魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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第59話 ひと夏の思い出

 

 

 

 

 

 滾り落ちるというに相応しい夏の強烈な陽光が照りつける。そよそよと涼しい風も何のその、何もかもが白く焼き尽くされて傲慢なほどの光の圧に拉がれていた。降り注ぐ直射日光が肌を焼き、お世辞にも快適とも言い難い空間を蒸している。

 ネギ・スプリングフィールドは、強い日差しを反射して銀色に輝く波間に視線を向ける。

 昔ながらの繁盛している浜辺で、海岸には砂浜と岩場、それに遠くに港があり、泳ぐ他にも磯遊びや釣りが楽しめる。入り江のため波も穏やかで、岩礁に囲まれた砂浜では小さい子供で安心して砂遊びができるというこもあり、子供連れの家族客の姿があち こちに見受けられた。文句のつけようもない真夏の空を映す青い海、沖には白い釣り船が見える。

 海が太陽光を反射して眩しいし、足元の砂浜は熱いしで裸の上半身を汗がタラリと流れていく。

 

「暑いな」

「ああ」

 

 隣に立つ犬上小太郎の言葉に相槌を叩く双子の弟の姿を横目で見たネギは再び視線を前に戻す。

 

「海だな」

「ああ」

 

 今度はアスカ・スプリングフィールドが何気なく呟いた言葉に相槌を返す小太郎。

 特に魔法を使わずに見たネギの目にも水平線の彼方にまで広がる海は何時でも圧倒される。始めて海を見たのは麻帆良に来る時に乗った飛行機越しではあるが、始めて感じた海の雄大さに自分の小ささを実感したものである。

 家族連れや恋人連れ、友達同士などでごった返しているので流石に今となっては感慨以上の感情は浮かばないが、今は別の感情の方が大きかった。

 

「夏休み、かぁ」

 

 学園祭の後の一ヶ月を思い出して海の上を流れていく雲を眺めて遠い目をする。

 通常授業に戻った際、別人説が出るほどアスカの身長が伸びすぎていて騒ぎになったことは記憶に新しい。計ったわけではないが、たった一ヶ月で二十㎝以上も伸びるという物理的にありえないので無理からぬことだ。

 

「まさか一時間が一日になる別荘にいたとは言えるはずないし」

「なんの話だ?」

 

 隣にいたアスカがネギの愚痴とも言える呟きを聞いて視線を前から斜め下(・・・)へと移す。隣にいるのに斜め下を見なければ顔を見ることが出来ないぐらい身長差が出来てしまっていることにネギは一人嘆息する。

 本来は現実時間に即した成長をするのが普通なのでアスカは周りよりも二年分の時間を先取りしているので文句を言う必要はない。別荘で二年を過ごして年上になってしまった双子の弟に対して、男としてはあまり身長が低いことは喜ばしい事ではない。

 

「学園祭の後にアスカがクラスに戻ったら、大きくなりすぎて別人じゃないかって騒ぎになったことを思い出してたんだ」

「あの時のことか……何故か痴漢扱いされたんだよな、俺」

 

 当時の騒ぎを思い出したアスカが彼にしては些か珍しいげんなりとした表情を浮かべる。

 以前は140㎝程度だった少年が、一ヶ月学校に来ない間に160㎝を超える男になっていたら普通は同一人物に思われない。ましてや麻帆良女子中等部は名前の通り、女子校なので見た目だけならば既に大人扱いしても不思議ではない男が我が物顔で闊歩していれば痴漢扱いもされても仕方ない。

 

「千草姉ちゃんも言っとったな。えらい大変な騒ぎになったらしいんやんか」

「大変な騒ぎレベルじゃかったよ。風紀委員や生徒会から先生達も出っ張って来て、正義感の強い人まで出て来てしっちゃかめっちゃかになったんだから」

「俺なんて学校中を追い回されたんぞ。機竜と戦った時よりも怖かったぞ」

「そこのところ見たかったわ」

「他人事だと思って」

「他人事やからな」

 

 女子中等部に関わり合いのない小太郎にとっては本人が言っているように他人事に過ぎないが、当事者であり女子生徒達に追いかけ回されたアスカにとって胆が冷える事態であったので言葉に棘がある。

 事態を収束させなければならなかった側のネギも当時の苦労を思い出して重い溜息を漏らす。

 

「最終的には入院している間に身長が伸びたって、学園長まで出っ張ってもらって説明貰わきゃどうなってたことか分かったもんじゃねぇよ。集団になった時の女って本当に怖ぇ」

 

 アスカにとってトラウマ級の出来事なのか、思い出すだけで裸の上半身をブルリと震わせた。

 

「アスカの気持ちは分かりとうはないが、学校に通えるだけマシとちゃうんか。俺なんて自宅勉強やぞ」

「まあ、小太郎君も立場は違うけどアスカと状況は同じだし、別人扱いされるだけだから騒動にならないだけ良かったんじゃないの」

「そうなんやけどな……」

 

 不貞腐れた様子の小太郎もアスカと同じく一ヶ月前と比べて身長が著しく伸びている。人種の違いか、別荘の利用頻度の長さの違いか、アスカの方が高いが小太郎の身長も十歳のそれではない。

 学園祭時の怪我からの回復が長引いた小太郎は数日遅れで小学校に登校する予定だったが、アスカの騒ぎがあったので自宅勉強という形になっている。流石にアスカみたいに「成長したから」で済ますことは出来なかった。

 アスカの場合は周りに真実を知る者がいるのと3-Aの面々が早々に受け入れたこと、普段の破天荒振りから「アスカならありうる」と変な納得が蔓延したが、結論的に第二次成長期と欧米系故の変な認識も合わさって夏休みに入るまでに身長が伸びたことが懐疑的な視線を和らげる役目を持っていた。麻帆良祭で武道大会での活躍と最終イベントでの主役という立場がそれを後押ししていたのも大きい。

 逆に小太郎の場合はアスカほどに周りが受け入れ難いという結論に達し、登校の許可が下りずに自宅勉強になったのだ。

 

「このまま転校したってことにするかもって千草姉ちゃんが言うとうったんや。馴染んだところやから、あんま離れたないんやけどな……」

「俺だって二学期にも通ってるか分かんねぇんだ。条件は同じだっつうの」

 

 小学校にも女子中にも不釣り合いな160㎝越えの男二人が微妙に黄昏た様子で海を眺める。

 

「まあ、成るようにしかならんさ」

「やな」

 

 黄昏ていたのも数秒だけ。二人はケロリとした様子で気分を変えると、軽く拳の裏を当て合った。

 軽いやり取りではあるが、二人が元いた学校から離れる場合はセットにしてどこかの学校に通うことになるので惜しむ気持ちはあるものの、こうした気軽な付き合いが出来る相手が傍にいるのは楽でいいので深刻な悩みというわけでもなかった。

 ネギにはここまで深く繋がった親友という付き合いが出来る相手はいないので少し羨ましい。アスカは双子の弟だし、アーニャは幼馴染、小太郎は悪友という感じなので親友と呼べる相手がいないのだ。

 

「アスカの場合は超さんの変わりの成績トップランカーとして残るように言われるかもね。期末で最下位にならなかったのはアスカのお蔭だって煽てられてたし」

「おい」

「ねぇって、流石に」

 

 ちょっと嫉妬したものだから友情に波紋を落とす意志を投げ込むと、小太郎が目付きも悪くアスカを睨み付ける。実際に煽てられたアスカは少し顔を逸らし気味に言うが説得力がない。

 

「遅いな、アイツら」

 

 話を逸らす意味も込めてアスカは待ち人達が未だに現れないことをアピールする。

 

「女性の方が時間がかかるものだよ、何事にも」

 

 少し悪いことをした気持ちになってしまったのでその話題に乗ることにしたネギも追従する。

 太陽にジリジリと肌が焼かれていく感覚に晒されながらも小太郎も同感のようで、文句はあるが待たされることは千草相手に慣れているので変なことを言おうとしはしなかった。

 粗方の学校で期末試験も終わり、いよいよ学生達は夏休みを迎えたこの時期。街のあちこちで、旅行やイベントを計画する人々が増え、それを祝福するように夏の光と風は万遍なく世界を満たしていく。その中でアスカ達は来たる魔法世界への渡航に向けて修行を重ね、今日は夏休みらしく休日をと海に遊びに来ていたのだった。先に着替え終わった男連中は砂浜で待ち、女性陣を待っている最中である。

 待っている時間が長いので適当に世間話をしている中で、水着姿のアスカの体に走る幾つかの薄い傷跡を見咎めたネギ。

 

「しかし、アスカは傷跡増えたね」

「ん? ああ、別に気にしてねぇけどな。言うだろ、傷は男の勲章って」

「当人がそう言うなら別に良いけどさ」

 

