魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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この旅は誰にとってのものか……。


第61話 旅の終わり

 

 飛んで飛んで飛び続けている。雲の中を突っ切り、嵐を切り裂いて、風を纏うようにして一筋の流星となったアスカは空を駆け続ける。

 最短ルートを通る為、成層圏近くにまで上昇してからユーラシア大陸を横断するようにウェールズに向かって飛ぶアスカの意識は既に半分飛んでいる。

 文明の利器である飛行機でも十時間以上の移動時間を要する。転移術ならばともかく、生身で超常的な力を行使出来ようとも浮遊術での大陸横断は例がない。しかも速度を優先しているので自身の安全を埒外に置いているから、風・気圧・温度の高低・酸素濃度といった地上であれば気にならない諸々の影響を諸に受けていた。

 単身生身での人類最速の大陸横断を成し遂げ、その代償としてウェールズに辿り着いた時にはアスカは心身ともに消耗しきっていた。

 アスカが降り立った場所は五歳から十歳までの五年間を過ごした第二の故郷ともいえる自然が溢れた中に作られたメルディアナの町外れの草原。

 風が吹いて、青々とした草木が鳴いた。肌を撫でて吹きすぎる風が生温い。照りつける陽射しも、どこか蒼く翳って見える。世界の全てが息を潜めている――――そんな錯覚を覚える静けさだった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………爺さんはどこだ?」

 

 エヴァンジェリンの教えによって無意識にまで染みついた呼吸法を行ってエネルギーの回復を行いつつ、町を目指して歩き出す。羽のように軽い体は今は鉛のように重く、力の使い過ぎで頭にはハンマーが打ちつけられているような鈍痛が止まない。

 倒れて柔らかい草原に横になって眠ってしまえば、どれだけ安らげるだろうかと甘美な誘惑に囚われもする。

 それでも、と言いながら歩みを止めないアスカは意識をメルディアナ全体に広げてスタンの居場所を探す。本来、アスカにそこまでの広範囲の探知能力はないのだが、長時間の咸卦・太陽道の使用と疲労具合が重なって認知世界が広がっていた。

 

「……いた!」

 

 町に溢れる雑多な気配の中から今にも消え入りそうなスタンの気配を感じ取って飛び上がる。地を蹴って残った魔力で空を飛んで、スタンがいるらしいメルディアナ魔法学校へと向かう。

 地上でアスカの存在に気づいた何人かが誰何の声を上げているが、スタンのことで頭が一杯で聞こえても認識出来ていないアスカはメルディアナ魔法学校しか目に入っていない。

 目標とする場所は、歴史を感じさせる格調高き伝統的な建築物。魔力不足で速度は出ないが空を飛んでいるので間に障害物がないだけ最短ルートで向かえる。

 メルディアナ魔法学校は結界に覆われているので緊急時でない限り、空からの侵入は控えた方が良い。でなければ、学校中に警報が鳴り響いて大騒動になってしまう。以前に大騒動を起こした経験があったからアスカは無意識に結界前で地上に降りた。

 久方振りの学校に郷愁の気持ちが湧き上がるが、今はスタンのことの方が大事だ。

 校内に入ると今は長期休暇中なので殆ど人がいない。入り口の横に事務所兼職員室に数人のローブを着た教師らしき人達がいたがアスカの存在に気づいていないらしい。

 

「爺さんは……保健室か」

 

 気配を感じ取れる場所は通い慣れた校舎内の地図を頭の中で参照すると保健室が該当した。廊下を走るとアーニャがフレイムキックしてきたり、ネカネがスプーン投げしてきたりするので条件反射的に走ることを抑制してしまう。早歩きで保健室を目指す。

 広い校内ではあるが保健室は一階にあるのでそう時間も経たないうちに保健室に到達した。

 

「爺さん!」

 

 躊躇うことなく保健室の扉を力一杯に開いて、勢いが強すぎて壊しながら中に入るとベットに横たわる老人――――スタンと、物語の中に登場しそうなメルディアナ魔法学校校長がいた。

 

「アスカ、どうして……」

「連絡を聞いて急いで来たんだ」

 

 日本からどれだけ急いで来ても十時間以上はかかるのだから校長が目を丸くするのも無理はない。驚いている校長を尻目に、アスカは扉を壊して大きな音に微かに目を開けたスタンの下へと駆け寄りかけたところで足を止めた。

 

「爺、さん……」

 

 スタンの面相に浮かぶ死相と呼ぶべきなのだろうか、元気がないというレベルではなく死期が間近に迫っていると誰にでも分かってしまう。

 

「おお、アスカ。よく来てくれたな」

 

 死相の浮かんだスタンが微かに顔を傾け、アスカを認識して蚊の鳴くような声で囁いた。ふとすれば聞き逃してしまいそうな小さな声をしっかりと聞き取ったアスカは、ベットに横になっている末期を迎えているスタンの下へと歩み寄る。 

 間近で見たスタンの姿は以前とは比べ物にならないほど弱って見えた。そのことが酷くアスカに衝撃を齎して、歯を食い縛らなければ泣き叫んでしまいそうだった。

 何を言えば分からない。だから、努めてここにいた頃にどのような物の言い方をしていたか思い出さなければならなかった。

 

「どうしたんだ、爺さん。弱った面をしてよ、似合ってねぇぜ」

 

 この言い方で合っているだろうか、声が震えていないだろうかと不安であったが口に出した言葉は戻らない。

 スタンは気付かなかったのか、それとも気づくだけの観察力がもう残っていないのか。

 

「ぬかせ、若造っと言いたいところだが、どうやら儂もお迎えが近いようじゃ」

「あのスタン爺が気弱になるなんざ、明日は槍でも振るんじゃねぇか」

 

 互いに終わりの結末は見えている。

 

「もう少ししたらネギが来る。そうすれば石化を解いて、みんなで見送ってやるよ。それまで待てって」

 

 アスカのわざとの軽口にスタンは笑う。薄く、儚く、今にも消えそうなほどに。

 

「もう、六年にもなるんじゃな」 

 

 六年――――アスカはその年数を告げられたことで、連鎖的に今までのことを走馬灯のように思い出す。楽しかったこと、愉しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと。本当に色んなことがあった六年だった。だけど、そんな楽しい一時も終わりの時が近づいてきていた。

 

「爺さんも六年待ったんだ。後、一日二日ぐらい待ってもいいじゃんか」

「そうはいかんよ。もうそこまで婆さんが迎えにきておるのが分かる。随分と待たせたからの。これ以上、待たせるわけにはいかんよ」

 

 そう言ってスタンはアスカから視線を外して天井を見上げた。視線を追ったアスカには天井しか見えないが、スタンにはアスカらを取り上げた産婆でもあったらしい妻が見えているのかもしれない。

 

「まだ、早ぇよ。頼むから、後生だから、生きてくれ」

 

 布団の上に出されている生気の失った手を握って懇願する。アスカは願わずにはいられなかった。願う以外に術はなかったから。

 

「やれやれ、アスカは甘えん坊じゃのう……ゲホッ、ゲホッ」

 

 軽い咳にすらもう力がない。普通の人間ならば大した負担にもならない行為であっても、今のスタンにとっては命取りになる。

 ヒューヒューと喉の奥から漏れる呼吸音と眉間に寄せられた皺がスタンの苦しみを現していて、アスカはせめて苦痛を和らげようと拙い治癒魔法を使おうと手を伸ばした。

 

「止めよ、アスカ」

 

 だが、その手は途中で校長に掴まれて阻まれる。何故、と誰何するよりも早く振り返ったアスカの目に映ったのは沈鬱な表情を浮かべた校長の姿。

 

「今のスタンに治癒魔法は効かん。逆に少ない命を縮めるだけじゃ」

「そんな……」

「もう、どうしようもないんじゃよ」

 

 苦痛を和らげることすら出来ず、ただ手を握って願うことしか出来ない。これほどに無力を感じたことはなく、命の儚さを実感せずにはいられない。

 

「そうだ。カネの水さえあれば、心臓だって治る。もっと長く生きることだって」

「よい、もうよいのだ、アスカ」

 

 ハワイの地にある死者を蘇らせ、どのような傷・病気を治すカネ神の水。それさえあれば失われようとしているスタンの命をこの世に留めることも可能だと思い出したアスカが希望に胸を躍らせるも、スタンは最後の役目を待っている老犬の在り様そのままに止めた。

 

「でも!」

 

 荒らげた声をアスカは止めた。反論したいわけではない。思わず声が大きくなったのは若気のためであった。アスカは一呼吸して気持ちを落ち着けるとスタンからの言葉を待った。

 

「儂はもう十分に生きたよ。子には恵まれなんだが、ナギやお前達のように孫と思える子らを見送れた。最後にこうやってアスカに見送ってもらえる。それだけで十分じゃよ」

 

 スタンの心の中に残っていた不安は取り除かれた。やるべきことを全てやり尽くした充足感がスタンに仏のような俗世を捨てた笑みを浮かべさせる。

 

「そんなことを言われたら、もう何もできないじゃねぇかよ……」

 

 浮かべられたスタンの微笑みがどうしても生に満足して死に行く聖者のように思え、アスカは辛くなって顔を背けた。

 

「可能ならばお前達の子を、この腕に抱いてみたかったが流石に叶わぬ願いであったか」

 

 スタンはうわ言のように虚ろな声色で、そんな叶い得ぬ願望を呟いた。

 

「顔を良く見せておくれ、アスカ」

 

