魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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第77話 想いを継いで

 

 

 

 

 

 舞台が変わり、時は遡る。

 光と影、影絵と切り絵、暗転する劇場、クルリと変わる万華鏡。回る回るメリーゴーランド。カレンダーは逆向きに捲られ、太陽が西から東へ巡り出し、大人は子供へ、子供は生まれる前へと巻き戻る。何年も何年も戻って行く。

 それは二十年前。魔法世界にて紅き翼と呼ばれた集団が、その名を世界に轟かせていたその時。平穏な日常のルールが打ち捨てられ、新たなルールを力ある者が作り出す時代。英雄の時代、或いは強者の時代だった。

 人は己と己の世界を守るためにいがみ合い、殺し合い、また不幸を呼び込む、世界には苦しみが満ち溢れていた。

 大切な人を失えば、人間は怒りを覚える。不幸に対して無力ならば、うちひしがれる。人には自分と自分が属する世界を守りたいという気持ちがある。友人、大切な人、家庭、主義主張、信念、理想、宗教、世界、そして未来。ギリシャ神話のパンドラの箱が開けられた後のような、混乱と悪意と戦乱が渦巻く世界だ。どこに希望を見出せるか分からない時代だった。

 

『明日世界が滅ぶと知ろうとも諦めねぇのが人間ってモンだろうがッ!!』

 

 唐突と語られる最も新しき英雄譚。

 

『人間を舐めんじゃねぇ――――――ッ!!』

 

 大袈裟とは思わない。ナギ・スプリングフィールドにはそれだけの価値があり、紅き翼の面々を英雄を呼んでも問題の無い能力と実績を残したのだから。

 

「こうしてナギ・スプリングフィールドは敵の首魁を倒して戦争を終わらせました。他の誰であっても真似の出来ない偉業で、彼は正しく英雄としか呼びようのない人物です」

 

 黄金の時を記憶から掘り返すように、クルトは心の底から笑っていた。まるで演説だった。両手を広げて見えない群衆を相手にするみたいに、クルトは語る。熱が入るほど、忍び寄ってくる影の気配も濃くなった。

 

「―――――でも、真に世界を救った女王を救えなかった」

 

 と、彼は言った。

 

『よろしいのですね? 女王陛下』

『よろしいハズが……ないッ』

 

 女王は己の国よりも世界を優先した。世界が無ければ国は存在しえないと知っていたから。

 

「アリカ様は世界を滅ぼす黄昏の姫巫女の反魔法場を姫巫女ごと封印することで世界を救いました。その代償として自らの国を滅ぼした。そうしなければ世界が滅んでいたから」

 

 例え勇者が魔王を倒しても、世界は平和になどならない。

 確かに多くの物語は魔王を倒した後にフィナーレを迎える。世界中が平和の訪れを喜び、誰もが笑顔を浮かべている幸せな結末が通例だ。だがそれは、都合の良い部分にだけカメラを向けているからに過ぎない。

 エンドロールが流れて笑顔で手を取り合い、空を見上げる主人公達の向こう側では、何時だって戦いの爪痕を残したボロボロの世界が広がっているのだから誰もが事実から眼を背けて酔いしれる。

 物語だから、感動したから、都合の悪い光景は欠片も映らない。魔王を倒して直ぐに手に入れられるのは表側だけのハッピーエンドでしかないのだ。

 

『ですから、このように我が民の窮乏を訴えているのです!! 彼らの多くは難民となり、貧苦に喘いでいます!! 彼らの犠牲あってこその現在の平和!! せめてもの援助を……』

『畏れながらアリカ陛下。陛下を逮捕します。父王殺し、及び完全なる世界との関与の疑い。またオスティア周辺の状況報告について虚偽改竄の疑いが持ち上がっています』

『ふふ、浅はかなことをされましたな、陛下。我らの情報機関を甘く見られたようだ』

『主らどこまで…………恥を知れ』

 

 そうして二十年前も、彼らは事実を隠蔽した。

 世界を統べる彼らを否定する方がまともでないから、世間も常識を否定するような世論を進んで起こそうとはしない。そんなことをすれば傷つくのは自分達だから。みんな否定されたくはないし、自分は正しいと思いたい。

 英雄である紅き翼も、世論を動かしてメガロメセンブリ元老院を裁くことまでは出来なかった。彼らは武の英雄であって、出来ることは破壊することだけだから。

 

「逮捕・拘束されたアリカ女王は即座に二年後の処刑が決定しました」

 

 クルトの声は、あくまで冷たい。まるで凍り付いた炎だ。

 激しい気性を秘めながら同時に制御する理性をも併せ持っている。その矛盾をさしてカリスマと呼んでも良いだろう。人の上に立つ者に欠くべからざる宝石の如き稀な資質。

 

「父王を殺し、自らの国を滅ぼした彼女は何時しか災厄の女王と呼ばれ、彼女の味方を名乗り出る者は一人もいなくなってしまいました。本当に世界を救ったのは彼女だというのに」

 

 その間にも映像は流れていく。

 連合再辺境のケルベラス無限監獄に収容されて二年が経ったアリカに生気は無い。無理はない。民衆の怒りを鎮める贄と捧げられた乙女の末路など誰の目にも明らかだったからだ。そして彼女はその事実を諦めと共に受け入れている。

 こうして世界を救った女王は、世界平和の礎として処刑されるはずだった。

 

「処刑は未然に防がれました。ナギを始めとした紅き翼の手によって」

 

 英雄譚の語られなかった結末。

 描かれなかったヒロインを、真に世界を救った女王を救う為に二年の間、ずっと耐えていた英雄は嘗ての約束を果たす為に、そしてただ一人の女を手に入れる為に戦った。

 結末は誰が見てもハッピーエンドだった。女王はその荷を英雄と分け合い、一人の女として生きていく。ああ、これ以上とないハッピーエンド。

 

「本当にハッピーエンドだと思いますか?」

「……っ」

 

 父と母の物語に見入っていたアスカの呼吸が止まった。クルトが何を言いたいのか察しがついてしまったからだ。だが、分かるべきではないと、心のどこかが訴えている気がして表層に現われた。

 

「ハッピーエンドでいいじゃねぇか。二人は生きて、そして俺とネギが生まれた。これ以上のことはないだろ」

「確かに私人として見ればそうでしょう」

 

 クルトはあっさりとアスカの言を認めた。

 

「ですが、公人として、亡国の女王としてはどうでしょうか? メガロメセンブリア元老院の虚偽と不正は正されていない。何よりもアリカ様の名誉は地に落ちたままだ」

 

 事実を受け止め、理解させるのに十分な間を置いて、クルトが改まった声を付け足す。それも計算ずくの声とアスカには思えたが伏せた顔を上げるには至らなかった。

 

「ナギは一般からの支持は揺るぎませんが、アリカ様を庇った咎でメガロは秘密裏に懸賞金をかけています。なにより魔法世界人から恨まれているアリカ様は生きていると知られるわけにはいかず、日の当たる場所で誰に憚ることなく生きることが出来ない。影に暮らし、影に生きる。真に世界を救った彼女がこんな生活を強いられていて本当にハッピーエンドだと言えますか?」

 

 沈鬱な調子でありながら、その口調がアスカのささくれた気分を逆撫でする。何故かアスカはクルトが口にする一言一言が癇に障るのだ。発せられた言葉の全てに何となく裏があるように感じてしまう。

 

「私に協力してくれないか、アスカ君。君は、君が思っている以上に価値のある人間だ。君の協力があれば、アリカ様の名誉を回復できる。それだけではなく、元老院の虚偽と不正も正すことが出来るのです。君こそが真実を告発するのです」

 

 流石に顔を上げ、クルトを睨みつけたアスカは、直ぐに視線をずらした。この男は姑息だ。自分の意見を押し通すためなら、人の弱点に付け込むのにも躊躇がない。反感を新たにしたアスカを尻目にクルトは静かに言葉を重ねる。

 

「それこそが彼らの息子たる君の役目ではないでしょうか」

 

 爽やかな微笑の裏には、勝利を確信した者だけが放つ底意地の悪さが秘められている。

 青い瞳が、奥底まで射抜く光を宿してこちらを直視する。言い方に予想外の重力を感じたアスカは、我知らずに握り合わせた自分の拳に目を落とした。

 探るような視線を寄越すクルトをちらと見返し、端整に過ぎる眼前の顔一つを見据え直す。

 

「協力とは何だ? 俺に何をさせたい。元老院を告発するだけなら俺は必要ないはずだ」

「ああ、簡単な話です。君に魔法世界の、火星の王となってほしい」

「王、だと?」

 

 信じられぬ言葉にアスカが身じろぎする。

 アスカは目の前の男がいよいよ分からなくなってきた。不意を打たれた気分で口を閉じた。

 

「君は既に知っているはずだ。この滅びに向かう世界のことを」

 

 セラスの危惧通り三国会談の場を盗聴でもしていたのか、アスカが世界の真実を知っていることを前提に話し始める。

 

「力持つ者はそれに見合った舞台で戦うべきです。君の父君は前大戦の後の十年間、身を粉にして尽力しましたが世界は未だ理不尽に満ちています。種族差別は消えず、強き者は弱き者を搾取し、弱き者は強き者を妬む。世界は辛うじて存続していても救われてなどいない」

 

 語るクルトの声は穏やかでありながら、その声音には割って入ることを許さない強圧さがある。

 

「放っておけば、いずれ世界は破滅への道を辿ることになるでしょう。我々には既に英雄はいない。民衆に与えられた物語とは別の理由で、我々は今こそ英雄を欲しているというのに。だが、私は諦めなかった。戦い続けた。方法を模索し続けて来た。そして見つけたのです、君を」

