって、涙をポロポロと流したまま右手を差し出した。

 

「私達はずっと友達です」

 

 どれほど遠く、生きている時代が違っても交わした願いは残ると知っている超の手が、葉加瀬の手を握り締めた。超は瞳を閉じて、満足そうな微笑みを浮かべて、歓喜を噛みしめた。

 

「ああ、私達はずと友達ダ」

 

 離された手は二度と触れ合うことはないと分かっていた。それでも交わした願いがあれば、時代が違っても友達でいられると葉加瀬は信じた。

 

「超……」

 

 葉加瀬の後ろで世界樹防衛に参加して傷だらけになっていた古菲も泣いていた。超がいなくなると、心より先に現実を受け止めた体が無条件に流させた涙だった。

 

「古、私達はもう出会うことが出来なくても、この双剣は必ずまた出会えるネ。それまで持ていてくれるカ?」

 

 五月が持ってきた超宛ての別れの品の中から古菲から譲り受けた蒼い柄頭の双剣を手に持ち、ニカリと笑って問う。

 このような別れの中で言われた古菲に応えられるのはたった一つの返答だけだ。

 

「勿論アル」

 

 溢れ出そうな涙を堪えて頷いた古菲は無理にでも笑った。

 

「サヨナラ、親友」

「ああ、サヨナラ、親友」

 

 笑って別れられる関係に感謝を捧げて、古菲は背を向けた。それ以上は涙を我慢できなかった。 

 

「五月、超包子を頼む。全ては任せたネ」

 

 頷く四葉五月に安心して、超は英雄劇となった舞台の主役に視線を移した。

 

「アスカさん…………これでみんな揃たようだナ」

 

 この場に集った役者達に囲まれながら、千雨に肩を借りてこの場へと訪れたアスカの姿を確認した超は淡く笑んだ。

 千雨の肩を離れて一人で立ったアスカは鋭い視線で超を睨む。

 

「素直に認めるネ。貴方に負けたヨ」

「違うぞ、超。お前が負けたのはこの都市のみんなにだ。俺一人の力じゃない」

 

 やってきている明日菜や木乃香等の姿を見たアスカの訂正に少し目を丸くした超は、首だけで後ろを振り返って絢爛と輝く世界樹を視線の中に映して遠い喧騒に耳を澄ます様に目を細めた。

 

「そうだたナ。あの光は眩しく暖かたネ。私はこの都市に負けたのだナ」

 

 一つ頷き、納得したように顔をアスカに戻した超は憑き物が落ちたかのように穏やかだった。

 

「私の計画は潰えタ。敗者はただ舞台から去るのみネ」

「行くのか?」

「私のいるべき場所は此処ではないネ。元いた世界に帰るヨ」

 

 全てを悟ったように自分を見つめ、静かに笑う超にアスカは言葉が出なかった。

 色んな言いたいことが山ほどあったのに、寂し気に笑う超の姿が喉の奥から溢れ出ようとする言葉を抑え込む。

 

「元いた世界って末来か?」

 

 だから、口をついて出た言葉は有り触れたなんでもない言葉だった。

 

「未来のことは話せないネ。タイムパトロールに捕まるヨ」

 

 茶目っ気に笑い答えた超の深奥、呪詛が憑りつかれた影響で魂を薄らと見ることが出来たアスカはある事実に気が付いた。

 

『別れに涙はいらないネ』

『別れに涙はいらないって言われて』

 

 先程、超が葉加瀬に言った言葉。

 超包子の路面屋台の上で千雨が言っていた、さよに言われたという言葉。

 さよは輪廻の輪に戻り、超は百年後の人間。

 そして今の超の魂の在り様は、アスカにはとても見覚えのあるものだった。

 

「そういうことか」

 

 一つ一つのピースが集まり、大きな形を作り出す――――――――超鈴音は相坂さよの生まれ変わりなのだと。

 

「とっくの昔に見つけていたんだな、俺は」

 

 その導き出された答えに無性に笑いたくなった。 

 実際に笑っていると負傷と消耗で立っていられなくてバランスを崩しかけたが、木乃香からの治療を終えた明日菜が支えてくれた。

 

「ちょっと大丈夫、アスカ?」

「ああ、問題ない。ちょっとフラついただけだ」

 

 明日菜に支えられたアスカだったが笑いの衝動は消えてなくなっていない。

 アスカを支えようとして明日菜にその役を取られた千雨は伸ばした手を所在なさげにブラブラとさせて、やがて諦めたように下ろす。そして先程のアスカの言葉に首を捻る。

 