 そう言われれば顔を背けることも出来ない。恐らくもう目もあまり目も見えていないのだろう。茫洋としているスタンの目にしっかりと映るように顔の前に移動する。そっと頬に添えられる手の力の無さにアスカは泣きそうになった。

 

「おお、大きくなったのう。ナギとアリカ様に似た良い面構えになった」

「お袋のこと言っていいのかよ」

「死ぬ寸前じゃからの。耄碌しても仕方あるまい」

 

 もっと愛したい。もっと慈しみたい。もっと育てたい。腕の中で、珠玉の珠の様に成長する姿をずっと見ていたかった。だけど、スタンは残された時間は残り僅か。

 

「これは今となっては儂しか知らんことだが、お前は生まれた時に息をしとらんかった。死産だったんじゃよ」

 

 時間は人を変える。触れ合えば、人は変わる。その両方を経て、アスカの心の中は和らいだように見えた。それがスタンにとっても救いのように思えた。

 

「でも、俺は今も生きてる」

「手の施しがないという時にネギが泣いたんじゃ。婆さんにはその声に呼び戻されるようにアスカが息を吹き返したと感じたそうじゃ。ネギに感謝しておくんじゃな」

「俺からは言わねぇよ。爺さんがその話をネギにしたらありがとうの一つでも言うよ」

 

 外から差し込む日が赤い。空は赤く染まって太陽が徐々に落ちていた。もうすぐ、夜が来る。まるでスタンの命は太陽が沈むと共に召されるかのようだ。

 何を言うべきか、何を問うべきか、何を喋るべきか。心臓が痛くなるような沈黙が下りる中でスタンは薄らと口を開く。

 

「命は生まれ、やがて終わりを迎えて死ぬ。老人は終わり、赤子が生まれてゆく。命は流転して、世界は続いていくのじゃ。今度は儂の番が来ただけじゃよ。儂は嬉しい。最後の最期でアスカ、お前に会えたんじゃからな。何の悔いもない」

「……ぉ、ぁ……」

 

 スタンは掠れたような今にも存在さえ掻き消えそうなほど痛々しい濁ったような声で、視線は夢見のように宙を彷徨い、口元に半笑いのような曖昧な笑みを浮かべて喋るたびに命が減っていくような感覚を与える。

 頬を撫でるスタンの手を握って何かを言おうとしてカラカラに渇いた喉奥から零れ出たのは、言葉にもならぬ呻き声。そんなアスカに、それでも察するところがあるのだろう。スタンは穏やかな微笑を浮かべて待っている。

 

「今までありがとう、スタン爺」

 

 教えてくれた。与えてくれた。幼きアスカ・スプリングフィールドの居場所だった。この気持ちを伝えるにはあまりにも言葉が足りなかった。気持ちが溢れすぎてそんな短い言葉しか言えない自分を恥じた。

 蚊の鳴き声のように小さな、涙で震える囁きは哀しいほどに温かく、その言葉を聞いたスタンは満足そうに微笑んでアスカの背後に立つ校長を見る。

 

「さらばだ、盟友」

「ああ、さよならだ盟友」

 

 長年の友人同士である別れの言葉を交わし合う。それだけで十分で、それだけで分かり合えた。

 

「アスカよ……そこにいるか? もう、目が見えん」

「爺さん!」

 

 言葉と共にどんどんスタンの目から光が薄れていき、言葉が途切れ途切れになっていく。

 あの日のように、また自分の前から大切な人がいなくなる。その恐怖から引き止めるようとアスカが声を掛けるも、スタンは壊れた笛のような音が空気を揺らして呼吸を繰り返すだけ。

 

「おお…………婆さん。迎えに、来て……くれた、のか……。すまん、の……随分、と……待たせて、しまったわい……。じゃが、アスカ……が……」

 

 呼びかけが聞こえていないかのように言葉を繰り出すスタンを前に、アスカは自身が出来る事は最早なにもなく、最後を看取ることしか出来ないことを悟った。悟らざるをえなかった。

 悟った現実を前にアスカは歯を食い縛った。スタンに心配をかけたくなかった。最後は安らかに眠ってほしかった。虚勢であろうとも通すべきものがある。

 

「大丈夫。俺は大丈夫だから――――もう休んでもいいんだよ」

 

 アスカは何か返さねばならないと思って言葉にしたら、鼻の奥がつんと滲みるようで、恥ずかしくなった。 泣いてはいけないのに、ぽたりと地面に熱いものが落ちた。一滴でも漏れると後は際限なくて、堪えることが出来なかった。

 体の感覚が薄れてきたスタンの耳に、その秋の落日を思わせるような穏やかな言葉ははっきりと聞こえた。

 

「安心、した…………幸せに、なれ……アス、カ…………………」

 

 他の誰にも聴こえない。傍にいたアスカの耳にだけ辛うじて聴こえた言葉。本当に安心したように言葉を呟く。

 スタンは薄く笑みを浮かべて静かに目を細めるようにして頷いた。最後にアスカの頬を撫でながら優しく言って――――その手から力が抜けた。それが本当に最期だった。アスカの頬に添えられていたスタンの手が離れて布団に落ちる。最後の痙攣を見せてスタンの体中から力が抜けたのがアスカには分かった。

 アスカの見つめる先でスタンは眠るように息を引き取った。その顔には、苦悶の表情は笑みを浮かべ、どこまでも穏やかで幸せそうだった。

 

「あぁ……」

 

 口から零れ落ちた吐息交じりのそれは嗚咽か悲哀か、アスカにも分からなかった。歯を食い縛って、顔をくしゃくしゃにしてアスカ・スプリングフィールドはポロポロと泣きじゃくった。ポタポタと落ち続ける涙だけがアスカの気持ちを表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『急ぎですって? この雪広あやかに、お任せあれ。超特急でジャンボジェットの自家用機を用意しますわ』

 

 世間一般は夏休み真っ只中。観光シーズンに人数分のチケットを取ることは不可能で、せめてウェールズ出身の三人だけでも先にと考えていた時に話を聞いた雪広あやかの申し出は大変有難かった。

 それでもスタンの最期には間に合わなかったが、考え得る限りで最短で日本を発ったのだから悔やんでも仕方ない。せめてアスカが立ち合えただけでも良ししなければならなかった。

 

「ここがイギリス、ロンドンか」

 

 飛行機から降り立って長谷川千雨は、うーんと背伸びをした。

 日本からの便が到着し、数分程から降りてきた人々がロビーにぞろぞろと流れてきた。その中にネギ・スプリングフィールド一行と明日菜達の姿があった。しかし、殆どの少女達の眼は眠たそうに半開きで、何時もの愛らしさが半減されていた。

 

「今、日本じゃ夜中の一時、眠いはずです……」

 

 綾瀬夕映は飛行機の消灯時間に眠らなかったことを深く後悔する。

 言ってはなんだが他人の知り合いの死にそこまで思い悩めず、また飛行機搭乗前には亡くなったことは分かっていたので気に病むこともなかった。亡くなった方の知り合いの三人がいるからはしゃぎはしなかったが、初めての海外旅行と異世界渡航が間近に迫って胸が騒ぎ全く眠れなかったのだ。

 時差ボケの所為で、だるくて眠い。東アジアから欧州へと向かう旅人全てが味わう苦難であるが、故郷であるイギリスに帰ってきたネギらの目は常と変らず凛としていた。それでも常よりかは眠たげにも見えた。

 

「これが時差ボケってやつかしら」

「直に慣れるわよ。一日二日も過ごせばね」

 

 明日菜の呟きに反応したのはアーニャだった。少し目元が赤い彼女は常と変わらないツンとした表情で、日本に渡った時に感じた時差ボケへの対処を話す。

 聞いて明日菜は眠気を振り払うように軽く頭を振る。ぼやける目を擦り、視界を鮮明にして周囲を眺める。途端、纏わりついていた睡魔は鳴りを潜めた。

 ロビーにいる人々の多くは白い肌に彫りの深い顔。明らかに日本人とは違う西洋の風貌だ。飛び交う会話も看板に連なる文字も、断片しか理解できない異国の文字。否応無く、ここは異国だと思い知らされ、この地が日本ではないのだと思い知らされる。

 

「本当に違う国なのよね」

 

 明日菜はそんな感想を漏らした。

 景色の一つ一つが違う。建物の造りや道行く人々は言うに及ばず、煉瓦の色合いも、石畳の感触さえも異なる。明日菜には聞き取れぬ、異国語のざわめき。或いは走っている車の種類や、クラクションの音。或いは、通りに立つ電柱の形や、ひっそりと道路を飾る植込みの在り方。頬を撫でる風や、舌に触れる空気の質感さえも、どこかしら違和感と長年積み重なってきたこの国の時間を思わせた。その全身で異国にいることを実感していた。

 足が踏んでいる地が言葉が通じない異国と自覚すると、唐突に僅かな不安と寂しさが沸き起こった。無視しようと思えば無視できるが、決して拭い去ることは出来ない孤独感。

 

(…………アスカも、こんな感じだったのかな)

 

 遠いこの地から日本へやってきたアスカも、やはり日本へ来た時にはこんな気分になったのではないだろうか。

 

「十二時間も座り放しは体が訛るアル」

 

 二人の後ろに現れながら肩を回すのは古菲。活動的な彼女が一場所でジッと座っていなければならないのは苦痛だったのだろう。

 

「軽い体操ぐらいはしていたでござるが、なにゆえ座っている時間の方が長かったでござるからな」

「そう何回も体感したいもんじゃないで」

 