 二年間、別荘に篭る前よりも増えた傷跡をアスカは対して気にしていない。

 ハワイで出来た傷、ヘルマンと戦いで出来た傷、二年間の修行の間に出来た傷、特に学園祭でアルビレオがイノチノシヘンでコピーしたナギによって出来た傷はまだ新しい。どうも合体時に出来た傷の負担も主体であるアスカの方が重く治りにくいらしい。

 成長と共に薄くなってきてはいるが、近い距離で見れば一目瞭然。本人が気にしないならばとネギもそのことを考えることを止めた。

 

「今まで聞く機会がなかったけど、別荘に一ヶ月籠ってた時ってどんな感じだったの? 僕が別荘を使ってる時もマスターが会わせてくれなかったけど」

「どんな感じって……」

 

 聞かれたアスカは小太郎と顔を合わせ、どのように答えたものかと考えるかのように頭をガシガシと軽く掻く。

 どのように言ったものかと困っているアスカに変わって小太郎が口を開く。

 

「徹底的に基礎、基礎、基礎やったな。エヴァンジェリン曰く、『お前達には足りんものがある。全てだ!』ってな感じで体鍛えさせられたり、基本を一から覚えさせられたり…………後は勉強やな。魔法理論から気の術法、魔法世界の歴史や生物やらなんやら。ほんまに一から土台を作り直された気分や」

「こう、必殺技! とかはなかったの?」

「エヴァがそんなタマか? まあ、本当に基本からやり直したお蔭で強くなれたぞ。期末の成績が良かったのもその時に仕込まれたやつだからな」

 

 確かにエヴァンジェリンはお手軽な必殺技に頼るよりも堅実的で一見地味と思われる鍛え方を好む。即物的な力よりも土台を固めて基礎の戦闘力を上げることから始めるのが彼女のやり方だ。

 

「スパルタやけどな」

「つか、何度も死にかけたな」

「「俺達は今日という日を迎えたぞヒャッホイー!!」」

 

 アルビレオの時といい、別荘での修行を思い出してテンションがアッパーになってしまうのは二人の中で平常運転らしい。エヴァンジェリンのスパルタという言葉も生易しい荒行を知るネギとしては大いに納得するものではあるが。

 

「でも、アスカは最近は別荘にいないこともあるよね。決まってマスターの機嫌が悪いし」

「ギクッ」

 

 エヴァンジェリンの修行が荒行なのは自明のことだが、基本的に修行好きのアスカがこの一ヶ月姿を見せないことが多々あった。しかもその時に限ってエヴァンジェリンの師事を受けているネギと小太郎が酷い目に合っている。

 

「おい、アスカ。俺も気になっとったがまさか、あのクウネルに弟子入りしたんやないろな」

 

 露骨に反応したアスカに二人の脳裏にある場面が過る。

 時は学園祭終了後の振り替え休日、場所は図書館島の遥か地下にあるというアルビレオ・イマの居城にて、招かれたお茶会にて一シーン。

 

『例えばアスカ君、私の弟子になればイノチノシヘンで多くの強者と戦闘経験が積めます』

 

 アルビレオがアスカを、正確にはスプリングフィールド兄弟を弟子にしようと画策する際に条件に出した内容を想起した二人は強い視線でアスカを見据える。

 

「弟子入りはしてねぇって。ちょっと戦ってるだけだ」

「十分やないか!」

 

 弟子入りとまではいかなくても、アルビレオに苦手意識を持っているエヴァンジェリンが愛弟子中の愛弟子を取られたような気分になるのもいたしかないことで、そのとばっちりが来ている二人にしたら堪ったものではない。

 

「八つ当たりを受けるこっちの身にもなってよ」

「エヴァにそのことを言えたら止めてやる」

「ぬっ、出来んと思って好き勝手言ってくさりやがって!」

 

 何故か上から目線で答えるアスカに小太郎が激発する。実際、エヴァンジェリンにアスカを取られていることに対しての八つ当たりだと指摘しても決して彼女は認めようとはしないだろう。修行が苛烈になるだけで小太郎達に良いことは何一つしていない。

 だが、アスカにだって言い分はある。

 

「悪いとは思ってるよ、嘘じゃねぇ。だけど、止めるわけにはいかねぇんだ。魔法世界に行けば何が起こるか分からないだろ。今の俺に圧倒的に足りないのは実戦経験だ。それを補うにはアルビレオがイノチノシヘンでコピーした強敵と戦うのが手っ取り早い。実際、俺は一ヶ月前よりも遥かに強くなってるって実感してる」

 

 大戦期の闇を追うことになるアスカ達には魔法世界に渡れば多くの危険が待ち受ける可能性が高い。強くなることは必須事項で、その為にある程度の手段を選んでいる余裕はない。そのことを分かっているからエヴァンジェリンも不機嫌にはなってもアスカの行動を止めはしないのだから。

 エヴァンジェリンの修行にしたところで苛烈にはなるが決して理不尽ではない。その分、確実に強くなる辺りエヴァンジェリンも匙加減を間違えたりはしない。

 

「物には限度があるよ。今回の海行きも修行がきつ過ぎる、偶には遊ばせないとってネカネお姉ちゃん達がマスターを説き伏せてくれたんだから」

 

 一般的な論理から止めに入ったネカネの感性と、常識から逸脱しているアスカとエヴァンジェリンの感性はやはり違っているのだろう。精神・肉体は問題なくても今年の夏は今年しかないのだから遊ばなければならないという理由が思い浮かばない辺り一般から乖離している。

 気分転換と思い出作りの一環として、アスカ達は海に送り出されたのだ。

 

「なのに結局、刹那は京都で修行漬けか」

「こればかりは前から決まってたことだしね。木乃香さんも一緒だし、悪い事にはならないと思うよ」

「また鶴子姉ちゃんに丁稚根性叩き込まれるだけちゃうんか」

 

 急遽決められた海行きだったが、事前に夏休みになったら一週間京都に帰省することになっていた近衛木乃香と桜咲刹那は海行きを断念せざるをえなかった。こちらは日帰りなので日程をずらせば良かったのだが「地獄は早く終わらせるに限ります」と半分飛んでいる目で刹那が言うものだから木乃香も付き合って京都に出発して行った。

 

『では、死んできます。どうか、お元気で』

『お土産買ってくるからなぁ』

 

 今日の朝に新幹線に乗る際に見送った面々に向けた言葉がそれなのだから刹那の精神状況が思いやられる。

 

「戻ってきたら優しくしてやらんとなぁ」

「うん」

「どんだけ強くなって帰って来るかな、刹那は。今から待ち遠しいぜ」

「アカンわ、このバトルジャンキー」

「でも、小太郎君も同じこと思ってるでしょ?」

「…………少しな」

「同類だよ、十分」

 

 二人が似た者同士であることを再確認したネギは、やはり一人だけどこか場違いな場所に立っているような疎外感を覚えたが見ない振りをして心の奥に押さえつける。所詮このような感情は一過性の物に過ぎず、皆が合流すれば消えてなくなる麻疹のようなものだと知っていたから。

 

「…………のどかさん、遅いな」

 

 ネギも殊更意識したわけではないが、自分にも繋がりのある宮崎のどかの名前を出したのは彼の中の逃げから発した言葉か。

 まさか当の本人が水着に着替え終えた少女達と共に自分達を物陰から見つめているとは考えもしない。

 

「ネギ先生の水着…………はぁ」

 

 想い人の水着姿に頬を染めて熱い息を漏らしたのどかの横で、水着姿に触発された早乙女ハルナが見知った少年三人のBL本を書き始めた。

 

「俺の物になれや、ネギ。小太郎、俺というものがありながらお前は。アスカ、この想いが禁じられた物だとしても君の傍に…………きっ、来たコレ! 私の中で何かが始まったぞぉおおおお!!!!」

 

 どうして海にキャンパスと鉛筆を持って来たのかはさておき、創作意欲を刺激されて心がどこかへ逝ってしまっているハルナは誰にも近寄れない腐臭を撒き散らしている。

 ハルナに近い位置にいるのはネギに見惚れているのどかだけで、他の面々はその空気に押されて少し離れた場所にいた。今回の為に冒険してビキニの水着を着た神楽坂明日菜もその一人で、今彼女はジト目をして周囲に同級生達を見ている。

 

「で、なんでアンタ達までいるのかしら?」

 

 ネカネが発起人となり、今回の海行きに同行した中に呼ばれていない人間の筆頭である目の前の人物に対して物申す。

 

「なんのことですの? 私はただここに遊びに来ただけですわ、明日菜さん」

 

 明日菜に相対するのは、3-Aのクラス委員長である雪広あやか。こちらは明日菜の冒険が小さな子供のものと思えるぐらいに大胆な水着を着ていた。

 縊れた腰に手を当てて、明日菜を上回る胸を張って揺らしながら笑う姿に明日菜はグッと言葉に詰まった。

 中学生離れどころか下手なモデルすらも凌駕する美貌とプロポーションもあって、きちんと化粧をすれば異性の目を引きすぎる。女子中という同性に囲まれた空間ならまだしも海という解放された世界で彼女は今や人気の的だ。