 

 ノア計画、帝国移民実験。脳裏でそれらの単語が飛び交い、やがては無為に消えていく。

 

「英雄に世界を救うことは出来ない。人にその領分はないのです」

 

 大国が半ば諦めている問題をあっさりと切り捨てたクルトは大仰に腕を振るう。

 

「誰もが救われる絶対解はない。滅ぶことが運命であるならば、その後のことを考えなければいけません」

 

 国の政治に関わる政治家として当たり前の想定をしなければならないクルトは、いっそ割り切り過ぎなぐらいに未来に想いを馳せる。

 

「メガロが計画しているノアの箱舟は完成したとしても果たして他種族、他国家が共存できるか。今も消えない大国の溝を見れば、その未来は誰の目にも明らかです」

 

 二十年前に大戦は終わろうとも世界は危ういバランスの上で、辛うじて平衡が保たれている。今の平和はメガロメセンブリア、ヘラス帝国の両大国は先の大戦で被ったダメージから回復することを先決とした仮初の平和に過ぎない。

 降り積もった遺恨を消しようもない国家上層部はそうでも、国民末端には平和を甘受しようとする気持ちがある。誰も好き好んで戦争をしたいとは思わない。

 争う切っ掛けを失くした和平の仮面の下で申し合わせたように互いに手出しを避けてきた。先の処刑されたはずの災厄の王女の息子が現れるなんて極大の刺激を与えたら、この平和は一気に崩れ落ちる。

 

「真に世界を救った女王、大戦を収めた英雄、その二人の息子である君が王となれば誰もが従う。女王の真実によって求心力を失う両国政府の上に立つ王にね」

 

 だが、その前提も災厄の王女こそが世界を救ったことが知れればひっくり返る。

 

「俺にはサウザンドマスターのようにも、災厄の女王のようにもなれない。二人の息子だからって変な期待を持たれても困る」

「いやいや、君にしか出来ないことなのです。でなければ、わざわざこれほどの手間をかけて君を呼んだりはしません。失礼ながら、例え二人の息子といっても、ただの少年である君などをね。しかし、ただのではない。ノアキスを救い、英雄ジャック・ラカンを打倒し、偽物のナギを打ち破った君はご両親の名が無くとも民衆に認知されている」

 

 否定に返って来た返事は、アスカが考えていたものとは全く異なっていた。

 

「大衆は常に英雄を求めている。古き英雄を越えた、最も新しき英雄アスカ・スプリングフィールドを」

 

 最後の言葉は、間違いなくアスカに向けられていた。思わず後ずさりそうになるほどの、狂気とも憎悪ともつかない色が青い瞳に澱んでいた。どだい、言動の全てが演技と思える得体の知れなさが、このクルトにはある。

 

「アスカ・スプリングフィールド。我々は英雄を失ったが、しかしここに嘗てを超える英雄を得た。英雄の忘れ形見であり、父親と同じく民衆に選ばれた存在となった君を。世界最古の王国の末裔であり、真に世界を救った女王の息子である君の下でならば魔法世界も纏まる」

 

 あの日と同じ故郷が燃え落ちていく篝火に照らされて地面に伸びるクルトの影は微動だにせず、今やそこに焼き付き、容易には拭い去れない染みとなった風にも見えた。

 

「私の名誉にかけて最善の努力をするつもりです。この身、この魂を捧げて王となった貴方へ尽くす所存です」

 

 クルトの言葉には、真摯なものがあった。けして目下に向かうような態度ではなく、対等な相手を説得しようとする誠実な姿勢。

 

「今度こそ世界を導いて下さい、アスカ・スプリングフィールド。君こそが新たな世界への道を指し示すのだ」

 

 真摯な、しかし鋭い光がクルトの目に宿り、気圧された胸の底を騒めかせた。

 そしてもう一度、アスカの視線の先にいるクルトが甘やかな声を響かせる。

 

「――――さあ、返答を。我らが王よ」

 

 嘯くクルトの表情には、相応しい稚気が横溢していた。飛び切りの玩具を目の前にした子供のようにも見えた。

 最善の道、未来へ通じる道―――――脈絡のない言葉が頭の中で渦を巻き、膿み、崩れ、意味をなくしてゆく。どうすれば正しいのかという思考すらなく、空々しいだけの言葉がドロドロと混じり合い、空になった頭蓋の中で行き場なく滞留した。

 

「とはいえ、母の名誉回復だけでは君自身に帰る報酬がない。それはフェアではない」

 

 自身に満ちた声は、決して大きくなどないのに腹腔に染み入るように響いてくる。

 

「さしあたっては…………六年前、この光景が生まれた原因。そしてアリカ様を陥れた首魁、その首を差し出しましょう」

 

 ひどくゆっくりとした、独特のリズムの言葉はどこか催眠術にも似た響きを奏でながら必勝を確信した笑みでアスカにとっての爆弾を落とす。

 

「な、に――っ!?」

「彼らを此処へ」

 

 驚くアスカを置いて背後を見遣って誰かに言ったクルト。

 額の奥で重い物が脈打っている間に少年執事に追い立てられるようにアスカの前に引きずり出されたのは、対照的な二人の人物。

 ガリガリに痩せた眼光鋭い老人と、その真反対に醜く太った卑屈な目をした中年の男の二人は、揃って何も話せないように口枷を付けられ、両手を背後に回して拘束具をつけられている。

 少年執事に追い立てられるようにしてアスカの前で跪かされ二人。

 老人は何かを覚悟したかのようにアスカを見つめ、中年の男はみっともなく逃げようとして拘束具に仕込まれているらしい雷撃を浴びて倒れた。

 

「君から見て左側がアリカ様を陥れた男です。そして右側の醜い男が周りに唆されて君の村を襲わせた男。どちらも元は元老院議員ですが、今はその地位を剥奪されています」

 

 あくまで穏やかな声が、真綿の感触を以って心身を縛り付けてゆく。この世に悪魔がいるとしたら、こんな声で囁くのかもしれない。不気味なまでに静かな青い瞳に射竦められ、気圧されているのを感じた。

 

「言っておきますが冤罪ではありませんよ。証拠は此処にあります」

 

 後ろに拘束されたままアスカの前に引き釣り出された二人から少年執事が離れると、クルトは腕を振るう。その動作に合わせるように画像・動画が空中に幾つも投影される。

 

「――!?」

 

 その全てを見て決して虚偽ではないと判断したアスカは、服の襟を引っ張って隙間を作り氷の塊を背中に落とされたような悪寒が走った。 

 クルトは春の到来を思わせる爽やかな笑顔なのに、周囲の気温が下がっていく。

 

「さあ、我らが王よ。罪深き彼らに処罰を」

 

 柔らかな笑みだった。どんな重いものでも背負ってしまいそうな、包容力に満ちた笑顔。

 信じるなら、このような笑みを湛えた者にすべきだろう。そんな風に思わずにはいられない落ち着きと頼もしさを兼ね備えた表情だった。

 

「処罰だって?」

「そのご老人の思惑によってアリカ様は世界中の憎しみを背負わされ、真実を捻じ曲げられたことによって、本来ならば称えられるべき人を大罪人に仕立て上げた罪。真に世界を救った女王に対して、これは決して許されるべきではありません」

 

 一瞬とはいえ、こちらが間違っているのではないかと疑わせる目と声で吐き捨てるように言ったクルトが次に中年の男を指し示す。

 

「そしてこの男はもっと酷い。君達の村を襲わせたのも、アリカ様の子供がいることが世間に知れれば処刑が為されなかったこと、隠していた真実が明らかになって権力の座を追われることを恐れた。更には職権濫用は言うに及ばず、亜人売買や殺人、その他諸々と数え上げれば切りがない。調べれば余罪はもっと出て来るでしょう。生きているだけでも万死に値する」

 

 本物の嫌悪に満ちた目で中年の男を見下ろしたクルトは、やがて見ているだけでも目が穢れるとばかりに視線を切った。

 

「ただ妬み、恐れ、保身の為、数多の罪なき者を陥れている。決して許せることではありません」

 

 言葉面と違い、クルトの口調に責める色はない。ただ、事実を突きつけていると感じさせる、本当にそれだけの弁舌だった。

 

「二人は元老院議員だったんだろう。メガロの組織的な関与はなかったのか?」

「ない、とは言い切れませんが総意ではありませんでした」

 

 間を置かずに重ね、クルトは体全部をアスカに向けた。

 

「アリカ様のことに関して言うならば、あの時に生きている全ての者が同罪と言えるでしょう。帝国もまた紅き翼と行動を共にしたテオドラ王女の言を信用せず、他の国々同様にアリカ様が全ての原因であるとした元老院に同調した。それだけこの男が偽造した証拠が動かしようもなかったのは事実です。諸悪の根源。その元は正すべきです」

 

 束の間だけ目を閉じて当時のことを思い出したその顔にあらゆる感情が過ったが、再び瞼を開けた時には変わらぬ表情を浮かべている。

 

「王よ、裁定を」

 

 クルトの口調は澱みがない。強い信念を持っている者だけに許される言葉の力を持っている。

 アスカは促され、黒棒を呼び出してその手に握る。

 

(みんな……)

 

 脳裏を過ったのはあの日に命を落とした者達、人生を狂わされたネギやアーニャやネカネといった関係者たちの顔だった。

 憎しみがないはずがない。ずっと怒りを抱えていて生きて来た。

 

(王、裁定、復讐か)

 