「どういうことだよ、見つけていたってのは」

「さよのことさ」

「は?」

 

 アスカのように魂の在り様を感じることなんて出来ない千雨には意味の分からない話だった。

 千雨の困惑を余所に、一人で納得しているアスカは超を見る。

 

「なあ、超。この時代に残る気はないか?」

 

 そんな言葉を超に投げかけていた。

 

「お前がいれば、きっとこの時代はもっと楽しくなる。俺達と同じ道を進もうぜ」

「そんな未来も悪くないかもしれないガ、やはり帰るネ」

 

 なにが楽しいのか、クツクツと笑った超はアスカを支える明日菜と反対に立つ千雨を見る。

 

「そういう言葉は大切な人に言うものであて、血の繋がた私に言うことではないヨ」

 

 超の言葉にアスカの横顔を物凄く注視する明日菜。

 視線が突き刺さって冷や汗を浮かべるアスカは話を変えようと灰色の脳細胞を活性化させる。

 

「血が繋がっていると言っても俺には実感がないぞ」

「では、証拠を見せよウ」

 

 ニヤリと笑い、超は腰の後ろへと手を伸ばす。

 

「これネ!!」

 

 暫くゴソゴソと探っていた超は目的の物を見つけて右手で掴み、アスカと血が繋がっているという証拠物品を目の前に出した。

 証拠物品は古ぼけた一冊の本で、表紙には『スプリングフィールド家・家系図』と書かれていた。

 

「すぷりんぐふぃーるどけ…………かけいず?」

 

 物凄く棒読みでタイトルを読み上げたアスカの声が空々と響き渡る。

 

「私がスプリングフィールドの子孫とゆーうことは、アスカさんとネギ先生が誰かと結婚して子を生したとゆーことネ。ということは、この家系図にその誰かの名前も……」

「その家系図、貰ったぁっ!!」

 

 彼方より箒に乗って飛来してきたエヴァンジェリンが一瞬で超の手にある『スプリングフィールド家・家系図』を奪取した。

 

「ちなみにアレには結婚相手だけではなく今から何年後に結婚するか、何人の子供を作るかまでこと細かに記されてるネ」

「させるかぁっ!!」

「ぬおっ!?」

 

 アスカを千雨に預けた明日菜がハリセン形態にしたハマノツルギを投げ、飛んでいたエヴァンジェリンを叩き落とす。『スプリングフィールド家・家系図』はその衝撃で再び宙を飛んだ。

 

「せっちゃん!」

「はいっ!」

 

 木乃香の求めに反応して刹那が白翼を飛び、宙をクルクルと舞う『スプリングフィールド家・家系図』を手にしたところで、同じように空を飛んだ者が急襲してくる。

 

「待つアル!」

「古っ!?」

「双剣の為アル!」

 

 目をグルグルと回した分かり易い混乱を現していた古菲が刹那を襲い、その対応で取り落とした『スプリングフィールド家・家系図』が三度宙を舞って千雨の下へと落ちてきた。

 

「こんなん見ても何もなんねぇに決まってるじゃないか。大体、末来ってのは……」

 

 と、尤もらしいことを言いつつも千雨は持っていたページが微かに開かれていたから意識的か無意識的か、チラッと目を向けてしまう。

 

「見るなァ――ッ!!」

「寄越せェ――ッ!!」

 

 そうはさせまいと、『スプリングフィールド家・家系図』を追って来た明日菜とエヴァンジェリンの二人が顔に向けて拳を放つ。素人の千雨には二人の拳に気づいても避けることは間に合わない。

 

「ったく、なにやってんだか」

 

 代わりに二人の拳を受け止めたアスカは、千雨の持っている『スプリングフィールド家・家系図』に向けて太陽道で回復してきた魔力を放つ。

 

「「「「「あぁ――ッ??!!」」」」」

 

 『スプリングフィールド家・家系図』はアスカの初級の発火の魔法によって燃やされていき、集まった少女達が嘆いたところで千雨が驚いて落として地面に落ちた頃には煤となっていた。

 

「アハハ、予想以上ネ」

「冗談でも性質が悪いぞ」

「…………性質が悪いのはアスカさんの方だと思うがネ。どうしてこの反応を見て面倒臭そうにするのカ」

 

 呑気に笑っていた超だったが、アスカの返答に少し顔を逸らして陰影を作ってボソリと小声で呟いた。自分が周りにどれだけの影響を与えているか自覚に乏しいことが未来に繋がっているのだから。