 大して堪えた様子もなさそうな長瀬楓に比べて、犬上小太郎は古菲と同じ性分なのでうんざりとした表情をしている。

 

「時差はマイナス9時間やったな。日本やったら、もう夜中やのにまだ昼過ぎやもんな」

「飛行機の中で寝ましたが、まだ寝足りない感じです」

 

 背中を伸ばしている木乃香がフラつかないか心配してしている刹那も小さな欠伸をしている。

 日本ではもう日付が変わっているのに、イギリスでは発った時と日付は変わらない。出発点と到着点の時計だけを見れば、短時間の途上と解釈できる行程だ。こんなややこしい時間の推移は、時差ボケという形で旅行者の肩に圧し掛かる。

 

「日本よりも暑くないですね」

 

 綾瀬夕映が小さな欠伸をしながら歩く。時刻は午後二時過ぎ。一日の中で暑い時間ではあるが、日本と違って湿気がない分だけ少し暑いぐらいで済んでいる。

 駅の改札を通ってバス乗り場までの道を並んで歩く。その間、ネギは周囲の風景をきょろきょろと落ち着かない様子で見ていたので宮崎のどかが気になって口を開いた。

 

「どうかしましたか?」

「いや………………懐かしいなぁ、って」

 

 バス乗り場までの道を歩きながら、ぼやいてネギは空を見上げた。

 街の景色自体に変化はない。築三百年を軽く越す石造りのアパートが道の向こうに建っている。古い街並みの中を携帯電話を持った会社員達が忙しく歩いている。イギリスの空は半年前と同じく今日も突き抜けるような青空だが、この街の天気は四時間程度で切り替わるほど移り変わりやすいので道行く人の中に傘を持っている人も多い。そして蒸し暑かった。

 変化らしい変化といえば、伝統だったはずの赤い電話ボックスが作業員によって撤去されていくぐらいか。

 

「でも何処か変わっているようにな気もするんだよな」

 

 所々変わっている所もあるかもしれないけど特に何か変わったところは散見できない。そも、空港の内装や外の景色など一々覚えてないはずだ。

 

「きっとネギの方が変わったのよ。背も大きくなったし」

 

 にこやかに言ったのはネカネ・スプリングフィールド。日本の空港でアスカと連絡がついた際にスタンが既に亡くなったことを聞かされたときは沈んだ様子であったが、ヒースロー空港に着いた時には元の感じを取り戻している。

 恐らく子供のネギ達よりもスタンの容態には魔法学校の頃から知っていたから、何時かはこんな日が来ると覚悟していたのかもしれない。

 

「そうかな? 何も変わっていないような気がするけど」

「変わってるわよ。半年でも少なからず人は変わるもの」

 

 さっきも思ったことだが、ネギは何も変わっていない。背格好は変わっていても中身は昔のネギのままだった。しかし、ネカネは笑って首を振って否定する。

 

「ようこそ、皆さん」

 

 ネギが声のした方に顔を向けると、微笑みを浮かべた美貌の女性が立っていた。

 肩までのショートの金髪に、黒のスーツにスカート、気品を損なわない程度のデザインを施されたその服装は、まるでどこかの社長秘書かキャリアウーマンか、といったような格好だ。だが、その格好を仰々しく感じさせず、むしろ自然だと思わせる空気を目の前の女性は持っていた。

 

「ドネットさん」

 

 アーニャが既知である女性――――ドネット・マクギネスの名前を読んで紹介する。

 暫くは互いに名前を名乗り、簡単な自己紹介が続けられて落ち着いた頃を見計らってドネットが少女達の荷物の持ち方に目をやった。

 

「ロンドンは治安の良し悪しがハッキリと地区で分かれているから気をつけてね。スリぐらいならいいんですけど、あまり離れると何時誘拐されるか分からないから気をつけてくださいね。日本人の、しかも女学生ってカモにされやすいから」

 

 途端、何人かの肩がビクゥッと数センチばかり持ち上がった。

 この場にいる大半は腕に自信がある者ばかりなので、この場合に自らの身の心配や荷物の持ち方を変えたのは完全な非戦闘員であるのどかと千雨ぐらいなものである。とはいえ、これだけの面子が揃っているのに犯罪に巻き込まれるわけがない。

 

「ふふ、では行きましょうか」

 

 揶揄われたと気づいて気の強い千雨などは少々視線がきつくなったが、大人の余裕で受け流したドネットは先を促して一路、ネギ達の故郷を目指す。

 ヒースロー空港からバスでロンドン市内を経由し、電車に乗り換えてペンブルック州へとたどり着く。彼らの目的地は目指すは嘗てネギ達が通っていたメルディアナ魔法学校がある町なので、ロンドンの中心街や観光名所を回ることはない。

 メルディアナ魔法学校。全ての始まりの地。肉体と精神の故郷。定番の観光地に立ち寄ることもなく、テムズ川の雄渾な流れを横目にネギ達は目的地を目指した。

 いくつかの国の集合体であるイギリスでも取り分け古く、取り分け複雑な歴史を積み重ねてきた土地ウェールズ。電車を降りると人数が人数なので特別に出してくれた貸し切りバスに乗り換えてメルディアナに到着する。

 初夏なのに冷たい霧の中で、少年少女達は蒼と緑の色彩に取り囲まれていた。

 靴の裏から伝わる地面の感触。鼻孔に突き刺さるのは、土と草の入り混じった臭い。固い葉擦れの音が幾つも鳴って、さやさやと、枝葉が揺れている。

 樹齢数百年にはなろうかという樹木達の佇まい。ほど近く小川のせせらぎが聞こえ、その所為か地面を踏んだ感触さえどこか優しい。古い樹木と清水の香りがない交ぜとなって、まるで深山へ分け入ったような気持ちになる場所だった。

 ある意味において、こういう土地こそが魔法使いの存在を公から隠す隠れ蓑になっているのだろう。洋の東西でその関わりは異なるが、その重要性は変わらない。

 

「この先よ」

 

 山道が一本道のように真っ直ぐ伸びている。それは魔法使い達が古い時代から行き交いする為に出来た――――謂わば獣道のようなものだ。一般人が間違って迷い込むことのように無いように、山全体が隠蔽結界で包まれている。魔法使いであっても一度も入ったことの無い人間は迷うようになっているのだ。

 

「さ、行きましょう」

 

 ドネッドに促されて、この先に故郷があるネギらが率先して森に向かって歩き出し、小太郎や少女達がその背中についていく。

 鬱蒼とした森の中はやはり想像していたように薄暗かった。木々から伸びる枝や葉で覆われている所為で、空は時折風に揺れて出来る葉の隙間からしら見えず、その一瞬の木漏れ日は森の中に白い光の筋を走らせてすごくきれいだ。

 

「昔、よく歩いた道よね」

「うん」

 

 と、ドネッドに続いて山道を歩いているアーニャの言葉にネギも頷く。

 前にドネッドがいなくても、彼らは何度も行き交いをした道なので迷うことはない。それでも半年ぶりに通る道に懐旧を押えきれぬようだった。

 腐葉土の地面を歩きながら、明日菜はぼんやりと空気の匂いを嗅いだ。滾々と湧き出る水のように、空気には香りが、色がある。熟れた果実みたいな甘ったるい空気、時間がゆったりと進ませていく風景、水彩で描かれた風景画の中を歩くような、フワフワとした不思議な居心地。木々の葉の匂いと虫の音が混ざりあって、心が霞に酔ってしまう。

 このあまりの静けさに、この程よく隠された景色に、まるで夢路を歩いているような錯覚を起こさせるほどに、ここは曖昧で幻想的な場所だった。

 歩行に絡まるような高い草が生えていないのは、強い光が届かないからだろう。しかしその分、太い木の根が張り出して非常に歩き難い。戦闘系の明日菜も流石に、非戦闘系の木乃香やのどか、夕映や千雨のように足を取られるようなことはなかったが、前を歩くネギらとドネッドに比べるとやや歩みが遅くなってしまう。

 楓や刹那、古が非戦闘系の面々を支えながらなんとか距離を離されないように後ろを付いて行く。そのまま数分ほど、鬱蒼とした森の小道を歩いた頃だろうか。程無くして先頭を歩くドネッドの足が止まった。そこは今まで歩いてきた狭い道に比べると若干広く、視界が開けた小さな広場だった。

 夏の最中だというのに、まるで夜のように昏い。

 あらゆる光が分厚い葉のドームによって遮られ、ちいちい、きいきい、と時折齧歯類めいた鳴き声が木々の狭間から反響する。彼らもまた愛玩動物などではなく、この森で必死に戦い、生き抜こうとする一員なのだと、そう宣言しているようでもあった。

 ひんやりとした空気には滴り落ちそうな程の濃密な植物の臭いが溶けており、都会に引き籠った人間など、それだけで金縛りにあってしまいそうだった。

 全員が広場に入ると急に霧が出てきた。

 

「霧……?」

 

 ざあっと風が巻いて、樹の葉が大きく揺れ、霧が急に濃くなって明日菜達を取り囲む。

 

「ここが入り口です」

 

 ドネッドはその広場の中心辺りを見て言った。彼女の視線を辿って明日菜もそちらに顔を向けるが、特に奇妙なモノは何も無い。数メートルの距離を置いて立ち並ぶ木々の景色が見えるだけだ。

 騙しているのかと思ったが、ネギらが当然のようにしているので違う。彼らにとっては間違いなくここが入り口なのだ。

 明日菜は見えない入り口を感じ取るように、眼に神経を集中させて視た。

 瞬間、景色の一点が歪んで見えた。その中に周りの風景と重ならない、太陽に照らされた瑞々しい森が覗いていた。まるで銀幕を張り、別の森の景色を映しているようだったが、これが映写ではない証明として、新鮮な空気がこちら側に流れて来ていた。