 もしも明日菜達と共におらず、一人でいるようならば先程から周辺にいるナンパ目的の男達(飢えたハイエナ)が放っておかないだろう。

 

「麻帆良内ならともかく、都市外に同じ日、同じ場所に遊びに来るなんてあると思ってるの?」

 

 正直に言って体外的に見える女としての性能(スペック)では負けることを認めざるをえないと自覚したが負けてはならないと、出会った時から今まで積み上げてきた想いで敗北感をねじ伏せて問う。

 

「現にこうしてありえているのですから、偶然とは怖いものですわね」

「よくも言うわ」

 

 バチバチと二人の間で視線が火花を散らす。あやかについてきた3-Aの面々は慣れたもので離れた場所で観戦していた。

 

「でもまあ、ちょっと気恥ずかしいよね」

 

 そう言うのは物陰から顔を出してアスカ達の方をチラリと見て言ったのは明石祐奈だった。

 とみに発育が著しい胸部を覆うビキニが良く似合う彼女は人差し指で軽く頬を掻いて、横で同じようにしている和泉亜子を見た。

 

「アスカ君と小太郎君、少し見ない間に随分と大きなって今までと同じように出来ひんよ」

「うん、同じクラスにいても気になる」

 

 背中の傷を気にしてオーバーオールの水着を着ている亜子に同意したのは、身長・プロポーション共に3-Aトップクラスだが控えめな水着を大河内アキラ。この四人と他に二人があやかの誘いに乗って来たメンバーである。

 アキラは少し頬を染めながら自分の身長に迫りつつある遠く見えるアスカの横顔を見つめる。

 

「いや~、あの筋肉はヤバいっしょ。細マッチョっていうの、薄らと盛り上がった上腕二頭筋なんて見てるだけで惚れ惚れするね」

「腹筋も綺麗に割れてるしね。今まで直接見たことあるのはお父さんの出っ張ったお腹と弟の薄いのかだけど、あの腹筋はちょっと触ってみたいかも」

「…………二人とも言い方が変態っぽい」

「あはははは」

 

 祐奈とまき絵ではフェチシズムを感じる部位が違うらしい。アキラはどちらにも属せず、二人の言い方が寧ろ恥ずかしかったらしい。アキラと同じくフェチシズムを刺激されなかったらしい亜子は苦笑していた。

 どうにもアスカが受け入れられたのは成長した姿が受けたらしい。

 

「う~ん、やぱし教えたらマズかたアルか?」

「にんにん、皆仲良くござるよ」

「私はお前に無理やり連れて来られたがな、楓」

 

 ネギの予定を知りたがったあやかに今回の海の件を教えた古菲はスポーティな水着を纏いながら首を捻り、問題ないと大した解決になってない返答を返すのはローライズというスタイルが良くなければ自爆物の水着を着こなしている長瀬楓であった。

 楓に一度敵対した弱みをネチネチといびられて行かざるをえなくなった真名もエキゾチックな水着を纏っているが本人が不機嫌そうなので魅力は半減している。

 古菲として純粋な好意であったのが、こうもギクシャクしてしまうと悪いことをした気分になる。

 

「馬鹿ばっかだな」

「お、言うねぇ、千雨ちゃん」

 

 それぞれの話を聞いて馬鹿にしたように鼻を鳴らしたのは、ネット世界では大胆になれても衆目の面前で自分を曝すことを嫌がって大人しめの水着を着た長谷川千雨である。その横にいるのは彼女を海に連れてきた朝倉和美その人。

 この二人は今来たところだ。インドア派の千雨は無理やり連れて来られたものの、海自体は嫌いではない。ただ肌を日に焼かない為に日焼け止めを用意したのだが、無理やり連れて来られた為、鞄の中がグチャグチャで日焼け止めを探すのに手間取ってしまったのである。

 

「千雨ちゃん、遅いわよ。いいんちょに言ってあげてよ、アンタなんかお呼びじゃないって」

「そうですわ、長谷川さん。この聞かん坊に言ってください、クラスメイトは大事にしろと」

 

 何故か騒動の中心である明日菜とあやかに目を付けられ、自分の肩を持てとばかりに詰め寄って来る。

 対人恐怖症とまではいかないが、伊達眼鏡がないと人前に出られない性質の千雨のパーソナルスペースはかなり狭く、その領域内に侵犯してきた二人に対して心中でパニックを起こしていた。

 自分から踏み込む分には構わなくても人に踏み込まれると狼狽するタイプである千雨は、何かを答えようと焦り少し涙目の視線があちこちを彷徨う。その様をこれも訓練と和美は傍観を選んだ。

 孤立無援、助けはないという状況で千雨の眼はあちこちを彷徨い、一点で止まった。

 

「…………神楽坂、胸大きくなってないか?」

 

 その一点、自分と大差ないはずのビキニに包まれた明日菜の胸が増量しているような気がして思わず千雨の口から思考がダダ漏れした。

 

「へ?」

「なんですって……?」

 

 気付いていない明日菜に対してあやかがいきなり行動に移した。明日菜の胸を鷲掴みにするという唖然とした行動に。当然、いきなり胸を鷲掴みにされた明日菜にとっては堪ったものではない。

 

「って、わきゃ!? なにすんのよ、いきなり!」

 

 エヴァンジェリンと刹那に鍛えられているだけあって一瞬であやかの手を振り解くと、楓や古菲が感心するほど見事に距離を取った。

 胸を掴んでいた腕を弾かれたあやかは痛みもなんのその、感触を思い返すように指をワキワキと動かす。放心した様子で流れを見つめるしかなかった千雨はその動作の卑猥さに頬を染める。ネットでの慣れはあっても現実になると途端に男慣れしていないことが露呈する。

 

「以前より大きくなってますわ…………育ちましたわね、明日菜さん」

 

 何故かホロリときているあやかに明日菜も毒気を抜かれてしまった様子だった。

 

「いや、まあ、ねぇ……」

 

 水着を新調する際に以前のサイズでは合わなかったので計り直した結果、大きくなっていたのを知っていた明日菜は特に喜びなどは現さなかった。

 胸の大きさの彼我が女の性能を現すとは言わないが、小さいよりは大きい方が見栄えが良い。明日菜も中学生にしては大きい方がであるが3-Aには上下に規格外が多いので大して気にしたことがない。

 ともあれ、明日菜が皆の前で胸が大きくなったことを喜ばないのは、大きくなった原因が別荘使用による年月経過の面が大きいからだ。なんとなくズルしたような気がして自慢が出来ない。そういう性分なのだった。

 

「ですがまだ! 私の方が上ですわ!」

 

 まだ胸の大きさはあやかの方が上なので顎を逸らして勝ち誇っている。しかし、そこに物申す者がいた。

 

「胸の大きさなら私も負けてないよ!」

「喧嘩は良くないでござるよ、ほれ真名も」

「ええい、背中を押すな。私をこんなくだらない引き合いに出さないでくれ」

 

 最近、とみに成長著しい祐奈が参戦し、分かっているのか分かっていないのか3-Aトップクラスの楓まで乗り出し、真名も一緒に押し出すものだから収集がつかなくなってきた。となると残るは和美の参戦かと思われたが、彼女は何故か後ろから千雨の胸に手を伸ばしていた。

 

「大きさよりも形じゃない? ほら、千雨ちゃんのは美乳な上に肌艶も良いから触ると気持ち良いし」

「なにゃ!? なにしやがんだテメェっ!?」

「うん、揉み心地いからもう少し」

「ちょ、止め……あっ!?」

「しかも、感度も良いと来た。私が男なら千雨ちゃん一択かな」

 

 巧みに抜け出せないようにしながらモミモミと千雨の胸を揉む和美。次第に楽しくなってきたのか、千雨が変な声を上げても止めようとしない。

 巨乳でもなければ美乳という自己評価下せないまき絵、亜子は悔し気に見るしかなく、あまり成長しない古菲はボリュームの薄さに溜息を漏らし、そもそも戦いの舞台に上がる気のないアキラはオロオロとどうやって騒ぎを止めようかと戸惑っている。

 のどかはネギに夢中で、ハルナは三角関係BLに熱中し、あやかは勝ち誇り、明日菜は呆れ顔で、はたしてこれでどうやって場が収まるのかとすれば第三者の存在に他ならない。

 

「なにしてんねん、あんさんら」

 

 心底呆れているという風情で言いながら近づいてくるのは天ヶ崎千草である。

 あやか並みのメリハリの付いたプロポーションに加え、露出の激しい水着を着ても下品にならない品性、そして何よりも常識破りの中学生であっても決して持ち得ない大人の色気を纏って砂浜に立つ姿に全員が等しく敗北感を抱いた。