 怒りをぶつけられる相手を前にして、何故かアスカは空虚感を抱いている。

 憎しみはある。怒りはある。だが、その全てが今は遠い。

 あの日の悪魔であったヘルマンと戦い、打倒しても心が晴れることはなかった。復讐を成し遂げたところで戻ってくるものはなく、一時の爽快感の果てに去来するのは空虚感だけである。

 

「俺は、斬らない」

 

 怒りや復讐を表明するでもなく、アスカは仕方なさそうに溜息を吐いて一度は振り上げた黒棒を下ろす。

 

「クルトの言うことは真実だろう。正しいのだろう。だが、俺はアンタらを斬らない」

 

 言って、アスカは強く拳を握った。

 決意を新たにする。自分の、自分だけの消えない炎を胸に宿す。

 既に多くの者達が間違いを犯したかもしれない。だが、その間違いを遣り通したって、やっぱり何も残りはしない。今すべきは間違いを認め、それを無意味にしないことだ。残された者がその意思を失わないなら、希望は失われない。

 

「怒りはある。憎しみはある。でも、感情のままに振舞っては獣と一緒だ。俺はアンタらを裁かない。人として、生きる者として、社会の罰を受けろ」

 

 ゆっくりと、顔を上げる。アスカにもこの決断は苦渋のものだった。

 自分の手で裁きを与えられたらどれだけ楽だろう。どれだけ心がスッとするだろうか。だが、その考えこそが目の前の男達と同類になることを示している。そんなことはゴメンだった。

 それは後悔しないための答え。今までの人生で味わって来た、怒り、悲しみ、喜び、傷ついて得てきた自分の体で覚えたアスカの出せる精一杯の答えだった。

 

「なにを……」

 

 煉獄を思わせるこの空間が、今まさに王を迎えた王の間のようにも見え、クルトは息を呑んだ。

 

「アリカ様の無念を晴らさないというのですか」

「論点を摩り替えるな。お袋のことに、王になることとか、こいつらに裁きを与えることは関係ない」

 

 眉間に皺を寄せて不機嫌さを見せるクルトに先程までの余裕はない。

 掌で踊っていた哀れな操り人形が突如として自らの意思を持って動き出したかのように苛立っている。

 

「この会話も映像も全て世界に流れています。冗談でやっていることではないのですよ」

「冗談でこんなこと言うもんか。俺は正当な裁判の上で、法律に乗っ取った裁きを求める。独善と私怨で人を裁いたらコイツらと何が違う。俺はコイツらと同類になるのは真っ平だ」

 

 ノアキスで個人で動いて国相手に何も出来ず、そのアスカを救ったのも国だった。

 大多数の民意は無視できない。嘗て彼らが扇動して母アリカが罪を背負わされたように、アスカは彼らの詳らかにされた罪が公の場で裁かれることを求めた。せめてもの意趣返しである。

 これで彼らが社会で裁けぬ悪ならばアスカが手を下すが、現実はそうではない。これだけの証拠が揃っていてアスカが手を下すのは私刑と変わらない。それは獣の所業だ。

 

「お前と手を組む気もない。汚いやり方で人を操ろうとする今のお前のやり方は好かない」

 

 気に障るのは、その完璧すぎるクルトの自己演出だった。常に相手の瞳に自分を映し、その者が求める姿を読み取りながら利用しようとする。傲慢な者でなければ、こうも徹底して他人を物扱い出来るものではない。

 怜悧な策士を演じる一方で、この男はどこか幼い。少年染みた理念と怨念を身の裡に抱え、大切な物を過去に置き去りにしたまま歳を重ねてきたように思える。人を語りながらも人を信用しておらず、信用しようとすらしていない。

 大人になりきれずに大人になってしまった印象をアスカに与えた。

 

「…………馬鹿馬鹿しい。あの人の息子だと思い、期待し過ぎた。所詮、遺伝子で受け継がれる物だと知れているということか。分かっていたはずなのに」

 

 侮蔑の念を込めて、クルトは吐き捨てた。

 アスカの答えを聞いて後ろを振り返った前ダールスト議員の目が、そら言ったことかと言わんばかりだった。

 

『事態は君の思う通りに進むとは思わないことだ。私のように予想もつかないところで足を掬われることもある』 

 

 二人を捕らえた時に前ダールスト議員に言われた言葉通りの展開になった。

 チェックメイト寸前でキングが裏切り、敵側についた心持ちでアスカと相対する。

 

「教育をしてあげます。死にかければ私の言うことも聞くようになるでしょう」

 

 かつては自分も、こんな若々しい情熱のままに行動していた。自分にもこんな時代があった。ただ我武者羅に、明日と理想と世界を信じていた頃があった。だが、年月を重ね、精神の尖った部分は摩耗して滑らかになっていった。それは成長の証のはずだが、未来を切り開くのは何時だって、成長と共に失われていく激しい心だ。

 しかし、この事実を今のクルト・ゲーデルが認められるはずもない。

 

「やってみろ!」

 

 互いに刀と剣を手にして戦う。そうすることでしか二人は意を通せないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四方八方が無限に広がる空間を結界空間のような世界であるアーティファクト・無限抱擁の中で強大なエネルギー同士が炸裂している。

 この空間が現実と隔絶した異空間であることは幸いだった。もしも、これが新オスティアの総督府だったなら余波だけで総督府自体が壊滅していたかもしれない。

 この二人が撒き散らす破壊は、あまりに桁外れだった。

 二人の男。ジャック・ラカンとフェイト・アーウェンルンクス。二つの力が正面から激突し合い、この惨状を為しているのだった。

 

「はっ!」

 

 噴水の如く流れる血潮を、寧ろ誇るかのようにジャック・ラカンは笑う。

 真っ白な鋭い歯を剥き出しにした顔は、凶暴な野獣か無邪気な子供だ。ずっと我慢をさせられていた遊びをやっと許されたかのように、超大なパワーが込められた拳を思いきり振るう。

 直径百メートルはあろうかという爆発を避けるようにして距離を取ったフェイトはラカン以上の傷に膝をついた。

 

「こりゃ、やっぱ俺の勝ちじゃねぇか」

 

 戦う前に言っていたようにラカン有利に戦闘は続き、このまま続けても結果は見えていると膝をついたまま言われたフェイトに必死さはない。寧ろ何故そこまでラカンが戦おうとするのを不思議そうにしていた。

 

「やはり、分からないね。どうしてあなたがそこまでして戦おうとするのか、抗おうとするのか」

「あん?」

「この世界の真実、魔法世界人である自身が幻想に過ぎないと知らないわけではないだろう?」

 

 フェイトは片目から涙のような白い血を流しながら心底分からないとばかりにラカンを見る。

 

「ナギの野郎から聞いてるぜ。魔法世界が人造異界でそう遠く内に滅びることも、俺達魔法世界人が幻想に過ぎないこともしっかりとな」

 

 自らの血に塗れた顔で、あっけらかんと語る。

 

「なら、何故抗おうとする? 何故、僕の邪魔をする? 無駄に苦しみを長引かせていると何故気づかない? 絶望に沈み、神を呪うもおかしくはない真実だ。事実これまでに僕が見てきた者は皆そうだった。真実を知って尚も何故あなたはこの意味なき世界をそんな顔で飄飄と歩み続けられる?」

 

 その顔があまりにもなんでもなさそうだったので、ついフェイトは訊き返してしまった。

 すると、ラカンの表情が変わった。

 

「なんだ。テメェ、んなこともわかってなかったのかよ。真実? 意味? んなことは俺の生には何の関係もねぇのさ!」

 

 一瞬呆気に取られたような表情を浮かべ、ニッと笑い言葉を続ける。

 

「それに」

 

 カッカッカッ、と快活に笑ったラカンは表情を引き締めてフェイトを見据える。

 

「期待してるのさ」

「期待?」

「アスカなら俺達に出来なかったことをやってくれるんじゃないかってな」

 

 ラカンは笑っていた。戦いの最中とは思えぬ、ひどく柔らかで、どこか困ったような顔。その笑みには少しだけ苦いものが混じっていた。本当は自分達がしたかったことを託さざるをえないことが悔しいのだ。

 

「英雄だとか何だとか、偉そうな名前ばかりをつけられて、でも結局俺達には出来なかったことを、やってくれるんじゃないかって期待してるんだよ。だから…………」

 

 左肩から流れ続ける血のように、ラカンは止どめなく告白する。

 

「だから、俺はお前と戦う。拭き残しを拭きに来ただけじゃねぇ。友達(ダチ)の為にテメェを倒す」

「…………やはり分からないね、僕には」

 

 フェイトはラカンのこの戦いにおける決意を耳にして一瞬、膝をついている地面を見下ろして何かを想起した。

 そして失望の表情を浮かべながらビキビキと軋む体を押して立ち上がったフェイトは、とても人形とは思えぬ暗い瞳でラカンを見る。

 

「所詮は幻想だ。僕自身はあなたの力に敬意は表しよう。その強さを本物と言っていいのかバグなのか分からないけれど、勝つのは僕だ」

 

 そう言って虚空から出したのは球儀のようなものが先端について杖であり鍵のようなものを握る。

 

「あなたの方が強いことは分かっていた。だから、対抗できない唯一の力を使わせてもらうよ」

「させねぇよ!」

 

 杖が姿を見せた瞬間から背筋に走る悪寒に従って、ラカンが攻撃を放とうとした瞬間に世界が切り替わった。

 二人の戦いでボロボロになった無限抱擁の空間が一転して、辺り一面に花が咲き誇るラカンにとっては見覚えのある草原に。

 