 空間の歪みに向かってドネッドとネギらが歩き出す。躊躇う様子も無く、まずドネッドがその風景の中に入っていた。続いてネギが入っていくのにつられるように明日菜らも続く。

 空間の歪みの境目に足を踏み入れた瞬間、明日菜は空気が変わったのが解った。完全に境目を飛び越えると不意に空間が開けた。

 豊かな山林と草原。まるでその隙間を埋めるかのように、小さな人里が築かれた地。そこがネギ達が麻帆良に来るまでの間を過ごした第二の故郷である。黒々とした森を抜けた向こうに広がる青々とした草原に古菲が息を呑み、楓も目を丸くした。小太郎も度肝を抜かれたようだ。

 

「わあ……」

「ほぅ」

「すっごいのう!」

 

 彼らの驚きとは別に明日菜は、この地に先に来ているであろうアスカのことを想った。 

 

(アスカはここでどんな生活を送ってたんだろ)

 

 ぼんやりと思う。

 どんな人と出会い、どんな風に笑っていたのか。

 どんな友と語らい、どんな風に育ってきたのか。

 隠されているわけでもなかったが、わざわざ過去を語らなかったアスカだ。明日菜にしても自分から尋ねる理由があるわけじゃなかったから、魔法を知っても魔法学校時代の話を聞くことは殆どなかった。

 この土地で、彼はどれだけのものを得たのだろう。この土地で、どれだけの研鑽を積み、どれだけの挫折を味わい、どれだけの代償を払って今に至ったのだろう。

 明日菜が物思いに耽っている間に当初の目的地であるメルディアナ魔法学校の校門の前に立つと、ネギはじっと学校の外観を眺めていた。

 

「どうかしましたか、ネギ先生」

 

 眺めるように見ていたので、斜め後ろからのどかがそう声をかけた。アスカは頷いて、空港に降り立った時に感じた時のように「やっぱり懐かしいなって」と大した時間も経っていないのに強い郷愁感に苦笑していた、

 ネギはのどかから再度、五年を過ごした学校を見上げた。

 

「卒業したのに変な話ですけど、帰って来ることが出来たって思いが強いんです」

「そうですか」

 

 ネギの返答に優しい笑みを浮かべたのどかはそれ以上の言葉を返さなかった。

 二人で並びながらネギは頭上の青空を見上げた。遮るなにものもない、無限に開かれたそれが目の前に広がり、深く息を吸い込むと脊髄から脳にまで懐かしい匂いが染み渡っていく。この太陽と空気、大地と水のあるところが戻るべき処、故郷という優しい言葉の音が示す場所だと直接的に肉体が感じ取っていた。

 

「当たり前だけど何も変わってないなぁ」

「馬鹿ね、私達が生まれる前からあるのにそんな簡単に変わるわけないじゃない」

「そうなんだけどね……」

 

 こういう時にセンチメンタルになるのは男だからなのか、それともネギが単純に感傷に浸っているだけなのかは分からない。少なくともアーニャにはネギほど気にしている様子はなかった。

 

「ちょっと、故郷っていうのを実感しただけだよ」

 

 故郷とは、自分が生まれ育った土地を意味するだけのものではない。そこにあるのは、自分の歴史だ。人間は歴史の流れの中で生きている。歴史の積み重ねの上に現在があり、現在が過去となったところに未来がある。人間は一呼吸するだけで歴史を延長し、その最端の一点である現在に生きている。観念的な考えではない。それが単純な事実だ。一人一人を考えても、それは変わらない。

 故郷とは、そのとある「一人」を形成する歴史の大部分を意味している。ネギ達の生まれた故郷は滅びたかもしれない。だけど、ネギを形成した故郷の内の一つはここにもあった。

 

「久しいな、皆よ。元気にしていたか?」

 

 校舎を見上げるネギに声をかけたのは、大理石造りの正門の横に立つのはネギとアスカの祖父であり校長であった。

 

「校長先生」

「おじーちゃん」

「おじいちゃん!」

「アスカもそうじゃったが、ネギもアーニャも大きくなったの。ネカネも綺麗になって。お帰り」

 

 お帰り、という校長の言葉に、ネギは胸が熱くなるのを感じた。

 ネギはずっと求め続けてきた。自分が何者なのか、どこから来た存在なのか。そんな当たり前のことが知りたくてたまらなかった。結局のところ、その疑問は一つに集約される。とても簡単で、難しいこと。どうしたら、自分はここにいていいと思えるのか。

 どんなに経験を積んでも、どれだけ強くなっても、自分が校長の血縁であることは変わらない。受け入れて欲しい相手であることに変わりはない。だからこそ、校長の何気ない言葉が嬉しかった。

 帰るべき場所があることを、ネギは強く自覚した。己を認めてくれる人のいる場所だ。

 

「――――ただいま」

 

 万感の思いを込めて、ネギは言った。その言葉は旅の終わりを意味するものではなく、己が帰るべき場所を自覚し、新たな道へ進むための誓いだ。

 

「本当によく帰って来た」

 

 卒業生である三人の呼びかけに校長はそっと微笑むと、両手を伸ばして三人を抱き寄せた。

 

「おじいちゃん……」

「ちょっと苦しいですよ」

「髭が当たるってば」

 

 みんなが見ている前なので、三人がそれぞれの反応を見せる。人前なのもあって少し恥ずかしい気もしたが、それ以上に切なさで胸が一杯になった。ネギは素直に校長に身を預けた。なんだか、懐かしい香りがした。

 しばらく抱き合った後、三人と校長は自然に身体を離す。

 

「コノエモンから色々と話は聞いとるぞ、二人とも。相変わらずだったみたいじゃな。随分と無茶もしてそうではないか、全くネカネも付いていながら」

「アハハ」

「相変わらずなのはネギとアスカだけよ。私は関係ないし」

「申し開きもありません」

 

 三人を慈しみの眼差しで見つめながら、どこか誰かを彷彿とさせるやんちゃな光を宿す校長。ネギは思い当たる節があって愛想笑いし、アーニャは自分は関係ないと知らんぷり、ネカネが申し訳なさげに頭を下げる。

 

「よいよい、折角の再会じゃ。これ以上のお小言は止めておこう」

 

 やんちゃ坊主の無茶には慣れていると、茶目っ気を滲ませて校長は目を閉じた。

 何時もみたいな言葉。遥か昔に交わし慣れていたやり取り。その一言一言に校長が万感の想いを込めていることを、今のネギは理解できる。何時ものやり取りであるために、溢れ出しそうな何かを堪えているのだと理解できてしまう。

 

「あの、お爺ちゃん」

 

 それでもネギは校長に聞かなければならないことがあった。

 

「分かっておるよ、ネギ」

 

 校長は遠くを見つめるようにして、一呼吸、間を置く。心を整理をつける時間が欲しかったのかもしれない。

 

「スタンはアスカが見送ったよ。遺体は魔法的処置をして保健室にそのままにしておる。この後に行くといい」

 

 寂しそうな声が静かな空間に響く。

 こんがらがった紐のようだと、明日菜は感じた。生と死という絶対の運命の紐は硬く、きつく結ばれ過ぎて誰にも解けなくなってしまった。ひどく、やるせなかった。

 

「アスカは……?」

「始まりの場所でお主らを待っておるよ。彼らも既に運び込んでおる」

 

 空港でネギらに伝えられたのはスタンの死だけではない。スタンの遺体が亡くなった場所である保健室から動かされていないのも、アスカのこの時の言った言葉が理由であった。

 

『村の人達の石化を解く。みんなを連れて村へと来てくれ』

 

 半生をかけた長い旅を終える為にネギは決意を込めた眼差しで村のある方向を見た。旅の終わりが近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村――――正確には瓦礫を撤去して跡地である場所に足を踏み入れた時、ネギの世界から色彩が死んだ。突然雨雲が広がった時のように、黒褐色に塗りつぶされた。

 脳裏に様々な過去が浮かんでは消えていく。

 多くの死が、多くの悲劇が、ネギの傍らを通り過ぎて行った。その過程で、彼は大人になったのだ。家族や友人や隣人達と健常な営みを続け、生を見て過ごしていく普通の人々は違う。全ては揺らめき、今にも掻き消えそうなか細い線画となり、紙でもくしゃくしゃと丸めるように乱れて薄れ……………そして唐突に停止した。

 ネギは立っていた。緑の大地に足をつけて。彼は瞬きをした。色彩が戻っていた。

 どこかの田舎の村らしい赤煉瓦の家。漆喰の家、板葺の小屋。贅沢ではないが、丁寧に修繕されて大切に使われている建物群―――――――――その全ては今となっては記憶の中にしかない。現実の世界の光景には草原しか残っていなかった。

 消す者がいなかったから燃やす物が無くなるまで全てを燃やし尽くした後に残ったのは多くない。焼け落ちた建物の残骸を撤去した後には何も残らず、六年の月日が流れたことで生えた雑草が村の跡地に生い茂っている。

 

「ここで生まれて、俺達は育った。そして今はもう何も残ってない」

 

 跡地の真ん中で花に囲まれるように胡坐を掻いて座っていたアスカが悲しげに呟く。

 

「…………」

 