 

「あらあら、千草さん。何してるって、ナニじゃないですか? この子達、女子中ですからそういうこともありますよ」

 

 次いで現れたのは、クスクスと笑いながら上品に手で口元を隠したネカネ・スプリングフィールド。こちらは露出という観点で言えば、見た目ではワンピースタイプを着ているのどか並に少ないがハイレグで足の長さと白さが際立っている分、未完成ながらもあやか達よりも数段優れた完成度を誇っている。

 ナニという発言のところで千雨と和美を見ている辺り、彼女にはそっち方面の知識があるらしい。

 

「アホ抜かせ。あんさんらも、もうちょい公序良俗に即した行動せんかい。うちらに迷惑かけんなや」

 

 この二人の真打ちの登場とでも言うべき現れ方に、特に自慢をしていたあやかの敗北感は一入で砂浜に膝を付くほどである。

 

「ま、敗けましたわ…………完敗です!」

 

 未来はともかく現行の性能では勝ち目がないことを認めなくて行けなかったあやかは女のプライドをズタズタにされて悔しげだ。

 そして自失の隙をついて、千雨も行動を起こす。

 

「いい加減に離せ!」

「え~、もうちょっと触らせてくれてもいいじゃない。ケチ」

「ケチじゃねぇよ、ったく。こっち来んじゃねぇ、シッシッ」

 

 和美に言い様にされていた胸を抱えるようにして逃げ、距離を取って近づかせないように長身の楓の影に隠れる。流石に武闘派の楓の裏は欠けないので和美も諦めるしかない。

 

「なんやねん、ほんまに……」

「本当に、あははははは」

 

 意味が分かってなさそうな千草に少し助かった明日菜は苦笑を浮かべつつ同意する。どうしてこのような話になったのか、彼女にもさっぱりだったのだから。

 

「なんでか知らんけど人数は増え取るが、こんなところでタムロしてたら他の人に迷惑やろ。さっさと散りぃ」

 

 荷物をレンタカーに直してきた千草はそう言って腕を振るう。

 引率として付いてきた千草にも当初は木乃香達と一緒に京都行きの話があったのだが、関西呪術協会に戻るのを嫌がっていたところに今回の海行きの話を聞いて引率役を買って出たのだ。それほどに鶴子や詠春に会いたくないのか。

 休日に面倒事は御免と生徒達を散らそうとしたところで、あやか達と一緒に来た那波千鶴と村上夏美がジュースを買って戻ってきた。

 

「あらあら、これだとジュースが足りないわね」

「どうするの、ちづ姉?」

「もう一回買いに行きましょうか。それじゃ、あやか、和美、千雨さん、持っててもらえる?」

「あ、分かりましたわ」

 

 買ってきたジュースが人数分足りない(明日菜達分まで)ことに気づいて、三人に持っている分を渡すと嫌がることなくもう一度買いに行ってしまった。

 その後ろ背中を見送ったあやかの中に沸き立つ衝動が一つ。

 

「勝ちましたわ……!」

「なんのやねん。まあ、理由は分かるけど」

 

 那波千鶴――――クラス№1のバストサイズにして、クラス一年齢詐称疑惑があるほど女性としての魅力が揃った彼女を前にしては、あやかが勝ち誇るのも仕方ない。言われなくても分かってしまった千草は若妻と言われても仕方のない色気を水着のまま振り撒く千鶴が襲われないかと変な心配をしていた。

 千草も女としての敗北感を覚えているが、それを表に出さない程度には彼女は大人だった。

 

「ええ加減にしてはよ向こう行ったらんかい。男衆が待ちぼうけくらっとるやんけ」

「そうそう、早く行かないとアスカ達がナンパされちゃうわよ」

「この場合は逆ナンつうちゃうんか。ほれ、高校生ぐらいのグループが誘いかけてんで」

 

 え、全員が視線を少年三人に戻すと確かに高校生ぐらいの数人のグループがアスカ達に何かを話しかけていた。

 どうも女子高生達の狙いはアスカと小太郎のようで話しかけながらさりげなくボディタッチを繰り返している。ネギは二人の弟か弟分と見られているのか、わざと胸を強調して顔の前に近づけられて赤面したりして玩具にされている。

 さもありなん、アスカは手脚が長く背筋も伸びているので、より背が高く見える。筋肉も程好く付き、顔も良いとなればこれ以上の好物件はない。

 小太郎は良く言えば精悍、悪く言えば鋭すぎる瞳が人によっては目つきが悪くて不良だと勘違いさせそうな顔立ちをしているが、ちょっと冒険したい年代の少女達にとってちょい悪系の雰囲気をしている小太郎は興味を引かれる対象なのだろう。

 高校生か中学生かは見方によって変わるが、総じてこのビーチで目立つ男二人を狙う者は多かったらしく、明日菜達が気づいていなかっただけで少し空気が変わった。

 

「行くわよ……」

「ええ、分かってますわ」

 

 比喩表現で静かに気を漲らせた明日菜が目の色を変え、同調したあやかと共に足幅も大きく、しかし決して慌てることなくアスカ達に向かって歩いて行く。

 ネギ大好きなのどかとまき絵も後に続き、祐奈達も楽し気に後を追っていく。

 

「ったく、最初からそうしといとらええねん」

 

 残ったのは千草とネカネと千雨と和美の四人だけで他の面々は付いて行ったらしい。

 距離があるので会話までは聞こえないが、女子高生のエネルギーに巻き込まれてどこかに連れて行かれそうな男衆に、さも待ち合わせをしていたかのように明日菜が追い付き、一番女子高生に纏わりつかれているアスカの腕を取って抱え込む所作は誰がどう見ても恋人のもの。

 ムッとした様子の女子高生だったが、後を追ってきたあやかや祐奈、楓に真名とアキラまでが現れては女としての性能に不利を感じたらしく引き下がった。物凄く残念そうだったが。

 

「あの二人、もう付き合っとるんか?」

 

 明日菜は自分がアスカの腕を胸の間に抱え込むという大胆な行為に気づいて恥ずかしがっているのを見た千草は、二人の距離の近さからそう邪推せずにはいられなかった。

 

「まだじゃないですか。どっちも素直じゃないし、その一歩手前で足踏みしている感じかな」

「そうなのか、へぇ~」

 

 情報通とも言える和美が普段の二人の様子から自分の推測を口にすると千雨がそんな言葉を口にした、若干嬉しそうに。その様子を見てとった機微に聡い千草と和美と二人して目を会話をし、面白そうだから放置の結論に達した。

 

「ネカネ的にどうなんや、そこら辺」

「そこら辺って何がですか?」

 

 仲の良い姉弟なので嫉妬の一つでも見せるかと千草がネカネに話を振るも当の本人はキョトンとしていた。

 

「こう、大事な弟が他所の女に取られても平気かって話ですよ」

 

 女子高生にボディタッチされているところを見ても嫉妬の一つも浮かばないネカネに、和美が直接的な表現で探りを入れる。二人の関係からいえば明日菜並とは言わずとも、何がしかの反応を期待してのことだった。

 探りを入れられたネカネは笑顔だった、本当に普通と変わらないほどに。

 

「なんともありませんよ。アスカは最後には必ず私の所に帰ってきますから」

 

 直後、爆弾が落ちた様な静寂が四人の間に漂った。

 ネカネが言った意味の大して深くはないが何を指しているかを理解した千雨は唇を震わせながら口を開いた。

 

「え、えっと、二人って従姉弟ですよね?」

「ええ、結婚も出来るわよ」

「け、けっ!?」

 

 ちっとも全くこれっぽっちも動揺せず冷静に返したネカネに比べて、思わずといった様子で聞いた張本人の千雨の方がどもって動揺しまくりだ。

 

「アスカとは約束しているもの、大人になったら結婚してくれるって。だから、それまでは好きにさせてあげるの」

「…………ちなみにそれは何時の頃に約束したんですか?」

 

 千雨が動揺してくれる分だけ冷静になった和美だが、ヤンデレすれすれのネカネの言葉に思わず聞いていた。

 

「アスカが二歳の頃よ」

 

 普通はそんな年齢の頃の約束など約束の内に入らないのだが、ネカネの眼は本気と書いてマジと読むほどに真剣だった。

 千草が視線をネカネからアスカ達に移すと、当の本人はこのことも忘れているだろう明日菜の水着を褒めたかして何人かが気に入らなげな表情をしているのが見えた。

 

(何時かアーニャが言っとったな。ネギよりもネカネの方がアスカに依存してるって)

 

 内心でそんなことを思い出しながら、アスカの対応次第では何時かは修羅場になりそうな未来予想図が脳裏に描けてしまった。それでも最終的にアスカの嫁――――この場合はアスカを婿の方が適切な気がする――――に収まっているのはネカネだと確信してしまい、少なくとも今ではないと思い込むことにしてこの話題を忘れることにした。