 

「アスカさん」

「なんだ?」

 

 目を閉じることなく、超は毅然とした目でアスカを見た。

 その視線に、アスカは答える。今はここには過去も未来もない。たった今の現在があるだけだった。

 

「もし、これから歩む道で為すことが全部無駄だとしたらどうするネ?」

 

 超は、ひどく冷めた口調で呟いた。

 

「未来を知ることが出来たとして…………。どんなに必死に戦ても誰も救えないし救われなイ。そんなことが分かていたらどうするネ? それでもあなたは戦えるカ?」

「超は全てが無駄だったとして、何もしないでいられるか?」

 

 アスカの問いに、超は答えられない。

 

「俺には無理だ。無駄だと解っていても、最後まで足掻くよ」

 

 超は解ったような解っていないような、そんな複雑な表情を浮かべていた。

 

「けれど、これだけは言える。何に対しても退くことなく諦めないと」

 

 そう続けて再び開けられた目は究極的には己の勘に頼るしかない、予測不可能な修羅場を潜り抜けてきた男のものに違いなかった。少年から男になろうとする者だけが持つ、澄み切った熱情があった。

 人の心は、脆く儚い。だがそれでも、信じられるものがあるとすれば、信じられるかもしれないものがあるとするなら全て、そのままに背負うのだと。現実からも理想からも目を背けず、何もかもそのままで背負うのだと、少年はそっと囁いたのである。これから戦場の最前線にでも向かうかのごとき真摯な表情でそんな姿で宣言したのだ。

 

「なんてったって、俺に出来ないことなんてないからな」

 

 その言葉を聞いた時、何か不思議な感情が超の胸に込み上げてきた。感動、喜び。そんな単純なものではない。しかし心を熱くさせる何かであることは確かだ。

 穏やかに、しかし力強く宣言したのは僅か十二歳ほどの少年。まるでそれは魔法の呪文。自らの言葉に鼓舞されたように、蒼の瞳にはこれまで以上の強く気高い光が宿っていたのであった。

 愚直すぎるぐらいの言葉。それはきっと、どれだけ姿が成長しようと、どんなに絶望的な環境だろうと、この少年の本質は変わらないのだろういうその証明。

 

「……ぁ」

 

 超の口から吐息が零れた。言葉にならない言葉とも思えた。

 それきりで、しん、言葉が絶えた。静寂の中で、誰もそれ以上の声を発しようとはしなかった。ゴクン、と葉加瀬の喉が震えた。ひどく重要な重大な契約が、そこで成されたような気がしたのである。

 

「それなら安心、ネ」

 

 言葉通り、長年背負っていた重みを下ろして超は童子の如く淡く笑った。

 眩しいくらいに優しい笑顔。それは、超がこの時代で他人に初めて見せた、一点の曇りもない心よりの笑顔だった。その笑顔の美しさに、皆が胸を衝かれた。葉加瀬は涙を流していた。溢れてくる涙を止められなかった。

 

「これからの時代に役立つ物を色々と残しておいたネ。場所は葉加瀬に聞いてほしいヨ」

 

 嘴を向けられた葉加瀬は思わず叫んだ。

 

「超さん!」

「後は頼むネ、葉加瀬」

 

 上空に幾層もの巨大な魔法陣が浮かび上がり、超の全身が白い光に包まれていた。

 フワリとお別れ会に貰った荷物ごと浮かび上がった超が身に着けている最新式の軍用強化服が身体と一緒に内側から透き通るほど真っ白な光を放ち、風を孕んだように揺れていた。まるで異次元の世界へ吸い込まれるかのように、全身がこの世界と摩擦を起こして消えようとしているかのようだった。

 

「さらばダっ!」

 

 そのような状態であっても超は口元に笑みを浮かべていた。超は言いながらもほんの一瞬、眉間を寄せて苦しそうな顔を作った。しかし直ぐに笑顔に戻り、駆け寄ってきた皆の中からアスカと明日菜だけを見下ろす。

 

「また会おう!!」

 

 そして時空の収縮する音が響き、一際眩く光が迸って超の姿を覆い隠した。一陣の風が吹き抜けた後には、風に攫われて消える砂塵のように超の姿は消えていた。

 葉加瀬は視線の先に広がる虚空を見つめた。もはやそこには何もなく、超が流した涙の跡もなかった。

 

「超さん――っ!!」

 