 改めて告げられた現実にネギの喉の奥から熱くて辛いものが込み上げた。

 そのちっぽけな村から、目を離すことが出来なかった。ただの村の跡となった跡地が、どうしようもなく切実にネギの魂を叩いていた。殴りつけているといってもいい強烈さだった。認めざるをえなかった。何も説明されなくても、こんなにも心を揺さぶられては受け入れざるを得ない。

 

「アス……」

 

 明日菜が少年の名前を呟きかけて、ハッと口を閉ざす。

 頭には何万、何億回とその名前が渦巻いているのに言葉にならない、部外者でしかない明日菜が音にしてしまうと、この世界がアッサリと瓦解してしまうのでないかという恐れすら感じられた。

 

「六年前に何もかもが燃えてしまった。何人も死んで、多くが石にされた」

 

 鮮明に記憶に焼き付いている轟々と音を立てて燃えていた村の跡地には、その面影は欠片も残っていない。

 変わりに広がっているのは一面の草原と、色取り取りの花々。どこもかしこも花で溢れていた。アスカの知っている花も沢山あり、知らない花も沢山あった。だが、どの花を見ても奇妙に胸は揺さぶられた。

 

『――――お帰りなさい』

 

 そんな風に花が歌っているような気がした。それこそ自分がおかしくなったのかと思ったが、確かにそんな感じがしてならないのだ。冷たい雨の日にコンクリートから生えた一輪の花を見い出したような、ひどく淡くて、どこかしら切ない感傷だった。

 

「俺達は石にされた皆に誓った――――必ず石化を解くと」

 

 立ち上がるアスカの背中を皆が見る。アスカの視線の先には、この時の為に運び込まれた二百体を超える石像が並べられていた。嘗て村を襲った魔物に石にされてしまった人々。その中には、アスカ達を守りヘルマンに石にされたネカネの両親であるスプリングフィールド夫妻の姿も、アーニャの両親の石像もある。

 ついさっきまで自分に触れ、話し、動いてた人が一瞬にして物言わぬ塊と化して色を失くして石像となったのを見た時の絶望は今でも忘れていない。

 決して行かせないと意思の詰まった大人達の背中を、今のアスカは下から見上げることはない。六年と別荘で過ごした二年以上を合わせた歳月は、幼き少年を大人達と変わらない背丈にした。

 

「叔父さん、叔母さん、みんな……」

 

 歩みを進めてアスカの横に並んだネギはゆっくりと石像となったみんなを見渡して話しかける。

 

「僕です、ネギです。あれから六年も経つのに皆は、あの時のままなんですね」

 

 ネギの声は上擦っていて、後少しで心のダムが決壊して泣きそうな危うい、聞いている皆の方が泣きそうになった。

 

「あの時、皆に助けてくれなければ僕らはきっと生きてはいなかったと思います。言わなければならないことが沢山あります」

 

 標的とされたのはスプリングフィールド兄弟だとしたら、あれだけの惨状を生み出しておいて生かしておくことはしなかっただろう。彼らは文字通りに命をかけて兄弟を生かしてくれた、その身を犠牲にして。

 

「アスカ、ネギ。二人の気持ちは痛いほどに分かる。だが、決して自棄になってはいかん。急ぐことはないのだ。今日ここでやる必要はないのだぞ」

 

 解呪計画のことはヘルマンの魂を捕らえた時から石像を管理する立場にある校長には報告してあった。その危険性も失敗した場合のリスクも聞いていたから、校長としても親族としても未来がある若者二人に危険な橋を渡らせることを安易に推奨することは出来ない。

 

「ああ、分かってる」

 

 スタンの死によって急いでいると言われればアスカも否定できないからこそ、そう言葉を返した。

 急いては事を仕損じる、と諺があるように、リスクがあるのだからより慎重に考えて行動に移すべきだというのは理屈の上では理解できた。だが、同時に例えここで解呪を断行しなくてもアスカは魔法世界に渡ることになるので、もしかしたら命を失う可能性だってある。

 ネギとアスカが揃って、やる気になっている今こそが絶好の機会という見方もあった。事実、二人ともやる気に満ちている。

 

「失ったものは取り戻せない。過去は変えられない」

 

 持論を語るアスカの瞳は、石像を通して六年前を見つめるようだった。

 

「失ったものは取り戻せなくても、過去は変えられなくても、今を手に入れることは、明日を掴むことは出来る。俺は彼らに与えられた未来を返したい」

 

 激することなく、平静に伝えられた声音に込められた想いが重い。

 

「六年だ。六年をかけて、ここまで来た。この時をずっとずっと待っていたんだ。頼むから止めないでくれ」

 

 六年という年月は言葉にすれば容易くとも二十歳にすら満たないアスカ達にとって、半生にも及ぶ道のりがどれだけ長く苦しかったかを物語る言葉に校長はそれ以上、儀式を止めることは出来ない。きっと、それ以上止めようとすればアスカは実力を以て排除しようとするだろう。例え誰が相手であろうとも、校長が相手であってもだ。

 

「邪魔はせん。だが、決して命を捨てようなどと考えるでないぞ。例え恨まれようとも止める。儂を残して先に逝くなど決して許さんからな」

 

 息子の行方は知れず、長年の盟友は先に逝き、更には残された孫達まで失っては耐えられない。解呪出来る見込みが薄い村の皆よりも生きている兄弟の方が大事なのだと、せめて校長にはそう伝えることしか出来ない。

 

「ごめん、ありがとう」

 

 残される悲哀を良く知っているアスカは謝罪と感謝をし、カードを取り出して「来たれ(アデアット)」とアーティファクトを装着する。

 

「やるぞ、ネギ」

「……うん!」

 

 ネギは投げられた絆の銀を受け取り、耳に到着する。大きく深呼吸して意志を固める。

 取り戻せるのなら、そうしたかったはずだ。なのに、逆に夢物語だと思っていたことが実現してしまおうとしていることが、どうしようもなく不安だった。

 それでも人間は過去が戻らないからこそ、足場を固めて歩みを進められる気がした。これを果たさなければ、アスカもネギも過去を整理できない。あの時の無力な自分に、何も出来なかった自分に、誰も救えなかった自分に、あの時、あの場所で失った全てを清算するために。

 偉業を果たしたところで何も変わらない。時は戻らない。過去は変わらない。もうあの小さな少年達はいない。取り戻したくても、手に入らないものはあるのだ。

 

「「合体!」」

 

 光が辺りを覆った。光の中で二人の影が一人となり超常の力を持つ存在が誕生する。

 光が晴れた時、そこにいたは一人の青年だった。ネギとアスカの両方の髪型や髪の色、雰囲気が混じり合って一つようになった男は、知性と野生という矛盾した要素が同居した静かな瞳で前を見ている。

 

「これは……!?」

 

 今回の体格のベースはアスカの方にあるのか、身長はアスカの時と変わらない。その背中を見た校長は内包する桁外れの魔力量と完璧に制御している制御力に目を瞠った。

 始めて合体時の姿を見る校長にはネスカが内包する魔力が英雄と謳われているナギを遥かに超え、それを完璧と言えるほどに制御している姿は彼らがもう護られる子供ではないのだと知らせるかのようだった。

 

「アーニャ、封魔の瓶を」

 

 以前よりも更に増した魔力を手足の如く扱いながら、ネギとアスカが混ざった声がアーニャにかけられる。

 合体時に着ている衣類まで混ざり合ってしまうので、ヘルマンの魂が入った封魔の瓶はアーニャが持っていた。どちらでもあり、どちらともつかない静かな瞳に見つめられ、アーニャは儀式の鍵となる封魔の瓶を両手で握り締めて口を開いた。

 

「お願い」

 

 六年、本当に言葉にすれば短い期間のように感じるが、最も甘えたい時期に親を奪われたアーニャの苦悩は筆舌にし難い。

 夜眠る時にふと訪れた寂しさに枕を濡らしたことは数知れず、同年代の子供が親と共にいる姿に自分を重ねたこともある。失った時間は取り戻せなくても、これからの時間を手に入れることが出来れば、帳尻が合うとまではいかなくても六年前からある心の隙間を埋めてくれるかもしれない。

 

「皆を、助けて……!」

 

 アーニャの瞳が潤む。今までただの一度も少年達の前で見せなかった涙と共に懇願した。

 

「任せろ」

 

 二人が合体したネスカは言葉少な気に言い、封魔の瓶を受け取って自分と石像の間の地面に置く。その場所にはアスカが事前に草原を刈り取って剥き出しにした地面には自身の血で描かれた六芒星の魔法陣がある。

 血液には濃い魔力が籠っており、他の物体よりも魔力の巡りが良い。術者であるアスカの血なので更に効率が良くなる。

 血の六芒星の中心に封魔の瓶を置いたネスカは一瞬ネカネを見た。彼女は手を組んで神に祈りを捧げるように一心不乱にネスカを見ている。二人の視線が交わり、離れた時にはネスカは毅然とした表情で石像に向き直る

 

「…………」

 

 一度深呼吸をしたネスカは儀式に意識を集中した。

 

「右手に気を、左手に魔力を――――合成」

 

 咸卦法を発動し、莫大なエネルギーを得たところで第一段階をクリアした。この第一段階に関してはネギも失敗するとは考えていなかった。問題はこの先の第二段階からである。

 合わせていた両手を離して右手を構えた。

 

「右腕開放、千の雷!」

 

 アスカの時に貯めておいた千の雷を解放して「固定(スタグネット)!」と叫んで、放つのではなく球状に留める。周囲数百メートル四方を雷の雨で埋め尽くす雷属性最強の魔法である千の雷を留めておくのを可能にする制御能力がネスカにはある。問題はこの後にあった。