「ここは……」

 

 見覚えのある場所にラカンは戸惑い、幻影を見せられているのではないかと考えたが、肌を撫でる風も花の香りも何もかもが違うと告げている。

 

「美しい場所だね。この景色が戦火によってもう存在しないというのは残念だよ。この景色がなくなったのはそう、四十年前」

「まだ勝負の最中だ。人の過去を勝手に覗き見るのはいい趣味じゃ…………!?」

 

 傷も無くなって椅子に座って語り始めたフェイトの背後に回って肩に手を置いたところで、気が付くと対面の椅子に座っている自分に続く言葉を失う。

 幻覚、記憶操作、時間操作、と考えられる様々な可能性が頭を過るが、どれであってもラカンに気付かれずに対面に椅子に座らせるのは不可能である。

 

「てめぇ……何をしやがった」

 

 フェイトが球儀を取り出してから悪寒が止まらず、この状況に対する違和感が際限なく膨らむ。

 ジャック・ラカンはこの感覚を知っていた。この違和感を知っていた。この悪寒を嘗て感じたことがあった。

 

「世界の始まりと終わりの魔法――――リライト」

 

 その言葉を聞いて違和感の正体に気付いたラカンの脳裏に、アスカと共にいた少女の姿が思い浮かぶ。

 

「勘違いしているようだけど、僕達の目的は邪魔者になるであろう者達の抹殺。僕の狙いは始めから君だ、ジャック・ラカン。どれほどの力を持っていようとも人形は人形師に逆らえない。君の為に誂えたこの特製の造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)にはね」

 

 球儀の杖――――造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)が光り、次の瞬間には椅子を蹴立てて立ち上がったラカンの四肢が霞と化して消えて、核とも言うべき部分に亀裂が入った。

 

「くだらねぇ」

 

 アーティファクト・千の顔を持つ英雄を発動して四肢に動甲冑を装着し、踏み止まったラカンは流石に驚いた様子のフェイトに言い返す。

 

「へ……幻? 人形だあ? それがどうした」

 

 千差万別に変化可能なアーティファクトを武器に変化させて握ったその手の甲冑の中にラカンの手はないからといって諦める理由にはならない。例え絶対に勝てないと分かっていてもだ。

 

「俺を誰だと思ってる。俺はジャック・ラカンだぞ」

 

 ラカンは深く息を吸った。フェイトから受けた一撃はラカンを構成している核を傷つけ、立っているだけでも精一杯。歩いただけでも、消滅してしまう恐れがあった。

 目の前の造物主の使徒と闘うなど、論外である。

 それでもラカンは拳を握り身構える。核を傷つけられて消滅を待つだけだとしても、負けると分かっている勝負であろうとも決して引かない。決して諦めないこと、それがラカンの人生の哲学である。

 四十年以上前から少年奴隷剣士として戦いを重ねて常に闘いの中にいた男が身をもって体得した答えであった。男は一度退いてしまったら二度と同じ場所へ戻れない。志も誇りも砕け散り、負け犬へと落ちぶれる。一度砕けた心はどれだけつなぎ合わせようとしても決して元には戻らない。

 男であることを捨てるくらいならば死んだ方がマシ、それがジャック・ラカンという男の生き様である。

 

「人形だって自分の足で勝手に歩き始めることだってあるってことを教えてやるぜ」

 

 四肢を失おうとも、この男はどこまでも鮮烈な生き様を見せつける。その姿をフェイトはどこか羨まし気に見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな夜だった。豪華な装飾に包まれた会場で、正装の大人達が歓談を続けている。アスカが抜けた後でも会場では、招待された各国の大使や外交官を招いての華やかなパーティが続いていた。

 警備も厳重で、会場周辺に配置された警護者の数もかなりの人数で厳戒態勢を思わせる光景だ。

 

「お偉いさんは旨いもんを食えていいっすよねぇ。俺も相伴に預かりたいっす」

 

 会場の周辺で不審人物がいないか警備の目を光らせているサンドリア・ルナージに、まだ若い部下ロメ・フォルクスが軽薄な口調で言った。

 

「俺達のすることは会場の警備だ。それを忘れるな」

 

 着ている重装魔導装甲に耳障りなキンキンとした声が響いて、サンドリアは食い気に釣られて会場に突入しそうな部下を窘めながら顔を顰めた。四十を少し過ぎたサンドリアにとって、この軍人とは思えない軽薄さと喋りすぎる新米部下とはあまりソリが合うとは言えない。

 悪い奴でもないし、言葉や口調は軽薄でも仕事はキチンとこなすのだが性格的なモノと言うしかない。

 

「へ~い、先輩は本当に真面目っすね」

 

 先輩の不機嫌さに気づいた様子もなくいらぬ一言を付け加えている辺りが空気の読めなさを示していた。

 本音を言えばサンドリアもフォルクスに同意見だったが、そこは軍人として職務を全うしなければならない義務感と持って生まれたフォルクスが言っているような生真面目さが表に出させなかった。

 この生真面目さがフォルクスとソリが合わない原因だが持って生まれた性分は変えようがない。

 

(まったく、この年にもなってまた子守をすることになるとは)

 

 フォルクスの相手をしていると、親の自分に反発ばかりを繰り返していた聞かん坊だった息子を相手しているような気分になってしまう。

 早くに家庭を持ってからは落ち着いた息子のように、フォルクスも何時かはマシになるだろうか。それまでのことを思うと、どうにも気が滅入って仕方なかった。

 

「俺はこっちを見回りしますんで、隊長はそっちをお願いできますか」

「ああ、分かった」

 

 気の抜けるような部下の声に、肩から力が抜けるのを感じながら返事を返して二人は別れた。

 

「いかんな、少し神経質になっている」

 

 サンドリアも普段ならここまでフォルクスの軽さに神経を刺激されることはないのだが、どうも今日は過敏になり過ぎている自覚があった。要人が多く集まる会場の警備を行う重責によるものではない。理由は別のところにあった。

 サンドリアは昔から勘が鋭いとなどと、周りから言われていた。

 二十年前の大戦の頃には既に軍人であったが悪寒に従ったことで、どんな激戦区に派遣されても生き残れたと信じている。彼の勘によって部隊が救われたことは一度ならずともあったことで、周りにもセンサー扱いされたこともある。

 朝からその勘が今日は何かがありそうな予感がしていた。どんな激戦区や絶望的な状況下にも勝る最大級の警鐘が鳴らされていた。

 こういう日は外に出ないで家に引き籠るに限るのだが、以前から決められていた舞踏会の警備の為に悪寒がするので休みたいなど言えるはずもない。真面目さ故に仮病もすることも出来ず、職務を全うするしかなかった。

 だがそれでも静かな夜だった。少なくともこの瞬間までは。

 

「ん……?」

 

 最初に異変に気付いたのは、やはりサンドリアだった。

 テラス向こうの雲海から何かが隆起して姿を現した。

 雲海を割って鎌首を擡げたそれは手に見えた。身近な一本と並ぶ長い四本は人の手を想起させる。だが、その手は人のスケールでは測れない。物語に出てくるような大巨人のように大きい。

 一杯に開けば人を十人は一纏めに出来そうな巨大な手が、手近にある自分のいる場所に向けて振り下ろさせるのを見て、やはり仕事を辞めてでも家にいれば良かったなと思う頃には押しつぶされて意識を永遠に断絶させた―――――かに思われた。

 

「隊長!」

 

 手が振り下ろされるよりも一瞬だけ早く、フォルクスがサンドリアを抱えて退避する。その一瞬の後にテラスが押し潰されて飴細工さながらに押し倒して崩壊する大音響を響かせる。

 

「うっ、わぁ!?」

 

 数十トンの塊が激突する衝撃と轟音にサンドリアが上げた悲鳴は掻き消され、続いて押し寄せた衝撃波に一斉に視界を封じられる。

 

「な、なんだってんだ!?」

 

 重武装甲冑の魔法防御機能のお蔭で飛んできた瓦礫に押し潰されることもなく生きていたサンドリアは、九死に一生を得た衝撃で言葉を発せない中でフォルクスの困惑する声を聞く。

 未だ精神が平常ではないサンドリアもその視線の先を追うと、そこにいたのは化け物としか言いようがない存在だった。

 見上げて即座には全容が把握できない巨躯は、全身縄の如く盛り上がった筋肉に包まれている。肌は闇に溶け込むような漆黒。分厚い胸板の上に乗った頭は異形のもので、簡単に言えば所謂、物語に出てくる悪魔の姿そのものである。

 

「あれは、二十年前の大戦時に完全なる世界にいた黒い巨人、なのか?」

 

 大戦時の激戦区の中で死神の如く数多の命を刈り取った巨人の姿に見覚えがあった。

 そうしている間にも巨体はテラスの破壊を進め、その衝撃は総督府全体に広がっている。異常を感知した司令部が鳴らした非常警報の音色が鳴り響き始めた。

 

「マジっすか……」

「確か異界から召喚されている召喚魔って聞いたことがある……っと、呆けてる場合じゃない。本部本部! こちら警備113! 総督府テラス付近にて大戦時に完全なる世界が使役していたと思われる召喚魔が現れた! 至急、救援求む!! ええい、繋がらん! 念話妨害か!?」

 

 総督府各所のスピーカーから唸らせたその音は、忍び寄る惨禍の予兆を孕んで新オスティアの空気を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は黒い召喚魔が現れる前まで遡る。

 瞬きの後には既にクルトがアスカの手前に急接近していた。普段よりも三テンポ遅れて反応した身体が振るわれる野太刀から大袈裟に飛び退く。二人の距離は再び数メートルに開いていた。

 虚を突かれたわけではない。動きは見えていたのに身体が上手く反応して動いてくれなかったのだ。

 

(力が入らねぇ!?)