 

「それはともかく」

 

 千草は右手ではしゃいでいるアスカ達を指差した。

 

「はっちゃけられんのは、あれぐらいの若い時だけや。二十五を過ぎるとな、どうしてもその後のことを考えてしまうんや。紫外線で焼いたらシミになるんちゃうかってな」

 

 そして左肩に持っていたトートバックから日焼け止めを取り出す。

 

「大丈夫だと思いますけど……」

「その思い込みが十年後、二十年後になったら苦しめられんねん。こういうのは若い頃からやるのが肝心や。ちゃんとケアしとかなあかんで」

 

 納得のいっていなさそうな和美の横で訳知り顔で千雨が頷いているのが気になるが、もう彼女らほど若くない千草には死活問題だ。丁度の中間にいるネカネは自分の鞄から日焼け止めを取り出すと千草の前にやってきた。

 

「じゃあ、千草さん。私の背中、塗ってくれますか」

「アスカに塗ってもらったらどうや。未来の旦那様やろ」

 

 忘れることにしたにも拘らず、思わず相手がいる僻みが出てしまった千草だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通り遊び、誰かがビーチバレーのボールを持って来ていたことで二人一組でトーナメント戦をやることになった。問題は組を作る際に公平になるジャンケンやあみだ籤を使うとなると、下手をすればメンバーに偏りが生まれる可能性があった。

 所謂、運動神経と身体能力が常識を逸脱している面子…………アスカ、小太郎、楓、古菲、明日菜のことである。祐奈やまき絵、あやかも優れてはいるがまだ常人の域。アキラもかなり怪しいが常人クラスに分類しておこう。

 最初の五人が同じ組になれば優勝間違いなし過ぎて面白みがない。となると、最初の五人が同じ組にならないように、逆に自信がない面子…………のどか、夏美、亜子、千鶴、ハルナらが指名制で組を組んでいくことになったのだが。和美は写真係として辞退。

 最初にこのことを提案した真名はちゃっかりと審判の座に収まっていた。千草とネカネは適当にやれと日光浴の最中である。

 

「どうして、こうなるんだ……!」

 

 即席で作ったビーチバレーのコート内に選手としている千雨はこうなってしまった運を呪った。

 

「何言ってんだ、千雨。これから試合だぞ」

「分かってる、分かってるよ」

 

 チームメイトであるアスカの水着で露出している背中の肌を軽く叩かれて、らしくもなくその部分が熱いなどと感じてしまった自分を恥じるように千雨は天空を仰いだ。

 組作りは大体予想通りの面子で纏まっている。

 のどかがネギを指名し、あやかを悔しがらせたのはあやかの運動能力ののどかを遥かに上回っていたのだから先着順で仕方ない。

 ハルナは楓、亜子は古菲、千鶴があやかを指名し、祐奈とまき絵、アキラと明日菜と大体仲の良さで決まったようなものである。そして残り物には福があるとばかりに最後の方に残った千雨だったが、夏美と二人でアスカと小太郎の二択しかなかった。こうなれば千雨は交友のあるアスカを選ぶしかなく、夏美が小太郎ということになった。

 ネカネと千草の審判の下で試合は始まった。

 第一試合はのどか・ネギVSあやか・千鶴となったが、流石に身体能力的に順当にあやか・千鶴が勝った。まあ、のどか・ネギは終始和やかであやかの怒りが爆発した所為でもあるが。

 第二試合のハルナ・楓VS亜子・古菲は意外と接戦になり、ハルナと亜子の差が勝敗を決し、亜子・古菲の勝利となった。

 第三試合は祐奈・まき絵VSアキラ・明日菜だったが、これも身体能力の差が勝敗を決した。アキラ・明日菜という高水準なペアに勝つには面子的に厳しい

 そして残った第四試合のアスカ・千雨VS小太郎・夏美の試合がこれから行われるところだった。

 

「オラッ!」

「うわっ!?」

 

 試合が始まったが完全にアスカと小太郎だけで試合をしているようなもので、千雨と夏美は強力なアタックに当たらないように逃げ回るだけだ。

 二人は千雨と夏美がいない場所にアタックを落としているが、空気を切り裂くような音がするアタックが近くに落ちるかと思うと気が気ではない。当たるわけはないと二人を信用しているが怖いものは怖い。

 

「させねぇっ!」

 

 顔面に当たればめり込みそうなアタックを滑り込んで軽々と上げるアスカ。落ちる場所と速度まで計算されているのか、逃げる千雨の場所に向かって落ちて来るのでトスを上げるのはわけない。

 適当の上空に向かってトスを上げれば、既に通常状態でも普通ではない身体能力に達しているアスカがアタックを打ってくれる。最初の方などは明後日の方向にトスが行きもしたが、超人的な身体能力でリカバリー出来るので中々点が決まらない。

 

「わわっ!?」

 

 夏美の状況も千雨と似たようなものだ。アスカのアタックから逃げ回り、小太郎が拾ったものをトスするだけ。後は小太郎がどうにかしてアタックを打つという全く同じ戦法。二人がボールを落とさないものだから最初は超人バレーに盛り上がっていた面々にも飽きが来た。

 点数も入らずに十分以上続いている試合に、いい加減に審判の真名が二人にアタックを禁止にするかと考え出したところで状況が動いた。

 

「あっ!?」

 

 砂場に足を取られて夏美が転倒してしまった。これでは幾ら小太郎がボールを上げてもトスを上げる者がいない。

 

「もらった――っ」

 

 ここを勝負どころと見極めたアスカがここ一番のアタックを決め、小太郎が上げたがトスを上げる者がいないので虚しくボールが地面に落ち――――なかった。トスが上がったのだ。

 

「なにっ!?」

 

 トスを上げたのは夏美ではない。彼女はまだ起き上がれていない。では誰かと思えば。

 

「分身か――」

 

 ボールを上げたのとは別の小太郎――――つまりは小太郎の分身体がトスを上げていた。これにはアスカも次なるアタックへの備えが遅れた。そのチャンスをボールを上げた本体の小太郎が見逃すはずがない。

 

「こっちがもらったで――っ」

「させるか!」

「っ!? なんやと!」

 

 アタックを放ちかけたところで何者かが防がんとブロックに飛んだ。ネット上の遥か上なので千雨の身体能力では不可能だ。となればアスカと消去法で決まるが、地面の上で待ち構えているので違う。では、ブロックに飛んだのは誰か――――それもアスカであった。

 

「くっ」

 

 その事実に気づくのが遅れ、ブロックのアスカに弾かれたボールはコート内に落ちた。

 

「1-0…………ってようやく得点入ったがこれはマズいのではないか?」

 

 得点コールを行った真名だったがこのコートの異様な状況をどうすべきかと頭痛を覚えた。

 

「アスカ、お前……っ!?」

「へっ、俺が分身を覚えたことがそんなに不思議か?」

 

 キッとした鋭い目つきで小太郎が見据えた視線の先でアスカが五人に増えていた。

 元からアスカは人の技や戦い方を真似をすることに長けていた。しかも銀の鎖で合体した際に使う技の感覚を会得して直ぐに使う時もある。修学旅行で小太郎と合体した際に分身を使っているのでアスカが技を覚えていても不思議ではない。

 

「へ、本家本元の分身を見せたるわ」

 

 四体のアスカの分身を目の前にして対抗心を燃やした小太郎も既に出している一体に足して三体の分身を出した。

 

「アスカが五人、小太郎が五人、目が回るアル~」

「分身では拙者も負けられんでござるよ!」

「何を言っているんだ、お前は……。って、止めろ。お前まで分身しようとするな!」

 

 古菲が混乱し、何故か楓が二人の分身に対抗意識を燃やしたところで真名が慌てて止めに入る。

 

「さあ、決着付けようぜ!」

「俺達の間に白黒つけようや!」

 

 当の二人は周りの観衆のざわめきにも気が付かないままスポコン漫画のようなテンションで試合を再開しようとしている。このような状況を千草が認めるはずがない。

 

「この…………アホんだらどもが何をやっとるんや!!」

 

 と、比喩表現で特大の雷が落ちるのであった。

 

「行きますよ、ネギ先生っ」

「うわっ、やってくれましたねのどかさん」

 

 二人が雷を落とされた近くの水辺では、最初に試合を終えたネギとのどかキャキャウフフと水をかけあっていた。

 

「なにこの状況?」

「さあ?」

 

 用事があって出発が遅れて、たった今ビーチにやってきたアーニャと夕映は両極端な状況に二人で首を捻るのだった。

 

 

 

 

 

 試合は観客権限による没収試合となり、その原因となったアスカと小太郎は罰ゲームとしてジュースを買いに行かされていた。二人の試合が長引き過ぎて関係者以外に観客がいなければこの程度では済まなかっただろう。

 