 

「掌握、魔力充填!」

 

 開放すれば村の跡地を一瞬で呑み込む雷の球を握り潰し、内包されていた魔力を太陽道で取り込む。

 自身の肉体に取り込み魔力を装填して融合することによって自身の強化を図る闇の魔法の応用で、千の雷を作るのに使用した時以上となって戻って来た魔力を抑え込んで咸卦のエネルギーとする。

 霊体に取り込んで術者の肉体と魂を喰らわせることを代償に常人に倍する力を得ようという狂気の技である闇の魔法(マギア・エレベア)の本来の使い方とは違う。術式兵装にすることなく純粋な魔力として取り込むことでパワーアップを図るこのやり方は本来の使い方とは少し違うが、一の力が百になったものを無理矢理に体に収めようというのだ。見方を変えればこちらの方が常軌を逸している。

 

「く、ぐぅうううう!?」

 

 咸卦法によって既にパンパンに張り詰めている風船に器以上の水を注ぎ込んだに等しい荒行に、魔力を受け止めたネスカの背が激しく震えだす。苦痛を物語るように全身から一斉に汗が噴出する。

 

「…………さ、左腕開放、千の雷!」 

 

 既に限界なのに、更に左手に込めていた遅延呪文を解放して千の雷を出す。

 

「固定、掌握、魔力充填!」

 

 今度は一気に固定から魔力充填まで行う。

 

「が、ガァアアアアアアアア!!」

 

 もう一発の極大の魔力を肉体に叩き込んだアスカの口からは人の物とは思えぬ叫びが上がり、その身体からは制御を越えて鱗粉のような魔力の粉が噴き出す。

 何も知らぬ者が見れば振り降りる魔力の粉雪に感動しただろうが、発生源であるネスカはこの世の物とも思えぬ酷い苦痛に苛まれ、己の限界への挑戦を行っていた。気高いネスカの両足が人前であるにも関わらず、ガクガクと生まれたての子羊のように震える。

 

「こ、このエネルギー量は暴走すればメルディアナが跡形もなく消し飛ぶぞ……」

 

 落ちそうな崖の端に辛うじて捕まっているような瀬戸際で制御をしているネスカから発生している大きすぎる力の波動に、誰もが吹き飛ばされないように全霊を傾けねばならなかった。その中で最早、下手に止めれば暴走の原因になってしまうことに気づいた校長は人の身には到底余るエネルギー量に戦慄する。

 

「まだだ……!」

 

 気を抜けば一瞬で吹き飛びそうな力の奔流に晒されながら、それでもとネスカは吠えた。

 

「行きなさい、ネスカ!」

「やってみせなさいよ!」

 

 ネスカに同調するようにネカネが、吹き飛ばないように明日菜に支えられたアーニャが泣きながら叫ぶ。終わらせるのだと、この長い旅路を今日ここで終着にしてほしいと訴え続ける。

 前例がないからどうした、荷が重すぎるからなんだ、限界を遥かに超えているからなんだ、無茶だからなんだ、と裡で吠えたネスカは自らの中で荒れ狂う魔力を咸卦の力で取り込んでいく。

 呑み込んで、食らって、取り込む。人生でこれ以上のことは二度と出来ないのではないかというほどにこの時のネスカは神懸っていた。

 体から漏れた魔力も太陽道で回収したネスカの存在感が倍する。にも関わらず、圧力はないに等しい。まるで自然と同化したかのように気配が溶け込んでいる。

 ネスカがピンと伸ばした右腕を肩の高さにまで上げ、唱える。

 

『聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな』

 

 ネスカの声は静かだが、何故か地上と天空の全てのものに響き渡るようなものだった。血の六芒星が呪文に反応して鈍く光を発するようになり、彼は手を開くと目を閉じて呪文の詠唱を始める。右腕を折って指先を顔の前に持って行き、それから天を指して高く差し上げる。

 

『主よ、我らを哀れみ給え。憐れみ給え。愍れみ給え。憫れみ給え』

 

 抑揚もなく、只管に続く長い呪文。流れるようなその文言は、時に心に響く歌になり、重々しい神の言葉のようにも聞こえた。蛇か螺旋を思わせて、ゆるゆると流れていく言葉は、夜空の星を搦め取るようでもあった。

 詠唱と共にネスカが拳に固めた右手で左の掌を打つと血の魔方陣の輝きが増して空中に浮かび上がり、封魔の瓶が独りでにコルクの詮を外して中身のヘルマンの魂が漏れ出る。

 漏れ出た魂は巨大化していく血の六芒星に染み渡り、六芒星が全ての石像を覆えるほどになると地上へと下りて来た。石像の頂点で二つに分裂して、地面に刻み込まれるように巨大な魔法陣が浮かぶ。

 丁度、地上と天頂で石像を挟むように静止した六芒星の魔法陣が鳴動する。

 

「これには西洋魔術の東洋呪術の式を掛け合わせておるのか……!?」

 

 西洋魔術を基礎にして、千草から学んだ東洋呪術を掛け合わせた全く新しいネギオリジナルの式を読み取って思わずと言った様子で声を上げた校長が驚く中、それに構わずネスカは呪文を唱え続けた。

 

『土は土に、灰は灰に、塵は塵に』

 

 同時にネスカから凄まじい量の力が爆発した。

 空間が爆ぜて、光の柱が屹立する。外から見れば、結界の上部分だけを破壊して、空中から突然出現している塔に見えたことだろう。分厚く広がった雲を貫通し、膨大な魔力の奔流が夜の星空さえも沸騰させる。

 喩えるなら活火山の噴火だ。これほどの力が一瞬にして噴き上がり、炸裂するのを感じた経験は誰にもない。長い時を生きる校長も同じ。

 強いていえば、魔法世界の戦争において数百人の高位魔法使いが総がかりでかける儀式魔法の爆発力に近いか。だが、それだけの人数で事前に入念な準備をして魔法のイメージを共有し、膨大な魔力を一つに纏め上げるのには恐ろしく時間と手間隙が掛かる。その力がネスカによって制御されて流れが生み出されていく光景は驚嘆を越えて畏怖を覚える。こんな一瞬で可能な芸当ではない。

 

『父の心を知らず、母の愛を知らず。ただ敬虔に祈りを積み、苦悩に倒れ、絶望に沈み、されど希望の灯を消さぬ』

 

 詠唱の声が高まり、石像を包む輝きが更に強くなっていく。

 それはとてつもない現象だった。石像を包む輝きを始点にした圧倒的な光は、光の奔流などという生易しいものなどではなく、爆流や豪流という造語を掛け合わせて、ようやく表現出来るもののように思える。

 村の跡地に光で溢れ返った。風が逆巻く。まるで嵐が澱んだ空気を一掃するような凄まじくも清々しい光景だった。力尽くで呪いを破り、払拭し、薙ぎ払う降魔の矢。故にその返しの風もまた強力である。

 

「――――」

 

 宙に黄金に輝く血の六芒星に限界近くまで振り絞って注ぎ込んでいるため、活力を失くした体がやけに重く感じる

 精神を滑らかに整え、意識はただ目の前の石像達にのみに向けながら重力に押し潰されそうになる身体を必死に支え、意識に掛かる霞を懸命に振り払って血の六芒星に力を注ぎ込み、そこに描かれている構成式を強化する。

 強化された構成式に従って、宙と地に浮かぶ血の六芒星が高速で回る。

 注ぎ込まれた溢れんばかりの力が光となって迸り、石像を包み込む呪いを感知しようとした次の瞬間、ネスカの頭を雷撃のような激しい痛みが貫いた。それだけではない。ネスカの視界が数瞬の閃光に支配され、強烈な眩暈に襲われる。意識が吹き飛びそうになり、自分が存在していることすら自覚できなくなる。

 思考が加速していく。濁流のように流れこんでくる情報の数々。無限にも等しい情報が拷問の如く責め立てて来る中、必死にカテゴライズして意味あるものへと変化させることで決壊することなくとある形へと収められていく。

 力の高まりと同時にネスカの心臓が、彼個人の意思を離れた次元で駆動され、早鐘を打ち始める。既にして身体が重い。四十度を超える熱でも出しているかのように頭がぼうっとして視界が霞む。背筋がゾクゾクと冷えている。

 

「っ!?」

 

 押し寄せる夥しい量の情報が止まらず、尚も加速していく速さにネスカの脳が熱を帯びていく。容赦などない。強制的に刻み込まれていくそれにネスカは怯え、戦慄し、呻いた。

 脳が灼熱する。呪いに辿り着いたが情報量だけで人の頭脳の限界を超えている。加速する処理能力に、脳が悲鳴を上げているのだ。

 分類され、蓄えられていく情報が一定量に達した時だ。疼き、熱を持ち、かつて体験したことのない激痛が遠慮なく流れ込んでくる情報と共に一緒に脳髄を貫いていった。

 壮絶な痛覚、純粋な激痛。脳髄に赤熱した釘を打ち込み、内側から肉を抉り回すほどの痛みが全身に走ったのである。吐き出しそうな激痛に、頭の中にある器官と神経が悶え、ネスカという人格を切り刻む。脳細胞へ、一個ずつ針を刺されていくかのような感覚。

 ギリギリと頭蓋骨が軋んだ。神経が焼き切れてしまいそうだった。永劫にも感じられるほどの攻防に思えたが、実際には僅か数秒の出来事に好かぎなかったようだった。

 

「がはっ」

 