 葉加瀬は夜空を仰ぎ、目をきつく閉じて絶叫した。友達の名を心から叫んで号泣した。喉が嗄れるほど泣いた。赤ん坊の時以来、心の全てを曝け出して全ての感情を投げ出して泣いた。

 少女の涙が虚空へと消え、冷たい風が髪を嬲った。

 超がいた場所に伏せて泣き続ける葉加瀬以外、誰も動けなかった。

 

「笑おうぜ。別れに涙なんていらないって、超が言ってただろ」

 

 葉加瀬は滲む視界の中で超が残した残光の中で、アスカの背中を見上げた。その背中に超の存在を感じて、また泣いた。

 泣いて泣き尽くして、そしたら笑おうと決めて、泣いて泣いて泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移した超鈴音は着地地点に物があった所為で、盛大に足を踏み外して床に転倒してしまった。

 

「うわっ!?」

 

 完全に気を抜いていたので反応する間もなく背中に床から倒れ込んだ超に、同じように転移してきた贈り物が壁に当たって並べられていた品物が次々に落ちてくる。

 

「どわぁっ?!」

 

 最初のは純粋な驚きだったが、今度は顔や体に落ちてきた品物が次々と落ちて来たことによる痛みのものだった。特に顔に落ちてきた古いフォトフレームの角が眉間に突き刺さったので、両手で抑えて痛みに悶え苦しむ。

 

「なんネ、一体…………て、ここは家の蔵ではないカ」

 

 痛みに涙目になりながら上に乗っている品々を除けて体を起こすと、そこは見覚えのある場所だった。

 雑多な物で溢れた蔵の中は、大分上の壁が外の光を取り込めるようになっているので、電気も点いていないが真っ暗というわけではなく薄暗かった。

 

「帰てきたのだナ……」

 

 2年と少しを過ごした女子寮にはもう帰ることは出来ないが、十歳を超えるまで過ごした自宅に戻って来れたのだと実感が湧いて鼻を啜る。ホームシックになるような柔な精神をしているつもりはなかったのだが、為すべきことを為せたことで気が抜けてしまってようで涙が浮かぶ。

 ふと、手に当たる感触に視線を下ろすと先程眉間に落ちてきた古いフォトフレームが目に入った。大型のフォトフレームには三枚の写真が飾られている。

 

「何度も見た物だガ…………感慨深いものだナ」

 

 手に取ってフォトフレームの写真を見てみれば、あの草原で対峙する自分達の姿が映っている。

 我ながら涙を流している晴れがましい顔が後世にまで残っているのは恥ずかしいのだが、捨てることは許されていないので耐えるしかない。この写真の為に超は過去に向かったと言っても過言ではない。

 続いて二枚目を見る。

 

「きと、あの後はこの写真のようになたのだろうナ」

 

 光を放ち続ける世界樹をバックにしてピースをしているアスカを中心とした姿が映っている。

 中央に座るアスカの両横に明日菜とエヴァンジェリンがいて、明日菜の横に木乃香と刹那、エヴァンジェリンの横に逃げようとしている千雨と彼女を捕まえている茶々丸。

 二列目は、後ろからアスカの頭に肘を置いたアーニャと苦笑を浮かべているネギが並び、アーニャの横で彼女を諌めようとしているネカネとその隣には腕を組んで仏頂面の千草、ネカネと千草とは反対側に葉加瀬・五月と肩を組んで笑っている古菲、その横に背中合わせに真名と楓が立っている。千草とネカネ側の写真奥の遠くに見えるのは高畑と源しずかだろうか。

 最後の写真は同じ場所で撮られたものだ。

 卒業式の後らしい桜の舞い散る中で撮られた3-Aの集合写真。その中に当然ながら超の姿はない。

 

「今から思い返してみると一枚目を撮たのは誰ダ? 誰もカメラなど持ていなかたはずなのに……」

 

 超は別れの時にその時にいたメンバーを知っているので奇妙さに気が付いた。

 

「そう言えば朝倉サンのアーティファクトは末来を映せるのだたナ。もしかして彼女が協力してくれたのはこの未来を知ていたのカ?」

 

 答えを知ろうにも今となって推測するのみで超に事実の確認をする術はない。もう百年前に戻る術はないのだから真実を知ることは諦める他ない。

 

「そうカ、もう会えないのだナ」

 

 会うことは出来ないのだという実感が湧き上がってきた。

 さっきまで写真の向こうの百年前にいても、不可逆の時間の流れに何度も逆らうことは出来ないのだから再会は叶わない。

 