「しかし、何時の間に分身を覚えたんや?」

「最近だぞ。学園祭でネスカになった時に使った風精分身が便利だったからコッソリ練習したんだ」

 

 分身まで出来るようになったことで危機感を覚えた小太郎の問いに対してアスカは本当のことを伝え、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。

 

「小太郎の分身には何時も煮え湯を飲まされていたからな。これであんな目には、もうなんねぇぞ」

 

 二年間での別荘の修行での立ち合いで、分身と狗神を駆使しての攪乱戦が小太郎の常套手段だった。当時から既に真っ向から戦えば圧倒されるので取った苦肉の策であったが、その策も最早通用しない。

 

「ほざけ。さっきも言うやろ、本家本元の使い方を教えたるわ」

 

 だが、その程度で諦めるほど小太郎は諦めが良くない。砂を噛み締め、血を吐きながらでも勝利を得ると宣言するように挑発する。

 そうこうする内に売店にやってきた二人。

 

「ええと……」

 

 頼まれたのを確認しようと、リクエストが書かれた紙を見ると『コーラ、オレンジ、コーヒー、抹茶オレ、烏龍茶、紅茶、アクエリアス、ポカリ、クレープ…………etc』と人数分の種類が記入されていた。地味に面倒くさくて嫌になるぐらいなので確かに罰ゲームとしては最適だろう。

 

「嫌がらせか」

「千草姉ちゃんが決めた罰ゲームやし、なんでもええって言うたからみんな遠慮があらへんわ」

 

 二人して溜息を漏らし、リストに照らし合わせてジュースを選択していく。

 十人以上分のジュースを運ばなくてはならないものだから直ぐに両手は一杯になり、売店の店員に金を渡して踵を返す。

 

「冷たいな」

「ほんまや」

 

 真夏で暑い海にいるとはいえ、一人当たり五本以上のジュースを抱えていると接触地点が冷たくなってくる。温くなったら温くなったら千草からグチグチと言われるに違いない。機会を見つけては子供二人に愚痴を零すのは止めてほしいという二人だった。最も愚痴の原因は二人なのだが。

 

「お」

 

 戻る途中でアスカが何かに気づいたように声を上げた。直ぐに小太郎も気付く。

 

「あれは夏美姉ちゃんか」

「そうだな」

 

 恐らく夏美は気を使って後を追ってきたのだろうか。実際、その通りで明日菜達では手伝うので同行するだけという夏美は二人の後を追ってきたのである。

 

「ナンパされてるな」

「そうやな」

 

 なのだが、二人が言うような状況しか表現できない状態に夏美は陥っていた。どうにも柄の悪そうな――――年齢的には高校生ぐらい――――教育機関では認められない髪染めやピアス類、刺青から見て高校には行かずにフリーターか仕事についたタイプだろう二人組に絡まれている。

 

「なあ、嬢ちゃん。良かったら俺らと一緒に遊ばない?」

「え……ぅ……」

「俺達、ここが地元なんだ。ここよりももっと良いところ知ってんだぜ」

 

 女と見れば見境がないのか、本人達的には硬派に口説いているつもりなのだろうが、かなり強引に夏美を連れて行こうとしていた。

 体格だけは無駄に良い高校生ぐらいの男二人に囲まれた夏美はこのような状況に慣れていないので、傍目にも分かるほど動揺して怯えている。断る言葉が出ない程にだ。

 

「――――ちょっと、行ってくるわ」

「おう、頑張れ」

 

 小太郎からジュースを押し付けられたが特に何か意見することもなく受け取ったアスカは、ザクザクと砂浜に足跡を残して夏美の救援に向かった背中を見送って一人先に皆の所へ速足で戻る。

 

「おい、お前ら」

 

 そして小太郎は夏美の腕を掴もうとしたナンパ男の手を掴んだ。

 

「あん? なんだチビ」

 

 手を掴んだ強い力に一瞬ギクリと体を硬直させたナンパ男だったが、振り返った先にいたのが自分よりも十㎝以上低い小太郎だったので途端に威勢を取り戻した。

 もう一人と合わせて小太郎に向かってメンチを切るが、小太郎がただの不良程度に臆するはずがない。

 

「小太――」

「俺の彼女になに手ぇ出そうとしてんのやって言ってんねん」

 

 一瞬で夏美が恐怖から安堵の変わると同時に、突然の小太郎の発言を理解して名前を呼んでいる途中で言葉が途切れてしまい、理解した内容で瞬時に顔が真っ赤に染まった。

 

(小太郎君……?! か、彼女って何てこと言ってんのよぉおおおおお――――ッッッッ!?)

 

 まだ連れていかれる恐怖が体に残っていたので乙女の叫びは内心だけに留まっていた。だが、ナンパ男にとってはその一言は気に入らなかったらしい。

 

「ちっ、相手がいるなら先に言えよ。行くぞ」

 

 流石にこのような衆人環視の中で相手持ちを強引に連れて行くほど愚かではなかったようで、表情は盛大に気に入らないと表現しながらももう一人を連れてその場を去って行った。

 その背中を見送って戻って来ることがないことを確認した小太郎は肩を竦めた。

 

「大丈夫か、夏美姉ちゃん」

「え、あ、うん…………大丈夫じゃないかも」

 

 後の方は夏美にだけしか聞こえないほどの小声であったが、全身を真っ赤に染めて俯いていたので小太郎は怖かったのだろうと勝手に解釈してしまったようだ。

 

「ああいう輩はどこにでもいるんやから注意した方がええで。夏美姉ちゃんも女やねんからな」

「…………」

「ほんまにわかっとるんか?」

 

 夏美のことを思って言ってくれているのは分かるのだが、屈んで顔を覗き込もうとするのは止めてほしいと切に願う。

 ドキドキと高鳴る心臓が五月蠅く小太郎にも聞こえてしまいそうで、顔色もまだ真っ赤になっているだろうから顔を上げるに上げられない。もし顔を上げたら嬉しくて笑っていることがバレてしまう。

 

「ったく」

「あ」

 

 恐怖で俯いているのかと勘違いしたのか、小太郎は夏美のその腕の中に抱き締めた。当然、俯いていた夏美に小太郎の行為を躱す術はなく、逆らうことも出来ずに大人しく胸の中に納まる。

 

「もう大丈夫や。またなんかあったら俺を呼べばええ。どこからだって助けに行ったる」

 

 アスカほどではないが筋肉質な胸に額を当てながら、その頭を体を抱きしめるように後ろに回された手で撫でられる。

 夏美は訳もなく泣きそうになった。男の匂いと固さの少しの粗暴さが混じった抱き締め方は千鶴に抱き締められるのとはまた違う。千鶴の胸は言ってはなんだが母の胸にいるような安心感を感じたが小太郎は全く違う。

 

「すまんな、彼女とか変なこと言うてしもうて」

「ううん、そんなことないよ」

 

 千鶴とは別種の安心感に包まれて小太郎の腕の中で目を瞑ろうとした夏美だったが、視界の端に光がチラついて思わずそちらを見てしまった。

 

「「あ」」

 

 光の発生源は砂浜に寝そべり、和美から借りてきたらしいカメラを構えていたアスカであった。ファインダー越しに視線があったアスカと夏美の声が重なる。

 

「…………おい、なにやっとんねんアスカ」

 

 パッと小太郎が夏美を解放して、声にドスを利かせながらカメラを構えているアスカを睨み付ける。

 

「撮影♪」

 

 テヘッ、とペロを出しながらおどけるアスカに小太郎の堪忍袋の尾が簡単に切れた。

 

「撮影、やないわ!! そのカメラを寄越さんかい!」

「うわっと、こんな面白いネタを消すなんてありえねぇだろうが!」

 

 他人からすれば恥ずかしい台詞と行動を見られ、あまつさえ撮影されていたと知った小太郎が証拠を隠滅しようと駆けだした。アスカも借り物なのと弄れるネタを逃してたまるかとカメラを抱えたまま逃げ出した。

 

「待たんかい!」

「誰が待つか!」

「ちょっと私のカメラ、壊さないでね!」

 

 追いかけっこを始めた二人を途中で見咎めた和美は、アスカの手にカメラがあるのを見て叫んだ。

 二人が追いかけっこをする途中にある売店にネギとのどかがいた。二人はカップルの定番である一つのジュースに二つのストローが付いた、所謂カップルジュースを注文して一緒に飲んでいた。

 

「おいしいですか、ネギ先生?」

「は、はい……」

 

 顔を真っ赤にして二人は一つのジュースを仲良く飲むのだった。

 

「あ、あははははは」

 

 一人置いてけぼりになった夏美は笑い衝動が込み上げて来て、衝動に任せて笑うことにした。

 目の端に涙が浮かぶほど笑った夏美はまだ追いかけっこをしている二人を、小太郎の楽し気な姿を見て少し残念そうに笑った。

 

「まだまだ子供だね」

 