 限界を超えて稼動する脳が灼熱する。血涙が頬を伝い、鼻血が噴き出し、血の塊が喉の奥から湧き出して口を汚す。

 まるで頭の中に何十人、いや何千人に意識が問答無用に頭の中に叩き込まれているようだった。膨大な量のそれらの知識が今度は蛇となって脳内をのた打ち回る。ネスカの意識を丸呑みにし、内側から鋭い牙を立てて襲い掛かってくる。

 情報の牙によって身体の内側から食い破られていくような気がした。骨が砕けて、内臓もズタズタに切り裂かれて。自由に体が動くなら、のたうち回っていたことだろう。流れ込む情報を拒絶できないネスカの肉体は、別の方法で拒絶の意思を示した。

 

「――――があっ!?」

 

 既に限界なのに尚も流れ込み続ける圧倒的な情報量が、更にネスカの脳を揺らした。目と耳と鼻と口、顔中の孔と孔から血が流れ出し続ける。

 人の身を石像へ変えた、それも永久と名が付くほどの術式が全て脳へと注ぎ込まれているのだ。石化は半永久的なもので、神格の力を以ってからしなければ解除できない。人間の頭で処理できるものではない。

 

「があああああぁっ!!」

 

 叫びという声なき声が口から迸る。体中の神経を内側から爆砕されたような激痛に、ネスカは上体を仰け反らせ、喉が裂けんばかり吼える。喉や声帯と言った発声器官だけではなく、全身から迸っているかのような絶叫。正に痛みの叫びだった。

 脳が情報に冒されたことによって力の制御も甘くなる。最高の状態で維持していた力の制御が崩れ始め、後少しで体が爆砕してここら辺一体を消滅させるほどのエネルギーを押し留める。

 ネスカの顔色が、一気に失われていく。青色を通り越して、もはや半透明といって良い領域まで突入する。

 瞼を閉じた覚えもないのに、目の前が暗かった。息をしている感じもなくなった。だが、苦しかったのはずっとだたから、今更もう変わらなかった。

 

「……ぐえっぷ………」

 

 彼の喉は次の絶叫を放つよりも先に更なる血反吐を迸らせていた。神経が支離滅裂な誤作動を起こして全身の筋肉を痙攣させ、体が無様なダンスを演じるように揺れる。猛烈な圧力で全身を循環していた密度の力が術者自身の肉体を破壊した結果であった。

 体の内側から、何億十本という釘に串刺しにされたようだった。釘の表面からは錆びた棘が伸びており、その棘がネスカの神経を念入りに突き刺していくようですらあった。痛みのない、痛みという認識すらもはや該当しない自己の損傷に蝕まれながら、何重にも回転する痛みの中に落ちていく。既に心肺機能と神経網はズタズタに引き裂かれていたからだ。

 考えることさえ、既に億劫だ。疲れたと、ふと浮き上がったそんな感覚も消えた。闇に貪られていく。その内、今考えていることすら意味を消滅させられ、何も考えられなくなる。

 一歩間違えば経路を無視して出鱈目に暴走する一歩手前でなんとか制御しているような状態。

 苦痛の他、もう音も臭いも、光すら殆ど感覚出来なかった。世界は既に苦を盛る器だった。

 思考する暇などはなかった。激痛が人間の痛覚の感覚限界を超え、自動的にあらゆる神経系が遮断される。視覚も、嗅覚も、聴覚も、触覚も、味覚も、残らずネスカから奪い去られる。

 臨界を越えた力に蹂躙される彼の肉体は、いま人であるための機能を忘れ、一つの事象を成しえる為だけの部品、幽体と物質を繋げるための回路へと成り果てている。

 身体が上げている悲鳴。軋みは凄まじい力による損傷に、ネスカという個人の枠が決壊しかけていた。

 心が、魂が壊れて、零れていくのが分かる。理性も本能も漂白され、八つ裂きになって、ただただ翻弄されている。その軋轢に苛まれて悲鳴を上げる痛覚を無視して作業は続く。

 白目を剥いて、四肢が痙攣し、端々の毛細血管が破れて血が滲み出る。アスカの意識は既に朦朧としていた。もう無意識に行っているといっていい。何故、まだ立っていられるのかと思うほど世界が混濁している。

 一秒ごとに意識が薄れ、自分がなにをやっているのかも、どんどん分からなくなっていた。

 

(だ、め、だ)

 

 どんどん数少なっていく意識が、その隅っこでせめてもの抗議の声を上げている。

 

(だ、め、だ。だめだ、だめだ、だめだ、駄目だ)

 

 もはや輪郭すらも分からない身体を必死で捩らせる。闇に抵抗しようとする。

 無為な、一方的な叫び、それも形にならない。幼子の泣き声にさえ遠く及ばない失いかけた意味の発露だけが延々と消えていく心の中で轟きつける。

 滝壺に落ちていくように、自分が壊れていくのが分かる。硫酸を浴びせられたように溶けていくのが分かる。いや自分とは何だ。壊れるとは溶けるとは何だ何だとは何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ―――――――――と、認識が崩壊する。認識という枠からして砕け散っていく。

 肉体と魂の崩壊。その行き着く先は死すら超えた消滅だ。残留思念すらなく、ネスカという概念は完璧に消え去るだろう。

 これこそが、ネスカの編み出した解呪法の問題だった。文字通り神に挑むような作業を、ただ一人の身で解除していくことには強烈な反動がある。その代償に術者が陥る状態が常軌を逸するのも当然と言えたろう。

 ぐらり、とネスカの体が傾ぐ。

 

「―――アスカっ?!」

 

 遠く誰かの声が聞こえた。声に引き摺られるようにして、瞼に力を込める。鉛のような蓋を力尽くでこじ開けると、崩れ落ちかけた体をネカネが慌てて駆け寄って支えてくれていた。

 

「頑張って、二人とも……!!」

「しっかりしなさい! まだ終わってないわよ!!」

 

 力の嵐に流し続ける涙を吹き飛ばされて行きながら、ネカネと共に二人で突破してネスカの下へと辿り着いたアーニャが小さい体で反対から支える

 

「アデアット! 女王の冠よ、我が能力を主人へと貸し与えよ!」

 

 召喚されたアーティファクトはアーニャの頭に出現し、叫びに合わせて冠の中央にある宝玉が輝いた。

 アーニャのアーティファクトの効果が発動する。

 女王の冠は、被った者の能'97ヘを主人へと与えるという変わったアーティファクト。この場合の主人とは仮契約をしたネギであり、現在はアスカと合体しているネスカである。アーニャの能力、魔法適性と魔力がネスカへと貸し与えられる。

 今のネスカには雀の涙よりも小さな助力。それがアーニャの出来ることで彼女の全てであった。

 

「私の全てをアンタに預ける! だから、みんなを取り戻してよ!」

 

 二人とも泣いている。ネスカの痛みを共に背負うことは出来なくとも、当事者として一歩も引かずに待っていたのは彼女達も何も変わらない。

 

「……ま、だだ」

 

 他者の温もりが不思議と激痛を遠ざけてくれる。壊れた心が再構成され、一人ではないという気持ちが不思議な強さを与えてくれるかのようだった。

 ネスカはせめて心だけでも負けぬようにと歯を食い縛る。食い縛る歯が感じ取れなくても、そうすることで自分の意識を保つ。誰に教えられるでもなく、幼き兄弟達が厳しい現実に曝されて覚えた唯一の戦い方。

 

「……続け、られる……」

 

 血の泡を吹きながら言いながらも二人から離れることは出来ない。最早、ネスカに一人で立つだけの力はなかった。

 それでも再び手を石像達に向けて集中する。眠気にも似た感覚が意識を薄れさせるが、解呪法へと力を注いだ。またも脳が揺れて血が噴き出すが、ネスカは赤く染まった視界に石像達の姿を映し続ける。

 もういいじゃない、と全身から間欠泉のように血を噴き出すアスカの背を支えているネカネは声を大にして言いたくなった。

 前を向き続けるネスカの瞳に宿る透明な光に、ネカネは息を呑んだ。それはとても強く、そして限りなく優しかった。不退転の決意を見せるネスカに、顔を歪めたネカネはそれ以上は何も言えず、止めることも出来ずに大人しく引き下がった。

 もう十分に頑張った。こんなに血だらけで苦しんでいるのだから、駄目だったとしても石化した彼らは許してくれる。何もかももういいじゃないか、自分よりも大きくなった背中に顔を埋めて、幼い頃とは全く違った男の匂いを肺に入れた。

 止めて、と言って止めさせることが出来たならどれだけ良かったか。

 今は無力な幼児のように心配だけをしている時ではない。石化解呪法がネスカにしか扱えぬのであれば、少しでも彼の助けになるように背を支える。自分より大きい背中は、弱くて守られるだけの存在だった少年はもういないのだと思い知らされた。

 

「頑張って! 頑張って……!」

 

 ならば、せめて送り出そう。それだけが自分に出来ることならばと背中を支え続ける。

 

『我ら愚かな人なれば、罪を重ねる哀れな愚者なりて』

 

 何度も血を吐きながら、やがてネスカの顔つきが変わり出す。いっそ安らかと言ってよい忘我の表情は完全に目の前の事象に集中し始めた兆しだ。

 

『されど例えどんな昏い道を歩むとしても、果てに後悔はない』

 

 詠唱を続けるネスカの全身を煌めきが覆い、様々に色彩を変化させる光は地面を伝播して石像の足下へと至る。一端、地面で渦を巻いていた六芒星が、ゆっくりと石像を伝うように空中へと立ち上がり始めた。同時に空中の六芒星が地へと降り始めた。