 

 準決勝でのジャック・ラカン戦と決勝でのネギ・スプリングフィールドとの戦いは自身が思うよりも肉体に深いダメージを与えていた。

 両試合とも常人ならばダース単位で死んでいるほどの重傷を負っている。日常生活ならばいくらかの誤魔化しが効いても、戦闘ともなれば支障をきたす。治癒魔法を受けて傷は完治しているが、体の内部に負った目に見えないダメージは大きく完全に治るまでにはかなりの時間が必要であった。

 

「どうやらナギ杯でのダメージが色濃く残っているようですね」

 

 アスカの反応の鈍さを、試合を観戦していて剣士としても超一流の域にあるクルトが気づかないはずがない。

 決して鍛錬は怠っていないが政治家としての活動もしていたクルト・ゲーデルの実力は、ジャック・ラカンら紅き翼の面々と比べれば劣っていることは認めざるをえない。二十年の月日が経とうとも、老いという言葉自体を否定しているようなジャック・ラカンに勝ったアスカとの全快状態での彼我の戦力は劣っているはず。

 なのに、先程の一合ではあわやというところだった。原因がナギ・スプリングフィールド杯にあるのは明白であった。

 

「私には好都合なことです。力尽くで屈伏させてみましょう!」

 

 絶対の勝利の予感を感じ取って、薄ら笑いを浮かべたクルトが動いた。

 二度、三度、と避ける間もなく彼は後退するアスカの眼前に立ち塞がって振るい、成す術もなく野太刀の一撃に黒棒ごと吹き飛ばされる。地面に叩きつけられて転がった。

 

「そらそらどうしたのです! 先程の大言を吐いたのならば、この程度ぐらいは凌いで下さいよ!」

 

 空気を裂き、クルトの野太刀が自分から転がって攻撃を避けようとしたアスカの脇腹を掠めた。着ていたタキシードの布地が千切れて脾腹から鮮血が噴き出た。

 

「くぅっ……」

 

 なんとか立ち上がったが呻くアスカ。背後に回ったクルトが上段の構えから剣先に気を集中させて、一気に刀を振り下ろした。

 

「斬岩剣!」

 

 岩を両断する破壊力を誇る神鳴流奥義の斬撃が咄嗟に展開した障壁の上から背中に直撃した。衝撃に跳ね飛ばされて宙を舞う。

 クルトの神鳴流の技の凄まじい威力を受け流し、避けるのが精一杯だった。

 アスカは一度も攻撃に出れないでいた。一方的に打たれ、切り裂かれていた。総合的な強さでアスカに劣るといえど、刹那に勝るとも劣らぬ技術で振るわれる神鳴流の技の数々に追い詰められていく。

 この一見、アスカが踏みとどまっている状況もクルトが本気になっていないからに過ぎない。アスカが足掻けるギリギリのラインを見極めて嬲っているのだ。

 

「斬空閃・弐の太刀!」

 

 遂に避けようのないタイミングで放たれたのは、障壁をすり抜ける二の太刀である曲線状に反る気の刃。防御すらも無意味と化す一斬撃がアスカの右肩から左脇腹まで切り裂いた――――――かに見えた。気の刃によって切り払われたアスカの体がブレて霞となって消える。分身だ。

 分身を囮にしてクルトの背後へ移動したアスカが黒棒を振りかぶる。

 

「見えていますよ」

 

 黒棒が振り下ろされるよりも早く、アスカの動きを見切って既に勝利を確信したクルトが自分の背後へ向けて野太刀を突きつけた。

 

「…………!!」

 

 刀身の切っ先から中程までがアスカの背中を突き抜けて血糊が刃を濡らしていた。刺された場所が急所ではないことをいいことに、クルトは野太刀を抜刀術で鞘から日本刀を出すように引き抜いた。

 突き刺した場所は奇跡的にと思えるほど内臓の隙間を通っていたのは決して偶然ではあるまい。先の言葉通り、普段の半分の力も出せないのをいいことにアスカを屈伏させようとしているのだ。

 

「があっ……!」

 

 よろけるように数歩後退して血を流す腹部を抑えて、火鉢を押し付けられたような痛みに苦悶の声を漏らす。

 

「私に従わないからこうなるのです!」

 

 痛みに泣き叫びそうにるのを堪えていると、クルトの叫び声がアスカの耳を打って衝撃に弾き飛ばされる。

 何十メートルも吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がる。

 痛みに呻きながら肘をついて体を僅かに起こすと脇を蹴られて仰向けをさせられる。

 

「チェックメイトです」

 

 痛みに蹲るアスカの体を跨ぎ、首を刈る処刑人のように野太刀を突きつけたクルトが呟いた。

 

「殺されたくなければ私に従いなさい」

 

 アスカの脇に片膝をつかれ、馬乗りになったクルトを払いのける術はなく、首筋に押し当てられた剣光に歯軋りしかすることが出来ない。

 

「従うのならば鵬法璽(エンノモス・アエトスフラーギス)で契約をしてもらいます。これ以上の我儘は要りませんからね」

「断る」

「ほう、よほど死にたいと見える」

「言ったはずだ。お前に従う気は無い」

 

 突きつけられた剣先を意に介さず、強い意志を凝固させた瞳がクルトを真っ直ぐに睨み据える。単なる敵意とは異なる、鮮烈な風が吹き付け、見る者を無条件にたじろがせる視線が、なによりも雄弁に彼女を思い起こさせる。

 

「その眼が、アリカ様と同じその眼が私を否定するというのか」

 

 アスカに在りし日の運命に抗おうとするアリカの面影を重ね合わせ、クルトは生唾を呑んで激情に駆られた。

 

「貴方は――!?」

 

 積み上げた二十年の年月が怒涛のように押し寄せて来たその怒りのままに、アスカの首筋に添えていた野太刀を振るおうとした。その手に力を入れた瞬間、幻想空間が砕けた。

 ありえない展開に硬直した瞬間にアスカに顔を殴られ、体が浮いたところに成人男性を軽々と呑み込む光弾がクルトを襲った。

 

「ぐえっ」

 

 攻撃を受けて無防備になったクルトが光弾に呑まれ、悲鳴と同時に身体が吹き飛んで総督府の特別の壁へと叩きつけられた。

 

「この気配は…………タカミチ!」

 

 体を起こしながらアスカが馴染みのある気配の方向を見ると、そこには何時だって変わらなかった無精髭を綺麗に剃って若返っているような印象のタカミチ・T・高畑が何時ものポケットに手を入れた独特のスタイルで立っている。

 

「やあ、アスカ君」

 

 日常の世界と変わる挨拶をする高畑の後ろでは少年執事が犬上小太郎の狗神に拘束されていた。

 狗神で身動きできないようにした少年執事を置いた小太郎がアスカの下へと走り寄る。

 

「生きとるか」

「ああ、なんとかな。助けに来るのが遅いぞ、小太郎」

「うっさいわい。一人で行動しとるアスカが悪いんやろうが。これでも急いで来た方やっちゅうに。幻想空間を発生させる魔法具を使っとったアイツがタイミング良くいてくれて助かったぐらいや」

 

 傷を負ったアスカに肩を貸しながら立ち上がらせた小太郎は、口が減らないアスカに呆れつつも傷口に触らないように気をつけている。

 

「また傷だらけやないかい。姉ちゃんらか治癒符預かっといてよかったわ」

「どんだけ準備良いんだよ」

「また怪我するって思われてんぞ、お前」

「マジか。信用ねぇな、俺」

 

 貫通している腹の前後と斬られた脇腹に治癒符を張ってもらったアスカは、仲間に全然信用されていない自分に少し悲しくなって眉尻を下げたところで視線をクルトへと移した。

 

「く…………くそっ…………どいつもこいつも…………生意気な…………。いい気に……………なるなよ。この…………まま…………で、いられると……思うな!」

 

 アスカが見守る中、クルトは負ったダメージでフラつきなら、よろよろと体を起こすが立ち上がることは出来なかった。

 

「しかし、どうしてタカミチが魔法世界に。しかもこんなタイミング良く」

 

 壁から抜け出してガラガラと体にかかった瓦礫を振り落とすクルトを警戒している高畑が此処にいる理由が分からない。

 

「ゲートが閉じる前にドネットさんの依頼で龍宮君と一緒にこっちの世界に来てテロの捜査をしていたんだよ。何事も無ければ君達に合流してオスティアのゲートで帰るつもりだったけど、クルトの行為を知ったら放っておくことは出来なかったんだ」

 

 キッと秘められていた紅き翼の秘密を暴露したクルトがもう少しで動くのを察知した高畑が腕を振るう。

 

「アスカ君を連れて行くんだ、小太郎君。心配はいらない。大戦の映像を見ていたなら分かるだろうが、彼とは旧友だ。なに、二十年分の交友を温めるだけさ」

 

 アスカはダメージが大きく、直ぐには一人で動けない様子なので小太郎を急かす。

 言われた小太郎は僅かに逡巡したものの、アスカを安全な場所に移すのが今の自分がすることと判断して「頼んます」と一言で残して特別室から去っていく。

 二人を見送った高畑は、落としていた野太刀を拾い直してやる気満々なクルトに意識を集中する。

 

「どうしたんだ、クルト。余裕たっぷりの姿はどうした。らしくないぞ」

「タカミチ、貴様はそうやって何時も上から見下ろして……!」

 