「再会といえバ……」

 

 大事な約束を思い出して、重い腰を持ち上げてフォトフレームを元にあった場所に飾り直し、落ちている贈り物の中から古菲から渡された双剣の青い柄の剣を持って蔵の奥まった場所に向かって歩いて行く。

 百年以上続くスプリングフィールド一族が所有する色んな物が入れられた蔵だけあって、無駄に広くて雑多としている。幼い頃に超が年下の幼馴染達と秘密の遊び場にしていてだけあって、どこに何があるかは良く周知している。

 目的の物は蔵の一番奥に安置されている。

 

「約束を果たしに来たネ、古」

 

 壁に固定された鞘に入った赤い柄の剣を前にして、青い柄の剣を手に持った超は万感の思いを胸に最後の一歩を踏み込む。

 一つ呼吸をして、青い柄の剣を赤い柄と同じ鞘へと納めていく。

 百年の時を超えて、古ぼけた鞘に収まった双剣はカチンと歓喜の音を響かせた。と、同時に蔵の入り口が外側から開けられた。

 重厚な扉が音を立てて開き、外の光が一斉に内部を照らす。暗闇に慣れたところだったので光に目が眩み、超は腕を掲げて光を遮りながら扉を上げた人物を見ようとした。

 

「おっ、誰が蔵で暴れてんのかと思ったら鈴姉じゃん!」

 

 扉を開けた主は、超を見て喜色に塗れた子供特有の高い声を上げた。

 誰だろうと思いながら、少しして光にも目が慣れてくると超にも扉を上げた人物の姿が見えてきた。黒髪黒目で赤いシャツを中に着た黒の学ランを着崩した幾らか年少の少年の姿は超の記憶野を刺激する。

 

「お、おお!? もしかして、いや、まさか……」

「鈴姉、久しぶりだなって、ボロボロじゃねぇか」

 

 遠慮もなく蔵に入ってきた少年は信じられないと目を瞠る超の下へとやってくると、あちこち傷だらけで軍用強化服を破損させていることに気づく。

 蔵の奥で向かい合った二人は空いた時間を実感するように互いの姿を見つめる。

 

「…………大きくなたナ」

「くっ、まだ鈴姉に負けてるか」

「私も成長しているのだヨ」

 

 目線の高さから未だに身長で及んでいないことに気づいた少年が膝を折って悔しがる前で、ふふんと鼻を鳴らした超は居丈高に見下ろす。

 一通り負け惜しんだ少年は立ち直りも速いのか、直ぐに元に戻った。

 

「お勤めご苦労様、お帰り鈴姉」

 

 笑顔で労わってくれた少年に帰って来たのだと強く実感した。

 

「ただいまと言いたいガ、お勤めとはなんダお勤めとハ」

「え? 本家では鈴姉はお勤めしてるから暫く留守って周りに言ってるらしいぜ」

「誰だそんなことを言たのは?」

「帆之香と勇魚の二人」

「あの二人か……」

 

 お勤めではどうにも悪いイメージを連想してしまい文句を言うと、それを言っているのが目の前の少年の妹達であると知らされて頭を押さえた。

 

「お前は相変わらず二人から好かれているのだナ」

「まあ、兄貴だし。みんなそんなもんじゃねぇの?」

 

 二年と少し前に別れる前から何も変わっていない年少の幼馴染達の行き過ぎた愛情を分かっていない少年に、本気で頭痛を覚えて眉間を揉み込む。

 

「記憶にある限りではあの二人がお前に向ける感情はどう見ても兄に向ける物ではなかたガ、二人と血の繋がりはないだろウ?」

「何言ってんの鈴姉。俺も勇魚も養子とはいえ、元々スプリングフィールドの一族の人間だ。小さい頃から家族として育ってきたんから愛情があってもおかしくないだろ? それにどう見ても好かれてるのは鈴姉の方だと思うんだけどな」

 

 近衛家は実力主義だ。スプリングフィールドの一族という制約はあれど、優れていれば養子として家族に迎え入れることがあり、勇魚がそうだ。近衛家の実子は帆之香のみで、少年は赤ん坊の頃に家族を事故で失って引き取られたので少しケースが違う。

 火星生まれの分家筋の超は昔からの言い伝えで本家で英才教育を受けていたので交流が深く、赤ん坊の頃から少年の面倒を見てきたし帆之香と勇魚も同じなのだが、二人は少年にゾッコンだ。二人だけではなく超が知る限り外でも女子に好かれている。