 上昇する六芒星と下降する六芒星がぶつかって、再び一つとなると共に石像達に変化が現れる。万色の煌めきに蝕まれ、揺らぎだした。

 石化したまま永遠に存在し続けるはずだった姿が不定形に揺らぎ出している。

 

『闇を照らす月となって、この困難なる道を照らさん』

 

 ゴボリ、と再び唇から血が溢れた。負担によって内臓が軋み、気管へ熱い血を逆流させたのだ。体の内から骨の折れる異音が次々と聞こえようとも、それでも言い尽せと血に塗れた口を開いた。

 

『この魂を捧げ、悠久なる呪いを解き放つ』

 

 どうして、と自らの行いに疑問を呈して答えは最初から決まっていた。

 

『ああ、どうか主よ―――――』

 

 言えなかった言葉を、今度こそ自分の人生を始めるために。

 

『――――我らに祝福を(キリエ・エレイソン)!!』

 

 魔法名が唱えられた瞬間、今までを遥かに超える光が爆発した。

 

「元に戻れぇえええええええええええええええ――――――――ッッッッ!!!!!!」

 

 最後は言葉に全ての想いを託して、ただ激情のままに叫ぶ。

 六芒星は爆発を起こしたかのように光を撒き散らし、上空を覆っていた雲を木端微塵に破壊する。空を貫いた眩いまでの光の乱舞は、大気を震撼させる轟音と、照らすのではなく一時的に世界の色を塗り潰し、内に取り込んだ者に傷一つ、僅かな衝撃すら与えず、ただその者に宿る特定の呪いだけを根こそぎ奪い取る。

 ふっと全てを見届ける前にネスカの視界が暗くなった。ダメだ――――ネスカは必死に意識を繋ぎとめようとするが、合体が解けて別たれた二人の内の一人であるアスカは体に力が入らず、熱い泥に吸い込まれるように意識が薄れていく。

 

「アスカ!」

 

 落ちていく。誰かの声が耳元で叫ぶ。

 次に気がついた時には瞼は開かないがネカネが自分の膝に己を抱き地に座していると分かった。

 

「馬鹿、こんなに無理して」

 

 彼女は生気の消え去ったアスカの頬を撫でながら、そっと語りかけていた。

 

「………………」

 

 流した血の分だけ命を失ったようなアスカは何も答えない。ネカネが眼を伏せると、一滴の涙がアスカの頬に零れ落ちた。アスカの乾いた頬に、ネカネの涙が染みてゆく。すると、微動だにしなかった彼の眼が薄らと開いた。

 ネカネを認識したアスカは笑おうとするが、彼は口からゴポリと血の塊を吐いた。

 

「ぐっ………。ぐはっ、かはっ、っく」

 

 アスカは苦しげに咳き込みだす。また吐血。折れた肋骨か胸骨かが内臓に突き刺さったか、内臓の一部が破裂したか、どちらにしても命に関わる重症だ。ぜい、ひゅう、と、出来の悪い笛のように鳴る喉を広げて、なんとか呼吸をする。眼は落ち窪み、血の気の失せた膚は白蝋のように青褪めている。呼吸は鞴のように荒い。

 アスカが光のない目で横を見れば何時の間にそうなったのか、のどかがネカネと同じようにネギを膝枕している。その身体の損傷具合は基礎体(ベース)となっているアスカの方が酷い。

 

「…………」

 

 他にも幾人が駆け寄っている二人が心配なのにアーニャの眼は別のところを見ていた――――――――さっきまで石像があった場所を。

 

「…………もしかして、アーニャ、アーニャなの?」

 

 懐かしく聞いているだけで泣きそうになる声が、もうボロボロと泣いているアーニャの耳朶に届く。

 夢ではない。幻想でも、幻でも、ましてや神様が気紛れに起こした一時の奇跡でもない。確実にそこに存在している肉感のある声が訝し気に、六年の間に成長した娘の存在に逸早く気づいた彼女の母親が確かにそこに人の質感を取り戻してそこにいた。

 母親だけではない。隣に立つ父親も、周りの皆も誰一人の例外なく、永遠の呪いから解き放たれていた。ネスカは確かにやり遂げたのだ。

 

「お母さん! お父さん!!」

 

 認識よりも早くアーニャは走った。この世でただ一組しかいない自分の両親の下へ走り、その胸の中へと飛び込んだ。

 固く冷たい石などではない、生きていることを実感させる肉の温かさがアーニャの感情を爆発させた。

 

「会いたかった! ずっとずっと会いたかった!! ああああああああ――ッッ!!」

 

 この世で無二の母の胸の中で泣いた。人生で初めて言うほどに大きな声を出して、誰に聞かれても構わない程に大声で泣く。

 溢れ出す心を抑えきれなかった。ここに至るまで沢山辛いことがあった。息が出来ないほど苦しかったこともあった。逃げ出したいと思ったことなんて山ほどあって、どうしようもなくただ耐えなければいけなかった日々があった。それでも歯を食いしばり、何時かは、やがて何時かはと、そうしてまで頑張ってきたのはこの瞬間に辿り着く為に。

 

「アーニャ……」

 

 母親も全てを理解できたわけではない。ただ、強くしがみ付いてくる娘の激情を受け止めて優しく抱きしめる。

 父親も全てを理解できたわけではない。彼の認識では今まで見たこともない感情の爆発を見せる娘を慰めるように妻共々に抱き締める。

 

「あああああああああああああ………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!!」

 

 嘗て感じていた両親の温もりに全身が覆われて、更にアーニャの涙声が大きくなった。

 アーニャの声が夕陽の向こうへと消えていく。斜陽に照らされて空も地も自分達も全てが優しい茜色に染まり、意識が途切れ途切れになっていたアスカはその光景を見て満足そうに血化粧に染まったまま薄く微笑んだ。

 泣く少女と、幼馴染を抱きしめる彼女の両親。その後ろには村の皆が優し気に見守っている。この光景を見る為に、この光景を見れただけでアスカには命を懸けた価値を見い出せた。世界はこんなにも美しいのだと改めて感じる。

 風すらも暖かい茜色に染まる中でアスカの邪魔をする者はいない。魂を削るほどの仕事を成し得たのに、その喜びを噛み締める機会を奪うわけにはいかなかった。まして彼にはもう一つ、やるべきことが残っていたから。

 自分のやるべきこと。自分の責任。始めたことを終わらせるという、この少年にとっては当然の在り方。

 

「…………ありがとう」

 

 と、掠れた小さな声でアスカは言った。

 ネカネに言ったのかもしれないし、石化が解けて状況が分からぬが血だらけのアスカ達の様子を怖々と近づいてきていた村人達に言ったのかもしれない。

 

「ありがとう。…………本当に、ありがとう」

 

 意識が途切れかけているアスカは礼を述べ続ける。

 八割方飛んでいる意識の中で、なんて言葉が足りないのだろうとアスカは思った。もっと真面目に勉強していれば、こんな時に言えることも変わったのだろうかと意識の端っこで考えが浮かぶ。

 いや、やはり変わらないだろう。感謝を伝える方法など、結局は一つしかない。形はどうあれ、誠心誠意を以て礼を述べるという、その一つだけしかない。だから、言葉を重ねることで、アスカは自分なりの感謝を表現した。

 そして意識が途切れる。満足そうに微笑んで、為すべきことを成せたアスカは誇らしげに眠る。魂の奥底まで疲弊していたアスカは、底なし沼のような深い眠りに引きずり込まれていった。その寝顔を膝枕しているネカネは見下ろしてポタリと一粒の涙を落とした。涙がアスカの頬に落ち、血と混ざって流れていく。

 

「みんな、ネギとアスカを褒めてあげて」

 

 六年前と何も変わらず、変わってしまった自分達を呆然と見ている村人達に、ネカネは膝の上に頭を乗せているアスカを微笑して見つめた。

 

「六年、みんなが石になってからずっと頑張ってきたの。褒めてあげて、よくやったって」

 

 それこそが命を懸けてまで皆を取り戻したかった少年達が望む褒賞なのだと、自らもまたポロポロと涙を流しながら安らかに眠るアスカの頭を撫でながらネカネは言った。

 

 

 

 

 

 今、長い長い旅が終わりを迎えた。

 悲劇から始まった旅路は決して容易いものではなかったけど、少年達と少女は同じ終着点を目指して走り続けた。ゴールはとても遠くて、その道のりで何度も諦めてしまいそうになりながらも遂に辿り着いた。

 旅路を終えた少女はその身の丈に合わぬと思っている重い荷物を脱ぎ去って両親の温もりに包まれて幸福の中で眠り、少年達は次の旅路に向けて英気を養うために眠る。目的地が同じでもここをゴールとした少女は旅路を終えて家へと帰り、少年達は当初から決めていた通りに別の旅路へと立つ。

 少女は旅を終え、少年達は新たな旅へと立つ。その僅かな時間、道は別たれても今だけは喜びと安息の時間に沈む。

 

 

 

 

 




こういうのも原作キャラ死亡になるのでしょうか? 必要ならばタグを追加します。


タイトルの、旅を終えたのはスタンかもしれないし、アスカ・ネギ・アーニャだけでなく、ネカネにとっても、校長にとってもそうかもしれない。もしかしたら石化されていた村の人達もかもしれない。



旅を終えた後に休んで、新たな旅に出る者と、そうでない者。彼らの道は別たれる。それは旅を始める前から分かっていたことだった



次回、『第62話 ターニングポイント』





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