 クルトが、ギリと歯ぎしりする。

 

「貴様は何時もそうだ。口ばかりで行動が伴っていない」

 

 嘗て命を預け合った戦友という過去も遠く、クルト・ゲーデルとタカミチ・T・高畑は、殺気を媒介として見詰め合った。

 

「あの時、お前は言ったな、『僕達でやるんだ』と。だが、現実の貴様は元老院の犬と成り下がっている」

「犬になった気はない。敵は元老院の一部だけだ。そうやって物事を極端に見るのは昔から変わっていないな」

「言葉では何とでも言える!」

 

 先程の一撃のダメージを抜けたのを確認して、激昂した感情のままに斬りかかる。

 

「この二十年で貴様はアリカ様に何が出来た!」

 

 身体強化した腕で野太刀を受けた高畑の前でクルトが気勢を吐いた。

 

「虚偽と不正を暴くことなく、旧世界の学園で平和面して正義ごっこをするのはさぞかし楽しかったろうよ!」

「政治に苦心していたお前に言われたくない!」

 

 力任せに振り解き、残していた腕で居合い拳を放つも直ぐに回避される。

 

「私はあの言葉通りに真実を明らかにしたぞ! 世界に事実を公表し、アリカ様の名誉は回復される! 二十年だ、二十年かけてようやく……!」

「そのことに何かを言う資格は確かに僕にはない。だけど!」

 

 百花繚乱の如く放たれる神鳴流の数々の技を時には受け、避け、弾きながらもクルトの執念は認めざるをえない。

 クルトはたった一人で、世界にひた隠しにされた秘密を明らかにしてみせた。明日菜を守る為に二十年を捧げた高畑では決して成し遂げられないことだった。

 

「アスカ君を巻き込んだこと、こんなやり方で公表したことは決して許せない!」

 

 発動機のエンジンの唸り声の如く乱打する二つの拳を、真っ向から野太刀が迎え撃った。

 大戦後の決別から十二年の時間を埋めるように、もしくは切磋琢磨した懐かしき時を巻き戻すように、咸卦法の拳と退魔の剣はそれぞれの術理を尽くして交錯し合う。

 

「お前は間違ってる!」

「正しいもクソもあるのものか!」

 

 言葉の合間にも、斬撃と拳撃は止まらない。拳も脚も、はたまた野太刀も、一歩も退かずに立ち回りを演じる。予め定められた型の如く優美に、しかし互いの命を天秤に乗せて続けていく。

 クルトと交錯するその一瞬、絶妙の流れで思いきり反転した。あまりに隙だらけの、だからこそクルトも目を剥いたその刹那、高畑が跳んだ。

 

「クルト!」

 

 嘗ての友であり、今戦っている敵の名を叫んだ。

 違う道を行くことになった時、自分こそが正しいのだと己が信念をぶつけ合うことはしなかった。遠い過去に置き忘れた過去の負債を、この時を以て晴らすために。

 

「タカミチ!」

 

 何度となく激突し合い、今や半壊したホールで高畑と戦っていたクルトもその叫びを聞き落すことはなく、己が正しさを証明して相手を否定するために逆に叫び返した。

 

「「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」

 

 袂を別った時より十年以上の時を飛び越えて、二人の会話はひどく短く、しかしその表面上からは窺い知れないほどの多くの意味を伝達していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつがぁっ!」

 

 触手の束を突破し、内側に入り込みさえすれば勝機はある。ジグザグの軌道を描き、大巨人に斬りかかった空戦隊隊長は、それ以上に素早く動いた手に先手を取られ、後退をかける間もなく鷲掴みにされた。身長を超える大きさの腕に蠅を掴むように親指と人差し指に挟み込まれた。

 

「ぐっ、はぁっ……………」

 

 宙高く掲げられた身体が手ごと地面に叩きつけられた。二度、三度、と振り回された身体は、最後に逆さ落としの要領で地表に投げつけられ、瞬間的に音速に迫ろうかという衝撃に物理障壁も意味をなさず、隊長の肉体は高度数千メートルから地面に叩きつけられたような衝撃に挽肉となった。辛うじて原型を留めた口が動くことは二度とない。

 

「キャーッ!!」

 

 響き渡る非常警報に総督府の外に出ようとした舞踏会の参加者の一人が、地面から次々と湧いて出て来る召喚魔に悲鳴を上げた。

 先程までの楽しい舞踏会が一転した恐怖劇に対応できる者は極少数に満たない。大抵は顔面を蒼白しながら震え、恐怖が全てを飲み込みのを止める術はない。

 

「な、なんだアレは!?」

「み、見ろ戦艦が……ッ!」

 

 最初に登場した超巨大召喚魔がオスティア駐留艦隊所属巡洋艦フリムファクシに、その全身から伸びる触手のような物で拘束している。

 

「どっ、どどどどういうことだ!?」

「あ、あんな大規模な召喚をこの総督府の周辺で行えるはずが……」

 

 直ぐに新オスティアの所属の警備の者達と自国の要人を守ろうと多数の国の軍人達が動き出すが、彼らでもこの事態の全てを把握している者はおらず、状況についていけているとは言えない。

 

「くっ……大使! こちらへ! 警備兵は大使を守れ!」

「どういうことだ、これは! アレはなんだ!?」

「分かりません。こんなことが起こり得るはずが」

「総員戦闘態勢! 招待客を安全な場所へ誘導しろ!」

 

 新オスティア付きの警備兵はともかく、自国の大使や要人を守ろうとする軍人や警護兵は特定の人物しか守ろうとしない。

 

「念話が妨害されている? 通信はどうした!?」

 

 避難誘導をしようにもどこが安全な場所なのか、敵の襲撃が突然で数が多く、不特定の場所から次々と湧いて出て来るかもしれない司令部も混乱している。

 

「ちっ、足手纏いが多く数が違い過ぎる」

 

 高畑と共に魔法世界にやってきた龍宮真名はドネット・マクギネスが用意した招待状で招待客の一人として舞踏会に参加していた。この予想外の事態にも混乱することなく、手近の敵を取り出したグロッグ17に迎撃しているが結果は芳しくない。

 強化プラスチックを大胆に導入した銃身が焼け付くほどに銃弾が連続で発射されているが、舞踏会参加者とその護衛や他の警備兵があちこちに逃げ回るものだから射線を遮って一気に敵を掃討することが出来ない。

 

「コレを全部相手するのは骨が折れるな。依頼内容にも含まれていない」

 

 銃身が焼け付いたグロッグ17から二丁のサブマシンガンにに持ち替える。

 ウージー、グロッグ17とは真逆に第二次世界大戦から愛用されていた質実剛健な作りは、もはや歴史の香りさえ漂う品だった。

 

「この面倒な場所からは離脱したいところだが」

 

 貴族らしい中年の婦人とその旦那が召喚魔に追われているのを見て助けに入る。

 

「た、助かった。ありがとう」

「なに、代金は後で請求させてもらおう」

「金を取るのか!?」

「命に比べれば安い物だろう。嫌ならば向こうへ行ってくれ」

 

 旦那が文句を言ってきている間にも近寄って来る召喚魔達を蜂の巣にしていく。

 危険地帯にいる現状を認め、真名が明らかに突出した実力者であることを戦い様から推測した貴族の旦那は「貴様を雇おう、言い値でだ!」と半ばやけくそ気味に叫んだ。

 

「商談成立だ!」

 

 向かって来る二十を超える召喚魔に向かって自分が近づきながら迎撃していく。

 後ろの依頼者を守る為に召喚魔の武器も破壊しながら穴あき召喚魔を増やしていく。弾を撃ち尽くせば異空弾倉でカートリッジを取り替え、時に銃も取り換えながら大立ち回りを繰り返す。

 その戦い様は人間台風と呼ばれても無理もないほどの圧倒的な強さで、右往左往して安全な場所が分からない中では彼女がいる場所こそが安全地帯だと誰にも思わせた。

 

「私も守ってくれ! 金は幾らでも払うから!」

「倍だ。俺は倍を払うぞ!」

「いいえ、わたくしを守って下さいまし!」

 

 目に見える範囲とまではいかなくても一息つける程度には召喚魔を掃討した真名にまだ近くにいた要人達が殺到する。

 

「貰える金が増えるのはいいが、私一人でとても全員は守れんぞ」

 

 十人を優に超える要人達が自分をこそ守れと縋ってきては真名も困るしかない。

 最初の貴族の夫婦は依頼を受けたから守るが、十人纏めては状況次第で守り切ることは出来ない。しかも、比較的近くにいた要人と警備兵達も真名を当てにして続々と集まっており、許容量を超えるのは目に見えている。

 

「おい、司令部は何をやっている」

「念話妨害で情報が入らず、混乱しているようだ。結界で覆われているはずの総督府にこれほど大規模の集団が転移してきて、襲撃を仕掛けてくるなど想定外なのだろう。すまないが、我々も協力するので彼らを守ってほしい」

 

 近くにいた新オスティアの印章が入った鎧を着ている警備兵の一人を捕まえて聞くも、返って来たのは真名にはとてもよろしくないものだった。

 真名が当初いた場所は、ダンスも出来る開けた外のテラスだったので、召喚魔が駆逐され人が集まっていることもあって今もどんどん人が向かって来ている。警備兵や護衛も増えているが足手纏いがこれほど集まれば危険も更に高まる。

 

「私は民間人だぞ…………命令系統はどうなっている? こんな開けた場所に集まっても何もならない。指示を出して散らせろ」

「この場には連合・帝国、アリアドネ―や様々の国の要人が集まっている。下手に指示を出して危険に晒せば後で国際問題になりかねない」

「…………後があればいいがな」

 