 スプリングフィールドの血を継ぐ男の中には先祖返りなのか、時折物凄く異性にモテる者が現れる。俗にハーレム体質とまで言われているぐらいだ。初代の噂は生涯妻一筋であったからデマだと分かったのだが、二代目が大体の原因である。というか、現在まで続いているスプリングフィールドの悪評の大体は二代目が発端なのであった。

 

「本人に自覚がないのはアスカさん…………二代目譲りだヨ」

 

 未来に戻ってくる前の本物の家系図の写しの騒動に対して、大した感慨も抱いていなさそうだった二代目を思い出して目の前の少年と重ね合わせる。

 

「ん?」

「なんでないヨ。疲れたから早くシャワーに入て寝たいと思ただけヨ」

「へへん、じゃあ俺が飯を作ってやるよ」

「ほう、どれだけ腕を上げたカ、師匠として査定してやるネ」

 

 この悩みを忘れることにして二人で蔵を出ようと並んで歩き始めた。蔵は一般の物と比べてかなり大きいので、大量の荷物がそこかしこにあるが二人で並んで歩いても問題はない。

 

「なあなあ、伝説の二代目ってどんなだった? やっぱ強かった?」

「私が会たのはまだ少年頃だたが強かたヨ、心も体モ」

「俺も一度でいいから会ってみたかったなぁ。鈴姉ばっかりずるいぜ」

「十年前に会ていなかたカ?」

「まだ二歳かそこらだったのに憶えてるわけねぇじゃん」

 

 思い出話やらをして蔵の入り口に辿り着くと、一度止めた足を意を決して踏み出す。

 明暗さに少し眩んだ眼を細めて外に出ると、まず視界に入ったのは本家の屋根とその向こうにある天空へと伸びる柱。柱の周りを行き交う空飛ぶ飛行船の数々。本当に帰ってきたのだと慣れ親しんだ光景に頬を緩め、馴染んだ清浄な空気を肺一杯に吸い込んで吐いた。

 

「さて、ご飯を食べて一眠りしたら仕事を再開するカ」

「もう始めんの? 折角なんだから暫く休めばいいのに」

「そういうわけにもいかないヨ。これでも『世界互助組織・白き翼』の次期リーダーだからネ。休んでなどいられんヨ」

 

 心機一転して働く気満々の超に少年が休むように忠告するも、アスカから心の熱を移された超は止まれない。

 

「あ、それなら帆之香と勇魚にみぞれが手伝ってくれるって言ってたぜ。アイツら夏凛先輩にUQホルダーで鍛えられてるからさ」

 

 UQホルダーという単語に超の進みかけた足が止まる。

 よく知っている組織ではある。元は二代目と闇の福音が人外の生存権確保と人との共存を目的として酒の勢いで作ったとされる組織だ。

 対外的には距離を取っているが、少年が夏凛先輩と呼んだUQホルダー№4結城夏凛は、百年前に二代目に会ったことがあるということで超も話をしたことがある。UQホルダーに百年以上所属している者の大半は会ったことがあるらしいので、一時期UQホルダー本部の仙境館に入り浸っていたこともあった。

 

「あの三人ガ? それに夏凛さんに鍛えられてるとはどうことネ? 長い付き合いではあるガ、大半が白き翼に所属しているスプリングフィールドの一族が人外寄り合い組織(UQホルダー)に近づくのは体面上あまり良くないことだヨ」

 

 幼い頃の自分のことを棚に上げて詰問すると、少年があからさまに目を逸らす。

 

「その様子では私がいない間になにかあたナ?」

 

 ガシリと両肩を掴んで詰問すると、少年は諦めたように息を吐いた。

 

「いやぁ、実はちょっとしたことがあって、半吸血鬼になっちゃってさ」

「は?」

「今の俺はUQホルダー№7、近衛刀太だぜい」

 

 イェイ、とピースをした少年――――大事な弟である近衛刀太が少し会わない間に人外になってしまったことを聞かされた超の意識は、驚きのあまり疲労と相まってブツリと意識が途切れたのだった。

 




太陽道、咸卦法、火星の白、金星の黒、さよの来々々世について、100年後の未来、UQホルダー、白き翼、スプリングフィールドの一族、近衛刀太のあれこれ。
独自設定ばかりです。

ちょっと休んで、次回より『第六章 世界』「第58話 示される道」です。
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