 男になったと思った小太郎はまだ友達とああやって楽しんでいる方が楽しいだろうと、胸の奥でトクトクと高鳴りを続ける鼓動の理由を理解しながらも二人の追いかけっこを見守る夏美であった。

 

「あら、流石は情熱の夏ね。夏美ちゃんの乙女センサーがビンビンに反応しているわ」

 

 ビーチのどこかで千鶴がそんなことを呟いたかは定かではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が東から昇り、西に沈むのは常識である。どんな楽しい時間にもやがて終わりの時が来るように。

 夕焼けに染まる砂浜に三人分の足跡が刻まれていく。岩山に隠れた砂浜に足跡を刻むのはアスカ・ネギ・アーニャのメルディアナ魔法学校を卒業した三人。三人で歩くときは何時もアーニャが先頭になる。その後を兄弟が並んで歩くのが慣れ親しんだ三人の久しくなかったリズムであった。

 

「ねぇ、今日は楽しかった?」

 

 先頭を歩くアーニャの影が砂浜に濃い陰影を刻む。何かの音楽の鼻歌を詠うようにして歩いていたアーニャが振り返ることなく背後にいる二人に向かって話しかけた。

 

「ああ、楽しかったぞ」

 

 答えたのはアスカ。半身に影を作りながら言葉通りに薄い笑みを浮かべている。

 たった一日で黒く焼けた肌は風呂に入ったら染みること間違いなしだろうが、きっと本人は今まで感じたことのない類いの痛みすら今日の思い出と共に記憶することだろう。

 

「うん、楽しかったよ」

 

 のどかと二人でいることが多かったように思えたアーニャは特に突っ込みを入れなかった。

 アスカとは反対にネギはそこまで日焼けしているようには見えない。一度日焼けで苦しんで以来、障壁を調節して紫外線を通さないようにしているからである。日焼け止め要らずの便利な魔法の使い方だった。 

 

「エヴァも来ればよかったのにな」

「アスカの為に何かしてくれてるみたいよ。最後に見た時は何かを繕っていたように見えたけど。そもそも、呪いで麻帆良から出られないじゃない」

 

 そっか、とポツリと呟いたアスカは紅い夕陽を見つめ、物哀し気に嘆息した。

 この中で一番エヴァンジェリンと付き合いが長いだからこそ、彼女に課せられた登校地獄の呪いに思うところがあるアスカはふとした時にこのような態度を取る。

 

「呪い、解いてやりたいな」

「うん……」

 

 それは父親が呪いをかけたネギに対しても同じ想いだった。アスカと同じくエヴァンジェリンに師事しているからこそ、このように楽しい機会を共に出来ないことを申し訳なく思っていた。

 もしも本人にこのことを打ち明ければ、「くだらん。そんなことを思うぐらいなら修行して呪いを解いて見せろ」と素直ではないエヴァンジェリンは顔を赤くしながら言うことだろう。

 

「呪いと言えば、ネギ。石化解呪の方はどうなの?」

 

 ザクザクと砂浜に足跡を刻みながら歩くアーニャは『呪い』というワードに別の物を連想して、足を止めずにクルリと振り返ってそのまま後ろ向きに歩く。

 現実時間で六年前に村を襲った悪魔によって石化された村人達の解呪――――石化解呪の為に別荘の一室を半ば研究室代わりにしているネギに問いかけた。神聖魔法でヘルマンの魂を捉え、その後の進捗状況を聞いていなかった。

 一ヶ月前にアスカが魔法世界行きを表明して、その際に彼らの故郷であるウェールズにあるゲートを使うことになったので状況を聞いておきたかった。

 

「う~ん、出来たかって言われたら一応は出来たって言える、かなぁ」

「煮え切らない態度ね」

 

 顎に手を当てたネギが彼だが知る石化解呪の現在の状況を口にするが、アーニャが言うようにハッキリとしない曖昧と言えるものだった。勿論、ネギにはそうとしか言えない理由がある。

 

「僕も自分の修行をしないといけなから、どうしても解呪の研究は並行してやらないといけなくて、やっぱり時間が足りないんだ」

 

 頭脳労働担当ではないアスカはネギに放り投げて後は任してしまえばいいが、任されたネギにしても自分の修行がある。心情としても石化解呪を疎かには出来ないが、アスカのように年単位の時間をつぎ込むことには躊躇してしまい、両方を同時にこなすとなるとどうしても物理的に時間が足りない。

 

「それに取り込む術式と違って、魂から解除術式を作り出す方法解呪方法はマスターの所にも残っていなかったから、ほぼ一から作らないといけないんだよ。一朝一夕では出来ないよ」

「でも、出来たのよね?」

「うん、まぁ……」

 

 一朝一夕では出来ない術式をネギは一応は作り上げたらしいとのことだが、その言い方からは何がしかの問題が残っているらしいとのことはアスカにも察しはついた。

 

「なにか問題があるんだな」

「そうなんだ」

 

 問いに頷いたネギは少し話したくなさそうな雰囲気を滲ませながらも、やがて重く口を開いた。

 

「第一に成功率が低い。詰め切れてないからかなり強引な術式になってるから確実に石化が解けるという保証が出来ない」

 

 これは時間をかければ解決すると説明したネギは、まだ理由があると次を話す。

 

「第二に想定している力の桁が半端じゃない。これは僕とアスカが合体すれば解決する案件ではあるけど、負担も半端な物じゃない。当然、術者である僕ら自身の安全の保障も出来ない」

「永久石化を解呪しようってんだ。多少のリスクは覚悟の上だ。ネギは出来てないのか?」

「覚悟はしてるよ。でも、今回のは多少って状況じゃない」

 

 ネギが気にしている部分は成功率や自分達の心配では決してない。この石化解呪は三人が最初に定めた原始の約束。それを果たす為ならば、きっとこの命を使い果たすことになろうとも悔いはないというレベルで覚悟は出来ている。

 

「二度目はないんだ。失敗は許されないってレベルじゃない。失敗すれば大きすぎる力に僕らだけじゃない、石化した皆もただじゃすまない。永遠と名付けられた条理を覆すんだ。メルディアナで行って失敗すれば、最悪地図からメルディアナが消えてなくなる規模の爆発が起こる」

 

 生か死か、ではない。失敗すれば周りを巻き込んで消滅する事態になるとネギは予測している。

 地図からメルディアナが消えるほどの事態になると言われればアーニャとしても決行に尻込みしてしまう。

 なんの力もなく、石化解呪に対しての努力に殆どの意味のないアーニャは当事者のはずなのに何も出来ていない強い罪悪感がある。彼女のリスクは親を失うことだけで、自分の身自体は危険から遠ざけることが可能だから。

 折角掴みかけた光が手の中から零れ落ちていくような絶望がアーニャを襲う。

 

「んなことにはならねぇって。まだ時間はあるんだ。それまでにはなんとかなるさ」

 

 何時だって絶望を払うのはアスカだった。

 ネギの懸念が大したものではないような態度で軽く言ったアスカは目の前の苦難すらも楽しむかのように笑顔を見せる。

 

「何の根拠があって」

「術式を作ってるのはネギだぜ。出来ねぇはずがねぇだろ」

 

 理由なく言うのは止めろと言いかけたアーニャの目を、紅い夕陽に照らされようとも染まることのない蒼穹の眼差しが射竦める。

 ただ視線を合わせただけで魂を掴み止められたような錯覚を覚えながらアーニャは続く言葉を待つ。

 

「なんたって、俺達に出来ないことはないからな」

「…………はは、なによそれ」

 

 親指を自分の胸に当て、自信満々になんの根拠もない理由で成功を確信しているアスカに苦笑とも呆れとも取れる声がアーニャの口から出た。思い起こすのは、六年前のあの日、石化した村のみんなを見つけた時に掲げた誓いの一説。

 

『ここに誓おう。必ずみんなの石化を解くって! 俺達に出来ない事なんてないんだから!!』

 

 子供が囚われる幻想と言われようとも、困難な道を選んだ三人は拳を掲げあって誓い合った三人の旅の出発点。未来を知らず、恐れを知らず、今になって思い返せば無謀にしか思えない願いと言葉を交わし合ったことは記憶の中に確かに存在してる。

 

(私にはもう言えないわね……)

 

 恐れを知り、現実を知り、自分の限界を知ったアーニャは己が分を知ってしまったから出来ないことなんてないと口が裂けても言えない。どんな艱難辛苦を前にしてもアスカのように「それでも」と言い続けられるだけの意志力を持てそうにない。

 後ろ歩きを止めて前に振り返ると赤い髪が残照の中に揺れる。

 

「懐かしい言葉よね。始めにアスカが馬鹿なことを言い出したのも、もう六年も前になるのか」

「誰が馬鹿だ、誰が」

「アスカ以外に誰がいるの?」

 