 要は面子と体面の問題で、誰も責任を取りたがらないのだ。

 普段の真名ならば見捨てて逃げるところだが仮にも依頼人がいるので放っておくことも出来ない。しかもこの場にいる大半が真名のことを当てにしようとしているので堪ったものではない。

 髪を掻き上げて悩まし気に毒づいた真名は何かに気付いたように顔を上げた。

 

「グルォオオオオオオ!!」

 

 テラスの向こうからまた召喚された巨大召喚魔がのっそりと体を起こす。

 逸早く気づいた真名が巨大召喚魔に効く威力のある銃を取り出したところだった。

 

「ひぃ、助けてくれぇ?!」

 

 と、でっぷりと太ったどこぞの国の要人らしき仕立ての良いスーツを着た男がしがみ付いて来て、本人にはその気は無くても真名の邪魔をする。

 

「邪魔だ!」

 

 男を振り解いて銃を取り出すも召喚魔が腕を振り下ろす方が一歩早い。警備兵達も要人達を守ろうとしているが大質量に耐えられるほどの防御準備は出来ていない。

 腕が振り下ろされるよりも少し前に、真名の視界に閃光が横切っていく。

 

「おおぉっ!」

 

 振り下ろされている腕を横から奔った雷の槍が弾き飛ばす。テラスを押し潰すはずだった腕は空振りして、僅かに端っこを抉り取っていく。

 振動に揺れる地面に堪えながら真名が巨大召喚魔を見ると、既に雷の投擲を放って真名達を助けた人物は一瞬で懐に潜り込んで次なる一手を放っていた。

 

「来れ、虚空の雷、薙ぎ払え――――雷の斧!!」

 

 巨大召喚魔に比べれば格段に小さな人影が振るった雷の斧が一刀両断する。

 体の真ん中で右と左に別たれた召喚魔は形を維持できずに消滅する。それを見届けた人影が真名の下へと下りて来た。

 

「覚えのある気配だと思ったら、やっぱ真名じゃねぇか。こんなところで何やってんだ?」

「相変わらず呑気な聞きようだね、君は。火星の王とは思えないね」

「それは止めろ」

「みんな知っていることだよ」

 

 頭を抱えている血の跡も生々しいアスカ・スプリングフィールドの変わりなさに嘆息しつつ、真名は最強の援軍に肩を撫で下ろす。

 

「傷だらけのようだが、この程度の相手にやられたのかい?」

「まさか。別の相手だよ。最低限の治癒はしてるから問題なく動ける」

 

 しかし、とアスカは真名の近くにいる要人や警備兵達を見て眉を顰めた。

 当の彼らはアスカを困惑と期待の眼差しで視ている。クルトが中継していたアスカの身の上等に困惑しつつも、ナギ・スプリングフィールド杯優勝者が援軍として現れた安心感に揺れていた。

 

「なんだってこんな場所で屯してるんだ? どんだけ敵がいるか分からねぇが、危なくねぇか」

「足手纏いが続々と集まって来ていてね。司令部も混乱しているようで動けなくなっていたところだよ」

「そうか。でも、あのヘンテコな奴らは一体何なんだ? 誰かに召喚されてってるのは分かったんだが」

「大戦時にいた召喚魔らしいが詳しいことは私にも分からん」

 

 空を飛んで向かって来る召喚魔に向けて無造作に魔法の射手を放って撃ち落とすアスカがいるお蔭で真名は随分と気楽である。とはいえ、一人に任せておくわけにはいかないので周囲の警戒を続けていると犬上小太郎を先頭にして複数の人物達が向かって来る。

 

「アスカ、どうやら総督府全域が襲撃を受けてるようやで。司令部も混乱してて、舞踏会の参加者があちこちで逃げ惑っとる」

 

 説明する小太郎の後ろにいる要人と護衛達も別れて行動している時に見つけて保護したのか。

 

「念話妨害が敷かれている中で、これだけ足手纏いがいる中で多発的に召喚魔が現れると対応が後手に回るか…………仕方ない。小太郎、真名。ここにいる人たちを頼む」

「おい、まさかここにいるのを押し付けて一人で他の奴らを助けに行くんとちゃうやろな。俺と真名の姉ちゃんの二人だけやったら敵の数によっては守り切れへんで」

「敵の掃討をするにも相手の数が上限が分からない間に下手に動くのは危険だぞ」

「いや、一人でここを離れようとは思っちゃいねぇよ」

 

 実は思っていたが、小太郎と真名の言うことは最もなので適当に誤魔化す。

 夜空を見ながら考えるアスカの斜め上に軍艦がいるのを見つけて、守る手を増やすべきと判断する。

 

「よし。使える物は使うか」

「どうする気だい?」

「ここに全員集める。帝国も連合も関係なくな」

 

 言いながら浮遊術で浮かび上がったアスカは喉の調子を確かめるように「んん」と声を出して準備する。

 

「あ~、こちらアスカ・スプリングフィールド」

 

 対象者を限定しない声量拡大魔法でオスティア総督府全域に向けて発信する。

 

「総督府にいる全ての者に伝える。総督府北側の外部テラスが安全地帯だ。戦える者は近くにいる者を守りながらこの声が発せられた場所に来い。繰り返す――」

 

 同じ内容の言葉を三回繰り返していると、さほど間を置くこともなく『こちらヘラス帝国皇女テオドラである』と同じように声量拡大魔法で返信があった。

 

「そちらは本当に安全なのですか? 保証はありますか?」

「保証はねぇが、安全だって言い切ってやるよ」

「何故?」

 

 誰の目にも見上げれば映るように高度を上げて力を解放する。これぐらいならば全開でないアスカでも出来る。

 バチバチと力の高まりに耐えられない空気が紫電を発し、理性ある者ならば生半可な相手ならば敵対することすら尻込みする力を見せつけることで安全の保障とする。

 

「俺がいるからだ」

 

 眼下に雷を落とすわけにはいかないので目印代わりに目立つだけに留めて、自信満々に答える。

 

『了解しました、貴方を信じます。帝国に所属する全ての者に告げます。アスカ・スプリングフィールドがいる場所に避難を――』

 

 アスカと同じように三度繰り返していると、帝国に習うように連合や他の国々も同じように声量拡大魔法による呼びかけを行い始めた。呼びかけが重なると何を言っているのか分からなくなるので順番に行われる。

 最初に連合が、続いて間を取って小国が、次に二国の呼びかけが重なって途中で止まり、先に言い始めた方が継ぐというやり方が何度か行われる。

 

「これで何とか持つかっ!」

 

 安堵しつつ、遠方にまた大巨人召喚魔がのっそりと雲海から顔を出したので白い雷を無詠唱で放って消滅させる。

 体に力が入らず、反応が鈍くても魔法には影響はない。下手に動き回るよりかは、避難の目印になって遠方から攻撃を加えている方が効率が良い。

 

「お、一番乗りは帝国か」

 

 絶え間なく湧き上がるかの如く召喚魔に無詠唱で魔法の射手を連発していることで、視界がピカピカと光って眩しいことこの上ないが帝国の意匠が施された戦艦がこの場所に近づいて来ている。

 下にいる面々も小太郎や真名、護衛達が奮闘してくれているので当座の心配はない。アスカの役割はこのまま避難の目印になって召喚魔に攻撃を与えることだ。

 

「とはいえ、要人の殲滅を目的にするには敵のやり方は生温い。何が目的だ?」

 

 念話妨害を掛けながら転移封じが為されている総督府に多数の召喚魔を召喚しておいて、どうにも要人狙いにしては手緩い感じがしてならない。被害は出るだろうし、それに伴う混乱は相応のものだろうが、この戦闘に投入された召喚魔の戦力に相応しい効果があるかと言われれば疑問が付く。

 精々が悪戯レベルにしかないらない。それこそ第三皇女であるテオドラのように替えの効かない立場の者を害すれば別だが、大抵の者の立場には替えが効く。

 

「う~ん、ん?」

 

 ここに来るまでに召喚魔が二十年前に完全なる世界に使役されていたことを聞いていたので、この襲撃の裏に何の意図があるのかと考えていると少し離れた場所の空間が歪み始めた。まるで内側からの圧力に耐えきれぬように軋む空間にアスカは新たな敵の襲来かと身構えると、破砕された空間の向こうから何かが地上に向かって墜落した。

 

「ジャック!?」

 

 墜落して行ったのがジャック・ラカンであると見て取ったアスカはその後を追った。

 地面に出来たクレーターの底で四肢を突きながら立ち上がろうとしているラカンの近くに降り立ったアスカはその異常さに直ぐに気づいた。

 

「よぉ、アスカじゃねぇか。最期に会えて、良かったぜ」

「最後? 何言ってんだ、テメェ。それよりもその有り様は何だ! 何でそんなに存在感が薄くなってんだ」

 

 普段ならば周囲を圧するほどの存在感を発するラカンが今にも消え入りそうなほど儚くなっている。

 

「ああ、まあ、情けねぇ限りだが敵の策略にやられちまった。一発やり返したがこの様だ」

 

 ラカンの全身から霞のように煙が立っている。焦げているとかではなく、穴が開いたかのようにラカンの全身からマナが漏れ出しているのだ。

 

「待ってろ、今元に戻して」

「無駄だ。核が傷つけられてる。時間稼ぎにしかならねぇ」

 

 そう言いながらも立ち上がった姿は二メートルを超える巨躯も相まって、その姿は難攻不落の砦とも見えたがラカンの言う通り、アスカの助力があろうとも既に手遅れ。いずれは消える幻想でしかない。

 

「ざまぁねえや。オッサン世代の挟持として拭き残しはサッパリ拭ってやりたかったが、どうも全部押し付けることになっちまいそうだ。悪ぃ」

 

 野放図で温かい、こうとしか生きられなかったと自嘲する男の声が、胸を締め付ける喪失感を伴ってアスカの中に入って来る。

 

「こんな時に言うのがそんなことかよ」

 

 触れられない。温かいのに掴めない。静かに見下ろす残影を見上げたアスカは悔し気に顔を歪ませる。

 

「末期の台詞は気の利いた言葉を残しておきたかったんだが、世の中早々上手くはいかぁしねぇな」

 

 歯を食い縛らなければ息が出来ない。胸の奥から生まれた熱に突き上げらえれた身体が張り裂けてしまう。爆発する炉心になった胸中に呟き、気持ちのままに言葉を吐き出そうとした瞬間だった。

 ラカンは全てを受け入れた顔でアスカを見る。

 

「奴らがアレ(・・)を得ている以上、本物のアスナは向こうの手にあると考えるべきだ。今の明日菜は替え玉のニセモノだ」

 

 衝撃の事実とでも呼ぶべき爆弾が落とされたのに、アスカは寧ろ合点が言ったかのような表情を浮かべた。

 

「気付いていたか?」

「違和感はあった。多分、俺がクルトと会った後の少しだけ離れていた時に捕まったんだと思う」

 

 あの時から明日菜が傍にいると違和感があって小太郎に冷たい対応をしていたと言われた。別人にすり替わったのならば、この違和感に納得する。

 

「分かってるんなら俺から言うべきことは何もねぇ。その顔を見れば分かるからな」

「ああ、俺は明日菜を取り戻す」

 

 原初から定められた運命のように答えたアスカにラカンは快活に笑った。

 

「なあ、アスカ」

 

 決意を固めるアスカを、まるで我が子を見るように見つめながら、ラカンはとてつもない長距離走を完走したランナーのように恥じることなくそこに立っていた。消え行くラカンは優しく語りかけた。

 

「情けねぇ大人が何言ってんだと思うかもしれねぇが、一つだけ頼んでもいいか?」

 

 自分を超えて見せたアスカなら、きっとこんなドジは踏まないと信じる。歪んだ固定観念に縛られることなく、強い意志をもってしがらみを断ち切ってゆくのだろう。

 

「明日菜を、世界を頼む」

 

 現在という時を背負って歩く大人の一人として、未来を考える役割を持たされた子供に全てを託す。無論、それで今までの怠慢が落とせるとは考えていない。ただ、子のいない自分が想いを託すことが出来るというのが無闇に嬉しい。

 或いは、子を持つ心境とはこのようなものか。二十年前から一歩も進めていなかった自分が、子を儲けていれば別の展開もあったかもしれない。もう一つの可能性。刻一刻と残り時間が減っていくのを感じながら、ラカンは唐突に得心した。

 大人は未来を子供に託す。だが、何も出来ないと分かっている子供に、やり残した事を押し付けるのは、ただの無責任だ。逆に真に信頼して後を託せると信頼されたならばアスカがラカンに出来ることは一つだった。

 

「分かった。後のことは俺に任せて隠居しとけ」

 

 快諾したアスカに肩の荷を下ろしたラカンの体が急速に薄れていく。

 

「はんっ、ガキが一丁前にほざいてんじゃねぇよ」

 

 例え死んだとしても、子供が生き続ける限り種としての歩みは止まらない。ラカンとアスカの関係は極めて特殊だが、それでも希望を繋げたことには変わりはなかった。

 

「後は頼んだぜ、アスカ」

 

 最後に安心したように微笑んでラカンはこの世界からいなくなった。

 あのジャック・ラカンがなにかの冗談のように綺麗に消え去った。

 そう、消えた。死んだのではない。つい先刻まで喋り、息をしていた者達が花弁となって消えたのだ。これは死ではない。こんな死に方はあり得ない、とアスカは思った。こうもなにも残さず、実感する間もなく訪れる最期があるとしたら、それは消滅と呼んだ方が相応しい。感情も感傷も喚起されようがない、あったものがなくなるというだけの消滅。

 

「また一人、英雄が逝ったか」

「!?」

 

 まだ危険が排除されたわけではないので近づいてくる者はおらず、アスカの傍には誰もいないはずだった。小太郎や真名達の場所からはそう離れていないのでラカンとの会話が聞こえたかもしれないが、今発せられた声はアスカの真後ろから聞こえた。

 驚愕しながら振り返りつつ飛び退いて距離を取ると、そこにはローブを纏った小さな人物がいた。

 

「誰だ、お前は?」

 

 即座にアスカはその人物が幻影や霊魂の類に属するもので実体のある生命ではないと判断し、言葉と同時に太陽道を発動させて相手の意と重ね合わせる。

 相手はそのことを予期していたのか、アスカが異能を発動させたのと同時に開け放たれていた心から莫大な情報が流れ込んできた。相手が心を開け放っていると、一気に深層まで達してしまい、同調を行った相手の考えまで読み取ってしまう。

 

「っ、墓守り人……?」

「然り」

 

 脳を灼熱させるほどの情報量に頭を押さえて太陽道を止めたアスカに墓守り人は感心したような声を上げた。

 

「私は貴君を知った。同時に貴君も私を知った。その上で告げよう、我が末裔よ。見事であると」

 

 称賛している割には寧ろ憐れんでいるようですらある墓守り人は続々とこの地に集まってくる人々を見ることもなく、ただアスカだけに注目している。

 

「太陽道――――マナを吸収して魔力を生み出すことが出来る貴君ならば、この世界に別の未来を齎せるやもしれん」

 

 墓守り人が独り言のように呟くその言葉の意味を、太陽道で意を読み取ったアスカは何よりも理解していた。

 明日菜の過去も、現在の明日菜が陥っている状況も、そしてこの世界を存続させるにはどうすればいいかも全て。そこに余分な情報はない。

 

「お前…………いや、アンタは態と太陽道を」

「知らねばならなかった。見極めなければならなかった。喜べ、貴君は世界を争える資格がある」

 

 墓守り人がアスカに与える情報を選んでいた。言葉通りにアスカを知り見極めようとしていたのだ。その結果として墓守り人は余人には決して分からない結論に至り、アスカを哀れんでいる。

 

「紅き翼の後継よ。戦いの舞台に至り、完全なる世界の後継と雌雄を決するがいい」

 

 言いたいことだけを一方的に言って、墓守り人の姿は一瞬で掻き消えた。

 転移でもなければラカンのように存在が消滅したわけでもない。忽然とその姿だけが消えた。

 

「くそっ」

 

 墓守り人が姿を消したと同時に急速に総督府から争いの気配が消えていく。

 魔法世界の現状、完全なる世界の目的、大国の思惑、囚われた明日菜、そして自分に求められている役割が脳裏を次々と過り、アスカは口汚く吐き捨てた。

 

「なんやったんや、今のは」

 

 争いの気配が無くなって来て、来賓を守る必要が無くなった小太郎と真名がアスカの下へやってきた。

 

「人、には視えなかったが」

 

 その眼で視た墓守り人を人と認識できなかった真名も訝し気にしている。

 

「……………」

 

 アスカは墓守り人の正体も今の在り様にも気付いているが詳しく説明する気分にはなれない。現実に打ちひしがれていると言っても過言ではないアスカを影が覆う。

 顔を上げたアスカの視線の先で飛行船スプリング号がホバリングしていた。その艦橋から一人の少女が飛び降りる。

 

「アスカ!」

 

 橙色の髪の毛を靡かせて下りて来た神楽坂明日菜――――――その偽物が地面に降り立ち、アスカの名前を呼びながら駆け寄って来る。

 

「無事なの? って怪我してるじゃない。木乃香、木乃香ッ」 

 

 明日菜と同じ声で姿で、何も変わらないのに何もかもが違う少女が囀っている。

 今ならば違和感の正体も分かる。目の前のコレは神楽坂明日菜ではなく、その肉体と精神を模倣した偽物に過ぎない。

 

「な、何をするのアスカ?!」

 

 突如ととして遠方から湧き上がった光が繋がった二人の影を明確に映し出していた。

 

 

 

 

 





クルトの狙い:魔法世界の消滅は避けられない。純粋な人間と移民計画で消えない者を収容をするノア計画を推進し、小さな世界を守ることに決めた。
       大国間、種族間の溝を埋めきれていないので何時かは内乱で滅ぶかもしれない。纏める者が必要である。しかし、連合・帝国のどちらかが上に立っても不満は残る。ならば、より相応しき者を。そうだ、世界最古の国の王族にして真に世界を救ったアリカ様の息子を利用しよう。
       丁度良い具合に英雄にもなってくれた。これならば民衆も納得する。不正と虚偽も告発すれば両国政府の信用も落ちてアスカに箔もつく。
       母親と六年前の真実を教え、陥れた者達を裁かせれば自分が手綱を握れる。例えアスカが世界を纏める能力が無くても自分が裏から操ればなんとでもなる。

但し、アスカには「テメェのやり方が姑息すぎて信用出来ねぇ!」と一蹴された模様。



フェイトの目的は「ジャック・ラカンの排除」。特製の造物主の鍵を作り、確実に嘗ての敵を真っ先に排除しようとしたのである。
その裏でデュナミスもアスカの排除に動いていたが、墓守り人がアスカの能力を知る為に邪魔をして出来なかった。


第六章 継承 最終話『星に願いを』



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