 光陰矢の如し、少しばかりの感慨を滲ませてアーニャが追想していると後ろで漫才染みたやり取りが繰り返される。

 六年前から何も変わらない、でも随分と変わってしまった三人の仲はあの日から何も変わっていない。変わったのは現実を知って立ち止まったアーニャと、知っても尚も進むことを選んだ二人の違いだけだ。

 

「魔法学校では毎日が楽しかったわよね。アスカが馬鹿やって、ネギが巻き込まれて、私が収めて、最後はナナリーが救急箱を持ってやってくるって感じで」

「実際にはアーニャが被害を大きくしてたけどね。僕もアスカも最後には大変だったよ」

「ナナリーに泣きながら包帯巻かれたこともあったな」

 

 三人の中で認識の相違があるようだが、楽しかったことに違いはない。

 

「卒業して麻帆良に来たら直ぐに明日菜や木乃香達に魔法がバレちゃったし」

「明日菜は不可抗力だけど、木乃香にバラしたのは完全にアーニャの所為だぞ」

「あの時の刹那さんの顔は凄かったよね。人ってこんな顔が出来るのかと思っちゃったよ」

 

 アーニャの顔が片側に引きつく。

 

「…………アンタら、アタシに何か恨みでもあるわけ?」

 

 単純に思い出話がしたいだけのアーニャの表情の異変の理由が分からず、兄弟は顔を見合わせた。

 

「「事実だし」」

「うが――っ!」

 

 何を今更的な感じでわざわざ声を合わせて言った二人にアーニャが激発する。真実は時に人を無惨なまでに攻撃する時があり、今が正にそうだった。

 激発したアーニャから攻撃を受ける前に予測していた二人は蜘蛛の子を散らすように逃げる。拳を上げるよりも早く逃走されたので、行き場所を失くしたアーニャは深く溜息を吐いた。

 追いかけてまで殴ろうとしないアーニャには二人はさっさと戻って来る。慣れた対応であった。

 

「京都では小太郎とも戦ったし、エヴァに弟子入りしようとしたら因縁つけられたな」

「マスターとの戦いで世界の広さを知ったよね。自分達が強いって思ってたわけじゃないけど、まだまだ上があるって思い知らされたよ」

「それを言ったらハワイでのことはどうよ。俺はあの時ほど、もっと強くなりてぇって思ったことはねぇし」

「龍宮さんや楓さんの強さを知ったのこの時だっけ。実はみんな強い人んじゃないかって疑っちゃったよ」

 

 アーニャが始めた昔語りなのに当の本人を放っておいて二人だけで始めてしまう始末。

 当初の別荘での修行での苦労、過去話をして明日菜を追い払ったアスカの不手際、ヘルマンの戦い、学園祭の出来事の数々……etc。話の種は尽きず、間の出来事も合わせれば一昼夜かけても話し続けられる。

 六年と少し間に三人で歩んできた道はそれだけの話題があるということのだ。まるで祭りのように楽しい道のりにもやがて終わりは来る。終わらない祭りはないのだから。

 

「そういや、どうしてアーニャと夕映は来るの遅れたんだ?」

「僕も理由を聞いてないよ」

 

 人を放っておいて思い出話に興じていた二人が、今日の日帰り旅行に遅れて合流したアーニャに話題を振る。

 

「夕映は学園長との面談…………私も似たようなものね」

「なんでまた」

 

 何時かは話をしなければと思っていたので、話題を振ってくれたのは有難い。

 

「少し前に夕映がアンタ達に魔法を教えてほしいって言ってたことあったじゃない?」

「そう言えばあったね、そんなことも」

「ヘルマンが来た所為で有耶無耶になっちゃってた」

 

 修学旅行で島についてきたのどかから話を聞き、別荘を見つけて忍び込んだ夕映がネギ達に魔法を教えてほしいと頼んだことを二人はすっかり忘れていたらしい。明日菜との一件やヘルマンとの戦いが直後にあって、その後も麻帆良祭があってこちらでも波乱万丈な出来事が満載だったので夕映の話は頭から飛んでいたようだ。

 

「まあ、ともかく」

 

 真剣に悩んでいたらしい夕映が少し哀れになって、アーニャは話しを進めることにする。

 

「夕映は魔法を学ぶ腹積もりらしくて、学祭後に学園長にそのことを話しに言ってたらしいのよ。で、学園長としては真剣に学ぶ気があるならって、夏休みの間に体験入学したらどうかってことになったの」

「全然、知らなかった……」

 

 仮にも先生なので話を通されていなかったネギは少しショックな様子を見せるが、話自体を忘れていたので微妙な表情を浮かべる。

 

「でも、メルディアナは長期休暇中じゃない。アンタ達8月から魔法世界に行くって話をのどかから聞いたらしくて、魔法世界の学校じゃダメかって聞いたらしいのよ」

「まさか、OKが出たのか?」

「ええ、アリアドネ―が受け入れてくれるって」

 

 アスカもネギも目を剥いた。恐らく頼んだ夕映もOKが出るとは思っていなかったらしく、今日の面談時にそのことを伝えられた時の驚きようは凄かった。

 

「っていうことは、夕映さんも僕達と一緒に行くってことでいいのかな?」

「そうよ、私が聞いた限りではね」

 

 ふうん、と大して気にした様子もなく納得しているネギにアーニャは学園長との話を思い出す。

 

『アリアドネ―のトップであるセラス総長は紅き翼と知己じゃからの。当然、二人の出生の秘密も知っておる』

 

 学祭後に一気に老けた様子の学園長は夕映との面談後、アーニャにそんなことを言い始めた。

 

『セラス総長は夕映君を受け入れる条件として二人が送り届けることを念押ししてきたわい。この機会を利用して何らかの縁を作っておきたいんじゃろ。世が世なら二人は世界を救った英雄の子にして亡国の王子じゃからな。縁を作っておいて損はない。なんだかんだと理由を作って足止めしてくるじゃろう』

 

 ウェールズからゲートポートを使ってメガロメセンブリに渡り、そこからアリアドネ―を向かうことになるが、その際にアスカらの同行が絶対と条件が付けられているらしい。アーニャとしては今の二人は馬鹿でアホな兄弟にそこまで必死になるのか分からないと言ったが、学園長は「そう思える者は少ないんじゃ」と長い溜息を漏らした。

 

『彼らが魔法世界の地を踏むことは大きな意味があるのじゃよ。下手を打てば時代が動くほどのな』

『なら、アスカ達の魔法世界行きを認めなければ良かったのでは?』

『自費で旅行する生徒の自由を阻むほどの権利は儂はないぞい』

 

 今回の魔法世界行きの資金はアスカが武道大会で優勝した資金から出ている。発起人なのだからポンと現金で出したアスカに誰もが口を開けて呆然としたものであった。

 普通の旅行ならばともかく魔法世界への渡航となれば、学園長の立場からすれば止めれそうなものだがとアーニャは考えたが、そこから先へ思考を膨らませることはなかった。

 

『儂としては気転の効くアーニャ君にも共に行って欲しかったじゃがの』

 

 その学園長の言葉が全てを物語っていて、意識が現実へと戻る。

 首だけ振り返って後ろを見ると、アスカがなにかを指折り数えていた。

 

「これで魔法世界に行くのは、俺、ネギ、小太郎、明日菜、木乃香、刹那、千雨、茶々丸、のどか、楓、古菲の十一人に夕映を追加して十二人か」

「カモ君もいるよ。でも、こんだけいるとお金足りるかな?」

「夕映は学園長が出すだろ。別に全部使い切っても構わねぇし」

「でも、まさか千雨さんが来るって言い出すとは思わなかったよ」

「さよに俺を見てくれて頼まれたから仕方なくだと。しかも和美にカメラを渡されて写真係をやらされるって何故か愚痴られたぞ」

 

 武道大会の優勝賞金一千万を一ヶ月の旅費で使い切っても構わないと言っているアスカに財布は渡せないとアーニャは自分の考えに苦笑した。そんな考えは無駄でしかないからだ。

 

「アーニャはどうするんだ?」

「え?」

「魔法世界に行くのか?」

 

 アスカからの問いにアーニャは直ぐには答えられなかった。

 二人が同時にアーニャを見ているが、その視線には如何なる感情も込められていなかった。ただ、答えを待つと決めた目だけがアーニャを見据える。

 

「私は……」

 

 答えようとして口の中がカラカラに乾いているのに気が付いた。緊張か、恐れか、理由はアーニャにも判然としない。しかし、その一言が二人との道を別つ決定的な一打になると分かっていたから。

 

「…………」

 

 夕陽が陰っていく。太陽がその姿を水平線の向こうへと落とし込み、やがて暗闇の時間が訪れることだろう。

 

「私は――」

 

 やがて告げた言葉は寄せては返す波の音に紛れて余人に伝えることなく消え、二人と一人の足元の影は最初から決して交わることなく、やがて大きな暗闇が地面に広がっていった。 

 

 

 

 

 


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